楽譜と旅する男
※タグの編集はログイン後行えます
※以下のグループに登録されています。
【この小説が収録されている参考書籍】 |
■報告関係 ※気になる点がありましたらお知らせください。 |
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点0.00pt |
楽譜と旅する男の総合評価:
■スポンサードリンク
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
現在レビューがありません
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
故・みなもと太郎先生の代表作「風雲児たち」だったと思うが「メルヴィルの『白鯨』は序盤から延々と主人公の目を通じた情景・風景の描写が現代の常識からは考えられないぐらい延々と続く。現代人には耐えられない代物だが、気軽に遠方への旅が出来なかった時代にはこれこそが読者の求める物であった」と語られていたのを覚えている。 当時は「ふーん」と読み飛ばしていたが、勤め人となって海外旅行の時間などロクに取れなくなり更にはとどめとばかりに新型コロナ騒動と驚異的な速度で進む円安でいよいよ海外旅行など夢のまた夢となった今では遠い海外の風景に対する憧れがかつてないほど高じているのを覚える次第。 先日読んだ「おじさんのトランク」が大層面白かったことから同作者の幻想譚作品を遡ってみようと手に取った本作だったけど、幻想譚として楽しめたのは間違いないのだが印象に残ったのは作中で語られる異国の風景であり、作者の語り口調から滲み出る異国情緒の方だったかと。 構成的には短編6本から構成される短編集。タイトルにも冠された「楽譜」をお題にしているという点で統一されてはいるのだけれども、「おじさんのトランク」とは異なり主人公の「私」は各話で別の人物となっている。「私」はそれぞれの理由で所在不明の、場合によっては実在するかどうかも怪しい楽譜を求めているのだが、その渇望を満たそうとする最中で舞台となる各地の隠された歴史の一幕に触れるというのが主な流れ。 舞台となるのはロンドン郊外の片田舎、ザルツブルグ、オランダとかつてその植民地であった「蘭印」、ルーマニアの地方都市、中国の魔都・上海、パリの劇場と実に多彩。風景描写も絶妙ながら、各話で披露されるルビ芸が素晴らしい。英語・仏語・独語の様なメジャーな言語だけでも楽じゃないだろうに、オランダ語やルーマニア語といったマイナー言語まで網羅してルビを振っているのには恐れ入った。 そのルビ芸の際たるものが上海の映画撮影所を舞台とした「西太后のオペラ」かと。冒頭から「西装(せびろ)」「白領工人(ビジネスマン)」と続くので「ほえー」となっていたら台詞まで「再一個(もういっかい)!」と単に発音をカタカナ表記で当てるだけに留まらない趣向になっていて唖然と。 博学な作家さんがその豊富な知識を惜しげもなく披露するスタイルの作品を個人的には「百科事典で読者をどつき倒すスタイル」と呼んでいるのだが、この場合は「外語辞典でどつき倒すスタイル」と称するべきだろうか?いや、地理や歴史といった部分での博識ぶりもたっぷりと披露しておられるので「百科事典と外語辞典の二刀流でしばき倒すスタイル」が的確かもしれない。 幻想譚としては「おじさんのトランク」の方が後から発表されただけ一歩洗練が進んだスタイルだったと思うけれども本作も中々に凝っている。特に気に入ったのは「蘭印」で一人の日本兵が経験した現地人との奇妙な交流を描いた一篇「城塞の亡霊」だったかな、と。 軍務を半ばほったらかしにして現地人と付き合い、彼らの文化にいたく惹かれる主人公の姿に「なんか復員後に妖怪漫画でも描きそうな奴だなあ」と思ってたらオチが実に見事で不気味な怪奇譚となっていたのでニヤリとさせられた次第。 また、部分的には作者さんの皮肉が結構効いていた部分もあるので、これが中々パンチとなっている。特にルーマニアの首都・ブカレストの独裁者が作り上げた町らしい安っぽさを批判する部分は先日の某葬儀に垣間見えたどうしようもない安っぽさに通じる部分が感じられて作者さんも今の日本に色々思う所があるのかなと勘繰りたくなる。 冒頭でも申し上げたが兎角海外旅行と縁遠くなってしまった時代に文庫本一冊で異国情緒をたっぷりと堪能できたのはまことに喜ばしい事であり、博識な作家さんだからこそ海外に憧れる読者に手に取る様にその風景を焼き付ける事も出来るのだなと確信させられた。まさに作者さんは現代のメルヴィルであり、遠い風景への憧れを満たすというかつての小説が持っていた役割を現代に復活させた作品だったと大いに感心。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
122ページ7行目の鉄衛団のルビは、正しくは「ガルダ・デ・フィエル」(Garda de fier)では? 『黒死館殺人事件』の初版本ほどの無茶苦茶なルビではないけれど。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
いわくありの楽譜をめぐる六つの物語からなる、楽譜奇譚とでもいうべき短編集。 いちおうミステリーということになるでしょうが、推理要素は多少の種明かしがある程度で全体の傾向としては幻想小説風味。幽霊も出てくるからね。物語の核にあるのは楽譜と音楽の神秘性であります。 物語はイギリス、ドイツ、オランダ、ルーマニア、中国、フランスをまたにかけ、ワールドワイドで異国趣味満載。何かに似ていると思ったら、ああ、赤城毅先生の『書物狩人』のシリーズだ! 古書物探し専門の「狩人」が正体不明ながら物語の前面にずっと出張っているのに対し、古楽譜探し専門の「旅する男」は物語のもっぱら裏方として暗躍する、本当にどこの誰かも分からない狂言まわし的役まわり。付け加えると物語はあちらよりもずっとコンパクトでアート風味。書物と音楽の違いでしょうか。 収録作中のベストは、巧みに史実に虚構を織り込んだ『西太后のためのオペラ』。 精緻で繊細な音楽のような、美して哀しくて怖い物語をお楽しみください。 | ||||
| ||||
|
その他、Amazon書評・レビューが 3件あります。
Amazon書評・レビューを見る
■スポンサードリンク
|
|