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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?



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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?の評価: 4.19/5点 レビュー 314件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.19pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全314件 261~280 14/16ページ
No.54:
(4pt)

人間とアンドロイド

マーサー教や、ムードオルガン等、独特な世界観に酔いしれ、デッカードの葛藤に共感を覚えました。映画「ブレードランナー」は、この作品の持つテーマを、うまく抽出したと思います。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))Amazon書評・レビュー:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))より
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No.53:
(5pt)

小説としてのセンス・オブ・ワンダーに浸る

翻訳家の浅倉久志氏が2010年2月14日に亡くなられた(79歳)という新聞記事を見て、いろいろな本を思い出しましたが、中でもこの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を含めたディックの作品や「サイバーパンク」などと呼ばれたSFの紹介もされていました。

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の最大の衝撃は、そのタイトルです。原題は「Do Androids Dream of Electric Sheep?」。まさに直球ですよね。

 人間の言葉としては、なんだかおかしい、この疑問文。そこにこの作品の主題がこめられています。人間なのか、機械なのか。機械は夢を見るのか。夢を見るとしても、機械はやっぱり機械か。

 なんだかおかしい、と感じながら読むようにできています。SFにはいろいろな役割が見出せますが、読者にとっては、センス・オブ・ワンダー、つまり、「いまとはちがうなにか」に浸る楽しさがあります。

 1970年代から80年代にかけて、SFがいまよりも独自のジャンルとして存在していた頃の掉尾といってもいい時代でしょう。
 その後、SFというジャンルは縮小していきますが、むしろあらゆるエンターテイメントや芸術にSFが浸透してしまった結果だとも言えます。

 ディックの作品も、SFと狭義にとらえる必要はまったくありません。センス・オブ・ワンダーはあらゆるジャンルの小説に浸透しています。いま再読すると、この作品も、「小説」として楽しめます。どっぷりと浸れます。

 私たちの世界を拡張してくれる翻訳家の存在は、とてつもなく大きいと思います。浅倉久志氏のご冥福をお祈りしつつ、翻訳に取り組まれている方々に、あらためて感謝したい気持ちです。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))Amazon書評・レビュー:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))より
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No.52:
(5pt)

映画とは知的密度が格段に違う!

自分はその昔、リドリー・スコットが監督をした「ブレードランナー」を観てクダラナイと思い、
原作も読まないままでした。
しかし最近になってたまたま読んでみたところ、映画とはまったく違う知的密度の濃さに驚きました。
間違いなく傑作だといえます。

浅倉氏の翻訳もこなれた日本語で読みやすいばかりか格調すら感じさせます。

小説が映画化されると大衆向けに内容がスッカラカンにされてしまうのはいつものことですが、
この作品についても例外ではありません。
自分のように映画を観て駄目だと思った人にこそ読んでほしいものです。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))Amazon書評・レビュー:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))より
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No.51:
(5pt)

キップルとマーサー教

私はディックがたまらなく好きだ!
とはじめに宣言させていただきます。
そして、鉄腕アトムやドラえもん大好きな
日本的土壌では、この作品は基本的には
受け入れられないのだろうなと思います。
基本、欧米の伝統では人造人間は邪悪なものです。
そこには宗教的な禁忌、堕落の臭いがあります。
にも関わらず、『ブレードランナー』のような
原作と真反対な内容の映画が世界的に大ヒットしたということは、
その禁忌も緩みきっているのだと思います。
つまり世界はとっくにフェテシズムに侵食されきってしまっている。
というわけで、ディックとしては、当然、『ヴァリス』のような
方向に向かうしかなかったのでしょう。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))Amazon書評・レビュー:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))より
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No.50:
(4pt)

「ブレードランナー」というより文学的なSF古典作品。

SF映画の名作「ブレードランナー」の原作。デッカードやレイチェル、プリスなど登場人物は一致する物もあるが、内容は全く別物。映画と無関係によむと機械、アンドロイド、人間、動物その違いと差別に意味があるのかというかなり形而上学的な哲学的な内容、宗教的な内容になっている。SFでこのような文学的な作品ができるのはさすがアメリカだと思う。
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No.49:
(4pt)

ブレードランナーの原作であるが、かなり悩まされました

なぜ羊なのか?レプリカントというものが、アンドロイドとして存在するが、人間としての感情を抑えようとする。主人公も悩む。当たり前と思っている世界が我々にとっては特殊な世界という設定を読者にさせ、主人公に対してそれは違うぞ、という風に叫び、レプリカントにはもっと感情を持てと応援する。そして、不思議な空間が来て、最後に悲しい状況を迎える。それは劇的に悲しいのではなく、おそらく悲しいことなのだろうということを思わせる。自分が主人公になり、また傍観者となる、気分的に忙しい小説でした。不思議な感覚になりました。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))Amazon書評・レビュー:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))より
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No.48:
(5pt)

電気ウナギはそもそも本物ですがなにか?

サイバーパンクの代表的映画「Blade Runner」の原作ではあるが、空気感が違うので別物として捉えると読み込みやすいのではないだろうか。映画は映画ですばらしいモノなので,どちらも好きになると「やめられない、止まらない系」であることは確かである。当時はまだまだ認知度の低かったディックだが、今読み返してみてもこれを越えるSFは無いのではないだろうかと思う。人間の存在について悩みたい人、あるいは攻殻機動隊が好きな人は必読。カレル・チャペックの「ロボット」と合わせて読みたい。

身体論や存在論と言った学問的アプローチもできる、あるいは教育学的な観点から読むこともできる。

「我思う故に我有り」デカルトがいった言葉だが、私が存在することと他者がどのように私を認識し、扱うかは別物である。アンドロイドが人間社会に入り込み、人として存在したいと思ってみても人間の方がそれを受け入れることができない。アンドロイドはより人間的に、人間の方では時にはアンドロイドのようにその境界が曖昧にわからなくなってゆく。その差異を変化させながら生きている、核によって荒廃した社会。ディックは人かアンドロイドかの差異を感情移入、つまり優しさだとした。その差異を見つけ逃げ出したアンドロイドを回収するバウンティー・ハンター(賞金稼ぎ)の男、デッカードの心の葛藤を描ききる。動物を飼うことがステータスになる、世界観の特殊性も社会学的に分析するのも面白いかもしれない。

ラストではデッカードの妻、イーランの優しさに混沌とした社会の中にあっても、人間の豊かさを感じることができる。

人間の根源的な諸問題や存在論を、SFという世界を通して考えられる完成度の高い作品。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))Amazon書評・レビュー:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))より
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No.47:
(5pt)

一生に一度は読んで欲しいです

もし今まで読んだSF小説の中で一番好きな作品は?と聞かれたらこの小説の名前を挙げます
作品の世界観に吸い込まれ夢中になって読んでたら2時間くらいたってました。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))Amazon書評・レビュー:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))より
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No.46:
(5pt)

誰かのために涙を流すということ

第3次世界大戦後、放射能灰に汚染された地球。そこでは生きている動物を所有することが地位の象徴となっていた。人工の羊しか持っていない賞金稼ぎリックは、「本物」の羊を手に入れるため、火星から逃亡してきた<奴隷>アンドロイド6体の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、命がけの狩りを始めた!・・・と、粗筋だけ書くと、何やら安っぽいアクションSFのようになってしまう。それが本作である。
 
 映画『ブレードランナー』の原作として有名な作品。相変わらずディック節が爆発していて、読みにくいことこの上ない(ディック作品の中ではマイルドな部類に属するが)。先行SFで使い古された陳腐な小道具。あまりにも嘘っぽく、作り物めいた作品世界。物語の論理的整合性を無視した、勝手気ままで強引な展開。話をまとめることを拒否するかのような、突き放した結末。だが、ディックにプロットの巧みさを求めるのは間違っている。
 ディックの真骨頂はグロテスクな世界が生み出す不気味な迫力と、作品の思索性にあるのだ。「ディックの描く未来世界は我々自身の世界の歪んだ鏡像だ」と言われる所以である。

 本作では外面では見分けのつかない人間とアンドロイドとの識別に感情移入度テストが用いられている。アンドロイドは他者の喜びや痛みに共感することできず、それゆえに残虐であり、自分の生存のためには仲間も平気で裏切る、と言われてきた。しかし感情移入度テストでは判別できないアンドロイドも出てきてしまう。
 
 人間だと思ったらアンドロイドで、アンドロイドだと思ったら人間。そんな経験を続けるうちに、「人類社会の敵」として何の躊躇いもなく逃亡アンドロイドを殺戮してきた主人公リックは、次第に標的アンドロイドに同情し始め、重大な疑問に直面する。自分たち人間と彼らアンドロイドはどこが違うのか?
 
 人間よりも人間らしいアンドロイドがいる。一方でアンドロイドのように無慈悲な人間もいる。アンドロイドであるというだけで、「社会への脅威」として虐殺することは果たして正しいことなのか? 自分の仕事は、この社会は何か間違っていないか? リックはアンドロイド狩りに疑念を持ち始め、あまつさえ自分に協力するアンドロイドを愛してしまうのだ。そんな葛藤の中、リックは……
 
 ここに至っては、神の創造物として自然に生まれてきたか、人工物として造られたかは、本質的な問題ではなくなる。感情移入できれば人間、できなければアンドロイド。逆に言えば、人間して生まれてきたとしても、感情移入能力がない者は真の意味で「人間」とは言えないということである。真の対立軸は人間/アンドロイドではなく、人間性(親切=善)/アンドロイド性(冷酷=悪)なのだ。

 ハインラインやアシモフの作品のような、「よくできたお話」が好きな人には向かないことは確かである。しかし、ぜひ避けずに読んでほしいと思う。それだけの価値がある本であることは間違いない。現実の不条理性と怪物性を縦糸に、人間性を横糸にして織りなす、思索の世界が待っている。

「ディックはSFをエレガントで苛酷な心理ゲームに変えた。そこでは、伝統的な倫理や伝統的な形而上学に疑いがさしはさまれる。そこではどんな行為も、果たしてそれが"実際に"起こったのか、果たしてそれが善なのか悪なのかを言いあてるのはむずかしい。ディックがわれわれに理解させようとするのは、こういうことだ。どんな出来事も、それが夢であれ、"現実"であれ、そこに関わりあうものに苦悩をもたらす――そして、苦悩のあるところには、同情がなくてはならない」――ロバート・スコールズ

「あなたがどんな姿をしていようと、あなたがどこの星で生まれようと、そんなことは関係ない。問題はあなたがどれほど親切であるかだ。この親切という特質が、わたしにとっては、われわれを岩や木切れや金属から区別しているものであり、それはわれわれがどんな姿になろうとも、どこへ行こうとも、どんなものになろうとも、永遠に変わらない」―フィリップ・K・ディック
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No.45:
(5pt)

人間は他人を傷つける。しかし愛することもできる。

本作では外面では見分けのつかない人間とアンドロイドとの識別に感情移入度テストが用いられている。アンドロイドは他者の喜びや痛みに共感することできず、それゆえに残虐であり、自分の生存のためには仲間も平気で裏切る、と言われてきた。しかし感情移入度テストでは判別できないアンドロイドも出てきてしまう。
 人間だと思ったらアンドロイドで、アンドロイドだと思ったら人間。そんな経験を続けるうちに、「人類社会の敵」として何の躊躇いもなく逃亡アンドロイドを殺戮してきた主人公リックは、次第に標的のアンドロイドに同情し始め、重大な疑問に直面する。自分たち人間と彼らアンドロイドはどこが違うのか?
 人間よりも人間らしいアンドロイドがいる。一方でアンドロイドのように無慈悲な人間もいる。アンドロイドであるというだけで、「社会への脅威」として虐殺することは果たして正しいことなのか? 自分の仕事は、この社会は何か間違っていないか? リックはアンドロイド狩りに疑念を持ち始め、あまつさえ自分に協力するアンドロイドを愛してしまうのだ。そんな葛藤の中、リックは……

 ここに至っては、神の創造物として自然に生まれてきたか、人工物として造られたかは、本質的な問題ではなくなる。感情移入できれば人間、できなければアンドロイド。逆に言えば、人間して生まれてきたとしても、感情移入能力がない者は真の意味で「人間」とは言えないということである。真の対立軸は人間/アンドロイドではなく、人間性(親切=善)/アンドロイド性(冷酷=悪)なのだ。

 陰鬱で退廃的な世界観にも感嘆。
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No.44:
(5pt)

人造人間18号?

なぜドラゴンボールの人造人間はアンドロイドと訳されるのか。
そのような記述がwikiにありましたが、本作のイメージがあるからでしょう。
しかも、この傑作SFには、アンドロイドに限らない魅力的なガジェットがこれでもかと登場してきます。SFの面白さが凝縮された一品です。
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No.43:
(5pt)

「ブレードランナー」の原作としてではなく。

正直言って、本書の独特の世界観に入っていくのは時間がかかりました。
しかし、映画「ブレードランナー」では描かれなかった哲学的で深みのある世界が、そこにはあると思います。

映画のあの映像を観た後だと、本書は迫力がないとか、あまり面白くないと思う方もおられるようですが、
本書を読んでから映画を観た私としては逆に、作者の「人間とは何か?」というメッセージを伝える、J・R・イジドアや
マーサー教といった要素が端折られてしまっている「ブレラン」は大味に思えて、物足りない感じが拭えませんでした。
どちらを先に観るかは別として、本書と「ブレラン」とは別の作品として観た方が良いようです。
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No.42:
(4pt)

DDD

くたびれた世界。
 
 機械か生きものか。

 それに悩むが結局はどうでもいいことでもあるんですね。
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No.41:
(4pt)

曖昧になるアンドロイドの定義

映画『ブレードランナー』の原作であり、ディックの代表作の一つ。
主人公は逃げ出したアンドロイドを追う賞金稼ぎの男。
発展と荒廃が進んだ未来の世界で、人々はそのときの気分すらスイッチ一つで変えることができる。
『本物』の動物は希少となり、本物の動物を持つことが一つのステイタスとみなされている社会。主人公は電気羊しか持っていなかった。逃げ出したアンドロイドを捕まえて、その金で本物の動物を買おう・・・。そんなことが市民の望みである未来。

そしてアンドロイドは限りなく人間に近づき、感情のテストをしなければ見分けがつかないほどに進化した。
主人公は逃げ出したアンドロイドを追い、テストし、戦い、回収していく。
読者ははたして彼らがアンドロイドなのか、アンドロイドの定義とは何なのか、自分の中でのアンドロイドと人間との境界線が薄れていくことに気付くだろう。
『欠陥』のある人間と、『完璧』なアンドロイド。そんな皮肉も描かれているが、そこではなぜか精神的な欠陥のある人間のほうがより人間らしく、完璧すぎるアンドロイド所詮アンドロイドには人間らしさを感じない。

アンドロイドとの戦いを経て、主人公は何を見つけるのか。
本物の動物を得て、平凡だが平和な暮らしに戻るのか。

アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?
それが本書での人間とアンドロイドとの決定的な違いなのかもしれない。
ブレードランナー ファイナル・カット (2枚組) [Blu-ray]
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No.40:
(5pt)

両方とものファンとして。

この作品は映画『ブレードランナー』の原作ではあるが、登場人物と骨格が同じだけでまったくの別物であると考えて良いと思う。

ヴィジュアル面で言えば、映画は腐敗した高層都市が舞台で、こちらは核で砂漠化されてしまった世界を舞台としている。
ヴィジュアルでいうのなら、ブレードランナーに近いのは攻殻機動隊やニューロマンサー。
こちらに最も近いのはゲームのアーマードコアかもしれない。

そして、そもそも話の軸となるレプリカントの存在自体が原作とはまったく異なるのだから別の作品であるのだ。
ブレードランナーでは、レプリカントは悲しさを持った人間的な存在であるのに対して、こちらでは残虐な存在である。
この作品ではレプリカントとはディックお得意の偽物である。
スクリーマーズの人間そっくりの殺人マシンであり、父さんもどきの人間そっくりに変身し入れ替わる虫なのだ。

ブレードランナーの見せ場を期待した人からするとハズレを引いた気持ちにもなるかもしれない。
あとがきを読めば趣旨が違う事は納得できるに違い無い。

SFに少しでも興味がある人間には一読の価値がある作品で、ディックの白昼夢の世界に入る入門編で、SFの傑作であると僕は考えている。

個人的にはカバーは旧デザインの方が好みだった。
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No.39:
(5pt)

良い!

懸賞金目当てにアンドロイドを破壊する男のお話です。 でもでも、色々あって、アンドロイドと人間の違いって?と考えます。人間の中にだってヤバい奴はいる。逆にアンドロイドの中にだって、優しい奴はいる。 つまり境界が曖昧になっていくのです。 アンドロイドだ! というだけで殺す。ことへの疑問。 男はそんな疑問にどう対処するか……。 ぜひ読んでみて下さい!
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No.38:
(2pt)

映画は良いが原作は駄目

映画のブレードランナーが好きで読んでみましたが、はっきり言ってつまらないです。
映画のブレランがあまりに強烈であったために原作は貧弱に思えます。
ストーリー自体も映画とは別物だったからか私の想像力が貧困なのか、
小説中の世界観や価値観が無理があるように思え、すんなりと物語に入っていけませんでした。
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4150102295
No.37:
(4pt)

予言書

昔「ブレードランナー」の原作本として読んで驚いたことがある。
内容はまったく別なので要注意。
まがい物のアンドロイドよりも生きた動物が尊ばれた時代。
デッカードは生きた動物を買うためにアンドロイドを殺しに行く。
で、折角買った羊は・・・。

本物の動物を殺したアンドロイドの憎悪の方が読んだ当時なぜか共感出来た。
生きた本物の動物を可愛がる人間よりも。

この本では動物の生死に共感性があるや否やで人間とアンドロイドを区別するテストがある。
そのテストの趣旨が馬鹿らしいと思ったものだが
どんどんと温暖化などで絶滅していく動物の話を聞くにつけ
笑い事ではないと思えるようになった。
同時に馬鹿らしいと思っていた人間の心こそがアンドロイドに近いものではなかったのかと。

ある意味現代人類に対する予言書に近い。
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No.36:
(5pt)

せめて人間らしく。

今年の世相を表す漢字が「偽」に決まりました。

ディックの作品では
「人間以上の能力を持つ『人間のまがい物』によって、
世界の隅っこへと、追いやられて行く
崖っぷち寸前の『本物の人間』の焦燥感」が
ベースにあると言う人もいます。

イジドアが、ゼイゼイとのどを鳴らして一生懸命、
喘息の「振り」をしているロボット猫を、車の後部座席に乗せて
「やけに苦しそうだな。ちょっと、スィッチを
切ってやるか。」とスィッチを切ろうとするシーン。

私も、知的れべるではイジドアと同じくらい。
でも「人間らしい」かどうかは、判らない。
もしかしたら、「シゾイド」かもしれない。
こんなに、メカニカル・システム・トレーディングが
楽に出来る所を見ると。

ところで、相場の「プロ」達は、何故「本物のチンパンジー」に
負けるのでしょう。彼等「プロ」達はレプリカントなのかも...。
いや、彼等が「本物の人間」で「レプリカントの猿」に
負けているのかも...。
いや、「レプリカントの人間」が「レプリカントの猿」に
負けているか、もしくは、「本物の人間」が「本物の猿」に
負けているのかも...。
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No.35:
(4pt)

継ぐのは誰か

時は未来 人類は精巧なアンドロイドであるレプリカントを作ります
そのレプリカントが逃亡したから大変です
外見では人間と区別がつきません
作られたレプリカントにしてみればつかまれば死が待ってします
ロボットという言葉を発明したカレル・チャペックのRURという作品では
ロボットが進化して人類にとって代わろうとします
ディックのレプリカントもすでに知力や体力で人類を超えています
未来を継ぐのは誰か
人類に未来はないようです
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