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おじさんのトランク 幻燈小劇場
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おじさんのトランク 幻燈小劇場の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.50pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全2件 1~2 1/1ページ
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作者である芦辺拓氏の作品はこれが初読なのだけれども「トランク」というどこかノスタルジックな響きに妙に惹かれる物を感じて拝読。 物語の方はベテラン俳優である「私」が顔馴染みの劇団プロデューサーに呼び出される場面から始まる。やたら苦いコーヒーを飲ませる喫茶店でプロデューサーは脇役人生を歩み続けた「私」に自分の為の舞台を企画してみないかと持ち掛けてくるが、その題材としていつか彼に話した風変わりな「おじさん」を主役に据えてはどうかと薦めてくる。 幼少期に嘘か本当か分からない冒険譚を語って聞かせてくれた「おじさん」を題材にしないかと持ち掛けられて困惑した「私」だが、記憶も朧げな「おじさん」の実像を掴まない事には話にならない。どうしたものかと悩んでいたある日旧友の葬儀に参列した「私」は何かに誘われたかの様に列車を降りて山頂にある遊園地へと向かうケーブルカーへ乗り込む。 途中の住宅地で下車した「私」はある古い家の前に辿り着くが、その家の管理を任されているという男に誘われその家の持ち主であったという人物・鍛治町清輝のトランクを渡されるが…… 非常に不思議な読書体験をさせて頂いた。読んでいる間ずっと現実と虚構の被膜が揺らぎ続けているような、まるで幻術でも掛けられている様な気分を味わう事になった。ある種のSFやファンタジー系作品などでこういった感覚を得る事はたまにあるけれども終始現実感が揺らぐ読書と言うのは中々に珍しい。 物語の方は主人公である老俳優「私」が幼き日に出会った「おじさん」こと鍛治町清輝なる人物の実像を探り当てようと、彼の遺品ともいえるトランクとその中に収められた様々な品物をヒントに方々を訪ね歩くというのが主な筋書き。構成の方は6章からなる連作短編形式。 「私」は鍛治町清輝なる人物の像へと迫ろうとするのだけど、この「おじさん」は近付けば近づく程その像が虚構の様に思えて来るほど怪しげな人物なのである。ある時は軽井沢でドイツに占領された祖国を開放しようとするフランス人レジスタンスの闘士を助け、またある時は日本軍が占領したインドネシアで博物学に取り憑かれた華族のお殿様と蝶を追い求め、またある時はシベリア横断鉄道で反ナチ運動を繰り広げる女性の危機を救う……なんだか大昔のスパイ映画の主人公の様ではないかと。 これが単純に訳の分からん怪人物の人生を見せ付けられるだけの話なら事は単純なのだけど、鍛治町清輝の像に迫ろうとその足跡を追う「私」が毎回毎回奇妙な幻想的体験に巻き込まれる所に本作の面白さはある。第一章で「私」にトランクを渡した生駒山の男をはじめ、手掛かりを与えてくれそうな人物に出会うと現実感がグラグラと頼りなくなっていくのである。 在りし日の鍛治町清輝の像に触れる度に「私」が「おじさん」と融合し、彼の生きた鮮烈な人生の中に取り込まれていく……そんな奇妙な、自他の境界線が溶けていく様な感覚。そして読んでいる方も「私」に取り込まれていく様な、ここにいる自分は唯の読者なのか、老俳優の「私」なのか、冒険活劇の主人公である「おじさん」なのか判別が付かなくなる様なまことに妖しい感覚に襲われ続ける。 そしてある瞬間で催眠術師が指を鳴らしたり、手を叩いたかの様に「ハッ」と我に返るのだけれども取り込まれた瞬間が分からないので本当に催眠術を仕掛けられている様な気分にさせられた。 思うにこの作品、この自他の境界線を朧気にする為に「名前」を敢えて避けている様な節すらある。まずもって主人公に名が無く「私」で押し通している事で本を手にしている読者が主人公として鍛治町清輝を追っている様な気にさせられるし、その探索の中で出会う人々も殆どの場合名が無いので逆光の中で顔のよく見えない人物と対話している様な雰囲気が漂い続けている。 主人公も彼を取り巻く人々も顔が見えないので読者は自分の想像の世界に取り込まれて気が付けば現実と虚構の境目があやふやになっていく……各章そんな不思議な感覚に陥るのが途中から麻薬的な快楽に変わって来るのである。人は自分や世界の輪郭から解放される事を渇望しているんじゃないか、そんな気にすらさせられてしまった。 終盤で明かされる鍛治町清輝と「私」の関係が妙に現実臭くて、そこに関してのみ「どうかなあ」という気にもさせられたが、全体からみれば些細な事かもしれない。 現実と虚構の被膜が曖昧になった状態で「揺らぎ」を愉しみたいという方には是非一度お手に取って頂きたいと思わされた一冊であった。 | ||||
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「奇譚を売る店」「楽譜と旅する男」に続く第三弾。雑誌連載の作品を一冊の本にまとめた物。著者はミステリー作家ではあるがその一方で江戸川乱歩のような幻想奇譚小説も得意としていて本作品もその一つ。なので本格推理物を期待するとガッカリします。(笑) 万人受けするものではありませんがこの手の幻想奇譚を好む人は満足感が高いかも知れません。本作の中でも作者はいろいろ趣向を凝らしております。 実はこの本を読んだ後、大宮鉄道博物館に行った時に本作品の中で出てきた欧亜連絡列車の展示を見て「ああ・・ 小説の中の世界が今ここにある」と何やら因縁めいた物を感じました。まったくの偶然ですがこういう不思議感覚も読書の楽しみだな~と。 | ||||
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