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アクロイド殺し
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【この小説が収録されている参考書籍】
アクロイド殺しの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.23pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全209件 101~120 6/11ページ
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| 言わずと知れた、大傑作です。緻密な構成、伏線、展開、語り口のうまさ、そして、大胆な叙述トリックで、クリスティ女史のみならず、推理小説史に残る傑作とされています。 で、私の持っているのは、創元推理文庫1959年初版の1970年23版なのですが、これが、脱字、誤植がものすごくて、「利益」が「利盛」に、「先生」が「生先」に、「ペイトン」が「ペイント」に、「と」が横向きに印刷してあったり、どう考えても、1つか2つ字が抜けているだろうという所も多数あったりして、数えていないのですが、少なくとも10か所以上はあると思います。こんなのが、店頭に並ぶというのが、興味深いというか、なんか、面白かったのです。 | ||||
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| 英国推理協会が選んだ史上最高の推理小説ランキング第5位。 その評価も納得でしょう。 イギリスの田舎の雰囲気も楽しめます。 翻訳が名調子で読みやすい。 | ||||
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| 推理小説が好きでいろいろと読んできたけど、長編モノは読むのに体力がいるし、人物や情景を覚えておくのが億劫だと思う性分の私には、クリスティの作品は合わないかもしれない。「アクロイド殺し」はクリスティの代表作でレビューも高かったので読んでみたが、やはり読むのがきつかった。登場人物が多くて途中混乱し、その上、情報として不要かと思う余分な描写や会話が多いように思えて、途中斜め読みしてしまった。たぶんどの描写も意味があって出していると思うし、こういう情報が入り組んでいる中に小説としての面白さがあるというのはもっともですが、途中やや退屈に感じた。(個人的な感覚なのでご勘弁を) 結末がアンフェアだという意見があるようですが、読者には重大なことを隠して手記を進めているという部分で、私も同感。後味が悪かった。 | ||||
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| トリックはみなさん素晴らしいと賞賛されていますので、私は言う必要はないように思われます。ゴルフ場殺人事件のようにひっそりとした恋を物語に溶け込ませるのが女性らしくてなんだか心に染みてきます。見取り図挿絵が入っていてなんだか探偵気分を味わえました。至福の時間を与えてくれますよ。ぜひ一読! | ||||
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| 中学生の頃読んだ本を電子書籍で読み直し。言葉一つひとつに込められた意味が改めて解る気がする。 | ||||
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| 新訳でまた読んでみました。フェアかアンフェアか、の論争が当時巻き起こったという話ですが シャーロック・ホームズがワトスン博士の手記であるのと同様に、 この小説もシェパード医師の手記であると念を押すように途中、書かれています。 ここが非常にフェアだと私は思います。 既読なため、犯人が誰か既に知っている私ですが、読み進めながら「(ワトスンやヘイスティングズと違って)この書き手は信頼できない」という印象を持ちながらページを繰りました。書き手が肝心なことをぼやかしている、あるいはワトスンのように書くのがうまくない、 という感じ、アマチュアが書いているような錯覚を受けるのです。そこがクリスティ女史の狙いでもあった、故に非常にフェアだったと思います。 ただ、私の好みでは、真犯人はちゃんと裁きを受けてもらいたいです。 あのラストは、急に小説的ではありましたが。 クリスティファンとして「そして誰もいなくなった」より断然こちらをおすすめします。 | ||||
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| 筒井康隆は「アクロイド殺し」を読み、結末で明かされるトリックの真相に驚き、自分でも叙述モノをと思い、あの「ロートレック荘事件」を書いたらしい。その出来栄えには自信もあるようで、筒井の読書自伝「漂流」には、謙遜しつつ「少しは雲の上のアクロイドに近づけたかな」と書かれている。 あえて、不遜なことを言えば、私はその界隈では名作とされるミステリーを読んで、そのトリックや結末が明かされても、「なんだ、そんなことか」と思うことが多い。やっぱりというか、残念ながら「アクロイド」もその御多分に漏れず、控えめに言っても衝撃や驚きというのは全くなく、「ああ、そう」というぐらいであった。そんな私でも、「これは!」とおもしろく読んだのが、「ロートレック」で、何よりも、あの設定を結末まで破綻もなく描き進めた筒井の技巧と小説的運動神経には驚かされた。 なんだか、「アクロイド」をダシにした「ロートレック」礼賛みたいになってしまったが、「アクロイド」を叙述トリックの嚆矢とする説もあるようだし、ミステリー史においては勿論、広く文学史においても記念碑的な古典としての価値があることは言うまでもない。 | ||||
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| 昔読んだのですが、ストーリーを半分くらい忘れていたので読み直しました。 それで思い出したのです。 ああ、そうだ以前読んだとき、この部分でわかってしまったんだと。 ワトソン博士なら、こんな書き方はしないと。 そうしてエンディングの違和感。 ホームズならこんな解決はしないだろう、やっぱり「ポワロは違う」と。 でもこのミステリーで大切なのは「その時代の田舎の雰囲気」「カントリーハウスでの人々の関係」なんですね。 ホームズは19世紀末のビクトリア朝の生活、そしてクリスティはもう少し時代が下った英国の生活です。 だから探偵の拠って立つ「正義」も違うのです。 執事やメイド、町の旅館や飲食店の人々などの身分と文化、医師や領主の地位、警察の特殊な位置、遠かった海外、そして「第三者としての探偵」も違がってくるし、語り部も違うのだと。 | ||||
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| アクロイドを殺したのは誰か?その筋の専門家ピエール・バイヤール教授は 独創的理論で真犯人を指摘した。 確かに面白い試みであって注目に値する。 さて議論百出となっている本作品はフェアか、アンフェアか?(ノックスの十戒 ではないが・・・)という問題ではなく、面白いか、面白くないか? 多くの人から面白いとの評価を得ている現状から、この問題作も名作、傑作に 加えることには何の異論もないのではないか。 アンフェアというなら、ルルーの「黄色い部屋の謎」やクイーンの「Zの悲劇」は どうなのか?微妙なところではあるが、あまりここには重きを置かず、 この作品全体にトリックが仕掛けられていたと考えるならば、何と壮大で 意表を突いたトリックと驚嘆せざるを得ない、とも思えるのだが・・・。 この手の小説はサプライズが大きければ大きいほど、その価値も重みを 増していくものなのではないだろうか? | ||||
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| いわずと知れたアガサクリスティーの名作。犯人が明らかになったときの、「そんなのありかよ!」感は、他の作品にはないオリジナリティー。さすがクリスティーと納得させられる作品。 | ||||
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| 「殺戮にいたる病」の文庫本解説で、本書が少し引き合いにされており、アガサにも叙述トリックがあるのか~と興味持って手にした次第。 真犯人の○○にはまったく注意を払ってなかったので、終盤までは気づきませんでした。 24章から風向きがおかしくなり始め、422ページあたりで、あぁ、そうゆう事なんだな、この作品は…と(やっと)確信するに至りました。 なので「あなたです!」にはそれほどの衝撃は受けませんでした。 新訳となってますが、それでも日本語としては不自然な言い回しも多く、そのせいで話が入って来ない場面が多々ありました。 登場人物が多いのに、更に人によって呼び方が違うので、「誰だっけそれ?」となることも少なくありませんでした。 外国の小説はやっぱり苦手だなぁ・・・。 とは言え、歴史的価値も鑑み、☆4つ。 | ||||
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| あまりにも有名すぎるので、最初からオチがわかって読んでしまったのがとても残念です。 しかし、わかっているにもかかわらず騙されそうになるくらいおもしろかったです。 最後は救われないですね。探偵のシビアな感じも好感が持てました。 | ||||
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| 字がちっちゃい。 同じ早川書房から2003年に発行された別の文庫(羽田詩津子氏訳)だともうすこし字が大きい。 この田村隆一氏訳版は350ページに対し、2003年のハヤカワ文庫は450ページくらいある。 翻訳文章の違いというより、文字の大きさが違うためと思われる。 | ||||
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| ここは私的な感情ですので、客観的評価は下へ・・・ 本を買うこと自体があまりなく、前評判を読みすぎてしまい方々で”驚愕のラスト!”といったような評価が見られ、自分であれこれ想像しながら読んでいたら、その想像の中に偶然ラストと一致する想像があり特に驚きを受けませんでした。 個人的感情の混ざった客観的評価・・・ 内容は古い?本だからか言い回しや言葉遣いが今の小説とは少し違ったりしましたが、気にならず、むしろ未体験の過去に触れているような没頭感で新鮮でした。ただ、あえて悪いところをあげるならば、謎が複雑すぎて自分のようなそこまで深く読みこんでない人間には筆者(アガサ)が予想していた驚きというのは味わえませんでした。とくに私は記憶力が悪く、よくわからずもう一度読み返したほどです。ですので、かなり上級者向けなのかな?と感じました。 | ||||
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| 今まで本は割と読んできましたが、評論しか読んでいなかったので推理小説も読んでみようと思い、この本を選びました。でも推理小説初心者の私でも3分の1読んだあたりで犯人もわかり、うーんという感じでした。推理小説が初めてだったのでちょっと残念感はありました。とりあえず他の推理小説の作品も読んでみようかと思います。 | ||||
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| 初めて読んだ時、途中で違和感を覚えて、 「まさか、○○が犯人では・・・」 と思ったんだけれど、 「そんな卑怯なことをクリスティがするわけない」 と思って読みすすめていったら、本当に○○が犯人ではり倒したくなった。 僕がこれを読んだのは小学校6年生の時なんだけれど、読後、この本を貸してあげた友人Kも、途中で、 「犯人って○○?」 と聞いてきたので、この作品の犯人って、ちゃんと読めば推理できるようにはなってるのだと思う。犯人がわかるってことは、きちんと手がかりが出てるってことでもあるのか・・・?。 個人的にはちゃんと犯人がわかったんだから、犯人の設定はフェアなんだと思う。じゃ、何がアンフェアかっていうと、手がかりの出し方がアンフェアなんだよ! 確かに手がかりは出されてるんだよ。それは認める。その、その出し方がフェアじゃないと思う。フェアじゃない出し方をしたので、文章に不自然な箇所がものすごく多い。だから、読んでいて違和感を感じたわけだ。 クイーンやヴァンダインが手がかりを明白に提示するのに対し、クリスティのそれは単なるほのめかし、あるいは本作のようにあきらかにずるい書き方のことがほとんど。こういうアンフェアぎりぎりの書き方をクリスティは平気でやるんだよね。・・・というより、クリスティがアンフェアすれすれのことをやるようになって、それ以後、アンフェアすれすれはOKみたいな風潮になっていったともいえる。 ミステリーを読みはじめた初期の頃は、クリスティって大好きでほとんどの作品を読んだけど、クイーンやヴァンダイン読むようになったら、クリスティの書き方のずるさが鼻につくようになった・・・。クリスティファンの中には、この作品を批判されると異常に熱く反論する人が多いけれど、こういうアンフェアすれすれな(僕は本作はすれすれセーフではなく、すれすれアンフェアだと思っています)作品は賛否両論になるのが当たり前だと思う。 エラリー・クイーンのファンで、この作品が好きという人はほとんどいないと思います。 | ||||
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| う~ん、結論から言うと、退屈を堪えながら読み終えても、今ひとつ印象が散漫なのです。 そりゃ最後のどんでん返しには驚きますが、事件そのものがポワロ探偵が出馬するほど入り組んでいるかというとそうも思えないし、有名な叙述トリックがなければただの凡作、いいとこ平均作止まりといわざるをえない。そしてその叙述トリックも、なぜ犯人はそんなトリックを仕掛けたのか?特に誰に対して仕掛けたのか、何度考えても理の通った説明がつかない。仕掛けた相手は明らかに読者であり、犯人が我々ミステリ読者を想定して仕掛けた?あり得ない。 でも世間の評価は高く、クリスティーの代表作のように言われています。私の感性がおかしいのか・・・? 時間をおいて、いずれ読み直してみなくては。 | ||||
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| アガサ作品ですね! トリッ云々を言われますが、掛け値なしに面白かったです。 | ||||
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| 久しぶりに読み返してみたのですが、素晴らしいですね。 もちろん犯人はわかっているのですが、かえってその方が 楽しめるかもしれません。 叙述トリックの代表作だけあって、いちいち感心させられます。 訳もポアロの雰囲気や自然な会話の流れ、人物の描き分けができており 良い訳だと思いました。 | ||||
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| 推理小説は好きなので結構読んでいますがこの作品は有名にも 関わらず読んでいなかったので読みました。 犯人と思われる人が失踪すると言うパターンでこの場合は大体 犯人が予想がつきやすいタイプだなと思いました。 1失踪から途中で現れて容疑者から外れた場合は犯人である 2最後まで失踪している場合は死亡していて犯人と思われていた 犯行よりも先に死亡している。 3失踪したままで二重生活をしていて実は失踪者は目の前にいた。 大体こんなところだと思います。ところが読み進めるとどーも 勝手が違う。失踪自体にトリックがないと言うか作者が趣を置いて いないのです。しかもトリックらしいものはどうも時間のトリック だけのようです。普通こういう設定の場合は密室にするはず。 時間のトリックにしても使われたのは当時のハイテクだけの感じで トリックらしいものがまるでない。 とするとこの小説の売りは「誰が犯人か」だけのようなのです。 そうこうしているとポアロが容疑者全員を呼び集めました。 ここまでくるとすべて読者に情報は渡してありますよ。さあ犯人を 当てましょう。と言ってるのも同然です。 私は必死に考えましたがどうみても犯人がいません。登場する女性が 犯人であることはまずないでしょう。なぜならあまりにこの作品で目立ちすぎているから。犯人当ての場合は犯人は目立たずひっそりいるものです。とすると男性の陽気な若者と寡黙な大人の2人しか該当しない。だけどまるっきり手がかりになるものがないのです。 アガサは凄いなと純粋に思いました。これで犯人が仕立てられるのだと。 ところが容疑者大集合なのにも関わらず今まででていなかった重要な証言がポアロからガンガンでてきます。オイオイと思いました。 それはないだろう?ポアロが自分で隠れて調べたって言ってます。この時点でかなり私は白けてきました。 どーなるのかな?と思ったら犯人を言わずに容疑者全員を帰してしまいました。「俺にはわかっているんだ観念しろ」って言ってます。要するに犯人に逃亡か自殺をほのめかしているのです。そこで章が終わりました。次の章がいよいよ犯人を明かすということのようです。 私の気持ちは一気に暗くなりました。なぜなら容疑者の中に犯人が いないのが明らかだからです。つまりアンフェアな手法なのです。 捜査する側が犯人だと示唆しているのです。 私はそこであの面白いキャラクターだったお姉さんがそうだと ばかり思っていました。彼女がなぜ結婚していないのか語られて いないのが気になっていたからです。 結果は外れ。それよりもヒドいものでした。この犯人は推理小説としてどーなんだ?と考えさせられました。なぜなら物的証拠がまったく ないのです。これは冤罪です。これで起訴するのはまず無理です。大体、犯人は失踪者をどうするつもりだったのでしょうか? 失踪者を犯人に仕立てておきながら失踪者をそのままにしていたら いずれ失踪者から犯人がばれるじゃないですか? 犯行計画が無茶すぎます。この人が犯人なら失踪者は死亡して いないとなりたちません。 それに小説の手法としてもどーかと思います。記載された出来事は この小説世界の史実であると読者は無条件に思うわけで それを疑えというのはアンフェア推理小説としても落第ではないで しょうか? これは古典とも言える古いものですからそこまで言うのはコクなのかもしれませんが小説の面白さと言う点なら満点でしょうけど 推理小説と言うくくりなら落第点と言わざるをえないと思いました。 その後にこの小説で影響を受けた作家が私ならこうすると改善された 推理小説を発表したそうですから価値の高いモノであるのは疑いようもないと思います。それを読んであるから私の感想もこうなってしまうのだろうと思います。 | ||||
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