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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 161~180 9/68ページ

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No.1199: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

カフェオレと菓子パンしか食わない、鬼警部

2023年度の国内ミステリー3冠に輝いた、警察ミステリーの新シリーズ。雑誌掲載の5作品を収めた連作短編集である。
群馬県警本部捜査一課の葛警部は上司にはおもねず、部下に配慮することなく、真相解明のためには一切の妥協を排し組織に馴染まないのだが、かと言って日本の警察が守るべきルールを破ることはない。その卓越した能力には周囲も文句のつけようがなく、一たび捜査に入ると、わずかな違和感や疑問も軽視せず徹底的に考え抜く鬼刑事になり、まさに寝食を忘れて没頭する。何せ文中で口にするのはカフェオレと菓子パンだけなのだから・・・という主人公の設定が効果的。派手なトリックや過激な言動はなく、ただひたすら「なぜ?」を追求することで事件の背景、真相を暴いていくストーリーは、地味だが力強い吸引力を持っている。
日本の警察ミステリーのファンならきっと満足させる、一級品のエンタメ作品としてオススメする。
可燃物
米澤穂信可燃物 についてのレビュー
No.1198: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

衰え知らずの巨匠に圧倒された

ロンドン警視庁警察官「ウィリアム・ウォーウィック」シリーズの第4作。警部に昇進し、新設の未解決事件特別捜査班の班長となったウォーウィックが宿敵・ワトソン弁護士と死んだはずの美術品詐欺師・フォークナーのコンビと対決する警察集団ミステリーである。
ウォーウィックの班が再捜査することになった5件の事件のうち4件は永遠の宿敵・ワトソンが弁護を担当し、無罪や微罪にしたケースだった。班のメンバーが再捜査を進めていると、かつてスイスで死亡し火葬されるのを確認したはずのフォークナーが実は名前も外見も変えて生きていて、再びワトソンと組んで悪事を企んでいることが判明する。永遠の仇敵・フォークナーの出現に闘志を燃やすウォーウィックはメンバーとなった元囮捜査官のホーガン警部補とともにフォークナーを追い詰めて行く…。
死んだはずの仇敵との知恵比べ、辣腕弁護士によって刑を免れたり、微罪で逃れたりした犯罪者へ正義の鉄槌を下すほとんどアウトローな作戦という二つの物語が同時進行するストーリーは波乱に富み、一瞬たりとも気を抜けない。こんなスピーディーで緊迫感のある物語を書く81歳の巨匠に、ただ圧倒されるばかりである。シリーズの第4作なので前3作を読んでいるに越したことはないが、著者が「一作一作を異なるテーマの独立した作品にする」と語っている通り、本作だけでも問題なく楽しめる。
警察ミステリー、中でも群像劇、人間ドラマに惹かれる方にオススメしたい。
運命の時計が回るとき ロンドン警視庁未解決殺人事件特別捜査班 (ハーパーBOOKS)
No.1197: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ヨーロッパで暮らす黒人は、あまりにも悲惨

デビューからの3作品が次々にドイツ・ミステリー大賞を受賞したという実力派の本邦初訳作品。不法残留者であるアフリカ系黒人青年が、殺人を目撃したことからベルリンの街中を逃げ回る逃走と追跡のサスペンスである。
ガーナ出身のコージョは失職したため不法残留者となり、日々、当局の摘発を恐れながらトルコ人街のカフェで働き、愛人のドイツ人女性が管理する空きビルで寝泊まりしていた。ある夜、ねぐらの向かいのアパートに住む娼婦が殺害されるのを目撃したコージョは現場を見に行き、犯人がアパートから出るのに遭遇し、さらに住人に目撃されてしまう。目撃証言から警察は黒人青年を容疑者として探し始めた。強制送還を恐れて、無実を訴えて警察に出頭することもできないコージョは自力で犯人を探そうとするのだが、逆に真犯人からも追われることとなる…。
とにかく逃げて、逃げて、逃げ回るコージョがあまりにも悲惨で同情を禁じ得ない。普通に暮らしているだけでも、周りのドイツ人だけでなく警察にも常に疑惑の目で見つめられるストレスは想像を絶するものがある。移民、難民に寛容な国というドイツのイメージが覆されることは間違いない。アフリカ系移民の生きづらさという社会派のテーマだが、物語はスピーディーなサスペンス作品に仕上がっている。
平穏な日常に隠された社会病理を描くミステリーが好きな方にオススメする。
ベルリンで追われる男 (創元推理文庫)
No.1196: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

最後の最後で面白くなった(非ミステリー)

大ベストセラー「ケインとアベル」の姉妹編。戦後(第二次対戦後)のアメリカで起業家として成功し、政治の世界でも大統領候補の一番手と目されるまでの活躍を見せる女性の一代記である。
無一文でポーランドから辿り着き、一代でホテル王国を築いたアベル・ロスノフスキの一人娘・フロレンティナは才気煥発の美しい女性に育っていた。当然、父の事業を継ぐものと思われていたのだが、父の宿敵・ケインの息子・リチャードと出会い、駆け落ちしたことから勘当同然となる。しかし、父譲りの経営感覚で起業に成功し、やがては父の事業を継ぎ、さらに大きく発展させた。それでもどこか物足りなさを感じるフロレンティナは請われて政治の世界に入り、下院議員から上院、さらには大統領が視野に入るまでに上り詰めて行く…。
アメリカ初の女性大統領が誕生するか否かがクライマックスで、下巻の後半部分はスリリングだが、それまでは印象深いエピソードもあるものの全体がノンフィクション的なテイストで、小説としてはやや物足りない。しかし、1982年にこういうアメリカの政治状況を想定していた筆者の洞察力、構想力は素晴らしい。脱帽である。
姉妹編とはいえ「ケインとアベル」を読んでなくても問題なく楽しめる。人間ドラマ、大河ドラマ好きの方にオススメする。
ロスノフスキ家の娘 上 (ハーパーBOOKS)
No.1195: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

家族って、結局は藪の中ってことか

高級住宅地で父親が母親に殺害される、家庭内殺人事件が発生。絵に描いたような幸せなエリート一家に何が起きたのか? 隣り合って、互いに意識しながら暮らす三家族の視点から事件の真相が徐々に明らかになるストーリーだが、謎解きミステリーではない。同じ場面でも登場人物が変わり、視点が変わるたびに変化していき、なおかつ最後まで真相は藪の中という、どこにでもある家族の闇の物語である。同じ屋根の下で暮らしていても互いの心のうちは分からない、そこが究極のミステリーということか。
イヤミス好きの方なら楽しめるだろう。
夜行観覧車
湊かなえ夜行観覧車 についてのレビュー
No.1194:
(7pt)

謎解き重視だと期待外れだろう

2008年度MWAの最優秀長編賞受賞作。5年ぶりに故郷に帰ってきた男が幼馴染みが殺害された事件に遭遇、さらに家族が巻き込まれる事件が続き、その真相を追究することで愛する家族の隠されてきた実像に直面する人間ドラマ、家族物語である。
5年前、殺人の濡れ衣を着せられ、無罪になったものの父親に勘当されて故郷を捨てたアダムが、二度と戻らないと決めた町に戻ったのは、幼馴染のダニーが「人生を立て直すのに力を貸してほしい。一対一で話したい」と電話してきたからだった。最初は断ったのだが気になって仕方なく、帰ってきたのだった。5年ぶりの故郷の景色は変わっていないものの、家族や元恋人との関係は微妙に変化し、それ以上に町の雰囲気は大きく変わっていた。その背景となっているのが、アダムの父が所有する広大な農場を含む土地の原発建設計画で、莫大な開発資金を巡って開発派と反対派の対立が先鋭化していたのだった。家族や元恋人とぎこちない再会を果たしたアダムはダニーを探すのだが、ある事情からダニーは逃亡中で行方が知れないという。そうこうするうちにアダムはダニーが殺されているのを発見したばかりか、重要参考人にされてしまう。再び濡れ衣を着せられたアダムはしゃにむに謎を解こうと突っ走る…。
親友の死、家族が巻き込まれた事件の謎を解くミステリーであるとともに、アメリカ南部の大農場一家の崩壊と再生の物語でもある。正直、ミステリー部分だけでは大した作品ではない。むしろ、男の友情、恋人との愛情、親子・兄弟など家族の絆の物語としての完成度の方が高い。
ミステリー風味の人間ドラマ、家族ドラマが好きな方にオススメする。
川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・ハート川は静かに流れ についてのレビュー
No.1193:
(7pt)

セリフは面白いがストーリーは中途半端(非ミステリー)

2021年にオンライン・メディアに連載された長編小説。素人の主婦が書いた小説と編集者の感性が奇妙に重なり合っていく、奇想的物語である。
作中ところどころにインパクトのあるセリフが登場し、ストーリー展開のアクセントになっているのだが、物語全体の印象度が薄くミステリーとしては物足りない。
ロング・アフタヌーン (単行本)
葉真中顕ロング・アフタヌーン についてのレビュー
No.1192:
(8pt)

ボッシュとバラード、はみ出しコンビは息ぴったり!

深夜勤務刑事バラード・シリーズの第3弾。ボッシュとバラードがタッグを組んで二人組のレイプ犯とロス市警に巣食う悪徳警官を暴き出す、警察ミステリーである。
新年を祝う銃声に紛れて発射された銃弾による殺人事件が発生。現場に駆けつけたバラードが捜査を始め、残されていた薬莢が10年ほど前に起きた殺人で使用されたのと同じ銃から発射されたものだと判明した。当時の捜査を担当したのが現役時代のボッシュだったため、バラードはボッシュにコンタクトし、力を貸してもらうことにする。またバラードは深夜に女性宅に侵入する二人組の強姦犯ミッドナイト・メンの捜査も担当しているのだが同僚が役立たずで、ほとんど一人で不眠不休で走り回ることになる。バラードの上司は片方の事件を他部署に任せようとするのだが「自分の事件を取り上げられる」のを嫌がるバラードは、市警内部のルールを破ってでも犯人探しを止めようとはしなかった…。
組織内トラブルから他人が嫌がる深夜勤務に回されているバラード、最後は市警と対立して辞職したボッシュ、スネに傷を持つはみ出しもの二人が不屈の精神と使命感で難局を突破するスピーディーな捜査活動が一番の読みどころ。ボッシュ・シリーズの胸熱は健在である。2020年の大晦日から物語が始まるので、背景にあるコロナのパンデミックに対するアメリカ社会の反応も興味深い。
バラード・シリーズ、ボッシュ・シリーズというよりコナリーのファンには絶対のオススメ作。警察ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。
ダーク・アワーズ(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーダーク・アワーズ についてのレビュー

No.1191:

臨場 (光文社文庫)

臨場

横山秀夫

No.1191:
(7pt)

文句なく面白い、でも長編には敵わない

2000〜2003年に雑誌掲載された8作品を収めた連作短編集。終身検視官の異名を持つ捜査一課調査官・倉石が鋭い観察眼と現場で鍛えた知識で自殺か他殺かを見極めていく警察ミステリーである。
それぞれの話のキーとなるトリックや犯行様態はヴァラエティに富み、謎解きミステリーとして飽きさせない。さらに、事件の背景となる人間模様が丁寧に描かれ、ヒューマンドラマとしても味がある。短編としての完成度は納得できるのだが、欲を言えばこれだけの物語を短編だけで終わらせるのは勿体無い気がした。
横山秀夫ファン、日本の警察小説ファンに自信を持ってオススメする。
臨場 (光文社文庫)
横山秀夫臨場 についてのレビュー
No.1190: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

前半は詐欺師の成長物語、後半はハリウッド的ハッピーエンド

傑作と言われながら未訳のままだったのが、半世紀を経て邦訳された1970年の作品。元諜報員が、不正と暴力に汚染された南部の小都市の乗っ取り計画に参画し、曲者たちと騙し合いを繰り広げるコンゲーム&クライム・サスペンスである。
属する諜報組織に裏切られ、東南アジアの小国で留置されていた秘密諜報員のダイはサンフランシスコに送り返され、上司から手切金と引き換えに口を噤むよう強制された。そんな失意のダイに近付いてきたのが都市計画コンサルタントを自称するオーカットで、巨額の報酬で「街をひとつ腐らせてもらいたい」という無謀な話。しかも、オーカットにダイを推薦したのが、ダイと浅からぬ因縁がある元同僚という、なんとも筋の悪い話だった。しかし、心に虚無を抱えていたダイは依頼を承諾し、オーカットの仲間の元悪徳警官、元娼婦たちとチームを組み、田舎町へ乗り込んだ…。
街の政治家や警察を策略と暴力で総取り替えして権力や裏の利権を争うという設定が日本人にはピンとこないが、悪人同士が知恵を絞って争うという、いつものロス・トーマス世界。暴力と騙しの狂想曲が繰り広げられ、最後はちょっと忙しい展開になるが、ニヤリとさせて大団円を迎える。
「冷戦交換ゲーム」からウー&デュラント・シリーズへ変化する途中の傑作として、ロス・トーマス・ファンには必読の作品。アメリカの謀略もの、コンゲーム、軽めのハードボイルドのファンにもオススメする。
愚者の街(上)
ロス・トーマス愚者の街 についてのレビュー
No.1189:
(8pt)

シリーズ化されそうな、警察小説のニューヒロイン登場

2022〜23年に小説誌に連載された長編小説。女性が主人公のシリーズに実績がある著者の新たな代表作になりそうな、ポテンシャルの高い警察エンタメ作品である。
居所不明になった容疑者の捜査が専門の警視庁捜査共助課に勤務する二人の女性刑事。犯人の顔を記憶し、街頭でひたすら一致する顔を探す「見当り捜査班」の川東小桃、地縁や人脈などのわずかな手がかりを手繰って容疑者に迫る「広域捜査共助係」の佐宗燈。捜査手法も年齢も違う二人がそれぞれの持ち味を生かして容疑者を確保するエピソードが交互に繰り返され、最後は捜査共助課全体で犯人逮捕のクライマックスとなる。一般的にはあまり知られていない部署の興味深い捜査手法の詳細がメインの物語であり、また二人のヒロインの仕事と家庭の両立をめぐる葛藤というヒューマンドラマでもある。ノン・シリーズではあるが、ヒロインを始めとする登場人物のキャラクターや人間関係の面白さ、ストーリーの躍動感を考えると、これだけで終わるのはもったいない。本作の最後も後を引く終わり方で、シリーズ化への期待が持てそうだ。
犯人追求のスリリングな展開と人情味がある仲間関係の心地よさのバランスが取れており、警察集団小説、そう佐々木譲の「道警シリーズ」などのファンなら大満足間違いなし。オススメだ。
緊立ち 警視庁捜査共助課
乃南アサ緊立ち 警視庁捜査共助課 についてのレビュー
No.1188: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

読者の思い込みをうまく利用した、技巧的作品

勘違いや思い込みから生まれる悲劇を巧妙に物語に仕上げた、傑作ミステリー。登場人物や事件の背景などを考えるより、単純に自分の思い込みが覆されるどんでん返しを楽しむ小説である。
どんでん返し系ミステリーのファンにオススメする。
ラットマン (光文社文庫)
道尾秀介ラットマン についてのレビュー
No.1187:
(8pt)

逃げて逃げて、強く強く生きる女

2022年〜23年の週刊誌の連載に加筆・修正した長編小説。カルト教団が引き起こした事件に関与して指名手配された女性の逃亡と生き直しを、徹底的に女の視点から描いた桜木紫乃ワールド満開のダークなロマン・サスペンスである。
母親に強制されてバレエダンサーを目指しながら挫折した岡本啓美は母の支配から逃れるためにカルト教団に入信し、自覚がないまま教団が引き起こしたテロ事件に巻き込まれ、指名手配されることになった。何の罪に問われるのか分からないまま逃亡し名前も変え、外見も変えて17年後、結婚写真を撮った直後に逮捕された。追われるから逃げたのか、逃げるから追われたのか、哀し過ぎる逃亡記である。
どこに逃げようとも常に見つかる危険に気持ちが落ち着かないはずなのに、妙に達観して流れ着いた場所で根付いていくヒロインの太々しさがユニーク。人間としての弱さと女としての強さが同居し、次々に現れる様々な顔を見ているだけで面白く、ストーリー展開にどんどん惹きつけられていく。実にパワフルな物語である。
スリリングな読書体験が得られる物語として、サスペンス、ミステリーのファンにもオススメしたい。
ヒロイン
桜木紫乃ヒロイン についてのレビュー
No.1186:
(7pt)

社会人なら誰もが経験する職業倫理と私情のせめぎ合い

2001年から3年にかけて文芸誌に掲載された6作品を収めた短編集。どれもミステリーと呼ぶには謎が無さすぎる話なのだが、社会人なら当然に従うべきとされている職業倫理と、それに相反する私情がぶつかるときに生まれる登場人物の心の揺れがミステリー要素を含んでおり、その緊張感で読ませる。
6作品の中では表題作「看守眼」と「口癖」が面白かった。
看守眼 (新潮文庫)
横山秀夫看守眼 についてのレビュー
No.1185: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

政治謀略を絡めたハードボイルド・ミステリー

ロス・トーマスが日本で人気を博するきっかけとなった1984年の作品。生まれ育った町の刑事だった妹の爆殺事件の真相を求めて兄が地元の闇を探っていく、エドガー賞長編賞にふさわしいハードボイルド・ミステリーである。
ワシントンの立法府関係の顧問を務めるベン・ディルは刑事だった妹が車に仕掛けられた爆発物で殺害されたため、故郷に帰ってきた。そこでベンは、正義感が強く人望もあった妹が実は謎の多い生活を送り、賄賂をとっていたのではないかと知らされる。そんなことが信じられないベンが調査を始めると、妹は何かを隠すために二重生活を送っていたのではないかと思われた。さらに、ベンが帰郷した目的にはもう一つの理由があった。それは幼なじみで地元の有力者に成り上がっているジェイクのスキャンダルの証拠を掴むことだった…。
妹の死の謎を解くことと幼なじみのスキャンダルの証拠を掴むという、二つのテーマが複雑に絡み合ったストーリーは前半はわかりにくいものの中盤以降ははっきりと見えてきて、数多い登場人物もキャラクターが分かってくると判別しやすくなり、物語はどんどん盛り上がっていく。登場人物たちの言動はPIものハードボイルドのテイストで、そこに政治謀略ものの胡散臭さが加味され、まさにロス・トーマスの世界が満開の作品である。
少しも古さを感じさせない作品として、ハードボイルド好きならどなたにもオススメしたい。
女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))
ロス・トーマス女刑事の死 についてのレビュー
No.1184: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

警察小説というより社内権力を争う謀略小説、だが面白い!

独自の視点から警察小説の新ジャンルを牽引する著者の2005年の作品。県警組織の要となる総務課長が失踪した不祥事をきっかけとする幹部たちの権力闘争を描いたヒューマン・ドラマである。
阪神淡路大震災が発生した日、遠く離れたN県警にも激震が走った。事務方のトップである総務課長の不破が行方不明になったという。幹部からも部下からも人望厚い不破は、なぜ姿を消したのか? この事実が警察庁の知るところになれば一大不祥事であり、県警上層部は全力で行方を探すとともに事態が外部に漏れるのを必死で防ごうとするのだが、ことの背景には県警本部長の失態があり、さらに幹部の間の権力闘争が重なり、解決への道は複雑になるばかりだった…。
総務課長が蒸発しただけでも大問題だが、そこにキャリア組と地元叩き上げの確執、同じ職階の幹部同士の利害対立が重なり警察上層部はバラバラになる。さらに過去の選挙違反摘発事件、殺人犯の逃走、交通違反もみ消しなどスキャンダルになりかねない出来事が次々に起き、次第に各人の本音が露わになるプロセスがスリリング。謎解きミステリーの要素より人間ドラマに重点が置かれているのだが、下手な謎解きより格段に面白い。
横山秀夫ファンはもちろん、警察群像もののファンにオススメする。
震度0
横山秀夫震度0 についてのレビュー
No.1183: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

自然も人間関係も閉ざされた地の重い物語

英国推理作家協会賞最優秀長編賞の受賞作で、「シェトランド四重奏」の第一弾。住民同士が全て知り合いという閉鎖社会に起きた少女殺害事件の謎解きと、背景となる人間関係の重苦しさを描いた重厚なミステリーである。
イギリスの最北端、シェトランド島で16歳の女子高生が殺害された。通報を受けた地元警察の警部・ペレスが捜査を始めたのだが、住民の間ではすでに「犯人はマグナスだ」という噂が広がっていた。というのも8年前、11歳の少女がマグナスの家を訪ねてから行方不明になっていたからだった。だが、知的障害がある老人・マグナスの犯行説に違和感を持ったペレスは粘り強く地元の濃密過ぎる人間関係を解きほぐし、閉鎖社会ならではの悲劇を目にすることになった。
現在の事件と8年前の事件が絡まり合い、誰もが知り合いで、誰もが秘密を抱えている最果ての地で暮らす人々の複雑な関係と心理が描かれていく。そのストーリー展開は、殺人の謎解き以上にスリリングでミステリアス。さらに舞台となるシェトランド島の荒涼たる風土も相まって、物語全体は暗く重いヴェールに覆われており、決して簡単に読み進められる物語ではない。
犯人探しと同時に複雑な人間ドラマを楽しみたい方にオススメする。

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)
アン・クリーヴス大鴉の啼く冬 についてのレビュー
No.1182: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ミステリーの常識を破る斬新な試みに目がまわった

「マンチェスター市警エイダン・ウェイツ」シリーズが好評な著者のシリーズ外長編。友人であるイヴリンの遺稿を基に、著者・ノックスがノンフィクション作品に仕上げたという体裁の物語だが、全体が大きな虚構であり、読者は迷宮に誘い込まれるという斬新過ぎるミステリーである。
19歳の女子学生・ゾーイが大学寮から失踪した事件から6年、事件に興味を持った作家・イヴリンは関係者への取材を進め、ノンフィクション作品を書いたのだが、原稿完成の直前に亡くなってしまった。執筆中のイヴリンから相談を受けていたノックスが遺志を継ぎ、一冊の書籍に仕上げたというのが、物語の大枠である。ストーリーの中心はゾーイ失踪の謎解きで、これだけでも読み応えがある長編なのだが、さらにイヴリンとノックスのやり取りがミステリアスで、どこまでが真実か、誰が嘘をついてるのかが分からなくなるという、もう一つのミステリーが重ねられてくる。しかも、作品の中にノックスが事件関係者として登場してくるのだから、ますます混乱させられる。まるでミステリー読者の固定観念を破壊するのが目的のような、野心的な作品と言える。
迷宮に誘い込まれるような読書体験だが、ゾーイ失踪事件だけでも一級のミステリーとして楽しめるし、それを包み込む作者からの挑戦も知的興趣を呼ぶ面白さがあり、誰もがそれぞれの楽しみ方ができる作品としてオススメしたい。
トゥルー・クライム・ストーリー
No.1181: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ロス・トーマスの世界を満喫できる傑作サスペンス

1995年に亡くなった巨匠の最後の長編。上司の陰謀で失職した元陸軍少佐が大統領選挙の裏金の行方を探るサスペンス・ミステリーである。
ニカラグアで陸軍とCIAが仕掛けた陰謀に加担させられた上に上司の罠に掛けられて退職を余儀なくされたパーテインは田舎町で働いていたのだが、そこに現れたかつての上司から口封じされ、仕事も奪われてしまった。失職したパーテインだったが、友人からロスに住む大物政治資金調達係の女性・ミリセントの仕事を紹介された。その仕事とは、大統領選挙の裏金120万ドルが盗まれたので秘密裏に取り戻したいというものだった。パーテインは秘密の大金に関わった、胡散臭い連中を相手に絡まった騙し合いと欺瞞の網を解こうとするのだが、そこにパーテインを罠に掛けた上司たちが殺し屋を差し向けてきた…。
ニカラグアでの陰謀とロスでの裏金消失という2つの事件が錯綜する物語の中心に位置するパーテインが主役のハードボイルドであり、それぞれに個性的なキャラクター、互いに裏を読み合う駆け引き、キレのいい場面展開、ウィットに富んだ会話というハードボイルドの王道が楽しめる。ロス・トーマス作品にしては比較的楽に筋を追えるのも嬉しい。
ロス・トーマスのファンにとっては、遺作として必読。それ以外の人でもサスペンス、コンゲームのファンなら必ず満足できると、自信を持ってオススメする。
欺かれた男 (Mysterious press)
ロス・トーマス欺かれた男 についてのレビュー
No.1180: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ミステリーマニアも、マニア以外も楽しめる

「そしてミランダを殺す」以来、ヒット作を連発している著者の2020年の作品。8つの名作ミステリーに絡めたと思しき連続殺人の全容をミステリー専門店主の主人公が解明する、ミステリーマニアならではの野心的な傑作である。
ボストンでミステリー専門店を営むマルコムのもとをFBI捜査官・グウェンが訪れ、マルコムが書いたブログ「完璧なる殺人8選」をなぞった連続殺人が起きているのではないかと告げる。ボストン近隣で起きた未解決殺人事件の中に、犯行手口が8つの有名作品に触発された疑いが濃いものがあるという。偶然の一致では片付けられらない事件の詳細を知り、マルコムはグウェンの捜査に協力することにする。そこで知れば知るほど、誰かが自分のリストに基づいて殺人を続けている疑いが濃くなり、犯人は身近にいるのではないかとマルコムは疑心暗鬼に陥っていった…。
物語はマルコムの回想録という形式で、全てマルコム視点で書かれているのだが、途中からマルコムが「信頼できない語り手」になり、読者はさらなる迷宮に誘い込まれていく。とにかく最後まで着地点が見えない、スリリングな謎解きミステリーであり、取り上げられた8作品を読んでいればもちろんだが、読んでいなくても謎解きの面白さが満喫できる。
謎解きミステリーのファンには絶対に外れない傑作としてオススメしたい。
8つの完璧な殺人 (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン8つの完璧な殺人 についてのレビュー