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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 281~300 15/70ページ

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No.1113: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ニューイングランド版の「仁義なき戦い」

ギャング小説の巨匠・ウィンズロウの新たな三部作の第一部。ロードアイランド州の小さな都市を舞台にアイルランド系とイタリア系のマフィアが壮絶な戦いを繰り広げるバイオレンス・ノワールである。
1986年、ロードアイランド州の州都プロヴィデンスはアイルランド系とイタリア系のマフィアが共存共栄の関係を保っていたのだが、一人の美女をきっかけに小さな綻びが生じ、両組織が血で血をあらう抗争に突入した。アイリッシュ・マフィアの前ボスの息子・ダニーは一兵卒の地味な立場に甘んじながらも戦いの中で頭角を表し、やがてはボスの位置に押し上げられていく。両組織ともに内部に権謀術策が渦巻き、裏切り、仲間割れなど不協和音を出しながらも破滅まで止まらない抗争に明け暮れることになる。そして…。物語は1990年代にまで続くスケールの大きな叙事詩となる予定で、第二作、第三作への期待を高める結末となっている。
メキシコの麻薬戦争もの、ニューヨーク市警ものという複雑で分厚い物語を書いてきた最近のウィンズロウだが、本作はマフィアの抗争を主題にした、よりシンプルで読みやすいノワール・エンタメ作品である。暴力と謀略で裏社会の世代交代が進められていくところは、東映映画の傑作「仁義なき戦い」と通じるところがあり、日本人読者にも理解しやすい。
ノワールのファンには自信を持ってオススメする。
業火の市 (ハーパーBOOKS)
ドン・ウィンズロウ業火の市 についてのレビュー

No.1112:

連鎖 (単行本)

連鎖

黒川博行

No.1112: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今回も期待に違わぬ傑作。

大阪府警シリーズの中でも独自の世界を築いている上坂刑事のバディもの。2019年から22年にかけて雑誌連載された長編警察ミステリーである。
中小企業経営者・篠原が行方不明になったという届出があり、妻・真須美によると篠原は資金繰りに苦しんでおり、自殺の恐れがあるという。しかも、振り出した手形が闇金に渡り脅迫されていたらしい。闇金がらみということで担当となった暴犯係の上坂、磯野コンビが捜査に着手するとすぐ、高速の非常駐車帯に駐められていた車で篠原の遺体が発見された。車は篠原のもので、ドアはロックされており自殺と判断されかけたのだが、篠原に掛けられていた巨額の生命保険、手形をめぐる異常で複雑な動き、篠原の周辺に出没する怪しげな輩などが次々に判明。背後に犯罪が隠れていることを察知した上坂、磯野コンビは、今にも途切れそうな細い糸をたぐって全貌を明らかにしようとする…。
相変わらず絶好調の大阪府警シリーズ、今回も期待は裏切られない。目の前で躍動する刑事たちのキャラクター、絶妙なテンポの会話のキャッチボール、意外と真剣で細やかな捜査プロセスなど読みどころ満載。最後まで一気読みの傑作エンターテイメントと言える。
黒川博行ファンなら必読。警察ミステリーのファンにも絶対の自信を持ってオススメする。
連鎖 (単行本)
黒川博行連鎖 についてのレビュー
No.1111:
(7pt)

趣味は暴力とセックスだが、他人の暴力は許さない。ふむ!

アメリカで大人気の「マイロン・ボライター」シリーズのスピンオフ作品。マイロンを助ける立場だったウィンが主役になり、自身の一族と関わりがある難事件を自分の価値基準で解決していくミステリー・アクションである。
N.Y.の超高級アパートメントで世捨て人の暮らしをしていた身元不明の男が殺害されたのだが、その部屋にはウィンの一族が所有し、過去に盗難に遭って行方が分からなくなっていたフェルメールの名画が残されていた。しかも、現場に一族の紋章とウィンのイニシャルが入ったスーツケースがあったことから、FBIはウィンに疑いの目を向けてきた。スーツケースはかつて従姉妹のパトリシアに譲った物であり、このままではウィンとパトリシアが容疑者にされてしまう。パトリシアに確認するとスーツケースは、18歳の時にパトリシアの父と自身が遭遇した事件の時に犯人側に渡ったのだという。さらに、殺害された人物の驚愕の身元が判明し、ウィンはFBI時代の恩師から「法の枠外」での非公式の調査を依頼される。莫大すぎる資産、並外れた容姿と頭脳、圧倒的な武術を持ち、セックスと暴力が趣味というウィンは、50年以上前からつながっていた難事件を彼独特の倫理に基づいて解決していくのだった…。
まるで神話の英雄のような主人公が大活躍する物語だが、思うほどファンタジックではなく、事態の背景、捜査プロセスなどは地に足が着いている。時代を超えた複数の事件のつながりも展開に無理がなく、謎解きとしてもよくできていて、完璧すぎるヒーローに鼻白むかもしれないが、読んで損はないエンターテイメント作品と言える。
シリーズを読んでいなくても何の問題もない、現代風ミステリー・アクションであり、多くの方にオススメしたい。
WIN (小学館文庫 コ 3-4)
ハーラン・コーベンWIN についてのレビュー
No.1110: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

江戸下町が舞台の見事なPIハードボイルド!

時代小説の名手(間違いない称号)藤沢周平が初めて挑んだハードボイルド小説。時代は江戸でも主人公はアメリカン・ハードボイルド全盛期のPIという、傑作エンターテイメントである。
ヒーローの陰影に富んだキャラクターがまさに最良のハードボイルドのものであり、ストーリー展開もスリリングで謎解き、アクションも切れ味鋭く、途中途中に挟まれるエピソードも情感がある。
とにかく予備知識なし、先入観なしで読めば絶対に満足できる傑作として、全てのハードボイルド・ファンにオススメしたい。
消えた女―彫師伊之助捕物覚え (新潮文庫)
藤沢周平消えた女 についてのレビュー
No.1109: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

話がとっちらかって、収集できなくなったみたいで(非ミステリー)

「三千円の使いかた」がブームを巻き起こした著者の一連の節約小説である。
テレビの特番の常連「大家族もの」の一員として育ち、金も常識も意欲もない貧乏でブスの若い女性が、謎めいた老女に資産形成を教わるというのが主題だが、脇のエピソードが多いというか多彩すぎて、肝心のメイン・エピソードが力不足。節約小説としても、ノワール系エンタメとしても中途半端というしかない。
老人ホテル
原田ひ香老人ホテル についてのレビュー
No.1108: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

古き良き骨太のノワール・ハードボイルド

シカゴを舞台にしたノワール・ハードボイルドで知られるイジーの第3作(邦訳では2作目)。マフィアに潜入していた捜査官が10年前の因縁から凶悪な強盗犯と対決する、男くさいハードボイルドである。
マフィアに潜入していた囮捜査官・ジンボは突然、作戦の中止を言い渡された。10年前にジンボが逮捕した強盗犯・ジジが刑期を終えて出所し、ジンボへの復讐を企てているのだという。マフィアの幹部・マイキーに取り入ることに成功し、壊滅まであと一歩と信じていたジンボは納得いかなかったが、ジジはマイキーの仲間であり、いつ顔を合わせるかわからないので中止になったのだった。ところが、中止を決めた検察官が記者会見でジンボの正体を発表してしまったため、復讐の執念に燃えるジジから執拗に命を狙われることになった…。
シカゴの暗黒街、犯罪組織や泥棒が主人公のクライムノベルを書いてきたイジーには珍しく、本作は刑事が主人公で警察アクションものの色合いもあるのだが、物語の本筋はジンボとジジの一対一の対決にあり、直接的な暴力による力の対決という、誠に古くさく、男くさいハードボイルドである。
正統派ハードボイルドやノワールのファンにオススメ。またジンボが古いギャング映画マニアとの設定で50年代〜70年代のギャング映画のトリビアがたびたび登場するので、そのあたりのファンなら更に楽しめるだろう。
無法の二人 (ミステリアス・プレス文庫)
ユージン・イジー無法の二人 についてのレビュー
No.1107: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

エスニック趣味だけじゃなく、ミステリーとして面白い

作家、起業家、演劇監督など多彩な活動を見せるイギリス人作家の初ミステリー。ロンドンのインド料理店でウェイターとして働く元インド警察の刑事が大富豪殺害事件と、自分が刑事の職を追われる原因となった事件の謎を解く、本格ミステリーである。
故郷コルカタで担当したインド映画のスター殺害事件が原因で退職・出国を余儀なくされたカミルは、父の古い友人であるサイバルが経営するインド料理店でウェイターとして不法就労し始めて三ヶ月が過ぎた頃、サイバルの友人である大富豪ラケシュの60歳の誕生日パーティーに派遣された。ラケシュは倍以上の年下の女性ネハと結婚したばかりで、パーティーに来た元妻や息子とネハが衝突し、パーティーは不穏な雰囲気に覆われた。案の定、パーティー直後にラケシュの死体が発見され、新妻ネハが第一容疑者とされた。ネハはサイバルの娘・アンジョリの親友で家族ぐるみの付き合いがあり、カミルはネハの容疑を晴らすように依頼される。警察権限がない上に、不法就労がバレれば国外追放される身の上のカミルだったが、持ち前の深い洞察力を駆使して粘り強く調査を進め、ついには自分が故郷を追われることになったスター殺害事件との繋がりまで発見する…。
きちんとしたプロセスを辿って事件の真相が解明される本格謎解きミステリーである。インドとイギリスの文化や生活習慣の違い、珍しい食べ物などのエスニック要素ももちろん興味深いが、それ以上にミステリーとして高く評価できる。タイトルから連想するコージー・ミステリーではない読み応えがある。
インド・ミステリーの枠にとらわれず、良質なミステリーとして多くの人にオススメしたい。
謎解きはビリヤニとともに (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.1106: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ソフトなネオ・ハードボイルドの傑作

アルバート・サムソン・シリーズの第4作。製薬会社のセールスマンである弟が事故で会社の病院に入院し、半年以上も面会謝絶になっている理由を調べてほしいという依頼を受けたサムソンが調査を進めるサスペンス・ミステリーである。
入院患者・ジョンの姉で依頼者であるドロシーはロフタス製薬が管理する病院に何度も面会を求めたのだが、無菌室に入院しているため面会できないと謝絶され続けてきたという。ジョンはセールスマンなのだが、事故に遭ったのは研究施設での爆発事故だという。面会できないことはもちろん、ジョンの担当する業務ではない研究所で事故に遭ったのもおかしい。さらに、関係者の医学的な説明も疑問だらけで納得できず、サムソンは強引な手法で謎の中心に突っ込んで行くことになった…。
事件の謎解きは複雑かつ精緻で、ミステリーとしての完成度が高い。さらに、13年ぶりに会ったという娘・サムが助手として加わり、サムソンの家族関係、過去が明らかになるところがシリーズ読者には気になるところだろう。ハードボイルドに欠かせない暴力、性的なシーンもあり、温和で温厚なサムソンのシリーズ中では異色作となっている。
シリーズのファンのみならず、ハードボイルドファン、ミステリーファンにもオススメする。
沈黙のセールスマン〔新版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMリ 2-13)
No.1105: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

クリスティ好き、コージーもの好きには受けそう

前作「マーダー・ミステリ・ブッククラブ」が評判を呼んだオージー・ミステリーのシリーズ第2弾。シドニーからニュージーランドへのクルーズ船を舞台にした本格推理もの、古典的名作「オリエント急行の殺人」のオマージュ作品である。
豪華客船「オリエント号」に乗り込んだブッククラブのメンバーたちは華やかなクルーズに酔っていたのだが、翌朝、乗客の一人が突然死し、さらに二日目には乗客の女性が海に転落したため、観光旅行どころではなくなってしまった。クラブのメンバーで船の代理医師を務めているアンダースは「自然死と事故だ」というのだがアリシアたちは納得できず、独自の調査を進めることにする。何百人もの乗客・乗員、さらに個性的すぎるキャラクター揃いという状況で、クラブ・メンバーは得意の推理力を駆使して果たして謎を解くことができるのだろうか?
事件の動機、犯行態様、肝となるトリック、推理のプロセスはオーソドックスというか、本格推理の基本通り。最後に主要登場人物を集めた場で謎が解明されるのも、パターン通り。絵に描いたようなクリスティ・オマージュ作品である。
本格推理のファン、クリスティのファン、コージー・ミステリーのファンにオススメする。
危険な蒸気船オリエント号 (創元推理文庫)
No.1104: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

本格推理の肝である「トリック」のトリセツ?

雑誌連載された12本の連作短編を収めた短編集。
本格推理でよく登場するトリックや犯罪の背景をテーマに、読者側、作者側の視点からさまざまな蘊蓄、揶揄、注文、考え方などを披露する一種のガイドブックである。密室、時刻表トリック、アリバイ崩しなど一作品一テーマで、登場人物がネタバラシ、作品世界からの逸脱などを繰り返しながら本格推理でのトリックの面白さ、陳腐さ、可能性を披露していく、いわば初心者読者向けのユーモア・パロディである。
純粋なミステリー作品としての評価はできないが、本格推理を読み進めるときにちょっとだけ役に立つトリセツとして読んで損ではない。
名探偵の掟 (講談社文庫)
東野圭吾名探偵の掟 についてのレビュー
No.1103:
(8pt)

古くて楽しくて男臭い、正統派のバディ物語

シカゴを舞台にしたクライム・ノベルの作家ユージン・イジーの邦訳第3弾。シカゴNo.1の金庫破りボロが、息子同然に育てた弟子のヴィンセントと組んで超高層ビル・シアーズタワーの90階の金庫を破る、ハードボイルド・サスペンスである。
シカゴ・マフィアのトップを巡る陰謀に絡んでマフィアのボスの金庫破りを依頼されたボロが、自分の命を預ける相棒にヴィンセントを選んだのは、これが最後の大勝負と決めたからだった。真冬のシアーズタワーの90階にビルの壁面を伝って外から侵入するという危険極まりない荒仕事だけに成功報酬は莫大で、成功すればボロは引退し、ヴィンセントも足を洗って恋人と家庭を築けるという目算だった。しかし、組織内での権力争いからマフィアのメンバーが暴走し、さらにマフィア退治に執念を燃やす二人の刑事が絡んできて、事態は複雑で先が読めなくなってくる…。
まず第一に、超高層ビルの90階で外壁を伝って侵入する、しかも雪と強風が吹き荒れる真冬の早朝にという、手に汗握る舞台設定が抜群。さらに、自らの死期を意識したボロと、親子のように接してきたヴィンセントとの年齢差を超えたバディ物語が感動的で、感涙ものの超一級ハードボイルド作品である。また、主人公に絡むマフィアや刑事、泥棒仲間のキャラクターが秀逸で、ストーリー中に挟まれるエピソードが生き生きと躍動している。
パターン通りの展開でも飽きさせない、古くて面白いハードボイルドを探している読者に自信を持ってオススメする。
地上90階の強奪 (ミステリアス・プレス文庫)
ユージン・イジー地上90階の強奪 についてのレビュー
No.1102: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

カーター保安官助手が撃たれた、一大事!

「ワニ町」シリーズの第5作。いつもの3人がドタバタと走り回り、最後には事件を解決してしまう、毎度お馴染みのユーモア・ミステリーである。
ついにイケメン保安官助手・カーターとの初デートを実現したフォーチュンが甘い余韻に浸ろうとしていた朝、アイダ・ベル、ガーティが飛び込んできて「宿敵・シーリアが町長選に立候補した」と騒ぎだした。さらに、保安官事務所からは「バイユーにボートで出かけたカーターが銃撃され、SOSを送ってきた」と知らされる。それ一大事と、三人はボートを盗んで助けに駆けつけ、沈没しているボートから瀕死のカーターを助け出した。法執行機関の職員を狙った銃撃に衝撃を受けた三人だが、カーター不在の状況で事件を解決できるのは自分たちしかいないと大張り切り。町中を巻き込んで、今まで以上の混乱を引き起こすのだった。
フォーチュンがワニ町に住むのは三ヶ月限定だが、一月とたたないうちに5つ目の事件。まさに世界一の事件多発地域である。そこで身分を隠したCIA職員と老婆が活躍するのだから、ご都合主義の展開だらけだが、それが楽しい。フォーチュンとカーターの恋物語ももどかしいほどのスピードではあるが進行中で、今後に楽しみを残している。
何も考えずにひたすらマンネリを笑う、コージー・ミステリー好きの方にオススメする。
どこまでも食いついて (創元推理文庫)
ジャナ・デリオンどこまでも食いついて についてのレビュー
No.1101:
(8pt)

暴力に立ち向かえるのは暴力だけなのか

壊れたアメリカの暴力を描き続けてる人気作家・スローター、久々のノン・シリーズ作品。23年前のトラウマにとらわた姉妹が過去に決着をつけるために壮絶な暴力で自分を守ろうとする、バイオレンス・サスペンスである。
幸福な家庭生活を送っている弁護士・リーに突然、陰惨なレイプ事件の弁護が命じられる。容疑が濃厚だが無罪を主張する被告が、公判の直前になってリーの弁護を依頼してきたという。なぜ自分が指名されたのかいぶかりながら被告に会った途端にリーは、23年前の悪夢が蘇り、激しい衝撃に打ちのめされる。被告・アンドルーは、リーが生涯隠し通すはずだった、あの秘密を握っているようだったのだ…。
弁護士としては被告・アンドルーを無罪にする責務があるのだが、ひとりの女性としてはレイプ魔を許せず、刑務所に送り込みたいという、究極のジレンマに苛まれるリー。その理由が順々に明らかにされ、再生への歩みを追うのがメイン・ストーリーで、事件の舞台として未知のウィルスによるパンデミックに怯えるアメリカ社会の動揺が置かれている。ただし、コロナ禍の部分は、言ってみればどうでもいい背景で、主題は子供や女性への性暴力との戦いという、スローターが追求してやまないテーマである。また、精神的・肉体的な暴力の凄惨なシーンが続出するのも、いつものスローターの世界である。
スローター・ファン、現代の社会病理が絡むサスペンスのファンにオススメする。
偽りの眼 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター偽りの眼 についてのレビュー
No.1100:
(6pt)

タンゴ、タンゴ、タンゴ愛に満ちた政治歴史サスペンス

ドイツ人作家によるタンゴ愛に貫かれた長編小説。タンゴダンサーとバレエダンサーの恋をメインに、ドイツとアルゼンチンの近代史の負の遺産を描いたサスペンスである。
バレエの世界での成功を夢見る19歳のジュリエッタはベルリンに滞在中の23歳のアルゼンチン人・ダミアンのタンゴを見て、衝撃的な恋に落ちた。しかし、夢のような時間はあっという間で、ダミアンはジュリエッタの父親を監禁したまま放置して姿を消してしまう。傷心のジュリエッタはダミアンが逃亡したアルゼンチンに飛び込み、ダミアンに会って真意を聞こうとする。だが、言葉もロクに通じないブエノスアイレスでの人探しは難航し、ダミアンを見つけるどころか、謎が深まるばかりだった。所属するバレエ団との約束で帰国しなければならなくなったジュリエッタだったが、迎えにきた父親と出発する直前の空港でダミアンと接触したことから、再びブエノスアイレスの街に戻って行った…。
バレエダンサーとタンゴダンサーの華やかな恋を中心に、ジュリエッタの父親とダミアンの隠された謎が重ねられ、政治と歴史が絡むサスペンスに仕上げられている。ダンスと政治、どちらに重点がということではなく、どちらも重点を置かれている。従って、どちらかに興味がなければ退屈な部分が多いことは確かだ。
1960〜80年代の政治史、タンゴそのものに興味がある方にオススメする。
殺戮のタンゴ (Hayakawa novels)
No.1099: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

体力、気力を充実させて読むべし

山本周五郎賞を受賞した1995年の「家族狩り」オリジナル版を再版した2007年版。現状を顧みず家族を賛美する風潮に怒りを込めたという執筆の背景通り、家族であることは幸いなことなのか、家族に必然的に生じる歪みは無視できるのか、という問題意識をストレートにぶつけた重苦しい家族小説である。
上下2段組560ページのボリュームかつ全編にわたって猟奇的でグロテスクなシーンが展開されるため、読む側に体力、気力が求められるが、読み終えた時、ずっしりした重さを感じること間違いない力作である。
誰もが避けて通りたいような重苦しいテーマだが、ミステリー仕立てのストーリーが成功して、エンターテイメント作品としても高く評価できる。
現在の家族の在り方、社会状況に興味を持つ方に、先入観なしで読むことをオススメする。
幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉 (新潮文庫)
天童荒太家族狩り についてのレビュー
No.1098: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

黒人が主役という以上に、真のハードボイルドとして高評価する

2作目となる本書でアンソニー賞など各賞に輝き、彗星の如くデビューした新進作家の本邦初登場。アメリカ南部で裏社会から足を洗い、今では自動車修理工場を営む黒人主人公が経済的な苦境から再び犯罪に手を出し、ギャングの抗争に巻き込まれていく傑作ハードボイルドである。
かつて裏社会で名の知れたドライバーだったボーレガードは真っ当な仕事と家族を持ち、平穏な日々を送っていたのだが、経営する修理工場が行き詰まり、金策に苦労するようになっていた。そこに昔の仕事仲間が現れて宝石店強盗を持ちかけられ、ボーレガードの運転テクニックを駆使した逃走で強盗に成功する。だが、宝石店を経営していたのはギャングのボス・レイジーで、ボーレガードたちは追われ、家族の命まで危険に晒された。窮地に追い込まれたボーレガードは愛する家族を救うために、レイジーが取引を持ちかけた、ギャング相手の危険な仕事に挑まざるを得なくなった…。
ストーリーは「これぞ、ハードボイルド」というシンプルかつオーソドックスなものだが、登場人物、エピソード、物語の展開スピードが素晴らしい。主人公の生き方、人間性、周囲の人物のキャラクター、そこに生まれる人情ドラマが生きている。それに加えて、アクション、特にカーアクションが抜群。車好きにはたまらないないだろう。さらに、タランティーノ映画を想起させるノワール風味が加わり、すぐに映画化権が話題になったというのも納得できる。
アメリカン・ハードボイルドの正統を受け継ぐ傑作としてハードボイルド、ノワールのファンには絶対のオススメだ。
黒き荒野の果て (ハーパーBOOKS)
S・A・コスビー黒き荒野の果て についてのレビュー
No.1097: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

冷戦も鉄のカーテンも現実だった時代に

警察小説の古典的名作「マルティン・ベック」シリーズの第二作、日本の新訳版では3番目の作品。鉄のカーテンの向こう側、ブダペストで失踪したスウェーデン人ジャーナリストの行方を探る、シリーズでも異色の警察ミステリーである。
本国で防諜機関の調査対象になったことがあるジャーナリストがハンガリーで行方不明となり、外交関係への影響を危惧する政府はベックに極秘調査を依頼する。夏休暇を中止させられたベックは鬱々とした気分のままブダペストに赴き、調査を開始するのだが、言葉に不自由な上に鉄のカーテンの向こう側の状況がさっぱり分からず、調査は一向に進まなかった。さらに、ハンガリー警察に監視されるだけでなく、誰かに尾行されている気配が濃厚で、ベックは八方塞がりに陥ったのだった…。
ジャーナリストが行方不明になった理由が最後に明かされて警察ミステリーとして完結するのだが、全体を読んだ印象は冷戦時のスパイ小説風味の推理小説と言うべきか。何よりも東欧の古都ブダペストの建物、風景、暮らしなどの描写が印象深い。その分、ミステリーとしての味わいはシリーズの他作品ほど高くない。
それでも、警察小説というジャンルを確立したシリーズの初期作品であり、全ての警察ミステリーファンに「読む価値あり」とオススメしたい。
刑事マルティン・ベック 煙に消えた男 (角川文庫)
No.1096: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

売られた喧嘩は全て買い、売られてない喧嘩も買うヴィク

シカゴのハリネズミ探偵V. I. ウォーショースキー・シリーズの第20作。ホームレス女性と関わったことからシカゴの政財界の闇に切り込んでいくヴィクの孤軍奮闘を描いたハードボイルド・ミステリーである。
おもちゃのピアノを弾くホームレスがかつて大ヒットを出した歌姫・リディアで、銃乱射事件で恋人を失ってから精神を病んでいることを知ったヴィクは救いの手を差し伸べようとするがリディアは心を開かず、逃げるばかりだった。さらに、リディアの保護者を買って出ている男・クープが現れ、ことあるごとにヴィクと衝突を繰り返すようになっていた。行方をくらませたリディアをヴィクが探している間に、名付け子・バーニーの友人のレオが殺された。レオは何かの情報を掴んだために殺されたのではないか、ということは、情報を知っている可能性があるバーニーも危害を加えられるのではないか? 危険を感じたヴィクはバーニーを避難させ、一人でレオ殺害の背景を探り始めたのだが、さらにレオの環境問題団体仲間の一人も死体で発見され、事態は複雑になるばかりだった…。
シカゴの都市開発を巡る陰謀にカンザス州での銃乱射事件が重なり、それに巻き込まれたバーニーやヴィクも容疑者扱いされるようになり、ストーリーはあちらこちらに飛び跳ねていく。また、登場人物やエピソード、舞台となる場所も多彩で物語はどんどん広がって行くのだが、基本はいつも通りヴィクの正義感がまっすぐに貫かれるところで揺るぎなく、安定感というか、マンネリというか、読者を裏切らない。
シリーズ・ファンには安心してオススメする。
ペインフル・ピアノ 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラ・パレツキーペインフル・ピアノ についてのレビュー
No.1095:
(8pt)

人それぞれに、守るべき秘密と生きるための光がある

021年、イギリスでベストセラーランキングに入ったという、女性作家の文芸ミステリーデビュー作。1990年にスコットランドの孤島の灯台で忽然と三人の灯台守が消えたという史実をベースに、大胆な構成力で仕上げた謎解きミステリーかつ男と女の物語である。
1972年のクリスマス直前、イギリス南西部の孤島の灯台に補給船が到着してみると、いるはずの灯台守三人の姿が消えていた。容易に人が近づける場所ではなく、灯台の扉は内側から施錠されており、誰かが侵入したとは考えづらかった。さらに、食卓には手付かずの食事が残されており、内部で争いがあったような形跡もなかった。一体何が起きたのか、全く不明のまま事件は迷宮入りした。その20年後、海洋冒険小説家が事件の謎を解くと宣言し、関係者にインタビューしてまわり始めたのだが、遺族たちの口は重く、さらに遺族間に微妙な対立があり、真相は簡単には明らかにならなかった…。
絶海の孤島に男三人だけで24時間顔を突き合わせて暮らす灯台守、その留守を守る妻たち。それぞれに守るべき秘密と生きるための光があり、光は同時に闇を生み、人間と家族の物語の陰影が描かれていく。フーダニット、ワイダニットがストーリー展開の軸ではあるが、それと同等、あるいはそれ以上に家族の物語がスリリングである。
謎解きミステリーにとどまらない人間ドラマとして、多くの人にオススメできる。
光を灯す男たち (新潮クレスト・ブックス)
エマ・ストーネクス光を灯す男たち についてのレビュー

No.1094:

新装版 窓 (講談社文庫)

乃南アサ

No.1094: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

失われた家族に戸惑う若者たち

1991年の「鍵」と同じ兄妹を主人公にした、1996年の作品。よって立つ基盤を見つけられない若者たちの形のない不安が引き起こした殺人を描いた青春ミステリーである。
麻里子は高校3年になり、進学や恋愛など様々な場面で聾者であることから湧き上がる不完全感に苛立ち、自分の気持ちを整理できないでいた。そんな時、兄の友人で新聞記者の有作から毒入りジュース事件で容疑者にされた少年・直久が聴覚障害者と聞き、会わせてくれるように依頼する。突然現れた麻里子に戸惑う直久はぶっきらぼうな態度をとったのだが、直久が健聴者に向ける敵意が気になり、まりこは何とかコミュニケーションを取ろうとする。一方、毒入りジュース事件を起こしたケーキ屋の息子・恩は親の過干渉に苛立ち、胸の中で育っていく怒りを犯罪で解放しようとしていた。そんな三人が見えない糸で結ばれ、思いがけない事態が起きたのだった…。
事件の犯人は最初から明示されていて、謎解きミステリーではない。事件の背景となる家族の不確かさ、自分を信じきれない若さの揺れがメインの青春小説である。シリーズ作品だが、解説にあるように前作を読んでいなくても問題はない。軽いテイストの家族物語、青春ミステリーのファンにオススメする。
新装版 窓 (講談社文庫)
乃南アサ についてのレビュー