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ナイトホークス



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ナイトホークスの評価: 8.00/10点 レビュー 3件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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No.1:
(9pt)

エレノア・ウィッシュはボッシュにとっての“Wish”だったのか

マイクル・コナリーデビュー作にしてMWA賞の新人賞に輝いた今なお続くハリー・ボッシュシリーズ第1作の本書は読後そんな感慨が迫りくる物語だ。

さてこれほどまでに長くシリーズが続くハリー・ボッシュという人物。その人物像はこの1作目でかなり詳細に書かれている。

本名ヒエロニムス・ボッシュ。孤児院で育った徹頭徹尾の一匹狼。
当時40歳の彼はヴェトナム戦争時代にトンネル兵士として参戦し、その後、ロス市警に入署し、パトロール警官からたった8年で刑事へ、そして花形の強盗殺人課へとエリートコースを辿る。その活躍はスター刑事として本も数冊書かれ、さらに彼を主人公にしたTV映画やTVシリーズが作られ、新聞も日夜彼の活躍を報じるも、ドールメイカー事件で誤って容疑者を殺害した廉で1か月の停職処分と下水と呼ばれるハリウッド署への左遷を食らう。

自身は戦争の後遺症で時々不眠症に悩まされ、その影響で人を撃つことと暴力に対して抵抗がなく、躊躇わずに人を殺せる性格である。

風貌は身長6フィートプラス数インチでさほど背は高くなく、やせぎすだが筋肉質で針金のように細くて丈夫だと評されている。目は茶色がかった黒色で髪には白いものが混じり出している。

さて彼が関わる事件はかつて自分がヴェトナム戦争に従軍していた頃、同じようにトンネル兵士として戦友だったウィリアム・メドーズという男がハリウッド湖のパイプで薬物過剰摂取で死んでいるのが発見されるが、ボッシュはこれが事故死に見せかけた殺人だと信じ、捜査する。やがて彼が銀行の貸金庫強盗の容疑者となっていることが判り、その事件をFBIが扱っていることから一度は拒否されるも、強引な手を使って一転FBIとの合同捜査に切り替わる。

このボッシュという男、とにかく内外に敵の多い人物だ。単独捜査を好み、犯人検挙率も高いため、TVシリーズが作られるほどのスターぶりを発揮するが、その活躍を妬む周囲の反感を買い、虎視眈々と失墜するネタを狙われている。

ボッシュ本人は自分が正しいと思ったことを決して曲げず、事故死として処理されそうだった事件も数々の証拠を挙げることで殺人事件として周囲に納得させる執念を持っている。また事件解決のためには小事よりも大事を重んじる性格で、捜査のパートナーとなったエレノアの杓子定規な性格―つまりどんな微罪であっても犯人を逃さない―と反目し合いながらもいつしかお互いに魅かれ合っていく。

一匹狼の刑事、ヴェトナム戦争のトラウマ、男と女のロマンス。
このように本書を構成する要素を並べると実に典型的なハードボイルド警察小説である。しかしどことなく他の凡百の小説と一線を画するように思えるのはこのボッシュという人物に奥行きを感じるからかもしれない。

仕事の終わりに片持ち梁構造の、金持ち連中が住まう一軒家でハリウッドの景色を眺めながらジャズを流してビールを飲むことを至上の愉しみとしている。読書にも造詣が深く、自分の名前の由来が高名な画家であることがきっかけかもしれないが、絵画にもある程度の知識を持つ。ボッシュがエレノアと魅かれるのも彼女の自宅にある蔵書と彼女の家に掛かっている一幅の絵のレプリカが自分との精神的つながりを見出すからだ。こんな描写に単純なタフガイ以上の存在感を印象付けられる。

捜査が進むにつれて時に反目し合い、時に長年の相棒のように振る舞いながらボッシュとエレノアは長く2人でいる時間の中でお互いの人間性を確認し合い、そして個人的なことを徐々に話し出していく。
2人での語らいのシーンは数多くあるが、その中で私は2人で強盗グループが襲撃すると目される富裕層相手の貸金庫会社に張り込んでいる時に車中で訥々と語り合うシーンが好きだ。その時の2人は長く流れる時の隙間を埋めるための会話を考えるような関係ではなくなり、沈黙が心地よくなっている関係となっている。張り込みの最中でお互いの人生の分岐点になった過去の出来事を語り、そしてその出来事で自らが思いもしなかった心情について述べられる。そして初めてその時にボッシュはエレノアを仕事上のパートナーから人生のパートナーとして意識し、その責任感に身震いする。一匹狼の敏腕刑事の男が連れ合いを意識したときに初めてそれを守っていく勇気と怖さを目の当たりにするのである。何とも味わい深いシーンだ。

そして彼の率いる元ヴェトナム兵士による銀行強盗が貸金庫に押し入ってからの攻防が実に写実的だ。本書のクライマックスと云っていいシーンだ。

そしてボッシュは彼らが侵入した貸金庫会社の下にある地下下水道の中に飛び下り、追跡する。それはまさに彼がヴェトナム戦争時代に経験したトンネル兵士の再来だった。真っ暗闇の中、いつ銃弾が飛んでくるか解らない緊張の下、ボッシュは過去と対峙しながら犯人を追う。

この一連の流れは実に映画的であり、また手に汗握るシーンだ。1作目から主人公の過去とマッチしたクライマックスシーンをきちんと用意している辺り、新人離れした構想力を持っているように感じた。

つまり本書に登場する人々に全て共通するのはヴェトナム戦争だ。
かの戦争で普通の生活が出来なくなり、犯罪に関わる生活を繰り返す者、混乱に乗じて一攫千金を得る者、またそれに一役買って社会的地位を得た者、その渦中に取り込まれて無残な死を遂げた者、愛する者を喪った者、もしくはそんな過去を振り払い、己の正義を貫く者。
十人十色のそれぞれの人生が交錯し、今回の事件に収束していったことが判る。

本書では最初の犠牲者となったウィリアム・メドーズという人物を忘れてはならないだろう。
暗闇の中でいつ敵が襲い掛かってくるか解らないトンネル兵士を担いながら、ボッシュを含めた他の兵士とは異なり、いつも躊躇なく穴蔵に飛び込み、暗闇で戦闘を繰り返してきた男ウィリアム・メドーズ。暗闇の中でヴェトコンどもを次々と殺し、戦利品としてその片耳を持ち帰っていた。その数は最高で33個にも上った。彼はヴェトナム戦争後も彼の地に留まり、戦闘に従事していた。そしてアメリカに戻ってからも水道局や水道電力局に就職し、またもや地下に潜る死後淤に従事していた。ヴェトナム戦争の経験で地下こそが彼の居場所になってしまっていた男。ただそこには安らぎはなく、しばしば麻薬に染まり、入出所を繰り返していた男でもある。

本書の原題は“Black Echo”。これはボッシュがヴェトナム戦争時代にトンネル兵士だった頃に経験した地下に張り巡るトンネルの暗闇の中で反響する自分たちの息遣いを示している。何とも緊迫した題名だ。

トンネル兵士とはヴェトナム人が村の下にトンネルを張り巡らしており、家と家、村と村、ジャングルを繋いでおり、そのトンネルの中に潜ってヴェトコン達と戦う工作兵のことを指す。

翻って邦題の“ナイトホークス”とは画家エドワード・ホッパーが書いた一幅の絵のタイトル“夜ふかしする人たち”を指す。街角のとある店で女性と一緒にいる自分を一人の自分が見ているという絵だ。この絵のレプリカが捜査のパートナーとなるFBI捜査官エレノア・ウィッシュの自宅に飾られており、しかもボッシュ自身も好きな絵であった。そしてその訪問がきっかけとなって2人が急接近する。

つまり原題ではボッシュがヴェトナム戦争の暗い過去との対峙と、かつて戦友だったウィリアム・メドーズとの、忌まわしい戦争と一緒に潜り抜けた男への鎮魂が謳われているのに対し、邦題では事件を通じてパートナーとなるボッシュとエレノア・ウィッシュとの新たな絆を謳っているところに大きな違いがある。

そしてこのパートナーの名前がウィッシュ、つまり“望み”であることが象徴的だ。邦訳ではしきりに「ボッシュとウィッシュは」と評され、決して「ハリーとエレノアは」ではない。それはまだお互いがファーストネームで呼び合うほど仲が接近していないことを示しているのだろうが、一方でボッシュの捜査には、行動には常に“望み”が伴っているという風にも読み取れる。
原文を当たっていないので正解ではないのかもしれないが恐らくは“Bosch and Wish ~”とか“Bosch ~ with Wish”という風に表記されているのではないだろうか。そう考えると本書は下水と呼ばれる最下層のハリウッド署に埋もれる“堕ちた英雄”の再生の物語であり、その望みとなるのがエレノアというように読める。
つまりエレノア・ウィッシュこそはハリー・ボッシュの救いの女神であったのだ。だからこそ邦題はエレノアとボッシュの関係を象徴する一幅の絵のタイトルを冠した、そういう風に考えるとなかなかに深い題名だと云える。

つまり原題ではボッシュとメドーズとヴェトナム戦争との関係を謳い、邦題ではボッシュとウィッシュの繋がりを謳っている。
その後に刊行される作品が『ブラック・アイス』に『ブラック・ハート』であることを考えると統一性を持たせるために『ブラック・エコー』とすべきだろうが、私は邦題の方が本書のテーマに合っていると思う。最後のエピローグがそれを裏付けている。

いわゆるハリウッド映画やドラマ受けしそうな典型的な展開を見せながらも、実はそのベタな展開こそが物語の仕掛けである強かさこそが数多ある刑事小説と、ハードボイルド小説と一線を画す要素なのかもしれない。とにかく作者コナリーが本書を著すに当たって徹底的に同種の小説のみならずエンタテインメントを研究しているのがこのデビュー作からも推し量れる。

さて本書はこの後長く続くハリー・ボッシュサーガの幕開けに過ぎない。これ以降の作品が世の海外ミステリファンの胸を躍らせ、作品を出すたびに今なお年間ランキングに名を連ねているのはご存知の通りだ。
まずは本書で言及されているボッシュが降格人事を受け入れることになったドールメイカー事件に彼の母親が関わっていたという事実が気になる。新しいシリーズを、それも世評高いシリーズを読み始めるというのはなんとも胸躍ることか。
次巻以降のボッシュの長い道行をじっくり味わっていこう。


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