ポリティコン
- 唯腕村 (1)
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ポリティコンの総合評価:
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全1件 1~1 1/1ページ
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2007年から10年に雑誌連載された長編小説。東日本大震災の前に崩壊しつつあった日本の地方の閉塞感をじっくり描いた、社会派エンターテイメント作品である。 | ||||
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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ぼくにとっては不可思議な作家というジャンルでトップ3に入るのが、桐野夏生である。読んでみないと面白いのかつまらないのか、わからない。最初は探偵・村野ミロのシリーズでエンタメ界に登場したものの、徐々にシリーズ外作品での独自性を見せ始める。その切り替えスイッチとなったのは、まぎれもなく『OUT』だったと思う。 かつてのぼくの桐野評。『ぼくがリスペクトしたいと思うクリエイターは、どちらかと言えば、馴れ、という領域を逸脱しようと、常にチャレンジする精神を維持し続けている部類の作家である。』 もう一つ。『通り一遍の評価を受けることで満足することなく、次から次へと異色の作品を出し続け、いい意味で読者の予想を裏切り続ける女流作家としては、トップ・ランナーである。』 そう、本作『ポリティコン』は、実験小説のようにも見える。一つの原始共産主義的な<村社会>を東北の一山村に作り上げた一族の血を継いで、現代の若き村長が時代に沿った変革を施してゆく、というと聴こえは良いが、この新村長となる主人公の東一(といち)は、ページを繰るにつれ、軽薄で身勝手で、獣欲に身を任せるエゴイストで、様々な意味での愚かさを全身に纏った出来の悪い男であることが明確になってゆく。それでいて妙な自信を備えていて、性格も弱いくせにプライドは強い。客観性がなく、村民たちへの思いやりも薄いし、怒りっぽい。理想を抱えているのかどうかわからないが、自分の中では何となく整理できているらしいし、これといった信念がないせいか、ある程度の危機を平気で乗り越えてしまいそうなタフさと不思議なまでの強運は備えている。それにしても読んでいて、ああやだ、こんな男は嫌だ、と嫌悪感を感じてしまう類いのキャラクターであることは間違いない。 「私は白黒つけがたい、善悪がわからない、そんな薄気味悪い中間地点にいるような人が、好きなんですね。最近、善悪だけでなく、物事をわかりやすくしようという傾向が文学でも強いと思いますが、私はそれに乗りたくないんです。人はそんなに簡単に分けることができないし、差異は常にある」 というのが、作者の言葉なので、これを読むとなるほどと思うが、この主人公が規制のキャラクターという概念から抜けているのも、かく言う作者が読者たちに向けて投じた一石のおかげなのかもしれない。 ちなみに本書の主人公は基本的には、唯腕村(いわんむら)である。大正時代にユートピアとして作り上げられた共同体としての開拓村である。そしてそこに住む個性の強い村人たちである。桐野作品の凄さはこれら村人の個性をしっかりと描き分けて造形してしまうところである。『東京島』という奇妙な場所をクリエイトした作品との共通項でもある。 そして不思議なことに、こんな内容の作品なのに、読んで面白い。リーダビリティが抜群なのである。これと言ったストーリーがない代わりに、大作ゆえに、時代のうねりのようなものが二世代三世代の村の歴史に生じていて、そこを出入りするキャラクターたちのバリエーションも桐野作品らしく個性豊かで興味深い。いわゆる「何が起こるかわからない」実験現場のような作品でもあるのだ。 さらに言えばタイトルの『ポリティコン』という言葉は作中に一度も登場しない。このあたりのアンチ・サービス精神も、作品を説明しないという桐野力学の一部なのだろう。ポリティコンとは、政治的動物のことであるらしい。本書は共同体の構築と運営を描く小さな建国神話であるようだ。読後感としては、村の規模が小さすぎるため、建国という言葉とは僕の中では全く結びつかない作品であったように思うが、ともかく。 タイトルもストーリーも含めてかように謎に満ちた作品なのだが、何となく面白く読まされてしまう。それぞれの人間の個性も、彼らの間に働く物語性と、対抗する力学のようなものも、ギリシャ喜劇でも観ているかのようで何となく親和性を覚えつつ、キャラクターの一部は愛すべきで、一部は苦手と感じてしまう。まるで読者の生きる現実世界の鏡面のような物語世界を、不思議がるのも、面白がるのも、投げ出すのも自由、といわんばかりの謎めいていて、人を食ったような大作。 桐野作品の中では異常に長い小説である。著者が五年の歳月を費やして書いた作品だと言う。人間の多様さ、罪深さ、たくましさ、愛と性、貧富、生きる方途、その他、すべてを凝縮して描き切る桐野夏生という極めて個性的な作家の、記念碑的作品であることは間違いない。 それにしても主人公の人間性の悪さが鼻について仕方がなかった。第二部が、不幸な女性マヤの側面から描かれるようになって、だいぶ心が安らいだ。彼女が如何に不幸であれ、その逞しさは伝わってくるせいかもしれない。しかし、全体を通して、東一への憎悪をエネルギーに変えて読めてしまう不思議作品であるのかもしれない。奇妙だ。こんな作品はどこにもない。 | ||||
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ぼくにとっては不可思議な作家というジャンルでトップ3に入るのが、桐野夏生である。読んでみないと面白いのかつまらないのか、わからない。最初は探偵・村野ミロのシリーズでエンタメ界に登場したものの、徐々にシリーズ外作品での独自性を見せ始める。その切り替えスイッチとなったのは、まぎれもなく『OUT』だったと思う。 かつてのぼくの桐野評。『ぼくがリスペクトしたいと思うクリエイターは、どちらかと言えば、馴れ、という領域を逸脱しようと、常にチャレンジする精神を維持し続けている部類の作家である。』 もう一つ。『通り一遍の評価を受けることで満足することなく、次から次へと異色の作品を出し続け、いい意味で読者の予想を裏切り続ける女流作家としては、トップ・ランナーである。』 そう、本作『ポリティコン』は、実験小説のようにも見える。一つの原始共産主義的な<村社会>を東北の一山村に作り上げた一族の血を継いで、現代の若き村長が時代に沿った変革を施してゆく、というと聴こえは良いが、この新村長となる主人公の東一(といち)は、ページを繰るにつれ、軽薄で身勝手で、獣欲に身を任せるエゴイストで、様々な意味での愚かさを全身に纏った出来の悪い男であることが明確になってゆく。それでいて妙な自信を備えていて、性格も弱いくせにプライドは強い。客観性がなく、村民たちへの思いやりも薄いし、怒りっぽい。理想を抱えているのかどうかわからないが、自分の中では何となく整理できているらしいし、これといった信念がないせいか、ある程度の危機を平気で乗り越えてしまいそうなタフさと不思議なまでの強運は備えている。それにしても読んでいて、ああやだ、こんな男は嫌だ、と嫌悪感を感じてしまう類いのキャラクターであることは間違いない。 「私は白黒つけがたい、善悪がわからない、そんな薄気味悪い中間地点にいるような人が、好きなんですね。最近、善悪だけでなく、物事をわかりやすくしようという傾向が文学でも強いと思いますが、私はそれに乗りたくないんです。人はそんなに簡単に分けることができないし、差異は常にある」 というのが、作者の言葉なので、これを読むとなるほどと思うが、この主人公が規制のキャラクターという概念から抜けているのも、かく言う作者が読者たちに向けて投じた一石のおかげなのかもしれない。 ちなみに本書の主人公は基本的には、唯腕村(いわんむら)である。大正時代にユートピアとして作り上げられた共同体としての開拓村である。そしてそこに住む個性の強い村人たちである。桐野作品の凄さはこれら村人の個性をしっかりと描き分けて造形してしまうところである。『東京島』という奇妙な場所をクリエイトした作品との共通項でもある。 そして不思議なことに、こんな内容の作品なのに、読んで面白い。リーダビリティが抜群なのである。これと言ったストーリーがない代わりに、大作ゆえに、時代のうねりのようなものが二世代三世代の村の歴史に生じていて、そこを出入りするキャラクターたちのバリエーションも桐野作品らしく個性豊かで興味深い。いわゆる「何が起こるかわからない」実験現場のような作品でもあるのだ。 さらに言えばタイトルの『ポリティコン』という言葉は作中に一度も登場しない。このあたりのアンチ・サービス精神も、作品を説明しないという桐野力学の一部なのだろう。ポリティコンとは、政治的動物のことであるらしい。本書は共同体の構築と運営を描く小さな建国神話であるようだ。読後感としては、村の規模が小さすぎるため、建国という言葉とは僕の中では全く結びつかない作品であったように思うが、ともかく。 タイトルもストーリーも含めてかように謎に満ちた作品なのだが、何となく面白く読まされてしまう。それぞれの人間の個性も、彼らの間に働く物語性と、対抗する力学のようなものも、ギリシャ喜劇でも観ているかのようで何となく親和性を覚えつつ、キャラクターの一部は愛すべきで、一部は苦手と感じてしまう。まるで読者の生きる現実世界の鏡面のような物語世界を、不思議がるのも、面白がるのも、投げ出すのも自由、といわんばかりの謎めいていて、人を食ったような大作。 桐野作品の中では異常に長い小説である。著者が五年の歳月を費やして書いた作品だと言う。人間の多様さ、罪深さ、たくましさ、愛と性、貧富、生きる方途、その他、すべてを凝縮して描き切る桐野夏生という極めて個性的な作家の、記念碑的作品であることは間違いない。 それにしても主人公の人間性の悪さが鼻について仕方がなかった。第二部が、不幸な女性マヤの側面から描かれるようになって、だいぶ心が安らいだ。彼女が如何に不幸であれ、その逞しさは伝わってくるせいかもしれない。しかし、全体を通して、東一への憎悪をエネルギーに変えて読めてしまう不思議作品であるのかもしれない。奇妙だ。こんな作品はどこにもない。 | ||||
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約10年ぶりの再読。 一度しか読んでいなかったが、読後「高浪東一」という名前は心に残る程の欲の塊を見せつけられる本書。 著者の他の作品で、すぐに名前を思い出せるというと、ユリコと雅子と佐竹くらいだろうか。 美しくも、心は孤独そのものでどこにも辿り着けないマヤと、独裁者よろしく放埒な東一の物語のようにも見えるが、ただただ東一のダダ漏れな私利私欲を書き切ったように見ています。 そこに付いてくる様々な社会的な問題がこの作品を面白くしています。 ちょっと詰め込みすぎで、厚みは増しましたが、それはそれで読了した時の満足感もあります。 ここのところ、3冊まとめて桐野夏生さんを再読していますが、やはり人間の欲と、人の心の奥に見え隠れする悪意を書かせたらこの方の右に出る人は現代の存命作家さんには居ないのではないかと。 そこが本当に好きですね。 | ||||
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桐野夏生さんの本です。 視点人物は、最初は真矢ですが、やがてすぐに高浪東一に切りかわります。 高浪東一は、山形県の過疎の唯腕村に住む若者。 唯腕村は白樺派の羅我誠と高浪素峰によって解放されたコミュニティ。 村人たちは、互いに助け合い、生活することを理想とするが、 当初の理念は忘れ去られ、現在では、過疎化がすすみ、ジリ貧。 東一はなんとか村を立て直そうと孤軍奮闘。 そこに、外国人のスオンや、真矢、北田が流れてくる。 真矢の圧倒的な美しさに魅入られる東一。 しかし、村で孤立していく東一は、やがて東京へ。 東京で自分の母と出会ったりしつつ、なんとか生活する。 ところが、父が死んだ知らせが届き、唯腕村に帰る。 そこで、唯腕村を立て直そうと決意するものの、怪しげな男に借金をする…。 とりあえず、現在の日本の縮図というか、今後おこってくるはずの問題を、唯腕村が先取りしている、という感じの話でした。 口うるさい老人たちが生きていて、若者は苦労するという図式ですね。 東一の真矢に対する欲望や、金に苦しむ様がよく描かれています。 また、ヤマギシズムっぽい「理想郷」って、実情はこういうもんだよね、という現実が描かれているように感じました。 | ||||
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下巻は、唯腕村の経営で「若き農業カリスマ」になった東一の話が前半で、後半は、真矢視点で話がすすんでいきます。 前半部は、東一がかなりやばい商売をしつつ、しかし一方では「農業カリスマ」として東京のマスコミにとりあげられていく話です。 真矢への思いは強く、真矢の大学進学の資金を出す約束をしてしまいます。かわりに、おセクスをさせてもらうということに。 しかし、真矢は「ヤル気」がないのね。ここは笑えました。 ところが、借金がかさみ、やがて真矢を「売る」ことに…。 ここいらへんで、真矢視点に切りかわります。 真矢は東一に売られ、水商売をしながら生活をしている。 やがて都会に出る。 都会で生活していると、父親がわりだった北田が、唯腕村で死んだことを知る。 ふたたび、唯腕村で東一と出会うことに。 東一はホアと結婚し、子どもを儲けて、唯腕村の経営を精力的にすすめている。 しかし、その「経営」は独善的で、古くからの村人は反発している。 はたして、東一と真矢の運命は? 「理想郷」って、やっぱり、難しいんだよね、という話ですよね。 また、日本の貧しさというか、経済的な行き詰まりってのが、めぐりめぐって、地方の寒村にももろ影響しているよね、ということが示されていたように思います。 また、「人材」という意味で、外国人たちも、そういうコミュニティに積極的に関与させないとたちゆかなくなるんだろうなぁ。 そういう意味では、唯腕村は日本の縮図ですね。 いろいろな不正をしていて、それを表にはせずにおこなう、という、日本的な欺瞞がよく描かれているように思いました。 いろいろと示唆させてくれる小説で、おもしろく、一気に読みました。 | ||||
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