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長いお別れ
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【この小説が収録されている参考書籍】
長いお別れの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.36pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全290件 161~180 9/15ページ
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この作品は、ずっと前、大学生だった頃に友人が面白かった、絶対読むべきだ、と言っていたので、いつか読まなければいけない(読みたい、ではなく)と思っていた作品で、ただ、ハードボイルド作品に抵抗があり(ハメットの『血の収穫』とジェームズ・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を読んで、肌に合わなかった)、ぐずぐずと読まずにきてしまった。それがここにきて読もうと思ったのは、村上春樹の訳本があるのを知ったからで、清水俊二訳は未読である。 そういう状態で本書を読んでみたが、かつて友人が言っていたほど面白いとはどうしても思えない。それは、私が謎解きを主眼にした本格ミステリー好みで、本書がそういう趣向でないからかもしれないが、とにかく冗長で、訳者の巻末解説(いや評論と言うべきか)には作者は本筋に無関係な寄り道の達人、本筋には不要な細部の描写の名人で、その寄り道や細部の描写が楽しいとのことだが、私には煩わしいばかりだった。清水訳ではかなりの文章の省略があるとのことで、訳者はそれが不満で完全訳を目指したとのことだが、私にはあるいは省略のある清水訳の方が合っているのかも知れない。 と、不満足な点をつらつら書き並べたが、この600ページ近い本書を読むこと自体は特段苦痛ではなかった。むしろ、50ページもの(!)巻末解説(むしろ評論であろう)の方が、作者作品や作者の背景、ヘミングウェイやフィツジェラルドの作品を知らないこともあって、読み疲れてしまった。これらを知る人には価値のあるものなのであろうが。 それでも本書を☆4つとしたのは、ラスト近くのマーロウのセリフ、「さよならは言いたくない。さよならは、まだ心が通っていたときにすでに口にした。それは哀しく、孤独で、さきのないさよならだった」のくだりが琴線に触れるものがあったから。このセリフでそれまでの冗長さが帳消しになった。 | ||||
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正直言って、私は作家村上春樹は好きではない。なので、本書を手に取るのをためらっていた。だが、ふとしたはずみで読み出したのだが、素晴らしい翻訳である。もちろん原作が素晴らしいから翻訳も光るのであろうが、極めて読みやすく、どんどん読み進めたくなる名訳である。翻訳家村上春樹については好きになってしまった。 さらに、巻末の訳者あとがきがまた秀逸である。題して『準古典小説としての「ロング・グッドバイ」』である。こんなあとがきは、村上春樹でなければ書けないであろう。最後のアメリカの警察システムの解説なんかも非常に参考になった。 | ||||
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まず皮肉の効いた、事象に感情を直に触れさせない文章がなかなかのもの。そのおかげで話が進まないようでも読み応えがある。 推理で真相をつかんだあとの、余韻漂うけだるさも、古典的だが心地よい。小説の中で一番読んで気持ちいいのはそういう余韻や煮え切らなさかもしれない。 最後の最後に出てくる別の真実も、今ではありふれてるかもしれないが面白いものだった。余韻に浸らせておいて、また少し目から鱗を落とさせる。巧い。 | ||||
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人生は短く読みたい本は山ほどあるのに、この小説はとにかくスローすぎる。 今の時代と違うという問題もあるのだが、そもそも見知らぬ男のために(それに特にその理由も書かれぬままに)、 とかく手助けをしたり、庇ったりするのが非常にフィクションとしか思えない。 古き良きアメリカだから? それにしては作者の思惑通りに展開するからリアリティーがない。 しかも何かページを繰らせるような出来事があるわけでもなく、 仕事のできなさそうな探偵が、仕事でもないことに首を突っ込んで生活している描写しかない。 この人、生活費は大丈夫なんだろうかと心配してしまう。 どうもこれは、イメージで小説を読みたがる人に向いてるんじゃないだろうか。 例えばバーで紫煙をくゆらせ、おもむろにグラスを傾け、無言のままカクテルやウイスキーを味わい、 「ちょっとキザなちょいワル俺様」が好きそうな読者に。 まさに村上春樹が好みそうな小説には違いないだろう。 ナルシシズムな小説構築はいいから、もう少し読者の方を向いて、 1000円近く出しても惜しくないと思わせるような冒頭にして欲しいと思う。 もし過去の名声がなければ、今の時代ではとうてい通用しない作品に思えた。 | ||||
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チャンドラーの以前の翻訳(清水俊二訳)では、最後まで読み通せなかった。(清水訳チャンドラーで最後まで読み通せたのは「さらば、愛しき人よ」だけ。しかも「この小説の一体なにが面白いのだろう。」という感想しか湧かなかった。) しかし、今回のは最後まで読めた。しかも、相当面白かった。 以前の清水訳の方が良かったという意見もあるだろうが、要するにそれは趣味の問題に過ぎないと思う。 清水訳の方が良いのであればそちらを読めばいいし、清水訳では読めなかった私のような読者は、村上訳を楽しめばいいだけのことだろう。 以前、清水訳で挫折した方は、村上訳で、もう一度チャレンジしたらいいと思う。 | ||||
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もう20年以上前に本書『長いお別れ』の方で読んでいた。それは村上春樹氏経由では無く当時ハマりまくっていた北方謙三氏から入っていった。で、今改めて読み直してみると、チャンドラーの一切の借り物ではない作風に改めて気付かされた。それと同時に村上春樹氏がこの文章の比喩や会話(人物造型)に如何に影響を受けているかがよく解る。巻末の村上氏の解説にも書かれているのだが、本作のユニークな点は-無論色々あるのだが-ミステリーの本筋と関わりのないディテールに光っている。フィリップ・マーロウを通して語られる様々なエピソードは読みながら思わずにやりとさせられる。そしてフィリップ・マーロウの皮肉なユーモアを交えた会話と人物造型は恐らく多くの模倣を生んだのだと思う。しかし彼はやはりチャンドラーの卓越した才能なくしては決して成立しないオリジナルなものだ。 | ||||
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外国小説の邦訳になると、必ず、訳がどうのと言い出す人がいますが、自分が見比べた感じでは、その点は、まったく問題を感じませんでした。むしろ、やはり清水訳はやや古くなってしまっていて、語や文構造も堅い感じがするので、村上春樹訳でかなり読みやすくなったと感じました(自分は村上春樹の小説は好きではありません)。 肝心の中身ですが、自分にとっては、こちらの方が問題でした。この小説は読み方がとても難しいと思います。文章は明瞭で非常に読みやすく、登場人物も人間としてきちんと生きていると思うのですが、肝心の事件が短編の寄せ集めで、それを無理やり一つにつなげたようなものになってしまっています(いやまさにそのようにして作られたようですが)。したがって、チャンドラーの他の作品にも言えることですが、話の筋が無理やり一つに収束されていくような印象を受けます。 また、探偵物のミステリー小説としては、マーロウがあまりにも探偵らしくないです。腕利きであるわけでも、腕に覚えがあるわけでもなく、特殊な能力や経歴をもっているわけでもなく、個性といえば、シニカルな批判をだれかれ構わずいってしまうことくらい。。。「タフ」な人物として描こうとしているようですが、あまりそうは見えません。 また、この作品に関していえば、テリー・レノックスの行動が謎過ぎます。彼のあらゆる行動の動機が最後までいまひとつ分かりませんでした。 この作品では、テリーが憎めない魅力のある人物として描かれているようですが、文章からはその魅力が何なのか、私にはまったくわかりませんでした。 | ||||
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海外の小説が好きで、いろいろな翻訳ものを読んできたが、村上春樹の翻訳は正直うまくなかった。素人並み。読み始めから違和感と読みにくさを覚えていたが、下手な翻訳も気にならなくなるほどのストーリー展開で、ミステリー好きの私も大びっくりの展開と結末に徹夜で読んでしまいました。それはチャンドラーの力。清水さんの翻訳は省略してあるし。。。清水さんに原文を省略せずに翻訳してもらったら最高だっただろう。 | ||||
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清水訳は、実は「超訳」だったって言うの? 私は、「超訳」のおかげで、チャンドラーを好きになっちゃっていたの? 先に村上訳を読んでいたら、どうでしょう? うーむ。もちろん悪くはないんだけど、いまほど好きにはなっていなかったかもしれないなぁ、と思いました。だって、マーロウが、あまりにも等身大過ぎるのですよ。清水マーロウと比べるとあまりにも「凡庸」過ぎませんか?セリフも、もっさりしていて、くどいし、ガキっぽいし。 でも、マーロウの設定実年齢からすると、こちらのほうが現実味があるんだよなあ。こちらのほうが原作に近いのですよね? あーあ。なんだかつまんないな。 ならば、清水訳で、より原作に忠実な「新訳・長いお別れ」が読みたい、と痛切に思いました。 | ||||
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あの村上春樹も絶賛なんだからおもしろくないわけがない。私自身、このチャンドラーのロング・グッドバイは今まで読んできた本の中で三本の指に入る。そしてフィリップ・マーロウは一番好きな探偵で間違いない。この長さなのに退屈を感じた瞬間は一度もなかった。森博嗣も言及していたが、本当に凄い作家というのはチャンドラーやサリンジャーのようになんでもないような事をここまでおもしろく魅力的に書き上げることのできる人なんだろう。こういう言い方は良くないかもしれないが、まあ日本の作家ではこれはかけないでしょう。 | ||||
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翻訳者がどうこうではなく、単純にアメリカ小説として楽しむことができました。 訳者あとがきでフィッツジェラルド『グレート・ギャッツビー』との類似が指摘されますが、むしろ私はオチのつけかたが訳者の『羊をめぐる冒険』に似てるなという思いを強く持ちました。 また読みかえしたい本です。 | ||||
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昔、旧訳を読んではまったという経験がないので、村上春樹訳と比べて文句を言う、という楽しみ方が出来ないのが残念であるが、さすがのチャンドラーという名文にすっかり魅了され、上質のミステリーを読むという老後の楽しみが一つ増えて嬉しい。 | ||||
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「羊」「鼠」「ノルウェイ」など、村上作品に通底するモチーフが息づく完訳です。訳文の中においても、「訳者あとがき」においても。 村上さんは「若い読者のための短編小説案内」をはじめとして、自身の小説作法(「システム」)を、いろんなところで読者に見えるようにしてくれています。それをやってしまうと、物語作家をとりまく、ある種のミステリアスなところが薄らいでしまうのではないかと思うところもありますが、基本的には僕は村上さんのその姿勢には賛成です。きっとこの人は「なぜ自分は小説を書いているのか」というところに、いまでも根源的な落ち着きのなさ、問いかけを覚えずにはいられないのだろうと思います。本質的、本格的な小説家である所以ですね。 本書の「訳者あとがき」では、そこのところが、ある種の痛切さを感じさせるくらいに、率直に、(悪くいえば)くどくどと、記されています。村上さんの説明を真に受ければ、ということですが。 村上作品に慣れ親しんだ人が「ロング・グッドバイ」を読んだときに、この会話、ないし流れや運びはどこかで聞いたことがあるよ、と感じるとしたら(きっとあると思います)、村上さんが高校生のころに「ロング・グッドバイ」を読んで受け取ったエッセンスが、「羊」「鼠」「ノルウェイ」などを通じて大人の作家になってから一応は消化、昇華された、でもその跳ね返ったお釣りみたいなものが今度は時を経て翻訳をしたときに「ロング・グッドバイ」のほうに過剰に反映されてしまった。しかも、彼はそのことをわかっていて自分に許している、それくらいこの作品が好きだから。そういうことではないかと僕は想像します。 だって、フィリップ・マーロウは、あのようには村上語でしゃべったりはしないですよね。はんちく、もそう。少なくとも彼らは原著では村上訳とはちょっと違った言葉遣いをしています(と、僕は感じます)。翻訳というのはもうちょっとドライで価値中立な作業であるはず。 したがって、それらを含めて、清水訳のほうがいいかといえば、「抜け」はたしかにあるけれど僕は清水訳のほうが好きな部分も少なくないです。 だから逆に「ムラカミ的」完訳であることを受け入れられるのであれば、本書のほうを推します。村上さんは(当然かもしれませんが)翻訳者としての資質より、小説家としての資質がどうしても上回ってしまうからこうなってしまうのでしょうね。受け入れることに抵抗のある読者にとっても、それはそれとして現時点で最高水準の翻訳だよ、ということは請け負ってかまわないと僕は思います。 以上、中立中性の翻訳などありえないことを踏まえた上で、「読者の贅沢」を込めて減点1、でも気持ちは星5つ。すばらしい本です。 追記:異性愛にはきわめてストイックで、むしろ同性愛的、友情よりである本書が、ムラカミ的回路に受容され、通過するとどうして「ノルウェイ」にたどり着いてしまうのか、そこのところは誰かがきちんと追いかけるに値するテーマであると思います。 | ||||
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村上春樹の原点のひとつ 個人的には、 訳の良い作品は、 原書を読みたくなります。 本書も強くそう思いました。 キャラクターがとても良く、情景がリアルに伝わってきます。 疲れた時、 気持ちがもやもやした時読んでください。 ひとは死にますが、 セックスはありません。 | ||||
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文庫版としては、すごいボリュームで、この価格は納得である。 チャンドラー作品、また村上作品の入り口としてもいい作品。もちろん、何冊も読んできた方にもお勧め。 ただ、個人的には、今回この作品を読むにあたって、どうも村上春樹の翻訳、ということを意識しすぎてしまったように思う。 チャンドラー(もちろん翻訳した他の作家も)に村上春樹が影響を受けているというのは、周知の事実だと思うが、最後のエピソードや、随所で出てくる表現やセリフに、村上作品、特に「羊をめぐる冒険」とかぶる場面が多くあり、入り込めなかった。 もしかすると、アンチ村上春樹で、村上作品を全く読まない人にこそ、適した作品なのかもしれないと思う。 | ||||
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目先の利益ではなく、ひねくれた信念を貫く私立探偵。一銭の得にもならないどころか、命の危険をさらしてまで事件の真相に近づいていく。中2病的な行動や台詞も、ここまで一環しているとカッコいい。男が惚れる男、男の中の男。村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』に出てくるあいつは、マーロウに比べればハードボイルドでも何でもないな。と思う。バーでギムレットを頼まずにはいられない。 | ||||
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フィリップ・マーロウの世話ぶりから推測すると、テリー・レノックスという人物は人を引きつける魅力をたっぷり持っているのだろう。彼は大富豪の娘と結婚もした。しかし、良かれと思ってしたことが他人を凄まじい混乱に引きずり込む、という運命を彼は背負っているようだ。以下ネタバレです。戦争で捕虜になり、命は助かったものの顔の負傷や過ぎ去った時間のことを考え、彼は結婚したばかりの妻のもとへは帰らないことにした。するとその元妻が近所へ引っ越してきてしまう。そして彼の妻(シルヴィア)が元妻(アイリーン)の夫(ロジャー)と不倫をする。そのことに気付いたアイリーンがシルヴィアを殺してしまい、テリーは勝手にアイリーンの罪をかぶることにする。テリーの行動は一見理不尽だが、冒頭部分の彼の言動には何かそういうことをしそうな気配が漂っている。「これ以上君(マーロウ)に迷惑をかける理由がなかった。誰かに助けを求めるのは簡単なことじゃない。特に何もかもが自分のせいだという場合には」「僕のプライドはそれ以外に何も持ち合わせていない人間のプライドなんだ」「僕のような人間は生涯に一度だけ晴れがましい瞬間を持つ。空中ブランコで完璧な離れ業をやってのける」「(シルヴィアの)父親に対する目眩ましのような役割をつとめるだけじゃなく、いつかもっと真剣に自分が必要とされる時が来るんじゃないかと思ってね」テリーは歪で極端な使命感を持った人なのだ。往々にして極端な使命感は人を危険にする。そのうえ歪とくれば救いようがない。フィリップ・マーロウもこう言っている。「次にロールズロイスの中に倒れている礼儀正しい酔っぱらいを見たら逃げ出すべきだ。自分で自分に仕掛ける罠がなにより質の悪い罠なのだ。」 | ||||
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この本を読むと間違いなくギムレットが飲みたくなる。それもローズ社のライムジュース50%でジンを割ったもので。しかしローズ社のライムジュースはなかなか入手困難で、ハワイなどでしか入手出来ないらしい。というわけで私はいろんなライムジュースで試行錯誤したものの、いまだにテリー・レノックスの言う本当のギムレットの味をわからないでいるのだ…… | ||||
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遂に読みました!村上春樹のデビューからのファン ですけど村上さんがこんなハードボイルドファンとは。 兎に角展開が面白い最後のどんでん返しも感動モン です。外国小説の邦訳ではダントツの出来です。 秀逸な、あとがきも含めてね! | ||||
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私が今までの人生の中で読んできた本の中でもっとも大事な本のひとつです。っていっても25年間しか生きてないんですがw 数多くのお気に入りの場面のなかの1つ、 物語りの最後で、マーロウがレノックスに対してウェイドのことを 「もちろんご亭主はほとんどとるに足らない人物だったよ。血液と脳味噌と感情を備えたそのへんの人間でしかなかった」 と言い切る場面にはただただ感服。どんだけ唯我独尊かつ細やかな気配り(ウェイドを蔑むことでレノックスへの敬意を払う)ができるんだよと。物語りの途中まではマーロウに憧れているような自分もいたんですが、ここでとんでもなく遠くにいるマーロウへの憧れがすべてが嫉妬に変わってしまいました。 さらに続けてウェイドのことを 「彼もやはりことの真相を承知しており、その秘密を抱えたまま生きていこうと歯をくいしばっていた」 と言いいますが、「やはり」ってなんだよ、とるにたらない人物と言い切っときながら、どんだけかっこいいフォローをするんだよと。 ま、けどマーロウにはこんな台詞を吐く資格があるんでどうしようもないですね。 あー、レイモンド・チャンドラーすごいですね、メロメロだ。どうしようもない、これは効いた。 | ||||
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