長いお別れ

【この小説が収録されている参考書籍】

評判

長いお別れの評価:

4.36/5点 レビュー 290件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.36pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全547件 201〜220 11/28ページ
No.347
(1pt)

消防署、心の川柳 「読みにくい 小説書くな このアホが!」

この小説は読みにくいです。本当に読みにくいです。拷問にこの小説を読ませる、ということも可能なんじゃないか?と思うくらいの読みにくさです。内容以前に読みにくいのです。例えるなら、あまりにも固い食物を食べて感想を言え、と言われているようなもので、「味以前に食えねーよ!」と言いたいです。みなさんのレビューを拝見させてもらっても、絶賛の嵐なんですが、本当に皆さんはこんな読みにくい小説を最後まで読み切ったんですか?「名作の権威」に押されて、それらしい賛辞を並べている人が多いような気がしてなりません。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.346
(5pt)

読み始めたら止まらない

ロバートBパーカーのファンですが、レイモンドチャンドラーも面白い。他の作品も読みたくなりますね。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.345
(5pt)

読み始めたら止まらない

ロバートBパーカーのファンですが、レイモンドチャンドラーも面白い。他の作品も読みたくなりますね。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.344
(5pt)

死神≒マーロウ説

伊坂幸太郎の『死神の精度』を思い出します。フィリップ・マーロウという「窓口」に次から次へと押し掛ける人々(悪党が多い)。ちょっとズレたやつ(死神、マーロウ)に対する人々のリアクションから、逆にそのズレ具合を味わう小説。読者が死神を、マーロウを、人生の指針(~参考?)としたがる点でも似ています。死神≒マーロウ説。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.343
(5pt)

死神≒マーロウ説

伊坂幸太郎の『死神の精度』を思い出します。フィリップ・マーロウという「窓口」に次から次へと押し掛ける人々(悪党が多い)。ちょっとズレたやつ(死神、マーロウ)に対する人々のリアクションから、逆にそのズレ具合を味わう小説。読者が死神を、マーロウを、人生の指針(~参考?)としたがる点でも似ています。死神≒マーロウ説。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.342
(5pt)

村上の手にかかると マーロウのイメージが「ハードボイルド性を有する刑事コロンボ」 が ら「人間味を顕在化させた ゴルゴ 13」 に変わる。

清水 俊二訳『長いお別れ』(早川書房)にくらべて、村上の翻訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)は、明らかに原文からは離れているが、読者(わたし)は、村上のほうを 約(訳)1.5倍 くらい楽しむことができました。
  翻訳でどこまで《意訳》が許されるのか? 原著英文にない単語・語句を―――日本語の言い回しの際に―――どこまで加えてよいのか? 英単語の意味を英和辞典からどこまで離れて良いのか? そこは知る由もありませんが、すぐれた翻訳者がひとたび「35年以上も昔の、清水氏の翻訳より、圧倒的にすばらしい作品を創ってやろう!!」と、心に決断すれば、このようになるのだ・・・・・ということがよくわかりました。
  これが「娯楽小説」というカテゴリーにあるのも―――意訳する際の、気分的障壁の高さが低くなる―――それを可能にした一要因だと思う。たとえば、村上が愛してやまないカーヴァーの小説では、このような《意訳》はしなかったし、できなかったでしょう。
  いずれにせよ、村上により、この小説が単なる「娯楽小説」ではなく、文学性を付与された作品になったことは確かである。村上の後出しジャンケンで有利なことは明白ですが、村上は、「どうだい、自分の翻訳は清水より優れているだろ?!」ということを示したかったわけではなく(少しはあるでしょうが)、チャンドラーを単純な「娯楽小説家」のカテゴリーに、ともすれば、入れられていることに疑義があったのでしょう。

【清水と村上の訳は物語のどこを切り取っても、大きな空気感の違いを感じとれるが、以下に、清水と村上の翻訳の違いを明示している5ヵ所を類例として示してみる:村上のチャンドラーに対する愛・敬意、そして先行する清水への並々ならぬ対抗心が感じられる。ただ、マーロウを主とする、会話の翻訳では村上訳の不自然さを、しばしば、感じた。端的に言わせていただけるのなら、会話の表現は清水の方が一枚上手である、と思う。特に、女性とマーロウの濡れ場の会話については、明らかに清水の実生活での場数が勝っている、ことを感じた】

①:第6章、メキシコに逃走を図るテリー・レノックスを無事チュアナの空港に送り届け、自宅に帰っていた主人公マーロウと、尋問に訪れた二人の刑事とのやりとり、の場面。
現実の刑事とのやり取りは、《清水》の方では?と、思ってしまいました。《村上》の方は、現実の会話とすれば、まどろっこしさを感じてしまう。

《清水》『長いお別れ:ページ53、11行目から』

彼らは居間に腰をすえた。私は窓をあけて、風をいれた。しゃべったのはグリーンだった。
「テリー・レノックスという男、知っているだろう」
「ときどき、いっしょに酒を飲んだことがある。エンシノに住んでいて、細君が財産を持ってる。住んでいるところへは行ったことがない」
「ときどきというのはどういう意味だ」
「はっきりいえないね。一週間に一度という意味にもなるし、二ヵ月に一度という意味にもなる」
「細君に会ったか」
「一度、ちらっと会った。結婚する前のことだ」
「彼に最後に会ったのはいつだ。場所はどこだ」
  私はテーブルのパイプをとって、タバコをつめた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ62、末尾から7行目から』

彼らは居間に腰を下ろした。私が窓を開けると微風が入ってきた。しゃべる役はグリーンがつとめた。
「テリー・レノックスという男を知っているね?」
「ときおり一緒に酒を飲む。エンシーノに住んで、金持ちの女房がいる。家を訪れたことはない」
「ときおりというのはどの程度の回数だ?」とグリーンは言った。
「それは曖昧さを意味する表現なんだ。事実曖昧そのものでね。週に一度ということもあれば、二ヵ月に一度ということもある」
「細君に会ったことは?」
「一度だけ、ちらりとね。結婚する前のことだが」
「彼に最後に会ったのはいつで。場所はどこだ?」
  私はエンド・テーブルの上のパイプを手に取り、煙草を詰めた。

②:第11章、主人公マーロウとギャングのボス、メネンデスとの緊迫のやり取りの部分を少し長めに抜粋してみた。

《清水》『長いお別れ:ページ110、9行目から』

「これを忘れてる」と、私はデスクをまわりながらいった。
「半ダースも持ってるんだ」と、彼はひとをばかにしたような口調でいった。
  私は彼のそばへ行って、ケースをさし出した。彼の手がそれを受けとろうとした。「こいつも半ダース食らうか」私はそういいながら、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。
  彼は悲鳴をあげて、からだをまげた。シガレット・ケースが床に落ちた。彼のからだがうしろにさがって、背中が壁にぶっかった。両手が苦しそうに前後にゆれた。呼吸が苦しそうだった。額に汗がにじみ出てきた。
・・・・・・
・・・・・・
「お前をみそこなったよ」と、彼はいった。
「この次は拳銃を持ってこい――――でなければ、おれをチンピラと呼ぶな」
「ピストルは用心棒に持たせてある」
「そいつを連れてこい。そばから離すな」
「お前はなかなか怒らない奴だな、マーロウ」

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ125、末尾から2行目から』

「忘れ物だ」と、私は言って、机を回り込んだ。
「そんなものは半ダース単位で買っている」と彼は馬鹿にしたように言った。
  私はメネンデスのそばへ行き、ケースを差し出した。彼は何気なくそれに手をのばした。「こういうのも半ダース単位でどうだ?」と私は言い、相手の腹の真ん中に思いっきりきつい一発をたたき込んだ。
  彼はうめきながら、身体を二つに折った。煙草ケースが床に落ちた。壁にもたれかかり、両手をぴくぴくと前後に痙攣させた。肺に空気を吸い込もうとしてあえいでいた。汗が流れた。
・・・・・・
・・・・・・
「そんなに肝っ玉あるとは思わなかったぜ」と彼は言った。
「次は銃を持ってくるんだな。そうじゃなければ、私をはんちくと呼ぶな」
「俺は銃を持つ人間を雇っている」
「じゃあそいつをそばから離すな」
「お前、腹を立てるのにやたら手間のかかるやつだな」

③:第49章の最終部。レノックの妻、尻軽女シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウとの “睦み合い” の会話。
  この部分は、一見すると、《村上》の訳が優れているように見える(読める)が、現実(実生活)に女性経験が豊富な翻訳者は《清水》の方でしょう(このような場面での、現実の男女の会話は、以外にシンプルですものね。女性なら、何となくわかりますもの・・・)。

《清水》『長いお別れ:ページ509、最後から3行目からお終いまで』

「とても私を愛してる? それとも、いっしょに寝れば愛してくれる?」
「好きになりそうだな」
「むりにいっしょに寝ないでもいいのよ。ぜひにとはいっていないのよ」
「ありがとう」
「シャンペンをちょうだいな」
「お金をいくら持っている」
「全部で? そんなこと、知ってるはずがないわ。八百万ドルぐらいよ」
「いっしょに寝ることにきめた」
「お金が目当てなのね」と、彼女はいった。
「シャンペンをおごったぜ」
「シャンペンなんか、なにさ」と、彼女はいった。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ566、最初からお終いまで』

「私のことを心から愛してくれる? それともあなたとベッドを共にしたら、心から愛してもらえるのかしら?」
「おそらく」
「私とベッドに行く必要はないのよ。無理に迫っているわけじゃないんだから」
「ありがたいことだ」
「シャンパンが飲みたいわ」
「君にはどれくらい財産がある?」
「全部で? どれくらいかしら。たぶん八百万ドル前後ね」
「君とベッドに行くことにした」
「金のためなら何でもやる」と彼女は言った。
「シャンパンは自腹を切ったぜ」
「シャンパンくらい何よ」と彼女は言った。

④:第50章の最終部。シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウが性行為を終え、その後、ベッドのそばの椅子に腰かけての会話。
  この部分も、女性経験が豊富な翻訳者、《清水》の方が上手のような気がする。

《清水》『長いお別れ:ページ514、最後から2行目から』

「なぜこんなことをしたのか、わからないわ」と、彼女はいった。「でも、お願いだから、女はいつも自分のしていることがわかっていないなんていわないでちょうだい」
私は彼女のグラスにシャンペンを注ぎなおして、笑って見せた。彼女はグラスにゆっくり口をつけて、向こうを向くと、私の膝にからだを倒した。
「つかれたわ」と、彼女はいった。「こんどは抱いていってちょうだいね」
しばらくしてから、彼女は眠りにおちた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ571、2行目から』

「どうしてこんなことしちゃったのかしら」と彼女は言った。「でもお願いだから、女というものは自分でも理由がわからないことをするもんだ、なんて言わないね」
私はグラスにシャンパンを注ぎ直し、笑った。彼女はそれをそろそろと飲み、むこう向きになって、私の膝にもたれかかった。
「疲れたわ」と彼女は言った。「抱いて運んでいってほしい」
少し後で彼女は眠りについた。

⑤: 第53最終章、主人公マーロウと死んだはずのテリーの、本当(最後)の別れのシーン。

《清水》『長いお別れ:ページ536、2行目から』

「何もかもわかっているんだ、テリー。君はいろいろな意味でいい人間なんだ。ぼくは君に批判をくだしているわけじゃない。いままでだって批判なんかしなかった。ただ、もういままでの君とはちがうというだけのことだ。ぼくが知っていた君は遠くへ去ってしまった。しゃれた服を着て、香水を匂わせて、まるで五十ドルの淫売みたいにエレガントだぜ」
「芝居だよ」と、訴えるような口調でいった。
「芝居を楽しんでいるんだろう」
彼は唇をまげて、さびしそうに笑った。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ539、7行目から』

「それはよくわかっているよ、テリー。君はいろいろな意味でとても感じのいいやつだ。私は何も君の是非をはかっているわけじゃない。君を責めたことなど一度もない。ただ君はもうここにはいない人間なのだと言っているだけさ。君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ」
「こんなものただの見せかけだ」と彼はすがりつくようにいった。
「しかし、その見せかけを楽しんでもいる。そうだろう?」
彼はあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮べた。

感想:②,⑤は村上訳が優れていると思うが、①と③、そして④は、ちょっと見、村上訳が上手に見えるかもしれないが、①:取り調べに来た刑事とのやりとり、③と④:現実の男と女の睦み事、という状況では清水訳の会話の方が自然だと思いました。
  刑事さんとのやり取り、女性と男性との睦み合い、レビュアーはいずれも、想像するしか術はないのですが・・・・・
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.341
(5pt)

村上の手にかかると マーロウのイメージが「ハードボイルド性を有する刑事コロンボ」 が ら「人間味を顕在化させた ゴルゴ 13」 に変わる。

清水 俊二訳『長いお別れ』(早川書房)にくらべて、村上の翻訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)は、明らかに原文からは離れているが、読者(わたし)は、村上のほうを 約(訳)1.5倍 くらい楽しむことができました。
  翻訳でどこまで《意訳》が許されるのか? 原著英文にない単語・語句を―――日本語の言い回しの際に―――どこまで加えてよいのか? 英単語の意味を英和辞典からどこまで離れて良いのか? そこは知る由もありませんが、すぐれた翻訳者がひとたび「35年以上も昔の、清水氏の翻訳より、圧倒的にすばらしい作品を創ってやろう!!」と、心に決断すれば、このようになるのだ・・・・・ということがよくわかりました。
  これが「娯楽小説」というカテゴリーにあるのも―――意訳する際の、気分的障壁の高さが低くなる―――それを可能にした一要因だと思う。たとえば、村上が愛してやまないカーヴァーの小説では、このような《意訳》はしなかったし、できなかったでしょう。
  いずれにせよ、村上により、この小説が単なる「娯楽小説」ではなく、文学性を付与された作品になったことは確かである。村上の後出しジャンケンで有利なことは明白ですが、村上は、「どうだい、自分の翻訳は清水より優れているだろ?!」ということを示したかったわけではなく(少しはあるでしょうが)、チャンドラーを単純な「娯楽小説家」のカテゴリーに、ともすれば、入れられていることに疑義があったのでしょう。

【清水と村上の訳は物語のどこを切り取っても、大きな空気感の違いを感じとれるが、以下に、清水と村上の翻訳の違いを明示している5ヵ所を類例として示してみる:村上のチャンドラーに対する愛・敬意、そして先行する清水への並々ならぬ対抗心が感じられる。ただ、マーロウを主とする、会話の翻訳では村上訳の不自然さを、しばしば、感じた。端的に言わせていただけるのなら、会話の表現は清水の方が一枚上手である、と思う。特に、女性とマーロウの濡れ場の会話については、明らかに清水の実生活での場数が勝っている、ことを感じた】

①:第6章、メキシコに逃走を図るテリー・レノックスを無事チュアナの空港に送り届け、自宅に帰っていた主人公マーロウと、尋問に訪れた二人の刑事とのやりとり、の場面。
現実の刑事とのやり取りは、《清水》の方では?と、思ってしまいました。《村上》の方は、現実の会話とすれば、まどろっこしさを感じてしまう。

《清水》『長いお別れ:ページ53、11行目から』

彼らは居間に腰をすえた。私は窓をあけて、風をいれた。しゃべったのはグリーンだった。
「テリー・レノックスという男、知っているだろう」
「ときどき、いっしょに酒を飲んだことがある。エンシノに住んでいて、細君が財産を持ってる。住んでいるところへは行ったことがない」
「ときどきというのはどういう意味だ」
「はっきりいえないね。一週間に一度という意味にもなるし、二ヵ月に一度という意味にもなる」
「細君に会ったか」
「一度、ちらっと会った。結婚する前のことだ」
「彼に最後に会ったのはいつだ。場所はどこだ」
  私はテーブルのパイプをとって、タバコをつめた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ62、末尾から7行目から』

彼らは居間に腰を下ろした。私が窓を開けると微風が入ってきた。しゃべる役はグリーンがつとめた。
「テリー・レノックスという男を知っているね?」
「ときおり一緒に酒を飲む。エンシーノに住んで、金持ちの女房がいる。家を訪れたことはない」
「ときおりというのはどの程度の回数だ?」とグリーンは言った。
「それは曖昧さを意味する表現なんだ。事実曖昧そのものでね。週に一度ということもあれば、二ヵ月に一度ということもある」
「細君に会ったことは?」
「一度だけ、ちらりとね。結婚する前のことだが」
「彼に最後に会ったのはいつで。場所はどこだ?」
  私はエンド・テーブルの上のパイプを手に取り、煙草を詰めた。

②:第11章、主人公マーロウとギャングのボス、メネンデスとの緊迫のやり取りの部分を少し長めに抜粋してみた。

《清水》『長いお別れ:ページ110、9行目から』

「これを忘れてる」と、私はデスクをまわりながらいった。
「半ダースも持ってるんだ」と、彼はひとをばかにしたような口調でいった。
  私は彼のそばへ行って、ケースをさし出した。彼の手がそれを受けとろうとした。「こいつも半ダース食らうか」私はそういいながら、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。
  彼は悲鳴をあげて、からだをまげた。シガレット・ケースが床に落ちた。彼のからだがうしろにさがって、背中が壁にぶっかった。両手が苦しそうに前後にゆれた。呼吸が苦しそうだった。額に汗がにじみ出てきた。
・・・・・・
・・・・・・
「お前をみそこなったよ」と、彼はいった。
「この次は拳銃を持ってこい――――でなければ、おれをチンピラと呼ぶな」
「ピストルは用心棒に持たせてある」
「そいつを連れてこい。そばから離すな」
「お前はなかなか怒らない奴だな、マーロウ」

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ125、末尾から2行目から』

「忘れ物だ」と、私は言って、机を回り込んだ。
「そんなものは半ダース単位で買っている」と彼は馬鹿にしたように言った。
  私はメネンデスのそばへ行き、ケースを差し出した。彼は何気なくそれに手をのばした。「こういうのも半ダース単位でどうだ?」と私は言い、相手の腹の真ん中に思いっきりきつい一発をたたき込んだ。
  彼はうめきながら、身体を二つに折った。煙草ケースが床に落ちた。壁にもたれかかり、両手をぴくぴくと前後に痙攣させた。肺に空気を吸い込もうとしてあえいでいた。汗が流れた。
・・・・・・
・・・・・・
「そんなに肝っ玉あるとは思わなかったぜ」と彼は言った。
「次は銃を持ってくるんだな。そうじゃなければ、私をはんちくと呼ぶな」
「俺は銃を持つ人間を雇っている」
「じゃあそいつをそばから離すな」
「お前、腹を立てるのにやたら手間のかかるやつだな」

③:第49章の最終部。レノックの妻、尻軽女シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウとの “睦み合い” の会話。
  この部分は、一見すると、《村上》の訳が優れているように見える(読める)が、現実(実生活)に女性経験が豊富な翻訳者は《清水》の方でしょう(このような場面での、現実の男女の会話は、以外にシンプルですものね。女性なら、何となくわかりますもの・・・)。

《清水》『長いお別れ:ページ509、最後から3行目からお終いまで』

「とても私を愛してる? それとも、いっしょに寝れば愛してくれる?」
「好きになりそうだな」
「むりにいっしょに寝ないでもいいのよ。ぜひにとはいっていないのよ」
「ありがとう」
「シャンペンをちょうだいな」
「お金をいくら持っている」
「全部で? そんなこと、知ってるはずがないわ。八百万ドルぐらいよ」
「いっしょに寝ることにきめた」
「お金が目当てなのね」と、彼女はいった。
「シャンペンをおごったぜ」
「シャンペンなんか、なにさ」と、彼女はいった。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ566、最初からお終いまで』

「私のことを心から愛してくれる? それともあなたとベッドを共にしたら、心から愛してもらえるのかしら?」
「おそらく」
「私とベッドに行く必要はないのよ。無理に迫っているわけじゃないんだから」
「ありがたいことだ」
「シャンパンが飲みたいわ」
「君にはどれくらい財産がある?」
「全部で? どれくらいかしら。たぶん八百万ドル前後ね」
「君とベッドに行くことにした」
「金のためなら何でもやる」と彼女は言った。
「シャンパンは自腹を切ったぜ」
「シャンパンくらい何よ」と彼女は言った。

④:第50章の最終部。シルビアの姉、ミセス ローリングとマーロウが性行為を終え、その後、ベッドのそばの椅子に腰かけての会話。
  この部分も、女性経験が豊富な翻訳者、《清水》の方が上手のような気がする。

《清水》『長いお別れ:ページ514、最後から2行目から』

「なぜこんなことをしたのか、わからないわ」と、彼女はいった。「でも、お願いだから、女はいつも自分のしていることがわかっていないなんていわないでちょうだい」
私は彼女のグラスにシャンペンを注ぎなおして、笑って見せた。彼女はグラスにゆっくり口をつけて、向こうを向くと、私の膝にからだを倒した。
「つかれたわ」と、彼女はいった。「こんどは抱いていってちょうだいね」
しばらくしてから、彼女は眠りにおちた。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ571、2行目から』

「どうしてこんなことしちゃったのかしら」と彼女は言った。「でもお願いだから、女というものは自分でも理由がわからないことをするもんだ、なんて言わないね」
私はグラスにシャンパンを注ぎ直し、笑った。彼女はそれをそろそろと飲み、むこう向きになって、私の膝にもたれかかった。
「疲れたわ」と彼女は言った。「抱いて運んでいってほしい」
少し後で彼女は眠りについた。

⑤: 第53最終章、主人公マーロウと死んだはずのテリーの、本当(最後)の別れのシーン。

《清水》『長いお別れ:ページ536、2行目から』

「何もかもわかっているんだ、テリー。君はいろいろな意味でいい人間なんだ。ぼくは君に批判をくだしているわけじゃない。いままでだって批判なんかしなかった。ただ、もういままでの君とはちがうというだけのことだ。ぼくが知っていた君は遠くへ去ってしまった。しゃれた服を着て、香水を匂わせて、まるで五十ドルの淫売みたいにエレガントだぜ」
「芝居だよ」と、訴えるような口調でいった。
「芝居を楽しんでいるんだろう」
彼は唇をまげて、さびしそうに笑った。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ539、7行目から』

「それはよくわかっているよ、テリー。君はいろいろな意味でとても感じのいいやつだ。私は何も君の是非をはかっているわけじゃない。君を責めたことなど一度もない。ただ君はもうここにはいない人間なのだと言っているだけさ。君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ」
「こんなものただの見せかけだ」と彼はすがりつくようにいった。
「しかし、その見せかけを楽しんでもいる。そうだろう?」
彼はあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮べた。

感想:②,⑤は村上訳が優れていると思うが、①と③、そして④は、ちょっと見、村上訳が上手に見えるかもしれないが、①:取り調べに来た刑事とのやりとり、③と④:現実の男と女の睦み事、という状況では清水訳の会話の方が自然だと思いました。
  刑事さんとのやり取り、女性と男性との睦み合い、レビュアーはいずれも、想像するしか術はないのですが・・・・・
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.340
(5pt)

村上の手にかかると 「ハードボイルド性を有する刑事コロンボ」 が 「人間味を顕在化させた ゴルゴ 13」 に変身する

清水 俊二訳『長いお別れ』(早川書房)にくらべて、村上の翻訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)は、明らかに原文からは離れているが、読者(わたし)は、村上のほうを 約(訳)1.5倍 くらい楽しむことができました。
  翻訳でどこまで《意訳》が許されるのか? 原著英文にない単語・語句を―――日本語の言い回しの際に―――どこまで加えてよいのか? 英単語の意味を英和辞典からどこまで離れて良いのか? そこは知る由もありませんが、すぐれた翻訳者がひとたび「35年以上も昔の、清水氏の翻訳より、圧倒的にすばらしい作品を創ってやろう!!」と、心に決断すれば、このようになるのだ・・・・・ということがよくわかりました。
  これが「娯楽小説」というカテゴリーにあるのも―――意訳する際の、気分的障壁の高さが低くなる―――それを可能にした一要因だと思う。たとえば、村上が愛してやまないカーヴァーの小説では、このような《意訳》はしなかったし、できなかったでしょう。
  いずれにせよ、村上により、この小説が単なる「娯楽小説」ではなく、文学性を付与された作品になったことは確かである。村上の後出しジャンケンで有利なことは明白ですが、村上は、「どうだい、自分の翻訳は清水より優れているだろ?!」ということを示したかったわけではなく(少しはあるでしょうが)、チャンドラーを単純な「娯楽小説家」のカテゴリーに、ともすれば、入れられていることに疑義があったのでしょう。

【清水と村上の訳は物語のどこを切り取っても、大きな空気感の違いを感じとれるが、以下に、清水と村上の翻訳の違いを明示している、2例を示す:村上のチャンドラーに対する愛・敬意が感じられる】
① 第11章、主人公マーロウとギャングのボス、メネンデスとの緊迫のやり取りの部分を少し長めに抜粋してみた。

《清水》『長いお別れ:ページ110、9行目から』
「これを忘れてる」と、私はデスクをまわりながらいった。
「半ダースも持ってるんだ」と、彼はひとをばかにしたような口調でいった。
  私は彼のそばへ行って、ケースをさし出した。彼の手がそれを受けとろうとした。「こいつも半ダース食らうか」私はそういいながら、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。
  彼は悲鳴をあげて、からだをまげた。シガレット・ケースが床に落ちた。彼のからだがうしろにさがって、背中が壁にぶっかった。両手が苦しそうに前後にゆれた。呼吸が苦しそうだった。額に汗がにじみ出てきた。
・・・・・・
・・・・・・
「お前をみそこなったよ」と、彼はいった。
「この次は拳銃を持ってこい――――でなければ、おれをチンピラと呼ぶな」
「ピストルは用心棒に持たせてある」
「そいつを連れてこい。そばから離すな」
「お前はなかなか怒らない奴だな、マーロウ」

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ125、末尾から2行目から』
「忘れ物だ」と、私は言って、机を回り込んだ。
「そんなものは半ダース単位で買っている」と彼は馬鹿にしたように言った。
  私はメネンデスのそばへ行き、ケースを差し出した。彼は何気なくそれに手をのばした。「こういうのも半ダース単位でどうだ?」と私は言い、相手の腹の真ん中に思いっきりきつい一発をたたき込んだ。
  彼はうめきながら、身体を二つに折った。煙草ケースが床に落ちた。壁にもたれかかり、両手をぴくぴくと前後に痙攣させた。肺に空気を吸い込もうとしてあえいでいた。汗が流れた。
・・・・・・
・・・・・・
「そんなに肝っ玉あるとは思わなかったぜ」と彼は言った。
「次は銃を持ってくるんだな。そうじゃなければ、私をはんちくと呼ぶな」
「俺は銃を持つ人間を雇っている」
「じゃあそいつをそばから離すな」
「お前、腹を立てるのにやたら手間のかかるやつだな」

② 第53最終章、主人公マーロウと死んだはずのテリーの、本当の別れのシーン。

《清水》『長いお別れ:ページ536、2行目から』
「何もかもわかっているんだ、テリー。君はいろいろな意味でいい人間なんだ。ぼくは君に批判をくだしているわけじゃない。いままでだって批判なんかしなかった。ただ、もういままでの君とはちがうというだけのことだ。ぼくが知っていた君は遠くへ去ってしまった。しゃれた服を着て、香水を匂わせて、まるで五十ドルの淫売みたいにエレガントだぜ」
「芝居だよ」と、訴えるような口調でいった。
「芝居を楽しんでいるんだろう」
彼は唇をまげて、さびしそうに笑った。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ539、7行目から』
「それはよくわかっているよ、テリー。君はいろいろな意味でとても感じのいいやつだ。私は何も君の是非をはかっているわけじゃない。君を責めたことなど一度もない。ただ君はもうここにはいない人間なのだと言っているだけさ。君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ」
「こんなものただの見せかけだ」と彼はすがりつくようにいった。
「しかし、その見せかけを楽しんでもいる。そうだろう?」
彼はあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮べた。攣
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.339
(5pt)

村上の手にかかると 「ハードボイルド性を有する刑事コロンボ」 が 「人間味を顕在化させた ゴルゴ 13」 に変身する

清水 俊二訳『長いお別れ』(早川書房)にくらべて、村上の翻訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)は、明らかに原文からは離れているが、読者(わたし)は、村上のほうを 約(訳)1.5倍 くらい楽しむことができました。
  翻訳でどこまで《意訳》が許されるのか? 原著英文にない単語・語句を―――日本語の言い回しの際に―――どこまで加えてよいのか? 英単語の意味を英和辞典からどこまで離れて良いのか? そこは知る由もありませんが、すぐれた翻訳者がひとたび「35年以上も昔の、清水氏の翻訳より、圧倒的にすばらしい作品を創ってやろう!!」と、心に決断すれば、このようになるのだ・・・・・ということがよくわかりました。
  これが「娯楽小説」というカテゴリーにあるのも―――意訳する際の、気分的障壁の高さが低くなる―――それを可能にした一要因だと思う。たとえば、村上が愛してやまないカーヴァーの小説では、このような《意訳》はしなかったし、できなかったでしょう。
  いずれにせよ、村上により、この小説が単なる「娯楽小説」ではなく、文学性を付与された作品になったことは確かである。村上の後出しジャンケンで有利なことは明白ですが、村上は、「どうだい、自分の翻訳は清水より優れているだろ?!」ということを示したかったわけではなく(少しはあるでしょうが)、チャンドラーを単純な「娯楽小説家」のカテゴリーに、ともすれば、入れられていることに疑義があったのでしょう。

【清水と村上の訳は物語のどこを切り取っても、大きな空気感の違いを感じとれるが、以下に、清水と村上の翻訳の違いを明示している、2例を示す:村上のチャンドラーに対する愛・敬意が感じられる】
① 第11章、主人公マーロウとギャングのボス、メネンデスとの緊迫のやり取りの部分を少し長めに抜粋してみた。

《清水》『長いお別れ:ページ110、9行目から』
「これを忘れてる」と、私はデスクをまわりながらいった。
「半ダースも持ってるんだ」と、彼はひとをばかにしたような口調でいった。
  私は彼のそばへ行って、ケースをさし出した。彼の手がそれを受けとろうとした。「こいつも半ダース食らうか」私はそういいながら、彼の腹を力いっぱい殴りつけた。
  彼は悲鳴をあげて、からだをまげた。シガレット・ケースが床に落ちた。彼のからだがうしろにさがって、背中が壁にぶっかった。両手が苦しそうに前後にゆれた。呼吸が苦しそうだった。額に汗がにじみ出てきた。
・・・・・・
・・・・・・
「お前をみそこなったよ」と、彼はいった。
「この次は拳銃を持ってこい――――でなければ、おれをチンピラと呼ぶな」
「ピストルは用心棒に持たせてある」
「そいつを連れてこい。そばから離すな」
「お前はなかなか怒らない奴だな、マーロウ」

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ125、末尾から2行目から』
「忘れ物だ」と、私は言って、机を回り込んだ。
「そんなものは半ダース単位で買っている」と彼は馬鹿にしたように言った。
  私はメネンデスのそばへ行き、ケースを差し出した。彼は何気なくそれに手をのばした。「こういうのも半ダース単位でどうだ?」と私は言い、相手の腹の真ん中に思いっきりきつい一発をたたき込んだ。
  彼はうめきながら、身体を二つに折った。煙草ケースが床に落ちた。壁にもたれかかり、両手をぴくぴくと前後に痙攣させた。肺に空気を吸い込もうとしてあえいでいた。汗が流れた。
・・・・・・
・・・・・・
「そんなに肝っ玉あるとは思わなかったぜ」と彼は言った。
「次は銃を持ってくるんだな。そうじゃなければ、私をはんちくと呼ぶな」
「俺は銃を持つ人間を雇っている」
「じゃあそいつをそばから離すな」
「お前、腹を立てるのにやたら手間のかかるやつだな」

② 第53最終章、主人公マーロウと死んだはずのテリーの、本当の別れのシーン。

《清水》『長いお別れ:ページ536、2行目から』
「何もかもわかっているんだ、テリー。君はいろいろな意味でいい人間なんだ。ぼくは君に批判をくだしているわけじゃない。いままでだって批判なんかしなかった。ただ、もういままでの君とはちがうというだけのことだ。ぼくが知っていた君は遠くへ去ってしまった。しゃれた服を着て、香水を匂わせて、まるで五十ドルの淫売みたいにエレガントだぜ」
「芝居だよ」と、訴えるような口調でいった。
「芝居を楽しんでいるんだろう」
彼は唇をまげて、さびしそうに笑った。

《村上》『ロング・グッドバイ:ページ539、7行目から』
「それはよくわかっているよ、テリー。君はいろいろな意味でとても感じのいいやつだ。私は何も君の是非をはかっているわけじゃない。君を責めたことなど一度もない。ただ君はもうここにはいない人間なのだと言っているだけさ。君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ」
「こんなものただの見せかけだ」と彼はすがりつくようにいった。
「しかし、その見せかけを楽しんでもいる。そうだろう?」
彼はあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮べた。攣
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.338
(5pt)

村上春樹訳ではシリーズ最初の翻訳だが、シリーズでは6作目で最高傑作と言われる作品

フィリップ・マーロウ シリーズ6作目であり
シリーズの中で最高傑作と言われている。

話の筋はミステリということでネタバレしないために
触れないレビューとして、
これからフィリップ・マーロウ
のシリーズを読む方へ役立つことを書きますね。

本書を読んで「村上春樹の文章のようだ!」と驚いたのだが
チャンドラーの文体を村上春樹が学んで真似たのだから
こちらが元ネタだったんですね。

本書には村上春樹の50ページほどの解説文もあり
こちらも楽しめる。

いまとなってはフィリップ・マーロウの長編 全7作品ともに
村上春樹が翻訳してます。

なので、フィリップ・マーロウのシリーズ順に読むことができます。

一方、村上春樹が翻訳した順番はシリーズ順ではありません。
おそらく村上春樹が好きな作品順なのかと思います。

読む順番としては、シリーズ順でなくても大丈夫なので
(前作のネタバレとかは作中にない)
最高傑作と呼ばれる本作から読んでも平気ですし、それがオススメです。

ちなみに
村上春樹が翻訳した順番は下記の通り
ロング・グッドバイ(6作目)
さようなら、愛しい人(2作目)
リトル・シスター(5作目)
大いなる眠り(1作目)
高い窓(4作目)
プレイバック(7作目)

村上春樹 翻訳順で読むのも良いかもしれません。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.337
(4pt)

何度でも。

清水俊二氏の訳を若い頃から何度も読んで、これは言わば私の座右の書なもので、
村上春樹氏は優秀な小説家でありチャンドラーのよき理解者だということは百も承知ですが、
オリジナルのイメージが壊れるのが怖くて長らく読みませんでした。
しかし、そろそろ老眼の度も進んできて、読み残したものはないか、と考えているうちに、
おっかなびっくり手に取りました。
で、どうだったか、というと「うーむ、なるほど」と思った部分と、「いやここは清水さんでしょ」
という部分と半分半分かな。結論としては読んでよかった、と思います。
なんじゃこの訳は、という翻訳小説が多い中で、どちらも掛け値なしに名訳であることは間違いありません。
あるいは、訳者の違いを味わえる原文の味の深さを改めて知った、ということでもありましょうか。
しかし、この本でもう一つ私が非常に感銘を受けたのは、村上氏が書いた長文の「あとがき」です。
これは「村上春樹のレイモンドチャンドラー論」ともいうべきもので、氏のチャンドラーに対する思い、
訳にあたっての考えがまるでほとばしるように滔々と語られ、これを読むと、読み終わったばかりのこの小説を
すぐさま最初からまた読み直したくなります。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.336
(5pt)

村上春樹訳ではシリーズ最初の翻訳だが、シリーズでは6作目で最高傑作と言われる作品

フィリップ・マーロウ シリーズ6作目であり
シリーズの中で最高傑作と言われている。

話の筋はミステリということでネタバレしないために
触れないレビューとして、
これからフィリップ・マーロウ
のシリーズを読む方へ役立つことを書きますね。

本書を読んで「村上春樹の文章のようだ!」と驚いたのだが
チャンドラーの文体を村上春樹が学んで真似たのだから
こちらが元ネタだったんですね。

本書には村上春樹の50ページほどの解説文もあり
こちらも楽しめる。

いまとなってはフィリップ・マーロウの長編 全7作品ともに
村上春樹が翻訳してます。

なので、フィリップ・マーロウのシリーズ順に読むことができます。

一方、村上春樹が翻訳した順番はシリーズ順ではありません。
おそらく村上春樹が好きな作品順なのかと思います。

読む順番としては、シリーズ順でなくても大丈夫なので
(前作のネタバレとかは作中にない)
最高傑作と呼ばれる本作から読んでも平気ですし、それがオススメです。

ちなみに
村上春樹が翻訳した順番は下記の通り
ロング・グッドバイ(6作目)
さようなら、愛しい人(2作目)
リトル・シスター(5作目)
大いなる眠り(1作目)
高い窓(4作目)
プレイバック(7作目)

村上春樹 翻訳順で読むのも良いかもしれません。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.335
(4pt)

何度でも。

清水俊二氏の訳を若い頃から何度も読んで、これは言わば私の座右の書なもので、
村上春樹氏は優秀な小説家でありチャンドラーのよき理解者だということは百も承知ですが、
オリジナルのイメージが壊れるのが怖くて長らく読みませんでした。
しかし、そろそろ老眼の度も進んできて、読み残したものはないか、と考えているうちに、
おっかなびっくり手に取りました。
で、どうだったか、というと「うーむ、なるほど」と思った部分と、「いやここは清水さんでしょ」
という部分と半分半分かな。結論としては読んでよかった、と思います。
なんじゃこの訳は、という翻訳小説が多い中で、どちらも掛け値なしに名訳であることは間違いありません。
あるいは、訳者の違いを味わえる原文の味の深さを改めて知った、ということでもありましょうか。
しかし、この本でもう一つ私が非常に感銘を受けたのは、村上氏が書いた長文の「あとがき」です。
これは「村上春樹のレイモンドチャンドラー論」ともいうべきもので、氏のチャンドラーに対する思い、
訳にあたっての考えがまるでほとばしるように滔々と語られ、これを読むと、読み終わったばかりのこの小説を
すぐさま最初からまた読み直したくなります。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.334
(1pt)

消防署心の川柳 「読みにくい 小説書くな このアホが!」

この小説は読みにくいです。本当に読みにくいです。拷問にこの小説を読ませる、ということも可能なんじゃないか?と思うくらいの読みにくさです。内容以前に読みにくいのです。例えるなら、あまりにも固い食物を食べて感想を言え、と言われているようなもので、「味以前に食えねーよ!」と言いたいです!みなさんのレビューを拝見させてもらっても、絶賛の嵐なんですが、本当に皆さんはこんな読みにくい小説を最後まで読み切ったんですか?「名作の権威」に押されて、それらしい賛辞を並べている人が多いような気がしてなりません。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))より
4150704511
No.333
(1pt)

消防署心の川柳 「読みにくい 小説書くな このアホが!」

この小説は読みにくいです。本当に読みにくいです。拷問にこの小説を読ませる、ということも可能なんじゃないか?と思うくらいの読みにくさです。内容以前に読みにくいのです。例えるなら、あまりにも固い食物を食べて感想を言え、と言われているようなもので、「味以前に食えねーよ!」と言いたいです!みなさんのレビューを拝見させてもらっても、絶賛の嵐なんですが、本当に皆さんはこんな読みにくい小説を最後まで読み切ったんですか?「名作の権威」に押されて、それらしい賛辞を並べている人が多いような気がしてなりません。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.332
(5pt)

ハードボイルドな気分に1人浸りたい誰かへ

"私はロマンティックなんだよ。バーニー。夜中に誰かが泣く声が聞こえると、いったい何だろうと思って足を運んでみる。(中略)だから君は優秀な警官であり、私はしがない私立探偵なんだ。"訳者の熱い想いが込められて2007年に新訳された本書はハードボイルドの準古典とは言え、まったく古さを感じさせない‬。

個人的には、別訳の【グレート・ギャツビー】の印象がとても良かったので、今回あらためて手にとったのですが。ストーリーとしてはなるほど、今となっては、ある意味で【よくある話】なのですが(もっともこちらが元祖と言う方がより正確なのでしょうが)それより、クールで、ちょっとエキセントリック?な語り手役の私立探偵のフィリップ・マーロウの魅力的な台詞はもちろん、登場人物全員それぞれが生き生きと、ありえないほど【よく書かれていて】ページの厚さも気にならずに、ぐいぐいと引き込まれました。(60pにわたって後書きで本書の魅力を語る訳者の真摯な翻訳にも感謝)

訳者の【羊をめぐる冒険】、ドラマ【探偵物語】、アニメ【カウボーイビバップ】などジャンルは違っても多くの追随者や、影響を受けたオマージュ作品が誕生したのも納得の名作ですね。

"さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。""ギムレットを飲むには少し早すぎるね"花金に、いつもの居酒屋ではなく、薄暗い照明のバーで、ハードボイルドな気分に1人浸りたい誰かに、また村上春樹ファンな誰かにオススメ。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.331
(5pt)

ハードボイルドな気分に1人浸りたい誰かへ

"私はロマンティックなんだよ。バーニー。夜中に誰かが泣く声が聞こえると、いったい何だろうと思って足を運んでみる。(中略)だから君は優秀な警官であり、私はしがない私立探偵なんだ。"訳者の熱い想いが込められて2007年に新訳された本書はハードボイルドの準古典とは言え、まったく古さを感じさせない‬。

個人的には、別訳の【グレート・ギャツビー】の印象がとても良かったので、今回あらためて手にとったのですが。ストーリーとしてはなるほど、今となっては、ある意味で【よくある話】なのですが(もっともこちらが元祖と言う方がより正確なのでしょうが)それより、クールで、ちょっとエキセントリック?な語り手役の私立探偵のフィリップ・マーロウの魅力的な台詞はもちろん、登場人物全員それぞれが生き生きと、ありえないほど【よく書かれていて】ページの厚さも気にならずに、ぐいぐいと引き込まれました。(60pにわたって後書きで本書の魅力を語る訳者の真摯な翻訳にも感謝)

訳者の【羊をめぐる冒険】、ドラマ【探偵物語】、アニメ【カウボーイビバップ】などジャンルは違っても多くの追随者や、影響を受けたオマージュ作品が誕生したのも納得の名作ですね。

"さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。""ギムレットを飲むには少し早すぎるね"花金に、いつもの居酒屋ではなく、薄暗い照明のバーで、ハードボイルドな気分に1人浸りたい誰かに、また村上春樹ファンな誰かにオススメ。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.330
(4pt)

美しいテーマ。しびれる小説。

準古典ミステリーの傑作。とにかく厚い本です。
村上春樹の訳で読んだので、小洒落た文体でジャズのように
心地よく酔えました。
登場人物がやたらと多いし、真犯人を隠すためのミスリードの
仕掛けも多いです。
でも、犯人がたったひとつのことのために、色々と実行
したことが最後に判り、そのテーマの美しさに震えました。
特に最後の数ページはしびれます。最高にカッコよかった。
フィリップ・マーロウじゃなくて、この小説が、です。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.329
(4pt)

美しいテーマ。しびれる小説。

準古典ミステリーの傑作。とにかく厚い本です。
村上春樹の訳で読んだので、小洒落た文体でジャズのように
心地よく酔えました。
登場人物がやたらと多いし、真犯人を隠すためのミスリードの
仕掛けも多いです。
でも、犯人がたったひとつのことのために、色々と実行
したことが最後に判り、そのテーマの美しさに震えました。
特に最後の数ページはしびれます。最高にカッコよかった。
フィリップ・マーロウじゃなくて、この小説が、です。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.328
(5pt)

女子供にゃ分かるまい(・・・言っちゃった)

レイモンド・チャンドラーが描くマーロウ・シリーズの代表作です。
意外なことに本書を読めば、これまでのハードボイルドの概念が覆されます。

【感傷的な友情】
マーロウは、生活も人格も破綻したかのようなレノックスと奇妙な友情を結ぶ。
脅迫し揺さぶる者たちによって、逆に感傷的な深みにはまっていく男の一途さ。

【世相に切り込む】
国家権力・マスコミ・大衆世論・・・退廃したこれら諸問題に辛辣な意見を放つ。
ほどよいところで切り上げたところが、能書きとインテリジェンスの違い。

【男らしさの幻】
マーロウは幾つもの窮地をくぐり抜け、探偵としての本分を果たしてみせる。
偏狭な美学に基づく非功利的な(バカげた)行動を通じて結果的には実利を享受。
昨今では評判の悪い「男らしさ」も、不思議と理にかなった行動原理に映る。

乾いた文体にストイックな独自規範、随所に散りばめられた知性と大人の遊び心。
そして読み終えた後にも、すぐに気になった細部を読み返してしまう中毒性。
私のような中年男の心を捉えて離さない傑作、こんなのめったとお目にかかれない。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103