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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 81~100 5/68ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.1279:
(7pt)

D.D.とフローラのコンビにキンバリーが加わる豪華メンバーで

ボストン市警の部長刑事「D.D.ウォレン」シリーズでは11作目、監禁事件からの生還者「フローラ」とのタッグでは4作目。かつてフローラを監禁したジェイコブの過去が再び露わになり、FBI捜査官・キンバリーと組んでアパラチア山中の町に隠されてきた闇を暴いていくサスペンス・ミステリーである。
ジョージア州北部、アパラチア山中で発見された遺骨は、8年前にフローラを誘拐監禁したジェイコブが15年前に誘拐した最初の被害者と判明した。事件を担当することになったキンバリー特別捜査官は、地元の保安官事務所と組んだ捜査本部にジェイコブの被害者でサバイバーのフローラとD.D.を呼び寄せた。さらにフローラの友達でコンピュータ・アナリストのキースも加わり事件の真相を探り始めるのだが、すぐに新たな遺骨が3体分見つかり、事件は異なる様相を見せ始めた…。
D.D.とキンバリーのベテラン捜査官の細い糸を手繰るような綿密な捜査、フローラとキースの直感と信念に突き動かされた行動が相まって、山中の観光地で隠されてきたみにくい秘密が露わになるプロセスはダイナミックで面白い。さらに、子供の頃の傷が原因で口を聞けない10代の少女「わたし」が事件のキーポイントとして独自性を発揮しているのも味がある。巨悪の背景がやや弱い点を除けば読み応え十分なサスペンス・ミステリーである。
シリーズ愛読者はもちろん、サイバイバーもののファンにもオススメしたい。
夜に啼く森
リサ・ガードナー夜に啼く森 についてのレビュー
No.1278: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

クズで落ちこぼれの八目(主人公)は成長したのだろうか?

久しぶりにリーダビリティが良い桐野ワールドが堪能できる、2021年刊行のダーク・ノワール。何をやってもダメな派遣社員が、唯一の拠り所としてきたカリスマ性を持つ親友を探してカンボジアの闇の奥に分け入って行く冒険小説風エンタメ作品である。
何ら誇れるものがなく、その反動で周囲に無益な反発をして自分の首を絞め、ゲームにしか生きがいを見出せない八目晃。高校時代にそのハンサムな姿で学校中のカリスマとなっていた野々宮空知と仲が良く、彼のウチに遊びに行っていたことだけが、密かな誇りだった。だが野々宮の父親の葬儀の日、空知がカンボジアで消息を絶ち、美人で評判だった姉と妹も行方が分からなくなっていることを知らされる。さらに、空知の母親や姉妹の関係者を名乗る男たちから「カンボジアで3人を探して欲しい。資金は出す」と依頼されたことを、職場を離れる絶好の口実にして、半分遊山気分でカンボジアへ旅立った。海外旅行経験は皆無、社会的な常識にも欠ける八目はカンボジアに着いた初日から、様々な災難に見舞われることになる…。
あれこれありながらも東南アジアの過酷な現実を生き延び、それなりに逞しくなった八目は3人の所在を確認するのだが、それは想像もしなかった壮絶な現実を見せつけるものだった。そのプロセスはダメ人間の成長物語ではあるが、その成長は果たして善きことなのか。なかなかにダークな幕切れが衝撃的である。
最近の桐野作品では最もエンタメ性がある作品であり、多くの方にオススメしたい。
インドラネット (角川文庫)
桐野夏生インドラネット についてのレビュー
No.1277: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

信用できない語り手の新バージョン

ヤング・アダルトで実績がある米国女性作家の初の大人向け長編ミステリー。ボスに強制されてなりすましで仕事をしてきた若い女性が調査対象者に恋をして、揺れ動きながら組織に反逆するノワール・サスペンスである。
エヴィーと名乗って調査対象のライアンに近づき、いい関係に持っていき着々と任務を果たしていたのだが、ライアンと出かけた先で自分そっくりの外見で、自分の本名であるルッカと名乗り、自分の経歴を披露する女性に出会い驚愕する。「私になりすましてるの何者か? 何の目的があるのか?」。ルッカの正体を追い始めたエヴィーは組織のボスの意図を察知し、自分の任務や役割が変化していることに気が付いた。果たして今まで通りのやり方でいいのか、否か。ITの天才でかけがえのない仲間であるデヴォンとともに知恵を凝らして組織に対抗しようとする…。
ライアンの調査という現在のパートと、エヴィーになるまでの経緯が語られる過去のパートが重なり合って、物語の全体像が明らかにされるストーリー展開は見事でサスペンスがある。最後のオチもなかなか。「信用できない語り手」の作品は数々あるが、その中でも斬新なアイデアが光る作品である。欲を言えば、恋愛のパート、人物造形がいかにもヤング・アダルト風でやや物足りない。
ロマンス風味が強いノワールもののファンにオススメする。
ほんとうの名前は教えない (創元推理文庫)

No.1276:

眩暈

眩暈

東直己

No.1276: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

卑しい街の悲しい風に抗う、家族思いの探偵・畝原

探偵・畝原シリーズの第七作。偶然、少女殺害事件に関わってしまった畝原が、誰に依頼された訳でもないのに事件の真相を解明していくハードボイルド・ミステリーである。
夜中にタクシーで帰宅途中、何かから逃げている様子の少女を見かけた畝原は一旦は通り過ぎたのだが気になって引き返し、運転手と共に探したのだった。しかし少女は見つからず翌日、刺殺死体で発見された。少女を見かけた時点で声をかけていればと自責の念に駆られた畝原は、償いのつもりで事件の真相を探ろうとする。最初に被害者の両親を訪ねたのだが、彼らの反応は要領を得ず、何の成果も得られなかった。そうこうするうちに、タクシー運転手が殺害されて見つかった。彼も自責の念からあれこれ探っていたようだった。一方、ネット世界では10年前に少女連続殺人を犯した少年Aが社会復帰し、札幌に住んでいて、真犯人ではないかと騒がれていた。果たして2つの殺人と少年Aは関係があるのだろうか?
依頼者がある仕事ではなく、ただただ自分を納得させるために卑しい街を駆け巡る探偵・畝原のひたむきさが印象的。その畝原のバックボーンとなっているのは家族への愛で、損得抜きの純粋さが眩しい。世の中の権威や風潮に従わず、己の信念を貫くところはハードボイルドだが、その言動には常に弱者への優しさがある。これが畝原シリーズの最大の読みどころ。家族を愛する畝原にとっては苦さばかりが蔓延っている現代だが、それでも希望を見出すところに微かな救いがある。
本シリーズの中では動機や犯人像に力がない作品だが、絶対に読んで損はない。オススメだ。
眩暈
東直己眩暈 についてのレビュー
No.1275: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

味わい深くなってきた、ポーとティリーのバディ物語

「ワシントン・ポー」シリーズの第三作。クリスマス前後に3件、立て続けに発生した切断された指2本が見つかる事件をきっかけに、想像を超える残虐な犯罪を暴くことになる警察ミステリーである。
クリスマスイブからクリスマス翌日にかけて、クリスマス・プレゼントの箱の中、ミサが行われた教会の洗礼盤、ショッピングモールの精肉店のカウンターで切断された指2本が発見された。3人の被害者は男性1人、女性2人。年齢も職業もバラバラで唯一の共通点は現場に「#BSC6」という謎の一文が書かれていたことだった。フリン警部の指揮のもとポーを始めとするSCASメンバーは被害者の身元確認から捜査を始めたのだが、現場検証でも検視解剖でも、動機や犯人像を示唆するものは全く見つからなかった。それでも分析官・ティリーのIT技術とポーの鋭い直感が反響し合い、ネット社会の裏に蠢く怪しいシステムを突き止め、犯人を絞り込んでいった。だが、最重要容疑者の背後には、更なる巨悪が潜んでいたのだった・・・。
謎解きのプロセスに説得力があり、読者はリアルタイムでポーと一緒に捜査を進めるサスペンスが味わえる。真犯人と動機については賛否が分かれるだろうが、最初から最後までストーリー展開に緩みはない。また、上司のフリン警部、分析官・ティリーなどお馴染みのメンバーとのやり取りがこなれてきて、前二作より遥かに味わい深くなった。特にティリーとの独特の関係は、これまでのバディものにはない新鮮さで印象に残る。
英国警察ミステリーの王道を行く傑作として、多くの方にオススメしたい。
キュレーターの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴンキュレーターの殺人 についてのレビュー
No.1274: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

謎解きミステリーの真髄、という謳い文句は妥当か?

本邦初訳となるオーストラリア作家の長編ミステリー。最近のミステリーが物足りなく、探偵小説黄金期の手法で現代ミステリーを書いたのが本書だという。前文に1930年の「ディテクション・クラブ会員宣誓」を、本文の前にわざわざ「ロナルド・ノックス『探偵小説十戒』(1928年)」を掲載してあることからも、その意気込みが分かる。
スキーシーズン真っ盛りのスキーリゾートに、カニンガム一家が顔を揃えることになった。主人公はミステリーの書き方ハウツー本を業とする作家アーニーで、殺人で服役していた兄のマイケルが3年ぶりに戻ってくるのを祝うためだった。ところが猛吹雪に襲われた翌朝、ゲレンデで見知らぬ男の死体が発見され、マイケルが地元警官に拘束されてしまった。カニンガム一家は35年前に父親が強盗事件で警官を射殺し、自分も殺されたのを筆頭に、交通事故で相手を殺してしまった叔母、外科手術で患者を死なせた義妹などメンバー全員が何らかのやましい過去や隠し事を持っていた。アーニーは身元不明死体の謎を解くべく調査を始めるのだが、すぐに第二の殺人が発生。さらに猛吹雪で全員がロッジに閉じ込められることになる。
外部から切り離された環境、怪しい動機を隠したメンバーが一人、また一人と消えていく。まさに古典的フーダニットの典型である。また、ノックスの十戒に忠実に謎解きの鍵は全て本文中に書かれていて、読者に名探偵になるチャンスを与えている。英国本格派謎解きミステリーのファンなら垂涎の作品だろうが、アーニーの謎解き大団円にちょっとした違和感があり、個人的には不満が残った。
本格フーダニットのファンにオススメする。
ぼくの家族はみんな誰かを殺してる (ハーパーBOOKS)
No.1273: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

自分の弱さを自覚した上でも、日本社会の同調圧力に立ち向かっていけるか?

2020年の江戸川乱歩賞受賞作家の受賞第一作。周囲から羨望の目で見られる高級住宅街で起きた一家失踪事件と幼児誘拐事件、二つの事件の背後にうずくまる忖度と同調圧力の「村八分」社会を暴いていく、社会派ミステリーである。
真崎が調査員を勤める法律事務所を訪ねて来た若い娘は望月麻希と名乗り、「所長の昔の友人・望月良子の娘」だと主張した。望月一家は19年前に失踪し、赤ん坊だった自分は捨てられ施設で育ったという。言ってることにはかなりの信ぴょう性があり、所長は真崎に経緯を調べてほしいと言う。現在の住まい、麻希が育てられた施設などを訪ね歩いた真崎は、一家が失踪当時に住んでいた町へ足を運んでみることにした。すると、町の住人は外部の人間にはまともに口を聞いてくれず、真崎は誰かから監視されている気配を強く感じるのだった…。
一家失踪の謎を探る調査が、その3年前に起きた幼児誘拐殺人に繋がり、町ぐるみでの隠蔽工作と対峙することになる調査員ものではよく目にするストーリーだが、町の住民たちの同調圧力の凄まじさが本作の読みどころ。日本中、どこにでも同じような町や村があるよなぁ〜と苦笑させられた。また、真崎をはじめとする調査側が無敵のヒーローではなく、それぞれに弱点を抱えた弱い人なのも感情移入を誘う。
謎解きと日本人ならではの人間ドラマが楽しめる作品としてオススメする。
誰かがこの町で (講談社文庫)
佐野広実誰かがこの町で についてのレビュー
No.1272:
(7pt)

とても短いが歯応えがある、女性ハードボイルド

日本でも「破果」が大ヒットした韓国の女性作家の新作。「破果」のヒロインがいかにして作られたかをハードな文章で描いた、「破果」の外伝である。
わずか80ページほどの短編だが、二十歳前の少女が殺人マシーンになるための厳しい訓練がクールに濃密に描かれており、アメリカン・ハードボイルドの短編を読んでいるような味わいがある。さらに、女性の主人公ならではの脆さ、若い主人公ならではの未熟さもいいアクセントになっている。
「破果」を高評価した人はもちろん、未読の方も楽しめるエンターテイメント作品としてオススメする。
破砕
ク・ビョンモ破砕 についてのレビュー
No.1271: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

いろんな意味で「お疲れ様、ウィンズロウ!」

「業火の市」、「陽炎の市」と続いた「ダニー・ライアン」三部作の完結編にして、ドン・ウィンズロウの最後の作品。ラスヴェガスでカジノホテル経営に成功したダニーが東海岸時代からの因縁に絡め取られ、再び地で血を洗う暴力抗争を繰り広げる壮大な物語である。
ラスヴェガスのホテル業界で覇権を争う実力者となったダニー。さらなる夢を求めて新たなホテルを構想した結果、最大のライヴァルであるワインガードと対立することになった。なんとか妥協点を見つけようとしたのだが、些細なことから両者の関係に亀裂が生じ、ダニーは争いに勝つために昔の恩人、イタリアン・マフィアの大物の力を借りた。当然、ワインガードが黙っているはずはなく、ビジネスと家庭だけに専念したいというダニーの願いも虚しく、古くからのアイルランド・マフィアの仲間とともに命をかけた戦いを余儀なくされた…。
後ろ暗いとことがあるビジネスの常として犯罪組織との関係が深く、個人の力ではどうしようもない状態になっているギャンブル業界の非常さ、冷酷さ、権謀術策が縦横に登場し、ビジネス小説でありなが濃密なノワールとなっている。また、家族の絆に対するダニーの熱い思いが迸るエピソードも多く、世代を超えた血の物語でもある。
三部作の完結編として壮大なロマンをまとめ上げようとしたためか、細部の描写、話の転換の機微がややおろそかな感を受けたのが、ちょっと残念。巨匠ウィンズロウも力を使い果たしたということか。
それでも、ウィンズロウ・ファンには必読の一冊であることは間違いない。
終の市 (ハーパーBOOKS, H211)
ドン・ウィンズロウ終の市 についてのレビュー
No.1270: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

時代を越える文句なしの名作。新訳も良い。

黒澤明監督「天国と地獄」の原案として有名な古典的名作の堂場瞬一氏による新訳版。自分の息子と間違われて誘拐された運転手の息子の身代金を要求された富豪の苦悩を描いたヒューマン・サスペンスであり、警察小説でもある。
社内の権力闘争を勝ち抜く資金を準備してきた製靴会社幹部のダグラス・キングのもとに「息子を誘拐した。50万ドルを支払え」との脅迫電話があった。しかし、誘拐されたのは彼の息子に間違えられたお抱え運転手の息子だった。50万ドルは用意できるのだが、それを払うと、キングは社内闘争に敗北してしまう。人情としては運転手の息子を助けたいのだが、自分の生涯をかけた野望も捨てられない。87分署の警官たちのサポートを受けながら交渉するキングだったが、犯人探しは難航し、刻々と交渉期限が迫ってくる・・・。
人間としての情と人生が崩壊する恐怖の板挟みになったキングのジレンマがホットに、ヒリヒリと伝わってくる。事件発生から解決まで、わずか二日間の密度の濃いストーリー展開は実にスリリング。87分署シリーズではあるが本作の主役はキングで、警察捜査ミステリーというよりキングと周辺人物たちとの心理サスペンスに力点が置かれている。
映画「天国と地獄」とは異なる傑作ミステリーであり、時代を越えたテーマ性を持つ名作として多くの人にオススメしたい。
キングの身代金 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-11)
エド・マクベインキングの身代金 についてのレビュー
No.1269: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

冷酷非情とブラックユーモア。ルメートルの原点がここに

ルメートルの12作目の長編で本人の弁によると「最後の犯罪小説」だという。一人暮らしの裕福な老婦人が実は腕利きの殺し屋なのだが認知症が現れはじめ、依頼された任務以上の残酷な殺害を繰り返すようになり、ついには衝撃的な事態を招くというノワール・サスペンスである。
医師だった夫の遺産で優雅に暮らす63歳のマティルド。その正体は冷血な対ナチスのレジスタンス兵士で、戦後はレジスタンス時代の「司令官」アンリを窓口に殺し屋稼業を楽しむプロフェッショナルだった。だが、自覚のないまま認知症が進行し、次第に短気で非情な一面が現れるようになった。時々、物忘れがあることには気付くのだが、それもすぐに忘れてしまう。しかし、マティルドの行動が荒っぽくなりもはやコントロールできなくなったことに気付いたアンリは組織のルールに従って、マティルドを排除する苦悩の決断をする。レジスタンス時代からお互いに淡い恋心を抱いてきた二人は過酷な運命に導かれ、ついに破滅的なラストに突き進んでいった・・・。
殺し屋が主役のノワールでありながら、全編に認知症が引き起こすブラック・ユーモアが散りばめられ、さらに読者を驚かす冷酷非情な展開が繰り広げられ、最初から最後まで目が離せない。本人の序文によると「1985年に書いたまま出版社に送りもしなかった小説」でほとんど書き直していないという。作家の全ては処女作にあることの典型的な証というべきか。ルメートルの世界がここに見事に現れている。
作品誕生の経緯など関係なく、面白いノワール・ミステリーとして多くのミステリーファンにオススメしたい。
邪悪なる大蛇
ピエール・ルメートル邪悪なる大蛇 についてのレビュー

No.1268:

墜落 (ハルキ文庫)

墜落

東直己

No.1268: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ハードボイルドと家族小説の融合

「探偵・畝原シリーズ」の第5作。女子高校生の素行調査から殺人事件に巻き込まれていく畝原の冷静沈着な思考と熱い家族愛が融合したハードボイルド家族小説である。
高校生の娘の素行を案じる継母からの依頼を受けた畝原は、自分の思い込みを破壊する彼女たちの言動に驚愕した。あまりにも想像外のことに、大学生になった長女・真由に助けを求めて状況を理解しようとするのだが、その過程で地元不良グループが起こした事件に巻き込まれてしまった。さらに、地元名士から脅迫状について相談を受けて会いに行ったのだが、依頼者の駐車場に停めた自分の車のタイヤがパンクさせられ、しかも駐車場管理の老人二人が殺害された事件にも巻き込まれてしまった。事件は地元名士を狙ったものか、自分を狙ったのか。調査を進めると二つの事案に共通するものが見えてきた・・・。
いつも通りに事件を解決していく物語だが、今回は事件のスケールが小さく、背景となる社会病理もややあやふやでミステリー、サスペンスとしては小粒な印象。それよりは畝原家族を始め、事件関係者の家族関係の物語の方が数倍読み応えがある。特に、畝原との娘たちの関係性の変化、親としての心情の揺らぎが面白い。
安定した面白さが味わえる良作で、シリーズ愛読者はもちろんハートウォーミングなハードボイルドのファンにオススメしたい。
墜落 (ハルキ文庫)
東直己墜落 についてのレビュー
No.1267: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

デビューから33年、さすがに作者もボッシュも老いてきた

コナリーの長編37作目、レネイ・バラード&ハリー・ボッシュ・シリーズの第4作。ロス市警に未解決事件班を復活させたバラードがボッシュを呼び戻し、二つの未解決事件に挑戦する警察ミステリーである。
班の責任者であるバラードは班の復活に尽力してくれた市会議員・パールマンが望んでいる30年前の事件(パールマンの妹が強姦殺害された)を最優先に取り組みたいのだが、ボッシュは自分が関与した一家殺害事件に取り憑かれており、相変わらずの独断専行で捜査を進めようとする。さらにボランティアで構成されたメンバーは統一感がなく、強すぎる癖でバラードを悩ませるのだった。それでも衝突と妥協を繰り返しながボッシュとバラードは新たな視点、証拠、科学捜査力を駆使して議員の妹殺害の容疑者を絞り込んでいく。さらにボッシュは独自の執拗な聞き取り調査で一家殺害の容疑者を特定し、犯人が潜伏するフロリダに単身で乗り込んで行く・・・。
初登場から30年以上が過ぎ、70代になった(はず)ボッシュだが正義を求める怒りの炎は消えることなく、というか肉体的衰えは隠せないものの精神的強靭さは一層高まってきている。よく言えば不滅の刑事魂だが、一歩間違えると独善的でゆとりがない老人が顔を見せている。作者、主人公が年相応に老いてきた証なのだろう。
なかなか意味深なエピローグもあり、ボッシュ・シリーズのファンには必読。正義感と銃で問題解決するアメリカン警察小説のファンにもオススメする。
正義の弧(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー正義の弧 についてのレビュー
No.1266: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

予備知識なしで読むことをオススメ!

フランス人ミステリー作家の本邦初訳で、フランスの文学賞・ランデルノー賞ミステリー部門の受賞作。フランスの山岳地帯の村で殺害された女性の事件を巡り、関係者5人の独白を繋げて真相が明らかにされる凝った構成のミステリーである。
フランスの山岳地帯の小さな村で、家業(畜産業)を嫌って都会に出て成功し、豪邸を建てて帰郷した実業家の妻が行方不明になった。トレッキングにと言って家を出て、車がトレッキングコースの入り口あたりで発見されたため、当日に発生した猛吹雪に巻き込まれたのではないかと見なされた。だが実際は殺害され、死体が思わぬところに隠されたのだった。その謎を解いていくのが、畜産業者を訪ね歩く福祉委員の女性、その不倫相手の羊飼い、村に移ってきた若い女性、アフリカでなりすまし詐欺を働いている男性、最後に福祉委員の夫という5人の関係者の愛と欲望、孤独と執着の物語である。語り手が変わるたびに事件の真相が違った絵柄になり、最後に愛することの悲喜劇が読者を嘆息させる。
何と言っても、物語の構成が見事。犯罪ははっきりしているのだが、動機、様相が全く見えていない状態から思わぬ結末に導かれるまで有無を言わさず引っ張っていく力強さがある。5人の心理描写、愛と孤独の考察も読み応えあり。暴力やサイコが登場しなくても高レベルな心理サスペンスが書けることを証明する作品である。
単なる謎解きではない、心理サスペンスのファンにオススメする。
悪なき殺人
コラン・ニエル悪なき殺人 についてのレビュー
No.1265: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

やはり二匹目のドジョウはいなかった

デビュー作ながら圧倒的な人気を博した「自由研究には向かない殺人」の続編。友人・コナーの兄・ジェイミーが失踪し、またまたピップがSNSを駆使して真相を探り出す謎解きミステリーである。
全体的な印象は前作を受け継いでおり、謎解きと青春物語がミックスされたオーソドックスなミステリーである。正統派イギリス・ミステリーらしく凄惨な暴力シーンはないのだが、ピップの正義感が暴走気味なのはちょっといただけない。また犯罪の動機や背景、関係者の言動にもイマイチ納得がいかず、途中で中だるみになる。結論としては「二匹目のドジョウはいなかった」。
前作を高評価した方は肩の力を抜いて読むことをオススメする。
優等生は探偵に向かない (創元推理文庫)
No.1264:
(9pt)

女性憎悪、ヘイト犯罪の究極を見つめたサイコ・サスペンスの傑作!

スウェーデンからまた登場した新星の本邦デビュー作。現代社会の病理である憎悪犯罪、差別、暴力肯定などのテーマをスリリングなストーリーで描いた、傑作サイコ・サスペンスである。
ストックホルムで25歳の女性・エメリが殺害され、交際相手のカリムが容疑者と断定された。カリムは服役中だったが事件当日は仮釈放で外に出ており、また面会に来たエメリを「殺してやる」と脅迫したことがあり、しかも刑務所に戻った彼の靴にはエメリの血液が付着していた。証拠は万全と思われたが、カリムを知る殺人捜査課警部ヴァネッサは「あの狡猾なカリムがそんなミスをするはずはない」と疑問を持った。だが警察もマスコミもカリムの犯行を疑わずカリムが起訴されようとした時、「彼は殺していない」と語る女性・ジャスミナがヴァネッサのもとに現れた。彼女は事件発生時、カリムを含む複数の男に暴行されたのだが、恥ずかしさと怖さで警察に訴えていなかったという。血の気の多い乱暴者の単純な怨恨という事件の構図は、まるで違っていたのだった…。
エメりの殺人に加えて、テレビ局スタッフの殺人、ジャスミナの暴行が並行して描かれ、だんだんつながっていく展開は実にスリリング。その背後にある社会病理の不気味さも真に迫り、ページを捲る手が止まらなくなる。また、ヴァネッサをはじめとする登場人物の言動は生き生きしており、捜査陣と犯人との攻防だけでなく、市井の人々の生活や想いも丁寧に拾い上げられていて、これぞ北欧ミステリーという仕上がりだ。
本作はすでに5作が刊行された「ヴァネッサ・フランク警部」シリーズの2作目ということで、第1作からの邦訳を強く希望したい。
北欧ミステリーファン、サイコもののファン、社会派ミステリーのファンにオススメする。
黒い錠剤 スウェーデン国家警察ファイル (ハヤカワ・ミステリ)

No.1263:

悲鳴 (ハルキ文庫)

悲鳴

東直己

No.1263: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

キャラ立ち度、最高の心優しきハードボイルド

探偵・畝原シリーズの第3作。浮気調査のはずが意味不明の事態に巻き込まれた畝原が、札幌を牛耳る行政と警察、業者の利権構造を暴いていく傑作ハードボイルドである。
浮気の現場写真を撮るために待機していた公園で畝原は奇妙な事態に巻き込まれ、調査を依頼してきた女の身元を調べ始めた。すると常軌を逸した嫌がらせが始まり、さらに札幌市内の数カ所に死体の一部が投げ込まれる事件が発生し、畝原の親友・横山の家にも死体の右足が投げ込まれた。危険を察知した横山は息子の貴を畝原のもとにやり、事件の情報集めを依頼して来た。誰が何のために死体をバラバラにして投棄しているのか、また奇妙な浮気調査を依頼して来た女の正体、狙いは何なのか?
浮気調査とバラバラ死体の投げ捨て、2つの事件を調査するペースはゆったりで、前半はややまどろっこしい。だが事件に関係しているらしいホームレスの捜索辺りから話のペースがぐんと加速し、どんどん盛り上がってくる。もちろん、事件解明の本筋が充実していることは確かだが、それ以上にキャラクターが際立つ人物たちの言動、エピソードが面白い。レギュラーメンバーはもちろん初登場の人物もなかなかの曲者揃いで、この辺りの筆者の筆の運びは素晴らしい。
シリーズ愛読者はもちろん、日本のハードボイルドのファンに自信を持ってオススメする。
悲鳴 (ハルキ文庫)
東直己悲鳴 についてのレビュー

No.1262:

白医 (講談社文庫)

白医

下村敦史

No.1262: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

安楽死と終末期鎮静に違いはあるのか。医療と死の境のヒューマンドラマ(非ミステリー)

夕刊紙連載をベースにした6作品の連作長編。ホスピスに勤務する医師が苦痛を訴える患者とどう向き合うかを考え尽くす、医療ヒューマン・ドラマである。
ホスピスに勤務するベテラン医師が3件の安楽死で逮捕され、裁判に掛けられた。仕事熱心で患者思いの先生として慕われていたが、なぜ安楽死に関わってしまったのか。起訴された3件を含む6つのケースについて、そこに至る事情が医師の視点、終末期患者の視点、家族の視点から語られる。6作の通奏低音は安楽死の是非、医療と死の境界の曖昧さ、誰が決断するのか、決断の責任は誰にあるのかなど、極めて重く、明快な答えが得られていないテーマである。6つのケース、それぞれに事情がありドラマがあるが、解かれるべき謎はない。従って、ミステリーというよりヒューマンドラマとして読むのが正解だろう。
安楽死問題に関心がある方にオススメする。
白医 (講談社文庫)
下村敦史白医 についてのレビュー
No.1261: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

移民として女性として、タブルのマイノリティを生きることからの脱出

ベトナム戦後にオーストラリアに移住し、現在はL.A.在住のベトナム系女性作家のデビュー作。シドニーのベトナム人街から抜け出しジャーナリストとして活躍する女性が弟が殺されたために帰省し、事件の真相を探るうちに自分の過去やオーストラリア社会の人種差別に向き合っていく、文芸色の濃いエンターテイメント作品である。
メルボルンで記者として活躍するキーが久しぶりに帰郷したのは、5歳下の弟・デニーが殺されたからだった。生まれた時からオーストラリア育ちで家族の希望の星でもあった優等生のデニーが友人たちと高校卒業を祝っていたレストランで殴り殺されたという。大きなショックを受けた両親は茫然自失状態だし、警察は若者同士の違法薬物がらみのトラブルだとして軽視しているようだった。しかも、現場にいた同級生、他の客、店のスタッフたちは全員が「何も見ていない」と言っているという。納得できないキーは真相を探るために、現場に居合わせた人々を一人ひとり訪ね歩くことにした…。
誰も何も喋ってくれない。その背景には開かれた国・オーストラリアに潜在する人種差別のみならず、移民家族の世代間のギャップが広がっている。現在、世界中で起きているマイノリティ差別とそれに対する怒り、絶望的なまでに細い融和への道を著者は信念を持って歩んでいるように見えた。非常に重苦しいテーマだが、殺人事件の動機探しというミステリー仕立ての部分もよくできているのでエンターテイメント作品としても一級品である。
ミステリーというよりも、マイノリティ文学、シスターフッド文学として読むことをオススメする。
偽りの空白
トレイシー・リエン偽りの空白 についてのレビュー
No.1260: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

社会派から暴力派へ、作品のテイストが変わってきた

ワイオミング州猟区管理官「ジョー・ピケット」シリーズの第17作。ジョーに復讐を誓うダラス・ケイツ(15作目「嵐の地平」の悪役)が出所し、ジョーの家族に危機が迫ったためジョーが激しく容赦ない反撃を加えるアクション・サスペンスである。
本シリーズはアメリカ社会が招いてしまった様々な社会悪と、大自然に自分の根拠を置く正義感の塊・ジョーが否応なく対立してしまう、社会派ミステリーだったのだが、前々作あたりから悪と認定したものには容赦無く実力行使する、正義暴走型のアクションものに変わってきたようで、ランボー・シリーズを見ているような薄っぺらさが目立ってきた。
もちろん、ストーリー構成は堅実で、人物のキャラ、エピソードもしっかりしているので、アクション・サスペンスとして一級品であることは間違いない。
シリーズのファン、シンプルな勧善懲悪サスペンスのファンにオススメする。
暁の報復 (創元推理文庫)
C・J・ボックス暁の報復 についてのレビュー