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iisan さんのレビュー一覧

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書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.40pt

レビュー数1359

全1359件 1~20 1/68ページ

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No.1359: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

養子に出す決断は、どこに行った?

2014年〜15年に文芸誌に連載された長編小説。生まれたばかりの子を養子として里親に紹介する特別養子縁組で繋がった二組の家族、それぞれの葛藤を描いたヒューマン・サスペンスである。
武蔵小杉のタワマンで暮らす栗原家に突然かかってきた電話は「子供を返して欲しいんです」という。返せないなら金を払えと脅迫してきた。電話してきた女が名乗った「片倉ひかり」は確かに栗原家の6歳の息子・朝斗の生みの親の名前だった。
子供が欲しくてもできなくて養子斡旋団体を頼った40代の夫婦、欲しくはなかった子供ができてしまった中学生。広島の養子斡旋団体の施設で二つの家族が出会うまでの背景が物語の中心で、誰がいいとも悪いとも、誰の罪とも言い難いシリアスなエピソードが延々と続き、かなり重い読書感である。誰も悪い人はいないようなお話になっているが、やはり一番は子供を養子に出す決断を下した片倉ひかりがあまりにも常識にかけ、脆いこと。これ、育てた親の責任なのか?
物語としては面白いが、オススメ作品というには躊躇ってしまう。
朝が来る (文春文庫 つ 18-4)
辻村深月朝が来る についてのレビュー
No.1358: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

安定の・・・

雑誌掲載の3作品に書き下ろし3作を加えた、ブラック・ショーマン・シリーズの第二作。どの作品も一捻りがあり、それなりに楽しめる。
ただ、東野圭吾作品としてはどれも小粒で物足りない。
ブラック・ショーマンと覚醒する女たち
No.1357: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

二つの家族、それぞれの親子・人種・階級対立

アメリカ生まれ中国系移民二世の女性作家の長編第二作。オハイオ州の裕福な街に紛れ込んだボヘミアンな親娘が特権階級の家族に馴染み、親密になるのだが、あまりにも親密過ぎて破綻に至る文芸ミステリーである。
クリーブランド郊外の計画都市・シェイカー・ハイツに住むリチャードソン家の貸家に芸術家を名乗るミアと15歳の娘のパールが移ってきた。パールはリチャードソン家の4人の子供と親しくなり、豪勢な暮らしに魅了されリチャードソン家に入り浸るようになる。郊外特権階級の倫理とプライドを体現する母親・エレナの采配で絵に描いたような家族を作っているリチャードソン家の異端児・末っ子のイジーは逆に自由奔放なミアに惹きつけられ、ミアの芸術活動を手伝うようになる。お互いに良い関係を築いた二家族だったが、子供たちの関係が恋愛感情でギクシャクし始めるとともに、誤解が誤解を招き、とうとうイジーが寝室6つの全てにガソリンを撒いて放火し、自分は家出してしまった。悲惨な結末に至るまでの道筋は…。
一見、豊かにあるいは自由奔放に暮らしている人々が抱える苦悩や苦い歴史、揺れる道徳感を丁寧に、情感豊かに描写し、多種多様な読み方ができる文芸作である。さらに親子、異人種間の避けられないズレをリアルに落ち着いて表現しているのも好感度が高い。
倒叙形ミステリーとしてはもちろん、現代アメリカ社会の病巣を見つめた社会派作品としてもオススメだ。
密やかな炎
セレステ・イング密やかな炎 についてのレビュー
No.1356: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

信仰の救いと狂信。一神教の呪縛の恐ろしさ。

「われら闇より天を見る」で話題を呼んだ著者の邦訳第二弾、作品としては前作の前の第2作。信仰厚い閉鎖的な田舎町で起きた15歳の少女失踪事件をメインにアメリカの宗教、倫理、抑圧、暴力の絡み合いを描き出す社会派ミステリーである。
1995年のアラバマ州の小さな町で「ごめんなさい」とだけ書き残して15歳の美少女・サマーが失踪した。警察は家出事案として取り扱うのだが、サマーの双子の妹・レインは同級生で遊び仲間のノア、パーブとともに姉を探そうとする。というのも、数年前に連続少女誘拐事件があり、犯人「鳥男」が目撃されたものの逃亡し、未解決のままだったのだ。当時から捜査にあたったブラック署長はその事件を機にアルコール依存になり、町民からは必要最低限の努力しかしないと目されていた。一方、サマーとレインの父親で暴力的なジョーは弟のトミーや仲間を集めて捜索隊を指揮し、結果を得られない日々に不満を募らせていた。そんな一触触発の町の上空に巨大な嵐雲が居座り、住民は不安と恐怖に怯え切っていた…。
行方不明の姉を探すレインと仲間たち、平穏に問題解決したいブラック署長の視点でのエピソードが交互に繰り返され、そこにサマーの独白が挿入される。そこで明らかになるのはいまだに尾を引く「鳥男」であり、抑圧的な宗教の呪縛であり、陰謀論的な悪魔騒ぎで、アメリカの宗教ベルト地帯におけるキリスト教の功罪が露わにされる。物語の展開スピードが遅く、最初は人間関係やキャラの把握に時間を要するが中途からは分かりやすくなる。
前作「われら闇より天を見る」を想定すると期待外れだが、アメリカ人の宗教と人間の理解を知るミステリーとして、一読の価値あり。
終わりなき夜に少女は
No.1355:
(8pt)

差別の多重構造に縛られながらも人を愛する少女に涙

本作を16歳で書き始め、17歳で完成させ、19歳で刊行し、史上最年少でブッカー賞にノミネートされた天才文学少女のデビュー作。オークランドの黒人街で暮らす17歳の少女がありとあらゆる差別、暴力、理不尽に翻弄されながらも強靭な復元力で生き延びるヒューマン・ドラマで、刊行後すぐにN.Y.Times紙のベストセラーに入ったのも納得の力強い作品である。
貧しい黒人街で生きる17歳のキアラ。父は病死、母は刑務所で兄のマーカスと二人で住むアパートの家賃にも事欠く綱渡り生活だった。にも関わらず、マーカスはラッパーになって大金を稼ぐ夢に取り憑かれて働かず、キアラは一人で家計を担っていた。しかし、いきなり家賃が倍増し、同じアパートに住む無責任な母親に置き去りにされた9歳のトレバーの面倒も見ることになり、追い詰められたキアラは必死に職を探すのだが高校も卒業していない17歳の少女を雇ってくれる職場はなく、やむなく売春に手を染めた。そして警察に現場を押さえられることになったのだが、警官たちはキアラを保護するどころか性的搾取をし始めたのだった…。
著者が13歳の時に遭遇した警官による黒人少女の性的搾取事件に強烈な違和感を持ち、16歳から作品化し始めたという本作。アメリカでマイノリティの少女が日々押し付けられる人種差別、性差別に対する鋭い反発に圧倒される。周囲の大人、権力者、行政からの理不尽で醜悪な攻撃はグロテスクで、読み進めるのは気軽ではない。それでも、キアラがとる行動に微かな温もりが感じられるのが救いになる。
社会派のノワール・ヒューマンドラマとして、一読をオススメする。
夜の底を歩く
レイラ・モトリー夜の底を歩く についてのレビュー
No.1354: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

思い込みを裏切る真犯人。謎解きより人間ドラマがテーマ。

好評のうちに終えた「ジミー・ペレス警部」シリーズに続く警察小説「マシュー・ヴェン警部」シリーズの第2作。本作もマシューの関係者が濃厚な関わりを持つ人物が被害者・容疑者になる地元ミステリーである。
裕福なオーナーが所有する農園の一角を借りている吹きガラス職人・イヴが自分の部屋で父親・ナイジェルが殺されているのを発見した。致命傷を負わせた凶器はイヴが作ったガラス花瓶の破片だった。ナイジェルは病院と患者のトラブル解決をサポートする組織の中心人物で、事件当時は精神が不安定な息子が自殺したのは適切な処置を怠り、早期に退院させられたからだと訴える家族の依頼で動いていたという。マシュー、ジェン、ロスのチームは明確な動機や証拠が見つからず、ひたすら関係者への聞き込みで捜査を進め、やがて自殺した青年が自殺を唆すサイトにアクセスしていたことを突き止める。そんな中、第二、第三の殺人が起き、警察も地元関係者も神経をすり減らすことになる…。
事件の動機や様態がいつ明らかにされるのか、あまりにもスローペースな展開で前半はかなり退屈。最後の謎解き、真犯人の告白もなんだか生ぬるい。580ページを越えるボリュームだがミステリー部分が三分の一、マシューをコアとする人間ドラマが三分の二だろうか。シリーズ2作目とあって、登場人物たちのキャラがよりくっきりし、人間味が感じられるようになったが読みどころか。前作と変わらず同性婚のマシューとジョナサン、どちらも「夫」となっているのには違和感を感じて読みづらい。「パートナー」とでも表現してくれればいいのにと思う。
シリーズ第一作「哀惜」から読み始めることを強くオススメする。
沈黙 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アン・クリーヴス沈黙 についてのレビュー
No.1353: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

冷めかけた渋茶のような(非ミステリー)

温くて、渋くて、味わい深い。東京の下町暮らしと国文古書趣味が融合した、好きな人にはたまらないだろうテイストの連作短編集。
国文科院生の女子大生・美希喜は大叔父が急逝したため、大叔父が神保町で営んでいた古書店を手伝うことになる。大叔父の妹で店を継いだ珊瑚さん、近所の人、常連客とのほのぼのとした交流録に、神保町のちょっとした食の話をプラス。すっきりした後味も渋茶のよう。
古本食堂 (ハルキ文庫 は 16-1)
原田ひ香古本食堂 についてのレビュー
No.1352: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

バイオレンスと謎解きがうまく融合した作品

2020〜21年に雑誌連載された長編ミステリー。警察による首なし死体事件捜査と不器用な元キックボクサーの純愛を中心に新興宗教の闇を描いた、なかなかバイオレンスなエンタメ作品である。
多摩の山中で首がない男性が発見された。死体は一刀両断、まるで斬首のように斬られており、死後運ばれて来たようだった。現場に最初に駆け付けた所轄署の鵜飼警部補は捜査本部に組み込まれ地取り捜査を担当する。町で出会った老人に誘われて餡子工場で働いていた元キックボクサー、今フリーターの潤平は新入社員の美祈に一目惚れし、付きまとううちに美祈が新興宗教「サダイの家」で集団生活をしていることを知った。被害者の身元調査からスタートした鵜飼たち警察の捜査が実を結び、首なし死体が「サダイの家」信者の脱退を助けていた弁護士であることが判明。警察と教団、元キックボクサーが絡みあう激しい闘いが始まった…。
新興宗教を巡るあれこれが想起される、面倒くさそうな物語だが、警察捜査のプロセス、恋に不器用な男の言動がしっかり抑えられているので、ちゃんとエンターテイメントとして成立している。バイオレンスとミステリーのバランスが良い作品であり、どなたにもオススメできる。
フェイクフィクション
誉田哲也フェイクフィクション についてのレビュー
No.1351: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ようやく面白くなってきたシリーズ3作目

女性刑事「ケイト・リンヴィル」シリーズの第3作。列車内の銃撃事件とサイクリング中の女性を罠に仕掛けて負傷させた事件、2つの事件で同じ銃が使われていたことから隠されていた過去の秘密が明らかになる警察ミステリーである。
敬愛するスカボロー署のケイレブ警部の要請を受け、スコットランド・ヤードを辞めてスカボロー署に移ることにしたケイト。赴任前の旅で乗った列車内で、知らない男に銃撃された女性・クセニアを助けたのだが、犯人には逃げられてしまう。事件の2日後、サイクリング中の女性教師・ソフィアが道路に仕掛けられた針金の罠で転倒し、銃撃される事件が発生。しかも2つの事件で使われた銃が同じものであることが判明した。どちらの事件もスカボロー署が担当することになったのだが、捜査の中心となるべきケイレブ警部は別の事件で失敗し停職処分を受けていた。着任前だったケイトだが行きがかり上、捜査に加わることになり、両事件の被害者クセニアとソフィアの接点を探し始めるのだが、共通点は皆目見つからない。さらに、クセニアは何かを隠しているようで捜査が停滞していたところに、ソフィアが病院からリハビリ施設へ移送中に車ごと拉致されてしまう…。
全く接点が見つからない2つの事件を解き明かしていく犯人探し、動機探しのストーリーは重苦しく、行ったり来たりの繰り返しで遅々として進まないのだが、その裏には簡単には語れない過去が隠されていて、決して退屈ではない。さらに全ての謎が解かれた時に見える人間の弱さ、醜さ、切なさは衝撃的で読者の感情を揺さぶる。ヒロインのケイトが徐々に感情表現が豊かになり人間味を増して来たのも、シリーズ愛読者には好印象を残す。
謎解き警察ミステリーとして一級品であり、シリーズファンに限らず多くの方にオススメしたい。
罪なくして 上 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク罪なくして についてのレビュー
No.1350: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

日本のハードボイルドの精華を堪能!

1989年に刊行された岡坂神策シリーズの第2弾にして、シリーズ初の長編。入院先から逃亡した麻薬中毒患者の捜索、大会社専務の行動確認、馴染みの古本屋の地上げ阻止という3つのエピソードが絡み合い、さらに腎臓移植、岡坂の女性関係が重なる、読み応えがあり過ぎるハードボイルド・サスペンスである。
それぞれに短編で楽しめそうな3つのエピソードが並行に進み、そこに主人公の恋愛が絡んできてストーリー展開が緩むことはない。しかも、ハードボイルドには欠かせないワイズクラックのレベルが高い(80年代後半としては)。
大人の洒落たエンタメ作品としては大傑作。どなたにも自信を持ってオススメする。
十字路に立つ女 (角川文庫)
逢坂剛十字路に立つ女 についてのレビュー
No.1349:
(9pt)

ダークで怖すぎるけど、読むのを止められない

アイルランドではヒット作を連発している女性作家の本邦初訳作品。悪は悪に育てられるのかを追求した、怖いけれど止められない傑作ミステリーである。
町外れの邸宅で老齢の養父と引きこもり生活を送る42歳のサリー・ダイヤモンド。彼女の記憶は7歳からで、それ以前のことは何も覚えておらず、他人と関わることは徹底的に避けて来た。ところが養父が死亡したことから状況は一変する。養父が口癖にしていた「死んだらゴミと一緒に出してくれ」を実践し敷地内のゴミ焼却炉で死体を焼くと大騒ぎになった。物事の裏を読むことができず、何でも額面通りに受け取るサリーだったが、社会に受け入れられる必要を痛感し、養父母の親友や近所の親切な人々に助けられながら必死に努力を続けた。しかし、養父が残した遺書を開くを、そこには信じがたい自分の過去が記録されていた。もう一つの物語はピーター少年の幼児期から現在までの回顧物語で、絶対的な父親に支配され、歪んだ認識のまま育ってきた悲惨な人生が淡々と語られる。そして、サリーとピーターの人生は交差し、想像を絶する悪の継承が表出する…。
目を背けたくなるエピソードが連なり、読み続けるのが重苦しいストーリーだが、一度読み始めたら止められない傑作エンタメ作品である。ミステリーの枠にとらわれず、ノワール、人間観察の物語としても読み応えあり、とオススメする。
サリー・ダイヤモンドの数奇な人生 (ハーパーBOOKS)
No.1348: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

古くて新しい家族観だが、やっぱり結論はない(非ミステリー)

初読の作家で、先入観なしに読んだ。家族とは何か、どうあるべきか。家族とはゴールなのか、どん詰まりなのか。最後の決断まで引っ張っていく物語構成は上手いと思うが、読後感はもやもやしてしまう。まあ、それが家族というものなのだろう。
家族解散まで千キロメートル
浅倉秋成家族解散まで千キロメートル についてのレビュー
No.1347: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

1枚の写真から、これだけのミステリーが生まれたとは!

法廷ミステリーの巨匠・マーゴリンが約20年ぶりに日本上陸。1枚の写真に魅入られた作家志望の女性が、その写真の謎を解こうとして10年前の未解決殺人を解明することになるサスペンス・ミステリーである。
作家を目指してN.Y.に出て来たものの小説は書けず、仕事も退屈で行き詰まっていたステイシーはたまたま目にした「夜の海辺で銃を持つ花嫁姿の女性の後ろ姿」の写真に魅入られた。誰が、どんな意図でこの写真を撮ったのか。その背景を絶対に小説化したいと決心したステイシーは会社を辞め、撮影場所であるオレゴン州の海辺の町へ飛んだ。写真が撮影されたのは10年前で、被写体の女性は富豪との結婚式の翌日に夫殺害容疑で逮捕された花嫁・メーガンだった。メーガンが持っていた銃は夫殺害の凶器と判明したのだが、本人は記憶を失ったため何も覚えていないという。
10年前の事件、その5年前の出来事、現在の進行中の調査の3つのエピソードを行き来しながら大きなドラマが語られる。一見、複雑な物語だが3つの時代がちゃんと分けられているので理解しやすい。素人探偵役のステイシー、写真を撮った元弁護士で写真家のキャシー、被写体のメーガン、3人の主役の女性のキャラクターがくっきりしているのも読みやすさにつながっている。過去と現在がつながり、悲喜劇が生まれ、謎が解明されるストーリーは法廷ものに定評ある作家らしく論理的で納得感がある。
謎解きミステリーのファンにオススメする。
銃を持つ花嫁
フィリップ・マーゴリン銃を持つ花嫁 についてのレビュー
No.1346: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

罪深きは欲望か、それとも抑圧か。

シェトランド島を舞台にした「ジミー・ペレス警部」シリーズで知られるアン・クリーヴスの新シリーズ第一弾。イギリス南西部ノース・デヴォン地方を舞台に気鋭の警部が複雑な殺人の謎を解いていく警察群像ミステリーである。
マシュー警部が初めて指揮を取る殺人事件は、最近町にやって来たホームレスのようなアルコール依存の男性が海岸で刺殺された事件だった。被害者が地元の有力者が運営する施設に関わるとともに、有力者の娘の自宅に下宿していたことが判明。さらに、その施設内に設けられたデイケア・センターでボランティア活動をしていたことも分かった。マシューは直属の部下であるジェン、ロスの二人の刑事とともに精力的に捜査を進めたのだが、事件関係者はマシューの知人ばかりだし、極めつけは施設の管理責任者がマシューのパートナーのジョナサンだったため、マシューは人情と倫理の葛藤を抱えることになる…。
誠実な若き警部の苦悩を主軸に捜査側、被害者、犯人たちの心の揺れ、人間の多面性を丁寧に描き、物語は謎解きミステリーであるとともに人間観察のドラマでもある。事件の発端から解明までブレが無い構成なので読みやすく、緊張感のある結末も納得できる。
英国警察ミステリーの王道を行く作品として、自信を持ってオススメしたい。
哀惜 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アン・クリーヴス哀惜 についてのレビュー
No.1345: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

弱者が弱者を傷つけて優位性を獲得する格差社会の悲惨なリアル

1年半ほど前にネグレクトを疑った児童相談所から逃げ、二人の男児を連れて寝場所を提供してくれる男のもとを転々としてきた32歳の亜紀。現在はホスト崩れの北斗の家に転がり込み、12歳の優真と4歳の篤人はほったらかしで遊び歩いて家に帰らない日々だった。学校には行かせてもらえず、空腹に耐えかねた優真がコンビニで「捨てる弁当をください」と頼み店主の目加田と面識を得たことから事態は大きく変貌していった。
児童保護所を経て目加田の里子となった優真は普通の小学生、中学生の生活を始めたのだが、生育過程で全く社会性を身に付けられなかったため周囲にうまく馴染めず、社会からはぶかれたコンプレックスを抱くようになる。自分の内面を言語化できず、他者の目で評価する基準も持たない優真の行動は空回りするばかりで、社会適応の努力は優真を更に苦しめるのだった…。
ネグレクト、貧困、性差別、経済的格差から生じる情報格差、共同体支配の過酷さと脆さなど、ここには今の日本の分断の実相が露わに語られている。重いテーマと絶望的なストーリーだが、さすがに超一流のストーリーテラー・桐野夏生だけあってとても読みやすい。
読めばきっと何かを突き付けられる怖さはあるが、ぜひ一読をオススメしたい。
砂に埋もれる犬
桐野夏生砂に埋もれる犬 についてのレビュー
No.1344: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

落ちこぼれ青年がヒーローに生まれ変わる成長物語

2019年の翻訳ミステリー大賞を受賞した「11月に去りし者」から5年ぶりの新刊。最低賃金の仕事でダラダラ暮らしている若者が、ふと見かけた虐待の跡が残る幼い姉弟を救うために奮闘する青春ハードボイルドである。
ディズニーのまがいものの遊園地で最低賃金の仕事に就き、友人とマリファナを吸って日々を過ごしている23歳の負け犬・ハードリーは、市役所の窓口で並んでいる時に、足にタバコの火傷の痕が残る幼い姉と弟を見かけた。気になったハードリーは児童保護サービスに伝えるのだが、彼らの反応は鈍く、ほとんど動こうとしない。役人の怠慢にうんざりしたものの、そのまま見過ごせないと思ったハードリーは自分で調査を開始する。姉弟の母親の名前を探り出し、高級住宅地にある家を突き止め、弁護士である父親がDVを行っているのではないかと結論つけた…。
落ちこぼれの23歳の若者が不幸な親子を助け出すヒーローに成長する素人探偵ストーリーだが、王道のP.I.ものとは異なって、主役が頼りないのが読みどころ。さらに主人公を助ける周囲の人物たちがそれぞれに個性的で魅力的。特に前半はコミカルなエピソード続きでユーモア小説風なのだが、終盤になると一気にサスペンスフルになる展開の妙が上手い。物語の幕引きはやや唐突で、賛否両論あるだろうがインパクト大である。
現代を感じさせる、軽めのハードボイルド好きの方にオススメする。
7月のダークライド (ハーパーBOOKS)
ルー・バーニー7月のダークライド についてのレビュー
No.1343: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

震災は想定外だが、人生は選択の積み重ね。想定外はない。

2023〜24年に週刊誌連載された長編小説。東日本大震災に見舞われた東北を舞台に、自然災害と殺人事件を重ねて人生とは何かを問うヒューマン・サスペンスである。
大震災から2週間後、岩手県の小学校体育館に立てこもった22歳の真柴は一般人と警官、2名を殺害し逃亡中だった。真柴は体育館に避難していた被災者たちと、それとは別に男児を人質にとっており、未曾有の災害による混乱に殺人犯の逃亡という不安が重なることを嫌った警察上層部は警視庁SATを派遣し、事件の早期解決を決断した。
真柴が殺人犯として逃亡することになった経緯を中心に、地元署の警部補・陣内をはじめとする被災者のそれぞれのドラマを絡め、濃厚な人間ドラマが展開されるストーリーは力強く、ページを捲る手が止まらない。なぜこんなことが起きたのか、あの時、別の選択をしていたらどうなったのか、大災害の前では人間は無力なのか。災害を生き延びた者、親族を亡くした者、様々な人物像に感情移入してしまう吸引力がある作品である。
震災の被害の有無に関わらず何かしら心に響く傑作であり、多くの方にオススメしたい。
逃亡者は北へ向かう
柚月裕子逃亡者は北へ向かう についてのレビュー
No.1342: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

夢を追う自分に酔った小心者の生涯(非ミステリー)

2023〜25年に週刊誌に連載された長編小説。「こんなものじゃない」はずの自分に取り憑かれ、夢を追い続けた昭和男の波瀾万丈の生き様を描いたヒューマン・ドラマである。
桜木作品には珍しく男(著者の父親がモデル)が主人公で、遠慮のない筆致が快い。夢を追う男の身勝手と、それに振り回されながらも妙な納得を納めている女たちの人間模様は、著者曰く「生きることは滑稽」を体現している。人間の馬鹿さ加減と人間らしさは表裏一体、他人が簡単に評価できるものではないと教えてくれる。
読めば誰もが、登場人物の誰かに感情移入してしまう傑作であり、多くの人にオススメしたい。
人生劇場
桜木紫乃人生劇場 についてのレビュー
No.1341: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

映画への憧れが詰まったノスタルジー・ミステリー

2023年〜24年の文芸誌連載の加筆、改題作品。幻の作品と思われた映画のフィルムが発見されたのきっかけに、定年退職した老人が自分も関わった50年前のベルリン映画祭での出来事を回顧し、人探しをするノスタルジックな人探しドラマである。
大前提として映画好きであること、時代に翻弄される人生に共感できることが、本作を楽しむ条件となる。突然現れた若い女性から「あなたは、わたしの祖父ですか?」と始まる、現代での人探しと、それをきっかけに1976年のベルリンでの人間模様を紐解いていく過去のヒューマンドラマが交互に語られていく構成で、ミステリー的要素は最後の種明かし部分だけ。
ミステリーを期待すると肩透かしだが、主人公と同年代で歴史的背景をすんなり理解できる人には、ノスタルジックな青春物語としておススメできる。
遥かな夏に
佐々木譲遥かな夏に についてのレビュー
No.1340: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

「二度と人を殺さない」と誓った暗殺者????

AA(アルコホーリック・アノニマス)ならぬAA(アサシンズ・アノニマス」に通い、不殺の誓いを立てた世界最高の暗殺者が命を狙われ、ニューヨーク、シンガポール、ロンドンと逃げ回りながら襲撃をかわして行く、なんとも不思議でもどかしい設定のアクション・サスペンスである。
オーソドックスな暗殺者ものであれば、いかに鮮やかなテクニックを駆使してターゲットに接近し目的を遂げるか、あるいは襲い来る敵に反撃するかが読みどころだが、本作は「絶対に相手を殺さない」誓いという手枷足枷があるため、殺意を持って襲ってきた敵を殺さないで倒すという、不可能に近いアクションが最大のポイント。しかも、世界一の暗殺者として成功してきたため殺すことの快感を知っており、本能的な殺害衝動が身に付いているという厄介なキャラクター設定で、読む側の予測を裏切り続ける展開が連続する。なかなかスムーズに読み進められない奇想天外な構想で、読者を翻弄するのが読みどころではある。
色々ひねり過ぎの感もあるが、これまでにないユニークな暗殺者ものとして一読の価値ありと、おススメする。
暗殺依存症 (ハヤカワ・ミステリ)
ロブ・ハート暗殺依存症 についてのレビュー