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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 141~160 8/68ページ

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No.1219: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国情報部、マフィア、ドラッグディーラーと渡り合う、元気老人探偵団

本国のイギリスで大ヒットし日本でも高い評価を受けた「木曜殺人クラブ」の第二作。盗まれた2000万ポンドのダイヤモンドを巡る殺人事件を、前作でも活躍した老人たち四人組が解決するユーモアたっぷりの謎解きミステリーである。
木曜殺人クラブのエリザベスが受け取ったのは、かつて同じ仕事をしていたのだが死んだはずの男から「同じ施設に転居して来たので旧交を温めたい。自分の部屋を訪ねてくれ」という手紙だった。不審に思いながらエリザベスが訪ねると、現れたのはMI5の諜報員でエリザベスの元夫のスティーヴンで「調査対象者の家から2000万ポンドのダイヤを盗んだとして、マフィアから狙われている」という。大事件に好奇心いっぱいのクラブメンバーは奮い立ち、消えたダイヤモンドの捜索に乗り出した。だが、メンバーの精神的支柱であるイブラヒムが暴漢に襲われて怪我をし、外に出ることを怖がり引きこもり状態になったことで、新たな悩みも抱えることになった。それでも事件を解決したいという熱意が損なわれることはなく、残りのメンバーは前作で仲良くなったドナとクリスの警官コンビや家族の力を借りながら難事件の真相を暴いていくのだった…。
前作に比べると物語の構成や展開が派手になり、おやおやという場面が多いものの、老人の知恵としたたかさを生かしたユーモア・ミステリーとしての持ち味は保っている。また謎解きミステリーらしい伏線や複雑な動機などにも説得力があり、本格英国ミステリーのファンにも満足できる仕上がりとなっている。すでに3作目の邦訳が出ており、シリーズは6作まで続く予定というから期待して待ちたい。
前作が気に入ったファンはもちろん、本格謎解きミステリーのファンにオススメする。
木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)
No.1218:
(8pt)

世の中は粉をひく風車のようなもの、夢も希望も、粉々にすり潰す

垣根涼介の言うところでは、代表作「ワイルド・ソウル」と対をなす、コインの裏と表のような作品。南米コロンビアで麻薬マフィアのボスに成り上がった日系二世の男が、自分の「信」を貫くために日本の警察を襲撃するという、痛快なノワール・アクションである。
政治的暴力組織に両親を殺害され、貧民街で育ちながらコロンビアの新興マフィアのボスに上り詰めた日系二世のリキが幼い少女・カーサを伴って来日した。その目的は、日本で共存するコロンビアマフィア間のいざこざでライバル組織に裏切られて警察に逮捕された仲間の奪還だった。仲間を守るためなら徹底的に冷酷非情になれるリキは壮絶な血と暴力でライバルと決着をつけ、日本の警察が想像もできない手段で仲間を奪還しようとする。それと同時に、もう一つの来日目的である「カーサに日本で教育を受けさせる」ために手を尽くす中でリキは自分と同じ目をした、退職したばかりの刑事・妙子と出会う…。
麻薬マフィアのボスとして暴力が全ての世界を生き抜きながら、路上をさまよっていた浮浪児のカーサを保護し育て上げることに心血を注ぐという、リキの二面性、人間の性の奥深さが強烈な印象を残す。日本のハードボイルドとは思えない圧倒的な暴力が支配するノワールでありながら、人間は捨てたものではないという、しみじみとした情感を持つヒューマン・ドラマでもある。
「ワイルド・ソウル」と重ねて読めば、さらに面白さが増すだろうが、本作だけでも十分に楽しめること間違いなし。オススメだ。
ゆりかごで眠れ〈上〉 (中公文庫)
垣根涼介ゆりかごで眠れ についてのレビュー
No.1217: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

最も「らしくない人物」が犯人の確率は? 85%?

三部作で終わるはずだった懸賞金ハンター「コルター・ショウ」シリーズの第4弾。人探しが仕事のショウが命を狙われた母娘を追いかけ、安全を守りながら逃亡を助けるという、前3作とは異なる役割を果たすアクション・サスペンスである。
原子力関係の優秀な技術者・アリソンはDVに耐えかねて告発して刑務所に送り込んだ元夫のジョンが早期釈放され、復讐のために自分の命を狙っていると知り、娘・ハンナと一緒に姿を消した。元刑事だったジョンが自分の捜査技術やコネを駆使して追いかけているのを憂慮したアリソンの雇い主はショウに、母娘の行方を探し、保護してほしいと依頼してきた。しかし、頭脳明晰なアリソンは逃亡者としても優秀で、ショウは容易には追い付けなかった。さらに、ジョンが関係する犯罪組織からも二人組の殺し屋が派遣され、アリソン母娘の逃避行は追いつ追われつの厳しいものとなる…。
帯に「ドンデン返し20回超え。すべては見かけどおりではないのだ」とある通り、読者を欺き、驚かせようというディーヴァーの意欲、熱量は半端ではない。とはいえ、この程度のドンデン返しはディーヴァーのファンなら想定内ではあるのだが。物語の最後の大逆転も、どこかで読んだことがあるレベルで強烈なインパクトは無い。ただ、クライマックスに至るストーリーはこれまでのシリーズ三部作より面白い。
ディーヴァーのファンはもちろん、ディーヴァーは初めてという方にもオススメできる、よく出来たエンタメ作品である。
ハンティング・タイム

No.1216:

Q

Q

呉勝浩

No.1216:
(7pt)

簡単には歯が立たない、堅焼き煎餅並みの663ページ。

3作連続直木賞候補という、今脂が乗っている作家の書き下ろし長編。手持ちで読むのが辛いほど分厚く、中身もかなりハードなノワール系エンタメ作品である。
どうしようもなく閉塞したコロナ禍の日本社会を打ち破るべく、天才ダンサーをカリスマとして売り出そうとする人々と、複雑な事情を抱えた天才ダンサーの家族が織りなす人間ドラマがメインの物語であり、ミステリー、ノワールの要素は不可欠ではあるがあくまで舞台装置でしかない。母親違いの三姉弟「ロク」、「ハチ」、「キュウ」の関係が分かるまでちょっと読みづらいし、三人の関係性が分かってからも父親を始めとする家族や、「キュウ」を売り出すプロデューサーや関係者がみな常識外で怪しく、何度も立ち止まらないとストーリーが理解できなかった。
663ページという大部作だし、難解ではないが癖のある話の展開なので、読み終えた時に満足するか徒労を覚えるか、読者を選ぶ作品と言える。
Q
呉勝浩Q についてのレビュー
No.1215: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

森から来たワイルドの家族が明らかになる?

日本でも好評を得た前作「森から来た少年」の続編。自身の家族を探すためにDNA鑑定サイトを利用したワイルド(前作の主役)が実の親を見つけるとともに、血縁者と思われる人物からコンタクトがあり、思いもよらぬ事態に巻き込まれていく社会派ミステリーである。
血縁者探しのDNAサイトにサンプルを送ったワイルドは父親と思われる人物を特定し、会いに行ったのだが、そこで父親から「母親が誰かは分からない」と告げられた。さらに、母親の血縁と思われるPBと名乗る人物から連絡があり、ワイルドがその身元を探ってみると、現在行方不明になっていることが判明した。唯一の友人だった亡きデイヴィッドの母である著名な弁護士・へスターの協力で母親とPBの身辺調査を進めたワイルドだったが、思わぬことから殺人事件に巻き込まれていく…。
ワイルドの過去、家族が判明するプロセスがメインで、サブとしてテレビのリアリティ番組の虚実の闇、ネット社会ならではの匿名グループによる私的制裁、ワイルドとヘスター家の家族の関係性が絡んでくる。物語の構成は複雑だがエピソードの関係性はわかりやすく、話の展開もスピーディーで読みやすい。だが、読み進めるとともにネット社会の便利さと怖さ、ネットのパワーに追いつけない人間の脆さがひしひしと伝わってくる、恐ろしい作品である。
「森から来た少年」を堪能した方はもちろん、単なる勧善懲悪では終わらない、コクのある社会派ミステリーのファンにオススメする。
THE MATCH
ハーラン・コーベンザ・マッチ THE MATCH についてのレビュー
No.1214: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

バブルに踊ったのは奴隷か、自由人か?

日本のバブル経済を象徴する女性として有名だった「尾上縫」の生き方を主題にした長編小説。関係者へのインタビューを中心にしたルポルタージュ的手法で書かれた物語だが、伝記でも人物記でもなく、時代に規定されて生きざるを得ない人間を描いた社会派ヒューマン・ドラマである。
大阪の料亭の女将ながらしばしば「神のお告げ」が的中したことにより多くの金融・投資関係者を魅了し、「北浜の天才相場師」と呼ばれた朝比奈ハル。バブルが崩壊すると破産、さらに詐欺罪で刑を受け獄中で死亡した。その服役中に同房になり、彼女の世話をしていた殺人犯・宇佐原陽菜が出所後、ハルから聞いた話と関係者へのインタビューで小説を書こうとするという証言小説の構成で綴られる物語は、ハルの人生が波瀾万丈、印象的なエピソードに彩られているため、それだけで面白い。しかし本作は、単なる正しい伝記を目的にしたものではなく、宇佐原陽菜がハルの生き方に自分を重ねてゆくことで「奴隷の自由か、自由人のろくでもない現実か」を追求する実験作でもある。
最後の方で謎解き、意外な真相が出てくるもののミステリーとしては平凡。バブル経済の時代とコロナ禍の時代を重ね合わせ、個人が自由であることとは何かを考えながら読むことが、本作の楽しみ方である。
そして、海の泡になる (朝日文庫)
葉真中顕そして、海の泡になる についてのレビュー
No.1213: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

血と暴力の国に生きる、善き人々

ノーベル文学賞候補にも挙げられるアメリカ現代文学の大御所・マッカーシーの本格犯罪小説。メキシコ国境に近い荒地で麻薬密売組織、殺し屋、ベトナム帰還兵、善良な保安官などが血と暴力のドラマを繰り広げる、パワフルな傑作ノワールである。
1980年のテキサス州南西部で麻薬取引のもつれから起きたらしい凄惨な殺戮現場に遭遇したベトナム帰還兵のモスは、大量の麻薬と共に残されていた240万ドルの大金を持ち逃げした。当然のことながらモスは組織が放った凄腕の殺し屋・シガーに狙われ、さらに地域の保安に生涯を捧げている保安官・ベルからも行方を追及されることになる。女房からも離れ、単独逃避行を選んだモスだったが、その行く先々で更なる死体が積み重なることになった…。
まず第一に殺し屋・シガーの狂人的で圧倒的な暴力が強烈なインパクトを与える。その「純粋悪」とでも言うべきキャラクターは血と暴力のアメリカ・ノワールの歴史に名を残す存在感である。その対極に位置する老保安官・ベルの語りは暴力の国に生きる善き人々のエッセンスであり、物語にヒューマン・ドラマの厚みを加えている。さらに狂言回しであるモスの言動の振れ幅の大きさが人間くさくていいアクセントになっている。映画化された「ノーカントリー」は大ヒットしており、すでに映画を見た読者も多いだろうが、先に映画を見ていたとしても十分に楽しめること間違いなし。
全てのノワール・ファンに絶対の自信を持ってオススメする。
ノー・カントリー・フォー・オールド・メン (ハヤカワepi文庫)
No.1212:
(6pt)

たどたどしいリード、肩透かしの終盤。もどかしさが募る

著者が得意とするイジメ、罪と罰、加害と被害の公平さをテーマにした書き下ろし作品。物語の構成はミステリー的だが、ストーリーはヤング・アダルトな自分探しである。
新人文学賞の最終候補になりながら落選した15歳・中学3年生の少女が教室で同級生を刺殺した。少女が「最終候補で落選。哀しいので明日、人を殺します」とコメントを付けて自分の小説を投稿したため、ネットで騒動になる。受賞作より落選作の方がいい、コネで受賞したのだろう、などと誹謗中傷された受賞作家が追い詰められ「自分が受賞して申し訳ない」と残して自殺したため、担当編集者は自責の念に駆られる。一方、加害者の少女は犯行動機を二転三転させ、少年院で入所者の更生を手助けする篤志面接委員に「私の本当の犯行動機を見つけてください」と語る。何が少女を犯行に導いたのか…。
犯行動機を解明するのがメインの物語で、最後にどんでん返しも仕掛けられているのだが、読んでいる時はミステリーであることを忘れてしまう。犯行からその波紋、担当編集者、篤志面接委員、犯人のキャラクターが明らかになるリード部分はたどたどしく、犯行動機の解明プロセスも同じテーマの堂々巡りでテンポが悪い。ミステリーというよりは、若者の社会的成長や常識形成を巡るヒューマン・ドラマというべきか。2時間ドラマなら高評価されそうな作品だ。
この限りある世界で
小林由香この限りある世界で についてのレビュー
No.1211:
(7pt)

イギリス好き、コージー好きの方に受けそう

2021年英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)最終候補作品。過去のミステリーや映画、文学の蘊蓄と英国コージーミステリーのエッセンスが散りばめられた犯人探しミステリーである。
英国南部の高齢者施設に住むペギーが心臓発作で死亡しているのを、訪れた介護士・ナタルカが発見した。検視では自然死とされたのだが、不信を抱いたナタルカは警察に相談するとともに、友人二人と一緒に真相を探ろうとする。すると、ペギーの部屋を調べていたナタルカたちの前に拳銃を持った覆面の人物が現れ、一冊の推理小説を奪って行った。誰が、何のために小説を奪ったのか? 実はペギーは「殺人コンサルタント」を自称し、多くのミステリー作家に協力していたという。推理作家が絡んだ事件ではないかと推測した3人は真相を求めて、ミステリ・ブックフェアが開かれたスコットランドへ赴くことになった…。
本筋は老婦人殺しの犯人探しだが、事件の背景、真相解明のプロセスの至る所にさまざまな作品の引用がまぶされたビブリオ・ミステリーである。従って、英国ミステリーに興味や素養がないと十分には楽しめない。また、巻末の解説によると英語表現にまつわるトリビアも多用されているようで、さらに読者は限定されるだろう。
イギリス好き、コージー・ミステリー好きの方以外にはオススメしない。
窓辺の愛書家 (創元推理文庫)
エリー・グリフィス窓辺の愛書家 についてのレビュー

No.1210:

悪逆

悪逆

黒川博行

No.1210: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

これまで読んだ黒川作品では最高傑作!

2021年〜23年の週刊誌連載に加筆修正した長編小説。大阪府警の刑事が犯人と知恵比べする、従来通りの舞台設定だが犯人のキャラクター設定が素晴らしく、これまでの大阪府警シリーズのイメージを打ち破った傑作ノワール・サスペンスである。
莫大な金を稼いだ詐欺師、マルチ商法の親玉、新興宗教の教祖を次々に襲って殺害し、大金や金塊を奪う強盗殺人事件を引き起こす探偵会社代表の箱崎。元切れ者の刑事だっただけに警察捜査の裏側を知り尽くしており、周到な計画と厳密な注意力で警察に全く尻尾を掴ませなかった。特別捜査本部でコンビを組んだ府警捜査一課の舘野と箕面北暑のベテラン玉川は、次々と手口を変える犯人に翻弄されながらもあの手この手で情報を入手し、乏しい証拠をかき集め、ようやく犯人に追い付いたと思ったのだが…。
黒川氏の大阪を舞台にした警察小説というと、ユーモラスで緩い捜査官と悪辣な小物の犯罪者の騙し合いのイメージが強いが、本作は全く異なっている。何より犯人・箱崎のキャラクターが秀逸で日本のハードボイルド、ノワールではトップクラスのインパクトがある。さらに現代の捜査手法の緻密さ、刑事コンビの地道で粘り強い仕事ぶりもリアリティがあり、最初から最後まで緊迫感がある。もちろん、大阪府警シリーズならではの会話の妙、ちょっとズラしたユーモアも健在で、サスペンスフルなストーリーの良いチェンジ・オブ・ペースになっている。
黒川作品はそれなりの数を読んできたが、現時点でのナンバーワンのエンタメ作であり、黒川ファン、ハードボイルドファン、ノワールファン、日本の警察ミステリーのファンならどなたにも自信を持ってオススメしたい。
悪逆
黒川博行悪逆 についてのレビュー
No.1209: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

犯人と探偵の頭脳対決のはずが、ずるい設定で肩透かし

2022年、デビュー作である本作がニューヨーク・タイムズのベストセラーで2位に登場したという新人女性作家の長編ミステリー。因縁がある連続殺人犯から挑戦された監察医が謎を解いていくサイコ・サスペンスである。
ルイジアナ州のバイユーで発見された女性の惨殺死体。身元が分かる物はなく、凶器も見つからなかったのだが、検死を担当した監察医・レンは死体が冷凍されていたと推測し、それを聞いたニューオリンズ市警の刑事・ルルーは2週間前に同じくバイユーで発見された女性の死体との関連性に気付いた。さらに、現場には2つの事件のつながりを示唆する犯人からのメッセージが残されており、連続殺人犯がさらなる犯行を目論んでいる可能性が高まった。集まった証拠品の中に、自分の記憶を刺激するものがあることに気付いたレンは、一連の犯行は自分に向けられた挑戦ではないかと直感する。一方、バイユー内の広大な敷地に住む連続殺人犯・ジェレミーは拉致してきた「客」を敷地内に放ち、追い詰めて殺すという「人間狩り」に耽っていた…。
ストーリーは探偵役となるレンと殺人犯・ジェレミーがそれぞれの視点で語る章が交互に繰り返されて進み、最初から犯人は分かっている。従って物語のポイントは犯人探しや動機の解明より、サイコパスと病理学者の知恵比べ、互いが命をかけて追い詰め合うサスペンスにある。そして迎えるクライマックスには、思いがけない仕掛けが隠されていた。この仕掛けをどう捉えるか、好きか嫌いかで評価が大きく異なる作品である。
サイコ・サスペンス好きならまずまず楽しめるが、謎解き、心理サスペンスが好きな人にはやや物足りない。読者を選ぶ作品である。
解剖学者と殺人鬼 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アレイナ・アーカート解剖学者と殺人鬼 についてのレビュー
No.1208: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

あの時、別の選択をしていたら、違う人生を生きているだろうか?

28歳、しかも長編2作目となる本作で2023年のエドガー賞最優秀長編賞受賞という快挙を成し遂げた、新進女性作家の傑作ミステリー。死刑執行直前の死刑囚と、死刑囚に関わった三人の女性の過去から現在までの人間ドラマを描いた心理サスペンスである。
4人の女性を殺害したアンセルは死刑執行の12時間前、女性刑務官を抱き込んだ逃亡計画を実行に移そうとしていた。脱走に成功したら、獄中で書き継いできたエッセイを出版し世間の注目を集めるつもりでいるのだが、死刑へのカウントダウンは止まらない・・・というのが、死刑囚のパート。そこに、幼いアンセルを遺棄して逃亡した母親・ラヴェンダー、アンセルの元妻の双子の妹・ヘイゼル、アンセルと同じ里親の下で育った州警察捜査官・サフィという3人の女性の回想のパートが重なってくる。4つの視点からの物語が絡み合い、積み重なることでアンセルの人間性、事件の誘因、事件が引き起こした波紋が徐々に浮き上がってくる。構成は複雑だが主要人物がくっきりと書き分けられているので、リーダビリティは悪くない。
シリアル・キラーの犯行と逃亡、警察による追跡のミステリーではなく、アンセルという殺人犯が誕生したのはなぜか、どこで歯車が狂ったのか、どこかの時点でアンセルが違う選択をしていたらアンセルや3人の女性は違う世界を生きていたのだろうかという人間ドラマとして評価したい作品である。
人間性にこだわったノワール、心理サスペンスのファンにオススメする。
死刑執行のノート (集英社文庫)
ダニヤ・クカフカ死刑執行のノート についてのレビュー
No.1207: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ホラー風味とイラスト挿入のアイデアが奏功した傑作

本邦初訳となるアメリカの新進作家の長編ミステリー。オカルト、ホラーかと思わせておいてきちんとミステリーになっている巧妙な構成のページターナーである。
薬物依存症から回復し、社会復帰を目指していたマロリーは高級住宅街に住む裕福な夫妻の一人息子・テディのベビーシッターとなる。自分に懐いてくれる5歳の男の子・テディは可愛いし、良く気がつく夫妻から邸宅の離れを専用の住まいとして提供され大満足のマロリーだったが、ある日、テディが奇妙な絵を描いていることに気が付いた。森の中で男が女性の死体を引きずっているという絵は、昔、マロリーが住む部屋をアトリエにしていた女性画家にまつわる殺人事件を暗示しているようだった。さらに日を追うごとにテディが描く絵はリアルさを増し、何かを訴えているようになる…。
タイトルが示すように、テディが描く奇妙な絵から隠された事件が解明されるというストーリーは謎解きミステリーとして完成されている。そこに味付けされるのが、奇妙な絵のゴッシックとホラー要素で、折々に挿入された絵がサスペンスを盛り上げて行く。物語の構成に加えて装丁(これも構成の一部だが)の仕掛けの上手さが成功した作品である。最後のどんでん返しには賛否両論がありそうだが、そこまではどんどん積み重ねられる謎の渦に読者を引き摺り込む強力な引力をもっており、謎解き、ホラー、オカルト、サスペンスと、様々な楽しみ方ができる。
巻末の解説にもあるように、読む前には絶対に挿入されている絵を見ないことをオススメする。
奇妙な絵
ジェイソン・レクーラック奇妙な絵 についてのレビュー
No.1206: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

どんどん人が死んでも、罪悪感も嫌悪感もゼロ!

人気の「殺し屋シリーズ」の第4作。書き下ろし長編小説である。
今回の舞台は東京の高級ホテル。これまでの作品に出てきたキャラクターももちろん活躍するのだが、それ以上にユニークな新人たちが参戦し、超高速でドタバタ・アクション・サスペンスが繰り広げられる。ホテルという限られた空間で数時間のうちに終わってしまう物語だが、人物キャラクターや人間関係、事件の背景、殺人手段など構成要素が複雑かつ奇想天外で、あっという間に伊坂ワールドを堪能し、放り出された気分になる。もっと読み続けたいと思うものの、この中身の濃さを考えると、ちょうどいいボリュームと言える。日本の小説には珍しくどんどん人が殺されていくのだが、全く悲惨さがなく、笑って読めるのが楽しい。
殺し屋シリーズのファンはもちろん、伊坂幸太郎のファン、ドライなユーモアがあるノワールのファンにオススメする。
777 トリプルセブン
伊坂幸太郎777 トリプルセブン についてのレビュー
No.1205: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

デンマークから来た、ダイヴァーシティ時代のP.I.

インドに生まれ、インドとアメリカで学び、シリコンヴァレーで働き、デンマーク人男性と結婚して14年間デンマークで暮らし、現在はカリフォルニアに住むデンマーク国籍の女性作家の初ミステリー。コペンハーゲンを舞台に元刑事の私立探偵がムスリム男性の冤罪を調査した結果、デンマークの黒い歴史に直面するという、一級品のハードボイルド作品である。
正義感から警察組織のルールを破って解雇され、元恋人(愛娘・ソフィーの母親)の夫の法律事務所に間借りして私立探偵業を営むゲーブリエルは、かつて熱愛関係にあった人権派弁護士のレイラから「右派政治家・メルゴーの殺害で服役中のムスリム男性・ユセフの事件を再調査して欲しい」と頼まれる。5年前に起きた事件で、ユセフの息子がイラクへ強制送還されてISIS(イスラム国)に処刑されたためユセフはメルゴーを恨んでおり、物的証拠も揃っていたのだが、本人は頑強に犯行を否定して続けていた。冤罪の証明はほとんど不可能だと思いながらも、これまででただ一人、本気で愛したレイラの頼みとあって、ゲーブリエルは調査を引き受ける。ところが、調査を進めるうちに、当時の警察の捜査がずさんで矛盾点がいくつもあること、さらにメルゴーがナチス占領時代のデンマークに関する衝撃的内容の本を執筆中だったことが判明する。ゲーブリエルが本格的に調べ始めると、ゲーブリエル本人だけでなく、関係者、娘・ソフィーまで脅迫されるようになった…。
白人社会デンマークでのムスリム男性の冤罪ということで、当然ながら移民・人種差別がメインテーマであり、さらにナチス時代からのユダヤ人差別というデンマークの黒歴史が大きな影を落とす、まさに北欧ノワール、ミステリーの主流を行く物語である。だが、主人公のキャラクターが定番の殻を突き破ったため、読者の思い込みはあっけなく破壊される。スキンヘッドの40代白人男性ながらおしゃれに気を使い、健康や環境に配慮し、人種差別とは無縁で、しかも女性にモテモテにも関わらず恋人や家族(現在、過去を問わず)を熱愛しているという。しかもステージに立つほどのブルースギタリストであり、時に口にする警句はキルケゴールの引用で、趣味が自分が住む家の改修というのだから、文句の付けようがない、夢のようなキャラクターである。それでも読んでいて嫌味なところがないのは、作者の懐の深さと巧さである。
多様性がデフォルトの時代にふさわしいニューヒーローの登場(シリーズ化の予定)で、これまでのP.I.ものとはひと味違うハードボイルドの新ジャンルを開く作品として、多くのファンにオススメしたい。
デンマークに死す (ハーパーBOOKS)
アムリヤ・マラディデンマークに死す についてのレビュー
No.1204:
(8pt)

生保不正受給の闇と闘う公務員たち。ストーリーの上手さで読み応えあり

2012年から14年に雑誌連載された、著者の長編第4作。先輩ケースワーカーが殺害されたことをきっかけに、若き職員たちが生活保護不正受給の闇を暴く社会派ミステリーである。
意に沿わない職務に回された臨時職員の聡美を励ましてくれた先輩ケースワーカーの山川が受給世帯訪問中に火事に遭い、焼死体となって見つかった。翌日、職場を訪ねて来た刑事から山川が殺害されたことを知らされた。仕事熱心で人望があり、常に受給者に寄り添っていた山川が、なぜ殺されたのか。聡美は、先輩だがケースワーカーとしては同じく新人の小野寺と二人で山川の担当を引き継ぎ、現場を回るうちに、山川が何かを隠していたのではないかと疑念を抱くようになる。受給者の裏に暴力団の影がちらつき、しかも山川はその不正を知っていただけでなく、自らも関与していて殺されたのではないか。聡美と小野寺は公務員としての職分を越え、犯人探しに奔走する…。
これまで何度も報道されてきた生活保護不正受給、貧困ビジネスの実態をリアリティ豊かに描き出すだけでなく、善意の塊のようなケースワーカーが暴力団と組んで公金を掠め盗っていたのではないかという設定と謎解きは殺人犯探しのミステリーとしても一級品で、まさに王道の社会派ミステリーである。
文庫解説にある通り、佐方貞人シリーズから虎狼の血シリーズへの転回を告げる力作であり、柚月裕子ファンは必読。時代を映す社会派ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。
パレートの誤算 (祥伝社文庫)
柚月裕子パレートの誤算 についてのレビュー
No.1203: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

舞台、テーマは興味深いが、ちょっと期待し過ぎたか

アガサ・クリスティ賞、本屋大賞を受賞したデビュー作「同志少女よ、敵を撃て」に続く、第二次世界大戦期を舞台にした少年・少女の成長物語。史実とフィクションが入り混じっているのだろうが、作者が現時点から俯瞰的に見ていることが随所に表れていて、リアリティが薄い。表紙からも推測できるように、中高生にならインパクトがあり、共感されるだろう。
現在の世界情勢、世の中の不安定さを考えると強く訴えるところがある作品だが、ちょっと期待外れだった。
歌われなかった海賊へ
逢坂冬馬歌われなかった海賊へ についてのレビュー
No.1202:
(8pt)

最後まで惹きつけられる、倒叙型ミステリーの傑作!

1949年に発表されたフレンチ警部シリーズの一作で、2011年の創元推理文庫新訳版。殺人事件の容疑者、犯行様態、動機などがすべて明らかにされているのに、最後まで緊迫した推理が楽しめる倒叙型ミステリーの傑作である。
恋人と定めたフランクに体良く操られ、勤務する外科医から金銭を搾取する犯罪に手を染めてきたダルシーは、フランクが転職して行った先の引退貴族が死亡したことを知った。亡くなった貴族の一人娘は莫大な遺産を相続することになり、フランクはその娘との結婚を目論んでいるようだった。あまりにもフランクに好都合な展開を疑問に思ったダルシーは、事態の真相を探ろうとして著名な弁護士に相談したのだが、依頼の奇妙さを訝った弁護士はフレンチ警視に自分の疑問をぶつけた。検視審問では自殺とされ、一件落着のしていたのだが、一連の流れに違和感を抱いたフレンチ警視は再捜査に乗り出すことになった…。
前半の三分の二まではフランクとダルシーの置かれた状況、犯行への流れ、殺人の現場の様相がすべて読者の前に開示され、ただ一つ犯行の物証だけが見つからないという、倒叙型ミステリーの王道の展開で、フレンチ警視が登場してからは一気に波乱に満ちた謎解きミステリーとなる。そして最後、う〜んと唸るクライマックスが待っている。どんでん返しの妙と人間ドラマの濃密さのバランスがよく、読み応えがあるエンタメ作品である。
75年も前の作品とは思えない、少しも古びていない倒叙ミステリーの傑作として、多くの方にオススメしたい。
フレンチ警視最初の事件 (創元推理文庫)
F.W.クロフツフレンチ警視最初の事件 についてのレビュー
No.1201: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

熱血ヒロインと落ちこぼれ上司、絵に描いたような勧善懲悪ドラマ

花咲舞シリーズの第一弾。2003年から4年にかけて雑誌掲載された8作品を収めた連作短編集である。
すでにドラマが人気シリーズになっており、内容は紹介するまでもないが、銀行(仕事)を愛する直情型の若きヒロインが、落ちこぼれだが懐のふかい上司と組んで銀行の不正や不合理を糺していくビジネス・エンターテイメントである。主人公はまさにテレビ受けするキラキラ・キャラだが物語の背景、銀行業務の内実などはリアリティがあり漫画チックではない。
半沢直樹のファン、池井戸潤のファンには文句なしのオススメだ。
新装版 不祥事 (講談社文庫)
池井戸潤不祥事 についてのレビュー
No.1200: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

虚実入り交じって盛り上がる、詐欺師と素人の知恵比べ

ミステリー史上に輝くコン・ゲーム小説の大傑作。最後までハラハラ、ドキドキが持続し、最後にニヤリとさせられる、良質な傑作エンターテイメントである。
移民から大富豪に成り上がった詐欺師・ハーヴェイが仕掛けた罠にかかって大損させられた四人の男が集まり、失った合計100万ドルを取り返すためにチームを組んだ。メンバーはオックスフォードの数学教授、富裕層相手の医者、フランス人の画商、イギリス貴族の若き後継者で、それぞれが得意とする分野の知識を生かした4つの作戦を企画し、全員が協力して実行する。しかも、騙し取られた100万ドルをきっちり、多くもなく少なくもなく取り戻すという、極めて厳しい制限を自らに課した作戦である…。
騙す相手を徹底的に調査・分析し、相手が自らかかってくる罠を仕掛け、想定外のピンチも当意即妙の対応で乗り切るストーリーは波乱万丈、スピーディーで、殺人や暴力とは無関係にサスペンスが盛り上がる。詐欺師はもちろん、挑戦する四人もキャラクター設定も絶妙で、読むほどに惹きつけられていく。そしてクライマックスでは、そう来たか!と唸ること間違いなし。
1976年という半世紀ほど前の作品だが少しも古さを感じさせない傑作エンターテイメントであり、年齢・性別・好きなジャンルを問わず、多くの人にオススメしたい。
百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)