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騎士団長殺し
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【この小説が収録されている参考書籍】
騎士団長殺しの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.46pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全721件 481~500 25/37ページ
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普段あまり小説を読まない私でもスラスラと読むことができ、免色という人物にもとても強く興味を持てました。彼が抱えてる秘密や職業、彼ではない人物など謎がとても残り、非常に気になりました。また前編にあった顔のない人物の肖像画を書くエピソードは明かされず、これからの主人公の物語がどうなっていくのか気になって仕方がありません。 | ||||
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ありもしない南京事件について、中国では30万人の被害者があったとされているが、歴史家でもない村上春樹がプラス10万人の40万人として本書で記述したのは、ノーベル賞の受賞を中国から推薦してもらうためとの噂が流れている。そうであれば、村上春樹は売国奴に違いない。 | ||||
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気になって仕方がないので、素直に購入。 メンシキの元恋人の手紙、最後の一文に感動。思わずノートに書き写した。 グレートギャッツビーや春雨物語を取り入れた構成で、原典の復習はそのうちやろうと思う。 イデアやメタファーはよくわからなかったが、文章そのものを楽しんだ。お茶でも飲みながら読んだらいいのではないでしょうか。 | ||||
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もはや周知のとおり、本作は過去諸作のモチーフをなぞっています。なかでも『ねじまき鳥クロニクル』の反復ぶりは驚くほどです。特に「浮気しながら自分を捨てた妻を取り戻す」という主筋において、本作は『ねじまき鳥』の再話であると言っても過言ではありません。そしてその点で(多くのレビュアーと違い)私は本作が前作をしっかり超えていると思います。 両作とも、ネトラレが開示されていくプロセスは、もっとも作者の技量の冴え渡るところです。妻が他の男とセックスしているという認識が少しずつ深まっていき、苛まれるような苦痛を味わいつつ、もしかすると何かの間違いかもしれない、妻は自分を裏切ったわけではないのかもしれない、と中盤まで主人公は期待を持ち続け、読者も同様に期待を持ち続けます(そのように上手く書いてあります)。「一体本当のところはどうなんだ?もしかして何かの事情で主人公に嘘をついているのじゃないか?それはいつ開示されるんだ?」というサスペンスがページを次々にめくらせます。そして中盤過ぎたあたりでどかーんと突きつけられる、妻が容赦なく他の男とセックスしているという事実。衝撃です。つらすぎて最高です。 さて、本作はいろんな点で「ぬるい」ように見えます。たとえば料理や脅威やスリルやエロスの描写の強度が。ネトラレについても、妻自身が他の男との性行為とその快楽について詳細に語る『ねじまき鳥』に比してぬるい…ように見えます。しかし、本質的には、本作の方がきついネトラレになっています。『ねじまき鳥』の妻には、やはり「事情」があったのです。「魂を汚された」という事情が。だから主人公にとって、妻の浮気を飲み込むことは、妻の魂の汚れを飲み込み救済するという、英雄的行為でありました。 一方、本作の妻は、端的に浮気します。主人公は、死んだ妹という秘密の部分を抱えていて、それが妻との関係を根源的なところで損なう「事情」であるのかもしれないのですが、妻とよりを戻すプロセスにおいてそのことにはたいして触れられません。主人公は夢のなかで妻を犯して妊娠させたり、穴に潜るなどのムラカミハルキ的奮闘をしますが、「その奮闘のおかげでどこかおかしかった妻が正常になった」みたいな描き方もしません。妻は、対主人公的には(つまり対読者的には)端的に浮気して、端的に戻ってくる存在です。こちらの英雄気分を許しません。なんの事情もないネトラレ。めっちゃハードコアです。 実は私は、本作を最初に読んだとき、多くの読者と同様に「なんだか『ねじまき鳥』よりぬるいなあ、村上ももうだめだな」と思ったのです。そして、非常に久しぶりに『めじまき鳥』を読み直したところ「いやいやこっちの方がぬるかった」と驚いたのです。ネトラレ小説としてぬるい、ということはつまり、小説全体が主人公に対してつきつける試練そのものがぬるかったのです。 人妻とのいつも二回戦目へ突入する性行為だとか、女子中学生のおっぱいへの執拗な言及だとか、これらは、ネトラレ(性的試練)があまりにきついんで、主人公(読者)に道徳的に不適切な性的慰撫を与えることでバランスを取ったんですかね。ヘタレな主人公(読者)にはいつになくきついんで、いつになく慰撫も多い。でも、量が多いわりにたいしてエロくないので、場面が仕事をしてません。スリリングな場面のスリルが弱いことも含め、やっぱり本作、ぬるい所はぬるいです。☆マイナス1。 | ||||
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やらしくて、卑猥で、エロい 100パーセントの官能小説!! 哀しいなぁ、、、 | ||||
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初めて村上春樹の小説を買った。嬉しいです。内容は豊で、すごく楽しんだ。 | ||||
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まず感想を。読んで損はしません。大作です。相変わらず文章はリズムが良く、謎めいた雰囲気に満ちた世界観が魅力的。面白い小説です。 文章の中に後々繋がってくるような仕掛けが施されていて油断ならないところも村上春樹ならではでしょう。 静謐で、とても優しい小説です。 世界には人を傷つけ、損なう危険な力が潜んでいます。ですが、その悪しき力から守ってくれる「善き力」も確かにそこにある。個人はそうした力に振り回されるか細いものですが、善き力を引き出す事も出来る。誰かを思う気持ちが、直接的にせよ間接的にせよ、それを後押ししてくれる。人は、きっと良いところへいける。そんな気持ちになれる作品です。 「地底」や「穴」「水」「神秘的な少女」など、過去の村上作品群に現れたモチーフが今作では多数使われており、書評家の人も言っていましたが、「入門編」として最適かもしれません…… ……というのが、2部を読み終えての感想でした。実際に、私はそう思い、満足して読書を終えました。ただ、何か引っかかるものが有って、その後、1部を読み返してみました。そこで思ったのは、「この物語は終わってないんじゃないか」ということです。 物語を通り抜けた主人公は確かにある種満たされて戻ってきました。しかし、プロローグに現れた人物がほのめかす言葉は、その彼の得たものが再び脅かされることを暗示しているように思えます。 主人公を含む登場人物らは、「行きて還りし物語」を終えたように見えて、実はその充足は完全ではなく、瑕疵があります。 最終盤の文章は希望に満ちたもの。しかし、だとするなら、それをも覆そうとするプロローグの文章は……。 もし3部があるとするなら、それはとてもスリリングなものになるだろうと思います。 続きがなかったとしても、「優しさ」と「世界への恐れ」、その両方が描かれた、味わい深い作品だと言えるでしょう。 補足・いわゆる「南京大虐殺」についてはたしかに残念でした。左派系の政治家や知識人が「ネトウヨ敗北!」みたいに煽る材料として使っていましたし、中国は大絶賛。海外への影響力を考えると、批判されても仕方ない側面があります。僕自身も「南京」については懐疑的です。ただ、物語の根幹ではないですし、書き方もさほど執拗ではありませんでした。それに目を瞑って読む価値は確かにある作品だと思います。 | ||||
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皆さんの批判レビューを読みました。全くその通りです。純粋なファンとしては深刻に困ったことになりました。私が一番怒りを覚えたのは天才モーツァルトの傑作オペラ「ドン・ジョバンニ」を愚弄されたことです。何の意味も関連もないじゃないですかこの騎士団長。「ドン・ジョバンニ」に出てくる騎士団長の崇高さを貴方(村上春樹)は冒涜している。小説内容の下らなさは千歩譲っても、これだけは許せない。もう正常な気持ちで「ドン・ジョバンニ」を観ることが聴くことが出来なくなった。海外でも問題になるんじゃないか?これは。「騎士団長殺し」をモチーフに書きながら主人公や免色が絶えず聴いたのはシュトラウスの「薔薇の騎士」っていったいなんだよ!何のメタファーだ?と村上春樹に対しかなり真剣に声を大きくしてお尋ねしたい。 | ||||
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これまでの長編が、この作品の為の習作のように思える完成度を感じた。 伏線に逸脱はなく、顕れたイデアは、イデアとしての象徴性を充分に有して、またキュートだ。 登場人物は、これまでの作品との連関も渋滞なく、またその胡散臭さも含めて魅力的だ。 円環構造の収束に向かって充分な第1部の終わりだった。 俺は満足している。 | ||||
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わたしが本に求めるものはただ一つ「面白いこと」 著者は誰であってもいい。 この本は面白くない。 時間と金を返してくれと言いたくなった。 なぜ世間で大きく取り上げられるのか、まったくわからない。 | ||||
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30年村上さんの小説を繰り返し読み続けてきましたが、今回は魂をゆさぶられるところがなく、とてもとても残念です。 | ||||
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村上春樹の作品としては、極まれにみるがっかり感。意味が分かり辛いとか、ストーリーが複雑ということではなく、面白いと感じるところがなかった。とても残念。 | ||||
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なんだろな?読後のがっかり感。この小説からはなにも感じるものがない。小説家「村上春樹」というネームバリューから来る落差がとても大きい。まず、新しさがほとんどない。今まで書いてきた小説群の情景の繰り返しだ。 確かに”村上ワールド”全開で、村上文学を始めて読む人は面白く読むと思う。私も最終節の前までは一気に読んだ。この先どうなるんだろ?と読み続けさせる物語の展開はまさに”村上節”だ。でもそれは美人局的でただそれだけ、後に何も残らない、むしろ空虚さえ感じる。 それは「村上春樹」を読んでる人は既に知ってる世界で、ちょっと仕掛け(イデアとリアルの関係性など)を代えただけだ。なんで同じような情景を繰り返すのかと思う。ネタバレ的なことは多くの方が指摘してるのでここでは触れない。 気になるのは村上氏が自分の世界に閉じこもっているように思えることだ。カズオ・イシグロ氏が全く新しい物語で読者を惹きつけているのと対象的だ。そして過剰な性的描写を含め文章全体に物語の深淵さや品位を感じさせるものがない、とても”文学”とは言えないレベルの小説だ。 | ||||
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知人が村上春樹がすきなのでプレゼントしたので、内容はわからない。 | ||||
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村上春樹は風の歌を聴けがベストでワーストはノルウェイの森だと思っていますが今回はなかなか良いのではないかと思います。 きっちり春樹節も出しつつもややわかりやすかったのではないかと思います。 | ||||
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この小説が南京大虐殺をまことしやかに扱っていることに対して批判する方がいらっしゃいますが、 大事な点を見落としているのではないでしょうか。 それは、この作品がフィクションであるということです。 この作品がフィクションである以上、 ここで扱われている南京大虐殺もまたフィクション(架空のもの)ということになります。 むしろ、そのことを暗に示すためにあえて取り上げているとも考えられます。 これは歴史書ではなく、あくまで小説(フィクション)なのですから、 書かれた内容を真に受けるのではなく、柔軟に考えるゆとりを持ちたいものです。 | ||||
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まず読んでいる最中に思ったのは、「先生も年を取ったな」ということである。60代後半ともなれば当然のことなのだが、「成熟」、「緻密さ」、「落ち着き」が文章から滲み出ているのである。それは普通良いことである筈なのだが、今回の物語は一人称で語られているため、30代の設定である主人公が、ちょっとだけ不自然に老成し過ぎている感じがしてしまうのだ。そして、そのことが小さな綻びのような役目をして、この長大なフィクションは部分的に、または間接的に私小説的側面を産んでしまっている。随所で、ああこれはこの主人公のことであると同時に村上春樹本人のことを、そっくりそのまま語っているのだなと、長年のファンは気付いてしまう。まあ、それも面白さとして読んでしまえばそれまでだ。ただ私としては、次からは作者よりずっと若い人間を主人公にするなら、三人称でよりソリッドな雰囲気を醸し出して欲しいと思った。実際「1Q84」の時は、三人称でジェンダーも半分女性だった。このこと一つ取っても、この小説は、作品の柄、大きさという意味で「1Q84」を超えるものではないという気がする。より開かれた普遍性を持ち、より多くの読者を獲得するのも「1Q84」の方だと思う。 しかし、全く逆のことも言える。トリビア的なことを言い出すと、「騎士団長殺し」は突っ込みどころ満載で、ディテールを語り出すと、きっと際限がない筈だ。この本で、読書会などしようものなら、一つひとつのセリフや設定でかなり盛り上がりそうだ。その類の集まりは週末に企画するべきだろう。きっと朝まで帰れなくなると思うから。 長年この作家を贔屓にしてきた読者は、この新作を読みながらこの作家と共に過ごしてきた自らの人生を振り返らざるを得ないことだろう。「先生も老境に入ってしまったんだな」と、そして「当たり前だ。こっちも年取ったし」と思う。村上の新作を読んでいると、何だか定期的に開かれる何かの同窓会に出席しているような気分になってしまうのである。特に今回それを強めに感じてしまったのは、新しいネタやアングルが少なかったからだと思う。登場人物、設定、物語、ニヒルなセリフ、一部で嫌悪されている気取り、全てがいつも通りで、もう名人芸の世界になっているのである。登場人物は、いつものように活きいきと物語の海を泳いで行く。名前は違うがお馴染みのキャラたちは、もうすでに村上劇場の劇団員たちと言った方がいいくらいだ。そう考えるとちょっと寂しい気分になる。今、私たちは大きな太陽がゆっくりと沈んでいくところを目にしているのかもしれないのだ。村上は、漱石のように百年後もスタンダードとして読まれている人だと思うが、漱石も太宰も三島も皆早死にで70歳を前に更なる進化を求められたりはしなかった。巨人たちは早々とあちら側に行ってしまい、生誕70年の頃には既に伝説になっていたのに。村上にしてみれば、サリンジャーのように腹を決めて筆を折り山に籠るわけにもいかない。トライアスロンで鍛えた体はまだまだピンピンしている。死ぬまで書き続けるしかないのだろう。たぶん。そして読者も死ぬまで読み続ける。裏切られると分かっていても、毎回新作が出るたびにデビュー作「風の歌を聴け」を読んだ時の新鮮な思いを、せめてもう一度だけでもと期待しながら。 | ||||
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知人が村上春樹がすきなのでプレゼントしたので、内容はわからない。 | ||||
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登場人物、プロットのイメージひとつひとつが俺は好きだ。 そもそもなにも信じられない…というか自分の信じているものを信じていると言葉にする特権性を取捨するところから始まった村上春樹の小説だったと俺は感じている。その作品群が大きな円環構造を描いて、闇雲に信じるところへ進んでくるとは、30年前に誰が予想したろう。 俺は、その変化を成熟と感じる。俺はこの作品が好きだ。 | ||||
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村上春樹の作品としては、極まれにみるがっかり感。意味が分かり辛いとか、ストーリーが複雑ということではなく、面白いと感じるところがなかった。400ページを過ぎたころから期待もしたが、やはり残念だった。 | ||||
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