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ウィチャリー家の女



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ウィチャリー家の女の評価: 4.70/5点 レビュー 20件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.70pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全20件 1~20 1/1ページ
No.20:
(5pt)

ロス・マクドナルドが作り上げた珠玉の名品

20代の頃に初読したときは、ハードボイルドミステリーとして読んでいたので、錯綜した人間関係がわずらわしく感じることもありましたが、文章の美しさは堪能できていました。年をとって、文庫本で再読したときにはアメリカの家庭の悲劇を重層的に描いた小説としてゆっくり読めました。主人公のリュウ・アーチャーの淡々とした活躍は現代のキャラ立ちヒーローたちとは対極にあるもので、長尺の墨絵をみているような味わいです。文章の美しさだけでも価値があります。無駄な形容詞が一つもない言われたのがうなずけます。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.19:
(4pt)

メインのトリックがなあ

文章としての表現がハードボイルドの中ではかなり凝っていて、やはりチャンドラーの作風を思わせます。
それから、ロスマクの真骨頂と言われる登場人物への心理的なアプローチ。他の探偵と違って本作の探偵リュウ・アーチャーは心理学者のように登場人物たちを分析します。その点が特徴だなと思います。
それから、「〜のような」という直喩が多用されています。これは、純文学の要素が多いと言われる所以でしょう。
個人的には、少しくどいかなと思います。
ただ、本作については、何と言ってもメインのトリックですね。これについての評価は分かれると思います。
私は否定的です。やはり、さすがに無理があるなと。
その点で、星4つとしました。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.18:
(5pt)

傑作です

人物描写が重厚。冒頭からの霧に覆われたような状況から、徐々に謎の真相を突き詰めていく過程は、叙述が緻密で読み応えがあります。『さむけ』に劣らぬ著者の傑作です。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.17:
(5pt)

好みではないけれども!

高校生の時に読んでピンとこなかった作品です。云十年経過して内容をきれいさっぱり忘れてから再読しましたが、やっぱり面白くありませんでした。当時としてはインパクトのあったであろう精神分析ももはや時代錯誤だし、ミステリとしては明らかに不自然な文体もあり……。
それならなぜ2回も読んだかといえば、「法月綸太郎ミステリー塾 海外編 複雑な殺人芸術」でネタバレ警告が出てたからです。先に小説を読んでから評論を読みました。すると、なんということでしょう。駄作だと思いきや、ある種の怪作に大化けしました。優れた評論ってこういうのを指すんだなーて思います。
評論の威力を体感したい方にはおすすめできます。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.16:
(3pt)

前半がね~

前半はやや退屈。後半の怒涛の展開はまさに圧巻。だけどね、これを家族の崩壊だ悲劇だ孤独だアメリカの縮図だと言われちゃ本当かよーと思いますね。これは男と女がしでかした昔からよくある物語で、現代アメリカのどうこうと違うと思いますよ。哀れなのは依頼人ホーマーで托卵はされるは物語じゃ隅に追いやられてるしババを引いたみたいでかわいそう。面白いけど何かを大上段にかまえて読むほどの小説じゃないと思う。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.15:
(5pt)

ロス・マク文学の傑作

ロス・マクドナルド自身が最高の力作と語った『さむけ』に優るとも劣らない傑作と言えるのが本書『ウィチャリー家の女』である。
 サンフランシスコのセント・フランシス・ホテルを最後に、行方不明となってしまった富豪の娘フィービを捜すべく地道な調査を進める私立探偵リュウ・アーチャー。ロス・マク文学では定番となった家族の悲劇や崩壊が本書のテーマとなっており、人物描写の素晴らしさには何度読んでも圧倒される。ロス・マクは売れ行きが悪いのか、絶版になってしまった作品が多く、再販を強く希望する。おすすめの一冊。

ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.14:
(4pt)

女主人公名「フィーベ」を、「フィービ」に変えないでほしかった。

本書が傑作、名作であることには、全く異論はない。
だが、小笠原豊樹氏によって、次々と翻訳され、ハヤカワ・ポケミスとして出版された、ロス・マクの最盛期の作品に夢中になってきた読者の中には、本ミステリ文庫を10ページまで読んで、心臓のとまるほど(または、頭が真っ白になるほど)驚いた人は、少なくないだろう。
理由はハヤカワ・ポケミス版(1962年初版)で「フィーベ」になっていた女主人公の名前が、本文庫(1976年初版)では「フィービ」に変えられていたからである。
本文庫は、新訳でも、改訳でもなく、文章はポケミスのままである、しかし、主人公の日本訳名は変えられてしまった。(細かい点をいうと、本翻訳が1972年に世界ミステリ全集に収録された際に、漢字の一部は直されており、本文庫もそれを受け継いでいる。しかし全集でも、女主人公の名前はフィーベのままであった。)
ロス・マク作品において、女主人公の名前は重要である。そのことは、ポケミス版「さむけ」の訳者あとがきで、小笠原豊樹氏自身が述べておられる。すなわち、ロス・マクの魅力は・・・暗いやさしさのようなものであり・・一種の象徴主義であり・・その特徴の一つとして作者が重要な女性の登場人物に与える名前の美しさをあげることができるとし、「ウィチャリー家」のフィーベ、「縞模様の霊柩車」のイゾベルを、例として引かれているのである。このあとがきに感動した当時の読者は少なくないだろう。
もちろん、ロス・マクが与えた名前は「Phoebe」であって、「フィーベ」ではない。だが、小笠原豊樹氏が日本人読者に与えてくれたのは「フィーベ」という訳名であった。私見では、「フィーベ」はリーベを連想させる、詩的で、美しい日本語名である。
小笠原豊樹氏自身が書かれた本文庫のあとがきには、名前を変更したことについて、一切言及されていない。当然、変更の理由も書かれていない。だが、推理することはできる。
1973年以前は、「Phoebe」という名前の著名人はいなかったと思う。だが、1974年にPhoebe Snowがデビューし、1975年日本発売のLPは「ブルースの妖精 フィービ・スノウ」と題されて、ポップス界を席巻した。これで、1976年の本文庫出版時点では、「フィーベ」を「フィービ」に変えざるを得なかったのではないか。
詩人小笠原豊樹氏は、言葉の響きを重要視される方である。現在、ご自身のマヤコフスキー訳詩集を、新訳改訳される仕事が進行中で、続々と新訳が出ているが、詩句の日本語の響きは、旧訳よりもよくなっている。それを考えると、「フィーベ」を「フィービ」に変えられたのは、詩人としてのご自身の意思によったものとは思えない。
そして、しかし、けれども、その後、1982年に「パラダイス」でデビューし、世界中の若者を魅了した、セクシーアイドル女優の名前は、日本では「フィービー・ケイツ」と呼ばれるのが普通であって、「フィービ・ケイツ」ではない。
英語の発音のことは良く知らないが、「Phoebe」を「フィービ」と読んでも、「フィービー」と読んでもいいのであれば、「フィーベ」のままでもよいではないか。
いずれにせよ、ロス・マクドナルド原作、詩人の小笠原豊樹訳「ウィチャリー家の女」の主人公には、「フィーベ・ウィチャリー」という美しい名前がふさわしい。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.13:
(5pt)

ロス・マクドナルド原作、小笠原豊樹訳の、本物の、「ウィチャリー家の女」(ハヤカワ・ポケミス739)

これは、ロス・マクドナルド原作、小笠原豊樹翻訳の、本物の「ウィチャリー家の女」(1962年初版。ハヤカワ・ポケミス739)である。
本物である理由は、女主人公の名前が「フィーベ・ウィチャリー」になっているからである。
現在は、ミステリ文庫版「ウィチャリー家の女」(1976年初版)が流通しているが、長年、ポケミス版を愛読してきた私は、ミステリ文庫を10ページまで読んで、心臓がとまりそうになるほど驚いた。
理由は、ポケミス版で「フィーベ」になっていた女主人公の名前が、文庫版では、「フィービ」に変えられていたからである。
文庫版は、新訳でも、改訳でもなく、文章はポケミスのままである、しかし、主人公の名前は変えられてしまった。(細かい点をいうと、本翻訳が1972年に世界ミステリ全集に収録された際に、漢字の一部は直されており、文庫版もそれを受け継いでいる。しかし全集でも、女主人公の名前はフィーベのままであった。)
ロス・マク作品において、女主人公の名前は重要である。そのことは、ポケミス版「さむけ」の訳者あとがきで、小笠原豊樹氏自身が述べておられる。すなわち、ロス・マクの魅力は・・・暗いやさしさのようなものであり・・一種の象徴主義であり・・その特徴の一つとして作者が重要な女性の登場人物に与える名前の美しさをあげることができるとし、「ウィチャリー家」のフィーベ、「縞模様の霊柩車」のイゾベルを、例として引かれているのである。このあとがきに感動した当時の読者は少なくないだろう。
もちろん、ロス・マクが与えた名前は「Phoebe」であって、「フィーベ」ではない。だが、小笠原豊樹氏が日本人読者に与えてくれたのは「フィーベ」という訳名であった。私見では、「フィーベ」はリーベを連想させる、詩的で、美しい日本語名である。
小笠原豊樹氏自身が書かれた文庫のあとがきには、名前を変更したことについて、一切言及されていない。当然、変更の理由も書かれていない。だが、推理することはできる。
1973年以前は、「Phoebe」という名前の著名人はいなかったと思う。だが、1974年にPhoebe Snowがデビューし、1975年日本発売のLPは「ブルースの妖精 フィービ・スノウ」と題されて、ポップス界を席巻した。これで、1976年の本文庫出版時点では、「フィーベ」を「フィービ」に変えざるを得なかったのではないか。
詩人小笠原豊樹氏は、言葉の響きを重要視される方である。現在、ご自身のマヤコフスキー訳詩集を、新訳改訳される仕事が進行中で、続々と新訳が出ているが、詩句の響きは、旧訳よりもよくなっている。それを考えると、「フィーベ」を「フィービ」に変えられたのは、詩人としてのご自身の意思によったものとは思えない。
そして、しかし、けれども、その後、1982年に「パラダイス」でデビューし、世界中の若者を魅了した、セクシーアイドル女優の名前は、日本では「フィービー・ケイツ」と呼ばれるのが普通であって、「フィービ・ケイツ」ではない。
英語の発音のことは良く知らないが、「Phoebe」を「フィービ」と読んでも、「フィービー」と読んでもいいのであれば、「フィーベ」のままでよいではないか。
いずれにせよ、ロス・マクドナルド原作、詩人の小笠原豊樹訳「ウィチャリー家の女」の主人公には、「フィーベ・ウィチャリー」という美しい名前がふさわしい。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.12:
(5pt)

ロス・マクドナルド

ロス・マクドナルドの傑作長編ミステリーです。同じハードボイルド作家でも、チャンドラーての違いが際立っています。ミステリーファン必読の一冊ですよ。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.11:
(5pt)

心の荒野をさまよう人びと

若い女性フィーベは霧深い11月の早朝、サンフランシスコの波止場から姿を消します。やがて、私立探偵リュウ・アーチャーは、石油企業の大資本家である彼女の父親ホーマー・ウィチャリーから娘の失踪事件の調査を依頼されることに。リュウ・アーチャーは徹底的な捜査を開始しますが、フィーベの行方は杳として知れません。そしてー。本書はハードボイルドとして一級品であるのみならず、リアリスティックな本格小説としての骨格をもそなえている作品です。ロス・マクドナルドが凝視しているカルフォルニアは現代米国社会の縮図。アメリカにおける家庭と家族の悲劇を描き続けてきた作者は、本書「ウィチャリー家の女」でも、富と貧困のあいだで心の荒野をさまよう人びとの恐れと迷いを鋭く活写、「さむけ」と並ぶロス・マクドナルドの代表作です。読後、ある種の感動が胸内に広がりますー。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.10:
(4pt)

『さむけ』と並ぶ、<ロス・マク・ハードボイルド>の代表作

ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラーとハードボイルド御三家と称されるロス・マクドナルドのLAの私立探偵リュウ・アーチャーを主人公にした、『さむけ』と並ぶ’61年発表の代表作。
‘わたし’ことリュウ・アーチャーは、ある富豪に呼び出されて、2ヶ月間行方不明になっている21才の娘フィービを捜してくれと依頼される。学校関係者と話したのち、鍵はくだんの富豪と険悪の仲にあり、今は離婚したフィービの母親であると感じた‘わたし’はサンフランシスコへ赴き、その母親の痕跡を追って調査を続ける。しかし思わぬ殺人事件が続けて2件起こったり、やっと見つけた母親を何者かにタイヤレバーで殴られ見失ってしまったりして、肝心のフィービ探しは霧の中である。
やがて、実に根気よく目撃者や関係者にあたって調査を進めるうちに、霧が晴れるように事件の全貌が明らかになる。
本書でマクドナルドは、リュウ・アーチャーをはじめとする登場人物の人物造形の巧みさ、人間入れ替わりのトリック、金に対する欲望の深さ、男女の愛憎、そしてなによりも、たとえ富豪といえども起こり得る“家庭の悲劇”を、おさえた筆致で語りつくしている。
本書に登場するのは普通の人々であり、人生の歯車が少しばかりねじれてしまったがために悲劇は起こるのだ。ラストの真犯人とのやりとりには息が詰まるほどの静寂さすら感じられる。唾棄すべきワルが現れたり、麻薬抗争やギャングとの撃ち合いがあったり、激しい暴力を描くばかりがハードボイルドではない、“人間を描く”ことが真のハードボイルドだ、というお手本のような作品である。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.9:
(5pt)

マスターピース

「さむけ」と並ぶ、ロス・マクドナルドの傑作。
この2作は、びっしりと埋め込まれた、「〜のような」という比喩が傑出しています。
その分、比喩が輝きを失っていく後期作品はガクンと落ちるのですが。
「さむけ」が「ミステリー」という枠を飛び越えてしまった「超傑作」だとすると、その前作である本作は、最後の「ミステリー枠内の傑作」ということになります。
逆の評価もあるようですが、僕はそう考えています。
なにより、このメイン・トリックはすごい。ディクスン・カーがこんなトリック使ったら、「こんな子供だましの手ぇ使いやがって」とか(本格物嫌いに)言われると思います。
アントニー・バウチャーは、「実現不可能」と言ってるそうです。
しかし、こういう仰天のトリックを使っているということは、ロス・マクが、リュー・アーチャーものを、ハードボイルドとしてだけではなく、もっと大きな「ミステリー」の枠の中で考えていた・・・ということだと思います。
その分構成も複雑になるので、構成自体はルーズなハメットやチャンドラーより(逆に)、「ハードボイルド派」としては下に見られるのではないでしょうか。
リュー・アーチャーものの第1作「動く標的」から読んでいくと、ひとりの小説家の、成長から衰退までをたどることができます。
「チャンドラーの真似」から始まったロス・マクも、本作と「さむけ」ではもう、まったく違う場所から「人間」をまるごと捉えようとしています。ハメットもチャンドラーも関係ない。
「娯楽」を目的として書かれた小説が、その意図を突き破って読む者を感動させ得る・・・「ウィチャリー家の女」と「さむけ」の2作は、そのことを証明しています。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.8:
(5pt)

ロスマク初心者はまずこれを読め

ロスマク文学の最高傑作は〔さむけ〕か,この〔ウィチャリー家の女〕かで,信者の間では未だに議論が絶えないのだが、その結論はさておき、まずにこの作品を読め、と。この〔ウィチャリー家の女〕に関する極めて秀逸な評論を法月輪太郎が惚れ惚れする賛辞として捧げているのだが〔さむけ〕を最初に読んでしまったならば、最高傑作たる本作も霞んで見えるであろうからさ。勿論ロスマクはハードボイルド御三家の一人だけれども、逆説的に言って所謂ステレオタイプのハードボイルドを終わらせた作家でもあるんですよね。後続のブロックは,自分の分身たるスカダーにそれを打開すべく託したのだが見事に失敗。エルロイは流石だ、ハードボイルドの枠を飛び越えて漸く自分の基盤を築いてみせた(さすがにキチガイ作家)。つまり何を言いたいのか…この〔ウィチャリー家の女〕は最高の文学の一つではあるが,エンタテイメントとして,面白さでは〔さむけ〕には及ばないと,ハイ(苦笑)この作品のエピローグはね、理屈じゃあ語れません。一人の人間としてただただ祈るばかりです。仏教徒もキリスト者もありゃあしません。自分は白色人種が大嫌いな旧弊ですが、それでもロス・マクドナルドを実の父以上に尊敬しています。以上、失礼しました。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.7:
(5pt)

良い小説です。

まず一番に挙げたいのが人物描写の素晴らしさです。
適格で簡潔明瞭な描写によって、登場人物が活き活きしています。
特に失踪した母娘が、どれほど似ていたかが会話によって明かされて行く場面は、圧巻です。
欲に負けてしまう人間の弱さ、哀しみ。
状況を改善しようとした行動が蹉跌となる絶望、無力感。
愚かで無力で、小さく哀しく、孤独で弱い人間たちのドラマです。
一流の娯楽作品であり、それ以上の物が確かにあります。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.6:
(5pt)

秋の夜長のハードボイル再読【リュウ・アーチャー】

ロス マクドナルドの最高傑作の再読。数年ぶりでしたけど本当にしびれました。私の最も敬愛する探偵、リュウ・アーチャーが事件の起こる家庭の中に入り込み、質問を続け、事件の真相を追究していく。そこには密室殺人やトリックはなく、現実感にあふれている。現実の中でアーチャーは真相を探っていくのである。その結果、家庭の悲劇や血の怨恨が浮かび上がる。そこに事件が存在する。アーチャーはその事件を冷静な視線で追っていく。「わたし」が事件を追う過程はバーチャルな現実感を我々に与える。本作もウィチャリー家の影をアーチャーが薄皮をはがすように究明していく。その先には静かな海のような静寂が待ち受けているが、アーチャーは冷静に見つめるだけである。そこに読者である我々は男の「美学」を見るのである。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.5:
(5pt)

「さむけ」と並ぶ作者の代表作

米ハードボイルド界を代表するロス・マクの「さむけ」と並ぶ代表作。
話はある家から失踪した娘の跡をアーチャーが追うという典型的なハードボイルド風なのだが、「さむけ」と同様、作者はある趣向を用意している。追跡するアーチャーが娘の痕跡を辿るうち、暗い翳を感じるのだが、これが上記の趣向にも繋がるし、本作のテーマである家族の問題にも繋がる。
作者は、本作を初め、「縞模様の霊柩車」、「ドルの向こう側」あるいはそれ以降の作品で、繰り返し家族を中心とした現代社会の人間関係を描くのだが、本作はそうした社会的問題とミステリ風味が融合した見事な作品だと思う。
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4150705011
No.4:
(5pt)

ミステリーの最高傑作

この作品は、ドストエフスキーの愛好者などにこそ勧めたい作品だ。現代アメリカ(ロサンゼルス)の孤独感をこれほど適確に表現している作品を他に知らない。資本主義の分析、心理学の分析の両者を横断しているという点で、現代文学の傑作とさえ呼びたいし、この作品でマクドナルドが描く人間関係は先に述べたドストエフスキーやギリシャ悲劇のそれと比肩しうる域に達している。私立探偵(比喩的に述べれば映画作家のゴダールもそのひとりだ)が主人公であることが現代の闇を描く上で一種の必然であるということもこの作品が証明している。同じ作者の『さむけ』や、少し意匠が似ている『幻の女』などよりもあらゆる面で優れていると思う。この作品を前に、純文学(あまりいい言葉ではない)、ミステリーといった分類は無意味だ。
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4150705011
No.3:
(5pt)

読後、胸に広がってくる静けさに感動しました

ホーマー・ウィチャリーの依頼で、失踪した娘フィービ・ウィチャリーの行方を、私立探偵リュウ・アーチャーが調査していく。いろんな人物に会い、話を聞いていくアーチャー。しかし、消えたフィービの行方は霧をつかむようにようとして知れない。一体、フィービはどうしてしまったのか。すでに何者かによって殺されているのか、それとも……。終盤、徐々に霧が晴れていくように話の真相が姿を現してきます。ここでは、まるで悪夢を見ているような思いにさせられました。登場人物たちの人間像が焦点を失い、歪み、ねじれてくる。悪夢と言うしかない、そんな感じ。ぞっとするほど不気味で邪悪なものが潜んでいるような、そういう不安と緊張感が高まっていって、頂点を極めた後で……。何とも言えない余韻を残して幕が閉じられる。読後、胸にしんと広がってくる余韻、その暗く深い、絶望的なまでの静けさに戦慄させられました。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.2:
(4pt)

ハードボイルドに浸れる一冊

 チャンドラーやハメットの流れをくむ、と紹介される作者だが、チャンドラーのハードボイルドよりはちょっと泥臭い感じがするのは、チャンドラーよりリアリティのあるストーリーのせいか? 大富豪の一人娘が失踪し、捜索を以来された私立探偵が娘の足取りを丹念にたどって行き、終に娘と遭遇するのだが・・・ 探偵リュウが関係者一人一人に目撃談を聞いたり、証言を集めたりという部分がもどかしいが、ここが後になって肝心になってくる。古典的な謎解きスタイルとでもいおうか。最近のテンポ良く流れるミステリーを読みつけてしまうとこのスローなテンポがちょっときついが、南の島のビーチなどでゆったり読むと満喫できそう。
ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)Amazon書評・レビュー:ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)より
4150705011
No.1:
(5pt)

ロスマクドナルド 最高の三部作の一つ

古く感じる? そんなことは無いと思う。この抑えた感じが素敵である。 中年になって読み直してもやっぱり良い
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4150705011

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