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プレイバック



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プレイバックの評価: 4.20/5点 レビュー 50件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.20pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全50件 21~40 2/3ページ
No.30:
(4pt)

そのように答えられるはずがない

19歳の時に清水俊二さんの訳で読んだ「プレイバック」ですが、今回はじめて村上春樹さん訳で読んでみました(その間にも清水版「プレイバック」を繰り返し読んでいますが)。
 改めて「プレイバック("Playback")」(作:レイモンド・チャンドラー、早川書房)を読む。
 弁護士からの依頼により私立探偵フィリップ・マーロウは、ユニオン・ステーションに出向き、スーパー・チーフ号に乗るベティ・メイフィールドの尾行を開始します。そこから先は、スリラーであるにも関わらず特に何も起きません(笑)書きたくとも書けないぐらい、静かに物語は進行します。次々と怪しげな男女が登場し、マーロウとのワイズ・クラックに満ちた会話をただ繰り返すだけです。勿論、事件があり、殺人も起こり、犯人が明らかにされて事件には解決が与えられます。この小説は、服飾で言えばオーセンティック・IVYのような基本的なハードボイルドの結講を持つ、極めてシンプルなストーリーによるアベレージな作品(笑)と言えますが、村上春樹さんの解説にもあるとおり、ある有名な台詞が一人歩きすることによって、世の中のハードボイルド好きにとっては、必読推薦図書のような小説となってしまいました。

 25章、ベティは、マーロウに以下のように尋ねます。
 「これほど厳しい心を持った人が、どうしてこれほど優しくなれるのかしら?」
 「If I wasn't hard,I wouldn't be alive.If I couldn't ever be gentle,I wouldn't deserve to be alive.」
 上記の英文は、かつて「渡辺武信詩集」から学びました。それ以来、僕自身にも様々なトラウマを生み出したことは間違いがありません(笑)
 現実世界では、誰もそのようには尋ねないし、僕もそのように答えられるはずがない。

 今回読んでみて改めて思ったことは、舞台であるエスメラルダ(サンディエゴ、ラ・ホヤ)の描写が爛熟した気品のようなものを醸し出していることと、特筆すべきは、ホテルに住みつくヘンリー・クラレンドン四世とマーロウとの哲学的な会話に(ほとんどは、ヘンリーの独白だが)、例えようもなくうっとりと聞き入ってしまうことにあるかもしれません。それは、まるでフィリップ・マーロウと老境に入った作者自身、レイモンド・チャンドラーが会話しているような、そんな興趣が感じられました。
 「。。。この世には悲惨が溢れているし、悲惨な目にあうのはだいたい常に無辜の人々なのだ。イタチによって巣穴に追い込まれた母ウサギはどうして赤ん坊たちを背後に隠して、自分の喉を裂かれることを選ぶのだろう?なぜだね?。。。。君は神を信じるかね、若い人?」
 そう、ヘンリーはマーロウに尋ねます。そして、おそらく僕もまた何度でもその問いかけを思い出すことになるのでしょうね。時にイエスであったり、時にノーであったり。
 それが、僕がこの小説から学んだもう一つの"Playback"なのだと思います。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫)Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫)より
415070466X
No.29:
(5pt)

これが遺作とおもえば感慨深く読みおえることができた。

一月ほど前になるがチャンドラーのマーロウ・シリーズ第一作『大いなる眠り』を何十年ぶりに読んだが、このシリーズ最期の『プレイバック』(チャンドラーの遺作となった1958年の作品)だけを読んだ記憶がなくAmazonで入手して読むことにした。
 訳者の清水俊二氏も巻末の解説でチャンドラーらしくない異色な作品であると書いていた。
 その理由として清水氏は、ストーリーにあまり関係のない部分がいつもの作品にくらべてはるかに多いと述べている。
 清水氏は、ホテルに滞在しているヘンリー・クラレンドンという老人が唐突に登場し、神の存在や死後の世界について語らせるチャンドラーの意図を理解できないとも書き添えていた。
 評者は、マーロウ・シリーズをこの3年ほどで『さらば愛しき女よ』『長いお別れ』『大いなる眠り』と読み終え、本作『プレイバック』を読み終えたが、やはり、いままで読んだ作品とは違う異質な雰囲気を感じてしまった。
 パリから『長いお別れ』で登場したリンダ・ローリングから電話があり、とつぜん結婚を申し込まれるなど唐突すぎてなんの余韻も残さずエンディングを迎えるところも拍子抜けしながら読んでしまった。
 ストーリーにあまり関係ないところで興味を惹いたのは、マーロウが監視対象のベティ・メィフィールドを車に乗せてエスメラルダ(架空の町)郊外の丘の上まで行き車を停めて話しあうときのエピソードであった。
 蛇足ながら下の・・・内に引用したい。
 ・・・ベティがタバコを窓から捨てるとマーロウは車から降りて、タバコを踏み消した。
 「カリフォルニアの山中でタバコを捨ててはいけない」と、私はいった。「山火事のシーズンでなくてもだ」私は車にもどって鍵をまわし、スターターのボタンを押した。(P138)・・・
 このレビューを投稿している今、かってないほどの山火事がカリフォルニアで発生し、多数の人命が奪われてる。
 ニュースでは、その原因の95%は人的なものであると解説していたから、こんな挿話もチャンドラーの人柄を表していると思いながら読んでしまったのです。
 チャンドラーの名言で以前より気になっていた言葉を本書(P232)で、ようやく見つけてしまったので下に転載したい。
 「しっかりしていなかったら(タフでなければ)、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない。・・・If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive・・・」
 『高い窓』『湖中の女』『かわいい女』も大昔に読んだ記憶があるが、再読しようと思ってどこを探しても見つからないから、ここまでチャンドラーに拘ってしまったら、この際入手して再読してみようかなあ、と、思いながら本書を読み終えた。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.28:
(5pt)

男は・・・・・・

1950年代の作品を村上春樹さんが本社くして出版されたというので、購入しました。
日本では有名な「男は・・・」の訳について、村上春樹さんのご意見が詳しく書かれていて、とても勉強になりました。翻訳というのは、大変な作業なんですね。
ちなみに、この「男は・・・」というフレーズは、半世紀にわたり、私のポリシーになり、また、やさしさの意味について、いまだに考え続けている命題です。
ご一読の価値ある一冊です。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.27:
(4pt)

タフでなければ

『プレイバック』はチャンドラーのマーロウものの最後の長編ですが、作品の評価はあまり高くありませんでした。なんかマーロウがやたらカネとオンナに汚く描かれているというか。

 あと、日本では角川が「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」をキャッチコピーとして広告展開したのも、どこかチャンドラーを汚されたような気がして、作品の評価が低位安定となっていた要因かもしれません。

 ちなみに"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."を村上春樹さんは〈厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないうなら、生きるに値しない〉と訳しています。

 昨年、柴田元幸さんとの「本当の翻訳の話をしよう」というトークイベントでも、「ハード(hard)とタフ(tough)は違う」「アライブ(alive)というのは、生きている“長い状態”だから『生きていけない』というよりは、『生き続けてはいけない』」「『タフじゃなければ生きていけない』というのはそういう面ではかなりの意訳なんですよね。でも響きとしてはいい」と語っていたようで、後書きでは、正確な訳としては〈冷徹な心なくしては生きてこられなかっただろう。(しかし時に応じて)優しくなれないようなら、生きるには値しない」を提示していますが、同時に、これではパンチラインにはなりにくい、とも書いてます。

 しかし、不思議なのは、この部分が人口に膾炙しているのはどうも日本だけというか、米英の書籍を読んでも、この部分への言及はなかったそうです。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.26:
(5pt)

パラレルワールドの贈り物

ロビーの老紳士は作者の姿だと思います。創造主も苦労しているのだと。けれど、今回作者はマーロウに非常に優しい気がします。やや痛い目にもあいますが (手当てしてもらえる)、甘い時間も多く、立ち回りや巨悪との対決も格好いい場面ばかりです。女性に冷たいという意見もありますが、ゆきずりを強調しているのは彼女たちの方で、実は本気だったとしても、心に悲しみを持つマーロウにはもっとストレートな愛が必要なのでしょう。整合性にこだわれば「湖中の女」が最後なのでしょうが、一つのパラレルワールドとして、作者はこの淡いバラ色の世界を、自分とマーロウに贈ったのだと思います。そのために、長いお別れをplayback (= 録画の再生)して、新しい結末を加えたのかも、と思いました。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.25:
(4pt)

チャンドラーファンなら十分読む価値あり

チャンドラーの遺作らしいが、個人的には初読。長編はほぼ全作読んでる筈だが読み方の順番はそれで良かった。特に「長いお別れ」は先に読んで置いた方が良いと思われる。
 ハードボイルドである事を差し引いてもミステリ成分はいつになく薄い。登場人物も舞台も少な目だし、何より謎解き要素がほとんどないのだ。逆にマーロウの魅力に比重が掛かっていると読んだが、やはりいつもと少し違う気がしたのは「遺作」だと思うからではないだろう。舞台となっているエスメラルダと言う架空?の都市では、警察もいつものように腐敗した悪徳警官の巣窟ではないようで、逆に正義感ある硬骨の警官が頼もしかったりする。マーロウはいつもの硬骨漢で有名な決めゼリフを口にするし、女に言い寄られても袖にしてしまう、かと思いきや本作ではとりあえず寝てしまっている。それでマーロウの魅力が落ちる訳ではなく、人間臭くて悪くないのだけど。
 最後に以前求婚された女性から再び求婚されるシーンが出て来るのは、本筋と全く関係ないと思うのだが、他にも意味不明なシーンがかなりある。チャンドラーの、そしてマーロウのファンであればそれなりに興味深いのだけど、ミステリとしては高い評価は出来ない。
 結論として、客観的に評価すれば凡作かも知れないが、チャンドラーファンとしては十分に読む価値がある作品だった。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.24:
(4pt)

雑感で失礼します。

この作品については25年ぶりか30年ぶりくらいに読み返すことになりました。村上氏のチャンドラーについての一連の仕事には大変興味を持っており、出版されるのを楽しみにしておりました。誰かが書いていらっしゃいましたが、村上氏の個人の作品と異なり、全く前宣伝なしに唐突に発売されますので、あわてて手に入れたという次第でした。

 この作品の書評欄をお読みになる方で一回もこの作品を読んだことのない方はいらっしゃらないでしょうし、既に評価の定まった作品ですので、作品そのものについての評価のような生意気なことは差し控えさせていただきます。ただ、歳を取って読み返してみるとと随分違った感じに読めるものだなあ、と別の感慨を持った次第です。よくいわれるように、この作品は各場面場面、またその進行に必然性が薄く、また主人公の行動パターンも他の作品と違和感があることが指摘されるのですが、歳を取って読み返してみる何とも言えない救いのようなものが感じられて、成る程亡くなる前年に書かれた作品なのだなあ、と何となくしみじみした読後感を味わいました。実際そういった感想を持たれる方も多いと思うのですが、みなさんはどうお読みになるでしょうか。
 なお村上氏の訳文についてやや生硬な感じを持たれる方もいらっしゃるのではないかと思いますが、これは村上氏が意図して行ったことだと思います。村上氏ならもっとこなれた日本語に意訳したり、現代的な文章に仕立て直したりすることは容易にできたと思いますが、この文章は1958年に発表された外国小説の翻訳なのであって、自分の作品ではないということをはっきり示しておきたかったのだと思います。わたしは村上氏の行き方に賛成です。また、上記のような感慨を持つことができたのも、氏の翻訳のすばらしさもあってのことと考えます。

 わたしも次の翻訳はthe Lady in the Lakeだろうと予想していたため、プレイバックというのはちょっと驚いた次第ですが、この辺は村上氏は上手だなあという感想を持ちました。the Lady in the Lakeはthe Long Goodbye程ではありませんが、一部に熱烈なファンのいる作品で、こちらを先に出版してしまいますと、プレイバックが何となく影が薄くなってしまう可能性を慮っての順序ではないかと考えたのですが、これは邪推でしょうか。

 最後にあの決め台詞の翻訳についてなのですが、実はわたしはあまり興味を持っておりませんでした。英文法を考える立場からは面白い文章ではありますけれど、何故あの一文だけが一人歩きしたのかがよく分かりません。実際欧米では特別に問題にされないようですね。これについては、何かわが国独特の事情があったのだろうと推察するのですが、その辺については村上氏も「あとがき」で特に触れていませんでした。わたしはむしろそういう裏の事情の方に興味があったのですが...。

 以上、雑感になりますが書き込ませていただきました。今後の村上氏の計画を楽しみにしております。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.23:
(4pt)

そうだったのか・・

清水俊二訳の「プレイバック」を読んだとき、マーロウは何て嫌な奴になったんだろうと思った。
やたらにタバコはポイ捨てするわ、人をみないで金で情報を買うわ、手当たり次第に知り合った女と関係をもつ・・(あらためて読み直してはいませんが、そのような行為が特に印象として残ってます)

はたして村上春樹訳のマーロウはどうなのか。
あれ?以前に読んだ記憶とちょっと違うかな・・確かにタバコは投げるし金で情報を買うしみさかいなく懇ろになる、ようではあるけど、何だか卑しくさえ感じられる以前のマーロウとは違って、それを羞うような、世界を観察するよりは、むしろ自身に対する眼差しがより強く感じられるような。これはこれで、マーロウ自らをプレイバックする話として、より身近な男としての感慨をもって楽しめました。

あのセリフはというと・・村上さんの丁寧な解説で(原文読んでないので)「そうだったのか!」と新たな発見があったりして。
村上訳のチャンドラーは、毎回のご本人のあとがきも、とても楽しみなひとつですよね。

あと「Lady in the Lake」を残すのみだけれど、本文はもちろん解説も含めて最後まで楽しませてくれそうです。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.22:
(5pt)

湖中の女の番かと思っていました。

年末になると村上さんの翻訳を待ち焦がれて、去年は無かったので、今年もダメかなとか思ってました。村上さんのオリジナル作品と違って前宣伝が全く無いのです。あと一二年は何とか生き延びて全長編(次は中編かな?)を読みたいです。
日本郵政の所為か最初の契約と違って途中から翌日配達になっていました。配達日が早かったからアマゾンで買ったのに、カンベンしてよ。(^_^)
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.21:
(5pt)

お金には「ハード」に生きるマーロウに共感

「マーロウの名台詞」を村上春樹さんがどう訳したのか、知りたくて買いました。

村上さんは、第二十五章の「マーロウの名台詞」を、
「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるには値しない」(280頁)
と訳されていました。

村上さんは、"hard"という英語を「厳しい心」と訳したのです。
でも、生きのびて行くための「厳しい心」とは、どんなこころ持ちなのでしょうか?

「マーロウの名台詞」の原文は、こうです。(306頁)
If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

巻末の「訳者あとがき」の同じ306頁に、「マーロウの名台詞」の矢作俊彦さん訳がありました。

「ハードでなければ生きてはいけない。ジェントルでなければ生きて行く気にもなれない」

この矢作訳は、正確でストレートな翻訳ですが、やはり「ハード」というカタカナ言葉では
意味するところが明らかではなく、分かりにくいです。

しかし、100頁まで本書を読み進めていくうちに、この「ハード」は
「お金に堅い(お金に厳しい)」という意味だと分かりました。

第九章の100頁に、こんなセリフがあったからです。

「五十万ドルというのはちょっとしたお金よ、マーロウ。
あなただって、それをあっさり断るほど『お堅く』ないでしょう」
原文: 
Half a million dollars is a lot of money, Marlowe. You're not too hard to take.

マーロウのような、お金で雇われる身の私立探偵が
お金に対して「ハード」に堅く(厳しく)生きていく姿が、本書の中に何度も何度も
繰り返し細かく描かれていました。

マーロウのように、お金に律儀な私立探偵が、お金にならない仕事ばかりに、損得抜きで
命をかける姿に感動しました。

マネー、マネー、マネーのアメリカ。大統領でさえ、お金のビジネス感覚で暴走するアメリカ。

そんな、あきれたアメリカにも大昔、マーロウのような人間が存在したんですね。
本書を読み終えて、ただただ驚きました。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.20:
(5pt)

チャンドラーの「白鳥の歌」

村上春樹によるチャンドラーの新訳シリーズの6冊目。約2年毎に出るシリーズを心待ちにしている読者も多いだろう。私もその一人だ。

チャンドラーは純文学を書きたかったが、シャイなところがある彼は、そうすると自分の魂をさらけ出すことになり、それを嫌って娯楽小説にした、という説があるらしい。

新訳を読むと、これは個人によって違うだろうが、作者の魂を感じることができる。これは村上春樹訳ならではだろう。『ロング・グッドバイ』で書かれた人生の悲哀、憂愁をこの作品でも同じように(少し弱いかもしれないが)チャンドラーは語っている。

『プレイバック』はシリーズの中では決めの台詞以外は地味かもしれない。しかしあとがきにあるが、70歳を超えたチャンドラーの「白鳥の歌」として応援したくなる作品だ。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.19:
(5pt)

チャンドラー最後の長編

1958年に刊行されたチャンドラー最後の完成された長編。
訳者もあとがきで述べているように前作『長いお別れ(ロング・グッドバイ)』の偉大な影に隠れ、チャンドラー作品中、最も軽視されてきた不遇な長編。評者も中学生の頃、清水俊二版を一度読んだきりの久々の再読で、きっとあの名台詞("If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."が本書でどう訳されているかは読んでのお楽しみ)以外は見るものがない、妻を亡くし酒浸りのチャンドラーが義務的に仕上げた作品だろうと思い込んでいたのだが、さにあらず、往々にして脇道にそれ、ストーリーが錯綜し過ぎるきらいがあるチャンドラーの長編としてはプロットに纏まりがあり軽快に読める作品だった。未完成の映画シナリオを元にした為か、他の長編と色合いが異なる点が従来の低評価の理由だったのではないか。珍しくマーロウの色恋模様が克明に描かれている点も興味深い。
なお、訳者あとがきで、あの台詞が欧米では殆ど話題にされていないという事実を知る。漱石の『草枕』の冒頭部にも似て、日本人の琴線に余程触れたのだろうか。改めて文化の違いを痛感する。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.18:
(4pt)

〈私立探偵フィリップ・マーロウ〉シリーズ最後の作品

本書は、アメリカの作家レイモンド・チャンドラー(1888 - 1959)による〈私立探偵フィリップ・マーロウ〉シリーズ、長編第7作 “Playback”(1958)の新訳です。訳者は村上春樹さん。本作はシリーズ屈指の名作『ロング・グッドバイ(長いお別れ)』(1953)の後に書かれ、彼にとって遺作となった小説であり、シリーズ中もっとも短い作品でもあります。

本作には「タフでなければいきてはいけない」という有名なセリフがあり(有名なのは日本だけらしいですが)、ふたりはそれぞれ以下のように訳出しています。あとがきを読むと、村上さんはキャッチーな決めゼリフはすぐに陳腐になるという考えの持ち主なので、あえて耳あたりのいい表現を避けたように思われました。

“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”(原文)

「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない。」(清水訳、1977年文庫版、p. 266)

「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない。」(本書、村上訳、2016年単行本版、p. 280)

また、これまで村上訳に親しんできた人であれば、おなじみですが、村上さんの訳は基本的に硬めの逐語訳。読みやすさなら清水訳が上でしょう。一方で清水訳はスピーディな語り口を重んじるので、短く削られ、直裁的な表現になっている箇所が多い。そのためチャンドラー独特の迂遠な表現は村上訳の方が効いているとも感じます。どちらがいいかは好みの問題だと思います。

くわえて村上訳は原文にはない文章をつけたすことで、軽く説明している箇所があります。ただ村上訳では細かい部分で気になる箇所がいくつか眼につきました。たとえば、8章でマーロウがモテルの部屋に戻ったあとのシーン。

“It was cold and damp and miserable. Someone had been in and taken the striped cover off the day bed and removed the matching pillowcases.”(原文)

「部屋はつめたく、しめっていて、みじめだった。ベッドの縞のカヴァーとおなじ模様の枕カヴァーがすでにとりのつけられてあった。」(清水訳、pp. 87-88、原文ママ)

「部屋は寒くてじめじめして、惨めだった。誰かが留守中に部屋に入って、寝椅子からカバーを剥ぎ取り、お揃いのストライプのピローをはずし、ターンダウンをしてくれていた。」(村上訳、p. 89)

村上訳ではベッドカバーをはがすなどのベッドメイキング・サービスを意味する「ターンダウン」という語句がつけたされ、日本ではあまり一般的でない行為が、ホテルサービスであることがわかるよう補足されています。しかし、せっかく配慮されてはいるものの、“removed the matching pillowcases” は、“pillow” ではなく “pillowcases” なので、「お揃いのストライプのピローケース(あるいは枕用カバー)をはずし」が適切です。「お揃いのストライプのピロー(枕)をはずし」は文脈的に不自然で、原文と照らし合わせなくても見つけられるケアレスミスなため、訳者というより編集者の校閲が甘い気がしました。
ちなみに清水訳では “Someone had been in” が削られ、ベッドカバーと枕カバーがまとめて「とりのけられてあった」と訳されています(じっさいは「とりのつけられてあった」と記載されていますが、誤植でしょう)。
プレイバックAmazon書評・レビュー:プレイバックより
415209656X
No.17:
(4pt)

謎に満ちた最終章

守るものがいない孤独な男の気ままな大人の探偵ごっこに映った。あまりにも恰好良すぎる。完璧過ぎて共感を覚えられないのだ。むしろ、同業者であるカンザスから来たゴーブルの方がずっと魅力的に映る。貧乏で野心家で、守るものはなくとも少なくとも失うものを持ってる。それでも、金脈である一流ホテル経営者のブランドンを追い詰めるシーンは傑作もので、一番の見せ場と言っていい。追い詰めるだけ追い詰め、敢えて逃げ道を与え、骨抜きにしてしまう。まさに、マーロウ流必殺の仕事術である。
 しかし、チャンドラーの最後の作品だけあって、清水氏も指摘してるように、一種の異様さとある種の脆さを感じてしまう。後半に登場するグランドル老人の世紀末を長々と理屈っぽく語るシーンはその典型であろう。でも、人生の終焉に近づきつつあるチャンドラーの本心をこの老人が代弁してたようにも見えなくもない。
 この作品を最後にチャンドラーは死んだ。そして、マーロウも永遠の存在となった。そう思って"プレイバック"すると、謎をひめた彼の最後の物語が余計に謎に満ちてしまう。奔放な悪女演じるヴァーミリアと抜け目ない曖昧模糊な魔性の女であるメイフィールドとのラブシーンも中途半端に異様に浮いて見える。
 それに最後の最後で、リンダ・ロンダリングから求婚されるシーンもとても違和感があり、逆に悲しくなった。マーロウがマーロウでなくなるように感じた。死を覚悟した人間はかくも弱くなるのである。嗚呼、一番最後に読むべきだった。
 しかし、金持ちの男に目がない魔性の女•メイフィールドとの愛の駆け引きはとてもドライで楽しく、洗練されてる。恋敵であるブランドンを冷酷にも蹴落とした時は、胸のすく思いをした読者は多かったろう。これこそがチャンドラー流処世術なのだが。結果論ではあるが、『プレイバック』は全体的に暗いイメージに、何かの呪いに覆われてたように感じる。全く謎に満ちた最終章でもある。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.16:
(4pt)

楽しく一気に読んじゃった

あまり評価の高くないチャンドラー作品とのこと。 しかし結構ハラハラしながら小説の舞台に身を置いて、一気に読みました。 何よりも『強くなければ生きて…優しくなければ生きる…』の決めゼリフにたどり着きたくて楽しめました。 訳者のあとがきも良いですよ。
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4150704538
No.15:
(4pt)

この本を読む価値

前作までとは趣が異なる印象を受ける。
マーロウは終始同じ場所を行ったり来たりでスリル感がないし、
チャンドラー作品特有の登場人物の層の厚さも影を潜めている。
そして事件解決のプロットもなく、ストーリー自体が短い。

けれどこの作品は、探偵小説の要素などなくたっていい。
チャンドラーのファンであれば、この本の随所に哀愁を感じ、
彼のラストの作品であることに感慨を覚えるだろう。

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」
という名言が登場する作品だが、このセリフを目的に、まだチャンドラーを
読んだことのない人が、いきなりこの作品を読むのはおすすめできない。
前作をすべて読んでチャンドラーのファンになった人が、最後に手に取る
べき本である。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.14:
(5pt)

まさに、ハードボイルド

主人公の言葉の言い回し、自分の貫き方、ハードボイルド作品の王道を行く、一冊です。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.13:
(5pt)

チャンドラー 作 恋愛小説 ネタバレあり

Playback 「プレイバック」レビュー

プレイバックは、長いお別れの続編である。

マーロウはリンダ・ローリングと結婚する。

タイトルのプレイバックは、その名の示すとおり、

一度録音したものを再生する。という意味で、

「あなたに結婚して欲しいと頼んでいるのよ。」という リンダ・ローリングの台詞である。

そう、ロング・グッバイでも、 この作品、プレイバックでも、

リンダ・ローリングは、 マーロウに求婚する。

The Long Goodby 「I've asked you to marry me.」

Playback 「I'm asking you to marry me.」

1年半の間忘れる事の出来なかった、男のセンチメンタルである。

もしかしたら、このプレイバックというタイトル。
過去にもどってやり直す。という意味で使われているのではないか。と
感じる。
彼女と別れてしまった、その日に戻って、
やり直す。
誰でも一度くらいあるだろう。
その日に戻ってやり直せるなら、やり直してみたいと思う日が。
そんな、いい歳をした、ちょっとズルイ中年男のセンチメンタル恋愛小説。

ヘレン・ヴァーミリアとの情事には、自分の部屋を使う事を良しとせず、

行為の時には、「愛してなくても良いじゃないか。そんな事を考えるのはよそう。

すばらしい瞬間だけを楽しめればいいんだ。」と言っている。

「なぜ、ここじゃいけないの?」という彼女の問いに

「こんな事を言うと、君は帰ってしまうかもしれない。僕はここで夢を見た事がある。」
1年半前の事だ。その夢がまだ何処かに残っている。そっとしておきたいんだ。」

「その女は金持ちだった。僕と結婚するといった。うまくいくとは思えなかった。

おそらく、もう会う事もあるまい。だが、忘れられないんだ。」

ベティ・メイフールドの場合には、 もっと、ひどい男になっている。

関係を持った後、

彼女は「あなたを愛してるんだと思ってたわ。」といっている。

それを、はぐらかして「あれは夜だけの事。」

「それ以上の事を考えるのはよそう。」 と言って逃げる。

その後、彼女はこう言っている。

「恋をした事がないの?毎日、毎月、毎年、 一人の女と一緒にいたいと思った事はないの?」

これには答えず、「出かけよう。」とマーロウ。

その後だ。彼女が例の質問をする。

「あなたのようなタフな男が、どうしてそんなに優しくなれるの?」

この質問。 {君が好きだから。][君が大事だから。]という答えを
期待していると思うのだ。

それに答えて、あの有名な台詞。

「タフでなくては、生きていけない。優しくなくては生きていく資格が無い。」

と。。。またしても、はぐらかす。

そう、愛する女、心に残る女性が居るにもかかわらず、

愛のない関係を持ってしまった男。

せつないね。

リンダからの電話に答えて、

「さびしいのよ。あなたに会いたい。」

即答で「1年半前のこと。」と答え、

「ぼくはここにいるよ。いつもここにいる。」

リンダのための場所を用意して。

冒頭に出てくる。ジーンとヘルガは、きっと素敵なカップルで、

マーロウとリンダが結ばれる事を望んで、

チャンドラーに手紙を書いたのではないだろうか。と推測する。

だからこそ、彼らが居なかったら、

この本を書く事は出来なかったと チャンドラーは冒頭で書いているのではないか。

ロング・グッドバイは、完成された作品だと思う。

極めて完成度の高い作品という意味で。

それは、きっとチャンドラー自身も感じていただろうし、

続編を書く必要は無かっただろう。

この作品。恋愛小説として、読んだ方が良いのではないだろうか。

これまでのマーロウ像と少し違うのは、

すぐには、手を出さない印象のマーロウが、今回に限り、情事が多いのは、

忘れる事の出来ないリンダの代わりを求めていたとは考えられないだろうか。

とにもかくにも、やはり素晴らしいですね。

ロング・グッドバイを読んでから、 読んで下さい。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.12:
(5pt)

どこまでも カッコいい

プロットには少々?というところが最後に感じられましたが
全くこの作品の瑕疵にはなっていません。
プロットなんかまあどうでも良くて、悪党や小悪党を含めた魅力的な人たちが
生き生きとカッコいいセリフを吐きまくる チャンドラーの遺作
チャンドラーの弱りを感じる面もあるが、作者とすると一番言いたいことが言えた
作品になったのだろう


プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538
No.11:
(5pt)

読んで下さい。私立探偵マーロウの魅力を....

レイモンド・チャンドラーファンでなくとも、これを読んだなら前作も、前作もと追いかけ読者になること間違いなし
特にプレイバックの情景表現は筆舌に変えがたし、魅力あり。勿論訳者清水俊二さんも彼の代弁者として素晴らしい。
プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))Amazon書評・レビュー:プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))より
4150704538

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