長いお別れ

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評判

長いお別れの評価:

4.36/5点 レビュー 290件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.36pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全547件 101〜120 6/28ページ
No.447
(3pt)

村上寒い。

骨太な本、比喩は巧み。しかし、村上春樹が幼稚すぎて。。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.446
(4pt)

チャンドラーの名文を村上春樹の翻訳で

しばしば映画のオマージュとしてこの小説が取り沙汰されるので、読んでみようと思った。コロナで時間はあるし村上春樹らしい翻訳がそこここに感じられた。浮世の些事に背を向けているような私立探偵マーロウが泥酔男にどこか魅力を感じて酒を酌み交わしたことから彼の回りで起こる謎めいた殺人事件に巻き込まれていく。
>あなたは少しばかりセンチメンタルなところがあってそれが問題
真相がわかるにつれて男の友情が壊れていくところが「第三の男」を連想させる
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.445
(4pt)

チャンドラーの名文を村上春樹の翻訳で

しばしば映画のオマージュとしてこの小説が取り沙汰されるので、読んでみようと思った。コロナで時間はあるし村上春樹らしい翻訳がそこここに感じられた。浮世の些事に背を向けているような私立探偵マーロウが泥酔男にどこか魅力を感じて酒を酌み交わしたことから彼の回りで起こる謎めいた殺人事件に巻き込まれていく。
>あなたは少しばかりセンチメンタルなところがあってそれが問題
真相がわかるにつれて男の友情が壊れていくところが「第三の男」を連想させる
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.444
(4pt)

アメリカ文学を代表する作だが、重大な欠点もある

ハードボイルドの分野に限らず、アメリカ文学を代表する本作は、今読んでも面白い。スリリングな展開、登場人物の粋な会話、カリフォルニアの風景描写、資本主義社会批判、戦時中と戦後の深い関連、男の生き様など、日本の文学では真似ができない奥深さがある。
一人称は小説として難しいため、忌避されるが、本作はすんなりと読める。完成度の高い一人称小説である。
アメリカの持つ光と闇が鋭く描いた点は、秀逸である。
 「われわれは社会の道徳と個人の道徳がいちじるしく崩れ去ったことを見てきている。人間の品質が低下しているのだ。マスプロの時代に品質は望めないし、もともと、望んではいない」「われわれは世界で一ばんりっぱな包装箱をつくっているんだ」
 1953年に出版された時の文明批判は今にも通ずる。一方で、主人公は、金儲けではなく人助けの仕事を重視する貧乏探偵でもある。仁義を大切にする古風な気質のために、災難に遭い、散々な目に遭う。しかし、だからこそ主人公は愛される。
 安易な方向に行かず、信義を大事にする主人公の生き様は、現代人にも考えさせられるものがあり、一読の価値がある。
 しかしながら、本書が次の点で大きな欠点があり、当時の時代といえどもやはり欠点であるように思われる。以下はネタバレになるので、未読の方は気を付けていただきたい。

・一人称の限界かもしれないが、本作のキーポイントとなる出来事は、金持ちの娘のシルヴィア・レノックスの死である。そもそも、この人物の死を巡って物語は大きく展開するのだから、シルヴィアが死に至った過程が詳しく描かれて欲しい。結局、なぜ殺されなければならなかったのかが、最後まで読んでも今一つ分からない。交際の派手なシルヴィアが、金もなく落ちぶれていた夫のテリーと結婚に至った過程や不貞に至るシルヴィアの欲情、救い難き業などが描かれなかった点が大変物足りなく感じた。
・凄腕探偵フィリップ・マーロウがウェイド邸にいながら、マーロウに気づかれずにアイリーンが夫を殺した手口が不明である(家の間取りが分からず、どのようにして夫の部屋にこっそりと入ったのか分からない。また、なぜそのような危険なタイミングで犯行を行ったのかも)。トリックはない。その点、ミステリーではなくサスペンスだが、やはり手口が不明な点は欠点となる。
・シルヴィアは大富豪の娘で、大豪邸の部屋の中で殺された。このような大富豪の家では複数人の使用人が雇われている。いかに間取りを利用しようとも、これらの使用人の目撃なしで、どうやってアイリーンが犯行を遂行できたのか不明である。この点、何かトリックや巧妙な手口があるかと思ったがなかった。この点、一工夫があってもよかったのではないか。

 アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作品だけに、以上の点を厳しく批評し、星マイナス1つとする。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))より
4150704511
No.443
(4pt)

アメリカ文学を代表する作だが、重大な欠点もある

ハードボイルドの分野に限らず、アメリカ文学を代表する本作は、今読んでも面白い。スリリングな展開、登場人物の粋な会話、カリフォルニアの風景描写、資本主義社会批判、戦時中と戦後の深い関連、男の生き様など、日本の文学では真似ができない奥深さがある。
一人称は小説として難しいため、忌避されるが、本作はすんなりと読める。完成度の高い一人称小説である。
アメリカの持つ光と闇が鋭く描いた点は、秀逸である。
 「われわれは社会の道徳と個人の道徳がいちじるしく崩れ去ったことを見てきている。人間の品質が低下しているのだ。マスプロの時代に品質は望めないし、もともと、望んではいない」「われわれは世界で一ばんりっぱな包装箱をつくっているんだ」
 1953年に出版された時の文明批判は今にも通ずる。一方で、主人公は、金儲けではなく人助けの仕事を重視する貧乏探偵でもある。仁義を大切にする古風な気質のために、災難に遭い、散々な目に遭う。しかし、だからこそ主人公は愛される。
 安易な方向に行かず、信義を大事にする主人公の生き様は、現代人にも考えさせられるものがあり、一読の価値がある。
 しかしながら、本書が次の点で大きな欠点があり、当時の時代といえどもやはり欠点であるように思われる。以下はネタバレになるので、未読の方は気を付けていただきたい。

・一人称の限界かもしれないが、本作のキーポイントとなる出来事は、金持ちの娘のシルヴィア・レノックスの死である。そもそも、この人物の死を巡って物語は大きく展開するのだから、シルヴィアが死に至った過程が詳しく描かれて欲しい。結局、なぜ殺されなければならなかったのかが、最後まで読んでも今一つ分からない。交際の派手なシルヴィアが、金もなく落ちぶれていた夫のテリーと結婚に至った過程や不貞に至るシルヴィアの欲情、救い難き業などが描かれなかった点が大変物足りなく感じた。
・凄腕探偵フィリップ・マーロウがウェイド邸にいながら、マーロウに気づかれずにアイリーンが夫を殺した手口が不明である(家の間取りが分からず、どのようにして夫の部屋にこっそりと入ったのか分からない。また、なぜそのような危険なタイミングで犯行を行ったのかも)。トリックはない。その点、ミステリーではなくサスペンスだが、やはり手口が不明な点は欠点となる。
・シルヴィアは大富豪の娘で、大豪邸の部屋の中で殺された。このような大富豪の家では複数人の使用人が雇われている。いかに間取りを利用しようとも、これらの使用人の目撃なしで、どうやってアイリーンが犯行を遂行できたのか不明である。この点、何かトリックや巧妙な手口があるかと思ったがなかった。この点、一工夫があってもよかったのではないか。

 アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作品だけに、以上の点を厳しく批評し、星マイナス1つとする。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.442
(4pt)

アメリカ文学を代表する作だが、重大な欠点もある

ハードボイルドの分野に限らず、アメリカ文学を代表する本作は、今読んでも面白い。スリリングな展開、登場人物の粋な会話、カリフォルニアの風景描写、資本主義社会批判、戦時中と戦後の深い関連、男の生き様など、日本の文学では真似ができない奥深さがある。
一人称は小説として難しいため、忌避されるが、本作はすんなりと読める。完成度の高い一人称小説である。
アメリカの持つ光と闇が鋭く描いた点は、秀逸である。
 「われわれは社会の道徳と個人の道徳がいちじるしく崩れ去ったことを見てきている。人間の品質が低下しているのだ。マスプロの時代に品質は望めないし、もともと、望んではいない」「われわれは世界で一ばんりっぱな包装箱をつくっているんだ」
 1953年に出版された時の文明批判は今にも通ずる。一方で、主人公は、金儲けではなく人助けの仕事を重視する貧乏探偵でもある。仁義を大切にする古風な気質のために、災難に遭い、散々な目に遭う。しかし、だからこそ主人公は愛される。
 安易な方向に行かず、信義を大事にする主人公の生き様は、現代人にも考えさせられるものがあり、一読の価値がある。
 しかしながら、本書が次の点で大きな欠点があり、当時の時代といえどもやはり欠点であるように思われる。以下はネタバレになるので、未読の方は気を付けていただきたい。

・一人称の限界かもしれないが、本作のキーポイントとなる出来事は、金持ちの娘のシルヴィア・レノックスの死である。そもそも、この人物の死を巡って物語は大きく展開するのだから、シルヴィアが死に至った過程が詳しく描かれて欲しい。結局、なぜ殺されなければならなかったのかが、最後まで読んでも今一つ分からない。交際の派手なシルヴィアが、金もなく落ちぶれていた夫のテリーと結婚に至った過程や不貞に至るシルヴィアの欲情、救い難き業などが描かれなかった点が大変物足りなく感じた。
・凄腕探偵フィリップ・マーロウがウェイド邸にいながら、マーロウに気づかれずにアイリーンが夫を殺した手口が不明である(家の間取りが分からず、どのようにして夫の部屋にこっそりと入ったのか分からない。また、なぜそのような危険なタイミングで犯行を行ったのかも)。トリックはない。その点、ミステリーではなくサスペンスだが、やはり手口が不明な点は欠点となる。
・シルヴィアは大富豪の娘で、大豪邸の部屋の中で殺された。このような大富豪の家では複数人の使用人が雇われている。いかに間取りを利用しようとも、これらの使用人の目撃なしで、どうやってアイリーンが犯行を遂行できたのか不明である。この点、何かトリックや巧妙な手口があるかと思ったがなかった。この点、一工夫があってもよかったのではないか。

 アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作品だけに、以上の点を厳しく批評し、星マイナス1つとする。
長いお別れ (1958年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (1958年) (世界探偵小説全集)より
B000JATSCW
No.441
(1pt)

スゲー読みにくい

読みにくいです、これ。拷問にこの本を読ませる、という事もできるくらい(笑)名作らしいですが、本当に名作だと思っているんですか、こんなの。ほめておけばカッコがつくから、一応ほめておこう・・・という人が多いような気がします。本当はこんな読みにくい小説の良さなんてわからないんでしょ?正直に言いなさーい(笑)
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))より
4150704511
No.440
(1pt)

スゲー読みにくい

読みにくいです、これ。拷問にこの本を読ませる、という事もできるくらい(笑)名作らしいですが、本当に名作だと思っているんですか、こんなの。ほめておけばカッコがつくから、一応ほめておこう・・・という人が多いような気がします。本当はこんな読みにくい小説の良さなんてわからないんでしょ?正直に言いなさーい(笑)
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.439
(1pt)

スゲー読みにくい

読みにくいです、これ。拷問にこの本を読ませる、という事もできるくらい(笑)名作らしいですが、本当に名作だと思っているんですか、こんなの。ほめておけばカッコがつくから、一応ほめておこう・・・という人が多いような気がします。本当はこんな読みにくい小説の良さなんてわからないんでしょ?正直に言いなさーい(笑)
長いお別れ (1958年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (1958年) (世界探偵小説全集)より
B000JATSCW
No.438
(5pt)

主人公の感情や内面を1行も書かないという方法を通して、フィクションにリアルを与えた傑作。

著者レイモンド・チャンドラーによる徹底的な客観的描写を通じて、読んでいるうちに、映画のような没入感を感じる不思議な読み応えの本。

主人公フィリップ・マーロウは特段、自分の気持ちなんて一言も吐露しない、殴られようが警察に捕まろうが、何も言わず、次から次へとただ行動していく、その全てが、彼の心理的な渇望を描いている。
逆に言えば彼の行動からしか、何を考えているのか読者にはひとつもわからない。

横道にそれるエピソードや、人物描写も最高だ。例えば3人のVが名前につく医者に会いに行くくだりは、その結果的に無駄な部分も含めて、小説のなかに本物の私立探偵の日常を思わせる。

その癖「さようならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」なんて素敵なセリフをぽろっと言って、章を閉じることもある。随分とかっこいい男がいたもんだなぁと小説ながら感嘆する。ハードボイルドな気分は男を痩せ我慢させて、優しくさせるのかもしれない。

本編でも読み応えがあるのに、村上春樹さんの訳者あとがきが素晴らしい。
主人公の自我を消し去ってフィクションをリアルに立ち上げた試みなどを明晰に解説されていた。
グレート・ギャッツビーとの連関、チャンドラーの人生と人となり、転じて小説作法として「みぞおち」で書く、つまり正面から自分と向かい合う行為だと言う村上さん自身の職業感をつないで語る。

村上さん自身がこの小説にとても影響を受けて育った話が合点がいった。
何より本作への愛情と並々ならぬ翻訳への努力を感じた。

それそのものが村上春樹さんの作品らしいと言えばそうなのだが、
単なるミステリーとして読む探偵小説ではなく、大衆的な表層を被った純文学。だと思って読んだ方が良い。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.437
(3pt)

再訳に至る経緯とチャンドラーの文体や手法の話に興味深く引き込まれました。

「村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事」を図書館で読んで関心を持ち、厚さ4センチもある本書が展示してあり読みました、ただし訳者あとがきだけですが、著者は16歳から何度も何度もくり返し読んで
再訳に至る経緯とチャンドラーの文体や手法の話に興味深く引き込まれました。
私は20年ほど前「読まずに死ねるか!」内藤 陳 (著)での一押しが「深夜プラス1」で初めてハードボイルドという言葉を知りました。ウィキペディアによると
ハードボイルドとは元来、ゆで卵などが固くゆでられた状態を指す。転じて感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情、精神的・肉体的に強靭、妥協しないなどの人間の性格を表す。
2014年4月放送のNHKの連続ドラマ全5話を見ました。主演は浅野忠信で、デビュー26年にして初の連続ドラマ主演となる.浅野忠信は凄い映画「バトルシップ」で知りました。
you tube :バトルシップ名シーン!戦艦が簡単に沈むか!で見れるよ。
『長いお別れ』(ながいおわかれ)または『ロング・グッドバイ』(原題:The Long Goodbye)と原作者レイモンド・チャンドラーはウィキペディアにかなり詳細な記述があります。
合わせて読めば時間があっという間に過ぎてしまいます。
それにしても最近はノーベル文学賞の話は薄れているようですが、村上さんは日本より海外でよく読まれているようですが・・・
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.436
(5pt)

主人公の感情や内面を1行も書かないという方法を通して、フィクションにリアルを与えた傑作。

著者レイモンド・チャンドラーによる徹底的な客観的描写を通じて、読んでいるうちに、映画のような没入感を感じる不思議な読み応えの本。

主人公フィリップ・マーロウは特段、自分の気持ちなんて一言も吐露しない、殴られようが警察に捕まろうが、何も言わず、次から次へとただ行動していく、その全てが、彼の心理的な渇望を描いている。
逆に言えば彼の行動からしか、何を考えているのか読者にはひとつもわからない。

横道にそれるエピソードや、人物描写も最高だ。例えば3人のVが名前につく医者に会いに行くくだりは、その結果的に無駄な部分も含めて、小説のなかに本物の私立探偵の日常を思わせる。

その癖「さようならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」なんて素敵なセリフをぽろっと言って、章を閉じることもある。随分とかっこいい男がいたもんだなぁと小説ながら感嘆する。ハードボイルドな気分は男を痩せ我慢させて、優しくさせるのかもしれない。

本編でも読み応えがあるのに、村上春樹さんの訳者あとがきが素晴らしい。
主人公の自我を消し去ってフィクションをリアルに立ち上げた試みなどを明晰に解説されていた。
グレート・ギャッツビーとの連関、チャンドラーの人生と人となり、転じて小説作法として「みぞおち」で書く、つまり正面から自分と向かい合う行為だと言う村上さん自身の職業感をつないで語る。

村上さん自身がこの小説にとても影響を受けて育った話が合点がいった。
何より本作への愛情と並々ならぬ翻訳への努力を感じた。

それそのものが村上春樹さんの作品らしいと言えばそうなのだが、
単なるミステリーとして読む探偵小説ではなく、大衆的な表層を被った純文学。だと思って読んだ方が良い。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.435
(3pt)

再訳に至る経緯とチャンドラーの文体や手法の話に興味深く引き込まれました。

「村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事」を図書館で読んで関心を持ち、厚さ4センチもある本書が展示してあり読みました、ただし訳者あとがきだけですが、著者は16歳から何度も何度もくり返し読んで
再訳に至る経緯とチャンドラーの文体や手法の話に興味深く引き込まれました。
私は20年ほど前「読まずに死ねるか!」内藤 陳 (著)での一押しが「深夜プラス1」で初めてハードボイルドという言葉を知りました。ウィキペディアによると
ハードボイルドとは元来、ゆで卵などが固くゆでられた状態を指す。転じて感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情、精神的・肉体的に強靭、妥協しないなどの人間の性格を表す。
2014年4月放送のNHKの連続ドラマ全5話を見ました。主演は浅野忠信で、デビュー26年にして初の連続ドラマ主演となる.浅野忠信は凄い映画「バトルシップ」で知りました。
you tube :バトルシップ名シーン!戦艦が簡単に沈むか!で見れるよ。
『長いお別れ』(ながいおわかれ)または『ロング・グッドバイ』(原題:The Long Goodbye)と原作者レイモンド・チャンドラーはウィキペディアにかなり詳細な記述があります。
合わせて読めば時間があっという間に過ぎてしまいます。
それにしても最近はノーベル文学賞の話は薄れているようですが、村上さんは日本より海外でよく読まれているようですが・・・
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.434
(5pt)

商品の到着の早さ

手際良く早く着きました
特に汚れもなく満足です
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.433
(5pt)

商品の到着の早さ

手際良く早く着きました
特に汚れもなく満足です
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.432
(5pt)

清水 俊二 VS. 村上春樹でわかったこと: チャンドラーにとっての不幸は清水 俊二氏が最初の(?)翻訳者であったこと?!!

わたしは、この清水 俊二訳『長いお別れ』(早川書房)を愛情あふれる翻訳である、とはどうしても感じることはできなかった。この翻訳にくらべて、後出の村上の翻訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)は、清水によるチャンドラーの原文逐語訳から離れ、全体が意訳なのかもしれませんが、わたしは、村上のほうを 約(訳)1.5倍 くらい楽しむことができました。

  翻訳でどこまで《意訳》が許されるのか? 原著英文にない単語・語句を―――日本語の言い回しの際に―――どこまで加えてよいのか? 英単語の意味を英和辞典からどこまで離れて良いのか? そこは知る由もありませんが、すぐれた翻訳者(村上)がひとたび「35年以上も昔の、清水氏の翻訳より、圧倒的にすばらしい作品を創ってやろう!!」と、心に決断すれば、このようになるのだ・・・・・ということがよくわかりました。
  いずれにせよ、村上により、この小説が単なる「娯楽小説」ではなく、文学性を付与された作品になったことは確かである。村上の後出しジャンケンで有利なことは明白ですが、村上は、「どうだい、自分の翻訳は清水より優れているだろ?!」ということを示したかったわけではなく(少しはあるでしょうが)、チャンドラーを単純な、例えば東野 圭吾 氏のような「娯楽小説家」のカテゴリーに入れられていることに村上は我慢できなかったのでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[要約]
清水 VS. 村上、この二人の翻訳には大きな空気感の違いをこの物語の多くの場所で認識できた。以下に、清水と村上の翻訳の違いを明示している5ヵ所を例として記した: 村上のチャンドラーに対する愛・敬意、そして先行する清水への並々ならぬ対抗心が感じられる。ただ、マーロウを主人公とする、会話の翻訳では村上訳の不自然さを、しばしば感じた。端的に言わせていただけるのなら、会話の表現は清水の方が一枚上手である、と思う。 特に、女性とマーロウの濡れ場の会話については、明らかに清水の実生活での場数が勝っている、ことを感じた。

①:第6章、メキシコに逃走を図るテリー・レノックスを無事チュアナの空港に送り届け、自宅に帰っていた主人公マーロウと、尋問に訪れた二人の刑事とのやりとり、の場面。
現実の刑事とのやり取りは、《清水》の方では?と、思ってしまいました。《村上》の方は、現実の会話とすれば、まどろっこしさを感じてしまう。

《清水》『長いお別れ:ページ53、11行目から』

彼らは居間に腰をすえた。私は窓をあけて、風をいれた。しゃべったのはグリーンだった。
「テリー・レノックスという男、知っているだろう」
「ときどき、いっしょに酒を飲んだことがある。エンシノに住んでいて、細君が財産を持ってる。住んでいるところへは行ったことがない」
「ときどきというのはどういう意味だ」
「はっきりいえないね。一週間に一度という意味にもなるし、二ヵ月に一度という意味にもなる」
「細君に会ったか」
「一度、ちらっと会った。結婚する前のことだ」
「彼に最後に会ったのはいつだ。場所はどこだ」
  私はテーブルのパイプをとって、タバコをつめた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ62、末尾から7行目から』

彼らは居間に腰を下ろした。私が窓を開けると微風が入ってきた。しゃべる役はグリーンがつとめた。
「テリー・レノックスという男を知っているね?」
「ときおり一緒に酒を飲む。エンシーノに住んで、金持ちの女房がいる。家を訪れたことはない」
「ときおりというのはどの程度の回数だ?」とグリーンは言った。
「それは曖昧さを意味する表現なんだ。事実曖昧そのものでね。週に一度ということもあれば、二ヵ月に一度ということもある」
「細君に会ったことは?」
「一度だけ、ちらりとね。結婚する前のことだが」
「彼に最後に会ったのはいつで。場所はどこだ?」
  私はエンド・テーブルの上のパイプを手に取り、煙草を詰めた。

②:第11章、主人公マーロウとギャングのボス、メネンデスとの緊迫のやり取りの部分を少し長めに抜粋してみた。

《清水》『長いお別れ:ページ110、9行目から』

「これを忘れてる」と、私はデスクをまわりながらいった。
「半ダースも持ってるんだ」と、彼はひとをばかにしたような口調でいった。
  私は彼のそばへ行って、ケースをさし出した。彼の手がそれを受けとろうとした。「こいつも半ダース食らうか」私はそういいながら、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。
  彼は悲鳴をあげて、からだをまげた。シガレット・ケースが床に落ちた。彼のからだがうしろにさがって、背中が壁にぶっかった。両手が苦しそうに前後にゆれた。呼吸が苦しそうだった。額に汗がにじみ出てきた。
・・・・・・
・・・・・・
「お前をみそこなったよ」と、彼はいった。
「この次は拳銃を持ってこい――――でなければ、おれをチンピラと呼ぶな」
「ピストルは用心棒に持たせてある」
「そいつを連れてこい。そばから離すな」
「お前はなかなか怒らない奴だな、マーロウ」

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ125、末尾から2行目から』

「忘れ物だ」と、私は言って、机を回り込んだ。
「そんなものは半ダース単位で買っている」と彼は馬鹿にしたように言った。
  私はメネンデスのそばへ行き、ケースを差し出した。彼は何気なくそれに手をのばした。「こういうのも半ダース単位でどうだ?」と私は言い、相手の腹の真ん中に思いっきりきつい一発をたたき込んだ。
  彼はうめきながら、身体を二つに折った。煙草ケースが床に落ちた。壁にもたれかかり、両手をぴくぴくと前後に痙攣させた。肺に空気を吸い込もうとしてあえいでいた。汗が流れた。
・・・・・・
・・・・・・
「そんなに肝っ玉あるとは思わなかったぜ」と彼は言った。
「次は銃を持ってくるんだな。そうじゃなければ、私をはんちくと呼ぶな」
「俺は銃を持つ人間を雇っている」
「じゃあそいつをそばから離すな」
「お前、腹を立てるのにやたら手間のかかるやつだな」

③:第49章の最終部。レノックの妻、尻軽女シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウとの “睦み合い” の会話。
  この部分は、一見すると、《村上》の訳が優れているように見える(読める)が、現実(実生活)に女性経験が豊富な翻訳者は《清水》の方でしょう(このような場面での、現実の男女の会話は、以外にシンプルですものね。女性なら、何となくわかりますもの・・・)。

《清水》『長いお別れ:ページ509、最後から3行目からお終いまで』

「とても私を愛してる? それとも、いっしょに寝れば愛してくれる?」
「好きになりそうだな」
「むりにいっしょに寝ないでもいいのよ。ぜひにとはいっていないのよ」
「ありがとう」
「シャンペンをちょうだいな」
「お金をいくら持っている」
「全部で? そんなこと、知ってるはずがないわ。八百万ドルぐらいよ」
「いっしょに寝ることにきめた」
「お金が目当てなのね」と、彼女はいった。
「シャンペンをおごったぜ」
「シャンペンなんか、なにさ」と、彼女はいった。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ566、最初からお終いまで』

「私のことを心から愛してくれる? それともあなたとベッドを共にしたら、心から愛してもらえるのかしら?」
「おそらく」
「私とベッドに行く必要はないのよ。無理に迫っているわけじゃないんだから」
「ありがたいことだ」
「シャンパンが飲みたいわ」
「君にはどれくらい財産がある?」
「全部で? どれくらいかしら。たぶん八百万ドル前後ね」
「君とベッドに行くことにした」
「金のためなら何でもやる」と彼女は言った。
「シャンパンは自腹を切ったぜ」
「シャンパンくらい何よ」と彼女は言った。

④:第50章の最終部。シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウが性行為を終え、その後、ベッドのそばの椅子に腰かけての会話。
  この部分も、女性経験が豊富な翻訳者、《清水》の方が上手のような気がする。

《清水》『長いお別れ:ページ514、最後から2行目から』

「なぜこんなことをしたのか、わからないわ」と、彼女はいった。「でも、お願いだから、女はいつも自分のしていることがわかっていないなんていわないでちょうだい」
私は彼女のグラスにシャンペンを注ぎなおして、笑って見せた。彼女はグラスにゆっくり口をつけて、向こうを向くと、私の膝にからだを倒した。
「つかれたわ」と、彼女はいった。「こんどは抱いていってちょうだいね」
しばらくしてから、彼女は眠りにおちた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ571、2行目から』

「どうしてこんなことしちゃったのかしら」と彼女は言った。「でもお願いだから、女というものは自分でも理由がわからないことをするもんだ、なんて言わないね」
私はグラスにシャンパンを注ぎ直し、笑った。彼女はそれをそろそろと飲み、むこう向きになって、私の膝にもたれかかった。
「疲れたわ」と彼女は言った。「抱いて運んでいってほしい」
少し後で彼女は眠りについた。

⑤: 第53最終章、主人公マーロウと死んだはずのテリーの、本当(最後)の別れのシーン。

《清水》『長いお別れ:ページ536、2行目から』

「何もかもわかっているんだ、テリー。君はいろいろな意味でいい人間なんだ。ぼくは君に批判をくだしているわけじゃない。いままでだって批判なんかしなかった。ただ、もういままでの君とはちがうというだけのことだ。ぼくが知っていた君は遠くへ去ってしまった。しゃれた服を着て、香水を匂わせて、まるで五十ドルの淫売みたいにエレガントだぜ」
「芝居だよ」と、訴えるような口調でいった。
「芝居を楽しんでいるんだろう」
彼は唇をまげて、さびしそうに笑った。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ539、7行目から』

「それはよくわかっているよ、テリー。君はいろいろな意味でとても感じのいいやつだ。私は何も君の是非をはかっているわけじゃない。君を責めたことなど一度もない。ただ君はもうここにはいない人間なのだと言っているだけさ。君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ」
「こんなものただの見せかけだ」と彼はすがりつくようにいった。
「しかし、その見せかけを楽しんでもいる。そうだろう?」
彼はあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮べた。

感想:②,⑤は村上訳が優れていると思うが、①と③、そして④は、ちょっと見、村上訳が上手に見えるかもしれないが、①:取り調べに来た刑事とのやりとり、③と④:現実の男と女の睦み事、という状況では清水訳の会話の方が自然だと思いました。
  刑事さんとのやり取り、女性と男性との睦み合い、レビュアーはいずれも、想像するしか術はないのですが・・・・・
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))より
4150704511
No.431
(5pt)

清水 俊二 VS. 村上春樹でわかったこと: チャンドラーにとっての不幸は清水 俊二氏が最初の(?)翻訳者であったこと?!!

わたしは、この清水 俊二訳『長いお別れ』(早川書房)を愛情あふれる翻訳である、とはどうしても感じることはできなかった。この翻訳にくらべて、後出の村上の翻訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)は、清水によるチャンドラーの原文逐語訳から離れ、全体が意訳なのかもしれませんが、わたしは、村上のほうを 約(訳)1.5倍 くらい楽しむことができました。

  翻訳でどこまで《意訳》が許されるのか? 原著英文にない単語・語句を―――日本語の言い回しの際に―――どこまで加えてよいのか? 英単語の意味を英和辞典からどこまで離れて良いのか? そこは知る由もありませんが、すぐれた翻訳者(村上)がひとたび「35年以上も昔の、清水氏の翻訳より、圧倒的にすばらしい作品を創ってやろう!!」と、心に決断すれば、このようになるのだ・・・・・ということがよくわかりました。
  いずれにせよ、村上により、この小説が単なる「娯楽小説」ではなく、文学性を付与された作品になったことは確かである。村上の後出しジャンケンで有利なことは明白ですが、村上は、「どうだい、自分の翻訳は清水より優れているだろ?!」ということを示したかったわけではなく(少しはあるでしょうが)、チャンドラーを単純な、例えば東野 圭吾 氏のような「娯楽小説家」のカテゴリーに入れられていることに村上は我慢できなかったのでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[要約]
清水 VS. 村上、この二人の翻訳には大きな空気感の違いをこの物語の多くの場所で認識できた。以下に、清水と村上の翻訳の違いを明示している5ヵ所を例として記した: 村上のチャンドラーに対する愛・敬意、そして先行する清水への並々ならぬ対抗心が感じられる。ただ、マーロウを主人公とする、会話の翻訳では村上訳の不自然さを、しばしば感じた。端的に言わせていただけるのなら、会話の表現は清水の方が一枚上手である、と思う。 特に、女性とマーロウの濡れ場の会話については、明らかに清水の実生活での場数が勝っている、ことを感じた。

①:第6章、メキシコに逃走を図るテリー・レノックスを無事チュアナの空港に送り届け、自宅に帰っていた主人公マーロウと、尋問に訪れた二人の刑事とのやりとり、の場面。
現実の刑事とのやり取りは、《清水》の方では?と、思ってしまいました。《村上》の方は、現実の会話とすれば、まどろっこしさを感じてしまう。

《清水》『長いお別れ:ページ53、11行目から』

彼らは居間に腰をすえた。私は窓をあけて、風をいれた。しゃべったのはグリーンだった。
「テリー・レノックスという男、知っているだろう」
「ときどき、いっしょに酒を飲んだことがある。エンシノに住んでいて、細君が財産を持ってる。住んでいるところへは行ったことがない」
「ときどきというのはどういう意味だ」
「はっきりいえないね。一週間に一度という意味にもなるし、二ヵ月に一度という意味にもなる」
「細君に会ったか」
「一度、ちらっと会った。結婚する前のことだ」
「彼に最後に会ったのはいつだ。場所はどこだ」
  私はテーブルのパイプをとって、タバコをつめた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ62、末尾から7行目から』

彼らは居間に腰を下ろした。私が窓を開けると微風が入ってきた。しゃべる役はグリーンがつとめた。
「テリー・レノックスという男を知っているね?」
「ときおり一緒に酒を飲む。エンシーノに住んで、金持ちの女房がいる。家を訪れたことはない」
「ときおりというのはどの程度の回数だ?」とグリーンは言った。
「それは曖昧さを意味する表現なんだ。事実曖昧そのものでね。週に一度ということもあれば、二ヵ月に一度ということもある」
「細君に会ったことは?」
「一度だけ、ちらりとね。結婚する前のことだが」
「彼に最後に会ったのはいつで。場所はどこだ?」
  私はエンド・テーブルの上のパイプを手に取り、煙草を詰めた。

②:第11章、主人公マーロウとギャングのボス、メネンデスとの緊迫のやり取りの部分を少し長めに抜粋してみた。

《清水》『長いお別れ:ページ110、9行目から』

「これを忘れてる」と、私はデスクをまわりながらいった。
「半ダースも持ってるんだ」と、彼はひとをばかにしたような口調でいった。
  私は彼のそばへ行って、ケースをさし出した。彼の手がそれを受けとろうとした。「こいつも半ダース食らうか」私はそういいながら、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。
  彼は悲鳴をあげて、からだをまげた。シガレット・ケースが床に落ちた。彼のからだがうしろにさがって、背中が壁にぶっかった。両手が苦しそうに前後にゆれた。呼吸が苦しそうだった。額に汗がにじみ出てきた。
・・・・・・
・・・・・・
「お前をみそこなったよ」と、彼はいった。
「この次は拳銃を持ってこい――――でなければ、おれをチンピラと呼ぶな」
「ピストルは用心棒に持たせてある」
「そいつを連れてこい。そばから離すな」
「お前はなかなか怒らない奴だな、マーロウ」

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ125、末尾から2行目から』

「忘れ物だ」と、私は言って、机を回り込んだ。
「そんなものは半ダース単位で買っている」と彼は馬鹿にしたように言った。
  私はメネンデスのそばへ行き、ケースを差し出した。彼は何気なくそれに手をのばした。「こういうのも半ダース単位でどうだ?」と私は言い、相手の腹の真ん中に思いっきりきつい一発をたたき込んだ。
  彼はうめきながら、身体を二つに折った。煙草ケースが床に落ちた。壁にもたれかかり、両手をぴくぴくと前後に痙攣させた。肺に空気を吸い込もうとしてあえいでいた。汗が流れた。
・・・・・・
・・・・・・
「そんなに肝っ玉あるとは思わなかったぜ」と彼は言った。
「次は銃を持ってくるんだな。そうじゃなければ、私をはんちくと呼ぶな」
「俺は銃を持つ人間を雇っている」
「じゃあそいつをそばから離すな」
「お前、腹を立てるのにやたら手間のかかるやつだな」

③:第49章の最終部。レノックの妻、尻軽女シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウとの “睦み合い” の会話。
  この部分は、一見すると、《村上》の訳が優れているように見える(読める)が、現実(実生活)に女性経験が豊富な翻訳者は《清水》の方でしょう(このような場面での、現実の男女の会話は、以外にシンプルですものね。女性なら、何となくわかりますもの・・・)。

《清水》『長いお別れ:ページ509、最後から3行目からお終いまで』

「とても私を愛してる? それとも、いっしょに寝れば愛してくれる?」
「好きになりそうだな」
「むりにいっしょに寝ないでもいいのよ。ぜひにとはいっていないのよ」
「ありがとう」
「シャンペンをちょうだいな」
「お金をいくら持っている」
「全部で? そんなこと、知ってるはずがないわ。八百万ドルぐらいよ」
「いっしょに寝ることにきめた」
「お金が目当てなのね」と、彼女はいった。
「シャンペンをおごったぜ」
「シャンペンなんか、なにさ」と、彼女はいった。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ566、最初からお終いまで』

「私のことを心から愛してくれる? それともあなたとベッドを共にしたら、心から愛してもらえるのかしら?」
「おそらく」
「私とベッドに行く必要はないのよ。無理に迫っているわけじゃないんだから」
「ありがたいことだ」
「シャンパンが飲みたいわ」
「君にはどれくらい財産がある?」
「全部で? どれくらいかしら。たぶん八百万ドル前後ね」
「君とベッドに行くことにした」
「金のためなら何でもやる」と彼女は言った。
「シャンパンは自腹を切ったぜ」
「シャンパンくらい何よ」と彼女は言った。

④:第50章の最終部。シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウが性行為を終え、その後、ベッドのそばの椅子に腰かけての会話。
  この部分も、女性経験が豊富な翻訳者、《清水》の方が上手のような気がする。

《清水》『長いお別れ:ページ514、最後から2行目から』

「なぜこんなことをしたのか、わからないわ」と、彼女はいった。「でも、お願いだから、女はいつも自分のしていることがわかっていないなんていわないでちょうだい」
私は彼女のグラスにシャンペンを注ぎなおして、笑って見せた。彼女はグラスにゆっくり口をつけて、向こうを向くと、私の膝にからだを倒した。
「つかれたわ」と、彼女はいった。「こんどは抱いていってちょうだいね」
しばらくしてから、彼女は眠りにおちた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ571、2行目から』

「どうしてこんなことしちゃったのかしら」と彼女は言った。「でもお願いだから、女というものは自分でも理由がわからないことをするもんだ、なんて言わないね」
私はグラスにシャンパンを注ぎ直し、笑った。彼女はそれをそろそろと飲み、むこう向きになって、私の膝にもたれかかった。
「疲れたわ」と彼女は言った。「抱いて運んでいってほしい」
少し後で彼女は眠りについた。

⑤: 第53最終章、主人公マーロウと死んだはずのテリーの、本当(最後)の別れのシーン。

《清水》『長いお別れ:ページ536、2行目から』

「何もかもわかっているんだ、テリー。君はいろいろな意味でいい人間なんだ。ぼくは君に批判をくだしているわけじゃない。いままでだって批判なんかしなかった。ただ、もういままでの君とはちがうというだけのことだ。ぼくが知っていた君は遠くへ去ってしまった。しゃれた服を着て、香水を匂わせて、まるで五十ドルの淫売みたいにエレガントだぜ」
「芝居だよ」と、訴えるような口調でいった。
「芝居を楽しんでいるんだろう」
彼は唇をまげて、さびしそうに笑った。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ539、7行目から』

「それはよくわかっているよ、テリー。君はいろいろな意味でとても感じのいいやつだ。私は何も君の是非をはかっているわけじゃない。君を責めたことなど一度もない。ただ君はもうここにはいない人間なのだと言っているだけさ。君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ」
「こんなものただの見せかけだ」と彼はすがりつくようにいった。
「しかし、その見せかけを楽しんでもいる。そうだろう?」
彼はあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮べた。

感想:②,⑤は村上訳が優れていると思うが、①と③、そして④は、ちょっと見、村上訳が上手に見えるかもしれないが、①:取り調べに来た刑事とのやりとり、③と④:現実の男と女の睦み事、という状況では清水訳の会話の方が自然だと思いました。
  刑事さんとのやり取り、女性と男性との睦み合い、レビュアーはいずれも、想像するしか術はないのですが・・・・・
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.430
(5pt)

清水 俊二 VS. 村上春樹でわかったこと: チャンドラーにとっての不幸は清水 俊二氏が最初の(?)翻訳者であったこと?!!

わたしは、この清水 俊二訳『長いお別れ』(早川書房)を愛情あふれる翻訳である、とはどうしても感じることはできなかった。この翻訳にくらべて、後出の村上の翻訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)は、清水によるチャンドラーの原文逐語訳から離れ、全体が意訳なのかもしれませんが、わたしは、村上のほうを 約(訳)1.5倍 くらい楽しむことができました。

  翻訳でどこまで《意訳》が許されるのか? 原著英文にない単語・語句を―――日本語の言い回しの際に―――どこまで加えてよいのか? 英単語の意味を英和辞典からどこまで離れて良いのか? そこは知る由もありませんが、すぐれた翻訳者(村上)がひとたび「35年以上も昔の、清水氏の翻訳より、圧倒的にすばらしい作品を創ってやろう!!」と、心に決断すれば、このようになるのだ・・・・・ということがよくわかりました。
  いずれにせよ、村上により、この小説が単なる「娯楽小説」ではなく、文学性を付与された作品になったことは確かである。村上の後出しジャンケンで有利なことは明白ですが、村上は、「どうだい、自分の翻訳は清水より優れているだろ?!」ということを示したかったわけではなく(少しはあるでしょうが)、チャンドラーを単純な、例えば東野 圭吾 氏のような「娯楽小説家」のカテゴリーに入れられていることに村上は我慢できなかったのでしょう。
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[要約]
清水 VS. 村上、この二人の翻訳には大きな空気感の違いをこの物語の多くの場所で認識できた。以下に、清水と村上の翻訳の違いを明示している5ヵ所を例として記した: 村上のチャンドラーに対する愛・敬意、そして先行する清水への並々ならぬ対抗心が感じられる。ただ、マーロウを主人公とする、会話の翻訳では村上訳の不自然さを、しばしば感じた。端的に言わせていただけるのなら、会話の表現は清水の方が一枚上手である、と思う。 特に、女性とマーロウの濡れ場の会話については、明らかに清水の実生活での場数が勝っている、ことを感じた。

①:第6章、メキシコに逃走を図るテリー・レノックスを無事チュアナの空港に送り届け、自宅に帰っていた主人公マーロウと、尋問に訪れた二人の刑事とのやりとり、の場面。
現実の刑事とのやり取りは、《清水》の方では?と、思ってしまいました。《村上》の方は、現実の会話とすれば、まどろっこしさを感じてしまう。

《清水》『長いお別れ:ページ53、11行目から』

彼らは居間に腰をすえた。私は窓をあけて、風をいれた。しゃべったのはグリーンだった。
「テリー・レノックスという男、知っているだろう」
「ときどき、いっしょに酒を飲んだことがある。エンシノに住んでいて、細君が財産を持ってる。住んでいるところへは行ったことがない」
「ときどきというのはどういう意味だ」
「はっきりいえないね。一週間に一度という意味にもなるし、二ヵ月に一度という意味にもなる」
「細君に会ったか」
「一度、ちらっと会った。結婚する前のことだ」
「彼に最後に会ったのはいつだ。場所はどこだ」
  私はテーブルのパイプをとって、タバコをつめた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ62、末尾から7行目から』

彼らは居間に腰を下ろした。私が窓を開けると微風が入ってきた。しゃべる役はグリーンがつとめた。
「テリー・レノックスという男を知っているね?」
「ときおり一緒に酒を飲む。エンシーノに住んで、金持ちの女房がいる。家を訪れたことはない」
「ときおりというのはどの程度の回数だ?」とグリーンは言った。
「それは曖昧さを意味する表現なんだ。事実曖昧そのものでね。週に一度ということもあれば、二ヵ月に一度ということもある」
「細君に会ったことは?」
「一度だけ、ちらりとね。結婚する前のことだが」
「彼に最後に会ったのはいつで。場所はどこだ?」
  私はエンド・テーブルの上のパイプを手に取り、煙草を詰めた。

②:第11章、主人公マーロウとギャングのボス、メネンデスとの緊迫のやり取りの部分を少し長めに抜粋してみた。

《清水》『長いお別れ:ページ110、9行目から』

「これを忘れてる」と、私はデスクをまわりながらいった。
「半ダースも持ってるんだ」と、彼はひとをばかにしたような口調でいった。
  私は彼のそばへ行って、ケースをさし出した。彼の手がそれを受けとろうとした。「こいつも半ダース食らうか」私はそういいながら、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。
  彼は悲鳴をあげて、からだをまげた。シガレット・ケースが床に落ちた。彼のからだがうしろにさがって、背中が壁にぶっかった。両手が苦しそうに前後にゆれた。呼吸が苦しそうだった。額に汗がにじみ出てきた。
・・・・・・
・・・・・・
「お前をみそこなったよ」と、彼はいった。
「この次は拳銃を持ってこい――――でなければ、おれをチンピラと呼ぶな」
「ピストルは用心棒に持たせてある」
「そいつを連れてこい。そばから離すな」
「お前はなかなか怒らない奴だな、マーロウ」

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ125、末尾から2行目から』

「忘れ物だ」と、私は言って、机を回り込んだ。
「そんなものは半ダース単位で買っている」と彼は馬鹿にしたように言った。
  私はメネンデスのそばへ行き、ケースを差し出した。彼は何気なくそれに手をのばした。「こういうのも半ダース単位でどうだ?」と私は言い、相手の腹の真ん中に思いっきりきつい一発をたたき込んだ。
  彼はうめきながら、身体を二つに折った。煙草ケースが床に落ちた。壁にもたれかかり、両手をぴくぴくと前後に痙攣させた。肺に空気を吸い込もうとしてあえいでいた。汗が流れた。
・・・・・・
・・・・・・
「そんなに肝っ玉あるとは思わなかったぜ」と彼は言った。
「次は銃を持ってくるんだな。そうじゃなければ、私をはんちくと呼ぶな」
「俺は銃を持つ人間を雇っている」
「じゃあそいつをそばから離すな」
「お前、腹を立てるのにやたら手間のかかるやつだな」

③:第49章の最終部。レノックの妻、尻軽女シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウとの “睦み合い” の会話。
  この部分は、一見すると、《村上》の訳が優れているように見える(読める)が、現実(実生活)に女性経験が豊富な翻訳者は《清水》の方でしょう(このような場面での、現実の男女の会話は、以外にシンプルですものね。女性なら、何となくわかりますもの・・・)。

《清水》『長いお別れ:ページ509、最後から3行目からお終いまで』

「とても私を愛してる? それとも、いっしょに寝れば愛してくれる?」
「好きになりそうだな」
「むりにいっしょに寝ないでもいいのよ。ぜひにとはいっていないのよ」
「ありがとう」
「シャンペンをちょうだいな」
「お金をいくら持っている」
「全部で? そんなこと、知ってるはずがないわ。八百万ドルぐらいよ」
「いっしょに寝ることにきめた」
「お金が目当てなのね」と、彼女はいった。
「シャンペンをおごったぜ」
「シャンペンなんか、なにさ」と、彼女はいった。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ566、最初からお終いまで』

「私のことを心から愛してくれる? それともあなたとベッドを共にしたら、心から愛してもらえるのかしら?」
「おそらく」
「私とベッドに行く必要はないのよ。無理に迫っているわけじゃないんだから」
「ありがたいことだ」
「シャンパンが飲みたいわ」
「君にはどれくらい財産がある?」
「全部で? どれくらいかしら。たぶん八百万ドル前後ね」
「君とベッドに行くことにした」
「金のためなら何でもやる」と彼女は言った。
「シャンパンは自腹を切ったぜ」
「シャンパンくらい何よ」と彼女は言った。

④:第50章の最終部。シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウが性行為を終え、その後、ベッドのそばの椅子に腰かけての会話。
  この部分も、女性経験が豊富な翻訳者、《清水》の方が上手のような気がする。

《清水》『長いお別れ:ページ514、最後から2行目から』

「なぜこんなことをしたのか、わからないわ」と、彼女はいった。「でも、お願いだから、女はいつも自分のしていることがわかっていないなんていわないでちょうだい」
私は彼女のグラスにシャンペンを注ぎなおして、笑って見せた。彼女はグラスにゆっくり口をつけて、向こうを向くと、私の膝にからだを倒した。
「つかれたわ」と、彼女はいった。「こんどは抱いていってちょうだいね」
しばらくしてから、彼女は眠りにおちた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ571、2行目から』

「どうしてこんなことしちゃったのかしら」と彼女は言った。「でもお願いだから、女というものは自分でも理由がわからないことをするもんだ、なんて言わないね」
私はグラスにシャンパンを注ぎ直し、笑った。彼女はそれをそろそろと飲み、むこう向きになって、私の膝にもたれかかった。
「疲れたわ」と彼女は言った。「抱いて運んでいってほしい」
少し後で彼女は眠りについた。

⑤: 第53最終章、主人公マーロウと死んだはずのテリーの、本当(最後)の別れのシーン。

《清水》『長いお別れ:ページ536、2行目から』

「何もかもわかっているんだ、テリー。君はいろいろな意味でいい人間なんだ。ぼくは君に批判をくだしているわけじゃない。いままでだって批判なんかしなかった。ただ、もういままでの君とはちがうというだけのことだ。ぼくが知っていた君は遠くへ去ってしまった。しゃれた服を着て、香水を匂わせて、まるで五十ドルの淫売みたいにエレガントだぜ」
「芝居だよ」と、訴えるような口調でいった。
「芝居を楽しんでいるんだろう」
彼は唇をまげて、さびしそうに笑った。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ539、7行目から』

「それはよくわかっているよ、テリー。君はいろいろな意味でとても感じのいいやつだ。私は何も君の是非をはかっているわけじゃない。君を責めたことなど一度もない。ただ君はもうここにはいない人間なのだと言っているだけさ。君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ」
「こんなものただの見せかけだ」と彼はすがりつくようにいった。
「しかし、その見せかけを楽しんでもいる。そうだろう?」
彼はあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮べた。

感想:②,⑤は村上訳が優れていると思うが、①と③、そして④は、ちょっと見、村上訳が上手に見えるかもしれないが、①:取り調べに来た刑事とのやりとり、③と④:現実の男と女の睦み事、という状況では清水訳の会話の方が自然だと思いました。
  刑事さんとのやり取り、女性と男性との睦み合い、レビュアーはいずれも、想像するしか術はないのですが・・・・・
長いお別れ (1958年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (1958年) (世界探偵小説全集)より
B000JATSCW
No.429
(3pt)

読ませるが、暴力シーンが多く、いかにもアメリカ的な推理小説

有名なミステリー小説なので、題名は知っていたが、読んだのは今回が初めてである。確かに読ませるし、最後のどんでん返し?なんかは面白いが、ホームズ物やポワロ物に比べると、人間の心の機微の描き方がやや浅薄な気がする。主人公のマーロウが何度も殴られるなど暴力シーンも多く、まあ、いかにもアメリカ的な推理小説だなあという感じがした。それと訳が、マーロウが喋っているのか、相手が喋っているのかよくわからない部分があり、ややとまどった。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))より
4150704511
No.428
(3pt)

読ませるが、暴力シーンが多く、いかにもアメリカ的な推理小説

有名なミステリー小説なので、題名は知っていたが、読んだのは今回が初めてである。確かに読ませるし、最後のどんでん返し?なんかは面白いが、ホームズ物やポワロ物に比べると、人間の心の機微の描き方がやや浅薄な気がする。主人公のマーロウが何度も殴られるなど暴力シーンも多く、まあ、いかにもアメリカ的な推理小説だなあという感じがした。それと訳が、マーロウが喋っているのか、相手が喋っているのかよくわからない部分があり、ややとまどった。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606