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苦役列車
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苦役列車の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.84pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全276件 201~220 11/14ページ
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何が彼をそうさせてしまうのだろう。中卒の自分を親や境遇のせいにした、落ちぶれ方といい、とても痛々しい小説。文体としては読み易くても内容的には読み進めるのは辛い。一般受けはしないだろう。 あと、地の文が文語調なのにもかかわらず、会話のなかでは「全然〜ない」の法則が守られていないのが気になった。 | ||||
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多くの人がこの小説を読んで主人公の貫多に自分自身と重ね合わせてある不思議な満足感と共感を得たのではないでしょうか。ひとの心の奥底にひそむ黒っぽいドロドロとした何かがこの作品には表現されています。最近の芥川賞がいかにも優等生的な作品や人気集めとも疑われかねない美人女流作家の受賞が続いた中でこのような作品が受賞作となったことは正直胸のすくような気持がしました。人生の中ですべての人が一度は乗車する苦役列車に一生乗り続ける貫多は黒々とした力強い光線を放っています。 | ||||
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芥川賞受賞作品として、掲載された文藝春秋誌上にて読む。 著者の半生に基づく私小説ということだが、私が想像する私小説のイメージよりも、もっとカラッとした印象が強い。むしろ、劇画を読んでいるイメージに近いと思う。 その日暮らしの日雇い労働に就く中卒の若者(『北町貫多』という命名自体が人を食っている)が、職場である港湾倉庫で知り合った同年代の専門学校生との友情に破れ、尚且つ暴行事件を起こし日雇いの職場をも追われる身と成り下がる顛末が綴られるのだが、かなり悲惨なその境遇を語る著者の筆致がとてもテンポがよくかつ客観的でもあり、主人公の犯す愚行の数々が、いじましいと言うよりもむしろ痛快であり、その無頼派ぶりには爽快感すら抱かされる。 著者が私淑したという藤澤清造らの文体の影響か、漢語を多用したり、古風な言い回しを用いたりしているが、それがむしろ潔くかつ新鮮に思われ、見事に文体として小説の枠組みを支えている(小説を書くとき、英語での表現を意識して文章を書くという村上春樹氏と、何億光年も遠い存在であることか)。 また、登場人物も適度に戯画化して描かれており、客観的で、しっかりとした足腰の強い小説世界の構築に寄与している。 何はともあれ、芥川賞小説がこんなに面白くて良いのだろうか?(実は、同時受賞の『きことは』は、著者の優れた才能を大いに認めるものの、正直読みながら何度も居眠りしてしまった)。 行く行くは性犯罪を犯したと言う実父を主人公にした作品も手がけるとのことであり、文学としての出来不出来なぞは兎も角、早くその作品を読みたいとものだと今から楽しみに思った次第である(H23.3.27). | ||||
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芥川賞を受賞した表題作は、4帖半一間1万5千円のその日暮らしの若者が日当5500円の肉体労働にいやいや従事してやさぐれ、世間の成功者を妬み嫉み、そして鬱屈し、自涜し、たまに糞袋に精を遣りにいって身も世も呪いつつ自滅していく話で、底なしの自虐がいっそ心地よい60年代にはよくあった青春をコピーした私小説でどうということもないが、冒頭に「嚢時」なる旧弊の漢字をあえて使用したところに、著者の傲岸不遜さとあえかな矜持があらわれていると読んだは当方の僻目か。 そのようにいくぶん恰好をつけて書かれた「苦役列車」に比べると、同じ書物の後半にグリコのおまけのように収められた「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」では、著者のやけくその捨て身の私小説家魂が赤裸々に叩きつけられていて、妙に胸をつかれる箇所がある。 「彼は文名を上げたかった。(中略)名声を得たなら、彼を裏切り別の男に去っていった女のことも、たっぷりと後悔さしてやれる。自分の方がはるかに価値ある男だと云う事実を思い知らしてやるのだ」 「後悔させて」ではなく、「後悔さして」であり、「知らせてやる」ではなく「知らししてやる」と書いてしまうところに、この人の本質がある。さうしてインテリげんちゃんならそう思っても絶対に書かないほんとうの本音を、この人はまるで芥川と対抗して都落ちしていた頃の菊池寛のように、マジで書いてしまうのだ。 | ||||
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主人公 の貫多が、西村氏なんだろうけれど。芥川賞受賞作の「苦役列車」、社会に対する反発、燃え盛るようなマグマのようなものを期待して読んだんだけれど、単に普通の、今まで自分はこのような生活をしていましたといった、そんな感じに終始一環。逆に、西村氏のみが発せるような熱い、社会に対する憤懣を猛然と書き綴ってほしかった。友達もいない、小説に没頭し、ものすごいコンプレックスの塊のような描写が数多くあります。辛い過去に反発し活字に没頭のようです。但し、芥川賞受賞作家として、今後文壇で活躍するには、この手の私小説以外に、もっと柔軟に幅広い作風を描けないと辛いと思いますよ。現状では次作を読んでみたいとは、正直思いませんでした。申し訳ございません。 | ||||
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芥川賞らしいと言えば、そうだけど、 楽しめる文学でもない。 私小説であることを強調し、 それを売りにしているように思うのだが、 どうも、その辺が、僕には合わない。 もちろん赤裸々な告白とも受け取れるが、 一方では小説、物語でもある。 もう少し、 主人公が憎めない感じがあれば、良いのだが、 リアルであれば、それで良い、というものでもないだろう。 あとは、好みですね。 う〜ん、僕は、またほかの作品を読みたい、とは思えなかったなぁ。 | ||||
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読んでいて気持ちのよくなる小説ではない。 どこか『蟹工船』のような、表舞台にはあらわれない、最下層生活者の闇をえぐる、痛烈な作風だと思う。 舞台設定は昭和の終わりでも、ネオン街の裏でホームレスが横たわる、今の「格差」時代に非常にマッチしている。 そしてまた別に感じたことは、文章の書き方も、内容も、とても、男っぽいということ。 私は女性読者なので、作中にときどき現れる男性視点の女性の見方や、即物的な性表現に少し拒否感があった。 でもそれは、この作者が執拗なまでに、普通は人に見せたがらないような主人公の赤裸々な「生」を、痛みを伴いながら 正直にえぐりだした結果だと思う。 主人公は、女性から見れば絶対につきあいたくないタイプの、「不潔・性欲の塊・金がない・学歴がない・ひがみが強い」 という何拍子もそろった筋金入りの落ちこぼれだ。 自ら下層にいることを認識しながら、それでもねじれたプライドだけは卑しく持ち続けている男の、 目をそらしたくなるような、よこしまで醜い感情をそのままぶちまけている。 読めば読むほど苦しいし、報われない感情がつらい小説だ。 それでも、最終的には非現実的な大成功をおさめたり、最終的には女にもてたり、金をもうけたりするような、 「きれいな」内容でないことに、この小説の最大の魅力を感じる。 日常は、茫々と、続いていく。 多くの人の読書傾向に触れる仕事をしているが、きれいで、ハッピーな小説を求める人が本当に多い。 でも、それは、現実逃避だったり、思考停止だったり、成功した人間しか見ない、認めないという勝ち組思考に 即したもののようにも思う。 その面では、こうやって、人間の心の闇を正直に見つめたような作品は、受け入れられにくいだろうが、 現代にとって必要な本だと思うし、たくさんの人に読んでほしいと思う。 | ||||
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悪くはありませんが、取り立てて秀作とも思えません。 学歴も資格も金も覇気もない主人公の澱んだ日常を描いています。 日雇い労働の現場やら自堕落な生活ぶりはよく分かるのですが、共感はしにくい。「自分のことが書かれている」と読者に思わせるのが良い小説の条件のひとつだとすれば、この主人公にそう感じる人はかなり少数派では? もっとも、作者は「自分よりダメな人間がいると読者に思ってもらいたい」と話していました。もちろんそうは思いますが、そんな優越感に浸りたい読者ってどのぐらいいるんでしょう? 一連の出来事を通して主人公の内面などに変化が出れば面白いのでしょうが、ひたすらダメ男のまま。言葉遣いも奇妙に古臭く、違和感がありました。 | ||||
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表題作の「苦役列車」もいいですが、併録の「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」がなかなか凄いです。 冴えない中年男の身辺雑記に付き合わせられるのかと思ったら、文学賞の話が絡んできて、 いつの間にか引き込まれ、つまり欲求をかきたてられ、 誰も知らない昔の文学者の話を我が身のように聞かされた後に 身につまされるようなオチが待っています。 「苦役列車」はアルバイト生活の経験のある自分でも、このくらいは書けるんじゃないかと思わせられる親しみの持てる作風ですが、 「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」は正直なところ、読み終わって真っ青になってしまいました。才能です。 | ||||
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ひたすら自堕落な生活を描いた私小説。 悪を気取って実は小心者であり、また、家賃を踏み倒すとか、友達に借りた金を返さないとか、家族にたかるとか、スケールの小さい悪で、ただの迷惑な生活破綻者の暮らしぶりを描かれても少しも共感するところはない。 悪というなら、世の中の仕組に異議申立するくらいの気概でやれよ。 それでいて、プライドだけは異常に高いというのも反感しか覚えない。 そうした人間としての欠点も、それゆえにすばらしい芸術作品を生み出しているなら納得できるが、小説の出来もそれほどでもない、とすると、読んでいて不快になるだけである。 | ||||
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中卒が芥川受賞! 話題先行につられて、読みました。 著者いわく「稚拙」そのものだという文体も とても中卒とは思えない人物、背景の描写がされていました。 自己開示の一手法として私小説を書く作家が多い中、 西村氏ほど小説を書くことを愛してやまない人は 少ないのではないでしょうか? 思うに酒と風俗と同等もしくはそれ以上の情熱を 掛けるものを見つけた人間にとって 学歴の有無などまったく問題にしない。 新たな生き証人の誕生に拍手を送ります。 | ||||
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同年代の作者なので時代背景も分かり共感できる部分も多いが、 昭和初期を連想させる文体や漢字、そしてなにより中卒で酒好き、風俗好き 孤独で無気力、読んでいて暗くなりました。 芥川賞の受賞作を読んだのは初めてでしたが、たぶんもう読まないでしょう。 | ||||
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「文学は毒である」という言葉を思い出させてくれます。「きことわ」と同時読みしていましたが、こちらのほうをどうしても先に読み終えたくなりました。 わずか11歳の時、父親の犯罪が元で主人公の人生は決まってしまったようなもの・・・なんて・・・悲し過ぎます。なのに、読後感はカラリとしていて読者を暗い気持にさせません。 19歳の悲惨な日常を描いていますが、自分の青春期にも主人公と似たような部分がたくさんありました。そういった所がとても共感を呼ぶのだと思います。 あまりにも過酷な「苦役列車」。賞を受賞した時の西村さんの言葉・・・圧倒的な私小説であると共に、一種の痛快感さえ覚えます。 なぜか素晴らしい! | ||||
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私小説という型の小説は、もともと嫌いだったのだが、暇潰しに書店に寄って、たまたま目についたので立読みさせていただいたのが、苦役列車なる私小説であるが、そもそも何故、私小説を忌み嫌う私が、そんな物を手に取り読んでしまったかかというと「芥川賞」は銘の物だという固定観念に縛られていた故に読んでしまったのではあるが、そんなことは一私人のこと、どうでもよいのである。ともかく私は私小説が嫌いだ。というのも、その小説が作者の想像の産物であるのではなくて、単に自分の犯した汚辱を他人に見せつけるような、自らの愚行の成れの果てであるような小説だからで、読んでいてかなり気が滅入るのだ。この苦役列車も、気を滅入らせる、劣悪な小説である。読者に己の体験に共感してもらいたいのか、自己救済目的か、或いはそれ意外に何かしらの思わくがあって書いたのだろうが、愚行を愚行とも思えない人間、恥を恥とも思えない人間が、たとえ、文章を書くのが巧くとも、小説など書いてもらいたくないと思うし、書いたことで得られるものは何もなくて、よしんば読者からの軽蔑の目で見られても仕方ないのである。また、もし本人が己の恥を自覚していてその上で私小説を書くとすれば、その作者は本当に野蛮な人間であることは間違いないのである。もっとも小説を書くのは各人の自由で、それが愚かな私小説という形式をとっていても同じことであり、その書いた私小説で金を稼ぐのも、またその人の自由であるし、当然その私小説の読者になるのも自由である。無論、読者を責める気は全くないが、私がもし、その作者を責めたり非難しても、その責める、非難する自由はあるが、どうすることも出来なくて労力の無駄である。また、私は文学者などではないので、批判する必要もないから、批判するのは止めておく。ただ私は、この小説を読んで怒り心頭に発したのだ。なので最後になるが云っておきたいことがある、私小説を書く人間のその貧しい精神には全く私は共感できないということを。私小説は、読まないと決めたのにもかかわらず、この苦役列車を読んでしまったことを今まさに恥ている。 | ||||
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この人文章がうまい。芥川賞作家にこういう言い方も失礼だが、ぐんぐんひきこまれるうまさを感じられた。文学界の対談にものっていたが、すべての表現に効果を期待しているとのこと。納得。私小説というのはとかく露悪的な面が強いジャンルでもあるとは思うが、わざと悪い面を体感的に気持ち悪さとして読者に伝えることに執心しているのではないか?と勘ぐってみた。というのも、読後感としては、ある意味最悪だったからだ。あとで思い返して「これも計算だったのでは?」と思った次第。やや物事を裏面からみる単純化された観点があるものの、それもまた一つのキャラとして考えれば納得がいく。 蛇足ではあるが、同時受賞の「きことわ」に比べてとても読みやすく、かつ肉感的に迫る小説の醍醐味があるような気がした。私小説なので、表現の幅はともかく書かれるキャラの幅に限りがあるとは思うものの、人物自体の考えにバラエティがでてくるともっと面白いのではないかと愚考。いわば一連の作品が認識面での成長小説のようになっていければ今後もっと面白い展開がみられるのではないかと期待している。 | ||||
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今の時代にこの小説はあきらかに異色を放つ存在でしょう。 現代、確実に社会問題となっている貧困層の暮らしを描いているが上から目線でなく確実にその中に身を置いている当事者の生の声で語られている。 この実体験による切実さに心打たれない人はいないでしょう。 正直、自分と近い世代で特に手もつけられないひどい不良だったわけでもないのに教師に放っておかれ、進路相談どころか就職の相談も全くされず中卒になってしまったという身の上に驚きを隠せませんでした。 当時は学園ドラマ全盛期で結構熱血教師も多く、進路指導は徹底して行われていたように思えたのですがひどい話です。 かつて「ライ麦畑で捕まえて」主人公のホールデンがライ麦畑で遊んでいる子供達が崖っぷちから落っこちそうなのを捕まえるため見守るそんな大人になりたいといっていましたが 過保護のいきすぎで大人になってさえライ麦畑に閉じ込められているのではないかというような人間が多い今の世の中でそれを止める大人もいないまま、本当に崖から落ちてしまった人間がいたとは・・・・。 ただ、その切実さもやりきれなさも正面きってまっ正直に語られているのにこの作者の強さを感じました。 そのせいか共感できる部分が多く不思議と悲惨な感じがしないのがこの作品の魅力でもある様な気がしました。 | ||||
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まあ,こういう作品はいつでもありではあるのですが,特に今はこういう時代ですので不幸にもしっくりきてしまいます。その昔,『なんとなく、クリスタル』ってな作品は読んでいて不快になりましたが,この作品にはそういう感情を抱かないでいられます。身体感覚で本作品の世界観は共有できてしまうんですね。ロクに食べるお金がなくても風俗に通うための資金は積み立てるなんてのが実にリアルでいいです。犯罪者にならないまでも,社会にはどうしてもはみ出しちゃう人が出るんですね。いつでも中心を明確にしたり強化するには周縁が必要で,その周縁にももちろん人間らしい営みやすったもんだがあるわけなんですね。一緒に芥川賞を受賞した朝吹さんとともに西村さんの今後も楽しみですねえ。 | ||||
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本書の著者である西村賢太氏は、芥川賞受賞作家としては異色な経歴の持ち主で、その個性的なキャラからも ニュースや文芸誌でも注目を浴びました。私もそんな彼がいったいどういった作風を醸し出すのかとても興味が 湧き、手に取った次第。まったく内容としては華々しさも、ハッピーな展開もあったものじゃない。ただあるのは、 中卒であり、父親が性犯罪者であり、日雇いで日銭を稼ぐ人足のありのままの姿。 主人公がなにが凄いわけではない。こんな奴だったら今の日本にでもいくらでもいる。この本では、そんな彼らの生活態を 如実に描き、心情や葛藤を代弁している。…「世の中には、自分より駄目な奴はいる」そう感じたのなら、この本の投げかける 意味を十二分に汲んだことになるでしょう。 | ||||
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読みやすく面白かったです。 ただラストが…。 ラストがただの説明文ってのは小説としてどうなんでしょう。もう少し含みを持たせて…というと、それはそれで臭くなるのかもしれませんが、もう少し考えて欲しかったです。主人公が19歳時点のまま終わっても良かったし、どうしてもその後を書きたいなら説明調にならないようそれなりにきちんと書いて欲しかったですね。 あと、あくまで私小説と銘打ってるんですから 文学だ映画だと語りながらも郵便屋止まりだった日下部〜〜的な文章に対し、寛多は日下部も羨むであろう一人前の作家になってるんですよね。底辺のならず者を描いているのであれば、あの部分は計算ミスだと思います。 面白かった分、残念な箇所が目について惜しいです。 | ||||
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読後感はすがすがしいです 徹底したダメ男ぶりが・・・・とさんざんな紹介のされかたでしたけど どこが ダメ男なんだろう???と首をかしげましたね 良い奴じゃないですか カンタ ていうか ごく普通の善良な少年だと思いますよ 正直でほほえましいですね 誰だってあれくらいの妬みそねみはありますよ 彼女ほしいし 毒づいたり見栄をはったり 若者なら余計にそうですよね カンタはそれを全部ば〜って出しちゃうし 正直っすよね 健全です 正直すぎて 毒が薄いくらいです 話の中で出てくる 専門学校生のほうが狡猾で小ずるくて小市民的で 要領だけよくって でもその一方でカンタのような 少年を見下しており 本当に典型的でありきたりな詰まらない常識人だと思います 私は断然 カンタの方が好きですね 性的な妄想も出てきて その過激さに 性犯罪者の父親とのつながりを感じてゾッとするなんていう場面もありますが あれくらい誰でも妄想してるでしょう?私的には物足りないくらいです^^: 19歳ならもっとグロい事考えていてもおかしくはないと思いましたね ただ ラストが少し気に入りませんでした 友達を失って またひとりぼっちになったけど 私小説家のコピーをポケットに無造作に突っ込んでいるという一文 これはいらないでしょ 最底辺みたいだけど じつはインテリなんだ〜おれ 小説家めざしてるんだ〜〜 そんなニュアンスがあって ちょっと興ざめでしたね 最後までひとりぼっちでいいと思いました 徹底的に一人ぼっちになってほしかったですね あんな平凡な小市民とは混じりようのない「ダメ男」→無垢な少年であってほしいわけですね 余計な一言だったように思います しかし文章は上手いですね この文章でなかったら もっと下品で通俗的でありきたりの話になりそうですよね 文章でもってるところは大きいと思います ところどころ出てくる 日常生活では耳にすることのない熟語の使用については どうなんだろう?と思いますが もっと普通の熟語でもいいような気がしましたが どこまでもずらずら続いていく文章が、ダラダラしたカンタの生活を象徴しているうようで小説の内容とよくあっていたと思いました しかし 「最底辺」 世の中の最底辺に暮らす人 その人をどうとらえるか これは 漫画「リアル」なんかでもとりくんでいるテーマだと思うんですが 経済的な最底辺=人格的な最底辺ではないですよね 逆に言うと 世の中で「富裕層」と言われる人たちが 人間的にも「富裕」な人なのかどうか という事でもあると思うんですよね 先生とよばれるほどの馬鹿でなし って言葉もありますが 富裕層とよばれるほど貧しくはない 最底辺とよばれるほどの余裕なし みたいなね 「富裕」と呼ばれるくらいなわけだから 相当危ないことや人を痛めつけるような事しないかぎり金は稼げないというのも ある意味真実なわけでね カンタをどう見るのかは そういう意味でもあると思いましたね ぜひ読んでほしい作品です | ||||
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