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リボルバー
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リボルバーの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.08pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全96件 41~60 3/5ページ
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| 美術に関する造詣は皆無ですが、読みやすく情景が浮かんでくるようです。 読んで良かったです! | ||||
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| 絵画に造詣がなくても、実際の史実にも基づいたフィクションなのでゴッホやゴーギャンへの知識が深まりました!美術館にいって実物をみて感動しても、すごい迫力だなぁ、くらいしか言葉が出てこないですが、原田マハさんのご本を読むと絵画がお好きな方がどういうふうに感じてるのかがわかります。そうそう、そういう感じだな〜!って。 絵画だけでなくオークションのこと、フランスで日本人が絵画の仕事につくことが困難なことなど、世界が広がるのも楽しいです。ちょっと劇画っぽい語り口?と思ったりもしますが、ミステリー要素もあり面白くてサクサク読めます。原田マハさんの造詣と愛の深さに脱帽です。美術館に行きたくなりました! | ||||
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| ゴッホの自殺に使われた拳銃をめぐる話だが、話はそう単純に進まずゴーギャンが裏の主人公として出てくるのは面白い。原田マハにゴッホ、ゴーギャンを書かせたら面白いの一言である。私的には、原田マハの良さは短編集より、こういった枚数の多いものの方がよく出るような気がする。一読の価値あり。 | ||||
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| 【注:ミステリの核心部分に関する記述あり】 ゴッホの自殺にまつわるとされる一挺のリボルバーをめぐるミステリ仕立ての小説。テーマは面白いが、ミステリとしては粗が目立つ。 最大の疑問点は、ゴッホ兄弟が一発だけ実弾を装填した銃を「弾は入っていない」と偽ってゴーギャンに渡し、ゴーギャンがそれを信じ込んだという設定。ゴーギャンは若い頃は船乗りとして世界を旅した経験もあり、拳銃の扱い方くらいは心得ていただろう。そんな人間が威嚇用とはいえ、いや威嚇用だからこそ拳銃の弾倉を一度も確認せずに持ち歩き、それを人に向けるというのはあり得ない。 リボルバーの弾倉は回転式だが、小説の設定によると初弾で発射されるように装填している。その銃が空だと思っているゴーギャンがもし空撃ちのつもりで引き金を引けば実弾が発射され、とんでもない暴発事故が起きる可能性もあった。そんなことすら想像できないゴッホ兄弟ではないだろう(そしてその「暴発事故」がゴッホの自殺の真相だった、というお粗末なオチがつく)。 そして現代のパリを舞台に、そのリボルバーの謎を解き明かそうとする主人公の冴。そのキャラクターが悪い意味で軽く、「って、〇〇!」といった読んでいて恥ずかしくなるようなセリフが多い。今風の等身大の若い女性を描こうとしてスベっている感が否めない。 もっとも読後感が悪いのは、ゴーギャンがタヒチなどの南国の島で次々に幼い現地妻を娶っては、妊娠したら厄介払いしていたという史実についてまったく無批判である点。それを主人公の冴は「少女たちもゴーギャンに恋をしていたのだ、幸せだったのだ」という推論で美談として丸め込んでしまう。植民地時代はそれが常識だったのかもしれないが、現代の小説として描く以上、植民地の女性に対して宗主国の男性が行なった人身売買や性暴力に対して無批判であることが果たして許されるのだろうか。 著者の小説をそれほどたくさん読んだわけではないが、いくつか読んだ感想では「美談」が好きなのだな、という印象がある。人気があるのはわかりやすいカタルシスが求められているのだろうか。個人的には深みがなく物足りないと感じる。 | ||||
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| フィクションであるのはわかっていても、思わず物語の中に引きずり込まれてしまった。最高に面白かった。殆どイッキ読みだった。彼女の作品はかなり読んでいるが、これは素晴らしい。ゴッホとゴーギャン、2人の偉大な画家の知られざる過去に筆を運びながら、その周囲の人物まで光を当てて描き出す。本当に原田マハ氐ならではの手腕だと言えよう。たゆたえども沈まずも大変面白く拝読したが、原田マハ氐のゴッホ の描き出すエネルギーには、読者も圧倒されてしまうだろう。是非とも1度手に取って欲しい秀作であると思う。 | ||||
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| リボルバーでもしかりゴッホ関連の本を読んでいつも最後に思うことは「テオ、なんていい人!」につきます。 | ||||
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| 2019年6月19日 19世紀のオランダの画家ビンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)が自殺に使用したとされる拳銃がパリで競売にかけられ、約2,000万円で落札された。 出品された銃は7ミリ口径のリボルバー。赤錆がうきボロボロの状態だった。落札したのは電話で参加した個人の収集家。名前は明かされていない。 ストーリー・テラー原田マハが語るゴーギャンとゴッホの物語。 史実に基づいたフィクションと巻末にことわり書きがありますが、楽しめた一冊でした。 | ||||
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| ゴッホとゴーギャンに関心がある人もない人も、興味深く読めると思います。リズム、テンポが良く、あつと言う間に読み切りました。 読後感は寂寥でしょうか。 ゴッホとゴーギャンという二人の画家に 感情移入してしまう作品です。 | ||||
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| 史実に基づいたフィクションということを頭では分かっているのだが、原田マハさんが書く作品は自分がタイムスリップしたかのような、あるいは、当時を生きた人から口伝されているかのような気持ちにさせられる。 実際ゴッホとゴーギャンの間にどのような感情があったのかは本人のみぞ知るところだが、小説のようであって欲しいと思わずにはいられない。 この小説を通して、知識として把握している画家ゴッホ、ゴーギャンが、立体的に感じられた。彼らの絵を直接見て、時代を経てもなお発するそのエネルギーを感じてみたくなった。 | ||||
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| 中身のないペラッペラの本でした。 | ||||
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| ゴッホが回転式短銃リボルバーの銃弾が元で37歳で孤独のうちに死んだことは知っているだろう だがその原因も関与していた者もアート界の謎の雲の中だ 小説や映画やドキュメンタリー番組で諸説の推論が雲霞のごとく生まれては残り また消えていった だが 自分はもうこのミステリーの解答は このマハの物語でいいや とそう思った 興味や関心だけではなく ゴッホとゴーギャンへの愛情 同情 共感 それらがここには結晶されている きっと作者は長い長い年月と感情をこの物語に積み立てて熟成させてきて ようやく この本という形にして彫り出してきたのだと思う だからこの物語には不運もあるが不幸はない 人物たちも世界も これでいいですね いいんだよ という無条の肯定がイェスに満ちている だからぼくには この解答でいいんだ そう思っている | ||||
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| きれいな状態です。さっそく読みたいと思います。 | ||||
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| どこか、推理小説を読むような面白さがあり、最後までドキドキしながら読みました。著者の本は、何冊か読んでいますが、凄い力量だと、いつも感心します。 | ||||
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| 凸凹しないストーリー。ちょっとホロッとして期待を裏切らない。 | ||||
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| ゴッホやゴーギャンの交友にも深く入り込んでいますので、美術史に関心のある読者なら楽しめる作品になっているはずです。当方も楽しんだ一人ですが、ミステリ仕立てですので、その観点から見ると、展開が遅く間延びしています。 過去と現在を行き来する重層構造の小説でもあるので、ゴッホの生涯に関心の少ない方には退屈だったのではないでしょうか。 良くも悪くもキュレーターの原田マハさんの個性と思いが、全面に登場した小説だと言えるでしょう。当然、虚実ないまぜになっていますので、一定確認されている史実と虚構の隙間を埋めながらストーリーは展開していきました。特にゴッホとゴーギャン、そしてテオの関係性は原田さんの描くようなものかは不明です。勿論、その関係性があの傑作群を生む呼び水になったのかもしれませんが。 折しも、ゴッホ展が東京を皮切りに福岡、愛知と巡回します。根強いゴッホファンにとっては、本書の中で、聖地巡礼のような描かれ方も登場しますので、その点も本書を読む醍醐味につながっているのではと思いました。 現実のオークションを題材にして、表題の「リボルバー」の流転を絡めていくという趣向は斬新でした。構想の面白さとは別にミステリとして書く難しさも垣間見えました。 | ||||
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| すでに歴史的な事実として認められた、ゴッホの死とゴーギャンとの仲違い。そこにフィクションの入り込む隙間はあるのか。その難題に果敢に挑戦した意欲作だ。 ゴッホとゴーギャンの関係は、実際の所とどうだったのか。という素朴な疑問を出発点として、二人をつなぐものとして「ひまわり」を取り上げた。カバーの絵はゴッホの有名な「ひまわり」。カバーをはずすとゴーギャンの「肘掛け椅子とひまわり」。ゴーギャンの絵はゴッホの絵の陰に隠れてしまったいる。おそらく、それが作者の意図だろう。 尊敬と嫉妬。ゴーギャンの歪んだゴッホへの感情が、リボルバーの引き金を引かせた?そんな風に読者を誘導していく。ミステリーとしてもよくできている。 ただ、問題のリボルバーを科学分析にかければ、いつ、どのような状況で使用されたか、というところまではっきり分かると思う。定説とは違う説を展開するフィクションだから、あいまいにしなければならない部分があるのはわかる。それでも、もう一工夫欲しかった。 | ||||
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| 著者の作品は楽園のカンヴァス以来、これで2冊目。 正直、楽園のカンヴァスほどは没頭できなかった。 ちょっと無理筋なんだよな… 特にリボルバーに弾丸が入っていないと思ったら実は入っていて、それが何と立場としては 撃たれる側になるゴッホが意図した事だったとか。 また、弾丸が入っていないのを分かりながら自身に銃口を向け、ゴッホを前に自殺をほのめかす くだりも、ゴーギャンの真意や必然性が良く分からないし。 挙句に、その良く分からん行動がきっかけで運の悪い偶然が起こり、あとは弾丸がゴッホを貫く 周知のとおりの結末へと言うのも、無理に繋げました感が否めない。 ただ当方含め、今の時代に日本で暮らす我々とは1ミリもリンクしない話。 また、楽園のカンヴァスから変わらず非常に読み易い素直な文体なので、日常のブレイクとして 一服の清涼剤には成るかなと。 | ||||
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| ゴッホとゴーギャン。ふたつの巨星を過不足なく並べて見ることができないと改ためて思つた。私たちはどちらか一方に天秤がかたむくもので、右目左目均等な著書の目に、少なからず違和感を覚えました。 | ||||
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| 『たゆたえども沈まず』が壮大な大河小説だったのに対し、こちらはサスペンス調。 ゴッホやテオの切なさを情感たっぷりに表現する世界観は前作に通じているが、本作ではゴーギャンにも光を当てている。 証言をさかのぼっていく独白部分は見事な構成で、一気に読ませる。 そして、読後、ゴッホやゴーギャンへの思いが余韻として残り、その絵が観たくなる。 | ||||
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| パソコンで、ゴッホとゴーギャンの作品集を表示しながら読んでいた。 あまりにも有名な二人だが、実はほとんど知らなかったことに気付かされた。 今でこそ、大変な評価を受けている二人だが、その時代には不遇であったことを改めて思い、その心の内の葛藤を考えさせられた。そんなことを内に含みながら、現代の物語が展開する。 フィクションの部分は、フィクションとして、作者の芸術理解の部分は、なるほどと思わされながら楽しむことができた。 | ||||
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