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(短編集)
砂の女
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【この小説が収録されている参考書籍】
砂の女の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.30pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全220件 181~200 10/11ページ
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| なんでもとことん追求する安部公房の性格が、ありありと作中に出ています。 人間の性質を的確にとらえています。 また文体がそこいらの作家とは異質です。天才的です。 僕はあと、人間そっくり、もおすすめします。こちらもそうとう素晴らしいです。 | ||||
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| えらく評価が高いようなので読んでみましたがそれほどでもないと感じました。 性描写が多すぎて疲れてくるし、回想の中の人をあいつ呼ばわりする理由も分かりませんでした。発想はおもしろいとおもうんですけどね…… | ||||
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| 個人的には箱男のほうが面白かったが、安部公房の中ではいちばん有名な作品か。現代でも通じそうな傑作、やっぱり世界文学レベルの人は違う。 現代社会はくりかえし。毎日会社を往復、そこに「出口」はないし、まるできりがなく砂を掻くかのような生活。しかし、やがてその閉塞の中でも満足(閉ざされた自由の中での満足)を見つけて、その生活に安心しちゃう。 という、現代のメタファになぞらえてしまうととても陳腐になってしまうけれど、この砂の中のサスペンス性と、あまりにも乾ききった砂の描写がすごすぎて、そういうものを凌駕する。傑作。 | ||||
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| 純文学作品の中では読みやすいほうだし、結構面白い。物語としても良くできていると思う。 現実にはない少し「異常」な世界の話。だけどそれは僕らの世界も同じで、とても似ているのかもしれない。 | ||||
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| 読書通の友人に強く勧められたが、眼を見張るような表現力も発想力も見られなかった。 主人公のネチネチした愚痴も不快だった。 絶望的な状況の中であきらめずに力強く前を向く姿勢には好感が持てたが、あの状況に陥れば普通の男性であれば誰だってそうするだろうし、特に感動は感じられない。 地味な話以外を認めない、自分勝手且つ無意味なこだわりをもつ一部の人たちには最高の作品なのだろうが、特殊な思想を持たない普通の人にとっては、得るものは無いと思う。 | ||||
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| 読み終わったその日から、のどがかわいてしょうがない。 夏でもないのに。 ところで、きのう、米櫃に、新しく買った米をあけていたところ、一方に米が寄ってしまったので、均等にならしたが、そのとき、この弾力、砂に似ている、と思った…… | ||||
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| スリルとサスペンスと思想がそろった本物の小説だ。読むと心が千千に乱れる。揺さぶられる。 政治性、社会性を多分にはらんだ作品であるけれど、安部公房はいつも人間の業にまで問題を深く掘り下げ、安易なべき論にしない。この態度が保たれているからこそ、前半に見られた砂と女の衝撃的なまでの官能性が観念的考察に覆われてしまった後でも作品が生命力を維持できている(小説という形式を借りたエッセイで人気を得ている某ベストセラー作家と大違い)。 風土と風習に蹂躙される人間の姿。思想、主義の無力。今日の問題を連想した。 たとえば雪村落の雪降ろしの問題。21世紀にもなってなぜ人間が命がけで屋根に上って雪を下ろさなければならないのか。雪降ろしが不要な屋根や雪降ろしを自動的に行う装置を普及させることはできないのだろうか。 サービス残業と称するどれい労働の問題。21世紀にもなってなぜ人間が粗悪な「いっとう安上がり」な方法に縛り付けられているのか。 ──女が一言の弁明もせず、薄気味のわるいほどの素直さで、易々として生け贄の沈黙に甘んじていることも、事態の危険性を裏づけていると考えられはしまいか? 風土は変えられなくても風習(社会システム)は現代においては対象化し変えることができる。まず「壁」の冷静な分別が求められる。 「砂の女」が半分だけ風化する日はやがて訪れるのだろうか。 | ||||
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| 手立てはいくらでもあるのだ……あせっていては相手の思うツボじゃないか……じっくりと手段を考え……抜け出せばよい。 あせっちゃあいけないんだ!……この無理な平常心が、いずれ訪れる思考の終点に結び付けたのか。 | ||||
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| ‘罪がなければ、逃げる楽しみもない’ この作品の核心をつくテーマは、「自由」だ。 「自由」とは遠いほど憧れの対象で、いざ、目の前に存在すると、恐怖の対象というのか・・・? この作品は、ザラザラとした‘乾き’を感じさせるが、同時に、汗と分泌物のなかにまどろむ‘湿り気’も感じさせる。 こちらを生理的に訴えかけてくる文体だと思う。 ‘砂の女’は、勅使河原監督によって映画化されている。 カンヌで審査員特別賞を受賞している。 | ||||
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| 安部公房と言えば、いわゆる寓話といわれるジャンルに属する作品を多く上梓しており、本作もそのカテゴリーに属する。したがって、作品のストーリーそのものよりも、その裏側にある意味やメッセージを読み取るべきなのであるが、本作は作品そのもののパワーが強大すぎて、こんな状況設定があるわけもないのに、読者はどんどん砂穴の中の生活に引き込まれてしまう。 作品が発表されてから40年以上経過しているので、時代背景を多少は勘案して読む必要があるかもしれない。当時は、まだまだ戦後の焼け跡を思い起こすことのできる時代である。 しかし、その点を除けば、読者一人一人が自分の生活との共通点を何か感じるはずだ。感じるポイントは人それぞれ違うと思う。主人公そのものに自分の姿を重ね合わせる人、前半の主人公の焦りに共感を覚える人、砂穴の家に自分のすまいをシンクロさせる人、「女」に自分の付き合っている女性を投影させる人・・・・。 スケールの大きい作品なので、読者それぞれがいろんな思いを巡らせると思う。また、同じ読み手であっても、読み直すたびに新たな発見をするだろう。 | ||||
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| 20年以上ボロボロになるまで繰り返し読んだ特別の作品です。内容はすっかり覚えてるのにそれでも読みたくなるこの心境を伝えるのは難しい。 砂に埋もれた集落、一般社会から切り離されたこの世界に迷い込んだ男は砂に囲まれ囚われの身となり日々脱出を夢見て砂と格闘する。一緒に暮らすのは砂しか知らない孤独で無知な女。 安部さんの作品は解釈を考え込むと難解な所が多いと思いますが、私はそんな事無視、ただ単に面白くて独特の世界に惹き込まれる感覚がクセになってるんです。 | ||||
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| 砂の女の住む砂穴の一軒家に閉じ込められた男が、実感する人生の閉塞。「生きがい」とは何だろうか・・・エゴイズムにも似た「生きがい」を見つけて生きている人間の滑稽さや愛らしさ。何故かホッとする気分を味わえる不思議な作品。 | ||||
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| 怖い…。とにかく怖い。 思いがけず砂に支配される村で穴の中に閉じ込められ、逃げることすらかなわずにただ過ぎていく日々。そして積もっていく砂、砂、砂…。 この作品に強い嫌悪感を抱くのは、リアリティゆえだとわかりつつ、個人的にはこの種の怖さは苦手だ。 久しぶりに読み返してみたが、やはりこの印象はぬぐいきれない。 | ||||
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| ――罪がなければ、逃げるたのしみもない―― まず冒頭から公房さんのセンスを伺える。 そういえば、これはレビューだから深く語れないないのか。残念自重しよう。 比喩の正確さ、幅の広さ。地の文の軽快さ。最高である。グングン読者をひっぱていく。 そして男の色々な意味での"あつい"思考。 純文学が苦手な人――勿論、どんな読者でも楽しめること請け合いであることは間違いないことだが――是非読んでみることをおすすめします。 | ||||
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| 今、目の前にある状況に意義やよい面、生きがいを見つけること。それはつまり自分の生きる意味を知ることであり、幸せを感じることである、というテーマかな? 砂に囲まれ、日々砂から身を守り抜くことだけを考える中で、他にもっとよい環境があるはず、と考えるとき、どうやって逃げ出すかだけを人は考える。この「他にもっと」という感覚が悪いとは思わない。それがよい結果に結びつくことだって大いにある。 教訓めいてはいるが、ここに書かれているのは一つの生き方であり、教科書ではない。 | ||||
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| 日常の生活の中で、なんとはなしに不平や不満、満たされない日々の中で、非日常の何かを捜し求めて私たちは旅に出るのだと思います。 そして、そんな旅先で突然、自由を奪われ不条理な世界にほうり込まれたなら、あなたはどうしますか? あきらめの中で、何か日々の目的・目標となるものを探すことができたなら? ぜひ読んでみてください。 | ||||
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| 北朝鮮が、日本人の拉致を認めた日(2002年9月17日)、私は、この物語(『砂の女』)を思ひ出した。北朝鮮によって拉致され、北朝鮮で、人生を滅茶苦茶にされた人々の運命と、この物語は、いかに酷似して居る事だろうか。−−作者の安部公房氏は、この作品を社会主義国の戯画と見る事はしないで欲しいと言ふ意味の発言した事が有るそうである。安部氏が、わざわざそう言ふ希望を述べたと言ふのは、逆に言へば、早くから、この物語が描く世界から、「社会主義」国の現実を連想する読者が、いかに多かったかの反映の様で、皮肉である。 (西岡昌紀・内科医) | ||||
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| 砂の中に入り込んでしまい、始めはにげようと試みた男が、少しずつ逃げる気力を失っていく・・。砂の中の生活にも快楽を見つけ、現実世界にもう戻らなくてもいいか・・と考える男に、正直言ってじれったさを感じます。しっかりしろ!と。 どこか官能的でもある一冊ですが、読んでいくと、現代社会への批判的な一面も見え隠れします。自分の隠したいと考えている部分が主人公の男に重なる時もあり、抽象的ではありますが考えさせられる一冊です。 | ||||
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| 学生時代に、文庫本に始まり、全集、全作品と、安部公房作品を読み漁りました。 彼がエッセイや対談の中で名を挙げている人物や作品の本も沢山読みました。 当時の私は、かなりの安部公房信者でした。 そのような中で一番好きな作品が、この『砂の女』です。 安部公房の長編を初めて読もうと思っている方は、この『砂の女』から入るといいと思います。 他の多くの作品でもそうですが、現実への非現実への入り込み方が秀逸です。 (もう一つの代表作として『壁』が有名ですが、あれは難解です。あの作品は、安部公房の作品の中でも特殊です。また、政治的な思想が色濃く反映されています。初めて読む本としては個人的にはあまりおすすめできません。) 安部公房文学は難しいとよく言われますが、作品論など書くつもりで読む必要はありません。 体験してください。レトリックを楽しんでください。 それでは、安部公房ワールドへようこそ。 | ||||
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| 非現実的な世界を通して、科学的手法のみでは決して解き明かす事のできない人間の心理を描き出す。 主人公の男は新しい虫を発見してそれに自分の名前を付けて後世に自分の名を残そうと砂漠にでかけるが、砂地獄のようなものにはまってしまい、砂の中に閉じ込められてしまう。脱出しようとするものの、しばらくするうちに砂の中の生活に慣れてしまって逃げる気力を失ってしまう。 ここで主人公は思う。砂の中にはある程度の娯楽もあるし、そんなに悪くない。砂の外の世界もそんなに変わらないのではないだろうか。結局、人は退屈な人生からなんとか気を紛らせながら生きてるのではないだろうか、と。 物語設定は非現実的であるが、生きることに特別な意味はなく、人生は単調な毎日の繰り返しであるとする主人公のニヒリスティックな思考は、決して現代と無関係な考えではない。 | ||||
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