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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1393件
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ノーベル文学賞候補にも挙げられるアメリカ現代文学の大御所・マッカーシーの本格犯罪小説。メキシコ国境に近い荒地で麻薬密売組織、殺し屋、ベトナム帰還兵、善良な保安官などが血と暴力のドラマを繰り広げる、パワフルな傑作ノワールである。
1980年のテキサス州南西部で麻薬取引のもつれから起きたらしい凄惨な殺戮現場に遭遇したベトナム帰還兵のモスは、大量の麻薬と共に残されていた240万ドルの大金を持ち逃げした。当然のことながらモスは組織が放った凄腕の殺し屋・シガーに狙われ、さらに地域の保安に生涯を捧げている保安官・ベルからも行方を追及されることになる。女房からも離れ、単独逃避行を選んだモスだったが、その行く先々で更なる死体が積み重なることになった…。 まず第一に殺し屋・シガーの狂人的で圧倒的な暴力が強烈なインパクトを与える。その「純粋悪」とでも言うべきキャラクターは血と暴力のアメリカ・ノワールの歴史に名を残す存在感である。その対極に位置する老保安官・ベルの語りは暴力の国に生きる善き人々のエッセンスであり、物語にヒューマン・ドラマの厚みを加えている。さらに狂言回しであるモスの言動の振れ幅の大きさが人間くさくていいアクセントになっている。映画化された「ノーカントリー」は大ヒットしており、すでに映画を見た読者も多いだろうが、先に映画を見ていたとしても十分に楽しめること間違いなし。 全てのノワール・ファンに絶対の自信を持ってオススメする。 |
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著者が得意とするイジメ、罪と罰、加害と被害の公平さをテーマにした書き下ろし作品。物語の構成はミステリー的だが、ストーリーはヤング・アダルトな自分探しである。
新人文学賞の最終候補になりながら落選した15歳・中学3年生の少女が教室で同級生を刺殺した。少女が「最終候補で落選。哀しいので明日、人を殺します」とコメントを付けて自分の小説を投稿したため、ネットで騒動になる。受賞作より落選作の方がいい、コネで受賞したのだろう、などと誹謗中傷された受賞作家が追い詰められ「自分が受賞して申し訳ない」と残して自殺したため、担当編集者は自責の念に駆られる。一方、加害者の少女は犯行動機を二転三転させ、少年院で入所者の更生を手助けする篤志面接委員に「私の本当の犯行動機を見つけてください」と語る。何が少女を犯行に導いたのか…。 犯行動機を解明するのがメインの物語で、最後にどんでん返しも仕掛けられているのだが、読んでいる時はミステリーであることを忘れてしまう。犯行からその波紋、担当編集者、篤志面接委員、犯人のキャラクターが明らかになるリード部分はたどたどしく、犯行動機の解明プロセスも同じテーマの堂々巡りでテンポが悪い。ミステリーというよりは、若者の社会的成長や常識形成を巡るヒューマン・ドラマというべきか。2時間ドラマなら高評価されそうな作品だ。 |
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2021年英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)最終候補作品。過去のミステリーや映画、文学の蘊蓄と英国コージーミステリーのエッセンスが散りばめられた犯人探しミステリーである。
英国南部の高齢者施設に住むペギーが心臓発作で死亡しているのを、訪れた介護士・ナタルカが発見した。検視では自然死とされたのだが、不信を抱いたナタルカは警察に相談するとともに、友人二人と一緒に真相を探ろうとする。すると、ペギーの部屋を調べていたナタルカたちの前に拳銃を持った覆面の人物が現れ、一冊の推理小説を奪って行った。誰が、何のために小説を奪ったのか? 実はペギーは「殺人コンサルタント」を自称し、多くのミステリー作家に協力していたという。推理作家が絡んだ事件ではないかと推測した3人は真相を求めて、ミステリ・ブックフェアが開かれたスコットランドへ赴くことになった…。 本筋は老婦人殺しの犯人探しだが、事件の背景、真相解明のプロセスの至る所にさまざまな作品の引用がまぶされたビブリオ・ミステリーである。従って、英国ミステリーに興味や素養がないと十分には楽しめない。また、巻末の解説によると英語表現にまつわるトリビアも多用されているようで、さらに読者は限定されるだろう。 イギリス好き、コージー・ミステリー好きの方以外にはオススメしない。 |
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2021年〜23年の週刊誌連載に加筆修正した長編小説。大阪府警の刑事が犯人と知恵比べする、従来通りの舞台設定だが犯人のキャラクター設定が素晴らしく、これまでの大阪府警シリーズのイメージを打ち破った傑作ノワール・サスペンスである。
莫大な金を稼いだ詐欺師、マルチ商法の親玉、新興宗教の教祖を次々に襲って殺害し、大金や金塊を奪う強盗殺人事件を引き起こす探偵会社代表の箱崎。元切れ者の刑事だっただけに警察捜査の裏側を知り尽くしており、周到な計画と厳密な注意力で警察に全く尻尾を掴ませなかった。特別捜査本部でコンビを組んだ府警捜査一課の舘野と箕面北暑のベテラン玉川は、次々と手口を変える犯人に翻弄されながらもあの手この手で情報を入手し、乏しい証拠をかき集め、ようやく犯人に追い付いたと思ったのだが…。 黒川氏の大阪を舞台にした警察小説というと、ユーモラスで緩い捜査官と悪辣な小物の犯罪者の騙し合いのイメージが強いが、本作は全く異なっている。何より犯人・箱崎のキャラクターが秀逸で日本のハードボイルド、ノワールではトップクラスのインパクトがある。さらに現代の捜査手法の緻密さ、刑事コンビの地道で粘り強い仕事ぶりもリアリティがあり、最初から最後まで緊迫感がある。もちろん、大阪府警シリーズならではの会話の妙、ちょっとズラしたユーモアも健在で、サスペンスフルなストーリーの良いチェンジ・オブ・ペースになっている。 黒川作品はそれなりの数を読んできたが、現時点でのナンバーワンのエンタメ作であり、黒川ファン、ハードボイルドファン、ノワールファン、日本の警察ミステリーのファンならどなたにも自信を持ってオススメしたい。 |
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2022年、デビュー作である本作がニューヨーク・タイムズのベストセラーで2位に登場したという新人女性作家の長編ミステリー。因縁がある連続殺人犯から挑戦された監察医が謎を解いていくサイコ・サスペンスである。
ルイジアナ州のバイユーで発見された女性の惨殺死体。身元が分かる物はなく、凶器も見つからなかったのだが、検死を担当した監察医・レンは死体が冷凍されていたと推測し、それを聞いたニューオリンズ市警の刑事・ルルーは2週間前に同じくバイユーで発見された女性の死体との関連性に気付いた。さらに、現場には2つの事件のつながりを示唆する犯人からのメッセージが残されており、連続殺人犯がさらなる犯行を目論んでいる可能性が高まった。集まった証拠品の中に、自分の記憶を刺激するものがあることに気付いたレンは、一連の犯行は自分に向けられた挑戦ではないかと直感する。一方、バイユー内の広大な敷地に住む連続殺人犯・ジェレミーは拉致してきた「客」を敷地内に放ち、追い詰めて殺すという「人間狩り」に耽っていた…。 ストーリーは探偵役となるレンと殺人犯・ジェレミーがそれぞれの視点で語る章が交互に繰り返されて進み、最初から犯人は分かっている。従って物語のポイントは犯人探しや動機の解明より、サイコパスと病理学者の知恵比べ、互いが命をかけて追い詰め合うサスペンスにある。そして迎えるクライマックスには、思いがけない仕掛けが隠されていた。この仕掛けをどう捉えるか、好きか嫌いかで評価が大きく異なる作品である。 サイコ・サスペンス好きならまずまず楽しめるが、謎解き、心理サスペンスが好きな人にはやや物足りない。読者を選ぶ作品である。 |
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28歳、しかも長編2作目となる本作で2023年のエドガー賞最優秀長編賞受賞という快挙を成し遂げた、新進女性作家の傑作ミステリー。死刑執行直前の死刑囚と、死刑囚に関わった三人の女性の過去から現在までの人間ドラマを描いた心理サスペンスである。
4人の女性を殺害したアンセルは死刑執行の12時間前、女性刑務官を抱き込んだ逃亡計画を実行に移そうとしていた。脱走に成功したら、獄中で書き継いできたエッセイを出版し世間の注目を集めるつもりでいるのだが、死刑へのカウントダウンは止まらない・・・というのが、死刑囚のパート。そこに、幼いアンセルを遺棄して逃亡した母親・ラヴェンダー、アンセルの元妻の双子の妹・ヘイゼル、アンセルと同じ里親の下で育った州警察捜査官・サフィという3人の女性の回想のパートが重なってくる。4つの視点からの物語が絡み合い、積み重なることでアンセルの人間性、事件の誘因、事件が引き起こした波紋が徐々に浮き上がってくる。構成は複雑だが主要人物がくっきりと書き分けられているので、リーダビリティは悪くない。 シリアル・キラーの犯行と逃亡、警察による追跡のミステリーではなく、アンセルという殺人犯が誕生したのはなぜか、どこで歯車が狂ったのか、どこかの時点でアンセルが違う選択をしていたらアンセルや3人の女性は違う世界を生きていたのだろうかという人間ドラマとして評価したい作品である。 人間性にこだわったノワール、心理サスペンスのファンにオススメする。 |
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本邦初訳となるアメリカの新進作家の長編ミステリー。オカルト、ホラーかと思わせておいてきちんとミステリーになっている巧妙な構成のページターナーである。
薬物依存症から回復し、社会復帰を目指していたマロリーは高級住宅街に住む裕福な夫妻の一人息子・テディのベビーシッターとなる。自分に懐いてくれる5歳の男の子・テディは可愛いし、良く気がつく夫妻から邸宅の離れを専用の住まいとして提供され大満足のマロリーだったが、ある日、テディが奇妙な絵を描いていることに気が付いた。森の中で男が女性の死体を引きずっているという絵は、昔、マロリーが住む部屋をアトリエにしていた女性画家にまつわる殺人事件を暗示しているようだった。さらに日を追うごとにテディが描く絵はリアルさを増し、何かを訴えているようになる…。 タイトルが示すように、テディが描く奇妙な絵から隠された事件が解明されるというストーリーは謎解きミステリーとして完成されている。そこに味付けされるのが、奇妙な絵のゴッシックとホラー要素で、折々に挿入された絵がサスペンスを盛り上げて行く。物語の構成に加えて装丁(これも構成の一部だが)の仕掛けの上手さが成功した作品である。最後のどんでん返しには賛否両論がありそうだが、そこまではどんどん積み重ねられる謎の渦に読者を引き摺り込む強力な引力をもっており、謎解き、ホラー、オカルト、サスペンスと、様々な楽しみ方ができる。 巻末の解説にもあるように、読む前には絶対に挿入されている絵を見ないことをオススメする。 |
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人気の「殺し屋シリーズ」の第4作。書き下ろし長編小説である。
今回の舞台は東京の高級ホテル。これまでの作品に出てきたキャラクターももちろん活躍するのだが、それ以上にユニークな新人たちが参戦し、超高速でドタバタ・アクション・サスペンスが繰り広げられる。ホテルという限られた空間で数時間のうちに終わってしまう物語だが、人物キャラクターや人間関係、事件の背景、殺人手段など構成要素が複雑かつ奇想天外で、あっという間に伊坂ワールドを堪能し、放り出された気分になる。もっと読み続けたいと思うものの、この中身の濃さを考えると、ちょうどいいボリュームと言える。日本の小説には珍しくどんどん人が殺されていくのだが、全く悲惨さがなく、笑って読めるのが楽しい。 殺し屋シリーズのファンはもちろん、伊坂幸太郎のファン、ドライなユーモアがあるノワールのファンにオススメする。 |
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インドに生まれ、インドとアメリカで学び、シリコンヴァレーで働き、デンマーク人男性と結婚して14年間デンマークで暮らし、現在はカリフォルニアに住むデンマーク国籍の女性作家の初ミステリー。コペンハーゲンを舞台に元刑事の私立探偵がムスリム男性の冤罪を調査した結果、デンマークの黒い歴史に直面するという、一級品のハードボイルド作品である。
正義感から警察組織のルールを破って解雇され、元恋人(愛娘・ソフィーの母親)の夫の法律事務所に間借りして私立探偵業を営むゲーブリエルは、かつて熱愛関係にあった人権派弁護士のレイラから「右派政治家・メルゴーの殺害で服役中のムスリム男性・ユセフの事件を再調査して欲しい」と頼まれる。5年前に起きた事件で、ユセフの息子がイラクへ強制送還されてISIS(イスラム国)に処刑されたためユセフはメルゴーを恨んでおり、物的証拠も揃っていたのだが、本人は頑強に犯行を否定して続けていた。冤罪の証明はほとんど不可能だと思いながらも、これまででただ一人、本気で愛したレイラの頼みとあって、ゲーブリエルは調査を引き受ける。ところが、調査を進めるうちに、当時の警察の捜査がずさんで矛盾点がいくつもあること、さらにメルゴーがナチス占領時代のデンマークに関する衝撃的内容の本を執筆中だったことが判明する。ゲーブリエルが本格的に調べ始めると、ゲーブリエル本人だけでなく、関係者、娘・ソフィーまで脅迫されるようになった…。 白人社会デンマークでのムスリム男性の冤罪ということで、当然ながら移民・人種差別がメインテーマであり、さらにナチス時代からのユダヤ人差別というデンマークの黒歴史が大きな影を落とす、まさに北欧ノワール、ミステリーの主流を行く物語である。だが、主人公のキャラクターが定番の殻を突き破ったため、読者の思い込みはあっけなく破壊される。スキンヘッドの40代白人男性ながらおしゃれに気を使い、健康や環境に配慮し、人種差別とは無縁で、しかも女性にモテモテにも関わらず恋人や家族(現在、過去を問わず)を熱愛しているという。しかもステージに立つほどのブルースギタリストであり、時に口にする警句はキルケゴールの引用で、趣味が自分が住む家の改修というのだから、文句の付けようがない、夢のようなキャラクターである。それでも読んでいて嫌味なところがないのは、作者の懐の深さと巧さである。 多様性がデフォルトの時代にふさわしいニューヒーローの登場(シリーズ化の予定)で、これまでのP.I.ものとはひと味違うハードボイルドの新ジャンルを開く作品として、多くのファンにオススメしたい。 |
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2012年から14年に雑誌連載された、著者の長編第4作。先輩ケースワーカーが殺害されたことをきっかけに、若き職員たちが生活保護不正受給の闇を暴く社会派ミステリーである。
意に沿わない職務に回された臨時職員の聡美を励ましてくれた先輩ケースワーカーの山川が受給世帯訪問中に火事に遭い、焼死体となって見つかった。翌日、職場を訪ねて来た刑事から山川が殺害されたことを知らされた。仕事熱心で人望があり、常に受給者に寄り添っていた山川が、なぜ殺されたのか。聡美は、先輩だがケースワーカーとしては同じく新人の小野寺と二人で山川の担当を引き継ぎ、現場を回るうちに、山川が何かを隠していたのではないかと疑念を抱くようになる。受給者の裏に暴力団の影がちらつき、しかも山川はその不正を知っていただけでなく、自らも関与していて殺されたのではないか。聡美と小野寺は公務員としての職分を越え、犯人探しに奔走する…。 これまで何度も報道されてきた生活保護不正受給、貧困ビジネスの実態をリアリティ豊かに描き出すだけでなく、善意の塊のようなケースワーカーが暴力団と組んで公金を掠め盗っていたのではないかという設定と謎解きは殺人犯探しのミステリーとしても一級品で、まさに王道の社会派ミステリーである。 文庫解説にある通り、佐方貞人シリーズから虎狼の血シリーズへの転回を告げる力作であり、柚月裕子ファンは必読。時代を映す社会派ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。 |
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アガサ・クリスティ賞、本屋大賞を受賞したデビュー作「同志少女よ、敵を撃て」に続く、第二次世界大戦期を舞台にした少年・少女の成長物語。史実とフィクションが入り混じっているのだろうが、作者が現時点から俯瞰的に見ていることが随所に表れていて、リアリティが薄い。表紙からも推測できるように、中高生にならインパクトがあり、共感されるだろう。
現在の世界情勢、世の中の不安定さを考えると強く訴えるところがある作品だが、ちょっと期待外れだった。 |
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1949年に発表されたフレンチ警部シリーズの一作で、2011年の創元推理文庫新訳版。殺人事件の容疑者、犯行様態、動機などがすべて明らかにされているのに、最後まで緊迫した推理が楽しめる倒叙型ミステリーの傑作である。
恋人と定めたフランクに体良く操られ、勤務する外科医から金銭を搾取する犯罪に手を染めてきたダルシーは、フランクが転職して行った先の引退貴族が死亡したことを知った。亡くなった貴族の一人娘は莫大な遺産を相続することになり、フランクはその娘との結婚を目論んでいるようだった。あまりにもフランクに好都合な展開を疑問に思ったダルシーは、事態の真相を探ろうとして著名な弁護士に相談したのだが、依頼の奇妙さを訝った弁護士はフレンチ警視に自分の疑問をぶつけた。検視審問では自殺とされ、一件落着のしていたのだが、一連の流れに違和感を抱いたフレンチ警視は再捜査に乗り出すことになった…。 前半の三分の二まではフランクとダルシーの置かれた状況、犯行への流れ、殺人の現場の様相がすべて読者の前に開示され、ただ一つ犯行の物証だけが見つからないという、倒叙型ミステリーの王道の展開で、フレンチ警視が登場してからは一気に波乱に満ちた謎解きミステリーとなる。そして最後、う〜んと唸るクライマックスが待っている。どんでん返しの妙と人間ドラマの濃密さのバランスがよく、読み応えがあるエンタメ作品である。 75年も前の作品とは思えない、少しも古びていない倒叙ミステリーの傑作として、多くの方にオススメしたい。 |
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花咲舞シリーズの第一弾。2003年から4年にかけて雑誌掲載された8作品を収めた連作短編集である。
すでにドラマが人気シリーズになっており、内容は紹介するまでもないが、銀行(仕事)を愛する直情型の若きヒロインが、落ちこぼれだが懐のふかい上司と組んで銀行の不正や不合理を糺していくビジネス・エンターテイメントである。主人公はまさにテレビ受けするキラキラ・キャラだが物語の背景、銀行業務の内実などはリアリティがあり漫画チックではない。 半沢直樹のファン、池井戸潤のファンには文句なしのオススメだ。 |
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ミステリー史上に輝くコン・ゲーム小説の大傑作。最後までハラハラ、ドキドキが持続し、最後にニヤリとさせられる、良質な傑作エンターテイメントである。
移民から大富豪に成り上がった詐欺師・ハーヴェイが仕掛けた罠にかかって大損させられた四人の男が集まり、失った合計100万ドルを取り返すためにチームを組んだ。メンバーはオックスフォードの数学教授、富裕層相手の医者、フランス人の画商、イギリス貴族の若き後継者で、それぞれが得意とする分野の知識を生かした4つの作戦を企画し、全員が協力して実行する。しかも、騙し取られた100万ドルをきっちり、多くもなく少なくもなく取り戻すという、極めて厳しい制限を自らに課した作戦である…。 騙す相手を徹底的に調査・分析し、相手が自らかかってくる罠を仕掛け、想定外のピンチも当意即妙の対応で乗り切るストーリーは波乱万丈、スピーディーで、殺人や暴力とは無関係にサスペンスが盛り上がる。詐欺師はもちろん、挑戦する四人もキャラクター設定も絶妙で、読むほどに惹きつけられていく。そしてクライマックスでは、そう来たか!と唸ること間違いなし。 1976年という半世紀ほど前の作品だが少しも古さを感じさせない傑作エンターテイメントであり、年齢・性別・好きなジャンルを問わず、多くの人にオススメしたい。 |
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2023年度の国内ミステリー3冠に輝いた、警察ミステリーの新シリーズ。雑誌掲載の5作品を収めた連作短編集である。
群馬県警本部捜査一課の葛警部は上司にはおもねず、部下に配慮することなく、真相解明のためには一切の妥協を排し組織に馴染まないのだが、かと言って日本の警察が守るべきルールを破ることはない。その卓越した能力には周囲も文句のつけようがなく、一たび捜査に入ると、わずかな違和感や疑問も軽視せず徹底的に考え抜く鬼刑事になり、まさに寝食を忘れて没頭する。何せ文中で口にするのはカフェオレと菓子パンだけなのだから・・・という主人公の設定が効果的。派手なトリックや過激な言動はなく、ただひたすら「なぜ?」を追求することで事件の背景、真相を暴いていくストーリーは、地味だが力強い吸引力を持っている。 日本の警察ミステリーのファンならきっと満足させる、一級品のエンタメ作品としてオススメする。 |
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ロンドン警視庁警察官「ウィリアム・ウォーウィック」シリーズの第4作。警部に昇進し、新設の未解決事件特別捜査班の班長となったウォーウィックが宿敵・ワトソン弁護士と死んだはずの美術品詐欺師・フォークナーのコンビと対決する警察集団ミステリーである。
ウォーウィックの班が再捜査することになった5件の事件のうち4件は永遠の宿敵・ワトソンが弁護を担当し、無罪や微罪にしたケースだった。班のメンバーが再捜査を進めていると、かつてスイスで死亡し火葬されるのを確認したはずのフォークナーが実は名前も外見も変えて生きていて、再びワトソンと組んで悪事を企んでいることが判明する。永遠の仇敵・フォークナーの出現に闘志を燃やすウォーウィックはメンバーとなった元囮捜査官のホーガン警部補とともにフォークナーを追い詰めて行く…。 死んだはずの仇敵との知恵比べ、辣腕弁護士によって刑を免れたり、微罪で逃れたりした犯罪者へ正義の鉄槌を下すほとんどアウトローな作戦という二つの物語が同時進行するストーリーは波乱に富み、一瞬たりとも気を抜けない。こんなスピーディーで緊迫感のある物語を書く81歳の巨匠に、ただ圧倒されるばかりである。シリーズの第4作なので前3作を読んでいるに越したことはないが、著者が「一作一作を異なるテーマの独立した作品にする」と語っている通り、本作だけでも問題なく楽しめる。 警察ミステリー、中でも群像劇、人間ドラマに惹かれる方にオススメしたい。 |
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デビューからの3作品が次々にドイツ・ミステリー大賞を受賞したという実力派の本邦初訳作品。不法残留者であるアフリカ系黒人青年が、殺人を目撃したことからベルリンの街中を逃げ回る逃走と追跡のサスペンスである。
ガーナ出身のコージョは失職したため不法残留者となり、日々、当局の摘発を恐れながらトルコ人街のカフェで働き、愛人のドイツ人女性が管理する空きビルで寝泊まりしていた。ある夜、ねぐらの向かいのアパートに住む娼婦が殺害されるのを目撃したコージョは現場を見に行き、犯人がアパートから出るのに遭遇し、さらに住人に目撃されてしまう。目撃証言から警察は黒人青年を容疑者として探し始めた。強制送還を恐れて、無実を訴えて警察に出頭することもできないコージョは自力で犯人を探そうとするのだが、逆に真犯人からも追われることとなる…。 とにかく逃げて、逃げて、逃げ回るコージョがあまりにも悲惨で同情を禁じ得ない。普通に暮らしているだけでも、周りのドイツ人だけでなく警察にも常に疑惑の目で見つめられるストレスは想像を絶するものがある。移民、難民に寛容な国というドイツのイメージが覆されることは間違いない。アフリカ系移民の生きづらさという社会派のテーマだが、物語はスピーディーなサスペンス作品に仕上がっている。 平穏な日常に隠された社会病理を描くミステリーが好きな方にオススメする。 |
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大ベストセラー「ケインとアベル」の姉妹編。戦後(第二次対戦後)のアメリカで起業家として成功し、政治の世界でも大統領候補の一番手と目されるまでの活躍を見せる女性の一代記である。
無一文でポーランドから辿り着き、一代でホテル王国を築いたアベル・ロスノフスキの一人娘・フロレンティナは才気煥発の美しい女性に育っていた。当然、父の事業を継ぐものと思われていたのだが、父の宿敵・ケインの息子・リチャードと出会い、駆け落ちしたことから勘当同然となる。しかし、父譲りの経営感覚で起業に成功し、やがては父の事業を継ぎ、さらに大きく発展させた。それでもどこか物足りなさを感じるフロレンティナは請われて政治の世界に入り、下院議員から上院、さらには大統領が視野に入るまでに上り詰めて行く…。 アメリカ初の女性大統領が誕生するか否かがクライマックスで、下巻の後半部分はスリリングだが、それまでは印象深いエピソードもあるものの全体がノンフィクション的なテイストで、小説としてはやや物足りない。しかし、1982年にこういうアメリカの政治状況を想定していた筆者の洞察力、構想力は素晴らしい。脱帽である。 姉妹編とはいえ「ケインとアベル」を読んでなくても問題なく楽しめる。人間ドラマ、大河ドラマ好きの方にオススメする。 |
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高級住宅地で父親が母親に殺害される、家庭内殺人事件が発生。絵に描いたような幸せなエリート一家に何が起きたのか? 隣り合って、互いに意識しながら暮らす三家族の視点から事件の真相が徐々に明らかになるストーリーだが、謎解きミステリーではない。同じ場面でも登場人物が変わり、視点が変わるたびに変化していき、なおかつ最後まで真相は藪の中という、どこにでもある家族の闇の物語である。同じ屋根の下で暮らしていても互いの心のうちは分からない、そこが究極のミステリーということか。
イヤミス好きの方なら楽しめるだろう。 |
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2008年度MWAの最優秀長編賞受賞作。5年ぶりに故郷に帰ってきた男が幼馴染みが殺害された事件に遭遇、さらに家族が巻き込まれる事件が続き、その真相を追究することで愛する家族の隠されてきた実像に直面する人間ドラマ、家族物語である。
5年前、殺人の濡れ衣を着せられ、無罪になったものの父親に勘当されて故郷を捨てたアダムが、二度と戻らないと決めた町に戻ったのは、幼馴染のダニーが「人生を立て直すのに力を貸してほしい。一対一で話したい」と電話してきたからだった。最初は断ったのだが気になって仕方なく、帰ってきたのだった。5年ぶりの故郷の景色は変わっていないものの、家族や元恋人との関係は微妙に変化し、それ以上に町の雰囲気は大きく変わっていた。その背景となっているのが、アダムの父が所有する広大な農場を含む土地の原発建設計画で、莫大な開発資金を巡って開発派と反対派の対立が先鋭化していたのだった。家族や元恋人とぎこちない再会を果たしたアダムはダニーを探すのだが、ある事情からダニーは逃亡中で行方が知れないという。そうこうするうちにアダムはダニーが殺されているのを発見したばかりか、重要参考人にされてしまう。再び濡れ衣を着せられたアダムはしゃにむに謎を解こうと突っ走る…。 親友の死、家族が巻き込まれた事件の謎を解くミステリーであるとともに、アメリカ南部の大農場一家の崩壊と再生の物語でもある。正直、ミステリー部分だけでは大した作品ではない。むしろ、男の友情、恋人との愛情、親子・兄弟など家族の絆の物語としての完成度の方が高い。 ミステリー風味の人間ドラマ、家族ドラマが好きな方にオススメする。 |
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