■スポンサードリンク
(短編集)
砂の女
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
【この小説が収録されている参考書籍】
砂の女の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.31pt | ||||||||
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全186件 61~80 4/10ページ
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 安倍公房の名著。 なんだろう。この読後感は・・・。 唯一無二といっていい世界だと思います。 昆虫採取が趣味の男が砂山に覆われた村に迷い込む場面から物語が始まります。 砂掻きをしないと埋もれてしまう廃屋を守り続ける女。 一宿一飯の宿代わりだったのつもりが、男を逃がすまいとする村人に脱出を阻まれ、女と延々と続く砂掻きをする生活に陥ります。 あの手この手を使って脱出を企てるも、砂の壁を乗り換えられず、いや乗り越えても村人達の必要な追跡に会い、女との共同生活に戻される男。 やがて女が妊娠したことが分かると同時に、ふとしたから脱出方法を発見し実際に脱走に成功するが・・・。 いつでも脱走することはできるんだ。それよりもこの脱出できる方法を伝えたい。伝えれらるのは・・・、そう女しかいない。 自らの意志で再び女との生活に、砂を掻き続ける生活に戻っていく男。 誰しもが現状を変えたいという思いに刈られたことはあるのでしょうが、決断ができない。いやそもそも現状を変えたところで、本当によりよい未来が待っているのか確信が持てない。そもそも俺は今の暮らしの何が不満なんだ、いやいや案外悪くないだろう。結局現状が居心地がいいんじゃないか。 今の自分の生活にあてはめてそんなことを考えてしまいました。 20か国語に翻訳され、今なお高い評価を受け続けるいう「砂の女」。 そう、読後感が砂のようにまとわりつくのです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 急に自由を失った男の話である。砂の穴倉に閉じ込められて外から縄梯子を下ろしてもらわないと出られない。中には三十前後のいかにも人が好さそうな小柄の女がいるだけで、水や食料、たばこなどは外から供給される。男は必死に逃げようと画策するが、結局捕まって穴倉で女と生活すようになる。 二人して働いてラジオを手に入れ、女は妊娠するが、2か月経って下半身を血に染める激痛を訴え、町の病院に入院させることになった。女が連れ出されても縄梯子はそのままで、男は登って外に出たが、別にあわてて逃げ出す必要はないという境地だった。結局男は7年以上戻らず失踪者と認定されてこの話は終わる。 男は昆虫採集を趣味にする教師で、俳優の香川照之を念頭に置いて読んでいたが、ぴったりのはまり役で、彼を主役に再映画化してもらえないだろうか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 長く休みが取れたときは、必ず読み返したくなる1冊。 話を思い返すだけで、自分が砂に巻き込まれたような感に囚われて息苦しくなる。 20代、初めてこの作品を読んでから、読ませる作家は、文章だけで人の想像力をこんなに掻き立ててくれるものだのだと知りました。 抜け出したくて抜け出したくてたまらなかった穴から空を見上げる。そして次第に憎悪と執着が生まれ、穴のことだけを考え始める。 もう故人となってしまった著者ですが、その逸脱した鬼才さは、100年後でもすたれていないでしょう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 近代文学の最高傑作との呼び声も高い作品との評価に惹かれて購入した。蟻地獄に監禁され、当初は激しく抵抗するものの、やがて諦めと同時に、単調な日常に慣れて行く。女は男と違い、家庭内の退屈で単調な生活に疑問もなく順応する。日常の様々な状況や問題を、比喩を用いて表現する手法もなかなかである。シュールな物語であるが、わかっていても引き込まれて行く。しかし、「夜と霧」や「ショアー」のような、実体験を基にした作品ほど、インパクトは受けなかったのも事実であった。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 昆虫採集にきた男は、穴底の砂の家に、半ば捕らわれる形で、そこに住んでいる砂の女と暮らすようになる。自分が採集される側になった皮肉を男はどう思ったか。勿論、何度も脱出を試みるが、その都度、集落の人間に見つかってしまう。この理不尽と不条理に最初は悩むが、やがて砂の生活にも慣れ、逃げるチャンスがあっても、逃げようとしなくなった。ここで籠の中の虫と自分を同一化したのか。7年後、男は失踪者の審判を下され、死亡の認定がなされた。まさにその時、自由という形が垣間見えてしまう皮肉。 自由とは空を飛ぶ鳥のようなものだけを言うのではなく、ひとつの所に巣ごもりして、主体的にじっとしているのも自由の変形であるとしたら、男は今、どういう心境なのだろうか。客観的に見て、男が何に適合したのかと言えば、砂の女にだけである。「砂の女」は、読者各々の中で、如何様にも比喩的に捉えられる対象でもある。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 安部公房の不条理が満載の作品です。 この作品のモデルになったといわれる砂浜(山形県某市)へ 作品を読む前に行ったことがあり、 より作品のリアリティや怖さを感じることができました。 始まりも終わりも不条理まみれです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ニートやひきこもりは、ある意味で環境に順応した結果なのでは考えていた自分にとって、結末はリアリティを感じられました。 最初は比喩が多く読み進めるのが苦痛でしたが、半分ほどすぎると次に次にと本をめくる手が止まらなくなりました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 描写が素晴らしい名作。 安部公房は一通り読みましたが、夢のような世界観を描写することにかけて第一級だと、思っています。 特にこの砂の女は、初めて読んだ安部公房作品ということもあって、読後しばらく、あぁすごい作品をよんだものだと、呆けてしまうほどでした。 なんと妖しく、美しいことか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| なんか読むと落ち着く。ある意味怖い内容なのに何故か懐かしい気持ちになる。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 初めて読んだのが10代の頃。その後20代、30代、40代、50代、、と10年に1度位読みたくなる。人生経験とともに読後感が変わる。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ぼくが高校生の頃、ノーベル文学賞に一番近い作家と言えば安部公房でした。近年は若い人に余り読まれなくなったみたいな気がするけど、こうした閉塞した時代だからこそ、彼の作品の価値がより見えやすくなるのではないかな。特にこの代表作は年取ってから読み直すといっそう味わい深い。文体の手触りは少しも古びていないと感じます。ノーベル賞の件も含めて、ある意味、村上春樹の先駆け的存在。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 砂に関する説明、描写があり、その女と、いう事。 閉じ込められたようで閉じ込められていない男の心象風景がリアルでつまるものが、ある。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| まあ苦痛な読書だった。終始、不潔で不快な描写が連なり、女や水さえも清涼感を感じさせない。汗は出るわ息は詰まるわ、読了した後は当然のようにシャワーを浴びた。そもそも私は虫さえ苦手なのだから、昆虫採集ができる男なんかよりずっと苦しんだのは当然のことだろう。 考えてみれば、我々の生活が豊かで衛生的になればなるほど、この砂漠の閉じられた空間はいっそう地獄的な効果を増していていくのではないか。小説が書かれた60年代というと、今とは比べ物にならないほど日本は不衛生で劣悪な環境だったはずだ (『3丁目の夕日』の東京はキレイすぎると聞く) 。砂は物質としてはあくまで不変だが、読む者の文明的な立ち位置によって印象は大きく変化してゆく。20数ヵ国語に翻訳されたというが、砂漠に生きる人々にとって、この小説がどのように映るのかは気になるところだ。 物語は単純に言ってしまえば、いわゆる「脱出系」というやつだが、あらゆる脱出系ストーリーには脱出を阻む敵が存在する。この小説の場合は「部落の人々」がそれにあたるが、実は私がこの小説でもっとも恐怖したのは彼らなのだ。ハリウッドのB級ホラーに出てくるような斧を持った怪人でもなければ、刑務所の監視塔にいる銃を持った監視員でもない。簡単に殴り倒せそうな有象無象の民衆が、穏やかな態度で圧迫してくるこの不気味さが堪らなく怖いのだ。 しかし、『砂の女』 である以上、何よりも女に着目しなかればならないだろう。男に色情を持つことはあっても、逃亡に協力することはない。初対面の男に恥部を晒すことはあっても、性交を他人に見られることには激しく抵抗する。砂の内部こそ彼女の安住の地であり、その限りにおいて彼女は無敵なのだ。そんな女が唯一声を荒げた台詞は 「かまいやしないじゃないですか、そんな、"他人のこと" なんか、どうだって!」 である。 いくらでも考察すべき箇所はあるが、なんせ読み返す気が起こらないのだ。ただふと思ったのが、この小説の英題は 『The Woman in the Dunes』 だが、これでは文字通り 「砂丘にいる女」 だよなあ。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 面白いというより、不思議で不気味な話でした。過大評価され過ぎだと思います | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 安倍公房の作品を初めて読んだが、頭のキレる方なんだと感じた。砂の中での生活しか知らない女と対照的に公務員をしている男。小規模な範囲でしか行動していないのに、世間の動き、男の職場を想像してしまう。本も薄いのに、目を閉じれば分厚い本に感じてしまうほどに。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| この小説カバーのデザインなのか否か分からないが、手で触るとザラザラした感覚があります。 そして、読み終えた後明らかに後に付着したであろう幾つかの砂の様な汚れが裏面にありました。 私の所有している他の小説にはこの様な物は見られないのですが・・。 読後はその本自体、また世界が砂の様にまさに流動性を持って崩れていく様な・・そんな小説です。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 抜け出すことのできない部落の穴の中。掻痒、渇き、充血…それらに肩までどっぷりと浸かった男が手に入れる、片道切符のなれのはてのものとは…。 水がこの物語の中で砂の対比となる。砂の中で手に入れた水。灰色の生活から手に入れた、見失いがちで、しかし欠かせない透明。 実は私たちに必要なものは極めて少ないのではないか。沢山の色であふれる社会の中で、そこで埋もれた人間の角質を砂で洗い落とすように訴える一冊。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 安部公房作品をはじめて読みましたが、圧倒されました。 安部公房、すごいです。。。 女は無知で外界にほとんど関心がない。ただ砂の穴の家で砂を掘るだけの生活に安住している。 ただ、また一人ぼっちになるのをとても怖れている。だから、男に対してとても献身的で、男の我が儘をすべて受け入れてくれる。 僕が思うに、女は男の全てを受け入れると共に全てを呑み込んでしまう存在で、砂の穴はその子宮の象徴なのだろうと。 男は女に絡め取られ、その子宮の中に安住してしまう。 と同時に女にとっても、男が自分の子宮の中に納まってくれることで、孤独から解放される。 ここで、男と女は共依存の関係にあるのでしょうね。 子宮外妊娠で町の病院に連れて行かれた女は、それで死んでしまったという研究者の解釈もあるようですが、僕はそれでは男が砂の穴に留まった動機が希薄になると思います。 男はあくまで「砂の女」に絡め取られて、砂の穴に留まったのだと思うのです。 そして、女は流産して戻ってくる。 結果として、男と女は共に暮らしても子どもを作ることはできなかった。それは、女がすでに男を子宮に納めてしまっているので、それ以上子どもを宿すことはできない、ということなんだろうと思うのです。 なお、読後に、映画も観ましたが、こちらも岸田今日子の仕草や言葉遣いの官能的な美しさが、いつまでも僕の記憶に残るであろう名作でした。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 物語は断片的な情報の中で紡がれて行くが、圧倒的な表現力と文章力で主人公の様々な情動を描き出し、砂の集落というフィクションを現実にしていく。自分の口の中にこびりつく砂を感じられるほどの濃密な言葉の群れは正に圧巻。唐突に訪れる不条理。その中で、確かにあった筈の日常を取り戻そうと行われる奮闘。我々の生きる日常とはどこにあるのか。何も知らない小さな世界に生きる人間を馬鹿だと見下すこと、或いは自分がいつしかそんな世界を受入れてしまう時、本当に忌々しくも愛すべき日常は存在するのだろうか。さらさらと移ろう世の中の鬱屈に閉じ込められるような安部公房の傑作。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 映像化もされた、この有名な本を今になって読んで見た。 読み始めると大正・昭和には本当にこんな閉鎖的な集落があったのではないかと金田一耕助の映画の情景と重なり合う。 そんな集落に暮らす不思議な村民が頭に浮かび、あっという間に本の中に引き込まれる。 独りの学校教師が昆虫採集に訪れた人里離れた砂浜。 そこには蟻地獄の様に砂に埋もれていく集落があった。 日も暮れ、教師は村人に一泊の温情を受け泊まることになったのだが・・・ 何も悪い事をしていないのに、ある日突然地獄に落とされ理不尽な目にあったら、自分ならどうなるのだろう? 欲しい物が何でも有り、行きたい所にはどこへでも行け、やりたい事が何でもできる、こんな生活が当たり前の現代。 そんな恵まれた生活をしてきた私達が抜け出せない恐怖に陥った時、自分はどうなってしまうのだろう? この本は、心のそこから恐怖を感じ、読み終わった時には気持ちがズシリと重くなる。 さて主人公はこの理不尽極まりない砂の集落から抜け出す事ができるのか、教師の最後は。。。。 是非読んで見てください。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!







