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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数558

全558件 1~20 1/28ページ

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No.558:
(8pt)

暴力シーンを始め、全てに力が入ったデビュー作。

先行して邦訳された3作品がいずれも好評を博し、日本でも日の目を見ることになったコスビーの長編ビュー作。前3作同様、ヴァージニア州を舞台に黒人青年が町の腐敗を暴く「サザン・ノワール」である。
自らの粗暴な行動が原因で保安官事務所を追われ、葬儀社に勤めるネイサンを二人の老婦人が訪ねてきた。彼女たちが属する教会の牧師が自宅で死体で発見され、銃による自殺とされたのだが納得できないので調査してくれという。過去の因縁から気が進まないネイサンだったが、調べを進めると多くの信者を集め隆盛を誇っていた教会には隠された裏の顔があることがわかってきた。その闇は深く大きく、黒人が口を出すことを嫌う保安官事務所や白人社会からの妨害を受けながら、ネイサンは孤独な戦いを貫こうとする…。
これまでの3作の同じく、南部の田舎町の人種差別を通奏低音にキリスト教の頑迷さとも徹底的に戦うストーリーは緊迫感がみなぎっている。さらに容赦ない暴力シーンが重ねられ、全編を通して作者の若さと意気込みが表れている。ところどころに挿入されるジョークやワイズクラックにも硬さが感じられるのはご愛嬌。
コスビー・ファンは必読、現代ノワールのファンにもオススメしたい傑作エンターテイメントである。
闇より暗き我が祈り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
S・A・コスビー闇より暗き我が祈り についてのレビュー
No.557: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ラストシーンまで、ハードボイルドに徹底した傑作。

1985年、著者初期の力作。日本にハードボイルドを定着させた傑作エンターテイメント作である。
ただひたすら友のために体を張って突っ走る、主人公の命懸けの言動がダイナミックでインパクトがある。ヤクザ映画や西部劇に源流を持つ、日本のハードボイルドの姿がくっきり見て取れる。
何も考えずに読書を楽しむことをオススメする。
友よ、静かに瞑れ (角川文庫 (6000))
北方謙三友よ、静かに瞑れ についてのレビュー
No.556:
(8pt)

とんでもなく読みづらいが、読む価値あり!

1984から85年まで、一年に渡って継続されたイギリスの炭鉱ストライキを真正面から取り上げたノワール・フィクション。独特の文体で読みづらいことこの上ないが、読み通せばサッチャリズムと新自由主義の残酷さが身体感覚で分かる力強い作品である。
サッチャー政権の炭鉱閉鎖政策に反対し、全国炭鉱労働者組合が始めたストライキは全国的な支持を集めたのだが、警察ばかりか軍隊まで動員した暴力的弾圧、卑劣な労働者分断作戦により徐々に弱体化し、炭鉱労働者側の敗北に終わった。その一部始終を労組、政権の主要人物を中心に時系列で解いていくストーリーはさながらシェイクスピア劇のごとくドラマチックである。特に政権の裏仕事を担う「ユダヤ人」の暗躍、ストに参加した末端労働者の苦悩は鬼気迫るものがある。
サッチャーを崇拝する高市政権がいかに危険か、これを読めば納得できるだろう。オススメだ。
GB84 上
デイヴィッド・ピースGB84 についてのレビュー
No.555:
(8pt)

さらにさらに過激になるから面白い。ミロ・シリーズの頂点か。

「村野ミロ」シリーズの第5作。40歳を目前に、これまでのしがらみばかりか自分の命までも断ち切ろうとするミロの激しい生き方が爆発するノワール・サスペンスである。
本気で愛し、それでも裏切りを許せず刑務所送りにした成瀬は10年の刑に服していた。成瀬の心に自分はどう刻まれているのか、それを知るためにひたすら出所を待っていたのだが、成瀬は獄中で自殺していた。さらに義父・村野善三が、それを知りながらミロには黙っていたことが判明した。この裏切りに激怒したミロは探偵を辞め、新宿を引き払い、善三を殺すために小樽へと向かう…。
40歳になっても一向に大人になれないミロの熱さが凄まじい。義父・善三の死を招いたことで善三の内妻や旧友のヤクザに追われ、行き場を失ったミロは韓国に逃亡し、そこでもヤクザに追われる身になる。八方塞がりをどう突破するか、型破りな戦術が激しい摩擦を引き起こし、ミロはさらに過激に、さらに遠くへ行こうとする。そして最後、ミロの人生に大きなターニングポイントが訪れる。ひょっとするとシリーズの頂点になりそうな力作だ。
シリーズ愛読者には絶賛してオススメする。
ダーク (上) (講談社文庫)
桐野夏生ダーク についてのレビュー
No.554: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

第二部から俄然、面白くなる!

2022年にN.Y.Timesのベストセラーリスト1位に輝き、すでに映画化されているという話題作。十年間の刑務所生活から仮釈放で出てきたミリーがやっと見つけたハウスメイドの仕事だったが、豪邸に暮らすその家族はどこかおかしかった。そしてミリーが一家の秘密を知ったとき…という不気味なミステリー・サスペンスである。
雇い主のニーナは情緒不安定なサイコパス? 一人娘のセシリアは手に負えないわがまま娘、そんな二人に挟まれながら主人のアンドリューは家族思いで穏やか、理想的な夫・父親だった。アンドリューがなぜ、こんな家庭に暮らせるのか? ミリーは徐々に一家の秘密に触れ、思いもよらぬ家族関係に驚愕する…。
第一部はミリー視点での一家の暮らしぶりが描かれ、ニーナやセシリアの滅茶苦茶な振る舞いに苦笑、嘆息するばかりでやや退屈。しかし、ニーナ視点で語られる第二部になると全てが逆転する、とんでもない関係が明らかになり、一気にサスペンスが盛り上がる。この構成の妙は素晴らしい。
舞台は一家の周辺に限られているし、主要登場人物は五人だけなのでどんでん返しにも読み筋を見失うことがない。翻訳ミステリーが苦手という方にもオススメしたい傑作エンタメである
ハウスメイド (ハヤカワ・ミステリ文庫)
フリーダ・マクファデンハウスメイド についてのレビュー
No.553: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

いろいろ詰め込み過ぎだが、物語の構成は上手い

弁護士出身の米国若手作家の本邦初訳(おそらく)。焦げた料理、血まみれの靴を残して実家から姿を消した母を探すうちに母にも、父にも隠された一面があることを知った娘が真相を探り出す親娘の物語である。
大学生のクレオが母に呼び出されて実家に帰ると、そこに母の姿はなく、レンジでは鍋が焦げつき、血まみれの靴の片方、割れたグラスの破片が残されていた。潔癖で几帳面な母には考えられない事態にクレオは事件を疑い、母の勤務する弁護士事務所を訪ねて事情を探ろうとする。映画制作者の父とは円満で仕事面でも敏腕弁護士として活躍していた母だったが、調べるうちに母が語っていなかったことや嘘が判明し、父と母の関係も離婚寸前であることが分かってきた。一方、クレオも干渉が過ぎる母に対する反発から母には言えない秘密を抱えていたのだった…。
オープニングは典型的なワイダニット、フーダニットだが、親娘それぞれの秘密や嘘が徐々に露わになり吸ったもんだの挙句、最後は親娘の和解へと流れて行く。薬害訴訟、SNSの弊害、壊れやすい夫婦関係など途中に挟まれるエピソードが多過ぎて、物語の本筋に集中しきれないところはあるものの、エンディングまで上手に繋げているので読後感は悪くない。
謎解きというより現代の親子関係のねじれを垣間見るファミリー・ストーリーとして読むことをオススメする。
母の嘘、娘の秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.552: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

還暦を迎えたミロに会えるとは!

「村野ミロ」シリーズの第6作。前作「ダーク」から20年以上の時を経て還暦を迎えたミロが最後に愛した男や仇敵たちと、断ち切れないしがらみに終焉をもたらそうとするノワール・サスペンスである。
愛する男・ジンホが服役したことに加え、命に代えても守りたい一人息子を育てるために沖縄に移住したミロ。過去の全ての縁を切り、ひたすら子どもの安全を守って生きてきたのだが、還暦を迎える頃、刑期を終えたジンホが出所することになり、一緒に暮らすことを夢見て、その準備に勤しんでいた。健康な青年に成長したハルオは医学生でほぼ自立して生きられるだろうと安心していたのだが、突然、ハルオが刑務所のジンホに面会したことから、かつての仇敵たちに身元がバレ、親子二人の身辺に危険が迫ってきた…。
20年以上が過ぎ、ミロも還暦だというのに、やっぱりミロはミロ。生き抜くためにはどんな戦いにも怯まない。その壮絶な生き様を何の躊躇もなく描いていく桐野節も絶好調。読み始めるとあっという間にミロの世界に引き込まれて行く。女性が主人公のハードボイルドは、やはり桐野夏生が第一人者だと再認識した。
シリーズ愛読者には文句なしのオススメ。ハードボイル・ファンにも必読とオススメする。
ダークネス
桐野夏生ダークネス についてのレビュー
No.551: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

発端のグロテスクさとエンディングの新しい朝の対比が見事!

米国では一定の評価を受けているが、日本ではパッとしないマイクル・コリータ(A.ジョリー主演の「モンタナの目撃者」の原作者)の久しぶりの邦訳。カナダ国境に接する寂れた小さな島で起きた大量殺人とその背景にある社会不安を描いたハードボイルド・サスペンスである。
小型ボートに乗っていたイズレルが漂流する大型クルーザーに乗り込むと、船内は血まみれで7人の男が惨殺されていた。第一発見者になったイズレルは15年前に父親を殺害し、15年の刑を終えたばかりという過去があったため犯人視される。同じ頃、隣の島では父親から虐待されている12歳のライマンが密かに隠れ家にしていた廃屋で、大きな傷を負った若い女性を見つけた。女性は手斧を持ち、ライマンに気を許そうとしなかったが、ライマンは食べ物や薬を届けて心を開かせようとする。そんなライマンの行動を怪しんだ父親が、ある日、息子の嘘に気が付いた。イズレル、ライマン、傷付いた女性の3人それぞれが陥った苦境が明らかになるにつれ、犯行の裏にある醜悪な構造が暴かれて行く…。
落ち着いた語り口で凄惨な物語が繰り広げられる、緊張感のあるサスペンス。三人三様のハードボイルドな生き方が感動を誘う。ストーリーが進むごとに新たな衝撃が登場するので、何も前知識なしで読むことをオススメする。
穢れなき者へ
マイクル・コリータ穢れなき者へ についてのレビュー
No.550: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

おどろおどろしくない猟奇ミステリー。

イギリスの売れっ子脚本家の小説デビュー作。都会に疲れた女性刑事が自分を立て直すために田舎に帰り、地元警察の一員として事件捜査に活躍する警察ミステリーである。
英国南西部の牧歌的な村で、裸で椅子に縛り付けられ、頭に鹿の角を付けられた死体が発見された。被害者は愛想が良くて人気者のジムという村のパブの店主。被害者と死体の異様さに誰もが驚いたこの難事件を捜査するのはリバプールから家族ぐるみで戻ってきた女性刑事のニコラで、転職時に聞かされていたのとは大違いのオフィス、人員、予算不足に悩みながら我武者羅に真相究明に突き進んで行く。それを助けるのがあまり期待されてなかった部下と、思いがけない証言者という、いわばお約束の物語構成だが、話の展開が早く、人物のキャラが明確なので最後まで飽きることがない。死体の猟奇的な姿とは裏腹に物語全体が柔らかい雰囲気なのは、代々住み続ける村人の気質や風光明媚な村が舞台だからだろう。また、ニコラを中心とした家族の愛情と葛藤というヒューマン・ドラマの側面も面白い。殺人の動機や謎解きに多少甘さがあるが、欠点と呼ぶほどではない。
読みやすく楽しめる警察ミステリーとして、どなたにもオススメできる。
ホワイトハートの殺人 (ハーパーBOOKS)
クリス・チブナルホワイトハートの殺人 についてのレビュー
No.549: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

分かりやすく読みやすい、エンタメの理想だな

今、フランスで一番売れているというミュッソの2022年の作品。コロナ禍の混乱に乗じて謀られた殺人を、被害者の17歳の娘と元警視の珍コンビが調査・解明するバディ・ミステリーである。
持病の心臓発作で緊急搬送され入院中の元パリ警視庁警視・マティアスの病室に現れた17歳の医学部生・ルイーズ。患者の慰問のためにボランティアで演奏活動をしていると言いながら、マティアスに「元ダンサーだった母・ステラの死を調査してもらいたい」と依頼してきた。気乗りしないマティアスだったが、ルイーズから渡された資料を読むうちに、事故か自殺で処理されたステラの死に不可解な点があることに気付き、生来の刑事魂を刺激された…。
17歳の女子医学生と持病を抱える退職刑事の異色コンビが衝突しながら協力して事件の謎を解くバディもので、利発な少女と頑固な刑事という定型的パターンで物語は進むのだが、途中で犯人視点のエピソードが加わり、そこからは一気読みの展開になる。ミュッソ作品にしては構成がシンプルで主要人物のキャラも立っているため読みやすい。文庫で300ページを切る短さも良い。
あまり深く考えずにミステリーを楽しみたい方にオススメする。
アンジェリック (集英社文庫)
ギヨーム・ミュッソアンジェリック についてのレビュー
No.548: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

嘘と正義の狭間に、人生はある。

著者の江戸川乱歩賞受賞後の第一作。通訳捜査官という珍しい警察官を主人公に正義のための嘘は許されるのかを問う、警察ミステリーである。
新宿署で唯一の中国語通訳捜査官の七崎は、歌舞伎町で起きた中国人殺害現場から逃走した少年が着ていたジャンパーと酷似し、血が付いているものを息子の部屋で発見し、戦慄する。さらに、息子がネットで知り合った仲間と中国人狩りを繰り返していた証拠も見つけてしまった。犯人は息子なのか、動揺した七崎は誰にも相談できず、ひとりで真相を探ろうとする。しかも、通訳として取り調べに立ち会った際、捜査の目が息子たちに向かないように中国人証人の証言を曲げて通訳してしまったため、さらに窮地に陥った。自縄自縛状態で孤独な捜査を進めた七崎は事件の背後に外国人研修生制度の闇があることを突き止めたのだが、凶暴な闇組織に一人で立ち向かうことになる…。
通訳捜査官という存在を初めて知ったが、この職業自体が正義と捜査の間で苦しむ定めだということがよく分かる。さらに、家族を守るために咄嗟に吐いた嘘に縛られ、正義を求めながら嘘を重ねてゆく主人公の苦悩が重いリアリティを持って迫ってくる。警察捜査ミステリーとしての構成も素晴らしい。
単純な善悪で終わらせない、読み応えある社会派ミステリーとして多くの方にオススメする。
叛徒 (講談社文庫)
下村敦史叛徒 についてのレビュー
No.547: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

レナードの初めてミステリー。本邦初訳。

ウェスタンものでデビューしたレナードが1969年に初めて書いた現代物ミステリー。本邦初訳でようやく読める喜びを感じさせる「レナード・タッチ」のクライム・ノベルである。
元野球選手で流れ者の農園労働者のジャック、農園主に囲われているハイティーンのナンシー、リゾートヴィレッジの経営者で町の判事でもあるマジェスティックの三人が出会い、行き当たりばったりに小さな悪事や騙し合いを重ねて行くストーリーは、多少のテンポの悪さはあるもののレナード・タッチの萌芽を感じさせる。大きな犯罪物語ではなく、いかにも小悪人がやらかしそうなエピソードの連打で最後まで飽きさせない。
記念碑的作品としてレナードファンは必読。現代ノワールのファンにも期待に違わぬ面白さでオススメできる。
ビッグ・バウンス
エルモア・レナードビッグ・バウンス についてのレビュー
No.546: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今、問い直す「中ピ連」の功罪(非ミステリー)

1970年代、ピンク・ヘルメットと過激な抗議活動で話題を呼んだ「中ピ連」。日本のウーマンリブの一潮流を作り出したこの組織のリーダーの真の姿を、周囲の人物へのインタビューから描き出そうとした意欲作。あえてピエロになって社会の壁を突き破ろうとした先駆者の蛮勇に敬意を払いつつ、時代から先走りすぎた者の悲しさをも容赦無く暴いていく。
半世紀以上経った今、中ピ連の成果は受け継がれているのだろうか? 国家や家や家族が女性の体を縛る状態は、多少なりとも改善されているのだろうか?
問題意識を喚起される作品である。
オパールの炎 (単行本)
桐野夏生オパールの炎 についてのレビュー
No.545: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

高齢化時代にぴったり。成年後見制度の裏と表を追究。

控訴審で逆転無罪を喰らった高検検事が、自分は間違ったのか、運悪くひねくれ者の裁判長に当たってしまったのか苦悩し、事件の裏側を探る事件捜査が一方にあり、他方に念願の医学部入試を突破したのだが成年後見制度が壁になり入学金が払えないという若者のトラブルが置かれる。一見、無関係な二つのストーリーが人物関係が分かってくるとともに、二重三重に繋がっていく展開は見事。サブストーリーのヤクザの跡目争いも巧みに組み込まれ、良質なリーガル・エンタメ・ミステリーに仕上がっている。
終活で話題になる成年後見制度の落とし穴がくっきり見えてきて深く考えさせられた。
高齢者はもちろん、家族に高齢者がいる方々にもオススメしたい。
法の雨 (徳間文庫)
下村敦史法の雨 についてのレビュー
No.544: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人は土地に根付いて生き、そこからは逃れられない。

英米を代表する現代ミステリーの巨匠・バークのゴールド・ダガー賞受賞作。デイヴ・ロビショー刑事シリーズの第10作である。
ルイジアナの地元保安官事務所の刑事で釣り用貸しボート屋も営み、妻と養女の三人で平穏に暮らしていたロビショーを、著名なフォトジャーナリストとして活躍しているミーガンが訪ねて来た。拘置所にいる黒人男性・ブルサードが看守から虐待されているというのだ。ロビショーが調べてみると、ブルサードはFBIの情報源として使われてるらしく、FBIが捜査の邪魔をしているのではないかと疑われた。さらに、過去に起きたブルサードの妻の自殺、白人のレイプ犯への私刑、ミーガンの父親が磔で殺された事件までもが絡んでいるようだった…。
物語はかなり複雑で登場人物も多くて読みやすいとは言えないが、ストーリーははっきりしている。主人公のロビショーのキャラも明快。落ち着いて読めば地味深いハードボイルドである。いつもながらアメリカ深南部の体に巻き付くようなドロドロした人間性にはうんざりするが、そこもまた読みどころである。
刑事、警察ものというよりハードボイルド・ミステリーとして読むことをオススメする。
磔の地
ジェイムズ・リー・バーク磔の地 についてのレビュー
No.543: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

冷戦期のスパイものを現代的エンタメに仕上げた傑作!

大学で諜報史を研究してきたという若き俊英の長編三作目。冷戦時代のイギリス、ロシア、アメリカ、MI6、MI5が入り乱れる諜報戦を生き抜いた伝説のエージェントが書いた暴露文書の出版を巡るスパイ・サスペンスである。
冴えない諜報史学者のマックスのもとに、MI6伝説のエージェントであるスカーレット・キングから手記の執筆の依頼が届く。もし本物であればイギリス政府はもちろん、アメリカをも巻き込んだ大変な話題作となり、映画化もされるだろう。期待に胸膨らませたマックスだが、学者として手記の真贋に疑問を持ち調査を始めた。するとマーガレットが殺害され、マックスは犯人としてMI5に追われることになる…。
とにかくストーリー展開が秀逸。第二次大戦末期から現代に至るまでのイギリス情報部の極秘作戦が圧倒的な知識で裏付けされたリアルなエピソードで明らかにされる。かつてのスパイ小説の王道を行くル・カレ、グレアム・グリーンと同じ迫真性で、しかも徹底的に良いやすさとエンタメ作品にこだわっているのだから面白くない訳がない。
古くからのスパイ小説ファンはもちろん、スパイ小説は難しくて苦手という人にこそオススメしたい傑作である。
スパイたちの遺灰 (ハーパーBOOKS)
No.542: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

強欲、狡猾、大英帝国は変わらない

2021年に亡くなったル・カレの2006年の国際陰謀ミステリー。75歳の老境にありながら少しも衰えない世界の裏を見通す眼と鍛え上げられた技巧で、資源国を食い潰すイギリスの罪深さを糾弾する熱いサスペンス・エンタメである。
コンゴでアイルランド人宣教師の父とコンゴ人の母のもとに生まれたサルヴォはイギリスの大学を卒業後、多数の言語を操る類まれな言語能力を駆使し、アフリカ関連の通訳として活躍していた。ある日、国防省役人のアンダーソンから高額の報酬で秘密会議の通訳を依頼される。会議の目的はコンゴを安定させ、豊富な鉱物資源を活用して民衆を豊かにするために民族和解を進めようというものだった。しかし、会議の通訳だけでなく、参加者の部屋に仕込んだ盗聴マイクで内密の会話を盗聴する仕掛けに加担させられたサルヴォは、会議の真の目的がコンゴの鉱物資源を略奪する国際シンジケートの陰謀であることに気付き、それを阻止するために密かに行動し始める…。
植民地から独立を果たした後に続くアフリカの混乱、それに乗じて利権を拡大する国際資本の悪辣さを、これでもかと見せつける。その怒りのエネルギーに圧倒される。東西対立が終わっても世界が平和にならないのはなぜか、国際正義の理想が脆くも崩れ行くのはなぜか。巨匠は戦うべき相手をしっかりと描写してみせた。
ル・カレの陰謀ミステリーにしては読みやすいので、ル・カレ・マニアを越えた幅広い読者にオススメしたい。
ミッション・ソング (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ル・カレミッション・ソング についてのレビュー
No.541: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

生まれながらに自律するしかなかった女の靭さ

2021年〜23年に雑誌連載された連作短編6作で紡ぐ表現者の女性の物語。アイヌ民族の誇りも悲哀も全て引き受けて生きるヒロインの靭さが感動的なヒューマン・ストーリーである。
アイヌとして生まれた赤城ミワは、アイヌの伝統を受け継ぎながら革新するデザイナー、表現者として高い評価を確立した。生まれながらに差別に晒され、にもかかわらずというか、故に民族の誇りを持ち、揺るぎない生き方を貫く。その中でミワに関わってきた人々はミワの真性を掴むことができず、幸せになったり落ち込んだり、さまざまな空回りを繰り返す…。
桜木紫乃らしい靭い女、自律する女のロールモデルがここにある。背景となるアイヌ民族問題の扱いも上手い。
桜木紫乃ファンはもちろん、女性の生きづらさ、民族差別に関心がある方にオススメする。
谷から来た女
桜木紫乃谷から来た女 についてのレビュー
No.540: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ただひたすら怒りと暴力!

ご存知、2025年度CWAインターナショナル・ダガー賞の栄誉に輝いたバイオレンス・アクション小説。
文庫で200ページほどの中編だが、そこから溢れ出る怒りと暴力は圧倒的。ここまで徹底した暴力は日本のバイオレンスものでは珍しいが、それぐらいの熱量がないと不条理な世の中に対抗できないという女性たちの怒りの表れだろう。
とにかく、読め! 読めばすぐに文句なしの面白さが分かる。
ババヤガの夜 (河出文庫 お 46-1)
王谷晶ババヤガの夜 についてのレビュー
No.539: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

冗談のはずが自業自得に。追い詰められる男の切迫感が秀逸!

パトリシア・ハイスミスの1965年の作品。1966年に邦訳されたものを同じ訳者で改訳したという珍しいケースである。
イギリスの片田舎に暮らす作家のシドニーと画家のアリシアの若夫婦。ちょっとした夫婦喧嘩からしばらく距離を置くことになり、どうせなら「あなたが私を殺して埋めた」ということにしようと意見が一致し、アリシアは家を出た。作家としてそんな状況を楽しもうと、シドニーはアリシアの死体をくるんだつもりの絨毯を森に埋め、友人・知人には妻の行方について曖昧な発言を繰り返した。アリシアの行方についてさまざまな憶測が飛び交うなか、隣人のリリバンクス夫人はシドニーが絨毯を車に積み込むのを目撃しており、夫による妻殺害の疑いを深めていた。そこにアリシアの両親が捜索願を出し、警察が本格的にアリシアを探し始めた。アリシアの行方や家出の動機の説明に辻褄が合わなくなってきたシドニーは、徐々に追い詰められて行く…。
やってもいない犯罪、冗談のはずの「妻殺しごっこ」がのっぴきならない疑惑に成長していくプロセスが面白い。特に主人公がやってもいない犯罪の罪悪感に追い詰められる心理サスペンスは迫力がある。
半世紀以上前の昔話だが今読んでも少しも古びておらず、ハイスミスの魅力を堪能できる作品として、多くの方にオススメしたい。
殺人者の烙印 (創元推理文庫)
パトリシア・ハイスミス殺人者の烙印 についてのレビュー