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コンビニ人間
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コンビニ人間の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.99pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全1009件 501~520 26/51ページ
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. 私は「芥川賞作品なんて、芥川賞がその年の最高傑作に与えられると勘違いしている、文学の世界にうとい人たちが、ブーム的に群がってベストセラーにする小説本」だと(豊崎由美みたいなことを)思っているので、この作品も長らく無視していたのだが、先日、同じ著者の最新短編集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』を読んで「この女、なかなかやるぞ」と思い、いくつか読んでみることにした。 そしてこれが、村田沙耶香の2冊目なのだが、いやあ、素晴らしい作家だ。これからも続けて読むことに決めた。 そこで最初に、著者・村田沙耶香に「お詫び」しておかなくてはならない。 と言うのも、私は先日アップした『丸の内魔法少女ミラクリーナ』のAmazonレビューにおいて「村田の批評性は素晴らしいのだが、あまりにも面白く書いているので、これでは読者が娯楽作品として消費してしまっておしまい、ということになるのではないか」という危惧を呈した上で、 『ともあれ、村田沙耶香は面白い。それは認めた上で、もうすこし「凄み」が欲しいというのが、私個人の期待するところであり、本音を言えば「もっともっと嫌な小説を書け」と言いたいところなのだが、それで売れなくなっても責任は取れないので、あとは村田個人の志と目指すところに任せるしかないだろう。』 と書いたのだが、すでに村田沙耶香は、その「嫌な小説」を書いていたのである。 だから、謝罪したい。そして「もっともっと嫌なことを書け、それが文士だ」と言ってみてもいい。 なにしろ、大岡昇平も、 『筆取られぬ老残の身となるとも、口だけは減らないから、ますます悪しくなり行く世の中に、死ぬまでいやなことをいって、くたばるつもりなり』 (1985年10月15日付け日記より・『成城だより3』) と言っていたくらいだから、批評性のある(つまり、頭が悪くない)作家なのであれば、こんな世に中に向けて「現実逃避のきれいごと小説」なんか書くのではなく、読者に「嫌な現実」を(上手に)突きつけて「傷口に塩を擦り付けてでも、目を醒させるような小説」を書いて欲しい。そういう奇特な作家が、一人くらいいても良いのだ。いや、いるべきなのである。 ○ ○ ○ そんなわけで、本作『コンビニ人間』だが、本作も「新・社会派SF」作家の村田沙耶香らしく、「宇宙人」を主人公にしている。 「変人」や「障害者」ではなく、これは一種の「宇宙人」であり、「宇宙人であることを忘れた記憶喪失宇宙人による、現代日本人観察記録」だと思って読めば、じつにわかりやすい。 本作を「狂気」だの「異常」だのといった言葉で評するのは、間違いではないけれども、いかにも「鈍い」読みだと言えるだろう。 村田沙耶香の「物語作法」は、いたってシンプルだ。要は、目の前の社会に認められる「問題」を、「極端化」することで、物語をドラマティックに駆動させる、というものだ。 そして、この「コンビニ人間」というのも、「世間的普通」に馴染めない人のあり方を極端化して、その「宇宙人」的な視点から、「世間的普通」の「欺瞞性」や「異常性」や、その「くだらなさ」を描いた作品だと言えるだろう。 「どうしてそんなに、みんなと一緒でなければならないの?」という主人公の感覚は、本来「生きたいように生きたい」人間にとっては、ごく当たり前の「正常きわまりない感覚」なのだが、しかし、この日本では、そういう「個人主義」が、いっかな根付かないまま、昨今はまた、状況は悪化してさえいるようである。 みんなと同じように「オリンピックだ! わーい、楽しみ!」などと言わずに「俺は文系だから、あんな国際友好運動会に、馬鹿みたいに税金を使われたくないし、そもそも興味がない」などと(京極夏彦みたいな)本音を口にすると、(京極夏彦とは違い、権威なき一般人の場合は)「宇宙人」扱いされるのが関の山だ。 じっさい、山本七平ではないが、そういう世間の「空気を読む」でもなく、それを自然に取り込んで、多くの人が、本書でも描かれているような「世間的コピー人間」になっているようだ。 「世間に合わせなくては」と、わざわざ考えるまでもなく、そうしなければならないという「強迫的な思考」を早々に内面化し、無意識化してしまっているのである。 つまり、本書の中で、「人間としてまとも」なのは、じつは主人公だけなのである。 彼女は、自分の感覚に正直に生きようとして、それがどうも「世間的には歓迎されないもの」だと理解すると、意識的に世間に合わせようとした、じつに「自我の薄い」人である。 しかし、「自我が薄い」ということでは、簡単に世間に迎合し、世間に馴染んでしまう、多くの「普通の人」たちの方が、より「自我が薄い」と言えるだろう。主人公にはまだ「世間への違和感(世間との齟齬)」が残っているが、自分が「普通」だと思っている人たちには、その「世間への違和感(世間との齟齬)」すら感知できないほど、知能が低下して「(主体が)空っぽ」化しているのだから、まだしも主人公の方が「人間としてまとも」だと言えるのである。 だから、物語の終盤で、主人公が「(世間的に)まとも」になるために無理をしてコンビニを辞めてしまい、そのまま必然的な「破滅への道」を歩むのか、と思いきや、ギリギリのところで「自分はコンビニ人間なんだ。だから、それでいいのだ」と(バカボンのパパ的に)気づいて(悟って)、「コンビニ人間」としての人生を選び返すラストシーンは、まちがいなく「感動的なハッピーエンド」である。 そう。人間というのは、もともと、どんな動物よりも「個性豊か」なのである。なぜなら、知能が発達しており、本能的な部分を抑制できるため、おのずとバリエーションが豊かになるからだ。したがって、群れなくてもいいし、結婚しなくてもいいし、セックスしなくてもいいし、変態でもなんでもいいのである。 ただし、あんまり「自由」だと、社会的に排除されてしまうので、そこはうまく立ち回らなければならない。群れの中で生きていく上では、それは嫌でも避けられないことなのだ。 だがまた、そこには元来「善悪」はなく、ただ「必要」があるだけである。(ノーム・チョムスキーではないが)「宇宙人から見れば」、人間の、およそ一貫性を欠いた「善悪」など、所詮は、地上における便宜的な「群れの掟」でしかないからだ。 最後に、私の大好きな言葉を紹介しておこう。 『一色のバカにそまってしまうより、色んなバカがあってええじゃないか。好みで言うなら「派手なバカにしてくれ」と小生は思う。』 (南伸坊『面白くっても大丈夫』より) . | ||||
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普通の押し付けをされて、それに染まるように生きている主人公。その日頃の生活を上手く模った作品だった。 それをどう跳ね除けていくのか?という点については書かれずに終わっていて、それはそれで読者に考えさせる終わりかたなのかもしれない。 普通の押し付けの映画というと、ジブリの『耳をすませば』を思い出す。雫が書き物で飯を食っていく!と父親に伝えると『普通の人と違う道を行くのは大変だぞ』と言っていたのは、普通の人として生きる簡単さを述べていた。 どうせ死ぬんだから、別に他人がどう思おうと好きに生きて死ねば良いと思うけど、なかなかそうはいかないんだろうなとも感じる。 でも、あっという間に歳をとっていくわけで、言い訳して現実から逃れているとすぐに人生なんて終わる。ふつうになるのが良いならいいけど、自分と違うなら自分の好きに生きれば良いよねって感じだ作品でした。 | ||||
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世間でいう普通とのギャップに悩まされる主人公から、普通とは何か考えさせられる物語でした | ||||
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冒頭、衝撃を受けるほど引き込まれる文章。 最近私が読んだ本では圧倒的でした。 しかし、読み進めていくとそんな衝撃は無くなり少し物足りないような、ちょっと期待し過ぎてしまったかな? というようなちょっと複雑な感じでした。 なるべくネタバレはしたくないので、内容は書きませんが読みやすくいい作品です。 | ||||
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『殺人出産』も拝読したが、この著者の作品は、私たちが“普通”と信じて疑わない固定概念を限界まで握り潰し、歪ませる。そのグロテスクさに吐き気を催すが、ページをめくる指を止められない。 | ||||
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――以下,この小説にたどり着く前に自分が書いていたエッセイより抜粋. 「いろんな経験ができる」と言って,旅行や芸術,音楽や読書を頑張っている人がいる. 「仕事がすべてじゃない」と言って,友人や恋人,夫婦や子供との時間を作る人がいる. 自分の視点から見ると,こういうことを言って仕事に全力を打ち込めない人は「自分が本当に達成したいこと」がとても難しいことだから,諦めているか,それが失敗した時の言い訳か,あるいは傷つかないための防衛本能,あるいは代償行為,あるいは保険にしか聞こえない. だから,そういう話を聞いていると,本当に気持ち悪いと感じる.自分が言っている言い訳とか嘘に気づかず,世間一般に「みんな」がやっていること,「みんな」が良いと認めていることをただ猿真似しているだけで,自分の考えではないのだ(自分自身で気づいていないのは,心理的な防衛本能だからだ).「みんな」に否定されるのが怖いことだから,仲間はずれになるのが怖いから,「みんな」が正しいとかすごいとか認める行動だけをする.行動原理は自分の中にはなく「みんなにどう見られるか」という受動的なものだ.そういう同調意識が根底にあるから,自分の価値観を他人に押し付けようとする.「みんな」に合わせること,「みんな」が正しいと思っていることをすることが正しいのだと,そう言いたいのだ.正しさのものさしが自分の中にはなく,「みんな」の中にある. だから,中身がない.空っぽの行動.空っぽの会話.空っぽの論理.それを平気でやっている人々が怖くて仕方がない.自分自身というものがない,操り人形のような,ドラクエのNPCのような,そんな人ばかり. そんな人間を「信じろ」というほうが無理がある.空気に,環境に,世間の考えに流される,中身がない空っぽの人間.そんな人間こそ危険なのだ.自分の身は自分で守らなければならない. まともな人間に出会うことはあるのだろうか.出会う必要があるとは思わないが.少なくとも,自分自身はそうでありたい.自分自身の正しさの根源を理解している.行動の原理を理解している.誰にも理解されず,孤独な道になるのは承知の上だ.それでも自分は,自分に誇りを持てる生き方を選びたい.それが,自分がそうしたいのだと確信を持って言えることだから. P.S. レビューの二極化も現代社会の「普通とそれ以外」という構図を強く反映しており,小説の成功が目に見えて現れているという点はとても興味深い.また,批評家気取りで作品を批判する人々は,その論点が誰かの受け売りのような表現ばかりの空虚なもので,まさに白羽さんのような人間だなぁと感じさせられるのであった. | ||||
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普通に面白い。 考えさせられる。 | ||||
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人を選ばない文章で情景はハッキリと思い描きながら読むことが出来る一冊だと思います。 ただ余りにもシンプルで深みも何もない内容だと個人的に感じました。 | ||||
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懐かしい実存主義文学のエッセンスを、軽い本しか読めなくなった現代日本人向けにまとめた中編小説。 あえて名づければ、「なんちゃって実存主義風ラノベ」という感じ。 芥川賞受賞作で本当におもしろいと思える作品はなくなってしまった。もう、芥川賞自体が意味を失ったのかもしれない。 芥川龍之介が蘇ってこの作品を読んだら、「俺の名前を使うな」と言っただろう。 | ||||
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めちゃ面白かった コンビニ行くとき店員さんのことが気になるようになった | ||||
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縄文時代、狩りにおいて強い者はムラの美しいものと結ばれる。弱い者はは余りものをもらうしかない。この原則に始まるあらゆる自然的で、捉え方によれば不平等にも思える法則が縄文時代から変わっていない現代社会を「現代社会の皮を被った縄文時代」と表現していたのが印象的で、心に残りました。 なぜ人は相手を「異常者」と判断すると、まるでその権利があるかのように、異常たらしめる原因を探り究明しようと相手に干渉しようとするのでしょうか。ここでいう異常者とは、例えば年なのに未婚、アルバイト生活を送る人など。 世の中の「普通」とは何かを考えさせられました。また自分の意に反して社会の「普通」に従うことは幸せなことなのかも考えなければいけません。 | ||||
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大学まで卒業しても、コンビニのマニュアルの中でしか生きられない女性。 幼い頃から自分の意思で行動すると、他と調和が取れない違和感を与えてしまう。 他人の真似をする事で周囲と協調して生きる術を身に付けて、コンビニで仕事をするために、 日々を淡々と暮らしている。 愛おしくて切ない気持ちになりました。 | ||||
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少数派の価値観や生きづらさ、こんな人もいるんだ〜と少しは考えさせられましたが…正直あまり刺激のない一冊でした。芥川賞をとったということで期待して読みましたが、個人的には微妙でした。少なくとも2回目は読みません。 | ||||
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コンビニあるあると人間あるあるが激しいです(笑) あちら側もこちら側も理解出来るように(読み手次第?)なっていて無機質さと同調圧力のバランスが 良い意味でも悪い意味でも読んでいてすごく気持ち悪い。 個人的にマキシマムザホルモンの予襲復讐の歌詞を思い出しました。 「普通や一般という名の異常な正常者 そんなまともな人々の正気の沙汰に痛めつけられた結果がこれである」 | ||||
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なるほどです。 | ||||
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最後までイッキに読めました。 | ||||
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非常にキャッチーなタイトルばかりが注目されすぎていて、なかなか読まずにいましたがやっと読みました。これはすごい作家が現れたのではないか、という印象です。普通であることを強要する人たち、普通の人たちの発する暴力的な言葉。私は、この変な主人公に同感しました。ラストも良かった。 | ||||
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サクッと読めて でも濃い 現代人が読むべき本ですね。 | ||||
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あっという間に読み終わりました。 | ||||
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今では誰もが利用するコンビニストア。バイトを続ける古倉さんは、コンビニがあっているのだと思う。他人が普通だとする意見に従わず、心の奥から聞こえてくる声に忠実であり、最後はハッピーエンドだと思う。 | ||||
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