■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数83

全83件 1~20 1/5ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.83: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

日本のハードボイルドの精華を堪能!

1989年に刊行された岡坂神策シリーズの第2弾にして、シリーズ初の長編。入院先から逃亡した麻薬中毒患者の捜索、大会社専務の行動確認、馴染みの古本屋の地上げ阻止という3つのエピソードが絡み合い、さらに腎臓移植、岡坂の女性関係が重なる、読み応えがあり過ぎるハードボイルド・サスペンスである。
それぞれに短編で楽しめそうな3つのエピソードが並行に進み、そこに主人公の恋愛が絡んできてストーリー展開が緩むことはない。しかも、ハードボイルドには欠かせないワイズクラックのレベルが高い(80年代後半としては)。
大人の洒落たエンタメ作品としては大傑作。どなたにも自信を持ってオススメする。
十字路に立つ女 (角川文庫)
逢坂剛十字路に立つ女 についてのレビュー
No.82:
(9pt)

ダークで怖すぎるけど、読むのを止められない

アイルランドではヒット作を連発している女性作家の本邦初訳作品。悪は悪に育てられるのかを追求した、怖いけれど止められない傑作ミステリーである。
町外れの邸宅で老齢の養父と引きこもり生活を送る42歳のサリー・ダイヤモンド。彼女の記憶は7歳からで、それ以前のことは何も覚えておらず、他人と関わることは徹底的に避けて来た。ところが養父が死亡したことから状況は一変する。養父が口癖にしていた「死んだらゴミと一緒に出してくれ」を実践し敷地内のゴミ焼却炉で死体を焼くと大騒ぎになった。物事の裏を読むことができず、何でも額面通りに受け取るサリーだったが、社会に受け入れられる必要を痛感し、養父母の親友や近所の親切な人々に助けられながら必死に努力を続けた。しかし、養父が残した遺書を開くを、そこには信じがたい自分の過去が記録されていた。もう一つの物語はピーター少年の幼児期から現在までの回顧物語で、絶対的な父親に支配され、歪んだ認識のまま育ってきた悲惨な人生が淡々と語られる。そして、サリーとピーターの人生は交差し、想像を絶する悪の継承が表出する…。
目を背けたくなるエピソードが連なり、読み続けるのが重苦しいストーリーだが、一度読み始めたら止められない傑作エンタメ作品である。ミステリーの枠にとらわれず、ノワール、人間観察の物語としても読み応えあり、とオススメする。
サリー・ダイヤモンドの数奇な人生 (ハーパーBOOKS)
No.81: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

怒りを燃料に、荒野を突き進む二人の少女のロード・バディ・ノワール

ロンドン生まれ、西オーストラリア育ちの英国人新進女性作家の初邦訳作品。二人の少女が殺した男の死体を捨て、車を奪ってオーストラリアのハイウェイを北へ、北へと逃走する、熱量が高いロード・ノベルであり、バディ・ノワールである。
高校を退学したばかりの白人・チャーリーは姉の恋人・ダリルが見せびらかした金の延棒を盗んだことから争いとなり、はずみでダリルを殺害してしまう。たまたまその場に居合わせた、先住民の血を引く大学生・ナオはなぜか警察に通報するのを嫌がり、死体を隠して逃走することを提案する。二人はダリルの車を奪い、死体を湖に捨て、西オーストラリアのハイウェイを北へ向かって走り出す。チャーリーは警察から逃げようとしたのだが、ナオが共犯者となったのは何故か? しかも、奪った車には10kgの金の延棒が隠されており、二人は正体不明の何者かに追跡されることになる。それぞれに隠し事があり、性格が正反対の二人はことあるごとに対立し、怒りをぶつけ合いながら見えないゴールを目指して行く…。
古典的名画「テルマ&ルイーズ」の流れを汲む女性バディのロード・ノベルで、ただただ逃げる二人のひたすらな熱情が豊かな物語を生んでいる。さらに全編に、二人がそれぞれに持つ、ヒリヒリした怒りが溢れ出し、最後まで緩みのないサスペンスが強いインパクトを残す。
文句なしのオススメ作品だ。
銃と助手席の歌 (創元推理文庫)
エマ・スタイルズ銃と助手席の歌 についてのレビュー
No.80: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

サスペンス、ハードボイルド、リーガル。全てを備えた傑作!

現代最高の警察小説「ハリー・ボッシュ」シリーズから離れ、刑事弁護士を主役にした「リンカーン弁護士」シリーズの第1作。著者初のリーガルものだが、さすがの完成度。登場人物のキャラクター、サスペンスに満ちたストーリー、緻密な取材と思考に裏付けられた優れた社会性など全てを備えた傑作エンターテイメント作である。
事務所を持たず、運転手付きリンカーン・タウンカーの後部座席で仕事をこなす刑事弁護士のミッキー・ハラー。元妻を秘書に細々とした仕事を拾って稼いでいたのだが、超高級住宅仲介業者の息子が婦女暴行で逮捕された案件が転がり込んできた。かなりの大金を約束される仕事とあってハラーは張り切るのだが、うまい話には裏があり、ハラーは弁護士生命のみならず愛する家族(元妻と一人娘)の命まで危険に晒すことになる…。
主人公の地位、振る舞い、考え方が飛び抜けてユニークで、ハリー・ボッシュとは異なるキャラクターが生き生きしている。さらに二転三転するストーリーはサスペンスに満ち最後まで予断を許さない。また、アメリカの法廷のルールを徹底的に研究したエピソードも日本人にはたまらなく面白い。
リーガル・サスペンスの枠を軽々と越えた傑作であり、コナリー・ファンはもちろん、どなたにもオススメしたい。
リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーリンカーン弁護士 についてのレビュー
No.79: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

同時代性をひしひしと感じる、静かで熱い韓国社会の歪み

韓国文芸界の第一線で活躍するジャーナリスト出身の文芸作家の初の警察ミステリー。22年前の未解決事件捜査をテーマに現代社会の歪みと倫理と道徳を冷徹に見つめた社会派ミステリーである。
ソウル警察庁の新米刑事・ジヘはチーム班長から22年前の女子大生殺害事件が未解決のままであり、再捜査してみる気があるかを問われる。被害者のマンションの防犯カメラには犯人らしき男の画像が残され、遺体からはDNAも検出されたのに、なぜ犯人は見つからないのか。班長、先輩刑事と共に再捜査を始めたジヘは22年前の関係者を地道に訪ね歩くのだが、眼を引く美貌、奔放な性格、経済的な豊かさを備えていた被害者・ソリムの周りには数え切れないほどの怪しい人物がいた…。
刑事・ジヘの捜査と交互に語られるのが、ドストエフスキーに感化された犯人の人間と殺人に対する哲学で、その対比がスリリング。派手なアクションはないが、じわじわと盛り上がるサスペンスはリアリティがある。韓国の警察組織と刑事が抱える悩みは、現在の日本と通じるものがあり、その点でも興味深い。また、随所に挿入されるユーモラスなエピソードも良い味付けとなっている。
重いテーマをスリリングに軽やかに仕上げた、傑作警察小説として、多くの方にオススメしたい。
罰と罪 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
チャン・ガンミョン罰と罪 についてのレビュー
No.78: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

この暗さと重さ、まさにノワールの極北!

ノルウェーをというより北欧、現代ノワール・ミステリーを代表するネスボの新シリーズ第1作。ノルウェーの山中の寒村に一人で暮らす兄のもとに、15年前にアメリカに渡った弟が美しい妻と豪華リゾートホテルの建設計画を持って帰郷したことから始まる、兄と弟の壮大な愛憎物語である。
横暴な父親が支配する農場で互いを庇いあいながら暮らしていた兄・ロイと弟・カールは両親が乗った車が崖から落ちて死亡したため、17歳と16歳の二人だけの生活を送っていたのだが、保安官がカールを訪ねて来て、ロイから性的虐待を受けていないか、両親の事故に不審な点を感じないかと尋ねてきた。カールは疑惑を否定したのだが、保安官は事故車の状態を確かめるため危険な崖から身を乗り出し谷底へ落下してしまった。それを聞いたロイは兄弟の秘密を守るために谷底で保安官にトドメをさし、死体を農場の奥の谷で始末した。その罪は二人で背負って行くはずだったのだが、罪の重さに耐えかねたカールはアメリカの大学に入り、そのまま帰郷しなかった。村にひとり残ったロイはガソリンスタンドを経営し落ち着いた暮らしを営んでいたのだが、そこに15年ぶりにカールが帰ってきて農場にリゾートホテルを建てようと持ちかけてきた。話が曖昧だと感じたロイだったが弟の頼みは断れず、村の人々も巻き込んでホテル建設をスタートさせた。そのタイミングで新任の保安官が前任者の事故を再調査するので協力して欲しいと頼んできて、兄弟二人の秘密は風前の灯となった…。
まるで双子というより一心同体の兄弟を巡る悲喜劇、いや切実な愛憎が2段組、500ページオーバーで重厚にリアリティを持って語られる一大叙事詩である。読み通すのに時間も体力も必要だが、読み終わった時、そのしんどさは十分以上に報われる。
全てのノワール愛好家に絶対の自信を持ってオススメする。
失墜の王国
ジョー・ネスボ失墜の王国 についてのレビュー
No.77: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

冷酷非情とブラックユーモア。ルメートルの原点がここに

ルメートルの12作目の長編で本人の弁によると「最後の犯罪小説」だという。一人暮らしの裕福な老婦人が実は腕利きの殺し屋なのだが認知症が現れはじめ、依頼された任務以上の残酷な殺害を繰り返すようになり、ついには衝撃的な事態を招くというノワール・サスペンスである。
医師だった夫の遺産で優雅に暮らす63歳のマティルド。その正体は冷血な対ナチスのレジスタンス兵士で、戦後はレジスタンス時代の「司令官」アンリを窓口に殺し屋稼業を楽しむプロフェッショナルだった。だが、自覚のないまま認知症が進行し、次第に短気で非情な一面が現れるようになった。時々、物忘れがあることには気付くのだが、それもすぐに忘れてしまう。しかし、マティルドの行動が荒っぽくなりもはやコントロールできなくなったことに気付いたアンリは組織のルールに従って、マティルドを排除する苦悩の決断をする。レジスタンス時代からお互いに淡い恋心を抱いてきた二人は過酷な運命に導かれ、ついに破滅的なラストに突き進んでいった・・・。
殺し屋が主役のノワールでありながら、全編に認知症が引き起こすブラック・ユーモアが散りばめられ、さらに読者を驚かす冷酷非情な展開が繰り広げられ、最初から最後まで目が離せない。本人の序文によると「1985年に書いたまま出版社に送りもしなかった小説」でほとんど書き直していないという。作家の全ては処女作にあることの典型的な証というべきか。ルメートルの世界がここに見事に現れている。
作品誕生の経緯など関係なく、面白いノワール・ミステリーとして多くのミステリーファンにオススメしたい。
邪悪なる大蛇
ピエール・ルメートル邪悪なる大蛇 についてのレビュー
No.76:
(9pt)

女性憎悪、ヘイト犯罪の究極を見つめたサイコ・サスペンスの傑作!

スウェーデンからまた登場した新星の本邦デビュー作。現代社会の病理である憎悪犯罪、差別、暴力肯定などのテーマをスリリングなストーリーで描いた、傑作サイコ・サスペンスである。
ストックホルムで25歳の女性・エメリが殺害され、交際相手のカリムが容疑者と断定された。カリムは服役中だったが事件当日は仮釈放で外に出ており、また面会に来たエメリを「殺してやる」と脅迫したことがあり、しかも刑務所に戻った彼の靴にはエメリの血液が付着していた。証拠は万全と思われたが、カリムを知る殺人捜査課警部ヴァネッサは「あの狡猾なカリムがそんなミスをするはずはない」と疑問を持った。だが警察もマスコミもカリムの犯行を疑わずカリムが起訴されようとした時、「彼は殺していない」と語る女性・ジャスミナがヴァネッサのもとに現れた。彼女は事件発生時、カリムを含む複数の男に暴行されたのだが、恥ずかしさと怖さで警察に訴えていなかったという。血の気の多い乱暴者の単純な怨恨という事件の構図は、まるで違っていたのだった…。
エメりの殺人に加えて、テレビ局スタッフの殺人、ジャスミナの暴行が並行して描かれ、だんだんつながっていく展開は実にスリリング。その背後にある社会病理の不気味さも真に迫り、ページを捲る手が止まらなくなる。また、ヴァネッサをはじめとする登場人物の言動は生き生きしており、捜査陣と犯人との攻防だけでなく、市井の人々の生活や想いも丁寧に拾い上げられていて、これぞ北欧ミステリーという仕上がりだ。
本作はすでに5作が刊行された「ヴァネッサ・フランク警部」シリーズの2作目ということで、第1作からの邦訳を強く希望したい。
北欧ミステリーファン、サイコもののファン、社会派ミステリーのファンにオススメする。
黒い錠剤 スウェーデン国家警察ファイル (ハヤカワ・ミステリ)
No.75: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

先が気になって仕方ない、まさにページターナー

2010年代前半に3作の邦訳が日本でも評価されたS.J.ボルトンの10年ぶりの邦訳作品。6人組の若者たちが交通死亡事故を起こし、その責任を一人で負った女性は20年の刑期を務めて出所。他の5人に20年前の約束を果たすよう要求する、傑作心理サスペンスである。
オクスフォードの名門校の優等生グループの男女6人は大学入学資格試験の結果発表の前夜、仲間の家に集まり、酔った勢いでいつもの「肝試し」に乗り出した。深夜の高速道路を逆走するという危険な遊びで、これまではヒヤッとするスリルを味わうだけだったのが、ついに事故を起こし相手の車の親子3人が死亡した。現場から逃走した6人は「どう始末をつけるか」激論を交わした末に、メーガンが一人で責任を取る代わりに出所したら償いをしてもらうと提案、真実を書いた念書を作成し全員が署名した。それから20年、出身校の校長、会社経営者、腕利きディーラー、辣腕弁護士、首相候補に挙げられる政治家として成功している5人の前にメーガンが姿を現した。
メーガンは5人に償いとして何を要求するのか、5人はそれをどう受け止めるのか、そもそもメーガンが身代りになったのはなぜか・・・そのストーリー展開は予想を裏切り、ショックを与え、読者を捉えて離さない。文句なしのページターナーである。6人のキャラの書き分けも見事で、さまざまに感情移入しながら読み進むことになる。ただし、フィナーレだけはちょっと弱い。
物語の結末には賛否両論があるだろうが、心理サスペンスのファンならきっと楽しめる傑作である。
身代りの女 (新潮文庫 ホ 25-1)
シャロン・ボルトン身代りの女 についてのレビュー
No.74: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

メンバーの人間模様が色濃く、緻密になって共感度アップ!

順調に邦訳が続く「P分署捜査班」シリーズの第4作。はみ出し刑事たちがゴミ集積所に置かれた生後間もない赤ちゃんと行方不明になった子犬のために奔走する、群像警察小説である。
妻から別居を通告され傷心のロマーノ刑事が分署のそばのゴミ集積所で放置されている赤ちゃんを見つけ慌てて分署に運び込み、病院へ同行したのだが、赤ちゃんは予断をゆるさない状況だった。ロマーノをはじめ捜査班のメンバーは親探しを始めたのだがまもなく、母親と思われる女性が殺されているのを発見した。殺人事件も絡んできて混迷を深めた捜索だったが、ピザネッリ副署長が親友の神父から聞いた情報が捜査の方向を指し示してくれた。同じ頃、アラゴーナ刑事は街で出会った移民の少年から行方不明の犬を探して欲しいと頼まれる。「分署で一番の有能な警察官」とおだてられたアラゴーナが犬探しを始めると近隣で何匹もの犬や猫が行方不明になっていることが分かった…。
捨てられた赤ちゃん、拐われた子犬、二つの弱きものを助けるために奮闘するはみ出し刑事たち。これまでの3作とは少しテイストが異なる物語だが、謎解きミステリーとしての構造がしっかりしているのでシリーズ・ファンにも違和感を抱かせない。さらに、これまでも個性が強かったメンバーたちのキャラ、人間関係がより深く描かれることでヒューマンドラマとしても読み応えがある。
シリーズ未読でも十分に楽しめる社会派ミステリーであり、多くの人にオススメしたい。
鼓動: P分署捜査班 (創元推理文庫)
No.73: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

テーマ、ストーリー、緊迫感。全てが超一級の傑作ノワール

今一番脂が乗っているアメリカン・ノワールの俊英の最新作(2023年刊)。アメリカ南部の町を震撼させた残酷な殺人犯を黒人保安官が追い詰める警察ミステリーであり、重厚な犯罪小説である。
事件などほとんど起きない南部の田舎町の高校で教師が銃撃され、駆けつけた保安官たちが容疑者を射殺した。人種差別が色濃く残る町で白人の保安官補が容疑者の黒人青年を射殺した事件は大きな波紋を引き起こし、黒人保安官であるタイタスは犯行動機の解明と同時に人種間対立の沈静化にも苦労することになる。容疑者の黒人青年はタイタスの旧友の息子で、射殺される前に「先生の携帯を見ろ」と叫んでいた。人望厚い教師だった被害者の携帯を調べると、そこには想像を絶するおぞましい記録が残されていた…。
人間が抱える闇の深さ、差別意識の根強さ、法や善の力の限界など、本作に含まれるテーマは宗教的なまで深遠で、主人公の黒人保安官のストイックな捜査が強烈なインパクトを与える。だが決して重苦しくはなく、犯人探し、動機解明のサスペンス・ミステリーとして抜群に面白い。
コスビーの長編第4作(1作目は未訳のため邦訳では3作目)だが、現時点では著者の最高傑作として、ミステリーファンならどなたにもオススメしたい。
すべての罪は血を流す(原題:ALL THE SINNERS BLEED) (ハーパーBOOKS)
S・A・コスビーすべての罪は血を流す についてのレビュー
No.72: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

ホラー、オカルトではないキング、最高傑作!

ホラー、オカルトが好きではないため敬遠していたキングだが、これは人間を中心に置いたノワールで罪と罰、愛することと憎むことという永遠のテーマに正面から挑んだ、力強い大傑作である。
イラク戦争の帰還兵で、犯罪組織から凄腕のスナイパーとして信頼されてきたビリーは引退を決意し、最後の仕事として200万ドルという破格の報酬の仕事を受けた。ターゲットは収監中の男で、狙撃のチャンスは男が裁判所に移送される瞬間を待つしかないという。移送先の街に潜伏するためにビリーは依頼人のニックの手配で小説家を偽装し、事務所を構え、近所付き合いも怠らず、待つ間に自伝的作品を描き始めた。だが、依頼人を信用し切れないビリーはニックには知られない別の身分を用意し三重生活を送ることにした。そして狙撃を成功させたのだが、ビリーが危惧した通りニックはビリーを消すための殺し屋たちを送り込んできた。犯罪組織、警察の両方から追われることになったビリーは第三の身分で潜伏生活を送っていたのだが、ひょんなことからアリスという若い女性を助け、潜伏先に住まわせることになった。ニックは誰の指示で動いているのか、ニックの上にいる人物の目的は何か? ビリーは逃亡しながら真相を探り出そうとするのだが、アリスを放っては置けず・・・。
イラク戦争のトラウマを抱えた凄腕スナイパーで、悪人の始末しか受けない殺し屋というビリーのキャラクターが秀逸。悪人たちが悪人らしく、途中から絡んでくるアリスのキャラも複雑かつユニークで、人間が中心になったパワフルな犯罪ドラマが展開される。
従来作品とは全く異なる傑作ミステリーとして、キング嫌いの方にもオススメしたい。キングのイメージが一新されること、間違いなし!
ビリー・サマーズ 上
スティーヴン・キングビリー・サマーズ についてのレビュー
No.71: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

血と暴力の国に生きる、善き人々

ノーベル文学賞候補にも挙げられるアメリカ現代文学の大御所・マッカーシーの本格犯罪小説。メキシコ国境に近い荒地で麻薬密売組織、殺し屋、ベトナム帰還兵、善良な保安官などが血と暴力のドラマを繰り広げる、パワフルな傑作ノワールである。
1980年のテキサス州南西部で麻薬取引のもつれから起きたらしい凄惨な殺戮現場に遭遇したベトナム帰還兵のモスは、大量の麻薬と共に残されていた240万ドルの大金を持ち逃げした。当然のことながらモスは組織が放った凄腕の殺し屋・シガーに狙われ、さらに地域の保安に生涯を捧げている保安官・ベルからも行方を追及されることになる。女房からも離れ、単独逃避行を選んだモスだったが、その行く先々で更なる死体が積み重なることになった…。
まず第一に殺し屋・シガーの狂人的で圧倒的な暴力が強烈なインパクトを与える。その「純粋悪」とでも言うべきキャラクターは血と暴力のアメリカ・ノワールの歴史に名を残す存在感である。その対極に位置する老保安官・ベルの語りは暴力の国に生きる善き人々のエッセンスであり、物語にヒューマン・ドラマの厚みを加えている。さらに狂言回しであるモスの言動の振れ幅の大きさが人間くさくていいアクセントになっている。映画化された「ノーカントリー」は大ヒットしており、すでに映画を見た読者も多いだろうが、先に映画を見ていたとしても十分に楽しめること間違いなし。
全てのノワール・ファンに絶対の自信を持ってオススメする。
ノー・カントリー・フォー・オールド・メン (ハヤカワepi文庫)
No.70: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

これまで読んだ黒川作品では最高傑作!

2021年〜23年の週刊誌連載に加筆修正した長編小説。大阪府警の刑事が犯人と知恵比べする、従来通りの舞台設定だが犯人のキャラクター設定が素晴らしく、これまでの大阪府警シリーズのイメージを打ち破った傑作ノワール・サスペンスである。
莫大な金を稼いだ詐欺師、マルチ商法の親玉、新興宗教の教祖を次々に襲って殺害し、大金や金塊を奪う強盗殺人事件を引き起こす探偵会社代表の箱崎。元切れ者の刑事だっただけに警察捜査の裏側を知り尽くしており、周到な計画と厳密な注意力で警察に全く尻尾を掴ませなかった。特別捜査本部でコンビを組んだ府警捜査一課の舘野と箕面北暑のベテラン玉川は、次々と手口を変える犯人に翻弄されながらもあの手この手で情報を入手し、乏しい証拠をかき集め、ようやく犯人に追い付いたと思ったのだが…。
黒川氏の大阪を舞台にした警察小説というと、ユーモラスで緩い捜査官と悪辣な小物の犯罪者の騙し合いのイメージが強いが、本作は全く異なっている。何より犯人・箱崎のキャラクターが秀逸で日本のハードボイルド、ノワールではトップクラスのインパクトがある。さらに現代の捜査手法の緻密さ、刑事コンビの地道で粘り強い仕事ぶりもリアリティがあり、最初から最後まで緊迫感がある。もちろん、大阪府警シリーズならではの会話の妙、ちょっとズラしたユーモアも健在で、サスペンスフルなストーリーの良いチェンジ・オブ・ペースになっている。
黒川作品はそれなりの数を読んできたが、現時点でのナンバーワンのエンタメ作であり、黒川ファン、ハードボイルドファン、ノワールファン、日本の警察ミステリーのファンならどなたにも自信を持ってオススメしたい。
悪逆
黒川博行悪逆 についてのレビュー
No.69: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

デンマークから来た、ダイヴァーシティ時代のP.I.

インドに生まれ、インドとアメリカで学び、シリコンヴァレーで働き、デンマーク人男性と結婚して14年間デンマークで暮らし、現在はカリフォルニアに住むデンマーク国籍の女性作家の初ミステリー。コペンハーゲンを舞台に元刑事の私立探偵がムスリム男性の冤罪を調査した結果、デンマークの黒い歴史に直面するという、一級品のハードボイルド作品である。
正義感から警察組織のルールを破って解雇され、元恋人(愛娘・ソフィーの母親)の夫の法律事務所に間借りして私立探偵業を営むゲーブリエルは、かつて熱愛関係にあった人権派弁護士のレイラから「右派政治家・メルゴーの殺害で服役中のムスリム男性・ユセフの事件を再調査して欲しい」と頼まれる。5年前に起きた事件で、ユセフの息子がイラクへ強制送還されてISIS(イスラム国)に処刑されたためユセフはメルゴーを恨んでおり、物的証拠も揃っていたのだが、本人は頑強に犯行を否定して続けていた。冤罪の証明はほとんど不可能だと思いながらも、これまででただ一人、本気で愛したレイラの頼みとあって、ゲーブリエルは調査を引き受ける。ところが、調査を進めるうちに、当時の警察の捜査がずさんで矛盾点がいくつもあること、さらにメルゴーがナチス占領時代のデンマークに関する衝撃的内容の本を執筆中だったことが判明する。ゲーブリエルが本格的に調べ始めると、ゲーブリエル本人だけでなく、関係者、娘・ソフィーまで脅迫されるようになった…。
白人社会デンマークでのムスリム男性の冤罪ということで、当然ながら移民・人種差別がメインテーマであり、さらにナチス時代からのユダヤ人差別というデンマークの黒歴史が大きな影を落とす、まさに北欧ノワール、ミステリーの主流を行く物語である。だが、主人公のキャラクターが定番の殻を突き破ったため、読者の思い込みはあっけなく破壊される。スキンヘッドの40代白人男性ながらおしゃれに気を使い、健康や環境に配慮し、人種差別とは無縁で、しかも女性にモテモテにも関わらず恋人や家族(現在、過去を問わず)を熱愛しているという。しかもステージに立つほどのブルースギタリストであり、時に口にする警句はキルケゴールの引用で、趣味が自分が住む家の改修というのだから、文句の付けようがない、夢のようなキャラクターである。それでも読んでいて嫌味なところがないのは、作者の懐の深さと巧さである。
多様性がデフォルトの時代にふさわしいニューヒーローの登場(シリーズ化の予定)で、これまでのP.I.ものとはひと味違うハードボイルドの新ジャンルを開く作品として、多くのファンにオススメしたい。
デンマークに死す (ハーパーBOOKS)
アムリヤ・マラディデンマークに死す についてのレビュー
No.68: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

半世紀が過ぎても色褪せない、社会派警察ミステリーの金字塔

今さら説明の要はない、スウェーデンのみならず世界を代表する警察ミステリー・シリーズの第一作。迷宮入りしそうな女性惨殺事件を地道な捜査と思い切った奇策で解決に導く、社会派警察ミステリーである。
観光ルートの閘門で全裸の若い女性死体が見つかった事件は被害者の身元確認すら難航し、捜査陣は五里霧中の状態に置かれていたのだが、アメリカの警察から寄せられた情報をきっかけに被害者が旅行中のアメリカ人女性であると判明した。観光船が犯行現場だと判断したベックを始めとする捜査チームは、世界中に散らばっている同乗客・船員に聞き込みをかけ、写真や証言を積み重ねることで、有力容疑者を絞り込んだ。だが、いくら身辺調査を進めても決定的な証拠を掴むことができず、ついに違法スレスレの捨て身の作戦を立案したのだが…。
犯行の動機や背景、様態などは、様々な警察ミステリーを経験した現代の読者にとっては驚くほどではない。しかし、事件発生から解決までのプロセスの密度の濃さは、半世紀以上が経過してもいささかも薄れてはいない。警察集団が難事件を解きほぐしていく社会派警察ミステリーを見るときの不動・不変のベンチマークである。
文句なしのオススメと断言する。
刑事マルティン・ベックロセアンナ (角川文庫)
No.67: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

この世の中で一番大切なのはリラックスできてること(非ミステリー)

2021年から23年の新聞連載に加筆・修正した、横道世之介シリーズの第三作(本サイトでは2012年11月初公開になっているが、2023年5月が刊行月)。39歳になった世之介が、相も変わらず周辺の人々を変えていくヒューマン・ドラマである。
テーマは「なんでもない一日、なんでもない一日みたいな人の大切さ」。読み終わるときっと幸せな気分なる、爽やかな作品である。「悪人」や「怒り」など人間の暗い情感を描いた作品も評価が高い作者だけに、こういう作品によって自己浄化が必要なのかなと愚考した。
あらゆる前提を抜きにオススメしたい傑作。
永遠と横道世之介 上
吉田修一永遠と横道世之介 についてのレビュー
No.66: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

ヴィスティングものでは現時点の最高傑作と言っていい

本国ノルウェーでは第17作まで刊行され、ドラマ化もされて大人気の「警部ヴィスティング」シリーズの邦訳第5弾。「カタリーナ・コード」に始まる未解決事件四部作の最終作である。
夏休みで暇を持て余していたヴィスティングのもとに差出人不明の封筒が届き、入っていた白い紙には「12-1569/99」とだけ書かれていた。意味することろは、コード12(ヴィスティングが所属する署の隣接署)の管内で99年に起きた事件の番号である。1999年7月に17歳の少女が強姦殺害され、元恋人の若者が逮捕され、禁錮17年の刑を言い渡された事件だった。被害者の体内から採取された精液のDNAが元恋人のものと一致しており、何の疑いもない、単純な事件に思われた。なのに、匿名の差出人は何を言いたいのか? 捜査担当者でもなかった自分に送りつけてきた意図は何か? 興味を引かれたヴィスティングは休暇中にも関わらず、古い捜査資料を取り寄せ、独自に調べ始めたのだが、追いかけるように二通目が届き、今度はヴィスティング自身が担当した事件の番号が書かれていた。こちらは2001年に17歳の少女が強姦殺害され、犯人は逮捕され、服役したという類似したケースだった。二つの事件の再捜査を進めようとしたヴィスティング、終わった事件をなんで今さら調べるのだと、周囲からは理解されなかったのだが、国家犯罪捜査局の未解決事件班の支援を受け、徐々に真相に迫っていった。
まさに北欧警察ミステリーの王道を行く犯人探しミステリーで、証拠と証言をベースに最新のIT技術の手助けも受けながら、地道に粘り強く謎を解きほぐしていくプロセスが真に迫っている。伏線を張り巡らせて読者を翻弄することはなく、派手なアクションや残虐シーンで驚かせることもなく、推理と捜査結果の捻りだけでハラハラ・ドキドキさせる。作者の警察官としての実体験をベースにしたという四部作の掉尾を飾るにふさわしい傑作エンターテイメントである。相変わらず、表紙イラストだけは残念だが。
四部作とは言え、各作品は独立しているので、本作だけを読んでも全く違和感はない。北欧ミステリーファンなら必読、とオススメする。
警部ヴィスティング 疑念
No.65: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

前作以上に面白いこと、間違いなし!

デビュー第2作「黒き荒野の果て」でアメリカのハードボイルド、ミステリーの各賞を獲得し、本国はもちろん日本でも絶賛された注目の新進作家・コスビーの第3作。なんと2年連続で3冠受賞という快挙も納得できる、さらにパワーアップした超傑作ハードボイルド・ノワールである。
ギャングの一味として殺人を犯し服役したアイクは15年前に出所後、犯罪社会と決別し小さな造園会社を経営して地道に暮らしていたのだが、ある日、息子が殺害されたことを知らされる。一人息子だったアイザイアが、同性婚相手の白人青年・デレクと一緒にワインバーから出てきたところを銃撃されたという。同性愛の息子を理解できず、ギクシャクした関係になっていたアイクは警察の捜査が進まないことにイライラしながらも、自分から行動することはなく、悶々とした日々を送っていたのだが、2ヶ月後、デレクの父親・バディ・リーから息子たちの墓が破壊され、侮辱的な落書きがされたことを知らされた。同性愛を許すことはできなくても、心の底では愛していた息子のために、アイクは必要ならば犯人を殺害する覚悟でバディ・リーと二人で犯人を探すことを決意した。
共に犯罪者だった二人のジジイが自分たちが信じる正義のために巨大な暴力に暴力で対抗するという、古くからのアメリカン・ヒーローものの流れだが、性的少数者差別、人種差別を真正面から絡めたことで、まさに21世紀のハードボイルド・ノワールになっている。誰が正義か、何が正義かを問う骨太のハードボイルドに、親子や家族の複雑で繊細なドラマ、さらに謎解きの面白さ、容赦ないアクションの華々しさも加わり、いろんな側面から楽しめる超一級エンターテイメント作品と言える。
前作が気に入った方はもちろん、すべてのハードボイルド、現代ノワール小説のファンに自信を持って「必読」とオススメしたい。
頰に哀しみを刻め (ハーパーBOOKS, H187)
S・A・コスビー頰に哀しみを刻め についてのレビュー
No.64: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

社会派の群像劇だが、犯人のキャラが頭抜けていて面白い

2019年から22年に雑誌連載された長編ミステリー。いくつかの現実の事件を想起させる出来事をベースに犯罪者、捜査側、関係者が濃密な人間ドラマを織りなしていく群像劇ミステリーである。
渡良瀬川の河川敷で若い女性の全裸死体が発見された時、警察は凍り付いた。というのも、10年前に同じ手口での2件の連続殺人があり、容疑者を別件逮捕したものの本件では証拠固めができず釈放したという苦い経験があったからだった。あの容疑者がまたやったのか。警察は威信をかけて捜査を始めたもののなんの手がかりも得られずにいるうちに、またもや同じ手口の事件が発生した…。
新たな捜査を担う刑事たち、10年前の未解決事件を担当した元刑事、容疑者となった男、被害者の父親、警察担当の若手記者、今回の事件で浮かび上がった重要参考人などを中心に展開されるドラマは、10年の歴史が背景にあるだけに分厚く、複雑でストレートに事件解決とはいかないのだが、そのもどかしさにはきちんとした裏付けがあり、エピソードの広がりが読む者を惹きつける。登場人物は多くてもキャラクター設定が巧みなので混乱することはなく、ぐんぐん読み進められる。作品を構成するテーマやエピソードが広すぎて、最後はやや強引にまとめた感があるものの、面白いミステリーを読んだという満足感が味わえる。
単なる謎解きではないミステリーのファンに、文句なしのオススメである。
リバー
奥田英朗リバー についてのレビュー