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同志少女よ、敵を撃て
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同志少女よ、敵を撃ての評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.08pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全562件 401~420 21/29ページ
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| 「4年に満たないその戦いによりドイツは900万人、ソ連は2000万人以上の人命を失った」。 戦争の最も残酷で醜悪な部分、すなわち殺し合いの現場が延々と描かれる。そこには戦略も外交も対話も人道も何もない。大義名分すらない。敵を殺さなければ自分が殺される。敵から逃げれば味方に殺される。それは「食べる(生きる)ために殺す」という自然の摂理とはまったく別のところにあるおよそ意味を見出せない殺し合いであり、人間以外の動物には見られない行動だ。天王星(ウラヌス)作戦、土星作戦、青号作戦、雷鳴作戦など参謀が仰々しい名前の作戦をつくり、その全容を知らされないまま戦線の兵士たちは人殺しのマシーンとなってひたすら戦う。 主人公のセラフィマは家族を皆殺しにされたうえに生まれ育った村を焼き払われ、感情が麻痺したまま過酷な訓練を受けて激戦地に投入される。その異常な状況における認知と行動の変容が描かれている。戦場を経験したセラフィマは自身の変化に戸惑う。「イワノフスカヤ村にいたとき、自分は人を殺せないと、疑いもなく思っていた。それが今や殺した数を誇っている」「自分を支えていた原理はどこにあるのか」「自分が怪物に近づいてゆくという実感が確かにあった」。ともに戦った青年狙撃兵ユリアンも同様に戸惑っている。彼はこんなふうに言う。「狙撃兵の高みにはきっと何かの境地がある。旅の終わりまでいって旅の正体が分かるように、そこまでいけば分かるはずだよ。そうでなけれ、ぼくらはただ遠くの蝋燭を吹き消す技術を学んでそれを競っているようなものだ」。伝説の天才的射撃兵リュドミラ・パヴリチェンコはセラフィマに「狙撃を続ける意味、その果てにある境地」で何が見えるのかを聞かれ、ネジ作り職人の話をする。記者に「あなたにとってネジづくりとは何ですか」と聞かれた職人は「ネジづくりが何かなんて考えたこともありません。ただ作っているだけです」と答えた。その肩透かしのようなエピソードからセラフィマは悟った。人を殺す技で頂点へ上り詰めた者の境地には何もないこと。 虚無。実際にその言葉は出てこないがこの物語を貫いているのは命をかけて殺し合いをすることの虚無である。訓練学校でセラフィマたちは教官イレーヌに「動機を階層化しろ」と命じられる。戦場では何も考えずに銃を撃ち、あとからそれぞれの動機に立ち戻ればよいと。そうでなければ死んでしまうと。戦場における動機や理由や原理原則について、少女たちは問われ続ける。脱走を試みた歩兵大隊長と彼に帯同していたNKVD(チョーカー)の政治将校に下された銃殺の決定に対してセラフィマがジューコフ上級大将に捨て身で除名嘆願したとき、ジューコフは彼女に「[ルーマニア兵を]撃たなければ、味方が殺されました」と言わせたうえで「自分だけは正常だと立証する試みは成功しているか?」と問う。 もっとも虚無的存在なのはコサック出身のNKVDのオリガだろう。訓練学校ではすべての級友を欺いていた。彼女の言動にはすべて裏がありけっして心を許してはいけない存在。だが、セラフィマはオリガに命を救われる。オリガは最後までロシア人への悪態をつきながら死んでいった。彼女は「動機の階層化」で死ぬ間際に自信の動機の起点に戻ったのだろうか。唯一、虚無に陥っていない存在がサンドラだ。生き延びて亡き夫との子を産むことが彼女の生きる目的である。その目的は後付けでも正当化でもなく実存的である。 第二次世界大戦においてソビエト赤軍は実際に女性狙撃兵を従軍させたという史実に基づいた小説とのことだが、女性兵士の言葉遣いだけは少し気になった。とくにイリーナとターニャは宝塚の男役のようで違和感があった。ニュートラルな表現でよかったのではないか。 | ||||
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| 表紙の絵が気になって購入しました。 ストーリーがしっかりしていて文体もとても読みやすく登場人物もラノベのキャラクターみたいで戦争物を読んだことがない自分でも読めました。 ロシアとウクライナの戦争やもし自分が主人公と同じ立場になったらどうするか考えるきっかけになりました。 戦争物が好きな人には物足りないかもしれないけど初めて戦争物を読む人には良いと思います。 | ||||
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| 不謹慎かもしれませんが子供の頃に読んだハリーポッターを思い出すかのように、次のページを捲りたいと思えるストーリーの流れでした。 戦争の最後の場面が衝撃的でした。 ミハイルの部下が放った、自分は何のために戦っていたのだろう、という言葉。 ミハイルが悪者のようにされている感想がありますが、戦争は女性だけでなく、男性をも変えてしまうものでした。 戦争さえなければミハイルだって女性に乱暴な事なんてせず、大学に行ってセラフィマと恋人になり結婚だってしてたかもしれない、現代では普通の生活を送っていただろうに。 セラフィマだって、ミハイルのことを敵と見なし撃つという行為さえしていなかっただろうに。 戦争が人間を変えてしまうこと。 だからこそ、誰のことも責めることは出来ないと感じました。仕方のないことだったのだろう。 それぞれの登場人物の立場に立って、戦争がもたらす人間の形を変えてしまう程の恐ろしさを考えさせられました。 人間は戦争をする為に生まれてきたのではない。戦車に特攻した犬もそんなことをする為に生まれてきたのではない。 現代の平和な世界では考えられないような、考えもしなかった歴史に思いを馳せて生きていこう思いました。 | ||||
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| オーディブルで聞きましたが、表題がこの本の全てを表しています。 なぜ「味方」でなく「同志」を使うのか? 単純に敵というが「敵」とは何か?なぜ「少女」を使うのか?そして、なぜ命令形の「撃て」を使うのか。全てを読み終わったのにわかりました。 同志と敵は他の本でも扱われるが、この本では、残酷だけど現実の戦争における女性の立場、そしてスナイパーという特殊な役職から、自分の行動(人生)を自分で決定する重要性が主人公である少女を通じ戦争というこの世の理不尽の象徴の中で描かれてます。 一度は読んでみる価値ありです。 | ||||
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| 最後まで楽しく読み進められました。 第二次世界大戦のロシアとドイツ、ウクライナを舞台に、虚実合わさった登場人物やストーリー展開が面白い。 主人公セラフィマの最終章の言葉、「ロシアとウクライナの友情は永遠に続くのだろうか」に、今の世情を連想させられました。 人が人を殺める猫写もリアル。絶対に戦争は起こしてはならないと思える一冊でした。 | ||||
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| 戦争をする軍隊という組織は、戦争犯罪を嫌悪する規律と気質をもってはいる。が、続く戦闘行為が敵への憎悪を生み、それが戦争犯罪を誘発する。その具体的状況に迫っている。 | ||||
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| 第四章「ヴォルガの向こうに我らの土地なし」ここまでは文句なしにおもしろいです。ただし、この後が不味い。冗長、とってつけたようなミサンドリー的な主張、ご都合的な展開と解決、大賞を取った作品とはとても思えません。エピロークは良く書けていたけど、本作品の受賞が時事的な背景に後押しされたことは否定できないですね。残念でした。 | ||||
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| 独ソ戦はすでにたくさんの本がある。この本の中にも出てくるが、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの一連の作品など、迫力のある作品がたくさんある。それらの作品の前では、本作品はただのラノベだ。どこかで見たような展開を組み合わせて、現代の流行りのエッセンスを散りばめただけ。おりしもロシアがウクライナに侵攻して本物の戦争がはじまったが、この作品を現地の人に読ませられるかといえば恥ずかしくて無理だろう。暇つぶしに読む娯楽作品としてはよくできてるが、それは平和な日本に生きてるからであって、この作品は「戦争ラノベ」だ。作者には出版のタイミングが悪かったと同情するが、このタイミングでこの本にドヤ顔で本屋大賞を与えた人間たちは羞恥心がないのか?この本に賞を与えることで戦争に抗議してるつもりなのか?娯楽小説に意味を持たせるのには荷が重すぎる。そもそも平和な現代の日本人が想像だけで戦争を描くのに限界がある。レイプされ殺されてる人々に千羽鶴送るようなものだ。戦争を消費している。 | ||||
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| 私がたまたま読んだレビューにて、本作が酷評されていた。 色々な感想があって、いいのだけれど、 本当に、本当につまらなかったのかな?? 文章に無駄がなく構成も良かった。 戦争という難しいテーマをとても読みやすく、またエンターテイメント性を大事にした、小説である。 事実とは異なる!みたいな事を書いてる人がいるが‥、いや、フィクションだから。 とにかく、個人的にはイリーナ隊長がかっこよくて、たまに見せる優しさでホッコリする。 | ||||
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| とても綺麗な状態で届きました。 | ||||
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| これがデビュー作とは信じ難い卓越した手法と筆歴とストーリー構成とリアルフィクションの技法が読むものを引き付ける物語です。小説というより展開が映画的で情景のリアルさは見事ですね。良く考えるととんでもない話で女性スナイパーという在り得ない存在を恰も実在している様に描くのはまさに非現実の世界ですがフィクションだからいいんですよ。歴史の解釈とか別にどうでもよくて伝記ではないので忠実である必要はないでしょう。読ませる力量があればアクション劇でもあっても面白ければそれは正解なのでしょう。読む価値がどうだとかの問題ではない。教養と史実は必要ないところで展開するストーリーの進行はそれでも有りです。 | ||||
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| この作品が、著者のデビュー作とは。 今後、世界に進出出来る作家さんに成る事を 期待したい。 | ||||
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| 情景が生々しく想像できて戦争がテーマで抵抗が最初あったけどすらすらと読めた作品でした! | ||||
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| しばらく読書から遠ざかっておりましたが、久しぶりに一気読みしました。 | ||||
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| 凄惨さも生々しさもない、この本を読んでショックを受ける方はないだろう。分類化された登場人物と数式化された展開、この本には独ソ戦である必要がどこにも見当たらなければ、主人公が女性である必要もどこにもない。この本を読んで想像できるだろうか?このソ連軍女性兵士達は戦争期間中ずっと男性下着を身につけていたと。 | ||||
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| 武力で他国の土地や民の尊厳を奪ってはなりませぬ。恐怖により抵抗力を奪われた私が敗走して、離婚調停に挑んでます。私の星屑作戦。 | ||||
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| 批判される内容として、主人公にとってあまりにも都合がよく物語が進むことが挙げられる。 これに整合性をつける見方を考えてみた。 本当の主人公は、劣悪な環境で育ち、孤独の中で訓練を受け、何の戦果も挙げれずに負傷して戦場を離れる。 しかし、スナイパーとして活躍する女兵士の存在を新聞で知り彼女と一緒に戦って戦果を挙げ戦場で女を虐げた男を見返してやれたらよかったと妄想してしまう。 だんだんこの妄想から抜け出せなくなってしまい、真実と思い込み戦後、新聞記者にしゃべった内容が今作である。 嘘を話し傷ついた己の精神を守ろうとした。 こう考えると不合理な部分も腑に落ちる。 窮屈な見方で申し訳ない。 また原作者の次回作も期待したい | ||||
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| 何かのちょっとした契機で理不尽な戦争にまで発展するが大国は大国なりの余裕を示せ。 軍事大国の背景を奢り、弱者を攻撃することは恥ずべきことだ。情けない大国を見てしまった。 | ||||
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| 衝撃的なウクライナ侵攻があった。そのことを想起させる本だ。 本書は、第2次世界大戦の独ソの戦争が舞台。1942年2月、モスクワ近郊の小さな農村イワノフスカヤでの出来事。母親をドイツ兵に殺された少女セラフィマは、18歳で猟師だった。ドイツ語を学び、モスクワの大学に行こうとしていた。ソビエト連邦とドイツとの橋渡しをする外交官になりたかったのだ。母の殺されたところに、赤軍の女性兵士、狙撃手のイリーナに救助される。 「戦う意思のない敗北者は必要ない。戦いたいか?死にたいか?」をセラフィマはイリーナに問われる。そして、イリーナは、家にある皿を割り、思い出の写真を捨てる。そして死んだ母親をも、踏んづけそして家に火を放つのだった。「戦うのか?死ぬのか?」の二者択一しかないのか? セラフィマは、イリーナが教官をしている訓練学校で、狙撃兵の訓練を受ける。そこには、女性ばかり集められていて、共通していたのは孤児だった。厳しい訓練に耐える。 貴族出身のシャルロッタは出自にこだわる。シャルロッタはモスクワ射撃大会の優勝者だった。ウクライナコサックのオリガ。カザフの遊牧民のアヤは狙撃においては凄腕、ただし部屋が片付けられない。狙撃者として、成長していくセラフィマ。なんのために、狙撃をするのか? 母を殺したドイツのスナイパーと母親を踏んづけたイリーナを敵として、撃とうとする。 本書が優れているのは、丹念に独ソ戦争を取り上げているが、スナイパーの女性の視点で描かれていることが、実に新鮮でもある。 セラフィマたちは、スターリングラード戦に投入される。戦車部隊であるが、戦車が故障して動いていない。戦車と戦う狙撃手たち。そして、戦車を爆破する爆弾を背負った犬たち。 オリガは、ウクライナについてセラフィマに語る。「ウクライナは、ソ連にとって、略奪すべき農地だ。ウクライナはソ連から解放されない」。なぜオリガがそのようなことを語るのか?が後でわかる。セラフィマは、射撃し殺した人数は85人にものぼる。立派なスナイパーになる。そして、イリーナと共に、309人を射撃した憧れのスナイパー、リュドミラの講演に参加する。スナイパーは、何を考えて人を射殺するのか?を問う。「何も考えない」。戦争が終わったら、人を愛することだと言う。戦争は、人を変えていく。セラフィマは、人をたくさん殺しながら、レイプするソ連の赤軍の行為を非難する。何が正しいのか?戦争の中で、正義はあるのか?殺さなければ、殺されるのだ。 そして、セラフィマは、ドイツ軍の捕虜となるも、母親を殺したスナイパーを殺すのだった。 この本を読みながら、壮絶な戦争シーンがある。それが、小説の世界ではなく、現実に起こっているのだ。その事実に戦慄せざるをえない。 | ||||
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