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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 161~180 9/70ページ

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No.1233:
(7pt)

ミステリーではなく、黒人少女の怒りと希望の物語

2023年度MWA賞のYA部門最終候補となった若き黒人女性作家のデビュー作。シカゴの黒人居住地域に住む16歳の少女が、大好きな姉が警官に射殺されたのをきっかけに社会の理不尽に立ち向かい、無力さを感じながらも生きる希望を見つけ出そうとする一種の成長物語である。
シカゴに暮らす16歳の黒人女子高校生・ボーは美術系の授業が得意で、絵の才能を生かして貧しくて物騒な街から脱出することを夢見ていたのだが、大好きな姉が不法侵入者として白人警官に射殺されるという悲劇に遭遇した。姉が不法侵入したとは信じられないボーは、姉の恋人で現場に一緒にいながら姿をくらませたジョーダンの行方を探し、真相をはっきりさせようと決意する。警察は当てにならず、同級生や姉の知り合いが頼りの調査は遅々として進まず、至る所に根深い人種差別の壁が立ちはだかり、ボーは途方に暮れることの方が多かった。それでもボーはひたすら自分の信じる道を突っ走るのだった…。
事件の真相を探るという意味ではミステリーなのだが、本作の主眼は今なお変わることなく続く人種差別、黒人差別への抗議である。さらに、ヒロイン・ボーのキャラクターがよくできており、現代の女子高校生の日常、非日常を活写した青春小説としても秀逸。というか、若き黒人女性の成長物語として読んだ方がしっくり来る。
夜明けを探す少女は (創元推理文庫)
No.1232:
(8pt)

特異なキャラで成功したハードボイルド警察小説

かつては繁栄を誇ったものの没落した落ち目の大都会・グラスゴーを舞台にした、刑事ハリー・マッコイが主役の警察ミステリー。本作がデビュー作かつシリーズ第1作で、作品を刊行するごとに評価を高めているという新進気鋭の作家らしい、新鮮でインパクトのあるハードボイルドなノワール作である。
マッコイは服役中の囚人・ネアンから刑務所に呼び出され「明日、ローナという少女が殺される」と告げられた。少女を探し始めていたマッコイだったが、翌朝、マッコイの目前で少女は銃殺され、犯人の少年も自分の頭を撃って自殺した。ネアンはなぜ事件を予言できたのか、事情を聞くために刑務所を訪れたのだが、その日、ネアンは刑務所のシャワー室で殺害されたという。マッコイと新人刑事のワッティーのコンビは捜査を進め、自殺した少年が地元の重鎮であるダンロップ卿の邸で庭師として働いていたことを突き止めた。しかし、マッコイとダンロップ卿には深い因縁があり、それ以上の捜査をしないよう警察上層部から圧力をかけられた。だが、マッコイは執拗に、命をかけてまで悪を追い詰めようとする…。
どれほどの圧力があろうと巨悪を許さない、正義感あふれる刑事が主役かというと、そうではない。マッコイは、どちらかと言えば悪徳警官に分類されても仕方ない言動をとるはみ出しものであり、だからといって、いい加減な捜査をする訳ではなく、しかも喧嘩や暴力には強くない、刑事物では珍しいキャラクターのアンチヒーローである。幼くして親に見捨てられ、教会の保護施設で育てられたことから様々なトラウマを抱えた「弱さ」が印象的な刑事である。このミスマッチ、違和感のあるキャラ設定が本作の最大の特徴で、ハードボイルドでありながら親近感を抱かせる。
刑事もの、ハードボイルド、ノワールのファンに一度は読んでもらいたい傑作としてオススメする。
血塗られた一月 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス血塗られた一月 についてのレビュー
No.1231: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

誰もが少しずつ嘘をつき、事件の全体像が歪んで行く

2020年スウェーデン推理作家アカデミー最優秀長編賞、2021年ガラスの鍵賞をダブル受賞した、スウェーデン女性作家の長編ミステリー。14歳で殺人犯として収容され、23年後に帰郷した男が今度は父親殺害容疑で逮捕されるという、現在と過去の二つの事件の真相を探る女性刑事の苦悩を描いた、暗くて重い、本格北欧警察ミステリーである。
23年前、少女殺害容疑で逮捕され、レイプと殺人を自白したのだが死体が見つからず、未成年だったため施設に収容されていたウーロフが23年ぶりに帰宅すると、父親が殺害されていた。第一発見者であり、動機もあることからウーロフは父親殺人犯として逮捕された。事件を担当する警部補エイラは決定的な証拠を見つけられないばかりか、調べれば調べるほど、細かな違和感が湧き上がり困惑する。さらに、解決したはずの23年前の事件にも疑問が生じ、周りの反対を押し切って独自に再捜査し始めた。すると、片田舎の閉鎖的な社会ならではの人間関係の闇が浮かび上がり、エイラは切なく悲しい物語に巻き込まれていくのだった…。
現在と過去、二つの事件の繋げ方が見事で、犯人探し、動機探しミステリーとして良く出来ている。またヒロインの家庭環境、立ち位置、思考方法などキャラクター設定も的確で、人間ドラマとしての完成度も高い。ただ警察捜査のプロセスが入り組みすぎてリーダビリティを阻害しているのが残念だ。
人間が中心になる北欧警察ミステリーのファンにオススメする。
忘れたとは言わせない
No.1230: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

典型的な状況設定で分かり易いが、胸熱度は低下

「弁護士ボー・ヘインズ」シリーズの第2作(プロフェッサーからのシリーズとしては第6作)でシリーズ完結編。地元高校のフットボールのスター選手が街の人気者の少女殺害容疑で逮捕された事件をめぐる法廷ミステリーである。
ライバル高校との試合で華麗なプレーを決めて勝利に導いたオデルが翌日、地元の人気バンドのボーカル・ブリタニー殺害の容疑で逮捕された。二人は恋人同士だったのだがブリタニーはレコード会社とソロデビューの契約を結び、その試合後に別れの手紙を残して街を出て行く決意をしていた。突然に一方的な別れを告げられたオデルは試合後のパーティーで荒れ狂い、「償いをさせてやる」などと不穏な言葉を口走っていたという。しかも、オデルはブリタニーの死体が発見された現場近くで眠り込んでいて、近くには凶器と思われるビール瓶が落ちていた。次々と積み重なっていく証拠はオデルに不利なものばかりで、街はオデルに厳罰を求める声に満ちていたのだが、オデルは無実を主張し、ボーに弁護を依頼してきた。不幸な育ち方をして問題を抱えていたオデルを立ち直させるために農場の仕事を手伝わせ、息子同然に可愛がってきたボーだったが、即座に弁護を引き受けるとは言えなかった。どこから見てもオデルが無実とは思えず、弁護を引き受けるなら街の住人のほとんどを敵に回すことになり、子供たちとの平穏な暮らしが失われることは目に見えていたからだった。八方塞がりの中、正義とは何か、正しい側とは何か、ボーは迷いに迷うのだった…。
フットボールのスター選手と人気バンドのボーカルという輝かしい若者が犯人と被害者になった事件、圧倒的に不利な状況からの法廷逆転劇という理解しやすい物語である。それだけに、本シリーズ(プロフェッサー・シリーズを含めて)の特徴である胸熱、正義を求める人々のヒリヒリする熱気はやや下がったと言わざるを得ない。それでも、第一級の法廷エンタメであることは間違いない。
シリーズ愛読者はもちろん、法廷もの、現代社会の諸問題をテーマとしたミステリーがお好きな方に自信を持ってオススメしたい。
ザ・ロング・サイド
ロバート・ベイリーザ・ロング・サイド についてのレビュー
No.1229: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ペンは銃より強いのか、弱いのか

1937年に発表され、2024年に初めて邦訳されたホレス・マッコイの長編第二作。1930年代、アメリカの地方都市でジャーナリストとしての筋を通し、社会の不正を告発する記者の激情に溢れた生活を描く幻のハードボイルド小説である(著者はハードボイルドに分類されるのを嫌っていたようだが)。
地方紙の人気記者だったマイク・ドーランは社会の不正を暴く記事を書き続けるのだが、広告収入の減少や有力者からのクレームを恐れる上層部によって記事をボツにされ続けるのにうんざりして、自ら週刊紙を創刊する。何ものをも恐れず、タブーがない告発記事は読者の支持を集めるのだが、それを快く思わない地方都市のお偉方からさまざまな圧力を受ける。それでもマイクは報道の信義、ジャーナリストの使命だけを頼りに、正面から戦いを挑んで行く。
自分が信じる記者の使命に命をかけるマイクの生き方はハードボイルドそのもの。名声や利益は求めず、ひたすら信じる道を追求するパッションが共感を呼ぶ。80年以上前の作品だが、作者が伝えたかったことは今でも古びることなく、読者の感性にストレートに響いてくる。傑作だ。
ハードボイルドの古典的名作として一読をオススメする。
屍衣にポケットはない
ホレス・マッコイ屍衣にポケットはない についてのレビュー
No.1228: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

若々しい友情も35年のうちに腐敗してくるのは仕方がないことか

ドイツ警察ミステリーの大ヒット作「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第10作。出版業界の人間関係から生じた複雑で難解な殺人事件を追う、重厚長大な謎解きミステリーである。
ドイツ文壇で名を知られた編集者であるハイケと連絡が取れないとの通報を受けたピアがハイケ宅で発見したのは、室内に残された血痕と足首を鎖で繋がれた老人だった。老人は認知症になったハイケの父親で、血痕はハイケのものと判明。単なる失踪ではなく事件と判断した警察が捜査に乗り出すと、ハイケの周辺には様々なトラブルが発生していた。最初の容疑者は、最近ヒットしたばかりの作品が盗作であることを暴露された、ハイケが担当する作家だった。さらに、ハイケは所属する会社からの独立と作家・社員の引き抜きを画策したとして即時解雇され、会社と対立を深めていた。しかも、新会社の資金を確保するためにハイケが40年近くも付き合ってきた友人たちを巻き込んでいたこともわかった。容疑者は次々に増えていくにも関わらず、動機も証拠も見つけられないピアたちが迷路に迷ってるうちに、第二の殺人事件が発生した…。
出版業界という狭い世界でのドロドロした人間関係に、家族経営の企業ならではの対立と軋轢、数十年来の友人関係、親友という幻想から生じる愛憎が重なり、話の展開はなんとも表現し難い重苦しさがある。登場人物も多くて簡単には読み進められない作品だが、真相が分かった時にはなるほどと納得する。また、オリヴァーの結婚生活に起きた変化、エンゲル署長の意外な一面、ピアの元夫で法医学者であるヘニングの華麗なる変身など、シリーズ・ファンを喜ばせるエピソードが満載なのも楽しい。
シリーズ・ファンにはもちろん現代的な警察ミステリーのファンに、頑張って読み通すことをオススメする。
友情よここで終われ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス友情よここで終われ についてのレビュー
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(7pt)

全てが牧歌的な英国冒険スパイ小説の古典

1915年(大正4年)に刊行された、英国冒険スパイ小説の名作。第一次対戦前のイギリスで、ドイツのスパイを暴き出す若者の冒険サスペンスである。
自宅に帰宅したときに突然声をかけてきた男・スカッダーからイギリスの運命を左右する秘密を知らされたハネーは、その情報を政府高官に伝える決心をする。ところが翌日、自宅でスカッダーが殺されているのを発見し、さらに外を不審な男たちがうろついているのを見てハネーは即座に自宅を離れ、スコットランドに向かった。スカッダーを殺した犯人たちばかりか、殺人犯として警察にも追われる身となったハネーだったが、巧みな変装や親切な住民のおかげでスコットランドの荒野を逃げ切り、政府高官と接触することに成功した…。
スパイ、殺人、逃亡、アクション、暗号など冒険スパイ小説に必要なアイテムはもれなく盛り込まれ、話の展開もスピーディーでまさに古典、名作である。ただ、大正時代の作品だけに物語の転換点、キーポイントが、現在の読者から見るとご都合主義なのはご愛嬌。形容矛盾ではあるが、牧歌的なサスペンスと言える。
英国冒険スパイ小説の源流のひとつとして、読んで損はないとオススメする。
三十九階段 (創元推理文庫 121-1)
ジョン・バカン三十九階段 についてのレビュー
No.1226: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ひたすら前向きに歩き続ける、若き女性調査官(非ミステリー)

文芸誌に連載された7本を収録した連作短編集。少年事件を担当する家裁調査官の日常を描く、現代社会を反映した人情物語である。
事件を起こした少年少女たちはもちろん、背景となる家族が抱える問題に真剣に向き合い、可能な限り柔らかな解決策を模索する主人公の言動が爽やかで、読後感がいい作品である。
残酷で非情なサイコ・サスペンスなどを読んだ後のお口直し、清涼剤としてオススメする。
家裁調査官・庵原かのん
乃南アサ家裁調査官・庵原かのん についてのレビュー
No.1225: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

完全に壊れてしまったけど信頼できる、矛盾の塊になったグレーンス警部

グレーンス警部シリーズの第10作、というか、グレーンス&潜入捜査員ホフマン・シリーズの第5作。ネットの闇に隠れた小児性愛グループを壊滅させるために二人が手を組む、アクション・サスペンスである。
十年前に亡くなった愛妻の墓前でグレーンスが出会った女性は「我が娘」と銘された墓に参って来たのだが、そこに遺体は入っていないという。三年前に誘拐され姿を消したという少女が気になったグレーンスは捜査資料を読み、担当者と話をするうちに、同じ日に同じ4歳の別の少女が誘拐されていたことを知った。35年前の愛妻の事故で流産してしまった自分の娘と重なり、少女のことが頭を離れなくなったグレーンスは自ら再捜査しようとするのだが、娘の死亡宣告を申請した両親からは関与を拒否され、警察内部でもグレーンスの体調、それ以上に精神状態を憂慮する上司から休暇を取るように強制された。一切の警察力を使えなくなったグレーンスだが独力での捜査を決意し、天才的なIT専門家のビリー、デンマーク警察のIT専門捜査官ビエテの協力でダークネットに暗躍する小児性愛者グループの存在をつかんだ。グループを壊滅させるにはリーダーの正体を暴く必要があり、グレーンスは「家族のために、二度と潜入捜査はしない」と宣言したピート・ホフマンを必死で口説き、小児性愛者を演じて会合に出ることを承諾させた。だが、ホフマンは素性を暴かれてしまい・・・。
これまでもずっと意固地で偏屈で怒りっぽく、全く協調性がないグレーンスだったが、本作での壊れっぷりは凄まじい。こんな同僚がいたら絶対に一緒に仕事したくないだろうが、被害者の思いを取り込み、犯罪を憎み、全身で怒りを現しながら進める捜査には絶対的な信頼を寄せるだろう。この特異なキャラクターがいかにして形成されたのかというのが明らかにされたのも、シリーズ愛読者にとっては読みどころである。
本作だけでも読み応え十分だが、登場人物のバックグラウンドが分かっている方がさらに面白いので、是非ともシリーズとして順に読むことをオススメする。
三年間の陥穽 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMル 6-15)
アンデシュ・ルースルンド三年間の陥穽 についてのレビュー
No.1224: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

犯人探しマニアでないと、ちょっとウザい

大人気になったピップ三部作が終わった後に登場した、「自由研究には向かない殺人」の前日譚。試験が終わった週末に高校生の友だちが集まり、犯人当てゲームを開催するのだが、読者にも同時進行で情報やヒントが与えられる犯人探しミステリーである。
ゲームの参加者は7人、舞台設定は1924年の孤島にある富豪の屋敷という犯人探しでは鉄板のシチュエーションで、読者と著者の知恵比べがメインの作品。このジャンルが好きな方には垂涎の内容だが、高校生と彼らが演じる登場人物とが入り混じり、読みづらいことこの上ない。
犯人探しマニア以外にはオススメしない。
受験生は謎解きに向かない (創元推理文庫)

No.1223:

スワン (角川文庫)

スワン

呉勝浩

No.1223:
(7pt)

通り魔事件、被害者バッシング、復讐心…正解のない物語

2020年の吉川英治文学新人賞、日本推理協会を受賞した長編小説。大型ショッピングモールで起きた無差別銃撃事件をめぐり、事件関係者が現場で起きた謎の解明を強制されるという、特異なシチュエーションの心理ミステリーである。
日曜の大型ショッピングモールに二人の男が侵入し、手製の銃と日本刀で死者21名、負傷者17名を出すという無差別殺人事件が発生した。犯人二人は自害し、警察の捜査は終わったのだが、後日、事件で母親を亡くした男性が「母の死の真相を知りたい」との意図で奇妙な「お茶会」を開いた。会を仕切るのは男性から依頼された弁護士で、招待されたのは全員現場にいた5人の男女だった。そこでは「真相解明」のために5人の行動が付き合わされ、比較対照され、それぞれの記憶の矛盾や間違いが容赦なく指摘されていった…。
前半は事件の様相、犯人たちの短絡的な行動が解明され、中盤では被害者でありながら「保身のために他の被害者を見捨てた」とバッシングされている16歳の高校生女子を中心にした「お茶会」の心理劇が展開され、終盤では突然の悪夢に巻き込まれたとき人は果たして正解の行動を取れるだろうかという答えのない難問に直面する。無差別事件そのものの解明より、人間は自分を守るためのストーリー、物語を作りながら生きるのではないかという、事件後の物語がメインテーマである。
犯人探しや謎解きではないが、心理ミステリーの傑作としてオススメする。
スワン (角川文庫)
呉勝浩スワン についてのレビュー
No.1222:
(7pt)

殺人から始まるが、魂の再生の物語である(非ミステリー)

2021年のエドガー賞の最優秀新人賞にノミネートされた、女性新人作家のデビュー作。愛する息子を殺害されたクエーカー教徒の中年男と突然現れた身寄りのない16歳の妊婦である少女が奇妙な共同生活を通して宗教的な救済と魂の浄化を得ていく、スピリチュアルな物語である。
一人息子のダニエルを、息子の親友として息子同然に可愛がっていた隣家の長男・ジョナに殺害された高校教師のアイザックは世間との付き合いを避けるようになり、老犬との侘しい生活を送っていた。そんなアイザックの屋敷にある夜、エヴァンジェリンと名乗る16歳の少女が現れた。帰る家もなく、行くあてもないというエヴァンジェリンに同情したアイザックが彼女を招き入れると、エヴァンジェリンは老犬・ルーファスともすぐに仲良くなり、アイザックは彼女を自分の家に住まわせることにした。こうして始まった二人の奇妙な共同生活だが、崩壊家庭に育ちさまざま秘密を抱えているエヴァンジェリンと規律を重んじるクエーカー教徒であるアイザックはことあるごとに衝突し、互いを必要としながらも心から打ち解けることはなかった。特に、エヴァンジェリンが隠そうとする妊娠、生まれてくる子供の父親は誰かを巡ってはお互いに疑心暗鬼になり、それぞれに孤独感を深めていた。それでも妊娠期間は過ぎて行き、お腹の子供は容赦無く育っていた…。
息子が殺害され、犯人は隣家の幼なじみと分かり、苦しむアイザック、路上生活を余儀なくされ、妊娠までしてしまったエヴァンジェリン、さらに殺人者となり、遺書を残して自殺したジョナの三者三様の心の闇、魂の救済を求める葛藤が延々と繰り返される物語は、正直、読み疲れる。同じような心理描写が何度も何度も繰り返され、ただただ救いのなさだけが残る。680ページを越える物語だが、500ページぐらいにまとまっていれば、もっと読みやすく、インパクトがあったのではないかと惜しまれる。
ミステリーを期待すると裏切られる作品であり、魂の救済、再生の物語として読むことをオススメする。
内なる罪と光 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョアン・トンプキンス内なる罪と光 についてのレビュー
No.1221: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読み通すのがしんどいけど、最後にわずかな救いがある

「ウィル・トレント」シリーズの第11作だが、「グラント郡」シリーズの主役であるサラ・リントンが主役、さらにウィルのパートナーであるフェイスも重要な役割を果たすという豪華メンバー揃い踏みの傑作サスペンス・ミステリーである。
サラは、当直医として担当したレイプ被害者から「あいつを止めて」という最期の言葉を受け取った。この残虐な暴行殺人で起訴された大学生は、研修医時代のサラの先輩で、大成功している心臓外科医の妻であるブリットの息子だった。敵対証人となったサラに対し、ブリットは「今回の事件は、15年前のあなたの事件と繋がっている」と口走った。研修医だったサラがレイプされた忌まわしい事件が、なぜ、どういうふうに今回の事件と繋がるのか? 息子を庇うためにブリットが口を閉ざしてしまい、闇の中に放り出されたサラだったが、ウィル、フェイスの協力を得ながら真相に辿り着く。だがそれは、信じがたい悍ましさに包まれたものだった…。
いつものことながら、事件、被害の様相が残酷すぎて読み続けるのが息苦しくなる。何もここまでと思うが、これぐらいの怒りを込めないと被害者の無念を代弁できないということだろう。苦く重苦しい物語だが、サラの気丈なサバイバル、ウィルとフェイスの絆など心温まる側面が救いになっている。
シリーズを読んでいても読んでいなくても読み応えがある傑作サスペンスであり、多くのミステリー・ファンにオススメする。
蛇足ではあるが、全体を通してWordのスペルチェックでも発見できそうなミスが散見され、校閲不足の印象があるのが残念。特に主要な人物の名前をタイプミスしているのはいかがなものか。
暗闇のサラ (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター暗闇のサラ についてのレビュー
No.1220:
(8pt)

アメリカの恥部に切り込む、パワフルなミステリー

処女作ながら2010年エドガー賞最優秀新人賞にノミネートされた長編ミステリー。1980年代、テキサス州で権力犯罪に立ち向かう黒人弁護士の苦悩を描いた、ビターでパワフルな社会派ミステリーである。
妻の誕生日祝いでナイトクルーズに出かけた黒人弁護士・ジェイ夫妻は河岸からの銃声と女性の悲鳴を聞き、川に落ちた裕福そうな白人女性を助け上げた。女性の首には絞められたような傷跡があったのだが、一切の説明を拒否し頑なに黙っていた。若い時の経験から警察との関わりを避けたいジェイは女性を警察署の前で車から降ろし、そのまま立ち去った。しかし、悲鳴が聞こえた場所から射殺死体が発見され、ジェイは否応なく事件に巻き込まれて行く…。
公民権運動やブラックパワーの台頭はあるものの冷酷な人種差別が横行する80年代のディープサウス。弁護士とはいえ黒人のジェイが人間としての誇りと圧倒的な白人社会の差別のはざまで苦しみ、葛藤するところが読みどころ。60年代後半から70年代にかけて公民権運動に深く関わり逮捕、投獄された経験を持つジェイの骨身に染み込んだ公権力への恐怖がリアルで心を打つ。当時から40年以上が経過しても、さほど変わったように見えないアメリカの恥部の恐ろしさを突きつけてくる、怒りに満ちた作品である。とはいえ、謎解きミステリーとしての面白さも失われてはおらず、上質なエンタメ作品と言える。
社会派ミステリーのファンにオススメする。
黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アッティカ・ロック黒き水のうねり についてのレビュー
No.1219: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国情報部、マフィア、ドラッグディーラーと渡り合う、元気老人探偵団

本国のイギリスで大ヒットし日本でも高い評価を受けた「木曜殺人クラブ」の第二作。盗まれた2000万ポンドのダイヤモンドを巡る殺人事件を、前作でも活躍した老人たち四人組が解決するユーモアたっぷりの謎解きミステリーである。
木曜殺人クラブのエリザベスが受け取ったのは、かつて同じ仕事をしていたのだが死んだはずの男から「同じ施設に転居して来たので旧交を温めたい。自分の部屋を訪ねてくれ」という手紙だった。不審に思いながらエリザベスが訪ねると、現れたのはMI5の諜報員でエリザベスの元夫のスティーヴンで「調査対象者の家から2000万ポンドのダイヤを盗んだとして、マフィアから狙われている」という。大事件に好奇心いっぱいのクラブメンバーは奮い立ち、消えたダイヤモンドの捜索に乗り出した。だが、メンバーの精神的支柱であるイブラヒムが暴漢に襲われて怪我をし、外に出ることを怖がり引きこもり状態になったことで、新たな悩みも抱えることになった。それでも事件を解決したいという熱意が損なわれることはなく、残りのメンバーは前作で仲良くなったドナとクリスの警官コンビや家族の力を借りながら難事件の真相を暴いていくのだった…。
前作に比べると物語の構成や展開が派手になり、おやおやという場面が多いものの、老人の知恵としたたかさを生かしたユーモア・ミステリーとしての持ち味は保っている。また謎解きミステリーらしい伏線や複雑な動機などにも説得力があり、本格英国ミステリーのファンにも満足できる仕上がりとなっている。すでに3作目の邦訳が出ており、シリーズは6作まで続く予定というから期待して待ちたい。
前作が気に入ったファンはもちろん、本格謎解きミステリーのファンにオススメする。
木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)
No.1218:
(8pt)

世の中は粉をひく風車のようなもの、夢も希望も、粉々にすり潰す

垣根涼介の言うところでは、代表作「ワイルド・ソウル」と対をなす、コインの裏と表のような作品。南米コロンビアで麻薬マフィアのボスに成り上がった日系二世の男が、自分の「信」を貫くために日本の警察を襲撃するという、痛快なノワール・アクションである。
政治的暴力組織に両親を殺害され、貧民街で育ちながらコロンビアの新興マフィアのボスに上り詰めた日系二世のリキが幼い少女・カーサを伴って来日した。その目的は、日本で共存するコロンビアマフィア間のいざこざでライバル組織に裏切られて警察に逮捕された仲間の奪還だった。仲間を守るためなら徹底的に冷酷非情になれるリキは壮絶な血と暴力でライバルと決着をつけ、日本の警察が想像もできない手段で仲間を奪還しようとする。それと同時に、もう一つの来日目的である「カーサに日本で教育を受けさせる」ために手を尽くす中でリキは自分と同じ目をした、退職したばかりの刑事・妙子と出会う…。
麻薬マフィアのボスとして暴力が全ての世界を生き抜きながら、路上をさまよっていた浮浪児のカーサを保護し育て上げることに心血を注ぐという、リキの二面性、人間の性の奥深さが強烈な印象を残す。日本のハードボイルドとは思えない圧倒的な暴力が支配するノワールでありながら、人間は捨てたものではないという、しみじみとした情感を持つヒューマン・ドラマでもある。
「ワイルド・ソウル」と重ねて読めば、さらに面白さが増すだろうが、本作だけでも十分に楽しめること間違いなし。オススメだ。
ゆりかごで眠れ〈上〉 (中公文庫)
垣根涼介ゆりかごで眠れ についてのレビュー
No.1217: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

最も「らしくない人物」が犯人の確率は? 85%?

三部作で終わるはずだった懸賞金ハンター「コルター・ショウ」シリーズの第4弾。人探しが仕事のショウが命を狙われた母娘を追いかけ、安全を守りながら逃亡を助けるという、前3作とは異なる役割を果たすアクション・サスペンスである。
原子力関係の優秀な技術者・アリソンはDVに耐えかねて告発して刑務所に送り込んだ元夫のジョンが早期釈放され、復讐のために自分の命を狙っていると知り、娘・ハンナと一緒に姿を消した。元刑事だったジョンが自分の捜査技術やコネを駆使して追いかけているのを憂慮したアリソンの雇い主はショウに、母娘の行方を探し、保護してほしいと依頼してきた。しかし、頭脳明晰なアリソンは逃亡者としても優秀で、ショウは容易には追い付けなかった。さらに、ジョンが関係する犯罪組織からも二人組の殺し屋が派遣され、アリソン母娘の逃避行は追いつ追われつの厳しいものとなる…。
帯に「ドンデン返し20回超え。すべては見かけどおりではないのだ」とある通り、読者を欺き、驚かせようというディーヴァーの意欲、熱量は半端ではない。とはいえ、この程度のドンデン返しはディーヴァーのファンなら想定内ではあるのだが。物語の最後の大逆転も、どこかで読んだことがあるレベルで強烈なインパクトは無い。ただ、クライマックスに至るストーリーはこれまでのシリーズ三部作より面白い。
ディーヴァーのファンはもちろん、ディーヴァーは初めてという方にもオススメできる、よく出来たエンタメ作品である。
ハンティング・タイム

No.1216:

Q

Q

呉勝浩

No.1216:
(7pt)

簡単には歯が立たない、堅焼き煎餅並みの663ページ。

3作連続直木賞候補という、今脂が乗っている作家の書き下ろし長編。手持ちで読むのが辛いほど分厚く、中身もかなりハードなノワール系エンタメ作品である。
どうしようもなく閉塞したコロナ禍の日本社会を打ち破るべく、天才ダンサーをカリスマとして売り出そうとする人々と、複雑な事情を抱えた天才ダンサーの家族が織りなす人間ドラマがメインの物語であり、ミステリー、ノワールの要素は不可欠ではあるがあくまで舞台装置でしかない。母親違いの三姉弟「ロク」、「ハチ」、「キュウ」の関係が分かるまでちょっと読みづらいし、三人の関係性が分かってからも父親を始めとする家族や、「キュウ」を売り出すプロデューサーや関係者がみな常識外で怪しく、何度も立ち止まらないとストーリーが理解できなかった。
663ページという大部作だし、難解ではないが癖のある話の展開なので、読み終えた時に満足するか徒労を覚えるか、読者を選ぶ作品と言える。
Q
呉勝浩Q についてのレビュー
No.1215: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

森から来たワイルドの家族が明らかになる?

日本でも好評を得た前作「森から来た少年」の続編。自身の家族を探すためにDNA鑑定サイトを利用したワイルド(前作の主役)が実の親を見つけるとともに、血縁者と思われる人物からコンタクトがあり、思いもよらぬ事態に巻き込まれていく社会派ミステリーである。
血縁者探しのDNAサイトにサンプルを送ったワイルドは父親と思われる人物を特定し、会いに行ったのだが、そこで父親から「母親が誰かは分からない」と告げられた。さらに、母親の血縁と思われるPBと名乗る人物から連絡があり、ワイルドがその身元を探ってみると、現在行方不明になっていることが判明した。唯一の友人だった亡きデイヴィッドの母である著名な弁護士・へスターの協力で母親とPBの身辺調査を進めたワイルドだったが、思わぬことから殺人事件に巻き込まれていく…。
ワイルドの過去、家族が判明するプロセスがメインで、サブとしてテレビのリアリティ番組の虚実の闇、ネット社会ならではの匿名グループによる私的制裁、ワイルドとヘスター家の家族の関係性が絡んでくる。物語の構成は複雑だがエピソードの関係性はわかりやすく、話の展開もスピーディーで読みやすい。だが、読み進めるとともにネット社会の便利さと怖さ、ネットのパワーに追いつけない人間の脆さがひしひしと伝わってくる、恐ろしい作品である。
「森から来た少年」を堪能した方はもちろん、単なる勧善懲悪では終わらない、コクのある社会派ミステリーのファンにオススメする。
THE MATCH
ハーラン・コーベンザ・マッチ THE MATCH についてのレビュー
No.1214: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

バブルに踊ったのは奴隷か、自由人か?

日本のバブル経済を象徴する女性として有名だった「尾上縫」の生き方を主題にした長編小説。関係者へのインタビューを中心にしたルポルタージュ的手法で書かれた物語だが、伝記でも人物記でもなく、時代に規定されて生きざるを得ない人間を描いた社会派ヒューマン・ドラマである。
大阪の料亭の女将ながらしばしば「神のお告げ」が的中したことにより多くの金融・投資関係者を魅了し、「北浜の天才相場師」と呼ばれた朝比奈ハル。バブルが崩壊すると破産、さらに詐欺罪で刑を受け獄中で死亡した。その服役中に同房になり、彼女の世話をしていた殺人犯・宇佐原陽菜が出所後、ハルから聞いた話と関係者へのインタビューで小説を書こうとするという証言小説の構成で綴られる物語は、ハルの人生が波瀾万丈、印象的なエピソードに彩られているため、それだけで面白い。しかし本作は、単なる正しい伝記を目的にしたものではなく、宇佐原陽菜がハルの生き方に自分を重ねてゆくことで「奴隷の自由か、自由人のろくでもない現実か」を追求する実験作でもある。
最後の方で謎解き、意外な真相が出てくるもののミステリーとしては平凡。バブル経済の時代とコロナ禍の時代を重ね合わせ、個人が自由であることとは何かを考えながら読むことが、本作の楽しみ方である。
そして、海の泡になる (朝日文庫)
葉真中顕そして、海の泡になる についてのレビュー