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Tetchy さんのレビュー一覧

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レビュー数1418

全1418件 941~960 48/71ページ

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No.478:
(10pt)

日本描写の細やかさにサプライズも加わった傑作

今回のクーンツは近年の作品の中では上位の部類に入る力作だと思う。『ベストセラー小説の書き方』で日本を舞台にした作品を書いた件が述べられていたが本作がそれ。
この作品を書くに当ってクーンツは京都への取材はせず、日本に関する膨大な資料と日本に詳しい知人への訊き込みで書いたというが、とても信じられないほどの緻密さである。過分に日本人の礼儀正しさを賞賛しているような気がするが凡百の外国作品に見られる「日本人」=「ちょんまげ」というような荒唐無稽さは無く、当時日本に住んでいるクーンツの知人から日本に取材に行かずあれほどの物を書いたことが信じられないとの賛辞を頂いたそうだが、それも頷ける。
しかも日本での話はおつまみ程度といったものではなく、全体の8割を占めるから、日本ファンに向けてのほんの手遊びで書いたものではない事は明らかである。登場する日本人名も佐藤とか鈴木とかありふれたものではなく、またかといってニツヅカとかマクラダとか本当にいるのかと首を傾げたくなるような奇妙なものでもなく、小説として十分特徴ある人物像が描け、しかも不自然ではない名前であることも驚き。
そして凝った日本料理についても日本人であるこちらが知らないような、もしくは食べたことないような高級な物だが実在する物として容易に想像できる物である事も更なる驚きであった。通常ならばここまでだけでも9ツ星なのだが、今回はあの傑作『雷鳴の館』にも通ずるサプライズが最後に用意されており、飽きさせない。
この最後に解る登場人物の相関関係の複雑さもよく練られて書かれているし、またシェルグリン議員がなぜ我が愛娘を洗脳させたのかが納得のいく説明で解決されることも素晴らしい。

クーンツの傑作『雷鳴の館』、『ウィスパーズ』、『ウォッチャーズ』、『邪教集団トワイライトの襲撃』に比べると物語力はやや劣るかもしれないが読者に真面目に向き合うクーンツの姿勢と複雑なプロットを見事に書き上げた豪腕を評して星10とする。
真夜中への鍵 (創元推理文庫)
ディーン・R・クーンツ真夜中への鍵 についてのレビュー
No.477:
(7pt)

及第点です

前回セイヤーズの感想で、「推理」小説ではなく推理「小説」を(セイヤーズに)求めているのがよくわかったという感想を書いたが、今回、この公募原稿からなるアンソロジーを読むに際し、奇抜なトリックよりもやはり読ませる短編に興味が自然と行った。特に最初の「犬哭島の惨劇」、終盤の「シャチの住む密室」あたりはかつて私が綾辻作品に触れた時には感じなかった素人のあまりにもいやらしい筆の滑り具合をまざまざと見せつけられ、吐き気に似た嫌悪感を憶えた。思えばあれが大学1年の時の頃だからもう12年以上経っているのだなぁと感慨に耽った。
あの頃の私は寧ろ綾辻作品のミステリマニアの手による本格物というテイストを好んでおり、書評子がかなり手厳しい評価を下していたのに首を傾げていたのだが、この歳まで来るとその気持ちがよく解る。
おっと閑話休題。本題に戻ろう。

さて今回、最も印象に残ったのは「クロノスの罠」、「黒い白鳥」、「鳶と鷹」の3作品。「クロノスの罠」は本格推理に相応しい大トリックで綾辻氏の『時計館の殺人』の本歌取りともいえる作品で見事に消化していた。
また実作家の手による「黒い白鳥」、そして公募による「鳶と鷹」は本格のトリック、驚愕の真相はもとより、その登場人物に血が通っていること、また特に「鳶と鷹」は小説を読ませる事を素人とは思えないほど熟知している構成の確かさを感じた。まさか素人の短編で落ちぶれた刑事の復活劇が読めるとは思わなかった。
前々巻の「マグリットの幻影」のような新たなる知識を与えてくれるほどの傑作は無かったにせよ、まずは及第点のアンソロジーであった。
本格推理〈5〉犯罪の奇術師たち (光文社文庫)
鮎川哲也本格推理5 犯罪の奇術師たち についてのレビュー
No.476:
(7pt)

旨味はあります。でも…

作家というのは長編タイプと短編タイプという2種類に分かれるとよく云われる。勿論、どちらも得意―というかどちらも読ませる作品を書く―作家というのもいるが、セイヤーズに関して云えば、私は彼女は長編向きの作家だという結論を出す。
だからといって本作に収められた作品が駄作というわけでは全然無く、寧ろ佳作ばかりだといっても過言ではない。
特に作中に自作のクロスワードパズルを盛り込んだ「因業じじいの遺言」などは短編にするのが勿体無いくらいアイデアを積み込んでいる感じがする。また約30ページの作品の中に15人もの人物が登場する「白のクイーン」も仮装パーティという特殊な状況を活かした好品でアイデアが抜群である。

しかし、それでもやはりセイヤーズは長編向きだと思う。たった1つの単純な事件に300ページ、そして『学寮祭の夜』に至っては700ページと膨大な原稿を費やすことにシリーズを読み始めた当初は無駄が多いのではないかと思っていたが『学寮祭の夜』まで読むに至り、これだけの原稿を費やして描く事件やそれに纏わる人間たちの機微がたまらなく面白く、物語のエッセンスとなっていることに気付かされた。
短編では同じワンアイデアで勝負しているのだがそこら辺の小説部分が省略され、何か物足りない。私が「推理」小説ではなく推理「小説」をセイヤーズに求めているのが今回よくわかった次第である。
顔のない男―ピーター卿の事件簿〈2〉 (創元推理文庫)
ドロシー・L・セイヤーズ顔のない男 についてのレビュー
No.475: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

外から見た吉敷が新鮮でした

今回のトリックは事件が起こっている最中で解読できた。だから列車ジャックの顛末がひどく冗漫に感じられ、島田氏自身も何だか早く書きたいところに行きたいのを持て余しつつ書いているような思いが行間から感じられた。だから途中までは駄作だなと思っていたのだが、やはり島田荘司、ただでは終わらなかった!!

恐らく今回はまず水晶特急の消失の謎が最初に浮かび、これに列車ジャックを絡ませ、そして誘拐事件を後付けのスパイスとして考えたのだろうが、いやぁ、なかなかに面白かった。御手洗シリーズのみならずこの吉敷シリーズにも幻想味を持たせるなど、島田荘司主義は誠に揺るぎない。また、今回吉敷を軸にした三人称描写ではなく、事件の当事者である雑誌記者の蓬田とその親友である島丘を軸に物語を進める事で、吉敷が事件に関わるものに対し、どのように映るのかを改めて描写することでマンネリに陥りがちなシリーズ物に新味を加えた。



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消える「水晶特急」 (光文社文庫)
島田荘司消える「水晶特急」 についてのレビュー
No.474:
(2pt)

思わせぶりなだけでした

売れっ子のペーパーバック・ミステリ・ライターを突如として襲う謎の空白の時間、そして心当たりのない不気味な独り言。それはもう1人の自分との戦いの序章に過ぎなかった。何かの手違いで生まれたクローン、それはどんなに傷ついても自己再生する生命体で命令に忠実だったが、ある日、自我を求めて自分探しの旅に出、そして真の自分を殺しにやって来る。

主人公マーティは作家クーンツをどことなくタブらせる存在で何にせよキングの『ミザリー』に触発されて書いたのは間違いない。キング作品は未だに読んだことがないので比べることは出来ないのだが、世評の高さを鑑みるに軍配はキングに上がったようだ。
サスペンスの盛り上げ方としてクーンツはこの上なく、物語の核心を出し惜しみして最後まで明かさない。この小説作法がずっと残っており、今回もまたそうである。この手法は読者を最後まで飽きさせない、最後まで付き合わさせる方法としてはかなり有効なのだが、明かされる真相が読者のじれったさを解消するカタルシスを伴うか、もしくは読者の度肝を抜く衝撃の真相でなくてはならない。『ウィスパーズ』然り、『雷鳴の館』然り、最近では『バッド・プレース』がそうであった。
しかし今回は設定が’70年代SFの領域を脱していなく、ある物語の典型を活用にしたに過ぎない。作中やたらと『スタートレック』が出てくるのも作者もそれを知ってのことかもしれない。




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ミスター・マーダー〈下〉 (文春文庫)
No.473:
(10pt)

さすがこれこそ巨匠の作品!

この作品を以って、なぜ今この現代においてでさえセイヤーズが巨匠扱いされるのか、またクリスティーと並び賞されるのかがはっきりと解った。
特に読み始めの頃はP.D.ジェイムズを読んでいるかの如くで、セイヤーズの影響をジェイムズが強く受けている事を肌身で感じた。
ある閉鎖された世界における多種多様な人々を念入りに描く、これはジェイムズが好んで使う手法だが、しかし本作はジェイムズの作品にない明るさがある。個人的にはジェイムズよりもセイヤーズの方が上だと思う。

今回オクスフォードが舞台ということで教授、学生、給仕など登場人物が半端でなく多いのだが、それでも性格付けが非常に上手く、また描き分けも見事で物語として非常に愉しめた―個人的にはヒルヤード女史が非常に印象が強い。『殺人は広告する』でセイヤーズは広告業界の内幕を描いたが、その頃に比べると出来はダントツだ。
描かれる事件が学内に陰湿な落書きや悪戯が頻発し、やがてそれが傷害事件にまで発展するというものでコージー以外何物でもない。そのため今回派手なトリック、意外な結末というのは成りを潜めている(以下ネタバレに続く)。



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学寮祭の夜 (創元推理文庫)
ドロシー・L・セイヤーズ学寮祭の夜 についてのレビュー
No.472:
(3pt)

もはや公式化してますな

この頃のクーンツはなんか物語にノレない。典型的なプロットが目立つからだ。
物語の中心となる構造が、何者(物)かに脅かされる男女、その内の1人にはおぞましい過去があるのだが、そのあまりの強烈さ故に思い出せない、逃亡を重ねる2人、いくつかのニアミスを繰り返しながらやがて過去と対峙する事を決意し、敵の懐へ飛び込む、もしくはあえて危険と知りながら忌まわしい想い出の地へ赴く、その地で忌まわしき過去が全面想起され、宿敵との対決、命を失いそうな所まで行きながら辛うじて九死に一生を得る、まだ見ぬ明るい未来へ想いを馳せ、2人手を取り合いつつ物語を終える、とこういった感じだ。

今回もそう。前回の『コールド・ファイア』は前半がとびきりに面白すぎて後半―物語の性質上、致し方ないとは云え―見る見る物語のパワーが萎んでいった顕著な例であったが、今回はどうにもこうにも陰気な主人公スペンサーがストーカーにほぼ近い事―というよりストーカー行為―をある酒場で出逢った魅力的な女性に対して行う事から始まり、しかも彼が自分の名前、住所、身分証明書の類全てを詐称する究極のパソコンおたく、ハッカーでもあったという非常に好意の持てない所から出発していることもあり、物語が進むにつれ、スペンサーがヴァレリーと再会してから明るくなっていくのでエンターテインメント性が高まり、そこが『コールド・ファイア』と大きく違って、マイナスからプラスに転じていたのが良かった。
主人公の呪われた血の設定は特筆物だがやはりタイトルが示すように物語のトーンとしては暗い。

しかし冒頭に述べたような「クーンツの小説方程式」になぞらえて今後も作品を作っていくとなると小説家としては二流と云わざるを得ないなぁ。

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心の昏き川 (上) (文春文庫)
ディーン・R・クーンツ心の昏き川 についてのレビュー
No.471:
(4pt)

江戸川乱歩は十分理解できていたのだろうか?

事件は相変わらずシンプルで、偶々葬式の時に掘り起こした墓の中から身元不明の死体が発見される。死体は顔を潰され、両手首は切断されて、ない。
さてこれは一体誰だろうか?どうやって殺されたのか?一体犯人はどうしてこのような事をしたのか?
これだけである。

この犯人の背景を探る旅がこの物語では私にとっては特に面白かった。ことはフランスまでも波及し、被害者の波乱万丈な人生を物語る。
あと日本人は全然馴染みのない転座鳴鐘術、これが非常に読書に苦痛を強いるものであった。浅羽莢子氏の訳は読者にどうにか理解させようと苦心しているのでこの原因にはならない。元々が難解すぎるのだ。これがセイヤーズ作品の特色上、どうしてもトリックに大きく絡むことは間違いなく、案の定であった。江戸川乱歩はよくもまあこれを人生ベスト10級の作品だと太鼓判を押したものである。




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ナイン・テイラーズ (創元推理文庫)
No.470:
(7pt)

早くも袋小路か

いやに密室物、館物が多い短編集だった。初版が1994年8月10日となっているから、正に新本格が熱を帯び、二階堂黎人氏や芦辺拓氏ら第二世代が続々と誕生してきた頃とマッチングしている。つまり、本格好きが第2の綾辻行人氏、法月綸太郎氏を我こそがと目指していた時期であったのだろう。

しかし、今回は前回に比べ、突出した物が無かったように思う。前作の感想に書いたが、目から鱗が落ちるような快感や新しい知識を得たような知的好奇心を満たす物、謎解き以外にも心に残る何かがある物、つまり理のみに走らず、情にも訴えかける物が無かった。
おまけに今回はトリックやプロットが途中で解る物も多く―それはそれで面白いのだけれど―レベル的には低かったのかもしれない。

いや、本格推理は読書を重ねる毎に利口になっていく分、多少の事には驚かなくなってくるという不利な特性を持つ。哀しい事だが、シリーズが進むにつれ、興味は薄れていくのではないだろうか?
本格推理〈4〉殺意を継ぐ者たち (光文社文庫)
鮎川哲也本格推理4 殺意を継ぐ者たち についてのレビュー
No.469:
(3pt)

450ページで事件1つは辛すぎた

久々のカー、しかも復刊ではなく新訳である。この前の『喉切り隊長』が結構面白かったのもあるし、フェル博士物でもあるということで期待したが・・・。

今回はカーネギー・ホールなどに代表される欧米の劇場が舞台ということでボックス席がどういう物かを漠然としか想像できなく、登場人物の行動の推移が何が何やら十全に理解できなかったことが大きい。
しかし、それだけでないのも確か。450ページ弱を要して殺人事件が1つ、しかもネタ的には短編小説並みのものでしかないというのが結構痛かった。
最後の最後でトリックは明かされ、なるほどと思うが、450ページを引っ張るほどの魅力は無かった。

本筋から関係のない脱線気味の笑劇もあり、カーのサービス性がどうも悪い方向に働いたようだ。
なぜ平成の世になって漸くこれが訳されたのか?この問いの答えは様々だろうなぁ。
仮面劇場の殺人 (創元推理文庫)
No.468:
(7pt)

クライマックスは最初にありました

今回の導入部はかつてのクーンツ作品の中でも群を抜く素晴らしさだろう。「命綱(ライフライン)」というキーワードが頭に捻出されると自らの意志とは別の意志が働いて、どんな方法をとってでもそこに失われる命があるならば駆けつけ、救出する男、こんな設定、見たことがない。これが非常に魅力的で一気に物語世界に没入させられた。

上巻はその救出劇のオンパレードでもう巻措く能わずといった状態。しかし、上巻の最後の航空機墜落のエピソードから少し勝手が変わってくる。主人公ジムが想定していた人物以上の救出が可能とされたからだ。
ここから下巻に至るわけだが、これが非常に残念な展開になる。これについてはネタバレ欄で述べよう。

『バッド・プレース』は世評の低さが不思議でならなかったが、今回はそれもかくあらんと得心した次第だ。

▼以下、ネタバレ感想
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コールド・ファイア〈上〉 (文春文庫)
No.467:
(7pt)

物語の雰囲気は好みだが、それぞれ難がある作品たち

島田氏の短編集としては珍しく吉敷も御手洗も出てこないノンシリーズ物ばかりだった。短編集とは云え、一番短いのが冒頭の「ドアX」の70ページでその他2編はどれも100ページを超える作品で、どちらかと云えば中編集といった方が正しいだろう。

ハリウッド女優を夢見る女性のあまりに出来すぎた世界が語られる「ドアX」はその明かされた真相からして長編『眩暈』の変調のような味わいがある。最後に志賀直哉の短編「出来事」を髣髴させるところは作者の手腕だが、「ドアX」の正体が途中で判るのが災いして却って蛇足になった感がある。

次の「首都高速の亡霊」はタランティーノの映画に触発されたような内容で、ある一点から語られる凶事がそれぞれ登場人物の視点、立場で語られることでからくり仕掛けのおもちゃを見ているようで結末の恐ろしさが強調されるというより物語進行のユニークさが印象に残った。最後の死体が首都高速の外灯に持たれるように偶然腰掛けるような姿勢になるというのがどうしても想像できず、これさえもっと簡潔であればすっきりした好編になったのだが。

最後の「天国からの銃弾」は島田的ロス・マクドナルド調綺譚といった感じで、結構好きな一編。定年退職した老人の富士山を撮り続ける趣味を発端として息子のソープランドの屋上での首吊り死が起き、その事件の真相を調べていくうちに息子夫婦の知られざる暗黒が次第に明かされていく。
しかしこれには一点、大きく物語のリアリティに欠ける部分がある。主人公の老人がプロ級の射撃を持つ、その事ではない。毎週射撃の練習を神奈川県のど真ん中でやる、これも瑕疵ではない。その一点についてはネタバレの欄に記載しておこう。

以上3編、どれも佳作だがそれぞれに弱点や瑕疵を備えているので今回は7ツ星とする。


▼以下、ネタバレ感想
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天国からの銃弾 (光文社文庫)
島田荘司天国からの銃弾 についてのレビュー
No.466:
(8pt)

グロテスクな設定を豪腕で料理した怪作

今回もクーンツは非常に魅力的な導入部を演出してくれる。
ふと目が醒めると知らない所にいる男、フランク。最初は簡単な依頼かと思われたあるコンピュータ会社の仕事で危機一髪の危難に見舞われる夫婦探偵。このフランクの、見知らぬ場所で目覚めるという設定のオチがテレポートだったとき、『ライトニング』など散々使い古された手の亜流でしかないのかと思われたが、最後に明かされるフランク、キャンディらポラード一族の血縁のおぞましさにはかなりガツンと来た。
これほどの真相はかの名作『ウィスパーズ』に勝るとも劣らない。しかし、ここまでやると次はどんな手が残されているのだろうか?

しかし、往々にして苦労して手に入れた小説というものはその希少さゆえ駄作であるというのがパターンとして多い―売れないから重版されない、つまり手に入れにくい―のだが、今回は違った。寧ろ世評が低いのが不思議である。着地も突飛ながら私的には許せる範囲だし、結末もボビーとジュリーのエピローグもあって纏められている。
いやあ、東京、横浜、博多と探し当てた甲斐があったよ。


▼以下、ネタバレ感想
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バッド・プレース (文春文庫)
ディーン・R・クーンツバッド・プレース についてのレビュー
No.465:
(2pt)

こんなピーター卿は欲しくない

今回のセイヤーズはつらかった。
これはミステリというよりも殺人を織り込ませた大衆小説である。広告業界内幕小説である。

とにかく物語の進行が破天荒で登場人物たちが広告業界人であるがために一筋縄とはいかず、台詞がとにかく多い。それゆえ、いつもより増して引用文が多く、これは私に云わせれば小説のリズムを崩しているようにしか取れなかった。
つまり今回は全くノレなかったのだ。

前評判から評価が二分化するのは解っていたが私が賛否の“否”になるとは思わなかった。元々事件に派手さはないセイヤーズだが、それでもその緻密さとあっと驚くワンアイデアで最高の悦楽を与えてくれていた。
しかし、今回はそれもなく、しかも最後にピーター卿が犯人に自殺を要求するのはどうか?恵まれた人物が貧者の気持ちを解さずに「なら、死ねば?」と突き放しているようにしか思えなかったのだが。

またピーター卿が広告会社で活躍するのもスーパーマン過ぎて食傷気味。
次からどうなるのだろう、このシリーズ?

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殺人は広告する (創元推理文庫)
ドロシー・L・セイヤーズ殺人は広告する についてのレビュー
No.464:
(9pt)

こういう話に弱いんです

ある男のひと夏の燃えるような恋の物語。島田氏の青春グラフィティかもしれない。『異邦の騎士』然り、とにかくこういう話に弱いのが私。冷静に一歩引いて本作を観察してみれば、実は喜劇であるという事実に気付くのだけれども。

物語の流れとしては何とも都合のいい展開だなという印象が強い。気の弱いストーカーが冴えない手際で不器用に憧れの君と交際するようになるという展開からしてチープであり、何らかの捻りがあるのかとずっと疑念を抱いて読んでいた。
主人公がヤクザに絡まれ、傷だらけになり、それを謎の多い彼女が看病してメイクラブに至る。更に追っ手に捕まり、かつて夢中になったバイクを駆り、救出に向かう。極々使い古された手である。

困難の末に行き着いた真相は、主人公が可哀想になるくらい呆気ないものだった。ここで生じるのはなぜ彼女が家を飛び出して1人暮らしを始めたかである。

感傷的な島田氏の筆致は上のような陳腐さを頭で解っていても、心にはびしびしと響いてくる。
こういう作品を読むと、結局、小説とは斬新さがなくとも、技術で佳作・傑作が生まれるのだなぁと改めて思った次第。


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夏、19歳の肖像 (文春文庫)
島田荘司夏、19歳の肖像 についてのレビュー
No.463:
(7pt)

プロになった人の作品はやはり一味違う

素人の手遊びという印象が読書前にあった。実際、最初の方は変に凝ったペンネームの人や、無闇に捏ね繰り回した表現を使う文体が散見され、やれやれといった感じだったのだが、後半の数編にはこれは!!と瞠目させられる物もあり、結果的には満足した次第。しかし、館物、山荘物、密室物が非常に多く、食傷気味である。また40ページ前後の作品にもかかわらず連続殺人が起きたりと贅沢に盛り込みすぎた作品もあり、この辺が逆に素人ぽさを醸し出しているのが皮肉だ。

しかし、現在ミステリ作家として活躍している柄刀氏の短編は、最後に人情のスパイスを仕込むなど、他の作品にないサムシング・エルスがあり、感心した。
最も驚いたのは新麻氏の「マグリットの幻影」。何よりも実体験的にトリックを実証する趣向が抜群で、正直度肝を抜かれた。正に「目から鱗」である。

今後このシリーズは更なる深化を遂げるのか、はたまたマンネリに陥るのか、期待と不安が入り混じっている。
本格推理 〈3〉迷宮の殺人者たち (光文社文庫―文庫の雑誌)
鮎川哲也本格推理3 迷宮の殺人者たち についてのレビュー
No.462:
(3pt)

乱歩の力量不足を感じる短編集

乱歩の目指す本格というものがよく解らなくなったというのが本書の正直な感想。がちがちの本格というよりも恐らくは当時乱歩は海外ミステリでよく行われていた「どんでん返し」の趣向に強い憧れを持っていたのではないだろうか。つまり一筋縄ではいかない結末を用意することに固執していたように思われる節がこの短編集では散見される。

しかしその趣向が上手く機能しているとは云い難く、はっきり云って蛇足に近い。二流の作品で終える予定が三流の作品に貶めているように思う。つまり最後の結末があまりにしょうもなさ過ぎるのだ。
ここに至り私は、乱歩は本格推理小説家としての才能は初期の短編の一握りの物にしか見られないと判断する。乱歩は本格推理小説を最も書きたがった通俗ミステリ作家だったのだ。
人でなしの恋 (創元推理文庫)
江戸川乱歩人でなしの恋 についてのレビュー
No.461:
(8pt)

メイスンの作品では断トツ

A・E・W・メースン!!大学生の時に『矢の家』を読んだくらいで、その作品も詳細はもはや定かではないが、秘密の通路をメイントリックにしていたのにとてもガッカリした記憶が鮮明に残っている。
そのメースンの作品を再び読むことになろうとは全く思ってもいなかった!!しかも映画原作というから二重の驚きである。よくもまあ100年以上も前の作品を映画化しようと思ったものだ。

で、前述のように『矢の家』では大変失望させられたメースンのこの作品、予想以上に面白かったというのが正直な感想。
「臆病者」の烙印を押された元将校の主人公が自らの誇りを取り戻すため、かつて「臆病者」呼ばわりした同僚を危難から単独救出に向かう。要約すればこれだけの話で、至極単純な構成なのだが、今回は婚約者の女性も同様に主人公を「臆病者」呼ばわりするのがミソ。しかも結構きつい性格をしており、おいおい、ここまで云うかとばかり主人公を貶める。だって周囲を誤魔化すためのダンスでようやく終わりが見えた時に、「何で私がこんなに苦しまなきゃならないの!」なんて云うか、普通!?ここらへんの容赦なさといい、更にこの女性―エスネという名前―を苦しめる盲目になった主人公の登場といい、作者はかなりの小道具を要して物語を盛り上げる。

最初の同僚の救出劇は同僚の口から元恋人に告白されるだけだったので、迫力に欠け、物語の主題は専らこのエスネの揺れる恋心を綴った先駆的ハーレクイン・ロマンス物かと心配したが、やはりトレンチ救出の顛末はもう迫力もので、いつ計画が破綻するものかと緊張感に満ちており、非常に堪能できた。
とにかく、100年以上も前に書かれた作品とは思えぬほど、中東戦争の描写の丹念さや物語の登場人物が織り成す心の綾などが非常に丁寧に描かれ、はっきり云って21世紀に残る作品といっても過言ではないだろう。メースンの評価を改める必要があると本統に痛感させられた。

サハラに舞う羽根 (角川文庫)
A・E・W・メイスンサハラに舞う羽根 についてのレビュー
No.460:
(7pt)

サービス精神旺盛であるがゆえに

クーンツ初の本格冒険小説は、やはり他の作品と変わらず、実にクーンツらしかった。

欧米の水不足を北極の氷山の欠片を持ってくることで解消しようという田中芳樹の冒険小説を髣髴とさせる大胆な設定を皮切りに、いきなりの海底地震によって寸断された氷山に取り残されたプロジェクト・チーム、彼らを襲うのは皮肉にも自らが仕掛けた爆弾だった。しかも途轍もない嵐によってあらゆる救助は不可能。そして正体不明の殺人鬼がメンバーの中にいる。
どこまでも読者を飽きさせないこのサービス旺盛さ。あいかわらずメンバーの個性は類型的だが、読んでいる最中は気にならない。アリステア・マクリーンに敬意を表した作品だというが、私は彼の小説を読んでいないので正当な判断はつかないけれど、どうもその域には達していないように思われる。

この過剰なるサービス精神が名作を残すのを妨げているように思われるのだが、どうだろうか?
アイスバウンド (文春文庫)
ディーン・R・クーンツアイスバウンド についてのレビュー
No.459:
(3pt)

乱歩の短編は期待大だったのだが

私個人としては長編作家としての乱歩は少年期に少年探偵団シリーズで胸躍らせたあの頃で完結しており、『孤島の鬼』などの例外はあるにせよ、通俗すぎてバランスが悪いという印象しかもたないが、短編作家としての彼はワンアイデアで勝負する分、冗長でなく、しかもそのアイデアにキレがある事からかなり評価は高かった。

しかし本書に至っては短編の量産化のためかアイデアの枯渇が否が応にも窺え、小細工を変に弄するがためにギクシャクとした印象がある。各々の作品については述べないが、「恐ろしき錯誤」以降すべてが読者をどうにか欺こう、読者の考えの先を行こうと無理矢理などんでん返しを用意している分、それがなんとも痛々しいのだ。

次の『人でなしの恋』に期待しよう。
算盤が恋を語る話 (創元推理文庫)
江戸川乱歩算盤が恋を語る話 についてのレビュー