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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 241~260 13/68ページ

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No.1119: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読み通すのが辛いけど、読み通す価値あり!

1940年に出版された「20世紀アメリカ文学最大の問題作」と言われ、日本では「アメリカの息子」の邦題で出版されながら長らく絶版になっていた作品の新訳版。貧しい黒人青年が偶発的に富豪の娘である白人女性を殺害して逃走、逮捕、裁判にかけられ死刑になるまでの黒人差別を犯人視点で語り尽くした、熱情あふれる社会派ミステリーである。
大恐慌下にあった1930年代のシカゴ、失業中の黒人青年・ビッガーは運転手として雇われた不動産業の富豪・ドルトン家で働き始めたその日に、一人娘のメアリーを殺害する事態に陥った。恐怖に駆られたビッガーはメアリーの遺体を暖房炉で焼いて証拠隠滅を図ろうとする。さらに死体が発見される前に身代金を取ろうとして脅迫状を届けた。しかし、事件は発覚し、警察に追われて必死で逃走したものの逮捕され、群衆の憎悪の嵐の中で裁判にかけられる…。
黒人青年はなぜ殺害したのか、死体を焼こうとしたのか、何を考えながら逃走し、勾留中はどのような心理だったのか? 制度や法として黒人差別が当たり前だった時代に生きる黒人の恐怖心がとてつもなく重い。「自分の意志が、この恐怖と殺人と逃亡の日夜ほど自由であったことはなかったのだ」というビッガーの独白の救いのない重苦しさは、現在のアメリカ(に限らないが)の人種差別を考えると、ほんの少しも軽くなっていないことが恐ろしい。アメリカの読書界を震撼させたというのも納得できる力作である。
780ページ超の重厚長大作だが絶対に読む価値ありとオススメする。
ネイティヴ・サン: アメリカの息子 (新潮文庫 ラ 20-1)
No.1118: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

大日本帝国の侵略に抵抗する大韓帝国の暗闘を舞台にした歴史ミステリー

1907年のハーグ平和会議に参加するために大韓帝国から3名の特使が派遣された史実、「ハーグ密使事件」を歴史ミステリーに仕立てた異色の韓国小説である。
日本から属国化の圧力を受けていた1907年の大韓帝国の首都ソウルで、ロシア系女性が経営するソンタクホテルにボーイとして就職した16歳の正根は、ソンタク女史が失踪するという事件に巻き込まれた。経営者の失踪に動揺するボーイたちの中にあって正根は気丈に、失踪の真相を探り出そうとする。ソウルの外国人ネットワークを手繰って調べを進めた正根は事件の背後に、独立を守るために大韓帝国皇帝が命じた重大な使命が絡んでいることを知った…。
巻末の作品解説によると、大多数の日本人にとっては曖昧な知識しかない当時の状況、事実をかなり正確に反映しているという。その意味では、日韓関係史を考えるときに新たな視点を与えてくれる教養小説である。もちろんエンタメ作品なのでミステリー、冒険小説の面白さも備えている。だが全体的にストーリーはそれなりに面白いのだが、エピソードや会話などがエンタメ作品としてはイマイチ。
珍しいバックグラウンドのミステリーが好きな方、日本による韓国の植民地支配に関心のある方にオススメする。
消えたソンタクホテルの支配人 (YA! STAND UP)

No.1117:

教誨

教誨

柚月裕子

No.1117: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

故郷喪失者は故郷を憎み、故郷に執着する

2020年から21年に雑誌連載されたものを加筆改稿した長編小説。実際に起きた幼児連続殺人事件を下敷きに、犯人女性の動機、背景を解明しようとした心理ノワールである。
自分の娘と近所の子供の二人を殺害した死刑囚・三原響子の刑が執行された。遠縁にあたる吉沢香純は響子に近親がおらず、さらに香純の母が身元引受人にされていたため遺骨の引き取りに行き、そこで響子の最後の言葉が「約束は守ったよ。褒めて」だったと知らされた。香純が三原家の本家に納骨を依頼すると断固として断られ、一切連絡をするなという。さらに菩提寺に無縁仏として収めることも住職に拒否された。殺人犯と関わりになることを嫌がるのは分かるが、ここまで拒否されるのは何故か。また響子は誰と、どんな約束をしていたのか? 解明しきれない謎を抱えた香純は響子の故郷である青森へ向かった…。
事件の関係者、犯行様態は分かっており、謎は動機の解明だけというシンプルな設定だが、誰もが少しずつ自分の思いとズレて行動することから生まれる悲劇を盛り込んで、読み応えがある心理ノワールに仕上げられている。どんな理由があれ殺人は大罪だが、犯人を責め、刑を執行するだけで解決できるものではない。「検事の本懐」など佐方貞人シリーズを重くしたような作品と言えば、本作の持ち味が伝わるだろうか。
社会派ミステリー、心理ミステリーのファンにオススメする。
教誨
柚月裕子教誨 についてのレビュー
No.1116: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

寒村の人間関係が絡む粘ついたミステリー、北欧の湊かなえ?

英国推理作家協会新人賞を受賞した、北欧の新星のデビュー作。アイスランドの小さな漁港の町の女性刑事が古くからの人間関係と因縁が絡む殺人事件に挑む、警察ミステリーである。
長年の恋人との別れを機にレイキャヴィーク警察を辞職して故郷・アークラネスに戻り、警察に職を得たエルマ。誰もが顔見知りで事件・事故といえば酔っ払いか交通事故しかないような田舎のはずが、町外れの海岸で身元不明の女性の死体が発見され、エルマは首都警察でのキャリアの真価を問われることになった。被害者は子供時代をアークラネスで過ごし、今は近郊に住む主婦のエリーサベトと判明するのだが、夫によると「妻はあの町に行くのを嫌がっていた。憎んでいたと言ってもいい」という。エリーサベトはなぜ、30年も近寄らなかった町に来たのか、殺されなければならなかったのか? エルマは田舎町の濃密な人間関係の闇に分け入り、埋もれていた事件の真相を解き明かそうとする。
一つの殺人事件の真相を明かしていく、正統派の犯人探しミステリー。事件の背景や動機も目新しくはないのだが、ポイントとなる人間関係の組み立てが複雑かつ巧妙で読ませる。欲を言えば、エルマのキャラがやや平凡なのが惜しいが、すでに2作目、3作目が発売され好評を得ているというので今後の展開に期待したい。
北欧ミステリーファンには間違いなくオススメ作である。
軋み (小学館文庫 あ 7-1)
No.1115: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ひと捻りが入った模倣犯もの

アメリカの新人作家のデビュー作。二十年前に自分の父親が起こした事件を模倣した連続殺人に巻き込まれた女性臨床心理士が事件の真相を求めて苦闘する、重苦しい心理ミステリーである。
12歳の夏に父親が6人の少女を殺して埋めた連続殺人犯として逮捕されてから20年、臨床心理士として独立し結婚を間近に控えていたクロエだったが、またしても彼女の周りで少女が殺される事件が連続した。しかも、犯行の手口はまるで父親の事件を真似したようで、クロエは過去の心の傷がフラッシュバックし、自分自身も含めてあらゆるものが信じられなくなった。疑心暗鬼に陥ったクロエは最大の理解者である婚約者・ダニエルまでもを疑い、どんどん負のスパイラルに落ち込んでしまう…。
昔の事件のコピーキャットもののセオリー通り、主人公の関係者に次々と疑惑が持ち上がり、読者を惑わせていく。読者の予想を裏切りながらストーリーが展開していくところは、ミステリーとしてよく出来ている。が、心理ミステリーとしては、やや深みや叙情に欠ける。
イヤミスというほどの読後感の悪さはなく、多くのミステリーファンにオススメしたい。
すべての罪は沼地に眠る (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.1114: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

組織の壁を超えて結束した、はみ出し警官たちの矜持

北海道警シリーズ第10作。組織のメインストリームから外されながらも警察官としての矜持を失わない3組の警官たちが、職務権限の壁を越えて結束して事件を解決する警察ミステリーである。
男性が轢き逃げされたとの通報で駆けつけた機動捜査隊の津久井は、ドラレコなどから事故ではなく拉致・暴行事件ではないかと判断する。生活安全課の小島は別居中の父親に会いたい一心で旭川から札幌に一人で来た9歳の少女を保護する。刑事課盗犯係の佐伯は住宅街にある弁護士事務所の窃盗事件に臨場したのだが、犯人たちの狙いが金銭ではないことに気づき、弁護士の業務を調べるうちに、轢き逃げされた男性が弁護士に相談事を持ちかけていたことを知る。無関係に見える三つの事象だが、警察官としての嗅覚を研ぎ澄まし、組織の壁など気にしない彼らには徐々に全体像が見えて来た…。
いつものメンバーが独自の責任感と使命感でベストを尽くすうちに強力なチームとなり、埋もれていた犯罪を明らかにしていく安定したストーリー運びで、読んでる途中も読み終わった後も爽快感がある。
シリーズ未読でも問題なく楽しめる作品であり、警察ミステリーファンならどなたにもオススメしたい。
樹林の罠
佐々木譲樹林の罠 についてのレビュー
No.1113: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ニューイングランド版の「仁義なき戦い」

ギャング小説の巨匠・ウィンズロウの新たな三部作の第一部。ロードアイランド州の小さな都市を舞台にアイルランド系とイタリア系のマフィアが壮絶な戦いを繰り広げるバイオレンス・ノワールである。
1986年、ロードアイランド州の州都プロヴィデンスはアイルランド系とイタリア系のマフィアが共存共栄の関係を保っていたのだが、一人の美女をきっかけに小さな綻びが生じ、両組織が血で血をあらう抗争に突入した。アイリッシュ・マフィアの前ボスの息子・ダニーは一兵卒の地味な立場に甘んじながらも戦いの中で頭角を表し、やがてはボスの位置に押し上げられていく。両組織ともに内部に権謀術策が渦巻き、裏切り、仲間割れなど不協和音を出しながらも破滅まで止まらない抗争に明け暮れることになる。そして…。物語は1990年代にまで続くスケールの大きな叙事詩となる予定で、第二作、第三作への期待を高める結末となっている。
メキシコの麻薬戦争もの、ニューヨーク市警ものという複雑で分厚い物語を書いてきた最近のウィンズロウだが、本作はマフィアの抗争を主題にした、よりシンプルで読みやすいノワール・エンタメ作品である。暴力と謀略で裏社会の世代交代が進められていくところは、東映映画の傑作「仁義なき戦い」と通じるところがあり、日本人読者にも理解しやすい。
ノワールのファンには自信を持ってオススメする。
業火の市 (ハーパーBOOKS)
ドン・ウィンズロウ業火の市 についてのレビュー

No.1112:

連鎖 (単行本)

連鎖

黒川博行

No.1112: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今回も期待に違わぬ傑作。

大阪府警シリーズの中でも独自の世界を築いている上坂刑事のバディもの。2019年から22年にかけて雑誌連載された長編警察ミステリーである。
中小企業経営者・篠原が行方不明になったという届出があり、妻・真須美によると篠原は資金繰りに苦しんでおり、自殺の恐れがあるという。しかも、振り出した手形が闇金に渡り脅迫されていたらしい。闇金がらみということで担当となった暴犯係の上坂、磯野コンビが捜査に着手するとすぐ、高速の非常駐車帯に駐められていた車で篠原の遺体が発見された。車は篠原のもので、ドアはロックされており自殺と判断されかけたのだが、篠原に掛けられていた巨額の生命保険、手形をめぐる異常で複雑な動き、篠原の周辺に出没する怪しげな輩などが次々に判明。背後に犯罪が隠れていることを察知した上坂、磯野コンビは、今にも途切れそうな細い糸をたぐって全貌を明らかにしようとする…。
相変わらず絶好調の大阪府警シリーズ、今回も期待は裏切られない。目の前で躍動する刑事たちのキャラクター、絶妙なテンポの会話のキャッチボール、意外と真剣で細やかな捜査プロセスなど読みどころ満載。最後まで一気読みの傑作エンターテイメントと言える。
黒川博行ファンなら必読。警察ミステリーのファンにも絶対の自信を持ってオススメする。
連鎖 (単行本)
黒川博行連鎖 についてのレビュー
No.1111:
(7pt)

趣味は暴力とセックスだが、他人の暴力は許さない。ふむ!

アメリカで大人気の「マイロン・ボライター」シリーズのスピンオフ作品。マイロンを助ける立場だったウィンが主役になり、自身の一族と関わりがある難事件を自分の価値基準で解決していくミステリー・アクションである。
N.Y.の超高級アパートメントで世捨て人の暮らしをしていた身元不明の男が殺害されたのだが、その部屋にはウィンの一族が所有し、過去に盗難に遭って行方が分からなくなっていたフェルメールの名画が残されていた。しかも、現場に一族の紋章とウィンのイニシャルが入ったスーツケースがあったことから、FBIはウィンに疑いの目を向けてきた。スーツケースはかつて従姉妹のパトリシアに譲った物であり、このままではウィンとパトリシアが容疑者にされてしまう。パトリシアに確認するとスーツケースは、18歳の時にパトリシアの父と自身が遭遇した事件の時に犯人側に渡ったのだという。さらに、殺害された人物の驚愕の身元が判明し、ウィンはFBI時代の恩師から「法の枠外」での非公式の調査を依頼される。莫大すぎる資産、並外れた容姿と頭脳、圧倒的な武術を持ち、セックスと暴力が趣味というウィンは、50年以上前からつながっていた難事件を彼独特の倫理に基づいて解決していくのだった…。
まるで神話の英雄のような主人公が大活躍する物語だが、思うほどファンタジックではなく、事態の背景、捜査プロセスなどは地に足が着いている。時代を超えた複数の事件のつながりも展開に無理がなく、謎解きとしてもよくできていて、完璧すぎるヒーローに鼻白むかもしれないが、読んで損はないエンターテイメント作品と言える。
シリーズを読んでいなくても何の問題もない、現代風ミステリー・アクションであり、多くの方にオススメしたい。
WIN (小学館文庫 コ 3-4)
ハーラン・コーベンWIN についてのレビュー
No.1110: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

江戸下町が舞台の見事なPIハードボイルド!

時代小説の名手(間違いない称号)藤沢周平が初めて挑んだハードボイルド小説。時代は江戸でも主人公はアメリカン・ハードボイルド全盛期のPIという、傑作エンターテイメントである。
ヒーローの陰影に富んだキャラクターがまさに最良のハードボイルドのものであり、ストーリー展開もスリリングで謎解き、アクションも切れ味鋭く、途中途中に挟まれるエピソードも情感がある。
とにかく予備知識なし、先入観なしで読めば絶対に満足できる傑作として、全てのハードボイルド・ファンにオススメしたい。
消えた女―彫師伊之助捕物覚え (新潮文庫)
藤沢周平消えた女 についてのレビュー
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(6pt)

話がとっちらかって、収集できなくなったみたいで(非ミステリー)

「三千円の使いかた」がブームを巻き起こした著者の一連の節約小説である。
テレビの特番の常連「大家族もの」の一員として育ち、金も常識も意欲もない貧乏でブスの若い女性が、謎めいた老女に資産形成を教わるというのが主題だが、脇のエピソードが多いというか多彩すぎて、肝心のメイン・エピソードが力不足。節約小説としても、ノワール系エンタメとしても中途半端というしかない。
老人ホテル
原田ひ香老人ホテル についてのレビュー
No.1108: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

古き良き骨太のノワール・ハードボイルド

シカゴを舞台にしたノワール・ハードボイルドで知られるイジーの第3作(邦訳では2作目)。マフィアに潜入していた捜査官が10年前の因縁から凶悪な強盗犯と対決する、男くさいハードボイルドである。
マフィアに潜入していた囮捜査官・ジンボは突然、作戦の中止を言い渡された。10年前にジンボが逮捕した強盗犯・ジジが刑期を終えて出所し、ジンボへの復讐を企てているのだという。マフィアの幹部・マイキーに取り入ることに成功し、壊滅まであと一歩と信じていたジンボは納得いかなかったが、ジジはマイキーの仲間であり、いつ顔を合わせるかわからないので中止になったのだった。ところが、中止を決めた検察官が記者会見でジンボの正体を発表してしまったため、復讐の執念に燃えるジジから執拗に命を狙われることになった…。
シカゴの暗黒街、犯罪組織や泥棒が主人公のクライムノベルを書いてきたイジーには珍しく、本作は刑事が主人公で警察アクションものの色合いもあるのだが、物語の本筋はジンボとジジの一対一の対決にあり、直接的な暴力による力の対決という、誠に古くさく、男くさいハードボイルドである。
正統派ハードボイルドやノワールのファンにオススメ。またジンボが古いギャング映画マニアとの設定で50年代〜70年代のギャング映画のトリビアがたびたび登場するので、そのあたりのファンなら更に楽しめるだろう。
無法の二人 (ミステリアス・プレス文庫)
ユージン・イジー無法の二人 についてのレビュー
No.1107: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

エスニック趣味だけじゃなく、ミステリーとして面白い

作家、起業家、演劇監督など多彩な活動を見せるイギリス人作家の初ミステリー。ロンドンのインド料理店でウェイターとして働く元インド警察の刑事が大富豪殺害事件と、自分が刑事の職を追われる原因となった事件の謎を解く、本格ミステリーである。
故郷コルカタで担当したインド映画のスター殺害事件が原因で退職・出国を余儀なくされたカミルは、父の古い友人であるサイバルが経営するインド料理店でウェイターとして不法就労し始めて三ヶ月が過ぎた頃、サイバルの友人である大富豪ラケシュの60歳の誕生日パーティーに派遣された。ラケシュは倍以上の年下の女性ネハと結婚したばかりで、パーティーに来た元妻や息子とネハが衝突し、パーティーは不穏な雰囲気に覆われた。案の定、パーティー直後にラケシュの死体が発見され、新妻ネハが第一容疑者とされた。ネハはサイバルの娘・アンジョリの親友で家族ぐるみの付き合いがあり、カミルはネハの容疑を晴らすように依頼される。警察権限がない上に、不法就労がバレれば国外追放される身の上のカミルだったが、持ち前の深い洞察力を駆使して粘り強く調査を進め、ついには自分が故郷を追われることになったスター殺害事件との繋がりまで発見する…。
きちんとしたプロセスを辿って事件の真相が解明される本格謎解きミステリーである。インドとイギリスの文化や生活習慣の違い、珍しい食べ物などのエスニック要素ももちろん興味深いが、それ以上にミステリーとして高く評価できる。タイトルから連想するコージー・ミステリーではない読み応えがある。
インド・ミステリーの枠にとらわれず、良質なミステリーとして多くの人にオススメしたい。
謎解きはビリヤニとともに (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.1106: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ソフトなネオ・ハードボイルドの傑作

アルバート・サムソン・シリーズの第4作。製薬会社のセールスマンである弟が事故で会社の病院に入院し、半年以上も面会謝絶になっている理由を調べてほしいという依頼を受けたサムソンが調査を進めるサスペンス・ミステリーである。
入院患者・ジョンの姉で依頼者であるドロシーはロフタス製薬が管理する病院に何度も面会を求めたのだが、無菌室に入院しているため面会できないと謝絶され続けてきたという。ジョンはセールスマンなのだが、事故に遭ったのは研究施設での爆発事故だという。面会できないことはもちろん、ジョンの担当する業務ではない研究所で事故に遭ったのもおかしい。さらに、関係者の医学的な説明も疑問だらけで納得できず、サムソンは強引な手法で謎の中心に突っ込んで行くことになった…。
事件の謎解きは複雑かつ精緻で、ミステリーとしての完成度が高い。さらに、13年ぶりに会ったという娘・サムが助手として加わり、サムソンの家族関係、過去が明らかになるところがシリーズ読者には気になるところだろう。ハードボイルドに欠かせない暴力、性的なシーンもあり、温和で温厚なサムソンのシリーズ中では異色作となっている。
シリーズのファンのみならず、ハードボイルドファン、ミステリーファンにもオススメする。
沈黙のセールスマン〔新版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMリ 2-13)
No.1105: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

クリスティ好き、コージーもの好きには受けそう

前作「マーダー・ミステリ・ブッククラブ」が評判を呼んだオージー・ミステリーのシリーズ第2弾。シドニーからニュージーランドへのクルーズ船を舞台にした本格推理もの、古典的名作「オリエント急行の殺人」のオマージュ作品である。
豪華客船「オリエント号」に乗り込んだブッククラブのメンバーたちは華やかなクルーズに酔っていたのだが、翌朝、乗客の一人が突然死し、さらに二日目には乗客の女性が海に転落したため、観光旅行どころではなくなってしまった。クラブのメンバーで船の代理医師を務めているアンダースは「自然死と事故だ」というのだがアリシアたちは納得できず、独自の調査を進めることにする。何百人もの乗客・乗員、さらに個性的すぎるキャラクター揃いという状況で、クラブ・メンバーは得意の推理力を駆使して果たして謎を解くことができるのだろうか?
事件の動機、犯行態様、肝となるトリック、推理のプロセスはオーソドックスというか、本格推理の基本通り。最後に主要登場人物を集めた場で謎が解明されるのも、パターン通り。絵に描いたようなクリスティ・オマージュ作品である。
本格推理のファン、クリスティのファン、コージー・ミステリーのファンにオススメする。
危険な蒸気船オリエント号 (創元推理文庫)
No.1104: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

本格推理の肝である「トリック」のトリセツ?

雑誌連載された12本の連作短編を収めた短編集。
本格推理でよく登場するトリックや犯罪の背景をテーマに、読者側、作者側の視点からさまざまな蘊蓄、揶揄、注文、考え方などを披露する一種のガイドブックである。密室、時刻表トリック、アリバイ崩しなど一作品一テーマで、登場人物がネタバラシ、作品世界からの逸脱などを繰り返しながら本格推理でのトリックの面白さ、陳腐さ、可能性を披露していく、いわば初心者読者向けのユーモア・パロディである。
純粋なミステリー作品としての評価はできないが、本格推理を読み進めるときにちょっとだけ役に立つトリセツとして読んで損ではない。
名探偵の掟 (講談社文庫)
東野圭吾名探偵の掟 についてのレビュー
No.1103:
(8pt)

古くて楽しくて男臭い、正統派のバディ物語

シカゴを舞台にしたクライム・ノベルの作家ユージン・イジーの邦訳第3弾。シカゴNo.1の金庫破りボロが、息子同然に育てた弟子のヴィンセントと組んで超高層ビル・シアーズタワーの90階の金庫を破る、ハードボイルド・サスペンスである。
シカゴ・マフィアのトップを巡る陰謀に絡んでマフィアのボスの金庫破りを依頼されたボロが、自分の命を預ける相棒にヴィンセントを選んだのは、これが最後の大勝負と決めたからだった。真冬のシアーズタワーの90階にビルの壁面を伝って外から侵入するという危険極まりない荒仕事だけに成功報酬は莫大で、成功すればボロは引退し、ヴィンセントも足を洗って恋人と家庭を築けるという目算だった。しかし、組織内での権力争いからマフィアのメンバーが暴走し、さらにマフィア退治に執念を燃やす二人の刑事が絡んできて、事態は複雑で先が読めなくなってくる…。
まず第一に、超高層ビルの90階で外壁を伝って侵入する、しかも雪と強風が吹き荒れる真冬の早朝にという、手に汗握る舞台設定が抜群。さらに、自らの死期を意識したボロと、親子のように接してきたヴィンセントとの年齢差を超えたバディ物語が感動的で、感涙ものの超一級ハードボイルド作品である。また、主人公に絡むマフィアや刑事、泥棒仲間のキャラクターが秀逸で、ストーリー中に挟まれるエピソードが生き生きと躍動している。
パターン通りの展開でも飽きさせない、古くて面白いハードボイルドを探している読者に自信を持ってオススメする。
地上90階の強奪 (ミステリアス・プレス文庫)
ユージン・イジー地上90階の強奪 についてのレビュー
No.1102: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

カーター保安官助手が撃たれた、一大事!

「ワニ町」シリーズの第5作。いつもの3人がドタバタと走り回り、最後には事件を解決してしまう、毎度お馴染みのユーモア・ミステリーである。
ついにイケメン保安官助手・カーターとの初デートを実現したフォーチュンが甘い余韻に浸ろうとしていた朝、アイダ・ベル、ガーティが飛び込んできて「宿敵・シーリアが町長選に立候補した」と騒ぎだした。さらに、保安官事務所からは「バイユーにボートで出かけたカーターが銃撃され、SOSを送ってきた」と知らされる。それ一大事と、三人はボートを盗んで助けに駆けつけ、沈没しているボートから瀕死のカーターを助け出した。法執行機関の職員を狙った銃撃に衝撃を受けた三人だが、カーター不在の状況で事件を解決できるのは自分たちしかいないと大張り切り。町中を巻き込んで、今まで以上の混乱を引き起こすのだった。
フォーチュンがワニ町に住むのは三ヶ月限定だが、一月とたたないうちに5つ目の事件。まさに世界一の事件多発地域である。そこで身分を隠したCIA職員と老婆が活躍するのだから、ご都合主義の展開だらけだが、それが楽しい。フォーチュンとカーターの恋物語ももどかしいほどのスピードではあるが進行中で、今後に楽しみを残している。
何も考えずにひたすらマンネリを笑う、コージー・ミステリー好きの方にオススメする。
どこまでも食いついて (創元推理文庫)
ジャナ・デリオンどこまでも食いついて についてのレビュー
No.1101:
(8pt)

暴力に立ち向かえるのは暴力だけなのか

壊れたアメリカの暴力を描き続けてる人気作家・スローター、久々のノン・シリーズ作品。23年前のトラウマにとらわた姉妹が過去に決着をつけるために壮絶な暴力で自分を守ろうとする、バイオレンス・サスペンスである。
幸福な家庭生活を送っている弁護士・リーに突然、陰惨なレイプ事件の弁護が命じられる。容疑が濃厚だが無罪を主張する被告が、公判の直前になってリーの弁護を依頼してきたという。なぜ自分が指名されたのかいぶかりながら被告に会った途端にリーは、23年前の悪夢が蘇り、激しい衝撃に打ちのめされる。被告・アンドルーは、リーが生涯隠し通すはずだった、あの秘密を握っているようだったのだ…。
弁護士としては被告・アンドルーを無罪にする責務があるのだが、ひとりの女性としてはレイプ魔を許せず、刑務所に送り込みたいという、究極のジレンマに苛まれるリー。その理由が順々に明らかにされ、再生への歩みを追うのがメイン・ストーリーで、事件の舞台として未知のウィルスによるパンデミックに怯えるアメリカ社会の動揺が置かれている。ただし、コロナ禍の部分は、言ってみればどうでもいい背景で、主題は子供や女性への性暴力との戦いという、スローターが追求してやまないテーマである。また、精神的・肉体的な暴力の凄惨なシーンが続出するのも、いつものスローターの世界である。
スローター・ファン、現代の社会病理が絡むサスペンスのファンにオススメする。
偽りの眼 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター偽りの眼 についてのレビュー
No.1100:
(6pt)

タンゴ、タンゴ、タンゴ愛に満ちた政治歴史サスペンス

ドイツ人作家によるタンゴ愛に貫かれた長編小説。タンゴダンサーとバレエダンサーの恋をメインに、ドイツとアルゼンチンの近代史の負の遺産を描いたサスペンスである。
バレエの世界での成功を夢見る19歳のジュリエッタはベルリンに滞在中の23歳のアルゼンチン人・ダミアンのタンゴを見て、衝撃的な恋に落ちた。しかし、夢のような時間はあっという間で、ダミアンはジュリエッタの父親を監禁したまま放置して姿を消してしまう。傷心のジュリエッタはダミアンが逃亡したアルゼンチンに飛び込み、ダミアンに会って真意を聞こうとする。だが、言葉もロクに通じないブエノスアイレスでの人探しは難航し、ダミアンを見つけるどころか、謎が深まるばかりだった。所属するバレエ団との約束で帰国しなければならなくなったジュリエッタだったが、迎えにきた父親と出発する直前の空港でダミアンと接触したことから、再びブエノスアイレスの街に戻って行った…。
バレエダンサーとタンゴダンサーの華やかな恋を中心に、ジュリエッタの父親とダミアンの隠された謎が重ねられ、政治と歴史が絡むサスペンスに仕上げられている。ダンスと政治、どちらに重点がということではなく、どちらも重点を置かれている。従って、どちらかに興味がなければ退屈な部分が多いことは確かだ。
1960〜80年代の政治史、タンゴそのものに興味がある方にオススメする。
殺戮のタンゴ (Hayakawa novels)