摩天楼の怪人
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| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点6.67pt | ||||||||
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島田荘司氏、数年の沈黙を破っての大作。文庫版670ページ強を費やして語られる事件は御手洗シリーズの新作を待望していた読者の渇きを癒すのに十分な内容だ。 | ||||
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けっこう島田氏の作品は読んできた。読み疲れといった部分もあると思う。だから読んでいる途中でもあまりワクワク感は感じなく読んでいた。出だしは34階にいた人物が1階にいた人物を殺害したと告白する。わずか10分の犯行時間。 | ||||
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提示される謎はスケールの大きなものばかりで、序盤は非常に心引かれるものでした。 | ||||
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
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| 大変良い商品です。ありがとうございます。 | ||||
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| 大分以前に購入して,最近やっと読んだ(海外への長時間フライトで)。率直に言って「長い」,冗長といってもいい(必然性は感じられない)。本題の謎とは直接関係のない地下都市の話などが長々と語られていて,これは最後に回収されない(雑誌連載時の単なるページ稼ぎ?)。著者は後書きで否定しているが,ストーリーには明らかに「オペラ座の怪人」(ガストン・ルルーの小説ではなく,ロイド=ウェッバーのミュージカルの方)に大きく影響を受け,また乱歩の時計台での殺人もどき(というより,そのまま)も登場するということで,ミステリー風総合エンターテインメント小説の観がある。そしてその長さの割には,解決部分での納得感が弱い。もちろん,ミステリにリアリティを要求するわけではないが,とんでもない話でも,D. カーのような「作り話」的謎解きなら,あり得ないとしても楽しめる。その点で,この作品は,謎は一応説明されるが,あり得ないとして楽しめなかった。詳細な問題点には触れないが,時間(長さ)に対する内容(満足度)のCPが低い。 | ||||
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| <ネタバレ全開、ご注意あれ> ありがたいことに、本作の舞台はNYで日本人は御手洗以外に登場せず、つまりは著者の日本人批判が発動しにくい。そして若い御手洗の人当たりは穏やかだw また持ち味の個性的な建造物を使った島田ファンタジーに加えて、著者得意の都市論が展開されることもあって、総じて初期作品の良さが戻ってきたようで、随分と楽しめた。 本作は当初、『ライオン大通り』と題するつもりだったらしい。 なるほどライオン大通りは、第三章のタイトルであるとともに、本作の謎の中核に関わって中盤の興味を牽引するものだが、物語全体のイメージとしては、『摩天楼の怪人』が正解だろう。 この題名は、いかにも『オペラ座の怪人』を連想させるもので、美人女優にその守護者の仮面の怪人といったモチーフは、それを助長するものだが、個人的には「怪人」の語感から、乱歩作品へのオマージュを強く感じた。 時計塔の内外でのアクションと云えば、乱歩自身よりも彼の『幽麗塔』にインスパイアされた『ルパン三世/カリオストロの城』だけれども、時計の針に断首される恐怖というモチーフは、作品名は忘れてしまったが、乱歩作品に通じるし、謎解きの一環として登場したあるガジェットには、「湖畔亭事件」を連想させられた。 また言わずもがなだが、戦争帰りの仮面の男と云えば、横溝正史の『犬神家の一族』だ。 ちなみに、本作でボツらせたライオン大通りの題名は、すぐに「UFO大通り」として別作品でリサイクルされたw といった他作品の連想も含めて、本作には随分と楽しませてもらったのだが、いい歳こいて島田ファンタジーに圧倒されるだけではやや情ないので、若干のツッコミをしておきたい。 本作の最後で、記述者のジェイミー・デントンは“犯人”に対して、「私以上に文学を愛し、他者への思いやりも、柔らかな感性も併せ持つ、魅力的な人物だった。自分と違いがあるとすれば、それは戦争だ」(P.680)とコメントしているが、そもそもセントラルパーク・タワーに"あの仕掛け"が施されたのは、当然竣工した1910年以前である。その目的は、覗き見以外にない。 とてもヤバい思考が強い実行力に結びついた超危険人物だw また従軍する前の1916年において、一方的に信奉した女優を誘拐しただけでなく、すでに殺人も実行した。ファントムが存在し続けた事実への圧倒的重みにデントンがくらくらしたのはわかるが、そんな人物を酌量する必要はあるか? というか、著者の日本人以外への甘さが漏れ出たのかw そしてブリオロフによるタルマッジの代役に関してが、よく理解できなかった。 自分の整理のために、1921年の一連の事件の時系列を並べてみると、 9月5日……サンドリッチ殺害 9月6日……大時計の撤去を決定 9月7日……サリナスとファントムが二度目の邂逅 9月8日……撤去作業。文字盤中央の丸穴のみ時間切れで残る 9月10日……タワーの窓が大量破砕、タルマッジ転落死 9月27日……エルグ“自殺” 10月3日……ジーグフリード殺害 となるので、エルグ事件の際の凶器とストッキングは、誰がどうやって入手したのかということに関しては、9/8~9/10のあいだにタルマッジが入手してファントムに渡していたということで可能だと理解できた。 撤去作業が始まるまでの僅かな間なら、ファントム自身が出かけることも可能ではあったが、その外見では難しかっただろう。 しかしそれならば7日の邂逅で、「君の今度の『インディアン・フラワー』は素晴らしい、もう何度も観た」(P.105)というのは、一体どこでどーやって観たというのだろう? そして、ファントムはこうも云う。「こういう顔になって、私は人前に出ることができなくなった。以来、彼がオーソン・タルマッジになった」(P.615) しかしタルマッジとブリオロフが「一緒にアメリカに来た」(P.615)のは、1921年の従軍からの帰還時ではないはずだ。明言はないものの常識的に考えれば、セントラルパーク・タワーの設計当時から、二人は共同作業していたようだし、となると、1916年~1921年のタルマッジ不在時には、ブリオロフは彼自身としてタワーに居住していたのだろうか? またタルマッジは摩天楼の設計者として、メディアへの露出はそれなりにあったはずだが、問題は生じなかったのか? それにしても、1910年~1916年までは特に事件が起こってもなく、二人が同居していたというのに、タワーの管理人のハワード・スミスすらブリオロフの存在を知らなかったのが解せない。 数百人が住んでいそうなタワーとは云え、最上階付近のハイソな居住者のことくらいは管理人なら知っていそうなものだが、そこは「大都会の孤独」で、部屋の名義がタルマッジというだけで、特に居住している人の数や顔の弁別などは範疇外ということか……。 そして肝心のサリナスによるジークフリード殺しでは、殺したのは間違いなく自分で、しかしその手段はわからない(魔王の魔法の力による移動)と自身で述べていたが、廊下に窓がない建造物内で停電中の漆黒状態とは言え、それはちょっと信じられない。聴覚や触覚はあるだろ。どこともわからぬ場所ならともかく、自分の普段の生活範囲なのだから。 「両手を前にあげて歩いていったら、壁を抜けて、そこが彼の一階のオフィスだったと?」「これ以上はもう語りません」(P.43)のニュアンスからも、そこは気づいていたのだろうと思いたい。そうでもなければ、他の女優のことを「オツムときたら、帽子を載せるためだけについてるの」(P.371)なんて辛辣な批評は到底許されるものではないw もう一つだけ。事件の第一幕と云える1916年から第二幕の1921年に飛ぶのは、その期間、ファントムが従軍していたからだという。その戦争はもちろん欧州の大戦なのだが、それなら1918年あたりに帰還した兵士も多かったはず。 それが1921年だというのは、引き続いてロシア革命干渉戦争にも従軍していたからではないのか? ファントムは戦争で大怪我を被ったわけで、その治療と回復に時間がかかったと解釈もできるが、帰国時の船には、同様に帰国する従軍兵士が多数乗船していたような描写もあった。 「一九二一年に入り、マンハッタン島に欧州の戦線から多くの兵士が帰還するようになった」(P.198) 戦争が兵士に植えつける巨大な精神的ダメージは、本作の重要な裏テーマになっていて、だからこそデントンも最後に的外れなコメントをしたのだが、著者はWW1に連続するロシア革命への欧米各国の拒否反応には一切触れようとしない。ノイズになると考えたのか、ほかに何らかの理由があったのか、むしろ注意深く排除している。 一方で本篇終了後、著者自身の「後書き」の前に配された「NY摩天楼史 年表」では、摩天楼には何の関係もないながら唐突に、「1918年 日本政府、シベリア出兵を宣言」の一行があって、あたかも日本だけがシベリアに出兵したかの作為がある。 いわゆる“シベリア出兵”は、日英同盟に従ったロシア革命干渉戦争への協力参加である。日本が最後(1922年)まで派兵を続けたことは事実だが、それは生真面目さに加えて、日露戦争でさんざん国民を疲弊させながらどうにか勝利的引き分けにこぎつき、数年後には協商まで結んで漸く友好関係を手に入れた近隣の大国が、あっという間に得体のしれない社会主義国に変貌したという恐怖が、欧米よりも強かったからだと考えるのがフェアなのでは? そして大いなるレッドヘリングの「第四章 地下王国」の章からは、安直に社会主義に親近感を抱いている気配を感じるし……。 どーにもこのあたり、著者は歴史分野に興味があるはずなのに、肝心な処に光を届かせようとしない……。 著者は御手洗潔と同じ1948年生れ。 この世代は、GHQが立案・主導して、それに乗っかった日本人左翼や特亜が最大限に利用した戦後自虐史観を色濃く吸収した世代である。 しかし著者は近現代史に興味があるはずなのに、日本悪玉説では歴史の流れにうまくフィットすることなく、断絶に近い飛躍があることに気づけないものか……。 残念ながら、老境の著者にはもはや自分の思想を修正することはかなわないのだろう。(本書の執筆当時は、まだ老境というには早かったが、問題の「戻り橋と悲願花」を書いたのはこの後であるw) | ||||
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| 海外ではいたって常識人な御手洗氏ですが振り回されるキャラはやはり必要なようで、石岡君の偉大さがわかります。 もちろん石岡と出会う前のお話ですから無茶なのですが。 マンハッタンの情景が浮かぶような文章はさすがです。 やはり実際に住んでいないと書けない文章だと思いました。 Kindle版で出ていれば星は5つでした。 | ||||
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| どんでん返しで思いもつかない犯人とトリックでした。ドキドキワクワクの連続でした。御手洗潔の推理は全部読みます。 | ||||
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