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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 41~60 3/68ページ

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No.1319: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

この暗さと重さ、まさにノワールの極北!

ノルウェーをというより北欧、現代ノワール・ミステリーを代表するネスボの新シリーズ第1作。ノルウェーの山中の寒村に一人で暮らす兄のもとに、15年前にアメリカに渡った弟が美しい妻と豪華リゾートホテルの建設計画を持って帰郷したことから始まる、兄と弟の壮大な愛憎物語である。
横暴な父親が支配する農場で互いを庇いあいながら暮らしていた兄・ロイと弟・カールは両親が乗った車が崖から落ちて死亡したため、17歳と16歳の二人だけの生活を送っていたのだが、保安官がカールを訪ねて来て、ロイから性的虐待を受けていないか、両親の事故に不審な点を感じないかと尋ねてきた。カールは疑惑を否定したのだが、保安官は事故車の状態を確かめるため危険な崖から身を乗り出し谷底へ落下してしまった。それを聞いたロイは兄弟の秘密を守るために谷底で保安官にトドメをさし、死体を農場の奥の谷で始末した。その罪は二人で背負って行くはずだったのだが、罪の重さに耐えかねたカールはアメリカの大学に入り、そのまま帰郷しなかった。村にひとり残ったロイはガソリンスタンドを経営し落ち着いた暮らしを営んでいたのだが、そこに15年ぶりにカールが帰ってきて農場にリゾートホテルを建てようと持ちかけてきた。話が曖昧だと感じたロイだったが弟の頼みは断れず、村の人々も巻き込んでホテル建設をスタートさせた。そのタイミングで新任の保安官が前任者の事故を再調査するので協力して欲しいと頼んできて、兄弟二人の秘密は風前の灯となった…。
まるで双子というより一心同体の兄弟を巡る悲喜劇、いや切実な愛憎が2段組、500ページオーバーで重厚にリアリティを持って語られる一大叙事詩である。読み通すのに時間も体力も必要だが、読み終わった時、そのしんどさは十分以上に報われる。
全てのノワール愛好家に絶対の自信を持ってオススメする。
失墜の王国
ジョー・ネスボ失墜の王国 についてのレビュー
No.1318: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

今回も軽やかで楽しいバディ・アクションだ

N.Y.のチャイナタウンで活躍する「リディア&ビル」シリーズの14作。2022年のPWAシェイマス賞の最優秀長編賞を受賞した軽やかで楽しいエンタメ作品である。
チャイナタウンのギャング組織の大ボス・チョイが心臓発作で亡くなり、チョイが所有する古い会館が姪である堅気で弁護士のメルに遺贈された。ところが、この地域では再開発計画が進められ、会館は高層ビル予定地になっていた。しかし古き良き街と仲間を守るためにチョイが売却要請に応じなかったために開発計画は中断されており、チョイの死は会館(地域)を守りたい人々と再開発を進めたい人々の対立に大きな影響を与えたのだった。突然、対立の渦中に巻き込まれたメルがリディアとビルに身辺警護を依頼して来たのだが、チョイの葬儀の翌日、後継者と目されていた幹部のチャンが死体で発見された・・・。
ギャング団の跡目争いにチャイナタウンの再開発、さらに濃密な中国人社会の人間関係が絡まって、物語は複雑に流れていく。しかし、リディアとビルのコンビは持ち前の人間力で様々な情報を集め推理し、隠されていた秘密に近づいて行く。犯人探しミステリーとしても読み応えがあるが、そこにマイノリティとして生きる人々の喜怒哀楽が見えるヒューマン・ドラマとしての面白さも加えられている。
重苦しくないP.I.ハードボイルド、今風のバディものがお好きな方にオススメする。
ファミリー・ビジネス (創元推理文庫)
S・J・ローザンファミリー・ビジネス についてのレビュー
No.1317: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

技巧を凝らした倒叙ミステリーであり、優れた社会派ミステリーでもある

警察小説で人気を得ている英国女性作家の日本初登場作。殺人事件の謎解きを、事件前に遡って行くパートと事件後の経過をたどるパートを交互に並べて展開するという、不思議な構成の倒叙ミステリーである。
再開発の波が押し寄せ退去を強いられている、ロンドン中心部の貧しい地域の集合住宅で殺人が起きた。殺したのは、苦境にある住民を支援しているエラで、パニックになったエラが助けを求めたのが社会活動家でエラの母親代わりとも言えるモリーだった。見知らぬ男に襲われて殺してしまったというエラのために、モリーは男の死体を隠すことにした。という発端から謎だらけだが、そこから物語は事件の背景を探って行くエラの語りと事件発覚を阻止しようとするモリーの語りが交互に繰り返され、スリリングな展開を見せる。そして最後には…。
まず第一に極めて大胆な物語構成に驚かされ、さらに現在のロンドン、英国社会が抱える行き過ぎた新自由主義、経済格差、性差別などの課題にしっかり向き合った社会派のストーリーに唸らされる。重厚なイギリス・ミステリー界に期待の新鋭が登場した予感がする。
アイデア勝負の倒叙ミステリーとだけ判断するのは間違いで、読み応えある社会派ミステリーとして多くの読者にオススメしたい。
終着点 (創元推理文庫)
エヴァ・ドーラン終着点 についてのレビュー
No.1316: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

謎解き? ホラー? ファンタジー? とにかく長過ぎる

デビュー作「ボビーのためにできること」がマニアックな評価を得たハレットの第二作。カルト教団の集団死事件の謎を二人の犯罪ノンフィクション作家が追求する物語を、前作同様、メールやチャット、取材時の音声ファイルの書き起こし、ニュース記事などで構成している。徹底して地の文がなく、主役や脇役の区別も曖昧で、それでもキャラクターを理解しがら読めるのは作者の優れた構成力と言える。だがいかんせん登場人物が多いし、エピソード、シーンの転換が目まぐるしいので読みづらい。しかも長い。文庫で750ページだが、350ページぐらいでちょうどいいんじゃないか。
物語の基本は殺人の謎解きだが、それ以上にノンフィクション作家の日常、競争心、プライドなどの周辺情報が多く、また事件の背景もホラーかファンタジーかサイコパスか、さまざまな要素が混ざりすぎてスッキリしない。
前作が気に入った人にしかオススメできない。
アルパートンの天使たち (集英社文庫)
No.1315: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

あなたは加害者家族を断罪できるのか?

著者が得意とする罪と罰の葛藤を加害者家族の視点から描いた再生の物語である。
5歳の一人娘・美咲希を交通事故で亡くした過去を持つ翔子は、美咲希とほぼ同時期に生まれた姉の忘れ形見・良世を引き取って育てることになる。というのも、姉は良世の出産時に亡くなっており、しかも良世を育てていた義兄が猟奇的殺人事件を起こして逮捕されたからだった。翔子は美咲希の死後、夫とは別れた一人暮らしで、9歳の良世を施設に入れるには忍びないと苦渋の決断を下したのだった。過酷な背景ゆえか口も心も閉ざす「殺人犯の子」とどう生活し、どう育てるのか。親と子は関係ないと信じているものの世間の圧力や自分の無自覚な思い込みもあり、翔子は心が休まる時はなかった…。
人間の善と悪、親子・兄弟の愛情と憎悪、人と人の信頼と裏切り、さらにはネット社会の愚かさなど、物語はほぼ想定通りのエピソードとともに展開するのだが、主人公たちの思惑通りには流れていかないところに、本作の面白さがある。読者はもどかしさに苛まれながらも、最後の希望を信じて読み終えることになる。
明日に一縷の望みを感じられるヒューマン・ミステリーのファンにオススメする。
まだ人を殺していません
小林由香まだ人を殺していません についてのレビュー
No.1314: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

諦念と情熱、どちらも老いの真実

イギリスの高齢者施設に暮らす老人たちの謎解きを描いて評判の「木曜殺人クラブ」の第3弾。お馴染みのクラブメンバー4人が10年前に起きた女性リポーター失踪の未解決事件を解決するユーモア・ミステリーである。
地元の人気ニュース番組でリポーターを努めていたベサニーは10年前、大掛かりな詐欺の重要情報を掴んだと連絡して来たきり、姿が消えてしまった。彼女の車は崖から海に落ちて大破していたのだが中にベサニーの死体は見つかっていない。この事件に目を付けたメンバーは、ベサニーの上司で人気キャスターのマイクに接触し、情報を集め始める。すると華やかな報道番組の裏には複雑な人間関係が蠢き、さらに詐欺事件に関係して収容されていた服役囚が刑務所内で殺害され、どうやら事件はまだ生きて動いているようだった。そんな最中に、エリザベスと夫のスティーヴンは謎のスウェーデン人に拉致され、エリザベスが諜報員時代に友人になった元KGB将校のヴィクトルを殺すように脅される・・・。
未解決事件だけでなく、エリザベスたちの誘拐まで重なってクラブメンバーは右往左往するのだが、いつもの通り強力な助っ人たちが手を貸してくれて物語は収まるべきところに収まっていく。その謎解きもなかなかの出来だが、本作の読みどころは何といっても後期高齢者たちの元気の良さ。知恵や知識だけでなく、しっかりと体力も気力も使って捜査を進めていくプロセスは頼もしい。またいつ通りのちょっととぼけた言動も楽しい。
楽しく読める謎解きミステリーをお探しの方に、自信を持ってオススメしたい。
木曜殺人クラブ 逸れた銃弾 (ハヤカワ・ミステリ)
No.1313: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

事件が地味だから捜査も地味なのか?

未解決事件を再捜査する警視庁特命捜査対策室・水戸部警部補シリーズの第3弾。27年前に起きた轢き逃げ死亡事故。被害者の姉から新たな証拠が提出され、水戸部が地元署交通課の捜査員と一緒に地道な聞き込みで真相に迫る警察ミステリーである。
万世橋警察署に相談に訪れたのは秋葉原の電気店の常務で「27年前に轢き逃げされた弟が身につけていたはずの時計が秋葉原の質屋で見つかった。事故現場で無くなっていたものなので、交通事故ではなくて強盗に襲われたのではないか」という訴えだった。当時、万世橋署の交通捜査係が担当し、事件とも事故とも判断できないまま未解決になったいた。轢き逃げ事故の後で誰かが時計を取って行ったのか、あるいは強盗に遭って倒れたところへ車が衝突したのか。水戸部は交通捜査課の柿本巡査部長とともに、時計の出どころを洗うところから捜査を始めた。他に物証も証言も無く、事件とも事故とも分からないまま、二人はひたすら地道な聞き込みを続けるのだった…。
27年も前の轢き逃げという地味な事件を、これだけの物語に仕上げたのは、さすが現在の警察小説の第一人者である。実直に関係者を訪ね歩く水戸部、それを鬱陶しく思いながらも次第に感化されて刑事らしくなっていく柿本の妙なバディ感覚も、シリーズの流れを汲んでいて読み応えがある。
ひたすら地味で、しかし味わい深い警察ミステリーとして多くの方にオススメしたい。
秋葉断層
佐々木譲秋葉断層 についてのレビュー
No.1312: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

同工異曲の感があるが、凝った仕掛けが読みどころ

2020年のフランスでベストセラーに輝いた警察ミステリーの傑作。セルヴァズ警部補(警部)シリーズの第6作である。
停職処分を受け、拳銃も警察バッジも取り上げられて身動きがままならないセルヴァズ警部補(警部から降格された)のもとに8年前から行方不明になっている最愛の恋人・マリアンヌから「お願い、助けてほしい」との電話があった。にわかには信じられなかったセルヴァズだが、違法を承知で元の部下に依頼して発信元がピレネー山地であることを確認すると、即座に駆けつけた。だが何の手掛かりも得られず焦燥を深めるうちに凄惨な殺人事件に遭遇し、捜査の指揮を取る憲兵隊大尉・ジーグラーと再会した。ジーグラーから、この地で以前にも同様な猟奇殺人が起きていたことを聞かされ、マリアンヌの失踪との関連を疑って捜査を始めた矢先に、外部へ通じる道路が爆破で通行不可能にされ村は孤立してしまった。停職中で何の権限もないセルヴァズはもどかしい思いに苛まれながらジーグラーに協力し、殺人の捜査とマリアンヌ救出をめざす。だが、追い討ちをかけるように新たな猟奇殺人が発生し、村は不穏な空気に包まれていく…。
まさかまさかの過去からの呼びかけに慌てて走り出したものの、停職中で十分な捜査ができないセルヴァズの焦りが強すぎて、警察ミステリーとしては展開が重苦しい。だが、切れ者のジーグラー、妖艶な精神科医、世の悩みを一身に引き受けたような修道院長、さらには全霊を掛けても守りたい息子、新たな恋人など、さまざまな登場人物が絡み合うヒューマン・ドラマとしての多彩さが物語を盛り上げている。その背景にあるフランス現代社会の分断に対する嘆きも、日本の読者にアピールするものがある。
謎解きミステリーとしては傑作ではないが、さまざまな読み方ができる社会派ミステリーとして一読をオススメしたい。
黒い谷 (ハーパーBOOKS)
ベルナール・ミニエ黒い谷 についてのレビュー
No.1311: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

7作目もハイテンションで通常運転!

ワニ町シリーズの第7作。相変わらず事件に飛び込んでいく3人のはちゃめちゃな大暴れが楽しめるユーモア・ミステリーである。
新町長になったシーリアの夫で長年行方不明で死んだと思われていたマックスがシンフルに姿を現したため、町は不穏な雰囲気に包まれた。そこへハリケーンがやって来て大騒ぎになり、なんとか嵐は去ったものの、シーリアの家でマックスが銃殺されているのが発見された。その犯人探しに首を突っ込んだ3人組が調査を進めると、武器商人でフォーチュンの仇敵であるアーマドの影がチラついていた。フォーチュンの首に懸賞金をかけて追いかけるアーマドがついにシンフルに近づいて来たのか? フォーチュンは絶体絶命の危機を乗り越えられるだろうか?
お約束通りの展開なのだが、本作は殺人や偽札造りなど派手な犯罪が起きるのと、フォーチュンの恋人・カーターとの間に微妙な問題が影を落とすのが読みどころ。シリーズの流れが変化する予感を抱かせる微妙なエンディングが、次作への期待を高めてくれる。
シリーズ・ファンには安定の面白さで外せない作品で、本シリーズ未読の方にはぜひ第1作から読むことをオススメする。
嵐にも負けず (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン嵐にも負けず についてのレビュー
No.1310: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

衰え知らずなどとは失礼、脱帽するしかない

ロンドン警視庁ウィリアム・ウォーウィック・シリーズの第5作。ウォーイック警部と部下たちが王室警護本部の腐敗を暴き、ダイアナ妃へのテロに対応する警察ミステリーに、宿敵・マイルズとの知恵比べが加えられた、盛り沢山なサスペンス作品である。
王室の権威を笠に専横を続ける王室警護本部の腐敗を探れとの命を受けたウォーイックは腹心の部下たちを潜入させ、あの手この手で証拠を集めて行く。また、前作からメンバーに加わった元囮捜査官・ロスはダイアナ妃の専属警護官に任命され、奔放な妃の言動に振り回されることになる。さらに、ウォーウィックとロスが刑務所に連れ戻した詐欺師・フォークナーは悪徳弁護士・ワトソンと再び手を結び、それぞれの思惑を実現するために騙し合いと神経戦を仕掛けて来た。
という、微妙に絡まる3つの物語が破綻なく、並行して展開されるのだから面白くない訳がない。さらに、その構成の緻密さ、細部のリアリティはとても82歳の作品とは思えず、老大家の創作力に脱帽するしかない。
シリーズものなので1作目から読むのがベストだが、各作品ごとに完結する物語なので、本作から読み始めても十分に楽しめる。イギリス警察ミステリーの王道を行く作品として、どなたにもオススメしたい。
狙われた英国の薔薇 ロンドン警視庁王室警護本部 (ハーパーBOOKS)
No.1309: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ますます技巧を凝らした構成で、読者に挑戦する

リンカーン・ライム・シリーズの第15作。住民が就寝中の高級アパートに鍵を破って侵入しながら何も盗らず、しかもまた鍵を掛け直して立ち去るという奇妙な犯罪者とリンカー・ライムの丁々発止の知恵比べが魅力のサスペンス・ミステリーである。
解錠師と名乗る不思議な犯罪者がニューヨーク市民を恐怖の底に落とし入れ、市警はライムに捜査を依頼。さっそく動き出したライムのチームだったが、徹底して用心深い犯人はわずかな物的証拠も残しておらず捜査は難航を極める。さらに、大物ロシア・マフィアの裁判で検察側証人として出席したライムが弁護側にやり込められて無罪判決になるという失態を起こし、激怒した市の上層部、市警幹部から契約解除を言い渡された。強敵の出現に執念を燃やすライムはあの手この手で捜査を進めようとするのだが、市警の捜査に関われば捜査妨害の罪に問われる可能性があり、思い通りに捜査を進めることができなくなった…。
完全無欠の捜査官・ライムが弁護士に負けるという想定外の事態から始まって、動機不明な上に微細な証拠も残さない犯人、SNSを始めとする煽動に容易に乗ってしまう現代社会の脆弱さなど物語を構成する要素が複雑で、ストーリー展開の全体像を掴むまでに苦労する。だが、主要な登場人物やストーリーの流れが分かってくる中盤からは読みやすくなる。もちろん、最後の最後までどんでん返し連発で気を抜けないのは、いつものディーヴァ〜・ワールドである。
宿敵・ウォッチメイカーに繋がるような位置付けなので、ライム・シリーズのファンには必読とオススメする。
真夜中の密室
ジェフリー・ディーヴァー真夜中の密室 についてのレビュー

No.1308:

爆弾 (講談社文庫)

爆弾

呉勝浩

No.1308: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

無敵の人に翻弄される刑事たちが、ちょっとダルいが

2023年版の国内ミステリーランキングで2冠を獲得した大ヒット作。連続爆弾事件を実行する、悪意の塊のような中年男に振り回される刑事たちの焦燥と戦慄を描いたサスペンス・ミステリーである。
軽微な傷害事件で逮捕された冴えない中年男が取調べの刑事に爆弾事件を予言し、事実、爆発が起きた。しかも、この後、二度、三度と爆発が起きると言う。予言しただけで肝心の情報を漏らさない男に対し、警察はあの手この手で情報を引き出そうとするのだが、男はのらりくらりとはぐらかすばかりで、逆に刑事たちが心理的に翻弄されてしまう。次の爆発を防ぐために情報を得たい警察の焦りを狡猾に利用する男の悪辣さ、それと対照的な真面目な刑事たちの情の深さと弱さが見事なコントラストを見せ、日本のミステリーでこれほど反感を招く悪役も珍しい。さらに、犯行の動機には社会に対する得体の知れない悪意があり、しかも警察内部の人間関係が捜査の進展を複雑にしてサスペンスを盛り上げる。ストーリーの中盤、無敵の男と刑事がクイズ合戦を繰り広げる部分は白けるが、それを補って余りある緊張感とスピードがある。
警察ミステリーのファンのみならず、多くの方が楽しめるサスペンス・ミステリーとしてオススメする。
爆弾 (講談社文庫)
呉勝浩爆弾 についてのレビュー
No.1307: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

警察ミステリーであり、国際陰謀ものであり、恋愛小説でもある

2022年のエドガー賞最優秀長編賞を獲得した、ハワイ在住弁護士の本邦初訳作。1941年から45年にかけての激動のハワイ、香港、日本を舞台にしたダイナミックなサスペンス・ミステリーである。
1941年11月、ホノルル警察の刑事・マグレディは白人男性と日本人女性が惨殺された事件の現場に赴いた。異様な状況に息を呑む間もなく、不審な男と遭遇し射殺した。さらに被害者の男性が米海軍提督の甥であることが判明し、警察上層部、州知事、地元有力者からプレッシャーをかけられる事態となった。地道な警察捜査で相棒のボール刑事とマグレディは、有力容疑者・スミスを割り出したのだが、すでにスミスはマニラ、香港方面に高飛びした後だった。後を追うマグレディは途中のウェーク島でもスミスの犯行を突き止め、香港で追い付いたのだがスミスの計略で香港警察に留置されてしまった。しかも、その日、真珠湾攻撃が行われ、香港は日本軍に占領され、マグレディは日本へと移送される…。
猟奇的殺人の犯人を追う警察小説で始まって、途中からは太平洋戦争時の香港や日本、アメリカを舞台にした国際陰謀ミステリーに展開し、最後は熱烈な純愛物語で締めくくられる。その大きく三つの物語のバランスが良く、各部の連続性もしっかりしているので読み応えがあり、満足感が高い大河ミステリーとなっている。まさにエドガー賞にふさわしい傑作である。
好みのミステリー・ジャンルを問わず楽しめる傑作として多くの方にオススメしたい。
真珠湾の冬 (ハヤカワ・ミステリ)
ジェイムズ・ケストレル真珠湾の冬 についてのレビュー
No.1306: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

あまりにも都合が良過ぎるヒーローで、マイナス1ポイント

キース・ピータースン名義の新聞記者ジョン・ウェルズを主役にしたシリーズで知られるクラヴァンの21年ぶりの邦訳作品。アメリカでは2021年から年に1作ずつ刊行されている新シリーズ、英文学教授探偵「キャメロン・ウィンター」シリーズの第1作である。
主役のキャメロンは元海軍特殊部隊員で英文学教授という、文武両道に秀で見た目もセクシーな30代後半の独身男。おまけに人が話すことやニュースに接すると「その世界に入り込み真相を探り出す」という、特殊な思考の習慣」を身に備えているのだからまさに無敵。難事件もスッキリと解決してしまう。その割には出会った女性たちとの関係作りが下手くそで、読者をヤキモキさせるのがご愛嬌。本作は恋人の殺害を自供した元軍人の弁護士となった、かつての教え子女性からの依頼で、事件の背後に隠された驚くべき真相を明かすという謎解きが本筋なのだが、それ以上にキャメロンの思考プロセスの重要度が高いため、ミステリーとしてはやや物足りない。
緻密な証拠集めと推理で謎を解く探偵ではなく、なるほど、こういうキャラ設定もアリなのかと納得できそうな方にオススメする。
聖夜の嘘 (ハヤカワ・ミステリ)
アンドリュー・クラヴァン聖夜の嘘 についてのレビュー
No.1305: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

後悔から完全に逃れられはしない、だが今の自分が気に入っている

84歳のマット・スカダーがローレンス・ブロックに促されてポツリポツリと綴った自伝である。
少年時代から警察官になるきっかけ、新人警官時代、刑事への昇進と酒に溺れるようになるまでの「人生の最初の三十五年間」のあれこれを、シリーズを通してスカダーとともに歩んできた読者にはたまらないテイストで振り返っていく。ほとんどはシリーズで出てきたエピソードだが、スカダーには生まれてすぐに死んだ弟がいたなど、これまで出てこなかった話もあって驚かされる。80歳を過ぎても主役を張っていたスカダーもどうやら引退のようで、本作はシリーズ最終作となりそうだ。
スカダー・ファンには必読。それ以外の人には何のこっちゃであろう。
マット・スカダー わが探偵人生
No.1304: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

凝った構成だが、読みやすくて面白い!

テレビ脚本家出身の著者によるミステリー・デビュー作。女子高校生失踪事件をめぐるテレビ業界と地元の大騒動を関係者のインタビューだけで構成した、意欲的なサスペンス・ミステリーである。
2013年にメリーランド州の小さな町で発生し、全米を沸騰させた16歳の女子高校生失踪事件の真相は何か。10年後、作者(ダニエル・スウェレン=ベッカー)は事件関係者26人の証言を集めて事件の全体像を明らかにしようとするというのが、物語の構成。全編、短いインタビューを並べて行くことで、徐々に事件の様相が変化し、事件報道に熱狂する当時の世相の狂気を炙り出すのに成功している。
暴力と恐怖が主題の犯罪実話ものは昔からアメリカでは人気ジャンルだが、活字文化からテレビ、ネットの社会になって、その人気と影響力は高まる一方である。それは人間の本性に基づいたものではあるが、このままで良いのかという作者の問題提起は重要だ。しかし、それを抜きにしてサスペンス・ミステリーとしてのレベルが高く、一級品のエンタメ作品である。登場人物が多く、しかも人物表が無いのだがストーリーを追うのに何の問題もない。
予備知識なく、素直にストーリーを追うことをオススメする。
キル・ショー (海外文庫)
No.1303: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

嵐の夜にウィスキー片手に思い付いたお話かな?

2024年の新聞連載に加筆修正した長編小説。九州の小島に集められた富豪一族と元刑事、探偵が米寿を迎えた富豪の失踪と失われた宝石の謎を解く、軽めのミステリーである。
一代で財を成した梅田壮悟の米寿祝いに梅田氏所有の島に集められた面々は、豪華な宴会の翌朝、梅田壮悟が姿を消したことに気が付く。ちょうど台風が襲ってきた日で島の外に船を出すのは無謀と思われたのだが、壮悟が残したメモ(ヒント)を頼りに、壮悟が隣にある小島に渡ったのではないかと結論付けた。さらに時価35億円の宝石が行方不明になっていることも関係しているようだった。激しい嵐を突き切って面々が隣の小島にたどり着いてみると、そこには梅田壮悟の人生の秘密が隠されていた…。
宝石探しと失踪した富豪探し、二つの探し物に、終戦直後の世相と未解決殺人事件を絡めたミステリーではあるが、「悪人」や「怒り」のサスペンスを期待すると裏切られる。良くも悪くも読みやすさ重視、媒体のレベルに合わせた新聞小説ミステリーというしかない。
読んで損はないけど、絶賛してオススメする作品とは言えない。
罪名、一万年愛す
吉田修一罪名、一万年愛す についてのレビュー
No.1302: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ここまでファザコンの弁護士も珍しい

アメリカ・ミステリー界に不動の地位を築いているジョン・ハートのデビュー作。若き弁護士が偉大な弁護士だった父の殺害を機に家族との関係、自分の生き方を直視し、父の死の謎を解きながら人生を再生する家族物語ミステリーである。
失踪してから18ヶ月後、辣腕弁護士として知られていた父・エズラの射殺死体が発見された。エズラの一人息子で弁護士のワークは父の死には動揺しなかったものの、父との折り合いが悪かった妹のジーンが犯人だと直感し、精神状態が悪いジーンが逮捕・投獄されることに大きな不安を抱く。たった一人残された家族であり、最愛の妹であるジーンを守るためなら自分が身代わりになってでもと決心するワークだったが、ワークに莫大な遺産を残すというエズラの遺言が明らかになると警察はワークを最重要容疑者と目するようになる…。
ワークに疑いの目を向ける警察の捜査と、ジーンを守りながら真相を探るワークの独自の調査が絡み合いながら徐々に真相が明らかにされる犯人探しがストーリーの本筋。だが、それ以上にエズラ、ワーク、ジーンの家族関係、とりわけ偉大な父親とその影響下から逃れられない息子の息苦しいまでの切なさが大きな比重を占めている。犯人探しはそれなりに面白いのだが、親子・家族の物語が重くて、ジョン・ハートはやはり家族物語の作家だと再認識した。
ファザコンの若者の再生物語として読むことをオススメする。
キングの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・ハートキングの死 についてのレビュー
No.1301:
(8pt)

何かが終わり、何かが始まり、生活は続く(非ミステリー)

元々は朗読会用に書かれた後、雑誌掲載された作品と雑誌用の連作短編、書き下ろしを集めた短編集。全13編、それぞれに味があり、ショート・ストーリー作家としての才能を感じさせる傑作エンターテイメント作品である。
中でも中年から初老に差しかかる年代の男女を描いた作品は人生の苦味や切なさが隠し味となり、展開やオチにツイストが効いていて唸らせる。
警察ミステリー、時代ミステリーの名手・佐々木譲の意外な一面が楽しめる一冊として、多くの人にオススメしたい。
降るがいい
佐々木譲降るがいい についてのレビュー
No.1300: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

難事件の捜査中にカールが麻薬捜査の対象に??

デンマーク発の人気警察小説「特捜部Q」シリーズの第9作。犯人はもちろん犯行動機、犯行日時、さらには犠牲者すら不明という難事件に取り組むメンバーたちに、さらにチームの中心であるカールが麻薬事件の捜査対象になるという大惨事が降りかる疾風怒濤、ハラハラドキドキの警察ミステリーである。
60歳の誕生日に自殺した女性は32年前に車の修理店の爆発事故に巻き込まれて一人息子を亡くした母親だった。爆発時に偶然近くにいて現場に駆けつけた現殺人捜査課課長のヤコブスンは当時に抱いた不審感を思い出し、調査報告書を再読した結果、現場に食塩が残されていた事実に疑問を持ち、同じような事件がないか、特捜部Qに調査を依頼した。事件性などないと疑っていたカールだったが、調べを進めるうちに事故や自殺に見せかけた不審死が二年おきに起きている連続殺人ではないか思い始める。犯行の日時、被害者すら分からない五里霧中の捜査を続けていると、次の事件が近いうちに起きるだろうという結論に達し、特捜部Qは焦りを募らせてる。そんな折り、ヤコブソンはカールが麻薬関連事件で重要参考人になったと知らされる…。
シリーズでも屈指の難事件に加えて、カールが逮捕寸前に追い詰められるという波乱万丈の物語。読後はサスペンスとミステリーの満腹感に満たされる。デンマークのクリスマス事情やコロナ禍のデンマーク社会など背景エピソードも興味深い。シリーズは10作目で完結ということで、本作のクライマックスは強烈なクリフハンガーで終わっている。次作も必読。
シリーズ愛読者は必読!とオススメする。
特捜部Q―カールの罪状― (ハヤカワ・ミステリ)