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同志少女よ、敵を撃て
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同志少女よ、敵を撃ての評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.08pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全562件 21~40 2/29ページ
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| ロシアがウクライナに侵攻した時期に発売されたこともあり、とても記憶に残っていました。 もちろん内容には今回のウクライナ侵攻は関係ありませんし、ロシアを賛美しているものでもありません。 ただ物語の舞台がロシアだというだけです。 スナイパーとなった少女が敵兵を狙撃するからこのようなタイトルなのだと思いましたが、やはりそう安易なものではなかったです。 非常に面白く読め、3日ほどで読了しました。 昨今のロシアの政治や行動に嫌悪感を覚えてしまうのは無理もありませんが、本作は別物と捉え、まだ読まれていない方は一度読んでみることをおすすめします。 | ||||
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| 途中が少し間延びのような感覚があったが、全体的にまとまっていて読んだあとには読んで良かったと思わせてくれる気持ちになった。 | ||||
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| 数年前からずーっと本屋の入り口に置かれていて、話題なのは知っていたのですが、イマイチ引きとなるトピックがなかったので読まずにいた作品です。重い腰を上げて読んでみると、めちゃくちゃ面白くてスラスラ読めました。 第2次世界大戦時の女性狙撃部隊を題材としており、狙撃描写のかっこよさ、戦場での苦悩、復讐心など様々な要素が綺麗にまとまっています。名言や印象に残るシーンも多く、読み終わった後には必ず何か残ると思います。 | ||||
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| 何が敵で何が目的なのか。常に自分にも置き換えられる。 素晴らしい作品。 | ||||
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| 面白いか?ところ所読みやすく 面白い場面もあるが全体的に よく分からない 要するに少女がスナイパーになって戦う話しだが 特にスナイパーとして優れてる訳でもなく 目標の敵を最終的に仇をとるが 盛り上がりに欠ける フィクションで良いのに ところ所 政治思想の話しもあり リアルを時々追求してるのが面白くしてない | ||||
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| 主人公セラフィマの復讐譚であり成長譚なのはむろんですが、読んでから3年あまりであらめて感じるのはシスターフッドの厳しくも切ない物語だということです。 シスターフッドについては、単行本の帯でもすでに挙げられていましたが、ストーリ上の重要な横糸だと思います。 ただ、エピローグは私的には少し違和感を感じました。こういう結末でいいのかな的な。 もちろん作者の意図をどう受け取るかは個々の読者の主観です。 作品の評価を変えるものではありません。 実は、ロシアのウクライナ侵攻が始まった直後に単行本で読んだのですが、ニュースで飛び交う地名が本書の中でいくつも出てきて、妙なリアル感を覚えた記憶があります。 もう一つ私が評価するのは、文章が非常にビジュアルなことです。 情景がありありと脳裏に浮かぶのです。すごい筆力だなと思いました。 最近、コミカライズもされましたが、さもありなんです。 なお、本書にも引用されていますが岩波新書の『独ソ戦』を併読するのを勧めます。 | ||||
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| 面白かった。 今のロシアとウクライナの関係を考えると複雑な気持ちになりますが、物語は一読みの面白さだと思います。 | ||||
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| 21世紀現在。ちょうどこの物語と同じ舞台の国がかつての連合国と戦争を始めてしまった。それは一旦置いておいて、舞台は第2次世界大戦。ある目的のために狙撃手となり戦争へ行くことになった少女。この彼女の心に決めた目的。それは大事な人をも制裁するという結果に。戦争はダメだ。戦争から帰還した者でも、まともに暮らせている者はほとんどいない。英雄?それはただの一瞬だけ。全ての日本の子供達への必須教科書としてオススメしたい。 | ||||
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| これは読み進めていくと、どんどん人が死ぬ。その度にヒロインセラフィマが感じた事をつづる形式だけど、1つ1つが実に重い。殺人者として養成された女性兵士が、ぶつかる苦悩や葛藤が生々しく語られて、その濃密さには圧倒された。 女性が殺人機械として生きて行く事を、これだけ強烈に描き切った本作は、真の賞賛に値すると思った。恐らく誰の心にも響く感動作。 | ||||
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| コミックを購入し、続きを知りたくて文庫本を読みました。 この作品の本領は、第6章の終わりからエピローグだと思います。 率直に言って、発端から狙撃兵学校、スターリングラードからケーニヒスベルクに至るストーリーは月並みに感じました。 狙撃兵が登場する戦争映画から拝借したと思わせる部分も多く、戦争小説としては力不足に思えました。 しかしケーニヒスベルクの陥落からストーリーが急展開し、作者が主人公の狙撃兵をあえて少女にした意義(=題名の意義)が明らかになります。 そして『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ)に結びつけるエピローグで「戦争と女性」という作品全体のテーマがしっかり描かれます。 かりに日独で戦争と女性を描くなら「戦争の犠牲者」、米英なら「銃後の貢献」といった内容になると思われます。 しかし、実際に多くの女性が前線の兵士として従軍したソ連軍を舞台にすればこそ、男性と共に戦った「戦争の顔をした女性」が描けたと言えます。 戦後の少女たちは栄光や幸福とは縁遠いように思えます。戦争を起こし戦後にそうした環境を作ったのは男性と従軍しなかった女性です。その意味で少女たちは戦争の犠牲者です。 その一方で、主人公たちは多くのドイツ兵を射殺したという意味では、他国の女性のような一方的な被害者とも言い難い存在です。 作者は、狙撃兵だった少女たちの複雑な運命を描くことで、「戦争の顔をした女性」の悲劇と、その再生(スヴェトラーナの手紙と村の少年との交流)で物語を閉じたと言えます。 戦争小説というより、「戦争と女性」という切り口で読めば作者の意図がより良く理解できると思います。 | ||||
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| 女性狙撃主の物語と聞いたときはエンタメよりかなと思っていたが、人間として大切なことはなにか考えさせられる物語だった。戦争なので多くの死があるが、変に感動的悲劇的に表現されることなく淡々と表現されるところが良く、それ故にこんな恐ろしい戦争は早くなくなって欲しいと思った。 タイトルもこれしか考えられない。 | ||||
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| 残念ながらカバーが折れてました、新品ではない | ||||
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| 文章は非常に読みやすい。難解な表現も無く、600ページ超という分厚さに反してスラスラと読める作品だった。 急な場面の転換に際しても、主人公たちが置かれた状況を示すために全体的な戦況説明を図を交えて分かりやすく表現してある。 単なる戦争ものかと思って読みはじめたが、セラフィマが「女性を守るために戦う」と言ったところで「ん?」となり、登場する男性のほとんど(主人公たちと共闘する数人とゲオルギー・ジューコフ以外)はクズかヘタレで、殺されても後味が悪くならないようなキャラクターとなっている点で更に「うーん…」となる。 そしてクライマックスからエピローグにかけての展開で「結局、テーマにしたかったのはそれか…」となる作品だった。 戦争の残酷さを伝える作品としても中途半端に過ぎず、既に他の戦史ものやドキュメンタリーなり何なりを読んだり見たりした経験がある人には得るものはないと思われる(逆に、そういったものに触れるのが初めての人への入門としてはいいかも知れない)。 ★3という非常に厳しい評価にしてしまったが、これはタイトルにも書いた「戦争ものだと思ったら主眼が違った」ことと「その主眼が私の苦手なテーマだった」ことによるものなので、フェミを忌避している人でなければ屈託なく楽しめると思う。 帯のアオリやネット上の紹介記事に「本屋大賞受賞、アガサ・クリスティー賞受賞」とあったが「現代日本の賞を受けた、少女が主人公の作品」がどのようなものであるか、という点については非常に勉強になった。 | ||||
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| 寝食を忘れて読むことができる本です。読後感もよく最後には少し泣きそうになりました。 「独ソ戦」(大木毅 著)は、あらかじめ読むことをオススメします。事前に読んでおくと理解度が一気に上がります。 | ||||
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| ストーリーとしてはあるあるだが、描写が面白いので、飽きはなかった。 | ||||
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| 時代背景をよく知らなくても問題なく読めました。話の展開のテンポも良いです。 作者は多くの文献を読まれてこの小説を書かれたみたいです。時代考証がどこまで正しいのか、フィクションなのかわかりませんが読み進めていくうちに引き込まれていきます | ||||
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| 読了後、胸に残ったのは「撃つべき“敵”とは何か?」という問いだった。 ドイツ軍や個人の敵意を描くだけでなく、人が理性を失っていく過程そのものが、じわじわと狂気を帯びて描かれていく。そこには戦争の恐ろしさと、それが人間性をどう崩壊させるかが容赦なく刻まれていた。 セラフィマが変貌していく様子、スコアに夢中になる狙撃兵たちの姿は、決して遠い異常ではない。“成果”に酔って目的を見失う──そんな危うさは、現実にも通じると思った。 印象に残ったのは「狙撃兵は物語を持つ。そして相手の物語を理解した者が勝つ」という一節。戦場に限らず、人間関係や仕事においても応用できる深い言葉だ。相手を“理解しようとする姿勢”が、真の意味での勝利を導くのではないか。 戦場を舞台にしたフィクションでありながら、読者自身にも“自分の中にある敵”や“暴走の可能性”を問いかけてくる。 本作のタイトルは、単なる命令形ではない。 「敵とは誰か?」 「本当に撃つべきものは何か?」 この問いが、作品全体を通じて静かに響いてくる。 娯楽以上の体験をもたらしてくれる、学びと内省に満ちた一冊だった。 | ||||
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| 私は同じ本を2度読まないタイプなのですが、1回目読み終わった今でももう一度読みたいと思わせてくれる作品です。自分もその場でそのシーンを本当に見ているように錯覚するほど、臨場感がすごいです。久々に、早く続きを読みたいと思った作品です。逢坂さんの他の作品も購入してみました。届くのが楽しみです。 | ||||
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| 小説をいつも読まないけど、この本はすごく読みやすかった。 | ||||
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| 冒険活劇としての見せ場は、ケーニヒスベルクでの戦闘とオチの付け方であり、それは間違いない。 しかし、この物語の山場はやはり、リュドミラ・パブリチェンコとの問答だったろう。 「射撃の瞬間、自らは限りなく無に近づく。極限まで研ぎ澄まされた精神は明鏡止水に至り、あらゆる苦痛から解放され、無心の境地で目標を撃つ。そして命中した瞬間に世界が戻ってくる。」 「道」を極めた達人の域にあるものとして、凡人からは尊崇の念を以て語られる言葉。 しかし、本書では、その境地がただただ虚しいものとして描かれる。 「愛する人か、生きがいを持て」 無の境地が愛するものでも、生き甲斐にもならないことが示され、頂の上からは見える景色が虚しいものにすぎないという、圧倒的な虚無感。 しかし、戦争の間はその虚無感から逃れるために、目を背けるために、「今はただ何も考えずに敵を撃て」。 ここで、突然、「敵を撃て」というタイトルが、これまでは敵を倒して勝ち進めという、前向きな意味ではなく、後ろ向きな言葉に変貌する。 ここから、セラフィマの葛藤とケーニヒスベルクでの激戦へと物語は急加速していく。 | ||||
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