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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数528

全528件 1~20 1/27ページ

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No.528:
(8pt)

差別の多重構造に縛られながらも人を愛する少女に涙

本作を16歳で書き始め、17歳で完成させ、19歳で刊行し、史上最年少でブッカー賞にノミネートされた天才文学少女のデビュー作。オークランドの黒人街で暮らす17歳の少女がありとあらゆる差別、暴力、理不尽に翻弄されながらも強靭な復元力で生き延びるヒューマン・ドラマで、刊行後すぐにN.Y.Times紙のベストセラーに入ったのも納得の力強い作品である。
貧しい黒人街で生きる17歳のキアラ。父は病死、母は刑務所で兄のマーカスと二人で住むアパートの家賃にも事欠く綱渡り生活だった。にも関わらず、マーカスはラッパーになって大金を稼ぐ夢に取り憑かれて働かず、キアラは一人で家計を担っていた。しかし、いきなり家賃が倍増し、同じアパートに住む無責任な母親に置き去りにされた9歳のトレバーの面倒も見ることになり、追い詰められたキアラは必死に職を探すのだが高校も卒業していない17歳の少女を雇ってくれる職場はなく、やむなく売春に手を染めた。そして警察に現場を押さえられることになったのだが、警官たちはキアラを保護するどころか性的搾取をし始めたのだった…。
著者が13歳の時に遭遇した警官による黒人少女の性的搾取事件に強烈な違和感を持ち、16歳から作品化し始めたという本作。アメリカでマイノリティの少女が日々押し付けられる人種差別、性差別に対する鋭い反発に圧倒される。周囲の大人、権力者、行政からの理不尽で醜悪な攻撃はグロテスクで、読み進めるのは気軽ではない。それでも、キアラがとる行動に微かな温もりが感じられるのが救いになる。
社会派のノワール・ヒューマンドラマとして、一読をオススメする。
夜の底を歩く
レイラ・モトリー夜の底を歩く についてのレビュー
No.527: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ようやく面白くなってきたシリーズ3作目

女性刑事「ケイト・リンヴィル」シリーズの第3作。列車内の銃撃事件とサイクリング中の女性を罠に仕掛けて負傷させた事件、2つの事件で同じ銃が使われていたことから隠されていた過去の秘密が明らかになる警察ミステリーである。
敬愛するスカボロー署のケイレブ警部の要請を受け、スコットランド・ヤードを辞めてスカボロー署に移ることにしたケイト。赴任前の旅で乗った列車内で、知らない男に銃撃された女性・クセニアを助けたのだが、犯人には逃げられてしまう。事件の2日後、サイクリング中の女性教師・ソフィアが道路に仕掛けられた針金の罠で転倒し、銃撃される事件が発生。しかも2つの事件で使われた銃が同じものであることが判明した。どちらの事件もスカボロー署が担当することになったのだが、捜査の中心となるべきケイレブ警部は別の事件で失敗し停職処分を受けていた。着任前だったケイトだが行きがかり上、捜査に加わることになり、両事件の被害者クセニアとソフィアの接点を探し始めるのだが、共通点は皆目見つからない。さらに、クセニアは何かを隠しているようで捜査が停滞していたところに、ソフィアが病院からリハビリ施設へ移送中に車ごと拉致されてしまう…。
全く接点が見つからない2つの事件を解き明かしていく犯人探し、動機探しのストーリーは重苦しく、行ったり来たりの繰り返しで遅々として進まないのだが、その裏には簡単には語れない過去が隠されていて、決して退屈ではない。さらに全ての謎が解かれた時に見える人間の弱さ、醜さ、切なさは衝撃的で読者の感情を揺さぶる。ヒロインのケイトが徐々に感情表現が豊かになり人間味を増して来たのも、シリーズ愛読者には好印象を残す。
謎解き警察ミステリーとして一級品であり、シリーズファンに限らず多くの方にオススメしたい。
罪なくして 上 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク罪なくして についてのレビュー
No.526: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

1枚の写真から、これだけのミステリーが生まれたとは!

法廷ミステリーの巨匠・マーゴリンが約20年ぶりに日本上陸。1枚の写真に魅入られた作家志望の女性が、その写真の謎を解こうとして10年前の未解決殺人を解明することになるサスペンス・ミステリーである。
作家を目指してN.Y.に出て来たものの小説は書けず、仕事も退屈で行き詰まっていたステイシーはたまたま目にした「夜の海辺で銃を持つ花嫁姿の女性の後ろ姿」の写真に魅入られた。誰が、どんな意図でこの写真を撮ったのか。その背景を絶対に小説化したいと決心したステイシーは会社を辞め、撮影場所であるオレゴン州の海辺の町へ飛んだ。写真が撮影されたのは10年前で、被写体の女性は富豪との結婚式の翌日に夫殺害容疑で逮捕された花嫁・メーガンだった。メーガンが持っていた銃は夫殺害の凶器と判明したのだが、本人は記憶を失ったため何も覚えていないという。
10年前の事件、その5年前の出来事、現在の進行中の調査の3つのエピソードを行き来しながら大きなドラマが語られる。一見、複雑な物語だが3つの時代がちゃんと分けられているので理解しやすい。素人探偵役のステイシー、写真を撮った元弁護士で写真家のキャシー、被写体のメーガン、3人の主役の女性のキャラクターがくっきりしているのも読みやすさにつながっている。過去と現在がつながり、悲喜劇が生まれ、謎が解明されるストーリーは法廷ものに定評ある作家らしく論理的で納得感がある。
謎解きミステリーのファンにオススメする。
銃を持つ花嫁
フィリップ・マーゴリン銃を持つ花嫁 についてのレビュー
No.525: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

罪深きは欲望か、それとも抑圧か。

シェトランド島を舞台にした「ジミー・ペレス警部」シリーズで知られるアン・クリーヴスの新シリーズ第一弾。イギリス南西部ノース・デヴォン地方を舞台に気鋭の警部が複雑な殺人の謎を解いていく警察群像ミステリーである。
マシュー警部が初めて指揮を取る殺人事件は、最近町にやって来たホームレスのようなアルコール依存の男性が海岸で刺殺された事件だった。被害者が地元の有力者が運営する施設に関わるとともに、有力者の娘の自宅に下宿していたことが判明。さらに、その施設内に設けられたデイケア・センターでボランティア活動をしていたことも分かった。マシューは直属の部下であるジェン、ロスの二人の刑事とともに精力的に捜査を進めたのだが、事件関係者はマシューの知人ばかりだし、極めつけは施設の管理責任者がマシューのパートナーのジョナサンだったため、マシューは人情と倫理の葛藤を抱えることになる…。
誠実な若き警部の苦悩を主軸に捜査側、被害者、犯人たちの心の揺れ、人間の多面性を丁寧に描き、物語は謎解きミステリーであるとともに人間観察のドラマでもある。事件の発端から解明までブレが無い構成なので読みやすく、緊張感のある結末も納得できる。
英国警察ミステリーの王道を行く作品として、自信を持ってオススメしたい。
哀惜 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アン・クリーヴス哀惜 についてのレビュー
No.524: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

弱者が弱者を傷つけて優位性を獲得する格差社会の悲惨なリアル

1年半ほど前にネグレクトを疑った児童相談所から逃げ、二人の男児を連れて寝場所を提供してくれる男のもとを転々としてきた32歳の亜紀。現在はホスト崩れの北斗の家に転がり込み、12歳の優真と4歳の篤人はほったらかしで遊び歩いて家に帰らない日々だった。学校には行かせてもらえず、空腹に耐えかねた優真がコンビニで「捨てる弁当をください」と頼み店主の目加田と面識を得たことから事態は大きく変貌していった。
児童保護所を経て目加田の里子となった優真は普通の小学生、中学生の生活を始めたのだが、生育過程で全く社会性を身に付けられなかったため周囲にうまく馴染めず、社会からはぶかれたコンプレックスを抱くようになる。自分の内面を言語化できず、他者の目で評価する基準も持たない優真の行動は空回りするばかりで、社会適応の努力は優真を更に苦しめるのだった…。
ネグレクト、貧困、性差別、経済的格差から生じる情報格差、共同体支配の過酷さと脆さなど、ここには今の日本の分断の実相が露わに語られている。重いテーマと絶望的なストーリーだが、さすがに超一流のストーリーテラー・桐野夏生だけあってとても読みやすい。
読めばきっと何かを突き付けられる怖さはあるが、ぜひ一読をオススメしたい。
砂に埋もれる犬
桐野夏生砂に埋もれる犬 についてのレビュー
No.523: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

震災は想定外だが、人生は選択の積み重ね。想定外はない。

2023〜24年に週刊誌連載された長編小説。東日本大震災に見舞われた東北を舞台に、自然災害と殺人事件を重ねて人生とは何かを問うヒューマン・サスペンスである。
大震災から2週間後、岩手県の小学校体育館に立てこもった22歳の真柴は一般人と警官、2名を殺害し逃亡中だった。真柴は体育館に避難していた被災者たちと、それとは別に男児を人質にとっており、未曾有の災害による混乱に殺人犯の逃亡という不安が重なることを嫌った警察上層部は警視庁SATを派遣し、事件の早期解決を決断した。
真柴が殺人犯として逃亡することになった経緯を中心に、地元署の警部補・陣内をはじめとする被災者のそれぞれのドラマを絡め、濃厚な人間ドラマが展開されるストーリーは力強く、ページを捲る手が止まらない。なぜこんなことが起きたのか、あの時、別の選択をしていたらどうなったのか、大災害の前では人間は無力なのか。災害を生き延びた者、親族を亡くした者、様々な人物像に感情移入してしまう吸引力がある作品である。
震災の被害の有無に関わらず何かしら心に響く傑作であり、多くの方にオススメしたい。
逃亡者は北へ向かう
柚月裕子逃亡者は北へ向かう についてのレビュー
No.522: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

夢を追う自分に酔った小心者の生涯(非ミステリー)

2023〜25年に週刊誌に連載された長編小説。「こんなものじゃない」はずの自分に取り憑かれ、夢を追い続けた昭和男の波瀾万丈の生き様を描いたヒューマン・ドラマである。
桜木作品には珍しく男(著者の父親がモデル)が主人公で、遠慮のない筆致が快い。夢を追う男の身勝手と、それに振り回されながらも妙な納得を納めている女たちの人間模様は、著者曰く「生きることは滑稽」を体現している。人間の馬鹿さ加減と人間らしさは表裏一体、他人が簡単に評価できるものではないと教えてくれる。
読めば誰もが、登場人物の誰かに感情移入してしまう傑作であり、多くの人にオススメしたい。
人生劇場
桜木紫乃人生劇場 についてのレビュー
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(8pt)

死ぬまで疑い続けるしかない、スパイの宿命

デビュー作にして2023年度エドガー賞最優秀新人賞を受賞した、本格スパイ小説。激動期の中東でCIAケースオフィサーとして勤務した著者が、その体験をベースに書き上げた、リアリティ豊かなスパイ・サスペンスである。
バーレーンのCIA支局員・シェーンは、自分の息子とさして歳の違わない上司にうんざりしながら適度に仕事をこなし、酒浸りで年金を貰える日を待っていた。それでも、唯一の情報提供者との接触の中でバーレーン反政府派の気になる動きを察知し、探りを入れると、首都の中心部で起きた爆弾事件が政府による自作自演ではないかと思い始めた。さらに、偶然知り合った女性アーティストとの交際を深めることで、政府の陰謀であると確信し、その情報を本部に報告した。すると、シェーンの過度の飲酒、不適切な女性関係を理由にした退職通知が返ってきた。納得がいかないシェーンはCIA、米軍、バーレーン政府、アラブの春に感化された民衆が複雑に絡み合う騒乱のバーレーンで、真相解明のために奮闘する…。
知識が乏しい中東でも特に複雑な歴史を持つバーレーン王国が舞台で、それだけでも興味深い物語だが、さらにアラブの春という激動期の話であり、誰が誰を騙してるのか、どこに正義があるのか、最後まで先が読めないストーリーである。つまり、極めてリアルで緊迫感があるスパイ小説で、派手なアクションはなくても最後までサスペンスが味わえる、冷戦時代のスパイ小説の血統を受け継いだ作品と言える。
ル・カレ、グレアム・グリーンの世界を現代に甦らせた傑作として、本格スパイ小説のファンにオススメする。
アラブに冬を呼ぶスパイ (ハヤカワ文庫NV)
No.520: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

女は復讐する。

カナダ在住のオーストラリア人作家のミステリー分野へのデビュー作。若くして夫を亡くした3人が互いに支え合い、男社会に異議申し立てするサスペンス・ミステリーである。
メルボルンに暮らす3人の若い女性、夫を亡くしたという共通点でつながり、毎週集まって親交を深めてきた。今では家族同様に付き合っているのだが、それぞれ周りには知られたくない秘密を抱えていた。そこに夫を亡くしたばかりの若いハンナが加わった頃から3人の周りで不審な出来事が起きるようになり…。
主要な女性登場人物4人が、それぞれが抱える秘密に悩みながも強固なシスターフッドで結ばれ、女性差別に抗って自立を目指すストーリーは多少リアリティに欠けるもののかなりインパクトがある。境遇も性格も異なる4人のエピソードが徐々に明かされ、意表を突く展開を見せる構成も見事。
鬼畜系ではなく、イヤミスでもないサイコ・サスペンス系ミステリーのファンにオススメする。
私があなたを殺すとき (ハーパーBOOKS)
S・J・ショート私があなたを殺すとき についてのレビュー
No.519:
(8pt)

65歳の老女は45年のキャリアを誇る、凄腕の殺し屋だった

特異すぎる主人公のキャラ設定だけで読みたくなる、韓国発のノワール・エンタメ作品。1013年の発表当時はさほど話題にならなかったものが、SNSでじわじわ人気が高まり、2018年に改訂版を刊行、以後海外でも翻訳が相次ぎ、韓国では映画化されたという。
本作の魅力の第一は65歳の小柄で平凡な老女が凄腕の殺し屋だという、常識を突き破った主人公像にある。依頼された殺しは迅速に、手際よくこなし、しかも心理的な葛藤とは無縁のプロフェッショナルとして45年のキャリアを積み重ねてきた爪角(チョガク)だが、寄る年波には抗えず、体力はもちろん気力も衰え始めていた。捨て犬を拾い、トラブルに遭った老人を助け、ターゲットや家族の苦しみに心が揺れ始めたのだ。そんな時、同じエージェンシーに属する若き殺し屋・トゥが、なぜか爪角に突っかかり、挑発を止めようとしなかった。トゥは何を狙っているのか、確信がないまま爪角はトゥと最後の死闘を繰り広げることになる…。
訳者あとがきによると作者は「文章に関して心に決めているうちの一つは、〈読みやすくしない〉ことだ」というだけあって、リーダビリティは決してよくないが我慢して読み通せば、十分に報われる深い読後感を味わえる。
ノワール小説ではあるが、女性、老化などさまざまな問題に気づかされる傑作として、幅広いジャンルの読者にオススメしたい。
破果
ク・ビョンモ破果 についてのレビュー
No.518: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

胸熱度は抑制され、サスペンスはアップした新シリーズ登場!

「プロフェッサー」シリーズ、「ボー・ヘインズ」シリーズに続く新シリーズの第一作。殺人の犯人とされた姉を救うために36歳の民事専門弁護士・リッチが初めての刑事裁判に挑戦するリーガル・サスペンスである。
ハイウェイ沿いに顔写真入りの看板を並べ立て「看板(ビルボード)弁護士」と揶揄されるジェイソン・リッチ。高収入を得ながらアルコール依存症に苦しみ、所属する法曹協会からリハビリ施設に強制入院させられた。90日間の入院を終えて退院した直後、しばらく疎遠だった姉・ジャナから「夫殺害の容疑をかけられている。弁護してもらいたい」という電話が来た。民事での示談が専門で法廷に立った経験もないリッチだったが、いきなり両親を失うことになりそうな二人の姪を思うと弁護を引き受けるしかなかった。状況証拠や関係者の証言は圧倒的に姉に不利でリッチ自身もジャナを信じきれなかったのだが、それでも事務所仲間たちの助けを借り、事件の真相を明らかにしていくのだった…。
圧倒的に不利な状況から逆転無罪を勝ち取るというR.ベイリーお得意の展開になるのだが、これまでの作品とは違って主人公の弁護士が人格高潔、信念強固ではなく、ちょっと頼りない。その分、リーガル・サスペンスの要素が強められ、より読みやすくエンタメ性が強い作品と言える。
「プロフェッサー」、「ボー・ヘインズ」のファンはもちろん、リーガルもののファンならきっと満足できる傑作としてオススメする。
リッチ・ブラッド
ロバート・ベイリーリッチ・ブラッド についてのレビュー
No.517: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

技巧を凝らした倒叙ミステリーであり、優れた社会派ミステリーでもある

警察小説で人気を得ている英国女性作家の日本初登場作。殺人事件の謎解きを、事件前に遡って行くパートと事件後の経過をたどるパートを交互に並べて展開するという、不思議な構成の倒叙ミステリーである。
再開発の波が押し寄せ退去を強いられている、ロンドン中心部の貧しい地域の集合住宅で殺人が起きた。殺したのは、苦境にある住民を支援しているエラで、パニックになったエラが助けを求めたのが社会活動家でエラの母親代わりとも言えるモリーだった。見知らぬ男に襲われて殺してしまったというエラのために、モリーは男の死体を隠すことにした。という発端から謎だらけだが、そこから物語は事件の背景を探って行くエラの語りと事件発覚を阻止しようとするモリーの語りが交互に繰り返され、スリリングな展開を見せる。そして最後には…。
まず第一に極めて大胆な物語構成に驚かされ、さらに現在のロンドン、英国社会が抱える行き過ぎた新自由主義、経済格差、性差別などの課題にしっかり向き合った社会派のストーリーに唸らされる。重厚なイギリス・ミステリー界に期待の新鋭が登場した予感がする。
アイデア勝負の倒叙ミステリーとだけ判断するのは間違いで、読み応えある社会派ミステリーとして多くの読者にオススメしたい。
終着点 (創元推理文庫)
エヴァ・ドーラン終着点 についてのレビュー
No.516: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

衰え知らずなどとは失礼、脱帽するしかない

ロンドン警視庁ウィリアム・ウォーウィック・シリーズの第5作。ウォーイック警部と部下たちが王室警護本部の腐敗を暴き、ダイアナ妃へのテロに対応する警察ミステリーに、宿敵・マイルズとの知恵比べが加えられた、盛り沢山なサスペンス作品である。
王室の権威を笠に専横を続ける王室警護本部の腐敗を探れとの命を受けたウォーイックは腹心の部下たちを潜入させ、あの手この手で証拠を集めて行く。また、前作からメンバーに加わった元囮捜査官・ロスはダイアナ妃の専属警護官に任命され、奔放な妃の言動に振り回されることになる。さらに、ウォーウィックとロスが刑務所に連れ戻した詐欺師・フォークナーは悪徳弁護士・ワトソンと再び手を結び、それぞれの思惑を実現するために騙し合いと神経戦を仕掛けて来た。
という、微妙に絡まる3つの物語が破綻なく、並行して展開されるのだから面白くない訳がない。さらに、その構成の緻密さ、細部のリアリティはとても82歳の作品とは思えず、老大家の創作力に脱帽するしかない。
シリーズものなので1作目から読むのがベストだが、各作品ごとに完結する物語なので、本作から読み始めても十分に楽しめる。イギリス警察ミステリーの王道を行く作品として、どなたにもオススメしたい。
狙われた英国の薔薇 ロンドン警視庁王室警護本部 (ハーパーBOOKS)
No.515: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

警察ミステリーであり、国際陰謀ものであり、恋愛小説でもある

2022年のエドガー賞最優秀長編賞を獲得した、ハワイ在住弁護士の本邦初訳作。1941年から45年にかけての激動のハワイ、香港、日本を舞台にしたダイナミックなサスペンス・ミステリーである。
1941年11月、ホノルル警察の刑事・マグレディは白人男性と日本人女性が惨殺された事件の現場に赴いた。異様な状況に息を呑む間もなく、不審な男と遭遇し射殺した。さらに被害者の男性が米海軍提督の甥であることが判明し、警察上層部、州知事、地元有力者からプレッシャーをかけられる事態となった。地道な警察捜査で相棒のボール刑事とマグレディは、有力容疑者・スミスを割り出したのだが、すでにスミスはマニラ、香港方面に高飛びした後だった。後を追うマグレディは途中のウェーク島でもスミスの犯行を突き止め、香港で追い付いたのだがスミスの計略で香港警察に留置されてしまった。しかも、その日、真珠湾攻撃が行われ、香港は日本軍に占領され、マグレディは日本へと移送される…。
猟奇的殺人の犯人を追う警察小説で始まって、途中からは太平洋戦争時の香港や日本、アメリカを舞台にした国際陰謀ミステリーに展開し、最後は熱烈な純愛物語で締めくくられる。その大きく三つの物語のバランスが良く、各部の連続性もしっかりしているので読み応えがあり、満足感が高い大河ミステリーとなっている。まさにエドガー賞にふさわしい傑作である。
好みのミステリー・ジャンルを問わず楽しめる傑作として多くの方にオススメしたい。
真珠湾の冬 (ハヤカワ・ミステリ)
ジェイムズ・ケストレル真珠湾の冬 についてのレビュー
No.514: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

凝った構成だが、読みやすくて面白い!

テレビ脚本家出身の著者によるミステリー・デビュー作。女子高校生失踪事件をめぐるテレビ業界と地元の大騒動を関係者のインタビューだけで構成した、意欲的なサスペンス・ミステリーである。
2013年にメリーランド州の小さな町で発生し、全米を沸騰させた16歳の女子高校生失踪事件の真相は何か。10年後、作者(ダニエル・スウェレン=ベッカー)は事件関係者26人の証言を集めて事件の全体像を明らかにしようとするというのが、物語の構成。全編、短いインタビューを並べて行くことで、徐々に事件の様相が変化し、事件報道に熱狂する当時の世相の狂気を炙り出すのに成功している。
暴力と恐怖が主題の犯罪実話ものは昔からアメリカでは人気ジャンルだが、活字文化からテレビ、ネットの社会になって、その人気と影響力は高まる一方である。それは人間の本性に基づいたものではあるが、このままで良いのかという作者の問題提起は重要だ。しかし、それを抜きにしてサスペンス・ミステリーとしてのレベルが高く、一級品のエンタメ作品である。登場人物が多く、しかも人物表が無いのだがストーリーを追うのに何の問題もない。
予備知識なく、素直にストーリーを追うことをオススメする。
キル・ショー (海外文庫)
No.513:
(8pt)

何かが終わり、何かが始まり、生活は続く(非ミステリー)

元々は朗読会用に書かれた後、雑誌掲載された作品と雑誌用の連作短編、書き下ろしを集めた短編集。全13編、それぞれに味があり、ショート・ストーリー作家としての才能を感じさせる傑作エンターテイメント作品である。
中でも中年から初老に差しかかる年代の男女を描いた作品は人生の苦味や切なさが隠し味となり、展開やオチにツイストが効いていて唸らせる。
警察ミステリー、時代ミステリーの名手・佐々木譲の意外な一面が楽しめる一冊として、多くの人にオススメしたい。
降るがいい
佐々木譲降るがいい についてのレビュー
No.512: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

難事件の捜査中にカールが麻薬捜査の対象に??

デンマーク発の人気警察小説「特捜部Q」シリーズの第9作。犯人はもちろん犯行動機、犯行日時、さらには犠牲者すら不明という難事件に取り組むメンバーたちに、さらにチームの中心であるカールが麻薬事件の捜査対象になるという大惨事が降りかる疾風怒濤、ハラハラドキドキの警察ミステリーである。
60歳の誕生日に自殺した女性は32年前に車の修理店の爆発事故に巻き込まれて一人息子を亡くした母親だった。爆発時に偶然近くにいて現場に駆けつけた現殺人捜査課課長のヤコブスンは当時に抱いた不審感を思い出し、調査報告書を再読した結果、現場に食塩が残されていた事実に疑問を持ち、同じような事件がないか、特捜部Qに調査を依頼した。事件性などないと疑っていたカールだったが、調べを進めるうちに事故や自殺に見せかけた不審死が二年おきに起きている連続殺人ではないか思い始める。犯行の日時、被害者すら分からない五里霧中の捜査を続けていると、次の事件が近いうちに起きるだろうという結論に達し、特捜部Qは焦りを募らせてる。そんな折り、ヤコブソンはカールが麻薬関連事件で重要参考人になったと知らされる…。
シリーズでも屈指の難事件に加えて、カールが逮捕寸前に追い詰められるという波乱万丈の物語。読後はサスペンスとミステリーの満腹感に満たされる。デンマークのクリスマス事情やコロナ禍のデンマーク社会など背景エピソードも興味深い。シリーズは10作目で完結ということで、本作のクライマックスは強烈なクリフハンガーで終わっている。次作も必読。
シリーズ愛読者は必読!とオススメする。
特捜部Q―カールの罪状― (ハヤカワ・ミステリ)
No.511: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

久しぶりの力が入った法廷サスペンス!

リンカーン弁護士シリーズの第7作。ハラーの調査員としてボッシュも大活躍する、読み応えある法廷サスペンスである。
冤罪を訴える囚人の力強い味方との評判を得たハラーのもとには助けを求める手紙が殺到し、ハラーの調査員としてそれを選別していたボッシュはルシンダ・サンズという女性からの手紙に目をとめた。元夫である保安官補を射殺した罪に問われたルシンダは一貫して犯行を否認していたものの、発射残渣検査で陽性だったため裁判を避ける「不抗争の答弁」を選択して服役していたのだった。しかし凶器の銃が発見されていないなど不審な点があり、冤罪を確信したハラーとボッシュは調査を始めた。すると、何者かがボッシュとハラーの家に侵入し、警告を発してきた…。
結論が出ている裁判をひっくり返すためにハラーのチームが繰り出す法廷戦術は多彩かつ緻密で唸らされるのだが、それ以上に検察側の防御は固く、その壁を突破するためにハラーは捨て身の作戦を連発する。有罪か無罪か、静かなドンデン返しが繰り広げられる法廷シーンは実に力強い。日本とは全く異なる法廷の様相が極めてエキサイティングで最後まで面白く読める。さらにコナリー・ファンには見逃せないボッシュの健康状態のエピソードも印象的。ハラーのみならずボッシュ、ボッシュの娘・マディも、まだまだ主役を勤めそうである。
リンカーン弁護士シリーズ、ボッシュ・シリーズのファンには必読。法廷ミステリーのファンにも絶対のオススメだ。
復活の歩み リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)
No.510:
(8pt)

マンネリ感は否めないが、十分に面白い

リンカーン・ライム・シリーズの第16作。ライムを殺すためにニューヨークに戻ってきた宿敵・ウォッチメイカーと最後の戦いを繰り広げる、おなじみのドンデン返しミステリーである。
N.Y.の高層ビル建築現場で大型クレーンが倒れ、複数の死傷者が出た。単なる事故かと思われたが、ネット上に市当局に宛てた脅迫状が公開され、24時間以内に要求が容れられなければ次々とクレーンを倒すという。市民の安全を憂慮した市長はライムに捜査を要請、ライムが率いるおなじみのチームは脅迫の裏に宿敵・ウォッチメイカーがいることを突き止めた。しかも、ウォッチメイカーがN.Y.に戻ってきたのはライムを殺す目的だったことを知る。こうして二人の頭脳戦が始まった…。
大型クレーンを倒壊させるという、恐怖感を煽るアイデアが秀逸。だが、事件全体の構図というか、ウォッチメイカーによる犯行計画がぶっ飛んでいるし、当然、それを防ぐライムの計略も凄すぎてリアリティが乏しい。それでも次々に繰り広げられるドンデン返しはいつも通りで、最後まで面白く読める。
マンネリ感は否めないが、安定のディーヴァー節が好きという方にオススメする。
ウォッチメイカーの罠
No.509: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

表紙のイメージとは異なり、骨太の戦争エンタメ作品だ

著者のデビュー作にして2021年のアガサ・クリスティー賞受賞作。選考委員全員が満点をつけたという高評価も納得の傑作戦争エンタメ作品である。
1942年、モスクワ郊外の小さな農村に侵攻してきたドイツ軍に目の前で母親や村民を皆殺しにされた18歳の少女・セラフィマは自らも殺される寸前、赤軍兵士に助けられた。赤軍部隊を率いていたのが元狙撃兵で狙撃訓練学校長のイリーナで、虚脱状態のセラフィマを「戦いたいか、死にたいか」と一喝し、母の遺体もろとも村全体を焼き尽くした。ドイツ軍はもちろんイリーナにも復讐心を抱いたセラフィマは誘われるままに訓練学校に入り、一流の狙撃兵になることを決意する。同じように家族を失った同年代の少女たちと共に厳しい訓練を経て、イリーナをリーダーにした女性だけの狙撃小隊を構成し、祖国防衛戦争の最激戦地となったスターリングラードに派遣された…。
18歳の少女が辣腕の狙撃兵に作り上げられ、独ソ戦終結までを戦い抜く冒険と成長というのが物語の骨格で、そこに祖国愛、敵に対する憎悪の深さ、さらに敵味方を超えた戦争の悲惨さ、戦場で露わになる性差別が重ねられ、重厚で斬新な戦争小説が出来上がっている。主人公たちの心理描写、アクションシーン、歴史の流れの解説も適切で500ページ近い長編ながら読みやすい。
戦争小説、冒険アクション、成長物語のファンに、表紙のイラストに惑わされることなく手に取ることをオススメする。
同志少女よ、敵を撃て (ハヤカワ文庫JA)
逢坂冬馬同志少女よ、敵を撃て についてのレビュー