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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1167件
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ウェスタンものでデビューしたレナードが1969年に初めて書いた現代物ミステリー。本邦初訳でようやく読める喜びを感じさせる「レナード・タッチ」のクライム・ノベルである。
元野球選手で流れ者の農園労働者のジャック、農園主に囲われているハイティーンのナンシー、リゾートヴィレッジの経営者で町の判事でもあるマジェスティックの三人が出会い、行き当たりばったりに小さな悪事や騙し合いを重ねて行くストーリーは、多少のテンポの悪さはあるもののレナード・タッチの萌芽を感じさせる。大きな犯罪物語ではなく、いかにも小悪人がやらかしそうなエピソードの連打で最後まで飽きさせない。 記念碑的作品としてレナードファンは必読。現代ノワールのファンにも期待に違わぬ面白さでオススメできる。 |
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1970年代、ピンク・ヘルメットと過激な抗議活動で話題を呼んだ「中ピ連」。日本のウーマンリブの一潮流を作り出したこの組織のリーダーの真の姿を、周囲の人物へのインタビューから描き出そうとした意欲作。あえてピエロになって社会の壁を突き破ろうとした先駆者の蛮勇に敬意を払いつつ、時代から先走りすぎた者の悲しさをも容赦無く暴いていく。
半世紀以上経った今、中ピ連の成果は受け継がれているのだろうか? 国家や家や家族が女性の体を縛る状態は、多少なりとも改善されているのだろうか? 問題意識を喚起される作品である。 |
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控訴審で逆転無罪を喰らった高検検事が、自分は間違ったのか、運悪くひねくれ者の裁判長に当たってしまったのか苦悩し、事件の裏側を探る事件捜査が一方にあり、他方に念願の医学部入試を突破したのだが成年後見制度が壁になり入学金が払えないという若者のトラブルが置かれる。一見、無関係な二つのストーリーが人物関係が分かってくるとともに、二重三重に繋がっていく展開は見事。サブストーリーのヤクザの跡目争いも巧みに組み込まれ、良質なリーガル・エンタメ・ミステリーに仕上がっている。
終活で話題になる成年後見制度の落とし穴がくっきり見えてきて深く考えさせられた。 高齢者はもちろん、家族に高齢者がいる方々にもオススメしたい。 |
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アイスランドを代表するミステリー作家・インドリダソンの大ヒットシリーズ8作目。休暇中のエーレンデュルに代わり、いつもは脇役のシグルデュル=オーリ捜査官が主役となる社会派警察ミステリーである。
シグルデュル=オーリは旧友・パトレクルから「義理の姉夫婦が恐喝されているので助けてくれないか」と頼まれた。セックス・パーティで撮られた写真をネタに大金を要求されているという。何とか事態を収めようと恐喝者の元を訪れたシグルデュル=オーリは、恐喝者が倒れているのを発見したのだが、シグルデュル=オーリ自身も殴られ、犯人は逃走してしまった。恐喝者を追う警察捜査がメインで、そこにホームレスの男が謎の男を監禁している事件、空前の好景気に湧くアイスランドでの銀行絡みの金融犯罪が重なり、互いに絡み合いながら緊張感を高めていく。構成としては複雑だが、読者には徐々に相互関係が分かってくるので読みづらくはない。一点、物足りないのはシグルデュル=オーリの性格が魅力的ではないこと。人間味があると言えば、それまでなのだが。 しかし、エーレンデュルはいつ復活するのだろう? シリーズ愛読者はもちろん、北欧ミステリーのファンにオススメする。 |
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英米を代表する現代ミステリーの巨匠・バークのゴールド・ダガー賞受賞作。デイヴ・ロビショー刑事シリーズの第10作である。
ルイジアナの地元保安官事務所の刑事で釣り用貸しボート屋も営み、妻と養女の三人で平穏に暮らしていたロビショーを、著名なフォトジャーナリストとして活躍しているミーガンが訪ねて来た。拘置所にいる黒人男性・ブルサードが看守から虐待されているというのだ。ロビショーが調べてみると、ブルサードはFBIの情報源として使われてるらしく、FBIが捜査の邪魔をしているのではないかと疑われた。さらに、過去に起きたブルサードの妻の自殺、白人のレイプ犯への私刑、ミーガンの父親が磔で殺された事件までもが絡んでいるようだった…。 物語はかなり複雑で登場人物も多くて読みやすいとは言えないが、ストーリーははっきりしている。主人公のロビショーのキャラも明快。落ち着いて読めば地味深いハードボイルドである。いつもながらアメリカ深南部の体に巻き付くようなドロドロした人間性にはうんざりするが、そこもまた読みどころである。 刑事、警察ものというよりハードボイルド・ミステリーとして読むことをオススメする。 |
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大学で諜報史を研究してきたという若き俊英の長編三作目。冷戦時代のイギリス、ロシア、アメリカ、MI6、MI5が入り乱れる諜報戦を生き抜いた伝説のエージェントが書いた暴露文書の出版を巡るスパイ・サスペンスである。
冴えない諜報史学者のマックスのもとに、MI6伝説のエージェントであるスカーレット・キングから手記の執筆の依頼が届く。もし本物であればイギリス政府はもちろん、アメリカをも巻き込んだ大変な話題作となり、映画化もされるだろう。期待に胸膨らませたマックスだが、学者として手記の真贋に疑問を持ち調査を始めた。するとマーガレットが殺害され、マックスは犯人としてMI5に追われることになる…。 とにかくストーリー展開が秀逸。第二次大戦末期から現代に至るまでのイギリス情報部の極秘作戦が圧倒的な知識で裏付けされたリアルなエピソードで明らかにされる。かつてのスパイ小説の王道を行くル・カレ、グレアム・グリーンと同じ迫真性で、しかも徹底的に良いやすさとエンタメ作品にこだわっているのだから面白くない訳がない。 古くからのスパイ小説ファンはもちろん、スパイ小説は難しくて苦手という人にこそオススメしたい傑作である。 |
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2021年に亡くなったル・カレの2006年の国際陰謀ミステリー。75歳の老境にありながら少しも衰えない世界の裏を見通す眼と鍛え上げられた技巧で、資源国を食い潰すイギリスの罪深さを糾弾する熱いサスペンス・エンタメである。
コンゴでアイルランド人宣教師の父とコンゴ人の母のもとに生まれたサルヴォはイギリスの大学を卒業後、多数の言語を操る類まれな言語能力を駆使し、アフリカ関連の通訳として活躍していた。ある日、国防省役人のアンダーソンから高額の報酬で秘密会議の通訳を依頼される。会議の目的はコンゴを安定させ、豊富な鉱物資源を活用して民衆を豊かにするために民族和解を進めようというものだった。しかし、会議の通訳だけでなく、参加者の部屋に仕込んだ盗聴マイクで内密の会話を盗聴する仕掛けに加担させられたサルヴォは、会議の真の目的がコンゴの鉱物資源を略奪する国際シンジケートの陰謀であることに気付き、それを阻止するために密かに行動し始める…。 植民地から独立を果たした後に続くアフリカの混乱、それに乗じて利権を拡大する国際資本の悪辣さを、これでもかと見せつける。その怒りのエネルギーに圧倒される。東西対立が終わっても世界が平和にならないのはなぜか、国際正義の理想が脆くも崩れ行くのはなぜか。巨匠は戦うべき相手をしっかりと描写してみせた。 ル・カレの陰謀ミステリーにしては読みやすいので、ル・カレ・マニアを越えた幅広い読者にオススメしたい。 |
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2021年〜23年に雑誌連載された連作短編6作で紡ぐ表現者の女性の物語。アイヌ民族の誇りも悲哀も全て引き受けて生きるヒロインの靭さが感動的なヒューマン・ストーリーである。
アイヌとして生まれた赤城ミワは、アイヌの伝統を受け継ぎながら革新するデザイナー、表現者として高い評価を確立した。生まれながらに差別に晒され、にもかかわらずというか、故に民族の誇りを持ち、揺るぎない生き方を貫く。その中でミワに関わってきた人々はミワの真性を掴むことができず、幸せになったり落ち込んだり、さまざまな空回りを繰り返す…。 桜木紫乃らしい靭い女、自律する女のロールモデルがここにある。背景となるアイヌ民族問題の扱いも上手い。 桜木紫乃ファンはもちろん、女性の生きづらさ、民族差別に関心がある方にオススメする。 |
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それぞれで完結した4作品の最後に一枚の写真があり、そこに隠された真相を発見しろという「体験型ミステリー」。4作品、どれも短編ミステリーとしては魅力に欠けるが、連作で繋がっていること、挑戦的なネタ隠しがあることが売りの意欲作である。
冒頭にネタバレの「ヒントサイト」のQRコードがあるので、最後には作者がいう「真実」を知ることができたのだが、それ無しでは1作品も真相を見つけられなかった。 推理マニアにオススメする。 |
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ご存知、2025年度CWAインターナショナル・ダガー賞の栄誉に輝いたバイオレンス・アクション小説。
文庫で200ページほどの中編だが、そこから溢れ出る怒りと暴力は圧倒的。ここまで徹底した暴力は日本のバイオレンスものでは珍しいが、それぐらいの熱量がないと不条理な世の中に対抗できないという女性たちの怒りの表れだろう。 とにかく、読め! 読めばすぐに文句なしの面白さが分かる。 |
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パトリシア・ハイスミスの1965年の作品。1966年に邦訳されたものを同じ訳者で改訳したという珍しいケースである。
イギリスの片田舎に暮らす作家のシドニーと画家のアリシアの若夫婦。ちょっとした夫婦喧嘩からしばらく距離を置くことになり、どうせなら「あなたが私を殺して埋めた」ということにしようと意見が一致し、アリシアは家を出た。作家としてそんな状況を楽しもうと、シドニーはアリシアの死体をくるんだつもりの絨毯を森に埋め、友人・知人には妻の行方について曖昧な発言を繰り返した。アリシアの行方についてさまざまな憶測が飛び交うなか、隣人のリリバンクス夫人はシドニーが絨毯を車に積み込むのを目撃しており、夫による妻殺害の疑いを深めていた。そこにアリシアの両親が捜索願を出し、警察が本格的にアリシアを探し始めた。アリシアの行方や家出の動機の説明に辻褄が合わなくなってきたシドニーは、徐々に追い詰められて行く…。 やってもいない犯罪、冗談のはずの「妻殺しごっこ」がのっぴきならない疑惑に成長していくプロセスが面白い。特に主人公がやってもいない犯罪の罪悪感に追い詰められる心理サスペンスは迫力がある。 半世紀以上前の昔話だが今読んでも少しも古びておらず、ハイスミスの魅力を堪能できる作品として、多くの方にオススメしたい。 |
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「向かない」シリーズで人気爆発したホリー・ジャクソンのシリーズ外作品。大型キャンピングカーで出かけた6人の若者が携帯も通じない場所で銃撃され、閉じ込められる密室サスペンスである。
高校生のレッドは無二の親友のマディ、同級生のサイモン、高校は違うが同級生のアーサー、お目付役としてマディの兄のオリヴァーとその恋人のレイナの6人で大型キャンピングカーでキャンプ場を目指していた。ところが道に迷い、立ち往生したところを何者かにタイヤと燃料タンクを銃撃され、まったく動けなくなった。パニックになった6人に追い討ちをかけるように、銃撃犯からトランシーバーが届き、6人の誰かが秘密を抱えており、本人がそれを明かさない限り解放しないと命じられた。期限は翌日明け方まで、車から逃げようとしたら撃つという。誰が秘密を抱えているのか、仲良しのはずの6人の間で疑心暗鬼の神経戦が繰り広げられることになった…。 逃げ場のない状況での腹の探り合いという、よくあるワン・シチュエーション・サスペンスにタイムリミットの緊迫感が加わり、読み進めるにつれてスリルが高まっていく。さらに、6人のキャラクターがきちんと立てられており、なるほどこう動くか、こう言うかと納得できるエピソードで畳み掛けてくるところは上手い。ただ、主人公のレッドの秘密が仄めかしばかりでなかなか明らかにされないため、中盤ややダレ気味なのが惜しい。 「向かない」シリーズとは異なるテイストを楽しめるミステリーとしてオススメする。 |
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第二次世界大戦後のフランス、ベトナムを舞台に繰り広げられる壮大な家族ドラマである。
ベイルートで石鹸工場を成功させたルイとアンジェエルのペルティエ夫妻はグズでダメ男の長男・ジャン、優等生の次男・フランソワ、同性愛者の三男・エティエンヌ、紅一点で末っ子のエレーヌの4人の子供を愛情いっぱいに育てていた。それぞれに個性的な4人だったが、成人するとみな、家を出るようになった。4人は兄妹として助け合う気持ちはあるものの、個性の違いからさまざまな波風は生じるのだが、ルイとアンジェル夫妻の大きな愛情に包まれて平穏な日々を送っていた。ところが、外人部隊員としてサイゴンで死亡した恋人を追憶してベトナムに移ったエティエンヌが、ある国家的スキャンダルに気が付いたことから、一家全員が驚くべき災難に巻き込まれてしまう…。 時代に翻弄される一族を描いたドラマであり、それほどの新奇さはないもののストーリー展開、キャラクター設定の面白さで800ページを超える大作もあっという間に読み終えた。 ミステリーや謎解きにこだわらず、大河ドラマとして読むことをオススメする。 |
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インド生まれ、アメリカ育ちの女性内科医の手になる医療ミステリー。南北戦争後のフィラデルフィアを舞台に、女性医師のパイオニアが周囲の偏見、ミソジニーと戦いながら殺人事件の謎を解く社会派色の濃い、良質なエンタメ作品である。
設立まもない女子医学校を卒業し、臨床医として現場に出ると共に教壇にも立つリディア。女性は医師に相応しくないとの偏見や男性同僚からの見下し、嫌がらせに屈せず、自分の信念を貫いていた。ある日、患者であり、友人だったアンナの溺死体を検視解剖することになった。警察は自殺と見ているのだが、アンナを知るリディアには自殺が信じられず、さらに解剖結果からも他殺を疑い、独自の調査を進めることになった。すると、自殺説にそぐわない証拠や証言が見つかり、リディアはどんどん調査にのめり込んでいく。そして犯人につながる証拠を見つけたと思ったとき、リディアを肉体的暴力が襲ってきた…。 洋の東西を問わず、偏見との戦いを余儀なくされる女性医師のパイオニアたちの物語はいくつもあるが、本作はそれを見事なミステリーに仕立て上げたところが素晴らしい。医学的正確さを重視した描写がやや重苦しいものの、ミステリーとしての展開は巧みで、誰もが満足できる作品である。 世のレビューに惑わされず、一度手に取ることをオススメする。 |
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1930年代に獄中作家としてデビューしたもののパッとせず、50年代にフランスで人気が出た黒人作家の1959年の作品。酔っ払った白人警官に同僚を殺され、さらに証拠隠滅のために命を狙われる黒人青年の逃走と白人警官による執拗な追跡のハードボイルド・ノワールである。
年の瀬のニューヨークの深夜、酔っ払った警官・ウォーカーは停めたはずの車がないことに気付き、そばにある食堂の黒人清掃員が盗んだと思い込む。身に覚えがない3人の清掃員たちは銃に怯えながらも事態を落ち着かせようとするのだが、ウォーカーは2人を射殺し、現場を目撃したもう一人の清掃員・ジミーも殺そうとする。ウォーカー自体が銃を撃った理由が分かっておらず、ましてやジミーは訳も分からず、ただ逃げなければ殺されると逃走する。かくてウォーカーとジミーは必死の追走劇を繰り広げるのだった…。 図式化すれば人種差別主義の白人警官と無実の黒人青年の間のヘイトクライムであり、善悪がはっきりした物語なのだが、1950年代のアメリカ、中でも差別反対の意識が強いニューヨークが舞台とあって、登場人物たちが差別に複雑な反応を示すところが読みどころ。ここのところの微妙なズレ、建前と身体的反応との矛盾が不気味である。 黒人が主役のノワール、ハードボイルドの系譜を知る貴重な作品として、ブラック・ノワール、ハードボイルドのファンにオススメする。 |
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英国・米国では国際謀略系のベストセラーを連発している作家の本邦初訳(?)。N.Y.P.D.の内務局に勤める刑事が、自殺とされた妻の死に関する謎を一人で解明していくアクション・ミステリーである。
謹厳実直で同僚と言えども不正は許さない内務局の刑事・ジャックに、ワシントンD.C.で敏腕記者として活躍している妻・キャロラインの行方不明が告げられ、翌日、キャロラインの水死体が発見された。検死の結果、精神的に落ち込んでいたキャロラインの自殺と発表された。何事にも前向きで活発な妻の性格を知るジャックには自殺は信じ難く、さらに翌日、妻の弁護士から届けられた資料を見たジャックは「妻は何者かに殺害された」と確信し、真相を解明しようとする。だが、関連する捜査組織は動かず、逆に妨害され、さまざま脅迫を受けた。窮地に陥ったジャックは弟のピーターの助けを借り独自の調査を開始する…。 法に従う警察官としての義務と妻の復讐を果たしたい人情の間で葛藤する主人公だが、最後はやはり西部劇からのアメリカン・ルールで、銃での決着に至る。本作での悪役は政府情報機関と親密な民間諜報・暴力会社で、イラク、アフガン以来の悪しき側面が露骨に現れている。 理屈抜きに力は正義というアクションもののファンにオススメする。 |
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毎回、新しい趣向で読者を迷わせる(楽しませる)スワンソンだが、その期待は今回も裏切られない。
自分を含む9名の名前が書かれた1枚のリストを受け取った9人の男女。リスト以外に同封されたものはなく、何のためのリストかさっぱり分からず、疑問に思うこともなく捨ててしまった人もいた。しかし、リストに載っているホテル経営者の老人が海岸で溺死し、さらにもう一人の男性がランニング中に射殺された。自分も名前が載っていたFBI捜査官のジェシカは9人の関連性を調べるために所在を確認し始める。一方、ホテル経営者の事件を捜査する地元警察の刑事ハミルトンは被害者の背景から動機を探ろうとする…。 ミステリーの不朽の名作「そして誰もいなくなった」へのオマージュ作品だが、舞台設定、話の構造が全く違っている。一人ずつ殺されるのは同じだが、9人が同じ場所にいるのではないため、連帯感もなければ襲われる恐怖や危機感もない。隠された共通点を知るのは犯人だけというのが、極めてスリリング。動機・真相が明らかにされると、事件の規模に対してこれ?っという違和感があるかも知れないが、犯人探しや犯行様態の解明に主眼を置かず、サスペンスを楽しむ物語として読めばなかなかの傑作である。 スワンソン・ファンの方はもちろん、ミステリー名作マニアの方にもオススメする。 |
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競馬ミステリーの金字塔「競馬シリーズ」が見事に蘇ってきた。父の跡を継いだフェリックスならではの、これぞ血統書付きの競馬ミステリーである。
探偵業から引退し、株取引や投資で生活しているシッドを訪れたスチュアート卿(英国競馬統括機構会長)はレースで不正が行われていると確信したのだが、自分の組織の保安部から相手にされなかったため、シッドに調査を頼みたいと言う。シッドはもう探偵は止めた、関わりたくないと断ったのだが、不正を示唆する資料を押し付けられた。その翌日、スチュアート卿の変死が知らされ、シッドの心が揺れた。妻には反対されながら気になることを調べ始めたシッドは、すぐに家族が危険にさらされる事態に巻き込まれた。不正の黒幕と思われる男から卑劣な攻撃を加えられたシッドは生来の正義感と反骨精神に駆られ、捨て身の戦いを挑むことになる…。 もう最初から最後まで競馬シリーズの醍醐味に溢れ、ディック・フランシスの作品を読んでいる気持ちにさせられる。ストーリー展開、キャラクター設定、競馬界の内情など全てが文句なし。さすがシリーズの終盤の作品を父と共著してきたフェリックスである。 新シリーズは翻訳者も出版社も変わったのだが、漢字二文字のタイトル、表紙デザイン、グリーンの背表紙など、これまでのシリーズをリスペクトした姿勢も好感度大。 競馬シリーズを読んできたオールド・ファンはもちろん若い読者にもオススメしたい傑作ミステリーである。 |
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警察小説の巨匠・ウォーのデビュー作。1947年刊行で長く未訳だったものが78年ぶりに初邦訳されたという歴史的価値がある作品である。
N.Y.の私立探偵・シェリダンが美人妻・ダイアナと共に元大スターの富豪・ヴァレリーからの招待状を受け取り、郊外にある大邸宅を訪れた。著名な弁護士、産業界の大物、上流階級の子女、コラムニストなど招待客は揃ったのだが、肝心のホステスのヴァレリーが姿を現わさない。疑問に思ったシェリダンが邸宅の周囲を探ると、庭から続く森の中でヴァレリーが殺されていた。大勢の人を招きながら殺されたのは何故か? 招待客はもちろん執事夫婦にも怪しい動機が見え隠れする事態に巻き込まれ、シェリダンは地元警察署長のスローカムに協力し、事件の謎を解いていく…。 犯人探しの私立探偵もので、時代の流行に乗ったハードボイルド風味が強い。同時に、最後に全員を集めて探偵が犯人を名指しする古典的な探偵ミステリーでもある。後年のウォーの警察小説に比べれば未熟な部分も多いが、発表された年を考えれば傑作である。 歴史的価値を楽しめるミステリー愛好家にオススメする。 |
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アメリカの犯罪史上最も有名なシリアルキラー、テッド・バンディ事件をテーマにしたノワール・ノベル。何かと称賛される加害者に対し、現代の女性の視点から徹底的に叩きのめそうとする意欲作である。
1978年1月の深夜、フロリダ州立大学の女子寮に何者かが侵入し2人が殺され、2人が重傷を負った。寮を管理運営する支部長のパメラは犯人と鉢合わせ唯一の目撃者となったのだが、当初の供述が変遷したため保安官からは信頼されていなかった。そんなパメラに、わざわざシアトルから会いにきたティナという女性が4年前に友人のルースが行方不明になった事件と今回の事件は同一犯だと告げた。ティナが見せた指名手配写真を見たパメラは「この男だ」と確信し、保安官に知らせたのだが、二つの事件は無関係だと断定された。事件で亡くなった親友・デニースのために犯人を捕まえたいパメラはティナと協力して犯人を追う決意を固めた…。 性差別が罷り通っていた1970年代アメリカで当たり前のように流れた犯人の容姿や知性を讃え、英雄視する風潮に対する怒りが全編にみなぎっている。それは、被害者は無名のままに忘れられ、歪んだ加害者像が独り歩きすることへの全面的な拒否表明として、最後まで犯人の名前を書いていないことに象徴されている。その問題意識の鋭さ、意欲は買うのだが、事件発生時と現在を行き来する構成が効果を発揮せず、読みづらいのが難点。 忍耐強いノワール愛好家にオススメする。 |
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