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(短編集)

溺れる人魚



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【この小説が収録されている参考書籍】
溺れる人魚
溺れる人魚 (講談社ノベルス)
溺れる人魚 (文春文庫)

溺れる人魚の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

物語の復興と最新科学の知識とのハイブリッド

4篇の中短編からなる作品集。

まず表題作は哀しい天才スウィマーの末路を描いた物語。
なんとも哀しい物語だ。アディーノ・シルヴァという、若き天才スウィマーの栄光を極めた彼女がその輝きを見る間に失い、凋落していくさまが非常に哀しい。
特に彼女が性欲過剰で何もせずともエクスタシーに達し、時と場所を選ばず醜態を晒すのがPSAS(持続性性喚起症候群)という病気であったことが近代になって認知され始めただけに当時ロボトミー手術を施されたのが哀しい。このアディーノは作者の創作だが、末尾に添えられた作者自身の解説によれば昭和の時代に実際に手術を施された桜庭章司氏が実在のモデルとのこと。
そして今までの島田氏ならばこの国民的ヒロインの奇行の内容を大脳生理学などの学術的分野の見地から紐解いていくことがミステリとしての主眼だったのが、本書ではさらに加味して、同日同時刻に同じ銃で遠く離れた人物が殺されるという魅力的な謎を提供してくれる。
しかしこれはヒントが十分散りばめられているのでトリックは解った。謎自体は難しくはないが、日常風景から魅力的な謎を創出する島田氏の奇想を評価したい。

続く「人魚兵器」は御手洗潔ならぬキヨシ・ミタライが登場する第二次大戦の戦争秘話。
その題名から内容は容易に想像がつくだろうが、これは第二次大戦時に数多の実験をしたドイツの人体実験を語るものだ。
コペンハーゲンの人魚像を端緒にして人魚のミイラから人魚のような生物へと人魚を軸に移り行く物語の行く末は人間とイルカの混合種を創り、人魚兵器として爆弾を抱かせて敵艦へ激突させる作戦の構想があったというものだ。
恐らくこれは作者の創造だと思われるが、人体実験云々は恐らく本当だろう。ユダヤ人を実験体として人非人的実験を繰り返したナチスの人智を超える残虐さには改めて身の毛がよだつ。

3作目は「耳の光る児」。
耳の光る子供という一種SF小説になりそうな題材をミステリの対象として扱う島田氏の着想の妙に感心した。この謎も合理的に解かれるが、遺伝子工学という専門的な知識を要するため、読者はキヨシが開陳する知識に従うしかない。知的好奇心くすぐられる内容だが、少しは読者が推理する余地が欲しかった。

最後の一編「海と毒薬」はミステリではなく、石岡が御手洗に宛てた手紙という体裁を取った、あるファンの話だ。
ファンレターの主は看護師の女性。O市の看護短大に通っていた時に助けた轢き逃げの被害者との悲恋の顛末とその哀しみでどん底まで落ちた人生から立ち上がる契機となったのが『異邦の騎士』のお陰だと手紙には綴られている。
島田氏特有の哀愁漂う話で物語的には特別なものはない。本書が刊行された時期の島田氏は物語の復興を唱えており、『最後の一球』、『光る鶴』など社会的弱者への暖かい眼差しを感じさせる作品を著しており、本編もその流れの1つと云えるだろう。
題名は遠藤周作の名作と一緒だが、こちらは劇薬である硫酸Dの澄み渡るような碧さを海のそれに喩えたことに由来する。しかもその海は適わぬ恋となった男性といつか2人で行く約束を交わしたモルディブの海だ。
しかし改めて『異邦の騎士』は島田にとって本当に大切な作品なのだなと感じる。本書以外にもこれまでに『御手洗潔のメロディ』収録の「さらば遠き光」、『最後のディナー』収録の「里美上京」にも語られる。横浜の変貌とシンクロするかのように折に触れ語られるようだ。まあ、作中筆者である石岡にとって忘れられぬ事件であるのだから仕方はないのだけれど。


世界を舞台にしたミステリ短編集とでも云おうか。番外編とも云うべき「海と毒薬」を除いて1作目の表題作はポルトガルのリスボン、2作目の「人魚兵器」はドイツのベルリン、3作目の「耳光る児」ではウクライナのドニエプロペトロフスクが主要な舞台となっており、それ以外にもコペンハーゲン、ウプサラ、ワルシャワ、モスクワ、シンフェロポリ、サマルカンドも舞台となっており、短編という枚数からすればこの舞台の多彩さは異例とも云えるだろう。
作者の意図は世界で活躍する御手洗潔を描きたかったのではないだろうか。

また本書で実際の主人公を務めるのは必ずしも御手洗ではない。2,3作では御手洗の活躍が伝聞的に語られるが、表題作では彼のウプサラ大学の同僚ハインリッヒ・フォン・シュタインオルトが謎を解き明かす。彼はウプサラ大学の中で最も御手洗と近しい友人だったようで、2、3作でも語り手を務める。外国の石岡的存在なのだろう。

21世紀本格を提唱する島田氏は現代科学の知識をミステリの謎に溶け込ませているが、本書でも表題作では血流制御内科学の教授が語る持続性性喚起症候群(PSAS)という特殊な症例が、「人魚兵器」ではクローン技術の軸となる発生生物学がキーとなり、「耳光る児」では遺伝子工学の知識なくしてはSFめいた謎は解けない。
かねがね云っているがこういった謎は知的好奇心をくすぐりはするものの、それを謎のメインとされると読者との謎解き対決とも云える本格ミステリの面白みが半減するように感じる。
しかしいい加減私も島田氏の作風転換に馴れなければならないだろうけど。

しかしよくもこんな話を思いつくものだ。上に述べた最新医学・生物学分野の知識以外にも大航海時代の背景にモンゴルの欧州侵略といった歴史の授業で習った出来事を学校では習わない側面をミステリの謎の解明につなげる趣向など、島田氏の描く物語は他のミステリ作家の一歩も二歩も先を行っている感じがする。

本書は一見バラバラのような短編集に思えるが、実は一つのモチーフが前編に語られている。
それは人魚。
人魚といえばデンマークの国民的作家として歴史に名を残したアンデルセンの『人魚姫』が有名だが、島田氏が本書でその人魚をモチーフに選んだのは物語作家宣言を仄めかしているように感じたのは考えすぎだろうか。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S

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