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緋文字



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【この小説が収録されている参考書籍】
緋文字 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-2)

緋文字の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

浮気調査でさえクイーンは本格ミステリにする

本書は短編では名(迷?)コンビとして数々の事件を解決しているニッキー・ポーターがパートナーとして登場し、エラリイの助手を務めた初めての長編作品である。
そしてそのコンビが挑む事件はなんと浮気調査。本格ミステリの探偵らしからぬ事件である。浮気調査というのは私立探偵、つまりクイーンの対極にあるハードボイルド小説やプライヴェート・アイ小説で取り上げられる題材だ。

そんなエラリイの前に立ちふさがるのが女心。
稀代のジゴロとして女性を食い物にするハイエナのような男ヴァン・ハリスンの魔手から依頼人を救うべく、エラリイはハリスンが過去に食い物にした女性を探し出し、過去の被害について彼を告発するようにお願いするのだが、そのいずれもがハリスンと過ごした楽しい思い出を語るだけで、エラリイに協力しようとしない。
今までしばしば本格ミステリではありがちなように、クイーンの作品でも描かれた女性像とは典型的な男性願望が具現化したような存在だったが、本書では男性が理解しがたい女性像を見事に捉えているのではないだろうか?

おしどり夫婦として知られていたダークとマーサのローレンス夫妻の間に、売れない探偵小説家であるダークの癇癪と嫉妬が顕著になってきたことから、マーサは彼をどうにか以前のようにまともな性格に治してほしいと依頼するが、事件の焦点はその依頼人であるマーサが落ちぶれた俳優と浮気をしていることが発覚し、エラリイとニッキーは手遅れにならないうちに彼女を正気に返らせるというのが本書の粗筋。

そして物語はエラリイとニッキーの努力虚しく、2人の逢瀬は重ねられ、やがて嫉妬深い夫にその事実が発覚する。そして夫は浮気の現場に拳銃を携え訪れる、と起こりうるべくして起こる事件の方向へ進む。
後期のクイーン作品には本書のようにどこに推理の余地があるのか、本格としてのサプライズとクイーンのロジックが入り込む箇所はあるのか、実に判断しにくい題材と事件が多い。特に本書は最たるものだろう。
つまり一見普通の事件に見える事象にも論理の光を当てることでサプライズを引き起こすことが出来ることをクイーンはこの時期に試みたのではないだろうか。

もしそうだとすれば、成功していると個人的には思う。観たまま読んだままの明白な事件を全体に散りばめられた色々な手掛かりを検証することで事件を180度引っくり返すことになる。
しかし一読者の立場で云わせてもらえば、クイーン=本格ミステリという頭があるため、対等に推理をするには証拠や手がかりが解りにくすぎて、どうにも後出しジャンケンのようなずるさを感じてしまう。

本書のタイトルはナサニエル・ホーソンの有名な作品と全く一緒である。そして作者はそれをあえて意識して同作品と同じ姦通罪を取り扱っているのだ。しかもホーソンの作品の題名は姦通罪に問われた女主人公が姦淫(Adultry)を示す文字Aを胸に付けられ、これが緋文字であったことに由来しているが、本書も原典に倣い、浮気のきっかけはAの文字で始まる。そしてクイーンの作品では緋文字は逢瀬の予定を知らせる手紙が赤文字で書かれていること、逢瀬の場所を知らせる手がかりが赤文字でマークされていること、そしてダイイング・メッセージが血で書かれていることで使われる。文学マニアのクイーンならではの遊び心だ。

今回重要な役割を果たすのが、ハリスンからマーサに送られるAからZまでの暗号を使った手紙である。これが事件の解明に大きく関わるわけだが、その内容には既出の作品に同様のトリックがあり、既視感を覚えた。よほど作者はこの小道具をお気に入りのようだ。
また俳優が物語に関ってくるのもハリウッドを経験した後のクイーンの作品には共通する事項だ。しかも今回は落ちぶれた俳優で50代でありながらも身なりと風貌はまだ若さを感じさせ、世のマダム連中をとろけさせる魅力を備えているが、彼がカツラを愛用し、若く見せようとしているという件がある。これも既出作品に同じような効果で用いられていた。
見た目を偽ることで本来の自分よりも若く、威厳があるように見せる者たちをクイーンはハリウッドで多く観てきたに違いない。これも映画という虚構を生み出すハリウッドでクイーンが見た光と影なのかもしれない。

最後に蛇足めいた不満を。
間男ヴァン・ハリスンの召使いが日本人という設定なのだが、その名前がタマ・マユコ。しかもこの人物は男性。
西洋人にとって日本人の名前は解りにくいかと思うが、この辺は親交深い日本の出版社に訪ねて、その妥当性を検証してほしかった。苦笑いするしかない不手際である。

本格ミステリの方向と可能性を追求し続けた作者のチャレンジ精神は上に述べたように非常に素晴らしいと感じる。
しかし読後にそれは気付かされる文学的業績と創作アイデアなのであって、必ずしもそれが物語としてミステリとしての面白さに通じているかはまた別の話である。
ただ本書はニッキー長編初登場ということもあり、今までのロートル親父と30を越えた放蕩息子に、筋肉バカの父親の部下というありきたりでなんとも色気のない取合せで進められていた物語に爽やかな新風をもたらした。浮気調査という特に女性が忌み嫌う題材にスパイとして遣われたニッキーが当然の如くながらいつもよりも元気がなかったのが残念だが、今後の登場作で本来のコメディエンヌ振りを発揮して大いに愉しませてほしい。


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