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緑衣の女
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緑衣の女の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.21pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全47件 41~47 3/3ページ
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アイスランドのミステリーを読んだのは2冊目(1冊目はインドリダソンの「湿地」)。この「緑衣の女」は何とも言えない土臭さに付きまとわれ怖さで途中何度も読み止まったが、柳沢さんの読み易い翻訳に助けられ一気に読み終えた。どうしてもはっきりと読みたくないところはスーと読み飛ばせるが、翻訳者はそういう訳にはいかなかったでしょう。 | ||||
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CWAゴールドダガー賞、ガラスの鍵賞、両賞受賞納得の面白さである。 <床に座った子どもがしゃぶっているものを見て、若者はすぐにそれが人間の骨だと思った。> この巻頭一行目で読者を物語に一気に引き込むアイスランドの作家インドリダソンは手練れの大ベストセラー作家なのだ。同じくガラスの鍵賞受賞作「湿地」(東京創元社)で日本デヴューし絶賛されたレイキャベク警察犯罪捜査官エーレンデュルシリーズの2冊目の登場である。 物語はストレートに見えながら現在と過去が錯綜し、すべての家族の暗い陰があらわになる。 子どもがしゃぶっていた人骨が古い地層から発見されるが、それは誰のものなのか。 同時に語られるエーレンデュル自身の深い心の闇。<自分の人生を覆う沈黙がはっきり感じられた。だれもいない、一人だけの人生。>に彼はなぜ陥ってしまったのか。 捜査が進むと見えてくる「緑衣の女」とはいったい誰。 登場する人々の人生には人には言えない秘密があり、家族の誇りさえ打ち壊されすっかり壊れてしまっているのだ。 しかし<子どもたちは親たちがじつのところどうゆう人間なのかを知らない。>のであり<言葉であれ殴打であれ子どもたちの目の前で母親を半殺しにするまで手を緩めなかった。>男のDVという名の暴力と服従がすさまじいサスペンスで描かれ、読む者の心を震撼とさせる。 そして悲劇的な事件が結末をみたあと家族の涙腺をふるわせる結末が待っている。 まだ未訳が10冊もあるこのシリーズはこれから絶対に見逃せない。 | ||||
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前作を凌ぐ展開の面白さ。ただ、北欧の国々の人の名前の難しさはなんとかならないか。 | ||||
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アイスランドの首都の住宅街で土中から発見された古い白骨死体。刑事エーレンデュルと仲間の刑事二人は、その地区の昔を知る人々を訪ね歩き、そこで何があったのか、その白骨死体は誰なのかを突き止めようとする。そうした現代の描写の合間に、夫の激しい暴力にさらされる一人の女性とその子どもたちの様子が丹念に描かれる。あまりに激しい暴力に、読んでいる方も胸が苦しくなるほどだ。そして、調べが進むにつれて、その女性の一家が白骨死体が見つかった土地に住んでいたことがわかってくる。また、その一家が住んでいた家の所有者の婚約者も失踪を遂げていたことがわかる。白骨死体は、その二つの家族のどちらかと関係があるのか…? 謎解きと言うなら、おそらく読者の半分は結末の予想がつくだろう。しかし、この小説は謎解きを楽しむ小説ではない。どうしてその白骨死体となった人物はそこに埋められなければならなかったのか、その背景の中に、人間の持つ恐ろしいほどの非情さや信じられないほどの愛情深さが描かれ、読むものに人間という存在について考えさせる小説なのだと思う。捜査にあたるエーレンデュルやほかの刑事たちも、次第に明らかになる2つの家族の悲しい出来事を知るにつけ、自分と家族の関係を見直さずにはいられなくなる。 人の持つ残酷さや軽薄さ、それをもってしても消せない愛情深さ、真剣に相手のことを思う気持ちなど様々なことを、読者も刑事たちと一緒に考えることになるだろう。扱われる事件は悲惨極まりないが、それでも人間の持つ強さを信じたいと思わせる心に響く物語だ。 | ||||
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人が殺められてしまうことの重さ、その悲劇に至るまでの悲しく、複雑な事情や人間の心情が見事に描写された名作です。ヨーロッパミステリ界の最上ランクの賞の受賞も納得です。この作者の新たな作品を、いつ手にできるのか、今から待ち遠しい思いです。 ストーリは、現在、過去の2面で進行します。 現在での事件発生からストーリは始まります。アイスランドの首都、レイキャビク郊外の住宅地で白骨死体が発見され、主人公であるレイキャビク警察の捜査官、エーレンデュルの捜査チームがこの事件を担当となります。 地道な捜査で、当時の住民の近親者に辿りついていきますが、事実解明への決め手になかなか近づくことができません。 一方で、白骨死体の人物像の特定もなかなか進みません。白骨の掘り出しを担当するスカルプヘディン、考古学者である彼は、丁寧な作業に固執し、エーレンデュルの要請も気にすることなく、マイペースで作業を進めてしまいます。 過去のストーリは、事件発生の地で細々と生活を営む一家の悲しい日常です。 夫から家族へ暴力が振舞われる日々、凄惨な生活に耐え忍ぶ母子の姿がメインです。 読者としては、現在で発見された白骨死体が、過去のストーリーに登場する誰かのものだろうか、あるいは、全く別の事実が提供されるのだろうかと思考を巡らせながら読み進めることになります。 この現在の捜査がなかなか進まないもどかしさと、過去の凄惨劇との絡め方が絶妙で、二つの時代にまたがるストーリーの組み方が素晴らしく、どんどんと引き込まれていきます。私自身は、この白骨死体が、可哀そうな母子のものであって欲しくない、なんとか、救われていて欲しいと思いながら、ハラハラしながら読み進めました(あくまで、ストーリの展開途中での私の思いです)。 捜査の「支流」とも思えた、考古学者スカルプヘイディンの白骨死体の人物像の割り出しですが、終盤、この結果が大変重要な要素となります。聞き込み主体の捜査が、終盤に単調になるかと見せて、大きな展開を持たせるところも、なかなか良かったと思います。 伏線として描かれる、エーレンデュルの娘エヴァ・リンドとの父娘のな複雑で悲しい交わりも、過去のストーリで描かれる家族模様とは別の、人間関係の「あや」がこのストーリに色を添えていると思います。 | ||||
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前作「湿地」にてアイスランドの悲しいサーガ・ミステリーの世界を見せてくれたアーナルデュル・インドリダソン氏の邦訳2作目です。「湿地」と同様に疲れた中年警察官エーレンデュルが主人公です。 レイキャヴィグ郊外の住宅造成地で人骨が見つかります。アメリカ軍の基地があった場所に数十年前に埋められたらしいのです。殺人事件の捜査と警官エーレンデュルの苦悩とある家族の家庭内暴力。この3つの物語が並行して語られます。はじめの2つの物語は現在形ですが、家族の物語はかなり前に起こったことのようです。このように本書は三重構造になったミステリーです。 人間はどうしたらここまで残酷になれるのでしょうか。凄惨な暴力場面が繰り返されます。暴力は肉体を痛めつけるだけではなく、心を深く傷つけ、人間らしい感情すら奪ってしまうのです。苦痛に耐える母と子の酷い描写を読むのが何度も辛くなりました。虐げられた女性の悲しみと優しさが少しずつ浮かび上がってきます。ミステリーである以前に、胸が震える物語を作り上げることに作者は注力しているようです。 捜査官のエーレンデュルは20年前に別れた妻との間に生まれた娘が意識不明の重体に陥っているのは自分のせいだと思い込み、苦しんでいます。そのためか捜査は、事件に関わる人物の内面を掘り下げるようにゆっくりと進んでいくのです。数々の証言や証拠がどう繋がるのか、読者はエーレンデュルに自分を重ねてどんどん惹きこまれていきます。最後に明らかになる意外な事実に、読者はあとがきにある作者の次の言葉をかみ締めることでしょう。 「日常的な風景、平和の暮らしの営みとそこに生きる人間を描き、その中での殺人事件が起きる意味を考えたいのです。殺すまでの過程を理解したいのです。殺すにはそれ相当の理由があり、殺された人間のほうが犯人よりも悪人であることもあり得る」 最後に、「訳せないほど恐ろしかった」と述懐する翻訳者の柳沢由実子さんに感謝します。素晴らしい訳を得て心震わせる至高のミステリーを愉しむことができました。インドリダソン氏の次の邦訳を楽しみに待ちたいと思います。 | ||||
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どうして、そんなに女性(ひと)の事をを蔑む事が出来るのだろうか? どうして、そんなに子供(ひと)の尊厳が軽く扱われるのだろうか? 昔から私たちの周りには暴力があふれてる、この事実は否めない。 ひとりひとりが、命が軽く扱われている現実から目をそむけてはいけない。 “暴力からは暴力しか生まれない”その事実に痛感させられる。 だとするならば、優しさからは優しさが生まれるのだろうか。 労りからは労りが、愛からは愛が生まれ、受け繋がれていくのだろうか。 その事を信じれる、行動を起こせる自分(ひと)でありたい。 今言える事は、ひとりの人として誰に対しても、何に対しても“真摯に向き合う”こと。 それが出来る自分(ひと)になると心に刻む。 | ||||
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