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Tetchy さんのレビュー一覧
Tetchyさんのページへレビュー数1418件
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クーンツがベストセラー作家として確立されているだけに、ストーリーが定型化しすぎていると痛感させられた。映画にすれば各々の登場人物の演じる俳優のイメージが固定化される思いもした。
導入部はいつもながら物凄い。いきなりクライマックスを迎える。それから膨らむ主人公の周囲を取り巻くエピソードも興味深く、これを貫けばある意味、小説の大家としての地位も確立できるであろうと思うのだが、やっぱりクーンツは怪物や宇宙人が好きなんですねぇ~! 得体の知れない怪物の話は今までになく幻想的で想像力膨らむが、無敵度を強くしすぎたせいか、最後の対決は何ともしぼんだ内容になっている。ここがいつもながら作家としての脆弱さを露呈させているのだ。ベストセラー作家というのが必ずしも良い意味に採られない典型でしょう。 あと、主人公以外の登場人物の使い捨て癖が顕著だった。エドゥアルド・フェルナンデスはプロット上、死ぬことは必要だとしても、獣医のトラヴィス・ポター、弁護士のポール・ヤングブラッドなどは単なる怪異の証言者の1人でしかない。この辺の使い方が書き殴っているようでどうもいけ好かないのだ。 ともあれ、重傷を負った警官とその家族を主人公に、殺人鬼が実はカルト的人気を誇る映画監督だったことから起因する主人公達への冷たい世間の仕打ち、怪異にストイックに立ち向かう朴訥な老人、カウボーイスタイルが似合う老弁護士、宇宙人の来襲を疑問もなく受け入れる男、恐怖や死を知らず憎悪のみを糧に生物を征服しようとする地球外生命体など、エピソードや人物設定などを取り上げれば面白くなる要素ばかりなのだが、それらを十全に活かしきれないクーンツ。 しかし時々『ウォッチャーズ』みたいな傑作が生まれるから目が離せないんだよな~。 |
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またもセイヤーズ、恐るべし、と手放しで歓びたい所だが、今回はどうもそうは行かない。
まず賞賛の方から。岸壁で1人のロシア人が殺されている、このたった1つの事件について600ページ弱もの費やし、さらにだれる事なく、最後まで読ませたその手腕たるや、途轍もないものである。事件がシンプルなだけにその不可能性が高まり、今回ほど本当に真相解明できるのか、危ぶまれた事件は(今までの所)ない。しかも最後の章でまたも驚きの一手を示してくれるサービスぶりはまさに拍手喝采ものである。あの1点でトリックが全てストンと落ち着くのが非常に気持ちよかった。 しかし―ここからが批判である―、腑に落ちないのは結局動機が何なのか判らなかった事。意外な犯人という点では今回は申し分ないだろうが、動機が判らない。 しかしポーの『黄金虫』ばりの暗号解読といい、バークリーばりの推理の連続といい、かなり本格推理小説を意識した作品であるとみた。動機の問題さえなければ星10だったのになぁ。 余談だが、今回は表紙の装画に非常に助けられた。この装画がなければ現場の状況を克明にイメージできなかっただろう。イラストを描いた西村敦子氏に感謝。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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【ネタバレかも!?】
(1件の連絡あり)[?]
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その名が示すようにこれは推理小説でいうレッド・ヘリング物、つまり疑わしき潔白者が何人もいる小説で、セイヤーズにしては珍しく、純粋本格推理小説である。
しかし、レッド・ヘリング物は誰も彼もが怪しいという趣向であり、とどのつまり、意外な犯人というものが真相にならない。従って、途中で「もう誰が犯人でもいいや」というある種の諦観を抱くようになるのだ。 それは本作も例外ではなく、キャンベルという嫌われ者の画家が殺されるという1つの事件だけで、460ページ弱を引っ張るのはあまりにもきつい。しかもレッド・ヘリングでは尚更なのだ。 さらに今回は西村京太郎ばりの時刻表解析があったりと、好きな人は堪らないかもしれないが、興味がない、いや寧ろ苦手な私にとってみれば、退屈以外の何物でもなく、はっきりいってこの段階で興味を失したのはまず疑いない。 セイヤーズの小説はなかなかノレないのにもかかわらず最後は素晴らしいカタルシスを提供してくれるので今回も期待したのだが、どうも読者を置き去りにしてしまった感が強い。苦言を呈して今回は2ツ星としよう。 |
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これは小説というよりも小説の体裁を借りた島田流都市論と云った方が正鵠を射ているだろう。まあ、内容としては都市論に留まらず、日本人の特質から根幹を成す行政論も展開しており、江戸の鎖国から連なる日本人の閉鎖性など、日本人の欠点をこれでもかこれでもかという所まで徹底的にバッシングしている。云わば“島田荘司の青年の主張”であり、内容としては密度が濃い。しかし、それがために同じ事の反復が目立つのもあり、いささかくどくなっている。つまり、小説にスピード感がなく、流れとしては非常に悪く、ノレなかった。
話としては、ある寺が虎を飼っており、主人公はその虎に魅せられ、世話をするようになる。ある日、大きくなった虎は檻から抜け出し、東京の街を疾走する。東京の街は当然ながらパニックになり、主人公は虎を守るべく虎と共に東京の街を疾走する。これだけである。 このトパーズという虎に島田氏は象徴性を持たし、主人公の理想はその虎に集約される。主人公はかつて若き日に研鑚し、勝ち得た肉体、躍動感が社会人となって蝕まれ、朽ち落ちていく毎日に絶望を抱いている。そのかつての姿を彼は虎の中に見、その姿が永遠である(と彼は信じている)ことに羨望を抱く。従ってこの虎はあくまでも幻想的である。そこが私のイメージとどうしても重ならなかった。 主人公の虎に抱くしなやかさ、躍動感、強靭さ、敏捷性はどうも私にはチーターのそれとしかイメージできない。虎はガタイが大きく、短足である。そこがどうも東京の街を疾走するイメージと重ならないのだ。 しかし、そんな瑕疵を抜きにしても、今回の作品はどうもつらい。主張が強すぎて、あまりに島田氏の考えに傾いており、ニュートラルではないからだ。 すまん、島田氏。今回、私はいい読者ではなかった。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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通常、作家には2種類の作品がある。作者のありとあらゆる粋を結集させた渾身の作品と、印税稼ぎで仕方なく書く量産作品である。そして本書はまさしく後者で特筆すべくも無い全くスタンダードな作品に仕上がっている。
事件は4つ起こり、その内密室殺人が2つ起こる。と書くと豪勢な骨太ミステリのようであるが、内容は2時間サスペンスドラマの域を越えない陳腐なもの。犯人、というか事件の黒幕的存在も途中で判ったし、それも戦慄を憶えさせるような余韻を残す内容ではない。 どんでん返しがどんでん返しになっておらず、ミステリに日頃触れない人たちならばある程度満足できたであろう内容だ―実際、母はこれを面白いと云っていた―。 黒星警部との再会は懐かしさを感じたが、思えばこの警部が出てくる作品は傑作がなかったんだったよね。 |
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やられた。
クーンツがこんな作品を書くなんて。 はっきり云って昨日までは世評に云われているような言葉を理解できる犬と人との交流がさほど感動的ではなく、寧ろベストセラー作家クーンツの感動させようというテクニックが透けて見え、あざとさを感じ、せいぜい9ツ星どまりだと思っていた。この評価は最後のシーンでちょこっと加点されたが、今回の「やられた」感のキモはここではない。 私は<アウトサイダー>にやられたのだ。 まさか最後の最後で<アウトサイダー>にああいう事をさせるとは思わなかった。何とも哀しい末路である。 しかしこの結末で非常にニュートラルな感慨を抱け、最後の静謐なエピローグがより際立って感じた。これこそがまさに単なる物書きと作家とを隔てるサムシング・エルスなのだ。 しかもクーンツの悪い特徴である素っ気ない結末で締め括られるわけでなく、カチッと最後のピースが当て嵌まるかの如く、素晴らしいエンディングを用意しており、心にずっしりとストーリーが残った。 殺し屋ヴィンス、追跡者レミュエル、これら脇役が全てプロットに最後の最後まで機能しているのもクーンツにしては珍しい。 文句なく満点である。 |
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毎度の事ながら連休に差しかかった読書というのは運が悪く、本書も連休のせいで途中2日間の中断を経て読了した次第。だから真相は頭に入ったが、印象は薄い。
ともあれ、本書がピーター卿シリーズの主要登場人物の1人、ハリエット・ヴェインの初登場作ということで、確かCWAかMWAの賞を貰っていたはず。つまり、ここからがセイヤーズの本領が発揮されることになるのだろう。 しかし、今回の毒殺のトリックは現在に於いても画期的ではなかろうか?正に発想の大転換である。通常ならば“如何に被害者に毒を飲ませたか?”という命題は実はもっと正確に云えば“如何に被害者のみに毒を飲ませたか?”とかなり限定されることになる。そういった先入観を与える事を見越してのこの真相。 先ほど印象が薄いと述べたが改めて振り返ってみるとしみじみその発想の凄さに感嘆する。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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典型的なノベルス・ミステリで火曜サスペンス劇場もしくは土曜ワイド劇場、金曜エンタテインメントの2時間ドラマの題材に使われる類いの作品である。
列車「白鳥」をテーマにした旅情ミステリで、時刻表も掲載されているため、鮎川哲也・西村京太郎ばりの複雑な時刻表トリックの作品かと思っていたが、さにあらず、時刻表が事件の解明の要素になりこそすれ、それを犯人がアリバイ作りのトリックとしていないために非常にシンプルで解りやすい内容になっていたのは救いだ。 しかし、やはりこういうのは出張の際の軽い読物を意識して作られたのだろうか、キャラクターも非常に類型的で、どの女優・男優が演じてもイメージを損なうことは内容になっている。つまり明日になれば名前さえも忘れるような主人公達であったという事。 たまにはこんな軽いのもいいか。 |
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上下合わせて1000ページ強の超大作でしかもクーンツにしては文字のぎっしり詰まった作品で、なんと読むのに3週間弱を費やしてしまった。とにかくクーンツは冒頭が素晴らしく、今回もその例に漏れない。夢遊病の作家、突然遁走の危機に見舞われる若き女医、神を信じられなくなった神父、暗闇恐怖症のモーテル経営者など、一見何の関係もない彼ら・彼女らがある1つの場所に収斂していく手並みは流石。
ただ、なんかシドニー・シェルダンの作品を読んでいるような各登場人物のエピソードが非常に長く感じたのは確か。彼らの抱える悩みがある1点に収束していくのをクーンツ特有の「出し惜しみ文体」でちくりちくりと小出しにしていくのだが、とにかくくどい(まあ、その内容は結構面白いのだけれど)。 冒頭はサイコ・サスペンス、続いて軍事スリラーに、そして最後はSFと、かなり贅沢な作品であるのは間違いなく、当時としてはクーンツの集大成的作品だったのかもしれない。しかし、最後がいやにメルヘンチックな締め括り方をしていたのと、やはりどうにも無駄に長いという感が拭えず、総合的には平均的な佳作だと結論に至った。面白くないわけではないんだけどねぇ…。 |
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外伝においても物語の属性としては派手な演出が繰り出される“動”のラインハルト編、気のおけない仲間たちのエピソードを描く“静”のヤン編という風に明確に色分けされているのが興味深い。
特に今回は同盟軍史上の英雄ブルース・アッシュビーの死の真相を探る隠密行動を強いられるというテーマで歴史の暗部を明らかにしていくこととなるのだが、それが必ずしもドキドキハラハラの演出で繰り広げられるのではなく、やる気の無いヤンのマイペースぶりで淡々と物語は進行していく。途中捕虜収容所へ着任させられ、脱走事件などが起きるものの、物語はあくまで起伏がない。 しかし、これが約40年間捕虜だったというケーフェンヒラーという人物を際立たせる効果を確実に上げている。大往生で亡くなるシーンが殊更に静謐さを湛えているのはこの淡々とした演出の御蔭であろう。 現時点においてこれが『銀英伝』シリーズの最終巻である。作者としてはまだ語り尽くせぬ思いは確実にあると思うが、それは時間が解決する事。 本統に最後なのか、それとも新たなる伝説が紡ぎ出されるのか、じっくりと待つこととしよう。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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正直な話、SFでこれをやるかという驚嘆がまず最初だった。本編はユリアンがイゼルローンに移住してからヤン艦隊が初出動するまでの約4ヶ月間を日記形式で綴っているのだが、問題はそこ。
よくもまあ、これほど多種多様な内容を描いた物だと感心する。しかも所謂我々が住む日常的空間を想定した小説ならば作家という職業上、4ヶ月分の日記を考えるのはつまり自分の日常生活と照らし合わせて使えるものをピックアップしていけばよいのだが、これをSFでやるとなると世界観が作者の頭で描いた仮想空間であるため、迂闊な事を書いてしまうと矛盾や決してありえない事が生じ、収拾つかなくなると思われる。 しかし、そこを危なげなく処理している辺り、見事としか云いようがない。確かに各登場人物とのやり取り、日常生活のエピソードなどはSFとは関係ない部分も案外あったが、やはりイゼルローンからハイネセンへ捕虜を運ぶエピソードを物語の核に持ってきて、作者はいささかも恐れず、真っ向から勝負してきている。また膨大な登場人物が登場する本シリーズにおいて実はほとんど名のみでしか紹介されていない人物、特にリンツ、イワン・コーネフなどは如何に人間くさい人物かも記されていて、物語、いや彼らに深みが増した。 しかし、本作はいつもの10星よりもランクを下げて8ツ星とする。理由は本書にも書かれているが、物語の構成上、ユリアンの1人称叙述であるのはともかくとして、ユリアンの妄信的なまでのヤン崇拝の様がちょっとくどかった。 作者としては彼の親愛の度合いを伝えたかったのと、ヤンとユリアンの絆の強さを示したかったという意図があったのだろうが、ちょっと食傷気味。 |
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今度のクーンツは人間が野獣に変身するというモチーフを用いたSFホラー物。しかし、内容は意外に浅かった。
人物設定はいつものようにタフな主人公―FBI捜査官というベタな設定―に強い意志を持った女性―お決まりのように美人である―。それに加わるのが生命力豊かな少女と片手のみが動くという半身麻痺のヴェトナム退役軍人―この2人は設定としてはいいのだが、なぜか色付かない―で、彼らが力を合わせ、野獣の町となりゆくムーンライト・コーヴを救う話だが、物語があまりにも当たり前の方向に進んでいくのが面白くなく、しかもこれだけ当たり前に進むのに、680ページもの分量が必要なのか疑問。 ローマンという転換者の中にヒーローを設けたのは設定としては良かったが、なぜか魅力が無い。恐らく死ぬ間際まで負け犬根性が残っていたからだろう。もう少し工夫が欲しかったな。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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セイヤーズは凄い!
本統に現代のミステリに通じるセンス・オヴ・ワンダーがある。 今回も例によって発端の事件は地味。いや料理屋で隣り合わせた医師が非難にあった事件にもなっていないある老嬢の死から始まる。こんな、事件にもなっていない1人の死を解こうとする無益な探偵活動から始まり、終わってみれば3人の死者と1人の殺人未遂で終わるという派手な結末となった。 ピーター卿が単純な自然死の真相を暴こうとする動機。「この世には犯罪で殺されるよりも普通に亡くなる人の方が多い。だが普通に死んだ者達の中にも殺された人がいるかもしれない。それはただ単純に発覚しなかっただけで完璧な犯罪だったんじゃなかろうか。6人殺した毒殺魔が7人目を殺した時に捕まるのも、6人目までの手際が良くて発覚しなかっただけなんだ」という趣旨の台詞を述べる。おもわず頷いた。 最終的にはかなり凄惨な事件だった。読むのに苦労したが苦労して読んだ甲斐が大いにあった。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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奥付の日付を見ると「平成五年十二月十日 初版発行」とある。この年限り行われた「角川ミステリコンペ」に出展された文庫書下ろしで装丁も当時のものであり、かなり貴重な一冊である。
古書的趣味はそれぐらいにして内容であるが、これが実に折原らしい。事実上のデビュー作である『倒錯のロンド』の系統に連なる作家志望の主人公が織り成す虚実入り混じった叙述ミステリで、本作も縦横無尽に現実と虚構との間を練り歩く。 前半は若手美人作家南野はるかを中心にしたドタバタミステリだが後半は彼女の存在を架空の者としながらも現実の者と肯定するメタミステリの様相を呈していく。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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クーンツにしては、という云い方は失礼かもしれないが、複雑なプロットの物語でかなり読むのも苦労をした。タイムトラベル物の一つなのだが、とにかく複雑な構成。パラドックスに関してかなりの時間を費やして考察を行った節があるのだが、最後の敵クライトマンがクリーゲルのチャーチルとヒトラーに対して行った工作が成功した後にも存在していたのは何故?などという疑問もある。
先に読んだ『奇妙な道』にアイデアは似ていると思う。特に防戦に失敗して主人公が死亡した後に、別の手段でやり直しが効くところは正にそっくりだ―まあ『奇妙な道』の方は何度も何度も繰り返され、アンフェアな印象があったのだが―。 しかし、いつものクーンツ作品と違い、事件解決後の後日談があるのも珍しい。ここまでするのならもう一つサプライズがあっても良かったかなとも思ったが。しかしローラの半生を丹念に描くところなんかはシドニー・シェルダンの小説を読んでいるかの如くで、特に『ゲームの達人』が発表された年とこの作品が発表された年とを比較してみるのもまた一興だろう。 |
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