■スポンサードリンク
苦役列車
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
苦役列車の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.84pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全276件 181~200 10/14ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
話題になっていたので衝動買いをしてしまいました。 「苦役列車」確かに、主人公北町貫多の19歳という若い時代の、日雇労働時の自業自得の厳しい生活については、興味をそそられる部分もあったが、ラストはなんか中途半端に終わってしまっているように感じてしまいました。 「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」は冴えない40男になった貫多の姿を描いているのですが、これらを通して読むと、なぜ、「苦役列車」時代の貫多が小説を書いていて、賞を貰えるまでになったのか、20、30代の貫多が描かれていないので消化不良を起こしてしまいました。 確かに自分勝手な主人公の話、私小説なのでしょうが、私には「芥川賞」を受賞した意味がわかりませんでした。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
芥川賞受賞ということと、受賞式のニュースで見た西村氏の風貌や言動に興味を覚え、買いました。 著者をモデルにした主人公の小説、こんな人生もあるんだなと…一気に、興味深く読みました。※ネタバレになるので内容は省かせて頂きます。 私にとっては読み慣れない、聞き慣れない言い回しや言葉が若干多くて戸惑った感もあります。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
自分のことが書かれていて恥ずかしさを感じながら読みました。 こんな無様な自分になってしまい死んだ親父に申し訳なく思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
父親が性犯罪者、中卒、家出、人足で日銭を稼ぐ、常に空腹で孤独で、夢も希望もない。その日暮らしだった作者自身の陰鬱な青春時代に材を取った表題作のほか「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を収録。 退屈で悲惨な毎日を反復するだけだった北町貫太の生活は、日雇い先で出会った日下部正二という専門学生との交流によって好転していく。だが卑屈さの裏返しとしての攻撃性と、愛されてこなかったがゆえの甘えによって、せっかくの友情を自らぶち壊してしまう。殻を破って他者と親しくなったことで、相手を傷つけ自分をも傷つけ、かえって一層、寂しくなってしまうという展開は、自業自得とはいえ痛々しい。 劣等感、怠惰、嫉妬、憎悪・・・自身の醜さをさらけ出すのは私小説の基本であるが、芥川賞受賞の表題作はそれだけの作品ではない。日本の私小説はどこか露悪趣味なところがあって、そこが鼻につくのだが、作者は貫太の愚行と自滅をユーモラスに描くことで、この問題を巧みに回避している。要するに貫太を戯画化することで自己を相対化している。貫太は周囲の人間全てに迷惑をかける問題児であるが、彼には少しも悪意がない。単に身勝手なだけであり、その幼稚さが読者から見ると一種の愛嬌となっている。いわば「憎めないダメ人間」であり、作者は若き日の自分をそのまま描いたのではなく、人物造形に工夫を凝らしているものと思われる(そして世渡り上手の日下部との対照によって、貫太の性向が殊更に際立つ仕掛けになっている)。この辺りの匙加減が絶妙である。この辺りの匙加減が絶妙である。 また、実体験を基にしている有利を差し引いても、「下流」な生活描写が非常にリアルで唸らされる。特に性欲と食欲に関する記述が異様に詳細で、何とも下品な文章なのだが、卑俗に徹しているからこそ笑えるのである。この作家の文章力は侮れない。 無教養な少年が主人公の作品なのに、妙に小難しい言葉が多用されているのもポイントだろう。そこに語り手である西村賢太と作中人物である貫太との分裂が明確に示されているわけだが、教養をひけらかすことじたいが中卒である作者のコンプレックスの表明に他ならない。もちろん作者は意識的にそうしているはずで、なかなか食えない作家だと思う。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
こういう作家は嫌いではないですし、「根津権現裏」の解説を読むと、芥川賞を取ったことが藤澤清造という作家に世間の注目を集めることに寄与しているので、すべてを肯定的にとらえるべきなのかもしれませんが、それでもやはり芥川賞には違和感が拭えません。ただ、同時受賞の「きことわ」と「ニコイチ」と考えれば、どこか相互補完的といいますか、足して二で割ると、すごく中庸の凡作になってしまうのではないかとか、つい由無し事を考えてしまったりもします。繰り返しになりますが、個人的にはこういう作品は嫌いではないのですが、三十数年前に太宰をはじめとする、いわゆる「私小説」の一群の作品を読んだ時や、十数年前に車谷長吉をはじめて読んだ時のこちらにぐっと迫ってきた衝撃に比べると、本作がそれらの作品のパロディに思えて仕方ありませんでした。「文藝春秋」か「文学界」のどちらかのインタビューで、「面白く読んでもらわなければ、」という趣旨のことを述べられていたので、作者にそういった意図があったのかもしれませんし、あるいは、読むこちら側が歳を重ねたことが大きいのかもしれません。太宰は言うまでもないですが、ほかの誰よりも自分と歳が近いのがこの作者であるので、逆に近すぎてうまくいかないとも考えられますが。もしかすると「田舎教師」として二十数年を過ごした自分と作者との距離が、自分がこの作品に手放しで乗っかることのできないなにかしらの遠因になっているのかもしれません。あれこれ書きましたが、結論としては十分「面白く」読むことはできました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
「苦役列車」というからには、どれだけの苦労を してきたのだろうと思っていたのに、 ちょっとでも嫌なことがあるとすぐ逃げ出し、 人のことを妬み、悪いことは人のせいにする。 全然良い作品だと思えるところは一つもなかった。 何とか最後まで読み終えた後テレビの受賞コメントを 思い出して、「ああ、この人は結局昔と変っていないんだな」 と思った。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
主人公は 北町 貫太。 中学を出て、家を出て、安アパートの一室にこもり、日々を過ごす。 19歳になった今、とりわけやりたい事もなく、やるべき事もない。 ただ ただ、生活のために日当5500円の、日雇い港湾人足仕事で日銭をまかなう… 青年の成長実態、人間の本性、港湾の現実を生々しく描いた私小説。 肉体労働者の心と気持ちの移り変わり… そこに、痛々しいけれど認めざるを得ない現実が横たわっていました。 本書は、『苦役列車』と『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』の順に2編が収められていますが、初出はそれが逆です。 単行本への編集時点で順番を入れ換えたのでしょうが、それが見事に功を奏しています。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
芥川賞受賞直後に受賞作掲載の文芸春秋で読んだ。率直に言って小説としてはきちんと描けているし、特段の傷もない。だがいわゆる小説としてどうか?と言われると正直言って普通・・・。車谷長吉氏のような凄味と超絶的な巧さがあるわけでもないし、実際に西村氏は相当しんどい人生だったと思うのだがそのソウルが作品に表れておらず、戯画的に笑えるほどでもない。だが朝日新聞の広告記事やAMAZONのベストセラーリスト上位にあって「なんでそんなに売れてんの?」と思った際、はたと気付いた。 「格差社会だからなんだ・・・・。」 僕自身は「自分が感じている事を書いてくれてる」というノリで小説を読む生理や性分が無いのだが、大部分の人はそういう感覚で純文学を読む傾向が多い。それは太宰治と村上春樹氏の中核読者層が良い例だ。僕は若い時そういう傾向を唾棄すべきものと考えていたが、年をとったせいか「そういうありかたもあっていいじゃないか」と思うようになってきている。かつ純文学作家の若年デビュー=読書・経験不足で数年で消えてしまう傾向が続いてきていたが、40歳を超えた西村氏が受賞した事自体はいい傾向だと思う。色々書いてしまったが西村氏はもっと凄い小説をかけるようぜひ頑張って欲しい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
今時の小説では珍しい強烈な私小説です。 貫太(西村)が青春時代を過ごした時と、40代になった貫太という2部構成で書かれています。 父が性犯罪者という世間に対する強い劣等感を貫太(西村)は持っており中卒、日雇い労働者、短気、所謂``ダメ人間``で 毎日を日雇いで食いぶちを繋ぎ、自らの人生を先が見えず、どこまでもレールが続く``苦役列車``と表現してます。 文才はあると思いました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
「愛し合ってるかーーーーーーーーーーーーーい」 (回り)「yeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeah」 (おれとその他何人か)(愛し合ってなんかねーよ、クソが) でも清志郎は好きです。 自分の西村体験。 芥川賞のテレビインタビューがネットで話題で(未見)興味が沸いて、文芸春秋201103を買ったまま積んでおいた。 昨日、夜やっと読みはじめて、22時頃「苦役列車」及びインタビュー、選評を読んだところで、近所のブックオフに他の作品を探しにいくもまったくなく、新刊書店で「暗渠の宿」を買って、菊正宗ピンを飲みながら「けがれなき酒のへど」を読んだ。 寝て起きた今も酔っぱらってて、ピンをちょこちょこ飲みつつこれを打ってるところ。 具体的なことを。 自分の少ない読書体験から引き合いを出すと、初期町田康(初期じゃなくても好きですが)、中島らも、ちょっと変化球だと吉村萬壱を集中的に読んだ人はすぐ読むべき。読むべし。 自分の多少多めなマンガ体験から引き合いを出すと、狩撫麻礼関係、いましろたかし、初期福満しげゆき(初期じゃなくても好きですが)、安達哲、古泉智浩なんか。 自分の多くもない映画体験から引き合いに出すと、ジョン・カサヴェテス、ショーン・ペン関係、山下敦弘、「全然大丈夫」の人、なんか。 これらにピクっときたら読むべき、読むべし。 自分は坪内祐三経由で川崎長太郎も読めるものは読みましたがあまりついていけず部分的にしか揺さぶられませんでした。 吉村萬壱も、この方も川崎長太郎が作品内に固有名詞として出てきますが、今現在(38歳、無職、居候、独り好きの寂しがりや)、屑が読むのは、屑が心揺さぶられる、すいません、「自称」屑の自分の心を揺さぶるのはこの人の文章です。 ひさしぶりです。 普段だったらブログに書く程度ですが、ここで屑どもにこれを読んでほしいからアマゾン書くと思い立った。酔っぱらってますが。 ぐっときました。笑いました。涙ぐみました。切なくなりました。 新刊(お布施)で買うのはいましろたかし先生ぐらいですが、この方の本もそういう気持ちにさせます、wikiみると。 とにかく最高ってことです。 若い人はあんまり読むべきじゃないかもしれない。やられちゃったら本当にやられちゃうから、そして、このやられちゃう感は歳くってからわかるものだから安易に手を出さないほうがいい。 自分にとっては芥川賞がはじめて有益になりました。まず単行本でお布施して、文芸春秋201103を探してください。「反石原」ですけど選評は読む価値あり。この人本読んでるんだなあと思った。あと、よかった選評は山田詠美、川上弘美、よくないけどこの人ならこういうだろうなっていうのが村上龍。 なんだかよくわかんなくなってきちゃった。 共感というか共鳴。 泣き笑いの最終形態。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
中卒、友達がいない、風俗好き、短気、金がない 話題作でもあり、またTVでのインタビューを見て興味を持ち購入。 もっとおぞましく、最低な作品かと予想していたが、結構笑いながら3時間くらいで読み終えた。 話は中卒で学歴がなく、家賃も払えず転々として、日雇いのバイトに明け暮れる毎日。 ひたすら自分のコンプレックス(中卒など)をぐだぐだ語る内容。 これだけだどウ○コみたいな小説だとみんな思うかもしれないけど、なぜか?面白い。 特に笑ってしまったのは .田舎者は世田谷、杉並に住もうとする(確かに、田舎ものはやたら住みたがるのは事実) .友達の彼女に「こいつはおまけしてやってもせいぜい15点の女」 で、腹いせにその彼女をオ○ニーのオカズにして、オナ世界で犯す。 (しかし自分の父親が性犯罪者なので、処理後に心の中に激しい恐怖がわきあがってくる) とんでもない最低の男だけど、まあ男ならオナ世界では自由だから良いと思うけどね。 スラスラ読めるし、オススメできるかも? | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
すらすらと読めました。 ただし日本語の表現として分かりづらい文章(どうも間違っていない?)が 散見したのも気になりました。 (これは私の読み込みが足りないせいかな) 「こんな男が身近にいたら面倒だなあ」と思わせて時点で作者に軍配。 私小説作家ということで半自叙伝(?)なんですよね。 時代背景は昭和の終わりとのこと。 重たく暗い雰囲気が漂う中にもどこか陽気な明るさを感じさせるのは、 それはきっと作者の人柄なのではないでしょうか。 某インタビューで石田衣良さんは「純文学は自分の病気自慢」との節を 言っていましたが、まあ共感します。突き詰めればその通りの気がします。 でもこういう作品が嫌いじゃない自分もいるんですよ。 肌に合っている、そう感じながら読みふけりました。 これは恵まれた環境しか知らない人には共感しづらい感覚かもしれませんね。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
ついぞ芥川賞なるものには興味が無かったが、会見での「これから風俗に行くところだった・・・」やTV番組での「編集者は皆、敵です」等発言する著者の人柄?に興味を持ち、早速手にとって読んでみた。なるほど冒頭から「朝立ち」描写ではじまり、期待を裏切られなかったが、何と言おうか、中卒者の社会的地位の低さ・・・日雇い労働でのその日暮らし、その中での人との交友、ひと時の友情、ひがみ根性、望み薄い将来への不安・・・どちらかと言えば社会の「影」の部分を巧妙に描いているのだが、何故か悲壮感のような暗さはあまり感じられない作品。成功物語がある一方で、確実にある「苦役」話。大感動とも言えないが、決してつまらない作品ではなく、何か心に引っかる・・・と言った印象だ。太宰治ほどではないにしろ、こういう「暗い」作品には何故か人を惹き付ける魅力があるのだなあ・・・と、ただ、女性にはあまりウケないだろうな・・・という余計な心配もしてしまう一冊。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
『苦役列車』は芥川賞を受賞した私小説作品で、エピソードはほとんど実話に近いらしい。父親が犯した性犯罪のおかげで学校には居場所がなく、中卒で東京に出て物流倉庫の日雇い仕事でその日暮らしを送り、カネも友達も女もなく、たまの風俗通いだけを楽しみに生きている19歳の少年が主人公。日雇いの仕事場に専門学校生で同い年の友達ができて、無二の親友のような付き合いが始まるかと思ったら、彼には親からの仕送りもあるし、友達もいるし、しまいには彼女もできるぐらいで、結局主人公とは棲む世界の違う恵まれた男として去ってゆく。 本書には『苦役列車』と、売れない小説家が川端康成賞の候補に選ばれて云々という内容の『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』という短編が収録されている。 作者の西村賢太氏については、芥川賞受賞のニュースとかを読んでる分には「あぁなんかちょっと面白そうな人」ぐらいには思ったし、「中卒」「性犯罪者の息子」「前科者」「友達いない」「風俗好き」等々というプロフィールは人目を引きます。そういう人が「自分のことしか書けない」と言って私小説を書き、賞を取ったと言うんで単行本を買いました。もちろんべつに芥川賞なんかに期待は全くしていない。だけどインタビューでしきりに風俗云々とかわけのわからんことを語っているのは、いったいどんな奴なんだろうと思って(笑) でも残念なことに作品自体は、上記のようなプロフィールとか受賞ニュースを読んで期待したほど凄惨でもないし滑稽でもなくて、はっきりいえば迫力ゼロですね。 なんというか、もっぱら「ダメキャラ」だけをネタにしていながら、そのダメさが中途半端っていうのがさぶいです。著者はインタビュー等でもひたすら自分は「どうしようもない人間」「ダメな人間」だと言ってますが、その人生の「どうしようもなさ」の作り込みが小説中では大して徹底されてないんです。さほど「どうしようもなく」ない(笑) たとえば父の「性犯罪」とやらも、単に性犯罪と言われるだけで何が起きたのか語られない。想像しろと言われればいくらでも想像するけど、詩じゃないんだから、筆力でもって想像を絶する世界に読者を連れていくのが作家のつとめでしょう。 「苦役」というけどその労働はたいして苦しそうに描かれてないし、貧乏生活も「家賃滞納で何度かアパートを追われた」というエピソードだけが繰り返し同じ言いまわして語られるだけです。また、風俗やオナニーをネタにして「ダメさ」を描きたいんでしょうが、まったく描写に滑稽味がなくて笑えないし。 で、これがまだ20代なら「とんがった兄ちゃん」で済ませられるし、最初話を聞いた時は20代の作家だと勝手に思い込んでたんです。ところが実は43歳だったってのが・・・。たとえば著者は、親父が性犯罪者であるが故に背負った労苦というのを本作も含めて繰り返しネタにしてるようなのですが、そりゃそういう辛さはあっただろうし、それを小説に描いてくれても結構だけど、40代になってまで「父」の呪縛をネタにしてるってのはちょっと痛々しくないですか? 逆に言うと、30年も引きずるような凄まじい経験なのであれば、徹底的に凄まじい筆致で描いてくれないと、読むにたえないです。 ・・・と、いま書いていて分かりましたが、要するに「過ごした年月分の歳をとれてない大人の文章」という感じです。まったく作家には向いていないと思う。この著者の30年間は、小説を書くには余りにも「空っぽ」な30年間だったんでしょう。 だったら逆にそれを生かして、べつに「貧乏」だとか「孤独」だとか、「風俗」だとか「親父の犯罪」だとかをネタにするんじゃなくて、その空っぽさを徹底的に自嘲するという「どうしようもない」作品を書いてくれたらいいんじゃないかと思いました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
悪く言ってしまえば延々と救いようのない話が続くだけ、なのですが にもかかわらず意外にも面白く読めてしまう話でした。 表現がいいからかもしれません。 ただ、内容が内容なので、万人向けの話とはいえないでしょうし、 あるとき面白く読めても別なときに読むとまったくだめ、ということもあると思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
下卑た感情表現が多いし、あまり触れられたくもないけど、 きっと誰にでもあてはまる欲望の動きが描かれてるんじゃないかなって思う。 (認めない人もいるかもしれないが) こういう考えってよくないんだろうけど、労働階級をテーマにした小説を読むと生活のありがたみが増します。 小銭をもっていつでも立ち喰いそばに行ける喜びが再確認できます。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
この小説は俺そのものだ。バブル期に同じような挫折感を味わいながら生きていた若者達も今や立派な中年オヤジになった。なにも成功だけが人生ではない…成功しない奴は生きてちゃいけないのかい?結婚しない中年オヤジはキモイのかい?冗談じゃない…俺も人間だ。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
小説の内容からして、芥川賞を受賞していなければ、手に取ることのなかった本だと思います。 単純に言えば、父親が性犯罪者として逮捕されたところから、人生が大きく狂い、その遺伝子を継いでいるという引け目から、どんどん人生に消極的となり、孤独で怠惰な日常を送っている、そんな男の物語です。 これだけの内容であれば、途中でこの本を投げ出していたかも知れません。 でも、この本には、それだけではない魅力がありました。 この内容であれば、どうしようもない読後感を抱いても不思議はありません。 しかし、この本には、そんな悲惨な毎日を描いていながらどこか切迫感がありません。 それどころか、何か可笑しみと言うか、ちょっとした「余裕」の様なものを感じます。 それは、どうしようもない奴と言うイメージだけでない主人公の憎めなさに由来しているのかも知れません。 それでも、個人的には一緒に収録されている「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」の方が、説得力を持って受け止めることが出来ました。 逆に言えば、表題作は余りに自分の人生とかけ離れているため、共感しにくい面があるからかも知れません。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
芥川賞作品ということで、どうせつまらないだろうと偏見を持ってしまい、この作家の書いた全作品の最後に読むことになった。私も臨海副都心再開発時に、あの辺で働いていたので、殺伐とした工事現場の一日の終わりの広大な夕陽が思いだされた。最後に『苦役列車』を読むと若い男との友情が描かれていて新鮮な感じがした。まずあの巨大な工事現場を実際に見た者にしか書けない正確な風景描写に魅了された。いま女性だらけの東京臨海副都心は、かつては女性が存在しない場所だった。日雇労働者の拘束時間中の楽しみは、昼の弁当だけなのだ。いろいろ意見があると思うが、私にとっては結局『苦役列車』収録の二作品が、この作家の全作品の中でいちばん良かった。 「或いは貫多だけの感慨かも知れないが、鈍重なコンテナ車のみが行き交っている前途の展望には、まさに今、着々と地獄の一丁目に近づきつつある実感と云ったものを抱かされ、それが今更ながらにウンザリで、我知らず消極的な沈んだ気分になってきてしまう。 そしていよいよ目的地が見えはじめ、最早覚悟も決め直して一寸窓からその方を眺めやれば、すでに倉庫の横手を流れる京浜運河には艀が停泊し、沿岸にクレーン車もスタンバイされた上で、陸の上では倉庫の社員たちが駆る数台のフォークリフトによって、パレットの準備も手際よく進められているようであった。」(18ページ) この作品には、この作家の生い立ちの傷が、全作品の中で最も具体的に記されている。また日下部という精悍な男性に対して一方的に友情を求める喜劇的な描写が痛ましい。この作家の人間関係は、いつも相手に愛を求めすぎる結果、相手を逆恨みして破綻する。 『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』は、無名作家時代の名声へのあこがれが、あまりにも正直に描かれていて心を揺さぶる。 最後に、この作家の自費出版である田中英光私研究7、8に収録された二作品について紹介したい。30歳になる前に書かれたものだが、スタイルはすでに完成されており、いずれも強い印象を残す佳品である。『室戸岬へ』当時傾倒していた田中英光の不明部分を調査するために室戸岬に行く話。まるで刑事のように生存者の聞き込みをするのだが、その前に酒場で偶然に出会った現地のグループの中の女性に勘違いの恋をする。『野狐忌』田中英光のためのたったひとりの『野狐忌』。青山の立山墓地、三鷹の禅林寺の墓参、世話になっていた二人への暴行事件が詳しく描かれている。知人の懇意にしていたホステスに火のついたたばこを投げるシーンが印象的だ。この二作を見ると、現在の藤澤清造へのこの作家の墓参が、田中英光を見習っていることがわかる。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
イヤー芥川賞受賞で初めて読みましたが、自分で書けない、触れられたくない部分をきれいな文体で書いてるさまは、素晴らしいですね ある意味、感動しましたよ 朝、出勤中、電車の中で読むと何故か素直な気持ちになります これを読むと、今回の大震災も乗り越えられるように思えます | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!