■スポンサードリンク
わたしを離さないで
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
わたしを離さないでの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.11pt | ||||||||
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全714件 201~220 11/36ページ
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 日系英国人のカズオイシグロ氏の作品だと期待して読んだんですが、本当にどこが良いのか私には全く理解不能でした。この本がたまたま悪かったんでしょうか。ううん、他を図書館で借りて読んでみる方が良さそうです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| カズオ イシグロ の、静かな、上品な文章が いつの間にか、私の心を掴んで放さなくなりました。クローン人間の感情や、心の動きは、決してクローンではないのです。 臓器提供は、これからの大きなテーマとなると思いますが、この小説の話は、1950年代からイギリスではクローン人間を作り出し、臓器移植をシステム化していたとされています。 現代、世界のあちこちで、臓器売買の為、子どもたちの誘拐、人身売買などが起こっています。 いろいろと考えさせられた小説でした。 カズオ イシグロの文体が、とても好きです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| いつ書かれた作品かは、確かめなかったが、 作者の、この発想(clone・臓器移植)に、驚いた。良くこういう事を発想出来るものだ!! 時間を置いて、また読んで観たい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ノーベル文学賞を受賞したとのことで、カズオ・イシグロの本を探し、一冊だけ見つかり購入しました。著者の世界観が全く判らず、とても混乱しました。著者がこの小説で著者が何を言いたいのか、しばらくたった今でも判りません。ある階層に、この小説ではクローンを提供した人間になりますが、完全支配されている人々の苦悩や戦いなどをテーマにした感動を呼ぶ小説は多々あります。アンドロイドをテーマにしたものでは、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。また和書では、村上龍の「歌うクジラ」などなど。この本の主人公たちは、極めて非倫理的な状況に置かれています。それを従順に受け入れる事を、淡々に描くことに意味があるのかわかりません。読者に、彼らが本当にしなければならない事は何かを考えさせたかったのかも知れませんが、現在の世界観からは古く感じます。1940年代に発表されたならば、共感を得られたかも知れません。作者の真意は、原文を読まなければ判らないのでしょうか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 普段読書を全くしないものです。久々にこんな長編を読みました。他の方も仰っているように、抑制のきいた丁寧な文章という印象を受けました。 しかし、文章ももちろん、ストーリー展開にも抑揚がなさすぎて、特に前半部分は読み進めるのが辛かったです。提供者のネタバレがあって以降は、話の全体像が見えてそれなりに読み進めるのが楽しかったのですが… | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| まさか1冊の本にこれほど打ちのめされるとは。私にとってカズオ・イシグロは「日の名残り」に続く2冊目なので、ほんの短い一言でも読者を動かし翻弄するほどの力のある著者であることくらいは既に知っていた。知っていても、やられてしまった。 この小説は、臓器提供を目的として育てられ短い生涯を終えるクローン人間の子たちとその施設についての空想の物語だが、過去もしくは現代に起きている他の問題と多少なりとも類似もしくは共通するものもあるだろう。100人いれば100通りの感想あり、印象深く思うポイントをいくつも挙げ、その濃淡コントラストをさまざまに語ることもできよう。そのような感想の広がり、奥行きのような点とは別に、小説の世界を突き抜け、自分が現に生きる世界の自分を中心とする人生を脅かす、「重量感」とでもいうのか、ある重さを伴った感情から容易に逃げられないのではないか。介護人の仕事を終え、まもなく自らも提供者になって遠からず世を去るキャッシーは、物語を語り終えるが、これまでのいきさつをすっかり聞かされた読者のほうは、「はい、これでおしまい」とはいかない。人生の相当部分を共有したルースやトミーが亡くなったことも淡々と語ってきているが、語られないキャッシーの悲嘆が読者にはむしろつらい。 「失われた土地(ロストコーナー)」を「イギリスの遺失物保管所」と読み違えたことのあったノーフォークの街で、キャッシ―は失くした宝物のカセットテープを偶然にも発見。そのカセットテープの唄が小説のタイトル Never let me go(私を離さないで)で、それこそが、この物語の核心をなしている。さて、実際のところクローンでなくても人生は決して長くない。時には立ち止まって、失くしてしまった大事な宝物を探しにノーフォークへ行ってみるのはどうだろう。ぜひ行ってみたいと思った。 訳者あとがきには、1つの疑問が書かれている。主人公たちが過ごしたHailshamの施設の管理者であったエミリ先生やマダムが自分の病気の治療の機会を迎えた時、主人公キャシーの臓器を使うことを望むだろうか、ということだが、マダムは涙ながら明快にすでに答えてくれているように私は理解した。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 作品の中にも、なにか日本、日本人の香りが感じられ、しかも普遍的真理を求める作家の静かで鋭い視力が素晴らしい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 普段日本の作家の本しか読まないので、感性が違うのでしょう。頑張って読みましたが、理解不能でした。でも多分、きっと素晴らしい作品なんでしょうね。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 臓器移植のためのクローン人間として誕生した子供たちが、施設で集団生活をしながら成人し、やがて役目を担って死を迎える。 そこにミステリーや事件があるわけではなく、むしろ心情が淡々と描かれていてかえって怖い。人間が科学の進歩によって恐ろしいことを平気で行うのはいまに始まったことではないし、劇画の世界にあったことが現実になる日も近いのかもしれない。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ハルキ二ストの僕は今年のノーベル文学賞者の名前がチョット気になり、、著作を4冊程アマゾンで取り寄せました。作者に対する知識が無かったので、さて何れから読もうかな?小説のタイトルとしては何かベタ(そのまま英語で良かったのにな、まてよ、翻訳なのだからこれ位の感覚のブレはあるよと云う訳者の断りなのか?作品は非常に繊細)と感じた本作を手に取り読み始めたのですが…感想、読み進むうちにホコロビを嗅技分けようと必死になるのですが、全く秀逸なるラスト2ページをもって投了。暫し動けない、、、ジワりと背筋から這い上がる得体の知れない塊、嘔吐、ゲップ、いや嗚咽?。感想戦、日の光の下で描かれた作品ではないのに静かなる感銘を受ける。何とか僕が記憶の内で擦り合わせたのは、もののあはれ、はかなさ、お能。人生のどのタイミングで読むか?で好き嫌いの分かれる作品だとは思いますが、これぞ読書の醍醐味、だから読書はやめられないと思える大満足の作品でした。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| かなり文字が小さいので、kindle本で読むことをお勧めします。文字が小さいだけが不満で、せっかくの傑作なのにもったいない。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 本作品がけっして悪い訳では無いが...朝のワイドショーでどっかのかつらのおっさんが思いっきりネタバレをかましてくれて一気に熱がさめた。 内容は面白かった!!でも、ネタバレしてまで読むものでも無いと感じた。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ドラマの内容とはかなり違っていて、ドラマで感動した私にはちょっとツマラナイ 物語でした。 逆に小説から入っていたら、ドラマを何これ?と思ったかも ドラマ好きだったなぁ | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 主人公キャシーによって、なんでもない学校の日常が淡々と語られていく。ただそれだけで、起伏が無いなあ、と思っていたら突然出てくる「提供者」「ポシブル」という耳慣れない言葉。気になりながらも、なかなか全体像が現れて来ず、ようやく最終章で、ヘールシャムの生徒たちは臓器を提供するためのクローン人間であることが(そうだと明示されてはいないけど)理解できる。 途中、じれったく思いながら読み進めたが、この物語は主人公がヘールシャムの出身者で語られ、最後の最後まで全体像を語らないことに意味があるのだ、と感想を抱いた。ヘールシャムの生徒達は結局は臓器を提供する提供者であり、結婚をて家庭を持ったり、提供者・介護者以外の仕事に就くといったことはない。生まれた時から可能性は閉ざされており、だからこそキャシーはその事実を嘆くこともない。そしてヘールシャムの教師たちは、時に生徒たちに向き合うことができず去っていく。こう書くと閉塞感しか見えないが、作中の登場人物は感情豊かに活動し、笑い、怒り、悲しむ。将来は提供者しかないが、その運命も彼らにとっては人生の一部で、いたずらに嘆かないといけないものではない。 もしクローンができて、作中の提供者というシステムができたらどうなるのか、という思考実験にも見える。しかし私は、この物語は現在進行形で起こっていると考えている。例えば、チョコレートを食べるためにはカカオが必要だけど、そのカカオは児童労働によって栽培・収穫されていること、携帯電話を作るために、アフリカで紛争が起きていること。 作中には提供を受ける人々がどんな様子なのか、どんな考えを持っているのかは書かれていないが、今、私達がチョコレートを食べて携帯電話を利用しながら、児童労働や紛争についてどれくらい意識的か考えると、だいたい想像はついてしまう。問題意識を持っている人は居るけど、大半は意識をしていない。意識しないで済むような仕組みが構築されてしまっている。 本書は2回読むことを勧める。全てがわかった後で見えるキャシーの語り口は、何かどうしても悲しいものを感じてしまい、1回目と同様に読めなかった。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| カズオ・イシグロのファンでした。 今でこそ有名になっていましたが、昔からいい本を出していました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 終始閉塞感があり、息がつまり、どっと疲れる本。終始クローンの立場から物語が描かれるからだと思います。そのため、クローンでもないのに「クローン対人間の戦争が起こりクローンの勝利!」という結末を期待していた自分に気づいて驚かされました。この物語の中のクローンは、いじらしいほど自分の運命を受け入れていて、粛々とその時まで生きます。クローン利用にハッピーエンドなど無いと思い知らされます。作者はこの閉塞感を描きたかったかと思えました。 そして私にはなぜかこの閉塞感が現代人にも共通するように思えました。自分の考えがある一線を越えてはいけない、空気を読むべき、何か大きなものによって自分が監視されていて皆がはみ出さずに役割を演じているという風潮と重なりました。 最近読んで一番よかったと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| これクローンである意味ある? 提供先がクローン元なら拒絶反応を減らす意味でクローンは必要だろうけど クローン元が裕福なわけない、提供先はクローン元じゃないってところで それじゃあ受精卵(もしくは精子卵子)売買か新生児売買とかでよくね?ってちょっとなった。 うーん何か、設定から来るならではのエピソードが薄いのかな・・・?? 私も人間牧場ネタは漫画で既にみているので特に目新しい感動はなかった。 私にとっては普通の作品。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 独語、しばらく余韻に浸ってしまった本。ドラマ化された作品も見て、なるほど機転の利いた脚本と思いましたが、本のほうがいろいろ自由に描写できる分、刺激的で心にぐさぐさきました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 私にとって、初めてのカズオ・イシグロ作品です。 予備知識なく、知人が読んでいるというので、話のタネに…と思って読み始めたのでした。 素晴らしく抑制された、わざとらしいところのない、きわめてイメージの豊かな作品であると思いました。 読んでいる最中は、不気味なエンディングを予想していましたが、読後感は実に穏やかなものでした。感動を強いるような作品ではなく、深い余韻を残すような作品です。 しばらくは、この作品のことをあれこれ思い出して、思い出に浸ってから、少し時間をおいて再読したいと思います。 素晴らしい読書体験でした。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 非常に興味深い主題 「クローン人間臓器移植工場」 ですので、非常に興味深く読みました (思わず、読まされました・・・・が、より正確な表現かも)。 クローンという主題で小説を書いてみようと思いついた時、当然のことながら、 「クローンの元親をどのように取り扱うか?」 「クローンの元親の精神的葛藤は?」 「クローン作成者とクローンとの関係は?」 「クローン人間の心はどのようなものか?」 「クローンの元親とクローンとの出会いは?」 「クローンの元親とクローンとの心の類似性は?」 「クローン人間をどこで生産(成長させる)するの?」 「クローン人間同士の恋愛は?」 「ひとりのクローンからどの臓器をどれくらいの取り出すの?」 「どの臓器をどんな病気の患者に提供する?」 「クローンが臓器提供の責務を終えた後は死ぬことになる?」 「クローンへの報酬は?」・・・・・について描写しようと考えた事と思います。 イシグロは、この小説で上記主題のすべてを扱っているわけではありませんが、これらのことを非常に上手に書きあげていて―――必然的に多少ミステリー仕立てにも、なってしまいます―――ほとんど一気に読んでしまいました。ただ、非常に重たい主題ですので、読みながら、じーっと、考えさせられる時間が長くなり・・・・・読み進むのに自分のこころを平衡にするための時間が必要でした。 いわゆる、小説らしい小説ですので一冊読み上げるための実時間はそんなにかかりませんが・・・・。 村上春樹との比較で、《どちらが優れているの?》 的な論評がいろいろな紙面でたくさんありますが、わたしには殆ど意味のないように思います。 ふたりが表現しようとしている 『文学』 への視点・観点は、オーバラップはもちろんありますが、『心理学』 と 『生理学』 の副読本くらいには異なっているので、「どちらの本が生物にとって重要か?」 と問うているようなものなのでしょう。 村上とイシグロが立っている土俵が、中央にネットはあるものの、テニスとバレー・ボールくらい違うのですから、比較するのは滑稽なのかもしれません (とはいえ読者としては、比較しないではいられませんけれど)。 ノーベル文学賞に関わらず、平和に寄与する世界に冠たるノーベル賞としての必須要綱には 『人類平和に、根源的に資する良点を持っているか? 』 というチェック欄に “✔ 印” が入っていることが―――たぶん―――必須条件 となっているのでしょうから、《審査員ら》の“村上″ という選択は・・・・選択の視点が変化しないかぎり、今後も無いように思います。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!





