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たゆたえども沈まず
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たゆたえども沈まずの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.16pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全200件 161~180 9/10ページ
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| 「自分で価値を見出すことはせず、むしろ他人が価値を認めたものを容認する、それが日本人の特性だ」。 | ||||
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| ゴッホは、大好きなので、楽しみにしていました。命を削って絵を描くゴッホと、それを助ける弟テオの兄弟愛に感動しました。 画商 の日本人二人の活躍も。古き良きパリの街もいきいきと描かれています。 | ||||
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| 文章や題材が悪いわけではないが、実に残念な感じで読了。 著者の気持ちやパッションが感じられなかった。 誰にスコープを当てようとしてるのが散漫な感じを強く持った。 | ||||
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| ゴッホの絵に惹かれたのと、マハというペンネームに惹かれて読みました。 で、これは美しい・・・! まるで明治維新時代のパリとそこの人々を見ている気分で、 絵画に関わる人々の中に必死に新しい生き方を切り開こうとしている心と 古くからの権威にしがみつく人々とが絡み合って・・・。 とにかく美しいです。 この人は美術品の専門家らしいが、 小説の中を美術にしている。 というか、人間像が美術的か。 気に入りました、この人の他のも読んでみようと思ってます。 | ||||
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| 絵画に興味はありませんでしたが、ゴッホに日本人が絡んでいたとは、 | ||||
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| 本当にあったことをバランスよく織り交ぜてあり興味深く読みました。装丁も美術小説らしくて素敵です。 | ||||
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| 「銀河鉄道の父」を読んだばかりだったので、何となく淡々としていて今一つ。 難しいとは思いますが、日本人の画商の冷淡さを感じました。 ゴッホの絵をたった一枚も購入しなかったのかしらん? その余力があったはずなのに。 テオについてもう少し何とかならなかったかしら? 映画「ミケランジェロプロジェクト」の中で、ゴッホのサイン入りの絵が焼かれるシーンがありました。 ヒットラーにとってゴッホの絵は何の価値も無かったから。 見ていて涙が出そうでした。 本当かどうかは知りませんが、フランスの田舎の小屋に仕舞われた沢山の絵画が、爆撃で灰塵に帰したとか。 | ||||
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| 新宿にゴッホの「ひまわり」がある。昨年観てきた。 断片的にしか知らなかったゴッホ。 史実を交えたマハさんの創作が画家ゴッホを蘇らせた。 数々の名画が頭に浮かぶ。 弟テオとの兄弟愛を軸に画商-林忠生と重吉を通してゴッホの人と絵に迫る。 日本の浮世絵がゴッホを含め印象派以降の画家に多大な影響を与えていたことに 、改めて気づかされた。 ますますゴッホが好きになった。 京都にやってきたので観に行った。 ゴッホは日本に来たくてたまらなかったのだ❗ | ||||
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| おかげさまで、読むことができました。予定どうりに入手できました。 | ||||
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| 日本人の画商である重吉の視点で、有名になる前のゴッホが語られる。正確にはゴッホ兄弟についてだ。 重吉をパリに誘った忠正と二人で、19世紀末のパリに広がる浮世絵などの流行(ジャポニスム)や印象派の台頭など、その時代に翻弄されつつもしっかりとパリに根付く。そんな時代背景で、ゴッホも日本に魅せられながらもゴッホとしての絵を極めていく。狂気の沙汰を見せつける芸術の怖さも伝わってくる。 登場人物は時代の中をたゆたいながら行き着くところまで行く。沈まなかったものも沈んだものも・・・。いや、ゴッホ兄弟はたゆたえども沈まずだ。 | ||||
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| この物語の主人公は一体誰?と思わせるようなフィンセントの印象の薄さを感じます。著者は殆どの部分を弟テオの目あるいは 日本人重吉の目を通してフィンセントを表現していて、霞の彼方の姿にみえます。全般的にみて人物描写が少々弱いのでは?と いう印象を受けるのですが、ラストでのフィンセントの絶叫にも似た告白のインパクトを、より強くするための著者のテクニッ クだったのかもしれません。 お互いに敬愛の念を持ちながらも口論が絶えなく、それでいて疎遠になってしまう訳でもない。求め合い傷付け合うその兄弟 の姿はまるでタイトルの「たゆたえども沈まず」ではなかったのかと思うのですが。何とも切なく悔しい感動の作品です。 | ||||
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| これだけの高評価だからと本書を手に取ってみたが、『暗幕のゲルニカ』より酷く、[ピカソを書いたから、次ゴッホね]という著者自身の履歴を飾るために出した本としか思えない。『ゲルニカ』はテロリストが出てきて興ざめしたが、“泣く女”ドラとピカソの微妙な関係は上手く描けていたし、小説自体が芸術の中心地がパリからNYに替わったことを暗に示していた点は評価に値すると思う。 まず、言葉がまるっきり21世紀の我々が使っているものであって、19世紀、明治期の雰囲気が全くない。浅田次郎は、『黒書院の六兵衛』で地の文は現代のそれであっても、【清国の始末を見たまえ。あれやこれやと因縁を付けられたあげく、国土は瓜のごとく分かたれてしもうたではないか。】のように、やや古めいた表現を用いて150年前の会話文に近づけようと腐心しているではないか。 要約しながら引用するが、岡本太郎は『今日の芸術』で【ゴッホの絵が、芸術に寛容なフランスで鼻にも引っかけられたかったのはよほどのことで、原色を用い、モチーフをひん曲げ、乱暴なタッチは見るに堪えなかったからだ。同じ印象派の画家からも相手にされず、セザンヌでさえ狂人の絵だと嫌悪していた。ところが今日ではゴッホは非常に優美で心地よく、ほほえましい感じすらするのは、時代がゴッホを乗り越え、前進したからだ。】と書いている。テオが将来兄の絵が人々に受け入れられるだろうと予言した辺、鼻白む思いがした。「売れて欲しい、誰か買ってくれないか」というのがこの兄弟の切なる願いだったわけで、死後のことなど考える余裕は無かった筈だ。 池田満寿夫は『模倣と創造』で【ゴッホやゴーギャン、ロートレックに浮世絵からの影響ばかりを誇張するのは正しくない。浮世絵版画とは異質な油絵で、浮世絵の特長を利用したのである。】と書いている。傾倒はしたけれども各々消化(昇華とも言える)した形で表現したのである。ゆえに自分だけの日本を見つけるんだ、というフィンセントの語にもしっくりしないものを感じている。 「饒舌で言葉ばかりが上滑りし、ゴッホの特異な性格や、時代背景、絵画の魅力を伝えきっていない」というのが私の感想。もうすこしじっくり時間を掛けて書いた方がいいのではないかな? テオとビンセントの関係に興味のある方は新潮社でも集英社でもどこのでも構わないので、ゴッホの画集の巻末の解説を読むことをお薦めしたい。ゴッホの生活苦と、援助するテオの関係がきちんと書かれているし、非常に面白い。さらに、「油絵具を使ってない素描画も非常に力強く魅力的」だということも他のレビューアさん達にお知らせしておきたい。 本書の巻末に「史実をもとにしたフィクションです」と大き目の文字で表示されているが、曖昧な表現だよね。その曖昧さ加減が本作というわけか?まあ、小説と割り切って楽しめれば良かったのだけれども。 レビューをザッと拝読したが、好意的なものが殆どで驚いている。この本読むくらいなら中野京子の絵画論を読んだ方が色々と勉強になる上に面白いと私は思う。 | ||||
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| 読み出してすぐに『月と六ペンス』を思い出した。といっても内容はすっかり忘れてたけど。何だか芸術家は本人だけでなく周りも大変なんだな…とつくづく。ゴッホが苦悩の人なのは何となく聞いてたけどこういう物語がつくと絵の見え方も変わってくる気がする。 フィンセントとテオの繊細な兄弟愛に加え重吉とテオの友情など色々な要素がある中でも、林忠正という稀有な日本人の話として読んでも面白い。この小説で初めて知ったけどこの人の実在の方なんですね。多分展示会とかでも説明があっただろうに全然気づいてなかった…この人だけでも一つの物語ができそう。 また、小説を通じて知識や世界が広がるのも本を読む楽しみの一つだけど、この本はそういった愉しみをも与えてくれる。 印象派の台頭とポスト印象派の萌芽、当時のパリの華やかさ、近年よく展示会も行われてる印象派へ影響を与えた浮世絵の世界、などなど。 改めて『月と六ペンス』読んでみようかな? | ||||
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| さすが原田マハさんだけあって、面白いストーリーですがそれだけにとどまらず、軽くですが19世紀パリの美術界そのものや「印象派について」「当時の風景画を描くということについて」「ゴッホの人生の系譜について」学べますし、当時の日本美術(浮世絵など)の海外からの高い評価が窺え、実際の絵画に大きく影響をあたえている様子が分かるなど今後美術を鑑賞する上での基礎知識も得ることが出来ます。 その得た知識でゴッホ展や印象派展に行ってみても当時の状況や人間関係が分かった上での鑑賞になったので、ただ単にストーリーを楽しむに終わらずよかったです。 ストーリー中では、実際の絵画や浮世絵などが出てくるのでネット検索をしながら読みました。場面や時系列がちょこちょこ飛ぶので、時間を開けずに一気に読む方がいいです(笑) 原田マハさんは人間関係の書き方が優しいです。愚かなまでにどうしようもないゴッホにしろ、愚かなまでにゴッホを支えすぎる弟にしろ憎めない。そんなに暗く読む感じでも難しくもなくサラッと読みやすいかと思います。 そしてこのタイトルの意味は割りと早い段階でわかりますが、表紙をなぜこの絵にしたかは、読んでからのお楽しみです。 | ||||
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| ジャポネスクという風潮が生まれた同時期に1人の日本人画商とオランダ人兄弟がパリで過ごしていたという事実。 史実として彼らがどのように絡み合ったかの詳細はわからないけども・・・・・、しかしこれだけで想像を駆り立てる。 一部の事実に創作を加えて書き上げられた小説。 しかし一個の人間としてあの時代を生きた「創造主」フィンセントの心が痛々しいほどに伝わってくる。 重吉のみは架空の人物だが日本人画商は触媒として上手く描かれている。 ここ数年の原田マハさん作品の中で筆頭の読み物。 「たゆたえども沈まず」・・・セーヌ川の洪水から生き抜いてきた都パリを形容する言葉。 私はなぜか極東の海に揺れながら浮かぶ我が祖国の列島を連想する。 そこに生まれた描き手たちの浮世絵が海を渡った物語でもあった。 | ||||
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| 数々の文献を参考にしたフィクションですが、林忠正とゴッホ兄弟が本当に出会っていたなら、こんな風に会話を交わしていたのかもしれないな、と楽しみながら読み進めました。 手に取る様に感情や情景が伝わるマハさんの作風は素晴らしいの一言です。 ラストに近づくにつれ、涙が止まりませんでした。 ゴッホの作品に触れる時、是非彼の、彼らの生涯を知って欲しいという思いです。 また、自分が信じる”価値”が世間に認められず理解されず苦境の中にいる方は、本著から何か感じるものがあるのではないでしょうか。 | ||||
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| まるで風景画の中に動物たちが隠れる”隠し絵”の如く、文の中に散りばめられたゴッホの作品たちに気付くと、この作品はさらに楽しめるだろう。 | ||||
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| 書店で購入しました。 これほど泣いた作品は久々でした。 とても読みやすく、分厚いのに短く感じるほどこの物語に引き込まれました。 ゴッホ兄弟の苦悩や、主人公のひとりでもある日本人画商ら一人一人がとても魅力的です。 今ちょうどゴッホ展がやっているので、そちらを見てから読んでも良いと思います。 これを読んだら見に行きたくなります。 | ||||
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| フィンセント・ファン・ゴッホ、その弟で画商のテオ、パリに日本美術を売り込んだ林忠正と加納重吉の4人を描いたアート小説。 浮世絵といった日本美術がパリに、そしてゴッホに多大なる影響を与えたストーリーに、作中の林忠正や重吉と同じく、日本人として誇らしい気持ちにさせてくれました。 また、個人的にはゴッホといえば糸杉が描かれた絵に惹かれていたのですが、ニューヨーク近代美術館の「星月夜」等に描かれている糸杉に纏わるストーリーに大変感動させられました。 | ||||
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| ゴッホを好きになったのは昔ゴッホ展に行って、その後ゴッホについての本を読んだことがきっかけだったと思います。弟のテオから一生仕送りをしてもらって、生きている間には評価されずどんな気持ちだったのかと切なくなったのを覚えています。この本はゴッホとテオだけでなく、日本人の美術商林忠正と加納重吉が登場します。明治時代、無類のフランス好きだった二人はパリに引き付けられるようにして渡仏します。ゴッホはオランダ人で日本の浮世絵に影響されたことは有名です。登場人物がヨーロッパ人だけでなく日本人二人が加わっているというのにも親近感が湧き興味を持ちました。益々ゴッホに惹かれ、物語の中に引き込まれました。ゴッホとテオの兄弟愛、テオとシゲ(重吉)の友情、忠正とシゲの子弟愛(実際には経営者と専務の関係)、ゴッホと忠正の関係、テオと優しく賢明な奥さんヨーとの夫婦愛。どの人間関係にも惹きつけられます。この作品の題名「たゆたえども沈まず」は「セーヌ川がどんなに荒れてもたゆたっていれば沈むことはない」とゴッホに言った林忠正の言葉です。もともとゴッホも知っていた言葉で、パリの紋章にはラテン語で”Fluctuat nec mergitur“と書いてあるそうです。これは揺れても沈没はしないと言う意味だそうです。このお話はある程度は史実に基づいて書かれていますが、あくまでも小説で原田マハさんの手腕が光っています。装丁がゴッホの「星月夜」。京都国立近代美術館で開かれている「ゴッホ展」でゴッホ(Vincent van Gogh)の絵を鑑賞したいと思います。友達を誘わないで一人で。涙しているところを見られないように。 | ||||
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