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ノルウェイの森
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【この小説が収録されている参考書籍】
ノルウェイの森の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.82pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全812件 561~580 29/41ページ
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この作品は、永沢さんの言う「作家の死後30年を経て」ないとしても、優れた古典作品の一つであるのは間違いないでしょう。18歳で初めて読んだ時には数ページでダウンしました。20歳の頃には登場人物に嫌悪しました。25歳になってやっと素直に読めるようになって、今は30を過ぎていますが、何度でも手にとってしまう一冊です。 結局のところ、優れた古典と言われるものは作家のものではなくて、読者のものなのでしょう。私たち読者は、村上春樹が「何をどう書いているのか」を読み取っているのではなくて、私たちが「どう受け止めたのか」、そして「どう変わっていくのか」を自分に当てはめて読んでいるのだと思います。だから、年をとりいろいろな経験を積む度に、それまで気付かなかったいろいろな読みが生まれてくるのだろうし、繰り返し繰り返し何度読んでも擦り減らないのだと思います。その意味で間違いなく古典的名作です。 | ||||
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この作品を読み終わって思ったことは、主人公の 苦しみを自分がすべて受け取ったら即死してしまうだろう ということだった。 | ||||
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正直、納得いかない部分もあるが、 1987当時にこの作品が作られ20年 以上読まれ続けてるというのには、 やはり、理由があるのだと思う。 内容は重く暗い影を背負っているが、 正直共感できる部分は多く、学生特有 の倦怠感、本書のテーマの一部であろう 喪失感。 少なくとも当時の自分には心に響いた物 があった。 『良書』とは言えないのかもしれないが、 読むべき作品であることは間違いないと 確信する。 | ||||
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どうしてそんなに死の描写があるのか。 どうしてそんなに性描写が必要なのか。 出来ることなら性とか死とか、そうゆう煩わしいものは触れないでいたい、と思うのは自然なことだと思います。 そもそも、おそらくそんなことに答えはないんじゃないか、とも僕は考えます。 「いいですか、人が撃たれたら血は流れるものなんです」 僕は「スプートニクの恋」の後にこの作品を読んだ、と言うめずらしいタイプです。 その中で出てきたこの印象的な言葉がどうしても忘れられません。 この言葉は少なくとも「ノルウェイの森」にも当てはまるのではないでしょうか。 人は生きているから死ぬ。 人は生きているからセックスをする。 人は生きているから狂う。 村上春樹の作品はドライでリアリティーがないと言われるけど、僕にとってはとても心地がいいです。 この世界と村上春樹の世界、どちらが本当のリアルなのか分かりませんが、少なくとも僕は村上春樹が好きです。 | ||||
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人が死にすぎです。人を殺すも生かすも作者次第です。人が死ねば何かしら人は感情を揺さぶられます。また、主人公がモテすぎです。賢すぎです。とても20歳前後の一大学生とはとても思えないような親父臭さを感じながら読みました。こんなのが同い年にいたら嫌ですね俺は。めんどくせーですいちいち。インテリ面憂さ爺のオナニーを見せ付けられた感があります。途中、緑が主人公と話したくもないと言って拗ねる場面でも、そんなものは放っておけよ、と思いました。言うことは立派だが主人公の行動はなんだか女々しくて情けなく感じました。その辺の女子中学生を騙すにはもってこいの一冊。とてもくだらんかったです。時間の無駄。 | ||||
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単行本が出た頃読んで、なんて中身の無い小説だと思いました。それから随分年月が経って、最近ある書評誌でこの作品の翻訳版が中国、韓国、台湾等のアジア諸国で多くの人々により読まれていることを知ったのです。それで再び読んでみました。 設定があまりに極端だという感想はかわりませんが、当時の大学生位の若者の精神の不安定さはよく描かれていると思います。しかしセックスを誇張し過ぎているのには閉口します。さらに言えば、現代日本人の精神的な部分を深く描けていれば大人の鑑賞にも耐えられただろうと思います。 アジア諸国で本作は、先進国でありあこがれの国でもある日本では人々は物質的には豊かだけれど精神的な悩みもあるのだというような読まれ方をされているようです。かれらはそう感じるのかもしれません。しかし、日本の代表的な小説のひとつと思われていることに、私は疑問を感じます。 | ||||
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第1章は少しつまらないかもしれない。けどここを我慢して第2章に入ると徐々に小説らしくなってくる。第2章以降は大学生時代の話。主人公は色々な人に出会って、またそのキャラ設定が実に面白い。すべてのキャラに特徴があり、またその設定は今まで読んできたどの小説よりも優れていると感じた。読み返すとさらによく感じられるんではないだろうか(第1章も含めて)。 この小説のテーマは、精神病、自殺、喪失感。単行本が出版されたのは1987年で、精神病が表立ってなかったこの時期にこうテーマ設定できた事は注目されるべき点。 | ||||
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本当に熟慮された上に綴られた文章とは人間の心を揺さぶるのだなぁと思った。 作中に出てくる井戸とは、まさしく人生に突然訪れる落とし穴のような不幸を象徴 しているのだと思う。個人がどのような努力をしようとも不幸は突然やってきて 私たちを捉え、その哀しさの前では人間のできることなどないのだ。 そして切実で真剣だった思いもいつか薄れていき、哀しさや不幸に翻弄されながら 生きていくしかないのだと思った。 | ||||
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春樹が意識したように、この本は「性」と「死」の意味を極めようとしたものです。 若い頃の誰もが困惑を感じて、そして歳を取っても持ち続けるテーマです。 その面では、この本はたくさん共鳴できるものがあり、読み甲斐があると思います。 しかし、この本の中で死んだ(自殺した)人が多すぎるような気がします。 行き詰ると死ぬ、主人公の「僕」の周りはこんな人ばっかりです。 現実にありえない、ごく特殊な集まりです。 青春の悩みだの、孤立だの、失望だの、全部が死ぬことによって解決されるしかない……春樹のこんな趣旨はなんだかとても苦しい感情を起こさせてしまいます。 もちろん、読者を苦しくさせちゃいけないということもありません。 けれど、苦しくさせたあと、何かの示唆なり解放なりを与えてくれればそれなり完全な小説になるはずです。 が、キヅキ君がなんで自殺したのか、直子さんはなんで生涯に一回しか濡れなかったのか、この小説の大終結となった彼女の死はどんな原因でどんな経緯でたどり着いたのか……などなど、結果的にそうなっちゃったんだという「春樹」のいつものスタイルで書かれたが、説明するのが面倒くさいのか、それとも「春樹」の中では未解決のままなのか、読み終わるとすごく悶々とした気持ちです。 そして、最後の「レイコ」とのセックス、とても唐突に感じました。 すべての女性と寝て、すべての女性と死者を共有することもできた、、そのへんで感銘して、「死」と隣りあわせで生きて行こうとひらめいた。。 これでいいのか、ほんとうにうまく行くのか、正直に納得しませんでした。 | ||||
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何の思想も哲学もなければ、創造性のかけらもない代物。おまけに文章力も稚拙で、陳腐な表現には嫌悪感さえ催す。 低俗な大衆小説でも読んでいる方が、まだましだ。 | ||||
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非常に面白かったです。 やや浮世離れした話の中に日常を描くことで、 さほど違和感もなく話に入ることが出来る一方、 その様な世界への興味を抱かせるようになっています。 この著者独特の次が気になる書き方もあり、 かなり楽しめるものになっているのではないでしょうか。 | ||||
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作者自身も生と死を文章を通して描くことへの困難さを理解しつつも、この作品は 村上春樹自身が書きたいから書いた作品のように私は思える。 自ら死を選んでいく人間の心情や過程を読者が納得できる形で正確に描ききる事など 最初からできないと本人も思っているのではないか。 実際この作品を読んだ人が何故死んだのか理解できない、動機付けが甘い、説明不足 であるという批判は理解できるし、実際その通りである部分がある。 特にハツミさんが死んだ理由の描写がほとんど無い。ただこの作品にそれを求めても 意味はない気がした。人間の本質や業によって、自ら死ぬという行為を選んでいった場合、 人によっては嫌悪感を抱くことの方が多いと思う。このまま説明不足で読者の想像の余地を 残したほうが、作品としては遺る。 何故彼らは死を選んだのか?…そもそも人は死と向合った時どうなるのか。 作家にとってそれを描くことは永遠のテーマではないのか。 この作品はどうしようもなく救いがなく、登場人物もみんなどこか病んだ人が多いわけだが 、緑と突撃隊はこの作品の中での救いの存在のように思えた。 生の緑と死の直子、単純に考えればそういう対比としての面白みがあり、直子の所から 帰ってきて目の焦点が合っていない主人公が、緑と過ごすことで生への感覚を取り戻す というくだりが個人的に好きだ。たまに何度か読み返してもふと考え込むほどの内容が 詰まっている作品である。 | ||||
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僕が、この本に出会ったのは今から10年前の僕が18歳で高校を卒業し、大学に通いながら一人暮しをしている時でした。当時の彼女にすすめられて、最初は嫌々読み始めましたが、どんどん引きこまれ読み終えた後は、なんとも言えない寂しい様な、切ないような、泣きたいような気持ちになりました。それから何度か読み返しましたが、読む度に当時の初めて読んだ時の事を思い出します。そしてこの本は、僕にいろいろな事や気持ちを思い出させてくれる道しるべみたいなものです。願わくば、若い人達に読んで欲しい本です。そして何年か後に読み返して当時の気持ちやいろいろな事を感じてもらえたら。この本を読んだ人の道しるべになりますように | ||||
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いろいろ突っ込みどころ満載の作品だが、この作品に価値があるとしたら、精神医学や道徳の早まって解決した態度を打ち壊しているところではないだろうか。 | ||||
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この作品を読んで一番奇異に感じたのは、恋愛小説を書くのにどうしてそう頻繁に「寝る」という言葉と、かくも細密な性描写が必要かということだった。 テレビBS2の衛星洋画劇場で米国映画「恋愛小説家」と「月の輝く夜に」を見たが、寝る場面など殆どない。それでも、すばらしい恋愛映画だった。小説では、桐野夏生さんの「ダーク」に壮絶なセックス場面が出てくるが、人間性に基づいたしっかりした愛の裏づけがあり、人間的に真性の行為であることがよくわかるので、感動はしても、すこしもいやな感じはしなかった。 この作品の性描写と性的話題は過度に作為的で好感を持てるものではない。 この作品に書かれたような恋愛は現実にはありえない、心的要素の抜けた全くの作り話だ。この作品の人物が何となく歪んだ異次元の世界にいるように感じられるのは、作者の作った世界が実世界の真実を全く反映していない虚偽の世界だからではないか。 真面目できれい好きで時々どもる同室の地理学科の学生通称「突撃隊」を事実上馬鹿にした笑い話を、直子や同級生の女友達緑が喜び、聞かされる度笑い転げるという話も、賢くて優しい女性なら、却ってワタナベの品性を疑い、そんな話を避ける。「寝る」常習犯のワタナベや池沢をその恋人たちが笑って許すというのも、女性の天性に反する。主人公のワタナベが寮で唯一敬愛する東大生池沢は自分とワタナベ以外の寮生は皆紙くず同然の人間だと言う。ワタナベはこれに反対しない。 このような歪んだ思考がこの作品全般を支配している。修辞的に非常に技巧的な作品であっても、精神性に欠けている。人間と生の真実に触れた真の文学作品とは到底思えない。 | ||||
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平易な文章で青春・恋愛・死を書けばある層には必ず受ける。たとえそのどれもが似非であったとしても。 登場人物の行動には意味があるようで実は無い。この本の中身もまた然り。 主人公が幼稚な口調で哲学めいた警句を吐き、またそれになぜか女が感心したりする。 自己陶酔もいいところで読んでいるこちらが赤面する。 ありふれた警句に感動した人はワイルドか兼好でも読んで少し警句を勉強すべきだ。 ニセモノの青春の香りにだまされた人は野崎孝訳のライ麦畑を読んでみるといい。 ところどころちりばめられた横文字を「なんかかっこいい」と感じた人は田中康夫のなんとなくクリスタルあたりがお似合いだ。 文章の流麗さを挙げた人は三島を読んだことがあるのだろうか。 不自然な自殺の多用や性描写がなくても例えば漱石のように読者に一生続く余韻を与えることは可能だ。 こんな浅いものを文学とはとても言えないし、この作者にその力は無い。 この作品にいたく感動した読者はカフェでフィッツジェラルドでも読んでみよっかななんて思ったりする。でも決して読まない。 | ||||
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まさに「限りない喪失と再生」を描いた恋愛小説だと思う。 しかし、100%恋愛、とはいえない。というより、ただの恋愛小説として読んだらひどくつまらないものにもなりうるのかもしれない。 この「ノルウェイの森」を読んだ人(僕の身近にもいるが)の中には、やはり少なからず「とても、ベストセラーになった作品とは思えない」という人もいる。また、「意味不明な性的描写が多すぎる」という批判もある。もしかしたら、僕が村上春樹を知らなかったら、自分もそう思ってしまったかもしれない。 しかし、この本を読んで”何も得るものはなかった”ということはないと思う。 少なくとも、自分はこの本を読んで、人生に対する見方が変わった。具体的にどう変わったのか、と聞かれたら正確に答えることはできないが、何か感じるものがあると思う。 是非、主人公に共感できる時期に読んで欲しい。そして、そこからなんらかの共感できることが(または、得られるもの)があればうれしいと思う。 | ||||
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ベストセラーになった頃読んでいたが正直なにがよいのかわからなかった。ただ、性描写がきつい小説にしか映らなかった。 歳をとったせいか、今この小説を読むとあの頃見えなかったものが見えてくる。死とは何か?生きることの意味とは?を問う性と精神の奥底にある本性の心身一体となったすばらしい小説である。 特に冒頭の件がいい機内でノルウェイの森を聞いて直子のことを思い出す。 なぜ直子は主人公に「私のことを覚えていて欲しい」と頼んだのか?このことを理解すると直子の悲しみ、主人公が愛されていなかった理由が見えてくる。 | ||||
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戦後最大のベストセラーの一つだと知り、読んでみたものの読了後に凄まじい気味の悪さが残った。過剰な性描写や登場人物の安易な自殺など極端に非現実的であり、理詰めでものを考える人間には不向きな作品、否、商品である。現実に死ぬほどの苦しみを知っている人間はこんな小説は書かない。意味不明で作者にとって都合のいい精神病の描写に傷つきました。現在世界的に売れているのも所詮はコマーシャルが上手くいったからでしょう。 | ||||
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私が10代の時この本を読んでから20年、毎年のように読み返して来ました。 当時は恋愛小説として気軽に楽しめましたが、今、著者がこの本を記した年になって 改めて読み返すと、人が生きていくということの本質が伝わってくる気がします。 切なさ、悲しさ、苦しさ、そんななかで輝ける瞬間の記憶。 この本は10〜20代の方に是非読んで頂き、これから人生の困難な局面において 時々読み返していただきたいと思います。その時々で心に染みこみ、自分を救ってくれる言葉に出会えると思います。 | ||||
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