世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドの総合評価:
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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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全1件 1~1 1/1ページ
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彼の小説を読むのは正装してクラッシック音楽を聴くような感じと似ています。じっと1字々読み終わり | ||||
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色々と馴染めなかったりイメージしにくかったりするところのある物語でしたが、【ハードボイルド・ワンダーランド】のパートのラスト第39章、主人公の〈私〉の心に去来する思いとその目に映る風景を描いた描写は、とても良かったです。味わいの深さ、静謐感の美しさ。胸に満ちてくるものがありました。 登場人物のなかでは、【ハードボイルド・ワンダーランド】のパートに出てくる博士の孫娘、〈ピンクのスーツを着た太った娘〉のキャラがとても魅力的でしたね。〈私〉を地上へと導く地底での冒険のナイスなフォローも良かったけど、最後の登場には「おおっ!」てな感じで、私、思わず心のなかでガッツポーズしちゃいました。 | ||||
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奇数章の【ハードボイルド・ワンダーランド】と、偶数章の【世界の終り】の二つのパートが、今後どのように繋がり、融け合うのか。 現在は別々の世界の話として進んでいる(ように見える)この二つのパートの謎、その話の行方に興味を惹かれながら読んでいってます。 冒険小説風の〝動〟の【ハードボイルド・ワンダーランド】のパートのほうが、読んでいて面白いかな。〈太った娘〉のキャラが魅力的ですね。ただ、主人公の〈私〉がセックスとかぺニスの勃起とかに何度か言及するくだりは、「おいおい、またかよ」てな感じで、私は馴染めませんでした。 一方、幻想ファンタジー風の〝静〟の【世界の終り】パートの話は、文庫本の最初に折り込まれている地図を引っ張り出して眺めながら読んでます。このパートの主人公の〈僕〉の影が、本体から切り離されて存在する辺りの描写に、不思議な妙味を感じました。あとは、この世界を囲む〈壁〉とか、もの言わぬ〈一角獣〉とか、そういう存在の謎めいた不可解さが、印象に残ります。 | ||||
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世界の村上春樹、初めて読みました! (ちなみに村上春樹訳のチャンドラーの長編はすべて読んでます。おもしろかった) これはいったいどんな物語だったんだろうなあ・・・あ、村上春樹の作品を通読してる人にとって、以下、的外れな感想かもしれませんが。 いわゆる「文学」的作品といういうのだと開高健や吉行淳之介くらいが好きな作家(古!)で、作品の主題に対する自身の向き合い方とかその表現の仕方が文学的という認識くらいしかないんだけれど、日常から飛躍するという物語だと安部公房くらいかなあ、でもその作品も物語のベースにあるのは普通の日常の営みなのだけれど、これは最初から日常とは異質な状況から始まるわけです。で、それが「ハードボイルドワンダーランド」と「世界の終わり」という(おそらくは何らかのつながりを持つであろう)物語がスイッチしながら続きます。 で、ここでかなり違和感があるんだよなあ・・もし物語として非日常の世界を設定したうえで人間の葛藤を描きたいのであれば、それって「文学」という定義や価値を認める必要もないと思うわけです(もし、この作品をSFとかファンタジーとかの作品と比べた時に、ここで描かれた世界観の”なんでもなさ”に、ちょっと興ざめしちゃいます)。フィクションとしての瞠目もダイナミズムもほとんどなくて、設定だけだったら物語の広がりを期待させるようなものはもちろんないし、これだったら世界観の構築と人間の葛藤ということでは親しんでいるSFとかにも優れた作品が多くあるように思うし・・ チャンドラーの長編の翻訳をやっているからか、そういう点では「ハードボイルドワンダーランド」での事細かな描写や言い回しの重なりなんかは楽しく読めたけど、ここで描かれるエピソードが一つの主題に向かっていくようにも感じないし、これと「世界の終わり」という二つの世界を(一角獣で)つなぎ合わせることで結局、何を言いたかったのか・・それが、読後の詩的喪失感を目的としていたとすると、やはり自分が「文学」的作品というものにもっている(ある意味固着的な)いずまいを感じることはできませんでした。 もちろん作品の中に何かの答えを求めてるわけでもないのですが、あえて非現実的な設定をしたうえで、たんに「情緒」とか「余韻」だけを残して、それで高い文学性があるというのであれば、もうすこし「ブンガク」というものの裾野を広げてもらえれば、SFとかエンタテインメントとかの作品の中にも優れたものがあるような気がするんだけどなあ・・その手の本を好きで読んでいる人は、こういった作品をどう評価してるんだろうか。 ま、「文学」であるかないかという拘りそのものが的外れだというのもあるかもしれないけど、もし村上春樹の作品が、あえて非日常的な世界のなかでおこる普遍的な心象を描くことで「生きること」のなにがしかを問いかけるということであるとすれば、やはり自分にはそれに対する主題の探求や、その同調と理解が不足しているんだろうなあ・・と思ったりもしました。 | ||||
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村上春樹ファンからは最高傑作とも言われているが、確かに傑作でした。最高傑作と書けないのは全てを読んでいないからだけ。この壮大な物語をイメージして文章に表現出来るのは圧巻の一言。。。 | ||||
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残念だが、時とともに違和感が残る作品も結構ある中、この作品は40年近く前の作品にもかかわらず全く時代に流されていない。たぶんこれからもそうであろう。それが村上春樹の凄さかもしれない。下巻も楽しみです。。。 | ||||
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