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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数547

全547件 1~20 1/28ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.547:
(8pt)

レナードの初めてミステリー。本邦初訳。

ウェスタンものでデビューしたレナードが1969年に初めて書いた現代物ミステリー。本邦初訳でようやく読める喜びを感じさせる「レナード・タッチ」のクライム・ノベルである。
元野球選手で流れ者の農園労働者のジャック、農園主に囲われているハイティーンのナンシー、リゾートヴィレッジの経営者で町の判事でもあるマジェスティックの三人が出会い、行き当たりばったりに小さな悪事や騙し合いを重ねて行くストーリーは、多少のテンポの悪さはあるもののレナード・タッチの萌芽を感じさせる。大きな犯罪物語ではなく、いかにも小悪人がやらかしそうなエピソードの連打で最後まで飽きさせない。
記念碑的作品としてレナードファンは必読。現代ノワールのファンにも期待に違わぬ面白さでオススメできる。
ビッグ・バウンス
エルモア・レナードビッグ・バウンス についてのレビュー
No.546: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今、問い直す「中ピ連」の功罪(非ミステリー)

1970年代、ピンク・ヘルメットと過激な抗議活動で話題を呼んだ「中ピ連」。日本のウーマンリブの一潮流を作り出したこの組織のリーダーの真の姿を、周囲の人物へのインタビューから描き出そうとした意欲作。あえてピエロになって社会の壁を突き破ろうとした先駆者の蛮勇に敬意を払いつつ、時代から先走りすぎた者の悲しさをも容赦無く暴いていく。
半世紀以上経った今、中ピ連の成果は受け継がれているのだろうか? 国家や家や家族が女性の体を縛る状態は、多少なりとも改善されているのだろうか?
問題意識を喚起される作品である。
オパールの炎 (単行本)
桐野夏生オパールの炎 についてのレビュー
No.545: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

高齢化時代にぴったり。成年後見制度の裏と表を追究。

控訴審で逆転無罪を喰らった高検検事が、自分は間違ったのか、運悪くひねくれ者の裁判長に当たってしまったのか苦悩し、事件の裏側を探る事件捜査が一方にあり、他方に念願の医学部入試を突破したのだが成年後見制度が壁になり入学金が払えないという若者のトラブルが置かれる。一見、無関係な二つのストーリーが人物関係が分かってくるとともに、二重三重に繋がっていく展開は見事。サブストーリーのヤクザの跡目争いも巧みに組み込まれ、良質なリーガル・エンタメ・ミステリーに仕上がっている。
終活で話題になる成年後見制度の落とし穴がくっきり見えてきて深く考えさせられた。
高齢者はもちろん、家族に高齢者がいる方々にもオススメしたい。
法の雨 (徳間文庫)
下村敦史法の雨 についてのレビュー
No.544: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人は土地に根付いて生き、そこからは逃れられない。

英米を代表する現代ミステリーの巨匠・バークのゴールド・ダガー賞受賞作。デイヴ・ロビショー刑事シリーズの第10作である。
ルイジアナの地元保安官事務所の刑事で釣り用貸しボート屋も営み、妻と養女の三人で平穏に暮らしていたロビショーを、著名なフォトジャーナリストとして活躍しているミーガンが訪ねて来た。拘置所にいる黒人男性・ブルサードが看守から虐待されているというのだ。ロビショーが調べてみると、ブルサードはFBIの情報源として使われてるらしく、FBIが捜査の邪魔をしているのではないかと疑われた。さらに、過去に起きたブルサードの妻の自殺、白人のレイプ犯への私刑、ミーガンの父親が磔で殺された事件までもが絡んでいるようだった…。
物語はかなり複雑で登場人物も多くて読みやすいとは言えないが、ストーリーははっきりしている。主人公のロビショーのキャラも明快。落ち着いて読めば地味深いハードボイルドである。いつもながらアメリカ深南部の体に巻き付くようなドロドロした人間性にはうんざりするが、そこもまた読みどころである。
刑事、警察ものというよりハードボイルド・ミステリーとして読むことをオススメする。
磔の地
ジェイムズ・リー・バーク磔の地 についてのレビュー
No.543: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

冷戦期のスパイものを現代的エンタメに仕上げた傑作!

大学で諜報史を研究してきたという若き俊英の長編三作目。冷戦時代のイギリス、ロシア、アメリカ、MI6、MI5が入り乱れる諜報戦を生き抜いた伝説のエージェントが書いた暴露文書の出版を巡るスパイ・サスペンスである。
冴えない諜報史学者のマックスのもとに、MI6伝説のエージェントであるスカーレット・キングから手記の執筆の依頼が届く。もし本物であればイギリス政府はもちろん、アメリカをも巻き込んだ大変な話題作となり、映画化もされるだろう。期待に胸膨らませたマックスだが、学者として手記の真贋に疑問を持ち調査を始めた。するとマーガレットが殺害され、マックスは犯人としてMI5に追われることになる…。
とにかくストーリー展開が秀逸。第二次大戦末期から現代に至るまでのイギリス情報部の極秘作戦が圧倒的な知識で裏付けされたリアルなエピソードで明らかにされる。かつてのスパイ小説の王道を行くル・カレ、グレアム・グリーンと同じ迫真性で、しかも徹底的に良いやすさとエンタメ作品にこだわっているのだから面白くない訳がない。
古くからのスパイ小説ファンはもちろん、スパイ小説は難しくて苦手という人にこそオススメしたい傑作である。
スパイたちの遺灰 (ハーパーBOOKS)
No.542: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

強欲、狡猾、大英帝国は変わらない

2021年に亡くなったル・カレの2006年の国際陰謀ミステリー。75歳の老境にありながら少しも衰えない世界の裏を見通す眼と鍛え上げられた技巧で、資源国を食い潰すイギリスの罪深さを糾弾する熱いサスペンス・エンタメである。
コンゴでアイルランド人宣教師の父とコンゴ人の母のもとに生まれたサルヴォはイギリスの大学を卒業後、多数の言語を操る類まれな言語能力を駆使し、アフリカ関連の通訳として活躍していた。ある日、国防省役人のアンダーソンから高額の報酬で秘密会議の通訳を依頼される。会議の目的はコンゴを安定させ、豊富な鉱物資源を活用して民衆を豊かにするために民族和解を進めようというものだった。しかし、会議の通訳だけでなく、参加者の部屋に仕込んだ盗聴マイクで内密の会話を盗聴する仕掛けに加担させられたサルヴォは、会議の真の目的がコンゴの鉱物資源を略奪する国際シンジケートの陰謀であることに気付き、それを阻止するために密かに行動し始める…。
植民地から独立を果たした後に続くアフリカの混乱、それに乗じて利権を拡大する国際資本の悪辣さを、これでもかと見せつける。その怒りのエネルギーに圧倒される。東西対立が終わっても世界が平和にならないのはなぜか、国際正義の理想が脆くも崩れ行くのはなぜか。巨匠は戦うべき相手をしっかりと描写してみせた。
ル・カレの陰謀ミステリーにしては読みやすいので、ル・カレ・マニアを越えた幅広い読者にオススメしたい。
ミッション・ソング (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ル・カレミッション・ソング についてのレビュー
No.541: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

生まれながらに自律するしかなかった女の靭さ

2021年〜23年に雑誌連載された連作短編6作で紡ぐ表現者の女性の物語。アイヌ民族の誇りも悲哀も全て引き受けて生きるヒロインの靭さが感動的なヒューマン・ストーリーである。
アイヌとして生まれた赤城ミワは、アイヌの伝統を受け継ぎながら革新するデザイナー、表現者として高い評価を確立した。生まれながらに差別に晒され、にもかかわらずというか、故に民族の誇りを持ち、揺るぎない生き方を貫く。その中でミワに関わってきた人々はミワの真性を掴むことができず、幸せになったり落ち込んだり、さまざまな空回りを繰り返す…。
桜木紫乃らしい靭い女、自律する女のロールモデルがここにある。背景となるアイヌ民族問題の扱いも上手い。
桜木紫乃ファンはもちろん、女性の生きづらさ、民族差別に関心がある方にオススメする。
谷から来た女
桜木紫乃谷から来た女 についてのレビュー
No.540: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ただひたすら怒りと暴力!

ご存知、2025年度CWAインターナショナル・ダガー賞の栄誉に輝いたバイオレンス・アクション小説。
文庫で200ページほどの中編だが、そこから溢れ出る怒りと暴力は圧倒的。ここまで徹底した暴力は日本のバイオレンスものでは珍しいが、それぐらいの熱量がないと不条理な世の中に対抗できないという女性たちの怒りの表れだろう。
とにかく、読め! 読めばすぐに文句なしの面白さが分かる。
ババヤガの夜 (河出文庫 お 46-1)
王谷晶ババヤガの夜 についてのレビュー
No.539: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

冗談のはずが自業自得に。追い詰められる男の切迫感が秀逸!

パトリシア・ハイスミスの1965年の作品。1966年に邦訳されたものを同じ訳者で改訳したという珍しいケースである。
イギリスの片田舎に暮らす作家のシドニーと画家のアリシアの若夫婦。ちょっとした夫婦喧嘩からしばらく距離を置くことになり、どうせなら「あなたが私を殺して埋めた」ということにしようと意見が一致し、アリシアは家を出た。作家としてそんな状況を楽しもうと、シドニーはアリシアの死体をくるんだつもりの絨毯を森に埋め、友人・知人には妻の行方について曖昧な発言を繰り返した。アリシアの行方についてさまざまな憶測が飛び交うなか、隣人のリリバンクス夫人はシドニーが絨毯を車に積み込むのを目撃しており、夫による妻殺害の疑いを深めていた。そこにアリシアの両親が捜索願を出し、警察が本格的にアリシアを探し始めた。アリシアの行方や家出の動機の説明に辻褄が合わなくなってきたシドニーは、徐々に追い詰められて行く…。
やってもいない犯罪、冗談のはずの「妻殺しごっこ」がのっぴきならない疑惑に成長していくプロセスが面白い。特に主人公がやってもいない犯罪の罪悪感に追い詰められる心理サスペンスは迫力がある。
半世紀以上前の昔話だが今読んでも少しも古びておらず、ハイスミスの魅力を堪能できる作品として、多くの方にオススメしたい。
殺人者の烙印 (創元推理文庫)
パトリシア・ハイスミス殺人者の烙印 についてのレビュー
No.538: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

19世紀後半のアメリカ。女性医師が主役の社会派ミステリー

インド生まれ、アメリカ育ちの女性内科医の手になる医療ミステリー。南北戦争後のフィラデルフィアを舞台に、女性医師のパイオニアが周囲の偏見、ミソジニーと戦いながら殺人事件の謎を解く社会派色の濃い、良質なエンタメ作品である。
設立まもない女子医学校を卒業し、臨床医として現場に出ると共に教壇にも立つリディア。女性は医師に相応しくないとの偏見や男性同僚からの見下し、嫌がらせに屈せず、自分の信念を貫いていた。ある日、患者であり、友人だったアンナの溺死体を検視解剖することになった。警察は自殺と見ているのだが、アンナを知るリディアには自殺が信じられず、さらに解剖結果からも他殺を疑い、独自の調査を進めることになった。すると、自殺説にそぐわない証拠や証言が見つかり、リディアはどんどん調査にのめり込んでいく。そして犯人につながる証拠を見つけたと思ったとき、リディアを肉体的暴力が襲ってきた…。
洋の東西を問わず、偏見との戦いを余儀なくされる女性医師のパイオニアたちの物語はいくつもあるが、本作はそれを見事なミステリーに仕立て上げたところが素晴らしい。医学的正確さを重視した描写がやや重苦しいものの、ミステリーとしての展開は巧みで、誰もが満足できる作品である。
世のレビューに惑わされず、一度手に取ることをオススメする。
裁きのメス
リツ・ムケルジ裁きのメス についてのレビュー
No.537: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今でも読み応えがある50年代ブラック・ノワールの傑作

1930年代に獄中作家としてデビューしたもののパッとせず、50年代にフランスで人気が出た黒人作家の1959年の作品。酔っ払った白人警官に同僚を殺され、さらに証拠隠滅のために命を狙われる黒人青年の逃走と白人警官による執拗な追跡のハードボイルド・ノワールである。
年の瀬のニューヨークの深夜、酔っ払った警官・ウォーカーは停めたはずの車がないことに気付き、そばにある食堂の黒人清掃員が盗んだと思い込む。身に覚えがない3人の清掃員たちは銃に怯えながらも事態を落ち着かせようとするのだが、ウォーカーは2人を射殺し、現場を目撃したもう一人の清掃員・ジミーも殺そうとする。ウォーカー自体が銃を撃った理由が分かっておらず、ましてやジミーは訳も分からず、ただ逃げなければ殺されると逃走する。かくてウォーカーとジミーは必死の追走劇を繰り広げるのだった…。
図式化すれば人種差別主義の白人警官と無実の黒人青年の間のヘイトクライムであり、善悪がはっきりした物語なのだが、1950年代のアメリカ、中でも差別反対の意識が強いニューヨークが舞台とあって、登場人物たちが差別に複雑な反応を示すところが読みどころ。ここのところの微妙なズレ、建前と身体的反応との矛盾が不気味である。
黒人が主役のノワール、ハードボイルドの系譜を知る貴重な作品として、ブラック・ノワール、ハードボイルドのファンにオススメする。
逃げろ逃げろ逃げろ!
No.536: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

物語展開の面白さを再認識させる傑作サスペンスだ

毎回、新しい趣向で読者を迷わせる(楽しませる)スワンソンだが、その期待は今回も裏切られない。
自分を含む9名の名前が書かれた1枚のリストを受け取った9人の男女。リスト以外に同封されたものはなく、何のためのリストかさっぱり分からず、疑問に思うこともなく捨ててしまった人もいた。しかし、リストに載っているホテル経営者の老人が海岸で溺死し、さらにもう一人の男性がランニング中に射殺された。自分も名前が載っていたFBI捜査官のジェシカは9人の関連性を調べるために所在を確認し始める。一方、ホテル経営者の事件を捜査する地元警察の刑事ハミルトンは被害者の背景から動機を探ろうとする…。
ミステリーの不朽の名作「そして誰もいなくなった」へのオマージュ作品だが、舞台設定、話の構造が全く違っている。一人ずつ殺されるのは同じだが、9人が同じ場所にいるのではないため、連帯感もなければ襲われる恐怖や危機感もない。隠された共通点を知るのは犯人だけというのが、極めてスリリング。動機・真相が明らかにされると、事件の規模に対してこれ?っという違和感があるかも知れないが、犯人探しや犯行様態の解明に主眼を置かず、サスペンスを楽しむ物語として読めばなかなかの傑作である。
スワンソン・ファンの方はもちろん、ミステリー名作マニアの方にもオススメする。
9人はなぜ殺される (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン9人はなぜ殺される についてのレビュー
No.535:
(8pt)

競馬シリーズが、シッド・ハレーが帰ってきた!!

競馬ミステリーの金字塔「競馬シリーズ」が見事に蘇ってきた。父の跡を継いだフェリックスならではの、これぞ血統書付きの競馬ミステリーである。
探偵業から引退し、株取引や投資で生活しているシッドを訪れたスチュアート卿(英国競馬統括機構会長)はレースで不正が行われていると確信したのだが、自分の組織の保安部から相手にされなかったため、シッドに調査を頼みたいと言う。シッドはもう探偵は止めた、関わりたくないと断ったのだが、不正を示唆する資料を押し付けられた。その翌日、スチュアート卿の変死が知らされ、シッドの心が揺れた。妻には反対されながら気になることを調べ始めたシッドは、すぐに家族が危険にさらされる事態に巻き込まれた。不正の黒幕と思われる男から卑劣な攻撃を加えられたシッドは生来の正義感と反骨精神に駆られ、捨て身の戦いを挑むことになる…。
もう最初から最後まで競馬シリーズの醍醐味に溢れ、ディック・フランシスの作品を読んでいる気持ちにさせられる。ストーリー展開、キャラクター設定、競馬界の内情など全てが文句なし。さすがシリーズの終盤の作品を父と共著してきたフェリックスである。
新シリーズは翻訳者も出版社も変わったのだが、漢字二文字のタイトル、表紙デザイン、グリーンの背表紙など、これまでのシリーズをリスペクトした姿勢も好感度大。
競馬シリーズを読んできたオールド・ファンはもちろん若い読者にもオススメしたい傑作ミステリーである。
覚悟 (文春文庫)
フェリックス・フランシス覚悟 についてのレビュー
No.534: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

佐伯も津久井も退職? 次作からは新シリーズか?

北海道警大通署シリーズの11作目か(サイトによって数が違う 笑)、第一シーズンの完結作のようである。
相変わらず閑職に追いやられながらも実績を挙げ、ついに上層部が引き上げを考え始めた佐伯警部補、少年係ながら刑事事件につながる兆しを見逃さない小島巡査部長、現場復帰を果たし、機動捜査隊で充実した日々を送る津久井巡査部長。三人がそれぞれの職務に専心していたある日、闇バイト四人組が牧場に強盗に押し入り、弾みで牧場主を殺害する事件が発生。強盗の一人は奪った散弾銃で仲間を殺害し、さらに指示役の男から金を奪い返すために札幌に潜入してきたようだった。絶対に次の殺人を防ぎたい道警本部が札幌市内を隈なく捜索するも、犯人の所在さえ掴めないでいたのだが、佐伯が追いかけた置き引き事件、小島が担当した女子高生のスマホ強奪事案が、津久井たち機動捜査隊の強盗犯人追跡と関連することが判明し、捜査の網は絞り込まれていった。そして最後、追い詰められた犯人は人質立てこもり事件を起こす…。
いつも通りと言えば、その通り。安心して読める警察ミステリーである。本作は「シリーズ第一シーズン完!」という宣伝文句もあり、どういう結末をつけるのか注目したのだが、どうやら佐伯も津久井も警察を辞めるようで、佐伯の部下の新宮は新たな部署に引き上げられ、小島も人生の決断を迫られる。さらに警官の酒場「ブラックバード」も代替わりする模様。次作からどんな展開になるのか、首を長くして待ちたい。
警官の酒場
佐々木譲警官の酒場 についてのレビュー
No.533:
(8pt)

シリーズらしさが増し、ワンランクアップした快作!

「道警シリーズ」の第3作。洞爺湖サミットを前に緊張の度を高める北海道警で制服警官が失踪した事件をメインに大臣警備、2年前の覚醒剤密輸おとり捜査を絡め、警察組織の悪弊と戦う警官たちの矜持を描いた警察冒険小説である。
1週間後にサミット警備体制の結団式を控えた日に一人の制服警官が拳銃を所持したまま失踪した。万が一を危惧する道警上層部は「何がなんでも探し出せ」と号令し、津久井刑事は捜索の専任を命じられた。ストーカーを撃って逮捕した小島百合巡査はその手柄を評価され、結団式に出席する女性大臣のSPに抜擢される。道警全体の信頼を失い、閑職に追いやられた佐伯警部補は消化不良のまま終わらせられた密輸入おとり捜査に疑念を持ち、一人で再捜査を始めた。使命感と任務に導かれた三人の捜査はやがてサミット警備でギリギリまで高まった道警の緊張を一気に爆発させる事態へと突き進んで行く…。
シリーズ3作目とあって主要な登場人物のキャラクターがより鮮明になり、役割分担も滑らかで、シリーズものならではの円熟味が出来上がってきた。プロローグから結末までの展開も無理なく、説得力がある。
日本の警察小説では、現在ナンバーワンのシリーズとして強くオススメする。
警官の紋章
佐々木譲警官の紋章 についてのレビュー
No.532: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

嘘をついた若い女性は、なぜ救われるべきなのか?

ゴンクール賞をはじめ、いくつかの文学賞にノミネートされたというフランス人法廷ジャーナリストの長編小説。嘘をついて他人を犯罪者と名指しした若い女性を救うために奮闘する女性弁護士の活躍を描いた法廷エンタメ作品である。
15歳の時に強姦事件の被害を訴え、加害者を拘束させたリザ。5年後に開かれた裁判で加害者マルコに10年の刑が言い渡されたのだがマルコが控訴した。このため、リザは控訴審では女性の弁護士に依頼したいと弁護士アリスのもとを訪れた。誰もが心を許す若くかよわい少女・リザと複数の前科持ちの32歳の塗装工・マルコ、簡単に結論が出ると思われたのだが、リザが「自分はレイプされてない。嘘を吐いた」と告白し、アリスは驚愕する。リザはなぜ嘘を吐いたのか、拘束されていたマルコを釈放させることはもちろん、さらにリザの立場を守るために、アリスは事件だけに囚われない、社会を告発する弁論を組み立てた…。
刑事裁判を中心にした法廷ミステリーであるが、メインは弁護側と検察側の丁々発止の論戦ではなく、アリスの弁論の組み立てにある。男性中心の性差別意識やレイプカルチャーに対するアンチテーゼが力強い。さらに文末の弁護士による解説もわかりやすくて説得力がある。
今の社会が直面する課題を真剣に捉えた法廷エンタメ作品であり、ミステリーファン以外にもオススメしたい。
小さな嘘つき
No.531: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

太平洋戦争末期のバークレー、有色人種刑事の正義と諦観

中国系移民として育った女性作家の処女小説。1944年のカリフォルニア州バークレーを舞台に大統領候補の政治家殺害事件にまつわる地元名家の悲劇を暴くことになる、メキシコ系刑事の苦悩を描いた謎解きサスペンスである。
バークレーの高級ホテルで大統領候補のウォルターが殺害された。刑事サリヴァンは容疑者として地元有数の名家・ベインブリッジ家の三人の孫娘を取り調べようとするのだが、証拠が曖昧だと上司から圧力をかけられる。有無を言わさぬ証拠固めに奔走するサリヴァンは、14年前に同じホテルで起きたベインブリッジ家の孫娘の不審死が鍵になると気付いた。だが、ベインブリッジ家の家長・ジェネヴィーヴをはじめ、一家の女性たちはしたたかで、サリヴァンは翻弄されるばかりだった…。
政治家殺害の犯人・動機探し、名家の美しい少女たちにまつわる因縁話を本筋に、日系アメリカ人の強制収容、メキシコ系に対する差別、中国とアメリカの関係などの社会情勢が絡んでくるストーリーは躍動感があり、変化に富んでいて飽きさせない。外見的に白人としか見えないサリヴァンがルーツとアイデンティティに引き裂かれ苦悩する内面の描写もインパクトあり。
犯人探しに加えて人種や貧富による軋轢もリアルで、ミステリー・ファンはもちろん近現代史に興味がある方にもオススメしたい。
獄門橋 (ハヤカワ・ミステリ)
エイミー・チュア獄門橋 についてのレビュー
No.530: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

北海道警シリーズのモジュラー型警察小説の完成形だ

道警シリーズの第4作。前作「警官の紋章」で小島百合巡査に犯行を阻止されたストーカーが一年後に現れ、再度被害者を脅迫し始めた。よさこいソーラン祭りという札幌最大のイベントに紛れ込んだ犯人をいかにして追い詰めるか。さらにバイクによる連続ひったくり、謎の白骨死体などが加わり…。
よさこいソーラン祭りの警備だけでも手一杯なのに、数々の難事件が続出し札幌の警官は不眠不休の奮闘を求められる。普段の所属や担当の垣根を越え、ひたすら警官の使命を果たそうとする正義の警官たち。地道な聞き込み、地取り捜査の積み重ねでじわじわと犯人を追い詰める捜査プロセス。事件相互の意外な関係が明らかにされる巧みな伏線が光るプロット。まさにモジュラー型警察小説の完成形を見るようだ。
安心して楽しめる傑作として、どなたにもオススメしたい。
巡査の休日
佐々木譲巡査の休日 についてのレビュー
No.529: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

冷戦終結後のスパイ小説は難しいなぁ

最初に。本書は2003年に発売され、2008年に光文社文庫「サラマンダーは炎のなかに」として刊行された作品を早川が改題した作品である。元の光文社版と全く同じもの(訳者も解説者も同じ)をまるで新作のように売り出すのは、いかがなものか。騙された方が悪い(自分は「サラマンダー」は未読だったので良かったが)のかも知れないが。
パキスタン生まれの英国人で主にドイツでスパイ活動を続けていたマンディと、ドイツ人で60年代終わりごろに反戦・平和活動でマンディと結び付いたサーシャの二人。それぞれが主義主張を持つまでの経緯、人生の拠り所となっていた冷戦構造崩壊後の日々が丁寧に解析され、時代を反映した人々の意識の変化が順を追って解説される。そして21世紀に入り、マンディとサーシャが再会した時、二人の変わらない友情と運命は…。
3.11後の米国・英国とグローバル資本による民主主義の破壊への怒りを迸らせる老大家の筆致は熱い。古き良き欧州の知性の覇気は極めて強いインパクトがある。
スパイ小説としてはやや物足りないが、現代政治を巡るサスペンスとして読み応えあり。オススメです。
終生の友として 上 (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ル・カレ終生の友として についてのレビュー
No.528:
(8pt)

差別の多重構造に縛られながらも人を愛する少女に涙

本作を16歳で書き始め、17歳で完成させ、19歳で刊行し、史上最年少でブッカー賞にノミネートされた天才文学少女のデビュー作。オークランドの黒人街で暮らす17歳の少女がありとあらゆる差別、暴力、理不尽に翻弄されながらも強靭な復元力で生き延びるヒューマン・ドラマで、刊行後すぐにN.Y.Times紙のベストセラーに入ったのも納得の力強い作品である。
貧しい黒人街で生きる17歳のキアラ。父は病死、母は刑務所で兄のマーカスと二人で住むアパートの家賃にも事欠く綱渡り生活だった。にも関わらず、マーカスはラッパーになって大金を稼ぐ夢に取り憑かれて働かず、キアラは一人で家計を担っていた。しかし、いきなり家賃が倍増し、同じアパートに住む無責任な母親に置き去りにされた9歳のトレバーの面倒も見ることになり、追い詰められたキアラは必死に職を探すのだが高校も卒業していない17歳の少女を雇ってくれる職場はなく、やむなく売春に手を染めた。そして警察に現場を押さえられることになったのだが、警官たちはキアラを保護するどころか性的搾取をし始めたのだった…。
著者が13歳の時に遭遇した警官による黒人少女の性的搾取事件に強烈な違和感を持ち、16歳から作品化し始めたという本作。アメリカでマイノリティの少女が日々押し付けられる人種差別、性差別に対する鋭い反発に圧倒される。周囲の大人、権力者、行政からの理不尽で醜悪な攻撃はグロテスクで、読み進めるのは気軽ではない。それでも、キアラがとる行動に微かな温もりが感じられるのが救いになる。
社会派のノワール・ヒューマンドラマとして、一読をオススメする。
夜の底を歩く
レイラ・モトリー夜の底を歩く についてのレビュー