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グロテスク
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グロテスクの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.94pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全210件 101~120 6/11ページ
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繰り返し何度も何度も綴られる、美しい妹への妬みの言葉。これでもかこれでもか、というくらいにしつこいのに、なぜか読後感はそうくどく感じない。 そして、桐野夏生ならではのスピード感のあるリアルな表現。やっぱり、この作家さんは天才だと思う。 | ||||
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読んで損はない小説です。好き嫌いは別にして、よくぞここまで書いたという迫力があります。男の小説家が書けば、美人の妹は、女優かモデルになる、という展開になると思うのですが、娼婦ですからねえ。ただし、結末は、着地に失敗した感じ。 | ||||
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以前より「東電OL殺人事件」に興味があり、佐野眞一氏のノンフィクションは既読でしたが、 男目線から書かれたという印象が強く、物足りなさを感じていたので、この作品を手に取りました。 桐野夏生氏の作品は「OUT」しか読んだことがなかったのですが、女性の凄まじい部分を 描く筆力は凄いと思います。 醜悪さの限界を曝け出し、人間はどこまで堕落出来るのかを描いた小説であると思います。 佐野氏の作品で満たされなかった部分が描かれていたので、私は引き込まれてしまいました。 ラストに批判があるようですが、私にはラストなどどうでもよい、と感じるような作品でした。 この感覚は男性には理解不能かもしれませんね。 | ||||
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この小説には歪んだ「怪物」がたくさん出てきます。登場人物のほとんどは「怪物」です。その描写の濃さは、それぞれで一冊の小説が出来上がるほどの深みがあります。この深みを文庫本2冊に押し込めるとはなんと贅沢な!東電OL殺人事件とは全く別物の上質のフィクションがそこにあります。 登場する「怪物」たちは有り得ない特殊な人々を作り上げて提示しているように見えますが、実は誰の中にも潜んでいる「怪物」をほんの少し強調して描いているだけと感じました。「怪物」は誰の中にも潜んでいる。あなたも登場人物の誰かに似ていると思います。 重く陰鬱な気分になりますが、自分を見つめなおす機会にはなると思います。 | ||||
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端的に言うと「見たくないものを突きつけられる不快感」に満ち満ちた小説でした。 自分が和恵と似すぎていて、リアルさは半端じゃなかったです。 今大学生だけど社会に出ると女性差別が激しいって聞いてるし心配だなあ〜とか、 自分を外見だけで判断したら女性のヒエラルキーの最下層だなあとか、 努力はどこまで才能やら生育環境やらに対抗出来るのかなとか、 そういった普段は深層意識下にある漠然とした不安をわざわざごっそり持ち上げて「これを見ろ!」って言われているような。 正直就活中の外見に自信の無い女子は読まない方が良い気がします。 | ||||
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東電OLの衝撃的な事件に対して、佐野氏の希釈されたドキュメンタリーしかないのは、日本文壇の怠慢だと思っていました。実際の事件に恐れおののき沈黙してしまった作家の方々の創造力のレベルはあまりにも不甲斐ないと言わざるを得ません。 桐野氏のこの作品が出てきたことは大きな救いでした。すかすかのドキュメンタリーと比較すれば、事件に対する読者の好奇心に充分に応えるものとなっています。女性の心理状態は作者の想像力の世界であり、フィクションであることは当然のことです。しかし、事件に深い興味を持つ読者に、ひとつの解釈を示してくれたことは確実だと思います。 | ||||
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東電OL事件を題材にして、 ここまでグロテスクなストーリーを紡ぎだすとは。 桐野さんって怖い(笑 いろんなグロテスクな女がてんこ盛りなんですが、 一番印象に残ったのは、 主人公が、とんでもない美人と僻み恐れていた女が、 傍目からはそうでもなかったという落ちです。 人間、客観的に物事を見るというのは難しいのですね。 特に身内にたいしては。 あ、それと、てんこ盛りのグロテスクな女達ですが、 誰の中にも、そのグロテスクさの元みたいのが 多かれ少なかれ、あると思うのです。 何かのきっかけで、それが噴出すのではと思います。 男性は、女性の中の毒を知るために、是非にお読みください。 で、ついでに彼女(奥様)にも読んでいただいて、反応を見ましょう。 この本を読んで、グロテスクな女と批判するだけしかできない女に限って、 実は・・・以下自粛 | ||||
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読了して、戦慄と、言いようの無い不安を覚えました。 今、この本は拙宅の本棚に行儀よく並んでいるのですが、未だにその背表紙を心穏やかに見ることが出来ずにいます。 まさしく女性の作家にしか書くことの出来ない小説だと感じるとともに、 男でありながら、この小説の登場人物に共感し、内面を見透かされた様に感じたことに驚きと戸惑いを感じました。 現代社会に生きて、更に旺盛に働かれている女性であれば、この小説を読んで心穏やかでいられる人は少ないのではないでしょうか? なぜなら、自身の心の最も醜い部分、普段意識することを避けている「心の闇」を余すところ無く活写しているからです。 男性も、階級社会が厳然と存在し、差別が様々な形で横行し、自らもそのシステムに無意識のうちに組み込まれていることに気づかされると思います。 (女性の場合よりも先鋭化しないのは、それが社会のメカニズムとして定着し、一般化しているからだと思います。決して男性が鈍感であるということではないと思います。) 一読して持った感想は、「女性にとって、『他人の視線』といったものはかくも大きな影響を本人にもたらすものなのか」ということでした。 「どう見られるか」で、女性は美しくもなり、また、とてつもなく醜くもなる、ということを感じさせられました。(その意味では、現代社会が闊達に生きようとする女性に対して投げかける視線は、この小説を読む限り、あまりにも厳しいものかもしれません。)そして、女性全般に対するいとおしさのような感慨を覚えました (このような同情じみた気持ちは、最も嫌われてしまうものかもしれないと感じつつ…)。 「実際の事件に引きずられて、フィクションとしての面白みに欠ける」との批判もあるようですが、僕個人の印象としては、ただの殺人事件(関係者の方すみません)からこれほどの物語を引き出してしまう、桐野氏の想像力に感服してしまいました。読んでいないので勝手なことを言えませんが、例えば佐野眞一さんのドキュメンタリー「東電OL殺人事件」等よりも、おそらく生々しく本質に迫っていると思います。それは佐野氏が劣っているとか、男性と女性の違いからというのではなく、いくら綿密な事実と正鵠な推量を重ねてもたどり着けない境地に本作があるからです。ドキュメンタリーに対して小説が持ってるジャンルとしての優位から来るものでしょう。また、各章ごとにある挿絵がとてもコワイ(いい意味で)。とても作品とマッチしていると感じました。 読み終えても「救い」がどこにもありません。「救いがたさ」があるばかりです。 しかし、「救いが無い」ということを余念を許さず確認させてくれることが、逆説的に安心をもたらしてくれます。 何はともあれ、大変な時代に生まれてしまったものです。 | ||||
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現代社会の病理の一面を切り取ってはいるものの、小説としては実際の東電OL殺人 事件から起こしたためか面白味にかける気がします。また、予測できていた結末が そのまま書かれていて、期待を裏切らないといえばそれまでですが、もう少し捻りが 加えられなかったものかと残念に思いました。 さて、現代社会にある病理=日本に存在する様々な階級社会、について、これを悪と 考えるかどうかにもよりますが、この病理の特質をうまく本書は表していると思います。 この階級を「努力すれば報われる」の思考で階級は超えられると思い努力する人、 突然、「天賦の美貌」で階級を超えてしまった人、階級を見てみぬ振りをする人、 などなど極端なキャラクターを持った人が生きていった顛末は不幸が待ち受けるのみ。 なんとも報われないのですが、それはある意味で日本の社会を表しているようにも 思えてなりません。すっきりしない読後感ですが、日本の病理を眺めるつもりで 気力・体力に余裕がある方は一度読んでみることをオススメします。 | ||||
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最近、桐野夏生さんにひょんなことからハマり、発表された順に読んでいる。禁治産者、やくざ、頭のおかしい人。だいたいこういう人たちが出てくるので、恐いもの見たさで呼んでいる自分がいる。作品を出すごとに文章がレベルアップしているのがこの著者の特徴。何冊か読むうちに、桐野さんの奇妙な世界に浸り過ぎて、気持ち悪くなってしまった。 この作品は見事の一言。一気に読んだ。内容が重たすぎて、また軽々しく読もうと言う気にもならない。 「グロテスク」は、登場人物が入れ替わり立ち代り話し手となって書かれている。一人一人言ってることが違うので、読んでいくうち真実は闇の中へ閉ざされ後は読者の解釈次第となる。 私の感想では、最初は、ユリコの美しさがグロテスクなのかと思っていた。しかし読み進めていくうちに和恵の生き方がグロテスクだと思った。そして最終的には、メインの語り手であるわたしの性格が一番曲がっているな、と。最後、一番マトモに思えたのは最初にグロテスクに思ったユリコだった。 全体に流れる邪悪で意地悪な感情。私にも妹がいるし、中学から大学まで女の園で育ったからか、わかるわかるっていう部分が多かった。一方でここまでひどくないとも思った。ここまでひどいからこそ、こんな作品に仕上がったのだろうけど。 桐野夏生さんは、よくこんな作品を作ったなと感心してやまない。 | ||||
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先日、常盤たかこが主演のテレビ番組「玉蘭」が放送され、興味を持った。 読んだのは初めてだったが、「玉蘭」同様、女性特有の、「自分自身が許せない、だから、人も愛せない。」サディスティックな部分が巧く表現されているように思う。 スラスラと怖いくらいに圧倒されながら、読んでしまった。 SとMは紙一重なのであるが、私がこの作品をSと位置づけしたのは、谷崎潤一郎「痴人の愛」がマゾの快楽の堪能できる作品であり、 どちらも愛したい、愛されたい。 特に男性には読んでみてもらいたいと思った。 女は強いし、弱いと。 私はどっちだ。 | ||||
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読むと人格障害者の心の中、思考がどんなものかわかる感じ。 主人公自体最初から病んでるなってのがわかる。 「〜じゃないですか、違いますか。」といういいまわしの癖とか、 自分の作ったストーリーに都合のいいように 現実をねじまげて認識してるとことか、興味深いというより不気味。 不気味なんだけど何かどんどん読んでしまう引力がある本。 フィクションにこんなこといっても無粋だけど、 通常あんなに誰もが自分の性格をものすごく研究してて、 それほどまだ親しくもない相手に自分の性格と人生をペラペラ 説明するなんてことはありえない。 あと、出てくる人みんなが病んでるから、 病んでる人同士の会話がかみあってないせいかたまに コントみたいになってるところがあって笑ってしまった。 読んでてかなり嫌な気分になって、オチではガクッとなるけど 病んでる人の心の中を覗き見したようになれるところは斬新。 | ||||
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「友人にしたくない女見本市」のような小説です。 中でも、社会的には普通(むしろ成功組?)でも、人間的におかしい父親と、 そんな親に疑問を持たずに育った和恵の歪みっぷりに、他の誰よりも釘付け! 刺繍ソックスのくだりを読んだときは、 私がクラスメイトだったら、和恵を積極的にいじめるかもしれんと思った。 これまで自分について、いじめを傍観することはあるだろうが 自ら加担することは絶対にないはず、と思っていたけれど、自信がなくなった。 いつも小説は筋を楽しむ読み方が多いけれど、 これは細部のエピソードにいちいちヒヤリとするものを感じてしまい、恐ろしかった。 | ||||
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上下巻の本の場合、基本的に、上下ともに読んでしまってからレビューする ようにしているんだけど、この本はちょっと趣が違う予感がして、ここでまず 上のレビューを書きましょう。 正直言って、この後の展開など知りませんし、ほかの方のレビューも読んで ないので果たしてこの上だけのレビューがどこまで当たっているか。。。 とは言え、この本は少なくとも上を読み終えたところで、完全にアタリです もちろんこのあと速攻で下を読むでしょう。 確かに「グロテスク」とはよくも付けたりです。 そのほかに言いようのない人間。人間だけでなく人間関係もまさにグロテスク。 私は男性なので、この女子の一貫校の有り様と言うのは全然知りません。 これも、やはりグロテスク、の一言ですね。 その、社会も、人間関係も、人間もグロテスクな中で展開される人間模様。 それが基本的に一人称で語られる風に展開するストーリーは、引き込まれます。 しかもその語る一人称が変わったとき、それまでの話が別の視点から語られ、 変わってしまっている。 この違い。人生と言うものは、自分だけではなく、多くの人が主役で、みな それぞれにこの短い邂逅をそれぞれの視線で見て、感じて生きているんだなぁ。 人間の人生とは、かくも多彩で、このようにそれぞれが主人公で生きている。 グロテスクだと思っていたことが、これが人間の人間らしい、生き方なのかと。 そして、人の生活と考え方、見方、をこうして垣間見ることの面白さ。 これからの展開がどうなるか楽しみです。 既にはじめの方で、主要人物の人生の結末は、現在からふり返って語られて いますから、分かっているようなもんですが、はてそれがどんな手法で展開 するのか、とても楽しみで、下を手に取ることにしましょう。 | ||||
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語り手(=空前絶後の美貌の持ち主・ユリコの姉)に名前はありません。全てを冷静に見渡しているように取り澄ましている「わたし」の語り口も時々綻びを見せます。この名前の無い「わたし」の自意識の在り方が私立の名門学校という階級社会で加速しながら歪んでしまった様が語られる上巻。 | ||||
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桐野夏生氏による東電OL殺人事件をモチーフとしたフィクション。 主な語り手である名も無き姉。 美しき怪物であるその妹ユリコ。 そのユリコ殺人の嫌疑がかかる中国人チャン。 そしてユリコのかつての同級生である和恵。 本作は、2つの事件を、4つの視点で、2つの文体を用いて描かれている。 (正しくは、主な語り手である「姉」が読者に向かって語りかけながら、 日記や手記、上申書を挿入しつつも、ストーリーの主導権を握り続けるといったところか) ストーリーに鬱屈した雰囲気を一貫して保ちつつ、異なった視点を取り入れ、 背景には一つの事実(事件)が常に揺ぎなく存在している。 ストーリーは至って単純である。 それを一方的でそれぞれ異なった、やや屈折した視点で描いた点が本作最大の魅力だ。 まさに「見事」の一言に尽きる。 | ||||
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社会的立場の高い女性には行動の自由が許される。生活に困らない収入もある。その自由が自我の肥大を生み出す。東電OL事件に興味を持って読んだ感想。本当にグロテスクである。 いみじくも作中のQ女子高の木島教師が「僕たちは学校で科学的なことしか教えていなかった。もっと人間性を教えるべきだった」と悔いるように、Q女子高という小さな世界の中に進化論的なパワーゲームの世界が縮約されている。そこで育った4人のグロテスクな女たち。 この小説は悪意に満ちている。まったく歯に衣を着せないやりとりが読んでいて爽快になるぐらい。そして4人の女性とも孤独である。孤独への恐怖が4人をねじ曲げていく。 作品中、もっともグロテスクなのはやはり和恵である。自己が分裂してしまった彼女は、しだいに社会と自分、という壁を失っておぞましい怪物になっていく。なぜ高校時代の地味な彼女が変貌したのか。それは多分、ユリコの姉が言うように、自分や世間に対して、あまりにも鈍かったから。彼女の変貌を彼女なりの「成功」と呼べるだろうか。私はそれは違うと思う。彼女が摂食障害であるというエピソードはあまり語られていないが、摂食障害というのはまさに「自分」と「世間」の境界を失っていく病気だし、その根本的な原因は和恵が直面した問題と、基本的に同じである。ミツルがカルト教団の幹部になってしまった所や、容疑者チャンの身上書(彼の作り話かもしれないが)は多少演出が大仰だと思うが、チャンの住んでいた中国内陸部の貧困と日本に来てからの底辺の生活は、現代の日本で起きている「過剰と腐敗」の鏡となっている。 女は年を取るごとに「モノ」ではなく「人」になっていく。だからモノとして扱われる売春の世界では、客も本人も辛くなっていくのである。もっと「人」として輝いていく道などたくさんあったのに。私たちは和恵や「ユリコの姉」に似た部分はあるけれども決して同じにはなれない。 | ||||
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主人公がいくら正義感をふりかざしても、びくともしない現実の残酷さ。その中で、ずっと浮き続けて壊れていく主人公の描き方がスゴイと思った。やっぱり女性の作家だからこそ、女子校の意地悪さとか書けるのかな?事件の真相はともあれ、この本はスゴイし面白いと思った。 | ||||
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愕然とした。私の中にも主人公(名前すら与えられていない)、和恵、ミツル、ユリコ、そして女子高の生徒たちの闇の部分が存在する。読み終わり、奥底に隠したその醜い部分を目の前に突きつけられたような気分である。私は奥底の「悪意」を出す勇気がない。なぜなら人の和から外れるのが怖い。彼女たちのような生き方をしていたら社会の和からはじかれてしまう、結局彼女たちは自分を特別とあがめてくれる人を探していた故このような人生を歩むことになったのであろう。 この小説のテーマはどうにもできない「格差」である。 それは容姿であり、富であり、知力である。 その格差を認めまいとして精神的なバランスを崩した和恵、認めているがゆえにそれをネガティブなエネルギーでつつんだ悪意の主人公。知力で他の人から抜き出したつもりが現実を突きつけられ、最悪の選択をしてしまうミツル。 その三人に絡まず、しかし大きな影響を与えるのが完璧な美少女ユリコである。 ユリコはその並外れた美貌ゆえに社会に順応できず、肉体の快楽に走る。その結果娼婦に身をおとし惨殺されるのである。これらの女性たちは、誰もがうらやむ名門高校の出身であり、人々に羨望される人生を歩むことが想像されていた。しかし格差の存在に耐え切れない気持ちが各々の人生を狂わす。 この小説は娼婦となったユリコと、一流企業の総合職でありながら夜は街娼をしていた和恵の死から始まる。 そこで彼女たち、そして犯人と目される中国人が歩んできた不条理ともいえる社会の構造がわかってくる。 和恵の事件は東電のOL事件をモデルとしているのであろうが、彼女の壊れる様はあまりにも悲しい。その事件の被害者も同じような闇を心にかかえていたのだろうか? ラストがあまりにもお粗末ではある、そして読後感は最悪で、かなり落ち込んでしまったが久々に心をえぐられた小説であった。 | ||||
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東電OL殺害事件が元になっているので、そちらも一応チェックして読み始めました。 この作品はどうなるかはあまり重要でないのでしょう。あまりに有名な事件がモチーフになっているのですから。上巻と下巻に別れているけど、毛並みがだいぶ違います。 上巻は女子校を舞台とした昼間の世界、とはいえ、鉛色の空が見えてくるよう。物語はテンポよく進み、どんどん読めてしまいます。学校の中ということもあり、事件性は希薄で、そして誰もが経験もしくは触れたことのある、からかいや、ちょっとかわったクラスメイトが描かれています。 下巻はもう漆黒の告白です。そして、普通の世界ではない、あちら側の視点から語られる告白。容疑者の告白にはやや冗長な部分もあるものの、下巻全体を通して読み返したくなるようなフレーズや情景が満載。異様なハイテンションと崩壊の描写は不気味で、見てはいけない物が露見してしまったようでもあり、同時に何も守る物がない、捨てた潔さも見え隠れする。 ラストは期待しない方が良い、むしろ、この作品への評価はラストによって影響を受ける物ではないはず。 | ||||
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