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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1359件
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ベテランのコミックライターの長編デビュー作で、各種ミステリー賞の最終候補になった作品。5人目を妊娠中の元FBIプロファイラーと落ち目の記者が平和な郊外の街で起きた殺人事件と、その裏に隠されていた人種差別の闇を暴く、コミカルな謎解きミステリーである。
N.Y.通勤圏の小さな街のガソリンスタンドで経営者一族のインド人青年が銃殺された。たまたま現場に出くわしたのが、元FBIの優秀なプロファイラーで現在は5人目の子供が妊娠8ヶ月という主婦のアンドレアで、末っ子にトイレを使わせるために立ち寄ったのだが鍵が掛かっていて使えず、子供がおしっこをぶちまけてしまった。ひと騒ぎの後、素早く現場を立ち去ったアンドレアだったが、事件に関する警察の発表が自分が見た証拠と違っていることに疑問と興味を持ち、真相を調べようとする。一方、大学生の時にピュリッツァー賞を受賞し将来を嘱望されたのだが、今では小さな地方新聞の記者でくすぶっているケニーは、事件の被害者家族を取材した感触から警察発表には隠された部分があり、再び脚光を浴びる特ダネになるのではと直感し、精力的に取材を進めることにする。ユダヤ系のアンドレアと中国系のケニーだが、二人は同じコミュニティで育ち、ケニーがアンドレアに振られた過去があった。偶然、同じ事件を調べていることが分かった二人は、互いの目的は異なるものの情報交換して調査を進めることを約束した。そんな二人が行き着いたのは、かつては白人ばかりだったのだが今では人種が混在し、表面的には平和な暮らしが営まれている街に、今なおはびこる人種差別の歴史だった。 ミステリーの本筋は人種差別に基づく犯人、動機探しで、格別目新しくはない。だが、人種も性格も境遇もバラバラで対照的な二人のバディものというのがユニーク。さらに、さまざまなエピソード、登場人物たちの言動もとぼけたユーモアたっぷりで楽しめる。 軽い読み味のミステリーを好む方にオススメする。 |
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8050問題をベースに、時代に翻弄される孤独な魂の切なさを描いた社会派ミステリーである。
公園でホームレスの老女が殺害され、燃やされた。その場で逮捕された犯人・草鹿秀郎は18年間の引きこもり生活を送ってきた中年男で、自宅で父親を殺害したと供述した。身勝手極まりない犯罪で、極刑を課して世間の納得を得るための証拠固めとしてホームレス老女の身元確認を担当することになった刑事・奥貫綾乃だが、自分と同年代の草鹿がなぜ、ここまで残虐な事件を起こしたのか、今一つ納得が行かなかった。川底に沈んだ凶器を探すような手探りの捜査でホームレスの身元を調べて行くと、被害者と犯人が思いもよらぬ因縁で繋がった。 犯人が孤独な魂を抱き抱えて生きる引きこもりで、さらに担当刑事も我が子を愛せなかった過去のトラウマに引き摺られて生きる孤独な中年女性という、二人の主役の人物像とそれぞれの魂の軌跡が交わってくるところが面白い。大きな社会問題となっている8050問題、その背景に何があるのか、何があったのか、自己責任の話ではないことがリアリティを持って伝わってくる。重い課題の作品だが、事件の真相を解明するミステリーの部分もよく出来ていて読みやすい。 社会派ミステリーのファンにオススメする。 |
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エスケンスの邦訳第4弾。ボーディ・サンデンが主役となる作品では2作目で、ボーディという人格が形成される高校生時代を描いた青春ミステリーである。
1976年、ミズーリ州の田舎町で母と二人で暮らす15歳の高校生のボーディ。通い始めた高校には馴染めず、親しい友達もなく、16歳になったらこの町から脱出するという夢だけが頼りという日々だった。ある日、上級生のジャーヴィスたちが学校で唯一の黒人生徒であるダイアナに嫌がらせをしようとしたのを阻止したことから、ボーディはジャーヴィスたちに目をつけられてしまった。ジャーヴィスたちの襲撃を何とか逃げ切って帰宅したボーディが信頼する隣人・ホークを訪ねると、そこに保安官がやって来た。二週間ほど前に失踪した黒人女性の捜査の一環で、かつてホークはその女性を雇っていたことがあるのだという。町を騒がせす事件にホークが関わっているのだろうか? さらに、近所に引っ越してきた黒人一家の少年・トーマスのことも気掛かりで、ボーディの日常はにわかに騒がしくなった…。 当たり前のように人種差別が横行する田舎町で育ちながら偏見を持たないボーディだったが、ホークやトーマスと関わることで、自らの内にある意識しない差別感情に気付かされる。さらに、外見からは窺えない人々の悩みや秘密を知り、のほほんとした少年から成熟した大人へと成長していく。ミステリーとしての構成は平凡だが、実に味わい深い成長物語として読み応えがある。 謎解きやサスペンスを求めず、正義の人の誕生物語として読むことをオススメする。 |
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ホラー、オカルトが好きではないため敬遠していたキングだが、これは人間を中心に置いたノワールで罪と罰、愛することと憎むことという永遠のテーマに正面から挑んだ、力強い大傑作である。
イラク戦争の帰還兵で、犯罪組織から凄腕のスナイパーとして信頼されてきたビリーは引退を決意し、最後の仕事として200万ドルという破格の報酬の仕事を受けた。ターゲットは収監中の男で、狙撃のチャンスは男が裁判所に移送される瞬間を待つしかないという。移送先の街に潜伏するためにビリーは依頼人のニックの手配で小説家を偽装し、事務所を構え、近所付き合いも怠らず、待つ間に自伝的作品を描き始めた。だが、依頼人を信用し切れないビリーはニックには知られない別の身分を用意し三重生活を送ることにした。そして狙撃を成功させたのだが、ビリーが危惧した通りニックはビリーを消すための殺し屋たちを送り込んできた。犯罪組織、警察の両方から追われることになったビリーは第三の身分で潜伏生活を送っていたのだが、ひょんなことからアリスという若い女性を助け、潜伏先に住まわせることになった。ニックは誰の指示で動いているのか、ニックの上にいる人物の目的は何か? ビリーは逃亡しながら真相を探り出そうとするのだが、アリスを放っては置けず・・・。 イラク戦争のトラウマを抱えた凄腕スナイパーで、悪人の始末しか受けない殺し屋というビリーのキャラクターが秀逸。悪人たちが悪人らしく、途中から絡んでくるアリスのキャラも複雑かつユニークで、人間が中心になったパワフルな犯罪ドラマが展開される。 従来作品とは全く異なる傑作ミステリーとして、キング嫌いの方にもオススメしたい。キングのイメージが一新されること、間違いなし! |
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J.アーチャーの長編第二作。アメリカ大統領暗殺をテーマにした政治サスペンス小説で、大統領をエドワード・ケネディからフロレンティナ・ケイン(「ロマノフスキ家の娘」のヒロイン)に変更した改訂新版である。(1977年の作品だが、物語は初の女性である第43代大統領が活躍する1980年代半ばという設定)
大統領暗殺計画の情報を得たFBIワシントン支局は黒幕を含めて一網打尽で現行犯逮捕するために、極秘の捜査を開始する。ところが捜査開始早々に支局長と中堅捜査員が死亡し、情報提供者も殺されてしまい、新米捜査官が直接、FBI長官の指示で動くことになった。暗殺実行日まで一週間しか残されていない上に、さまざまな組織や人物が容疑者として浮上し、捜査は一向に進展しなかった…。 政治謀略小説としてはよく出来ているが、暗殺者側の動きの描写が薄いため、いわゆる暗殺ものならではのピリピリしたサスペンスはやや弱い。ところどころに挿入されたユーモラスなエピソードが効いた軽い読み味のエンタメ作品としてオススメする。 |
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1935年に発表されたマッコイのデビュー長編。大恐慌時代のハリウッドでわずかなチャンスに命をかけた男女の熱と虚無を描いた、ハードボイルドな青春ドラマである。
ハリウッドでエキストラに応募したものの外れてしまった男と女が1,000ドルの賞金を目当てにマラソン・ダンス大会にエントリーする。この大会は154組のペアが1時間50分踊って10分休憩というパターンで踊り続け、最後の1組になれば賞金という過酷なコンテストというか見せ物である。何日も何週間も踊り続けてクタクタになり、ついには精神に異常を来たす出場者たちの奇態を見るために入場料を払って観客が集まったという、1920〜30年代の狂瀾のアメリカを象徴するエンターテイメントが若く夢があった二人を飲み込んでいく様が凄まじい。戦後すぐの実存主義が流行り始めたフランスで高く評価され、その人気がアメリカに逆輸入されてヒットしたというのもうなづける、虚無と空虚の物語である。 その意味では、今の時代でも再評価される作品とも言える。が、読者を選ぶ作品であることは間違いない。 |
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2023年度MWA賞のYA部門最終候補となった若き黒人女性作家のデビュー作。シカゴの黒人居住地域に住む16歳の少女が、大好きな姉が警官に射殺されたのをきっかけに社会の理不尽に立ち向かい、無力さを感じながらも生きる希望を見つけ出そうとする一種の成長物語である。
シカゴに暮らす16歳の黒人女子高校生・ボーは美術系の授業が得意で、絵の才能を生かして貧しくて物騒な街から脱出することを夢見ていたのだが、大好きな姉が不法侵入者として白人警官に射殺されるという悲劇に遭遇した。姉が不法侵入したとは信じられないボーは、姉の恋人で現場に一緒にいながら姿をくらませたジョーダンの行方を探し、真相をはっきりさせようと決意する。警察は当てにならず、同級生や姉の知り合いが頼りの調査は遅々として進まず、至る所に根深い人種差別の壁が立ちはだかり、ボーは途方に暮れることの方が多かった。それでもボーはひたすら自分の信じる道を突っ走るのだった…。 事件の真相を探るという意味ではミステリーなのだが、本作の主眼は今なお変わることなく続く人種差別、黒人差別への抗議である。さらに、ヒロイン・ボーのキャラクターがよくできており、現代の女子高校生の日常、非日常を活写した青春小説としても秀逸。というか、若き黒人女性の成長物語として読んだ方がしっくり来る。 |
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かつては繁栄を誇ったものの没落した落ち目の大都会・グラスゴーを舞台にした、刑事ハリー・マッコイが主役の警察ミステリー。本作がデビュー作かつシリーズ第1作で、作品を刊行するごとに評価を高めているという新進気鋭の作家らしい、新鮮でインパクトのあるハードボイルドなノワール作である。
マッコイは服役中の囚人・ネアンから刑務所に呼び出され「明日、ローナという少女が殺される」と告げられた。少女を探し始めていたマッコイだったが、翌朝、マッコイの目前で少女は銃殺され、犯人の少年も自分の頭を撃って自殺した。ネアンはなぜ事件を予言できたのか、事情を聞くために刑務所を訪れたのだが、その日、ネアンは刑務所のシャワー室で殺害されたという。マッコイと新人刑事のワッティーのコンビは捜査を進め、自殺した少年が地元の重鎮であるダンロップ卿の邸で庭師として働いていたことを突き止めた。しかし、マッコイとダンロップ卿には深い因縁があり、それ以上の捜査をしないよう警察上層部から圧力をかけられた。だが、マッコイは執拗に、命をかけてまで悪を追い詰めようとする…。 どれほどの圧力があろうと巨悪を許さない、正義感あふれる刑事が主役かというと、そうではない。マッコイは、どちらかと言えば悪徳警官に分類されても仕方ない言動をとるはみ出しものであり、だからといって、いい加減な捜査をする訳ではなく、しかも喧嘩や暴力には強くない、刑事物では珍しいキャラクターのアンチヒーローである。幼くして親に見捨てられ、教会の保護施設で育てられたことから様々なトラウマを抱えた「弱さ」が印象的な刑事である。このミスマッチ、違和感のあるキャラ設定が本作の最大の特徴で、ハードボイルドでありながら親近感を抱かせる。 刑事もの、ハードボイルド、ノワールのファンに一度は読んでもらいたい傑作としてオススメする。 |
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2020年スウェーデン推理作家アカデミー最優秀長編賞、2021年ガラスの鍵賞をダブル受賞した、スウェーデン女性作家の長編ミステリー。14歳で殺人犯として収容され、23年後に帰郷した男が今度は父親殺害容疑で逮捕されるという、現在と過去の二つの事件の真相を探る女性刑事の苦悩を描いた、暗くて重い、本格北欧警察ミステリーである。
23年前、少女殺害容疑で逮捕され、レイプと殺人を自白したのだが死体が見つからず、未成年だったため施設に収容されていたウーロフが23年ぶりに帰宅すると、父親が殺害されていた。第一発見者であり、動機もあることからウーロフは父親殺人犯として逮捕された。事件を担当する警部補エイラは決定的な証拠を見つけられないばかりか、調べれば調べるほど、細かな違和感が湧き上がり困惑する。さらに、解決したはずの23年前の事件にも疑問が生じ、周りの反対を押し切って独自に再捜査し始めた。すると、片田舎の閉鎖的な社会ならではの人間関係の闇が浮かび上がり、エイラは切なく悲しい物語に巻き込まれていくのだった…。 現在と過去、二つの事件の繋げ方が見事で、犯人探し、動機探しミステリーとして良く出来ている。またヒロインの家庭環境、立ち位置、思考方法などキャラクター設定も的確で、人間ドラマとしての完成度も高い。ただ警察捜査のプロセスが入り組みすぎてリーダビリティを阻害しているのが残念だ。 人間が中心になる北欧警察ミステリーのファンにオススメする。 |
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「弁護士ボー・ヘインズ」シリーズの第2作(プロフェッサーからのシリーズとしては第6作)でシリーズ完結編。地元高校のフットボールのスター選手が街の人気者の少女殺害容疑で逮捕された事件をめぐる法廷ミステリーである。
ライバル高校との試合で華麗なプレーを決めて勝利に導いたオデルが翌日、地元の人気バンドのボーカル・ブリタニー殺害の容疑で逮捕された。二人は恋人同士だったのだがブリタニーはレコード会社とソロデビューの契約を結び、その試合後に別れの手紙を残して街を出て行く決意をしていた。突然に一方的な別れを告げられたオデルは試合後のパーティーで荒れ狂い、「償いをさせてやる」などと不穏な言葉を口走っていたという。しかも、オデルはブリタニーの死体が発見された現場近くで眠り込んでいて、近くには凶器と思われるビール瓶が落ちていた。次々と積み重なっていく証拠はオデルに不利なものばかりで、街はオデルに厳罰を求める声に満ちていたのだが、オデルは無実を主張し、ボーに弁護を依頼してきた。不幸な育ち方をして問題を抱えていたオデルを立ち直させるために農場の仕事を手伝わせ、息子同然に可愛がってきたボーだったが、即座に弁護を引き受けるとは言えなかった。どこから見てもオデルが無実とは思えず、弁護を引き受けるなら街の住人のほとんどを敵に回すことになり、子供たちとの平穏な暮らしが失われることは目に見えていたからだった。八方塞がりの中、正義とは何か、正しい側とは何か、ボーは迷いに迷うのだった…。 フットボールのスター選手と人気バンドのボーカルという輝かしい若者が犯人と被害者になった事件、圧倒的に不利な状況からの法廷逆転劇という理解しやすい物語である。それだけに、本シリーズ(プロフェッサー・シリーズを含めて)の特徴である胸熱、正義を求める人々のヒリヒリする熱気はやや下がったと言わざるを得ない。それでも、第一級の法廷エンタメであることは間違いない。 シリーズ愛読者はもちろん、法廷もの、現代社会の諸問題をテーマとしたミステリーがお好きな方に自信を持ってオススメしたい。 |
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1937年に発表され、2024年に初めて邦訳されたホレス・マッコイの長編第二作。1930年代、アメリカの地方都市でジャーナリストとしての筋を通し、社会の不正を告発する記者の激情に溢れた生活を描く幻のハードボイルド小説である(著者はハードボイルドに分類されるのを嫌っていたようだが)。
地方紙の人気記者だったマイク・ドーランは社会の不正を暴く記事を書き続けるのだが、広告収入の減少や有力者からのクレームを恐れる上層部によって記事をボツにされ続けるのにうんざりして、自ら週刊紙を創刊する。何ものをも恐れず、タブーがない告発記事は読者の支持を集めるのだが、それを快く思わない地方都市のお偉方からさまざまな圧力を受ける。それでもマイクは報道の信義、ジャーナリストの使命だけを頼りに、正面から戦いを挑んで行く。 自分が信じる記者の使命に命をかけるマイクの生き方はハードボイルドそのもの。名声や利益は求めず、ひたすら信じる道を追求するパッションが共感を呼ぶ。80年以上前の作品だが、作者が伝えたかったことは今でも古びることなく、読者の感性にストレートに響いてくる。傑作だ。 ハードボイルドの古典的名作として一読をオススメする。 |
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ドイツ警察ミステリーの大ヒット作「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第10作。出版業界の人間関係から生じた複雑で難解な殺人事件を追う、重厚長大な謎解きミステリーである。
ドイツ文壇で名を知られた編集者であるハイケと連絡が取れないとの通報を受けたピアがハイケ宅で発見したのは、室内に残された血痕と足首を鎖で繋がれた老人だった。老人は認知症になったハイケの父親で、血痕はハイケのものと判明。単なる失踪ではなく事件と判断した警察が捜査に乗り出すと、ハイケの周辺には様々なトラブルが発生していた。最初の容疑者は、最近ヒットしたばかりの作品が盗作であることを暴露された、ハイケが担当する作家だった。さらに、ハイケは所属する会社からの独立と作家・社員の引き抜きを画策したとして即時解雇され、会社と対立を深めていた。しかも、新会社の資金を確保するためにハイケが40年近くも付き合ってきた友人たちを巻き込んでいたこともわかった。容疑者は次々に増えていくにも関わらず、動機も証拠も見つけられないピアたちが迷路に迷ってるうちに、第二の殺人事件が発生した…。 出版業界という狭い世界でのドロドロした人間関係に、家族経営の企業ならではの対立と軋轢、数十年来の友人関係、親友という幻想から生じる愛憎が重なり、話の展開はなんとも表現し難い重苦しさがある。登場人物も多くて簡単には読み進められない作品だが、真相が分かった時にはなるほどと納得する。また、オリヴァーの結婚生活に起きた変化、エンゲル署長の意外な一面、ピアの元夫で法医学者であるヘニングの華麗なる変身など、シリーズ・ファンを喜ばせるエピソードが満載なのも楽しい。 シリーズ・ファンにはもちろん現代的な警察ミステリーのファンに、頑張って読み通すことをオススメする。 |
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1915年(大正4年)に刊行された、英国冒険スパイ小説の名作。第一次対戦前のイギリスで、ドイツのスパイを暴き出す若者の冒険サスペンスである。
自宅に帰宅したときに突然声をかけてきた男・スカッダーからイギリスの運命を左右する秘密を知らされたハネーは、その情報を政府高官に伝える決心をする。ところが翌日、自宅でスカッダーが殺されているのを発見し、さらに外を不審な男たちがうろついているのを見てハネーは即座に自宅を離れ、スコットランドに向かった。スカッダーを殺した犯人たちばかりか、殺人犯として警察にも追われる身となったハネーだったが、巧みな変装や親切な住民のおかげでスコットランドの荒野を逃げ切り、政府高官と接触することに成功した…。 スパイ、殺人、逃亡、アクション、暗号など冒険スパイ小説に必要なアイテムはもれなく盛り込まれ、話の展開もスピーディーでまさに古典、名作である。ただ、大正時代の作品だけに物語の転換点、キーポイントが、現在の読者から見るとご都合主義なのはご愛嬌。形容矛盾ではあるが、牧歌的なサスペンスと言える。 英国冒険スパイ小説の源流のひとつとして、読んで損はないとオススメする。 |
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文芸誌に連載された7本を収録した連作短編集。少年事件を担当する家裁調査官の日常を描く、現代社会を反映した人情物語である。
事件を起こした少年少女たちはもちろん、背景となる家族が抱える問題に真剣に向き合い、可能な限り柔らかな解決策を模索する主人公の言動が爽やかで、読後感がいい作品である。 残酷で非情なサイコ・サスペンスなどを読んだ後のお口直し、清涼剤としてオススメする。 |
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グレーンス警部シリーズの第10作、というか、グレーンス&潜入捜査員ホフマン・シリーズの第5作。ネットの闇に隠れた小児性愛グループを壊滅させるために二人が手を組む、アクション・サスペンスである。
十年前に亡くなった愛妻の墓前でグレーンスが出会った女性は「我が娘」と銘された墓に参って来たのだが、そこに遺体は入っていないという。三年前に誘拐され姿を消したという少女が気になったグレーンスは捜査資料を読み、担当者と話をするうちに、同じ日に同じ4歳の別の少女が誘拐されていたことを知った。35年前の愛妻の事故で流産してしまった自分の娘と重なり、少女のことが頭を離れなくなったグレーンスは自ら再捜査しようとするのだが、娘の死亡宣告を申請した両親からは関与を拒否され、警察内部でもグレーンスの体調、それ以上に精神状態を憂慮する上司から休暇を取るように強制された。一切の警察力を使えなくなったグレーンスだが独力での捜査を決意し、天才的なIT専門家のビリー、デンマーク警察のIT専門捜査官ビエテの協力でダークネットに暗躍する小児性愛者グループの存在をつかんだ。グループを壊滅させるにはリーダーの正体を暴く必要があり、グレーンスは「家族のために、二度と潜入捜査はしない」と宣言したピート・ホフマンを必死で口説き、小児性愛者を演じて会合に出ることを承諾させた。だが、ホフマンは素性を暴かれてしまい・・・。 これまでもずっと意固地で偏屈で怒りっぽく、全く協調性がないグレーンスだったが、本作での壊れっぷりは凄まじい。こんな同僚がいたら絶対に一緒に仕事したくないだろうが、被害者の思いを取り込み、犯罪を憎み、全身で怒りを現しながら進める捜査には絶対的な信頼を寄せるだろう。この特異なキャラクターがいかにして形成されたのかというのが明らかにされたのも、シリーズ愛読者にとっては読みどころである。 本作だけでも読み応え十分だが、登場人物のバックグラウンドが分かっている方がさらに面白いので、是非ともシリーズとして順に読むことをオススメする。 |
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大人気になったピップ三部作が終わった後に登場した、「自由研究には向かない殺人」の前日譚。試験が終わった週末に高校生の友だちが集まり、犯人当てゲームを開催するのだが、読者にも同時進行で情報やヒントが与えられる犯人探しミステリーである。
ゲームの参加者は7人、舞台設定は1924年の孤島にある富豪の屋敷という犯人探しでは鉄板のシチュエーションで、読者と著者の知恵比べがメインの作品。このジャンルが好きな方には垂涎の内容だが、高校生と彼らが演じる登場人物とが入り混じり、読みづらいことこの上ない。 犯人探しマニア以外にはオススメしない。 |
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2020年の吉川英治文学新人賞、日本推理協会を受賞した長編小説。大型ショッピングモールで起きた無差別銃撃事件をめぐり、事件関係者が現場で起きた謎の解明を強制されるという、特異なシチュエーションの心理ミステリーである。
日曜の大型ショッピングモールに二人の男が侵入し、手製の銃と日本刀で死者21名、負傷者17名を出すという無差別殺人事件が発生した。犯人二人は自害し、警察の捜査は終わったのだが、後日、事件で母親を亡くした男性が「母の死の真相を知りたい」との意図で奇妙な「お茶会」を開いた。会を仕切るのは男性から依頼された弁護士で、招待されたのは全員現場にいた5人の男女だった。そこでは「真相解明」のために5人の行動が付き合わされ、比較対照され、それぞれの記憶の矛盾や間違いが容赦なく指摘されていった…。 前半は事件の様相、犯人たちの短絡的な行動が解明され、中盤では被害者でありながら「保身のために他の被害者を見捨てた」とバッシングされている16歳の高校生女子を中心にした「お茶会」の心理劇が展開され、終盤では突然の悪夢に巻き込まれたとき人は果たして正解の行動を取れるだろうかという答えのない難問に直面する。無差別事件そのものの解明より、人間は自分を守るためのストーリー、物語を作りながら生きるのではないかという、事件後の物語がメインテーマである。 犯人探しや謎解きではないが、心理ミステリーの傑作としてオススメする。 |
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2021年のエドガー賞の最優秀新人賞にノミネートされた、女性新人作家のデビュー作。愛する息子を殺害されたクエーカー教徒の中年男と突然現れた身寄りのない16歳の妊婦である少女が奇妙な共同生活を通して宗教的な救済と魂の浄化を得ていく、スピリチュアルな物語である。
一人息子のダニエルを、息子の親友として息子同然に可愛がっていた隣家の長男・ジョナに殺害された高校教師のアイザックは世間との付き合いを避けるようになり、老犬との侘しい生活を送っていた。そんなアイザックの屋敷にある夜、エヴァンジェリンと名乗る16歳の少女が現れた。帰る家もなく、行くあてもないというエヴァンジェリンに同情したアイザックが彼女を招き入れると、エヴァンジェリンは老犬・ルーファスともすぐに仲良くなり、アイザックは彼女を自分の家に住まわせることにした。こうして始まった二人の奇妙な共同生活だが、崩壊家庭に育ちさまざま秘密を抱えているエヴァンジェリンと規律を重んじるクエーカー教徒であるアイザックはことあるごとに衝突し、互いを必要としながらも心から打ち解けることはなかった。特に、エヴァンジェリンが隠そうとする妊娠、生まれてくる子供の父親は誰かを巡ってはお互いに疑心暗鬼になり、それぞれに孤独感を深めていた。それでも妊娠期間は過ぎて行き、お腹の子供は容赦無く育っていた…。 息子が殺害され、犯人は隣家の幼なじみと分かり、苦しむアイザック、路上生活を余儀なくされ、妊娠までしてしまったエヴァンジェリン、さらに殺人者となり、遺書を残して自殺したジョナの三者三様の心の闇、魂の救済を求める葛藤が延々と繰り返される物語は、正直、読み疲れる。同じような心理描写が何度も何度も繰り返され、ただただ救いのなさだけが残る。680ページを越える物語だが、500ページぐらいにまとまっていれば、もっと読みやすく、インパクトがあったのではないかと惜しまれる。 ミステリーを期待すると裏切られる作品であり、魂の救済、再生の物語として読むことをオススメする。 |
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「ウィル・トレント」シリーズの第11作だが、「グラント郡」シリーズの主役であるサラ・リントンが主役、さらにウィルのパートナーであるフェイスも重要な役割を果たすという豪華メンバー揃い踏みの傑作サスペンス・ミステリーである。
サラは、当直医として担当したレイプ被害者から「あいつを止めて」という最期の言葉を受け取った。この残虐な暴行殺人で起訴された大学生は、研修医時代のサラの先輩で、大成功している心臓外科医の妻であるブリットの息子だった。敵対証人となったサラに対し、ブリットは「今回の事件は、15年前のあなたの事件と繋がっている」と口走った。研修医だったサラがレイプされた忌まわしい事件が、なぜ、どういうふうに今回の事件と繋がるのか? 息子を庇うためにブリットが口を閉ざしてしまい、闇の中に放り出されたサラだったが、ウィル、フェイスの協力を得ながら真相に辿り着く。だがそれは、信じがたい悍ましさに包まれたものだった…。 いつものことながら、事件、被害の様相が残酷すぎて読み続けるのが息苦しくなる。何もここまでと思うが、これぐらいの怒りを込めないと被害者の無念を代弁できないということだろう。苦く重苦しい物語だが、サラの気丈なサバイバル、ウィルとフェイスの絆など心温まる側面が救いになっている。 シリーズを読んでいても読んでいなくても読み応えがある傑作サスペンスであり、多くのミステリー・ファンにオススメする。 蛇足ではあるが、全体を通してWordのスペルチェックでも発見できそうなミスが散見され、校閲不足の印象があるのが残念。特に主要な人物の名前をタイプミスしているのはいかがなものか。 |
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処女作ながら2010年エドガー賞最優秀新人賞にノミネートされた長編ミステリー。1980年代、テキサス州で権力犯罪に立ち向かう黒人弁護士の苦悩を描いた、ビターでパワフルな社会派ミステリーである。
妻の誕生日祝いでナイトクルーズに出かけた黒人弁護士・ジェイ夫妻は河岸からの銃声と女性の悲鳴を聞き、川に落ちた裕福そうな白人女性を助け上げた。女性の首には絞められたような傷跡があったのだが、一切の説明を拒否し頑なに黙っていた。若い時の経験から警察との関わりを避けたいジェイは女性を警察署の前で車から降ろし、そのまま立ち去った。しかし、悲鳴が聞こえた場所から射殺死体が発見され、ジェイは否応なく事件に巻き込まれて行く…。 公民権運動やブラックパワーの台頭はあるものの冷酷な人種差別が横行する80年代のディープサウス。弁護士とはいえ黒人のジェイが人間としての誇りと圧倒的な白人社会の差別のはざまで苦しみ、葛藤するところが読みどころ。60年代後半から70年代にかけて公民権運動に深く関わり逮捕、投獄された経験を持つジェイの骨身に染み込んだ公権力への恐怖がリアルで心を打つ。当時から40年以上が経過しても、さほど変わったように見えないアメリカの恥部の恐ろしさを突きつけてくる、怒りに満ちた作品である。とはいえ、謎解きミステリーとしての面白さも失われてはおらず、上質なエンタメ作品と言える。 社会派ミステリーのファンにオススメする。 |
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