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貴婦人として死す
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【この小説が収録されている参考書籍】
貴婦人として死すの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.13pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全18件 1~18 1/1ページ
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医者の手記という形のミステリー。 アガサ・クリスティのアクロイド殺しを思い出しましたが、果たして犯人は一体誰か? 私は油断して読んでたので、結末あっと驚きました。 | ||||
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足跡のない殺人を扱った本作。 そのトリックは細かいところまで配慮されており、なかなか巧妙です。 あと、事件の現場から離れた場所で発見された拳銃という謎に対する解決は、少しバカバカしいなと思いながらも意表をついて面白かったです。 ただし、カーにしては地味なストーリー展開と感じました。 また、犯人限定の手がかり自体は巧妙ですが、そのことにかかわる犯人の行動が不必要に思えました。 (つまり、探偵役に手がかりを与えるために、無駄な行動をとっているように思える)。 とはいえ、全体的になかなか楽しめました。 | ||||
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英独が開戦しナチスがいつ侵攻してくるかわからない物情。夜間においては、上空の敵機から集落がバレないよう灯火管制が敷かれているというこの物語のシチュエーションを現代の読者は正しく把握しているか?カーが執筆した時の英国の状況がたまたま非常時だっただけかもしらんけど、本作ではそこにも意味がありノース・デヴォン地方リンクーム村の闇夜は一層暗く、その中に潜む者を包み隠す・・・。 不倫のふたり/ウェインライト夫人であるリタとバリー・サリヴァンが心中したと見られる〝恋人たちの身投げ岬〟。 瓶を投げつけられたヘンリ・メリヴェール卿の座る電動車椅子が崖から落下しそうになる場面もただのコメディ要素だけではなく、 眼下70フィート(約20m強)の崖の高さを無意識のうちに読者に刷り込ませているし、 上手いね~。真犯人は実に巧妙に隠されて。 気になった点はふたつの証拠物件のみ。詳しくは書かないが、 スティーヴ・グレインジ弁護士が道で拾ったあるものと、〝海賊の巣窟〟という名の洞窟に残っていたあるもの。 これらの扱いについてはもう一押し、登場人物の自然な行動の結果に見えるように完璧にしてほしかった、ウン。 乱歩でいうところの〝あくどさ〟が無い『何者』に対し、カーの〝怪奇性〟を使わなかった本作、 私はどっちも高く評価している。 リタ・ウェインライトの遺書の部分をこの創元推理文庫(創)と昭和30年代のポケミス(ポ)で比較してみると、 (創)「ジュリエットは貴婦人として世を去りました。責めないでください。邪魔もなさらないで。」 (ポ)「ジュリエットは操を立てて死にました。さわがないでください。責任のなすり合いもなさらないで。邪魔もなさらないでください。」 原題『She Died A Lady』を『貴婦人として死す』と最初に訳したのはポケミス版での訳者・小倉多加志だ。 原書を持ってないからこの部分の原文もわからないけど、果たしてどっちの訳が正確なんでしょうね? ただ、これだけは言える。〝Lady〟には〝貴婦人〟という意味は勿論あるが、日本語でいう〝貴婦人〟とは高貴な身分の婦人のことでしょ。『貴婦人として死す』という書名にすると見栄えが良くなるから営業的には望ましい。しかし、リタ・ウェインライトは決して高い身分でもなければそこまで誇り高き性格にも書かれていない。皆さんが本書の感想を寄せておられる中、ひとりだけ本を読みもしないでいつもレビューを投稿している人物が〝貴婦人〟という言葉の表面的なイメージから思いついたのか〝エレガント〟などと筋違いなことを書いている。 思慮深く読んだ人ならおわかり頂けると思うが、本作での〝A Lady〟は〝貴婦人〟というより〝(ひとりの)女として〟と受け取るほうが正しいのでは?あなたはどう思いますか。 灯火管制の他に、当時の英国と米国の関係さえもある人物の行動の謎を解く手掛かりが実は隠されている。 同じ時代なのに「探偵小説はまかりならん!」「この聖戦下に男女の不倫などけしからん!」とか言って、 国策が非論理的過ぎだった我が国と比べると1940年の戦時下という状況にも必然性を持たせて、 こんな面白い本格探偵小説を生んでいた英国は健全だ。日本も勝てぬケンカ(戦争)は早く止めとけば、 国土を焼かれず、美しい戦前の本・雑誌だって今ある数量の何十倍も残存していたろうに。 | ||||
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38歳(本当は42歳)の人妻リタ・ウェインライトと25歳の美青年バリー・サリヴァンの不倫恋愛を中心に据えて、非常にミステリアスなドラマが展開する。 ヘンリー・メリヴィル卿の推理の冴えもさることながら、最後、絶対にありえないような人物が真犯人というもの面白かった。 ヘンリー卿やルーク医師の推理も、新たな事実で覆されて二転三転し、ラストまでハラハラドキドキ。結局、日曜日1日で全部読み終わってしまった。 イギリスが舞台で、多少怪奇趣味があるのも好ましく、ダフネ・デュ・モーリアの超名作「レベッカ」を連想したりしました。 熱烈な不倫恋愛の果ての心中というショッキングな事件で始まる「貴婦人として死す」は、また再読したくなる作品である。 あえて難点を言えば、ヘンリー卿の言動がやや大袈裟である。まあそれも個性かもしれないが。 他のキャラクターはなかなか面白かった。人妻リタと青年バリー・サリヴァンの美男美女カップルは言うに及ばず、ルーク医師、その息子のトム医師、リタの年取った夫アレック・ウェンライト、さらにはモリーとポール・フェラーズのカップル(最後の方でカップルと分かる)、クラフト警視、バリーの妻ベル・サリヴァン。もっとも、バリー・サリヴァンは美青年という点を除けば、それほど個性的と言えないかも知れない。 何はさておき、休日に一気読みするミステリーとしては最高の部類に入る一冊でした。 | ||||
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噂になっていた人妻と俳優の卵の二人が海に臨む崖まで足跡を残して姿を消し、後日海岸で遺体が見つかった事件。心中説、殺人説、逃亡説のいずれにも矛盾点が見つかり、捜査は混迷する。物語中盤で登場するベル・サリヴァンの冒険内容が謎を更に深めていく。 作者の特徴であるオカルト趣味は見られず、事件関係者の手記で事件が語られ、その記述者が事件の真相にかなり肉薄している。 本作品は、複数の人物の思惑が絡み合って、その行き違いによって謎が複雑化しているところに面白さがある。 電話線が切断された理由や車のガソリンが抜かれた理由、足跡の謎の真相が秀逸。 メリヴェール卿が犯人を特定した理由は、読者には気づきにくいものであり、犯人当てとしての難易度が高い作品。 | ||||
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医者の手記という形で、ある夫婦の妻とその年下愛人の失踪事件(後に死体で発見)の顛末を語った作品。失踪し死んだ2人は自殺だったのか他殺だったのか? 語り手の年配医師の人柄のせいか、カーの怪奇趣味が封印されているせいか、一部ロマンス小説のようでもあり残酷な描写もほとんどなく(特に女性の私には?)とても読みやすかった。崖から飛び降りたとされる妻と愛人の足跡の件や、とある人物が遭遇したという号泣する人物など、謎も散りばめられていて最後まで飽きさせない。しかし、結局は誰も幸せにならなかった(ある1人を除いて?)事件の結末を思うと少しだけ切なくもあった。まあ、この手の話にありがちな1組のカップルは誕生しましたが。 ハラハラドキドキというものではないが、のんびりした休日に、コーヒー片手にほろ苦い余韻を味わいながら読むにはぴったり。 しかし、この題名に込めた意味って・・・。皮肉? | ||||
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カー(発表名義はカーター・ディクスン)の作品としては『火刑法廷』『皇帝のかぎ煙草入れ』あたりが好きなのだが、本書も面白かった。 カーの作品にありがちな、妙な怪奇趣味的な要素もなく、ちょっと無理かなという密室でもなく、ごく単純な動機を背景とした殺人事件。しかも、トリックもそれほど奇抜なものではなく、叙述と見事な伏線で読ませる。 長さも、ちょうどいいぐらい。派手さはないけど、本格ミステリが好きな方に、お薦めする。 | ||||
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巨匠・カーのH.M. (ヘンリ・メリヴェール卿)ものの長編。古典である。 カーというと、不可能犯罪とか、怪奇趣味とかが頭に浮かぶが、本作はふつうに本格推理小説の形のようだ。 ものがたりはデヴォンの田舎開業医・ルーク医師の手記の形ですすめられる。 ある夜、屋敷から男女二人が消えてしまう。どうやら裏手の崖から飛び降りた様子なのだが、電話線が切られているなど不可解な状況が判明。やがて到着した警察が捜査を始めるのだがしかしさらに不可解な事実が見つかり、そうこうしているうちに案外早いうちにH.M.が登場、といった導入である。 最終的に明らかになるトリックは、現代の読者からするとそれほど驚天動地というようなものではない。デヴォン地域の○○ってそういう特徴があるんだ~というポイントは普通の日本人にはなかなか苦しいし、物的証拠が残ってしまう○○の手段はちょっと気になる。 それから、H.M.の登場シーンがいつになくしっちゃかめっちゃかで、ちょっと鼻白んだというところもある。(余談だが、motorized wheelchair(本書での訳語は電動車椅子。本当に電動なのか?)なるものが第二次大戦中にすでにあったというのが驚きであった。) ともあれ、第二次大戦に突入しつつある時代の英国の重苦しい雰囲気をはしばしに織り込み、謎解きだけではないストーリーに仕上げたというところも、本作のポイントなのであろう。結末は、その時代そのものを利用してうまくまとめてあり、さすが巨匠という感じではあった。 | ||||
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完全に一杯喰わされた、脱帽。見事な解決部には惚れ惚れとする。 カー(ディクスン)の高度な騙しのテクニックが光り輝き、ヘンリー・メルヴェール卿が繰り広げるいささか脱線気味のドタバタ騒ぎの場面を除けば(いや、それはそれで実に愉しいが)カー長編中最もエレガントな出来栄えの長編である。(1943年発表) とびきりの不可能状況を謎の中心に据えているが、オカルティズムの要素を敢えて排し、小さなコミュニティの緊張をはらんだ人間関係がもたらす破局を描いた物語と、二重三重にも仕掛けられた叙述の技巧はクリスティを髣髴とさせる。 第二次大戦最中を舞台とした時代背景がプロットの展開、特に悲劇的な結末に密接に結びついている点も興味深い。 そして巻末の山口雅也氏による乱歩、松田道弘の跡を受け継ぐカー問答はファン必読である。 | ||||
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怪奇色がない作品なので、暗鬱な描写にねっとり絡まれたり、幽霊や吸血鬼の伝説に寄り道する必要がないため読みやすく、郵便屋さんから受け取って早速ページを開いてみるや止まらなくなり、その日のうちに夢中で読了してしまった。 政界でも芸能界でも、ゲスな不倫が話題になっているが、この事件も不倫が発端となる。しかしワイドショーの報道が、姑息にのびた男の鼻の下の長さに行くつくだけでゲンナリするのに対して、本作は巧緻な謎解きストーリーに脳細胞が活性化される。海に向かう断崖へと真っ直ぐのびた男女の足跡。不倫の末の心中かと思われたが、海からあがった二人の死体には、拳銃による他殺の痕跡が―。崖の上には被害者男女の足跡しかないことから、あたかも空中に浮遊できる鳥人間による犯行のような、不可思議な謎が現出する。 魅力的な謎と、ちとやり過ぎではないかと思うほどのヘンリ・メリヴェール卿のドタバタ劇の可笑しさとで、飽きさせることなくどんどん読まされる。足跡のトリックも犯人の正体も、巧みな心理と思考の死角に隠蔽され、一筋縄では解けない。医師による事件の手記という作品の体裁から、かの有名作品なんぞを頭に浮かべたら作者の術中、う~~ん、そうか、あざとい。ちりばめられた伏線も、犯人を限定してゆくメリヴェール卿の論理も面白くそつがない。戦争が影を落とすラストの余韻もいい。物理的なトリック、自然現象の利用、叙述が生む錯誤、ミステリ四十八手知り尽くした匠の複合ワザで堪能させられる、なかなかの秀作だと思う。 | ||||
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1943年発表の本作品は、カーター・ディクスン名義の作品としては、18作目。 この名義ではお馴染みの名探偵、ヘンリー・メリヴェール卿が推理を披露する、本格ミステリ。 じつは、ディクスン・カーの作品は、カーター・ディクスン名義の作品も含め、「傑作」や「佳作」と呼ばれているものは、あらかた読みつくしてしまいました。 このため、今後は、後期に腕を振るった歴史ミステリを読んでいこうかと思っていたのですが、ネット内を巡っていくうちに、本作品が、「絶版になっているとは信じられない傑作」らしいということに気づき、今回の読書となりました。 著者お得意の不可能犯罪を扱った本作品では、いわゆる「足跡トリック」が使われています。 舞台は、イギリス北部のデヴォン州の人里離れた場所にあるバンガロー<いこい荘>。 この裏庭を出ると、海を望む断崖絶壁<恋人たちの身投げ場>への一本道がある。 ある夜、<いこい荘>の当主、アレック・ウェインライトのもとへ、リューク・クロックスリー医師が訪問すると、そこには、アレックの妻、リタ(題名の「貴婦人」)と、リタの愛人と目されるバリー・サリヴァンがいた。 途中で、リタが裏口から出ていき、後を追うバリー。 ふたりが戻ってこないのを不審に思ったクロックスリー医師が、裏庭に出てみると、そこには、ふたりの足跡が点々とついており、断崖絶壁で途切れていた…。 二日後、ふたりの死体が海岸に上がる。 ふたりは至近距離から拳銃で撃たれており、その拳銃は、何と、<いこい荘>から半マイルも離れた街中に落ちているのが発見されたのだった──。 本格ミステリ好きなら、一体どんなトリックが?と興味をそそられるに違いありません。 かく言う私もそのとおり。 傑作として名高い雪密室の「白い僧院の殺人」(1934年)の「足跡トリック」に勝るとも劣らない技巧を凝らしたトリックが明かされ、大満足の逸品でした。 犯行の重要な目撃者であるクロックスリー医師の一人称視点で描かれる本作品、この医師がヘンリー・メリヴェール卿も目を瞠るほどの推理力を発揮するという趣向もなかなか楽しく感じられます。 ただ、多くの作品に見られる怪奇趣味やドタバタは薄めで、著者らしいアクの強さには欠けるかもしれませんが、やはり本格ミステリの命である「トリックが秀逸」な点は、評価したいところです。 冒頭にも記したように、「絶版になっているとは信じられない傑作」であると感じています。 | ||||
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年老いた元数学教授の若き妻・リタと、アメリカ人の美青年・サリヴァン。 二人は、いつしか人目を忍ぶ仲となり、やがて破局を迎えることになる。 リタが住むバンガローから絶壁に向かう二筋の足跡 を残し、リタとサリヴァンは、忽然と姿を消してしまう。 思い余った恋人達の、ありふれた心中事件かと思われたのだが、 二日後に発見された二人の死体には、なぜか銃痕があり……。 本作のメイントリックは、目撃者と捜査陣、それぞれ に向けて仕組まれた、二段構えの《足跡》トリック。 二つのトリックは、互いに補強し合うことで見事に関係者を欺瞞しているのですが、 断崖という特殊なロケーションも、トリックを成立させるための必須の構成要素と して選ばれています(一見無意味に思える、電話線の切断と車のガソリンの抜き 取り、といった工作に込められた周到な意図にも脱帽)。 ところで、本作の大部分は、事件の関係者である、 年老いた医師の手記、という体裁となっています。 医者を語り手に設定することで、読者に××を意識させるカーの企みは、心憎いまでに 図に当たっていますが、その騙りのテクニックによって、真犯人を隠蔽するだけでなく、 苦く、やりきれない真相を、結末で浮かび上がらせているのが、きわめて秀逸です。 本作は、オカルト色を排したカー作品の中では、トリックの構築度、皮肉な人間ドラマといった点 で群を抜いており、個人的には、世評が高い『皇帝のかぎ煙草入れ』よりも、上だと感じました。 | ||||
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年老いた元数学教授の若き妻・リタと、アメリカ人の美青年・サリヴァン。 二人は、いつしか人目を忍ぶ仲となり、やがて破局を迎えることになる。 リタが住むバンガローから絶壁に向かう二筋の足跡 を残し、リタとサリヴァンは、忽然と姿を消してしまう。 思い余った恋人達の、ありふれた心中事件かと思われたのだが、 二日後に発見された二人の死体には、なぜか銃痕があり……。 本作のメイントリックは、目撃者と捜査陣、それぞれ に向けて仕組まれた、二段構えの《足跡》トリック。 二つのトリックは、互いに補強し合うことで見事に関係者を欺瞞しているのですが、 断崖という特殊なロケーションも、トリックを成立させるための必須の構成要素と して選ばれています(一見無意味に思える、電話線の切断と車のガソリンの抜き 取り、といった工作に込められた周到な意図にも脱帽)。 ところで、本作の大部分は、事件の関係者である、 年老いた医師の手記、という体裁となっています。 医者を語り手に設定することで、読者に××を意識させるカーの企みは、心憎いまでに 図に当たっていますが、その騙りのテクニックによって、真犯人を隠蔽するだけでなく、 苦く、やりきれない真相を、結末で浮かび上がらせているのが、きわめて秀逸です。 本作は、オカルト色を排したカー作品の中では、トリックの構築度、皮肉な人間ドラマといった点 で群を抜いており、個人的には、世評が高い『皇帝のかぎ煙草入れ』よりも、上だと感じました。 | ||||
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これをカーの最高傑作群に入れる人は余りいないかも知れない。 でも自分はこれが好き! 何と言ってもこの小説の最大のウリは犯人の意外性にある。 特定の作家は何作か読むと特定のパターンを発見するものである。で、当然あるんですよ、カーにも。そう言った傾向を勘案し、犯人を当てたりもするんですがね(卑怯とは言わないでほしい。そうでもしないとカーは犯人が当たらないんだもの)、この作品ではそう言った姑息な読者に天誅がまってます。しかも、その傾向を(姑息な方法を使って)守りながら……。 あんたらが姑息な手を使うなら、自分も使わせてもらったよ、というカーの高笑いが聞こえてきそう……。 と、言うわけで、この作品は、カーの作品を五作以上、できれば十作ほど読んだ後だとひっくり返ること請け合いです。 いやあ……、びっくりしたなぁ……。 | ||||
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カーの作品の登場人物で、フェル博士と、メリヴェール卿はまるで同一人物で、 どちらもユーモアがあって楽しくて、それでいて話は殺人事件で、と読んでてほんとに 魅力があります。 | ||||
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原題の「Lady」を「貴婦人」と訳した初訳者は褒められてしかるべきだろう。これによって「貴婦人としての誇りを持って、私は死を選ぶ」という決意表明に繋がり、犯人の「夫人は不倫相手と心中した」と思わせたいという意図と見事に合致するからである。しかし、皮肉な事に拳銃が"心中場所"と離れた場所で見つかり、殺人事件の解明へと話は移る。 夫人の家から海に繋がる崖までの足跡が本書のテーマで、いわゆる"雪の上の足跡もの"(本作では雪は出てこないが)である。そして、事件を主要登場人物である医師の手記の形で表している点が作者の工夫である。この手法のメリットは手記の書き手にとっての真実を書けば良い点で、それが絶対的真実である必要がない事である。カーはこの手法を良く使う。そして、事件を解決する鍵はこの手記の中にさりげなく書かれているのである。カーの技巧が光る。 カーの作品で"雪の上の足跡もの"と言うと「白い僧院の殺人」が代表作と思われているが、本作はそれに優るとも劣らない傑作。 | ||||
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原題の「Lady」を「貴婦人」と訳した初訳者は褒められてしかるべきだろう。これによって「貴婦人としての誇りを持って、私は死を選ぶ」という決意表明に繋がり、犯人の「夫人は不倫相手と心中した」と思わせたいという意図と見事に合致するからである。しかし、皮肉な事に拳銃が"心中場所"と離れた場所で見つかり、殺人事件の解明へと話は移る。 夫人の家から海に繋がる崖までの足跡が本書のテーマで、いわゆる"雪の上の足跡もの"(本作では雪は出てこないが)である。そして、事件を主要登場人物である医師の手記の形で表している点が作者の工夫である。この手法のメリットは手記の書き手にとっての真実を書けば良い点で、それが絶対的真実である必要がない事である。カーはこの手法を良く使う。そして、事件を解決する鍵はこの手記の中にさりげなく書かれているのである。カーの技巧が光る。 カーの作品で"雪の上の足跡もの"と言うと「白い僧院の殺人」が代表作と思われているが、本作はそれに優るとも劣らない傑作。 | ||||
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崖へ続く、二人の足跡それは絶壁まで行くとそこで途切れていた道を踏み外した恋の果て二人は心中したのでしょうか?と全編を覆う足跡トリックそして、ミスディレクションを誘うがあからさまにヒントが書き込まれている文章どこをとっても非はないといえます | ||||
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