■スポンサードリンク
スクラップ・アンド・ビルド
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
スクラップ・アンド・ビルドの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.56pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全190件 181~190 10/10ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
火花がわたし的にまあまあだったので、こちらも期待せずに読んだのですが現代らしい作品で近年読んだ本の中で1番よかったです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
芥川賞受賞作。介護、雇用、年金、保険、高齢少子化など社会問題をテーマにした小説という感じ。要介護の祖父(87歳)は、介護疲れの母(祖父の娘)と無職の孫健斗(28歳)と暮らしている。母は会社勤めのため、無職の健斗が祖父の介護をしながら司法書士の資格を取ろうと勉強中。その合間に筋肉トレーニングと恋人の亜美とのセックスに没頭する。祖父は「早う死にたか」が口癖であるが死ぬ気はない。祖父を尊厳死させたい健斗は介護福祉士の友人に相談したりする、介護疲れの母や孫の健斗から粗末に扱われる祖父、 国民の四分の一が65歳以上の高齢者となった日本社会。介護、雇用、年金、保険、高齢少子化など日本の切実な社会問題の薀蓄を描くも、どれもどこにでもある家庭事情であり、介護ネタがおもしろくなければそれまでの小説という感じです。個人的に、冒頭の健斗が起きてからの部屋の描写が長すぎる。こういうのは物語の合間に挿入させたほうが読みやすく、私は立ち読みだったら冒頭でおもしろくないと読むのを止めていただろう。祖父の「ゴボウ切れの端」や実は特攻隊員ではなかったなどユーモアもあるものの、何が起こるわけでもなく、おもしろい小説とは思わなかった。デッドリフトとセックスのし過ぎでギックリ腰になった健斗がさらに介護で腰を酷使し悶え苦しむくらいは描いてほしいところだろう。 で、結局は亜美とはどうなったんかいや? (笑) | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
2015年8月読了。 主人公たる健斗(20代後半)とその母親、そして、同居する健斗の祖父(80代後半)が主な登場人物。 タイトルがなぜ『スクラップ・アンド・ビルド』なのかは、読み始めの段階ではなんとなく分かる程度なのだが、読み終わる頃には、「いや、そう単純でもないぞ・・」と思えてきた。 「スクラップ(切り抜き・鉄くず)=老人」 と 「ビルド(組み立てる)=若者」ではない。 「スクラップ・アンド・ビルド」=「採算や効率の悪い部門を整理し、新たな部門を設けること」(三省堂・カタカナ新語辞典より)なのだ。 このあたりは、読んで感じていただきたい。 俺は本作を「崩れニート小説」としても読めた。 あえて“崩れ”としたのは悪気があってではなく、「何もしない若者(15~34歳)=ニート」対して、「就労」はしていないけれど就職活動は週二でやっている、「就学」はしていないけれど自宅で行政書士の資格取得の勉強はしている、「職業訓練」はしていないけれど、じいちゃんの介護はしている・・・・と、「ニート」とひとくくりにするには、健斗はかわいそうだと思うからだ(^_^;) 「立派なニート」というのも変だし、ネ。 ちなみに俺は、「35歳以上の何もしていない人(病気等やむを得ない理由の方を除く)」も「崩れニート」と勝手に名付けていた(というか、俺にもそういう時期があったので自虐自称していたのであって、他人に対して言ったことは無い)。 “崩れニート小説”としてまずニヤリとするのが「行政書士」というワード。 実際に取得したからといって(独立開業でもしない限り)何に役立つかわからない「行政書士」の資格を取ろうと思って勉強している人は多いのではないか(平成26年度の受験者数48,869名、合格者数4,043名。合格率8.27%)。 特に無職の人。 何の役に立つか分からないのに、この受験者数の多さと合格率の低さ! 難関であることは間違いないし、合格すれば、知っている人からは「頭いいね」と言われるかもしれないけれど、履歴書に記載したところでどれほどの効果があるかは疑問の資格だ・・・。 ・・・ハイ、俺も勉強しました。受験しました。不合格でした<(_ _)> 次に「筋トレ」。 無職は無収入なので、(金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんでもない限り)買い物にも行けず、娯楽施設で楽しむことなどもできない。 しかし、エネルギー(欲望)は有り余っている。 そこで筋トレだ。しかも、金がかからない「自重トレ」だ! 他に何も取り柄が無い場合、他人に見せつけられる分かやすい取り柄は、自らの肉体しかない。 なお、引きこもってばかりだと鬱になりがちだが、筋トレをすることでセロトニンやテストステロンの分泌がうながされて、鬱の改善や精力の増進が期待できる。 そのあたり(健斗の場合は肉体改造と精力増大が主目的)に触れてあるところにも、“崩れニート小説”としてリアリティがある(^^)/ そして、「定職に就いている彼女」。 健斗は、無職・無収入のくせに彼女がいる(生意気!)。 現状では家庭など持てる身分じゃないから、子どもでもデキようもんなら大変なので、彼は完璧な避妊をしている。 彼女に対しては、“情”はあるけれど“愛情”は無い。 かといって、性欲(ストレス)発散の相手(それは彼女の方も同じかもしれない)として失いたくないので、最終的には彼女に謝る(笑) 健斗が再就職を果たした事と、彼女のふるまいの変化で、この二人の関係が近いうちに終るであろうことを、我々に予感させる。 俺は、高齢のばぁちゃんが衰えて在宅介護から病院での寝たきりになったころ、“崩れニート”をしていた時期がある。 しかし、健斗ほどの「孝行孫」ではなかった。 健斗のじいちゃんは、どこか“したたか”なところを予想させる。 健斗も無事にそこそこの会社に就職し、しかも若者らしい肉体を備えて再出発をするところで物語は終る。 しかし、ばぁちゃんと俺の場合は、そういう事は起こらなかった。。。 本作は「芥川賞」を受賞した。 「純文学」というくくりで読めば、例えば、安易に「自分」という一人称を用いず「己」と使い分けるなど、テクニカルな部分も見受けられる。 また、「芥川賞」「介護」と聞いて、第131回(2004年上半期)受賞作の『介護入門』(著者:モブ・ノリオ)を思い出す方もいるだろう。 さらに介護といえば、「排泄」「入浴」「認知症」「老老介護」「家庭崩壊」などの言葉が浮かぶが、本作にはそういった“汗脂感”は薄い。 さかのぼれば、1970年代前半の『恍惚の人』(著者:有吉佐和子)があり、当時以上に深刻な現在においては、高齢者の介護に関する物語は、小説に限らず、そこに携わる人の数だけ存在する。 小説の役割のひとつが、人々へ希望を与えることならば、本作のように介護問題や引きこもりで悩みを抱えている無数の人々の心を少しでも軽くしたり共感できたりする(俺はそのようにも読んだ)作品の誕生は、受賞ともども喜ばしい。 読後に浮かんだこの著者への期待は、介護される側視点(本作では祖父)の作品を読んでみたい、だった♪ 長くなってごめんなさい<(_ _)> | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
大変楽しく読ませて頂きました 今回、実は同じ芥川賞受賞作である「火花」の方から読ませて頂いたのですが、どうやら私には合いませんでした 同じ描写、同じセリフ回しからダラダラ続く内容で、作者の文章の拙さもあり途中で飽きてしまったのです ですので今回同じ受賞作であるこの作品も正直期待していませんでした しかし実際に読んでみるとこの作品は表現の深みと共にユーモア方法も多彩でハッキリと作者の地力といいますか、力量が感じられました 物語もとても感じられる所がありました スクラップ・アンド・ビルドは間違いなく「本物」です 今回の受賞作で何故内容としてここまでかけ離れてしまったものになったのか謎です しかし穿った見方をしたとしてもこの作品が「純文学」であることは間違いないと思いました | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
いつになるのかわからないけれど、私もいつか介護問題にぶち当たるでしょう。 同じ世話でも子育ては子供の成長を見られる喜びがあるからいい。 だけど、死にゆく者への介護は相手が近い存在であればあるほど切なさを伴います。 決して良くなることのない死にゆく者への介護問題・・・ この本読んで、『本人と家族の同意があるのであれば尊厳死を認めてもいいのでは?』と 私は思いました。 リアルな介護問題、そして自分の懈怠について考えさせられる本です。 使わない能力は衰える、そして過保護は人をダメにする。 勉強や筋トレがしたくなりました。 [・・・] | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
介護や尊厳死を題材にした小説という前触れで読んだが、 戦争体験をした老人の生についても考えさせられる作品だった。 (おそらく、この時期に読んだからだと思うが、、、) 周囲から聞いた戦時中の祖父の様子と、本人が語る戦争体験との違い。 本当のところは当人にしか分からないが、考えることに意義があると思えた。 健斗と祖父との関係は、傍から見るとコミカルに映る暗くない介護。 「死にたい」「死んでほしい」という言葉の裏側に 互いの愛情を感じる作品だった。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
物語の筋も表現もしっかりしていて素晴らしいです。 又吉氏のあの?で終わるようないやーな感じもない。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
長崎弁で「じいちゃんなんか早う死んだらよか」が口癖の87歳祖父と、就活中で筋トレに励む30歳前の健斗の物語。小説の構成力と軽快な テンポは実績を積んでいる羽田作品ならではある。老人問題を巧みに取り込んだコミカルでブラックユーモア的なストーリーである。 再読に耐える内容でもある。5人の子供たちからタライ回しにされ、現在、娘である健斗の母親に引き取られている。家族の同情を得ようと狡猾に振舞う祖父。「死んだらよか」と云いながら衣替えを考えたり自分好みの衣服にこだわる。普段、杖を突いて弱弱しく歩行しているが、家族が留守中に冷凍ピザを食べたり、ひ孫をあやす体力を見せつける等隠れた一面を発揮する。老人のしたたかさを健斗の視線が捉えている。 かたや、健斗は祖父の尊厳死を願い、プラス介護をしながら将来のために、ひたすら筋トレに励み祖父と奇妙な対抗心すら感じさせる。亜美(恋人)とのセックスも筋トレの一環でもある。逆に亜美は「太ったおばさん体型まっしぐら」である。 老人問題は、「福祉で稼ぐ街」「後期高齢者の社会問題」「足し算介護」「薬漬け医療」「延命医療」「高齢者運転」「性欲」「食欲」等を上手く健斗の視線で作品に織り込まれている。 健斗に甘えるがシビアな観察者な眼を持つ祖父、「死にたい」が「生きたい」の欲望の裏返しであることを感じてやる健斗・・・・ 再就職先は、祖父介護という「生産的生活で培った能力のおかげ」で医療機器メーカーの子会社というオチがつく。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
芥川賞を受賞した作品ということで拝読したわけですが、凄くはないけれど売り物にならないものではなく、それなりに読める読み物でプロの最低線はクリアしていると思いました。 老人と若者の少なからず本音といえる部分を扱ってソフトに仕立てた物語。 祖父の言動も主人公の言動も、こういう人もいるだろうなと思わせるもので、それだけに抵抗なく話の世界に入っていけました。 始めから終盤にかけてはスイスイ読めたものの、終盤からフィニッシュがちょっと…、せっかくここまで来たのに着地が…というところですが。 しかし、まあ、面白く普通に読めるということだけでも大したものでしょう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
結局祖父はボケ老人なのか、それとも全てを見透かしている演技者だったのか・・・?考え直してもよくわかりません。 ・以下祖父の不思議な点(ネタバレ) ①自分で野菜をトッピングしたピザを食べる ②テレビを見た形跡があり、テレビを理解する能力がある ③俊敏な移動 ④来シーズンの服を整理するミクロな力 ⑤5~6kgの曾孫を抱き幸せそうな笑顔 ⑥女性スタッフの体を触る性欲の存在 ⑦循環器系に作用する最低限度の薬さえ飲めば至って健康体という医師の診察結果 ⑦何十回も不調を訴え車で搬送してもらうが、悪いところはなかった ⑧耳が聞こえないというが、悪いところはない これらのことから、「祖父は健康体であり、ボケ老人ではない」 ということが見えてきます。 また、「健斗はじいちゃんが死んだらどげんするとね?」と聞くシーンからは、無職の孫に「介護をする孝行孫」というポジションを祖父がわざと与え、何もする仕事がないという地獄から無職の孫を開放してあげていたのではないかと思えてきます。今、お前にはじいちゃんを介護する役目があるが、じいちゃんが死んだら介護する役は終わっちゃうんだよ、どうすんの?ということです。 以上のことから、①急性心不全による急性肺水腫での入院 ②風呂場での溺れ の2つのイベントははわざと祖父が孫に役を与え、振り回すためにやったことではないかと考えます。健康と言われているのに、入院や風呂場で溺れるのはおかしいです。退院したあとも補聴器屋で聴力に問題は無い(仮病?)と言われたり、デイケアでセクハラしています。 また、 ①その後就職が決まり、出立する主人公を祖父は「帰ってこなくていい、自分のことは自分でする」などと言い、互の顔が見えなくなるまで手を振って見送るシーン ②同世代の自分より優れた成功者を見て、弱った祖父の隣にいることで自尊心を維持できていた事に気づく主人公 この2点からも、祖父は無職の孫のプライドを守るためにボケ老人を演じていたのではないかと思えてきます。 演じていないというなら、孫を振り回し、何十回も虚偽の病院搬送事件を起こしていた祖父が、「帰ってこなくていい」とは言わないでしょう。 そして、就職の決まった孫を心から喜んで送り出す・・・ 私は孫と祖父が手を振り別れるシーンで、身を呈してまで健斗の幸せを願う祖父の深い愛に、読んでいて感極まりました。 これらのような見方をすると、主人公の画策していた尊厳死の実現は滑稽な計画です。 祖父の掌の上でジタバタする主人公という話になってしまいます。 私の曲解かもしれませんが、この話は他の方のレビューに書いてあるような単純な話には思えません。 若さと老いの対比とか、介護問題についての問題提起とか、そういうことですか?羽田氏はそういうことを書きたかったのでしょうか。 少なくとも帯にある「要介護老人と無職の孫との息詰まる攻防戦」は、祖父の勝ちと言えるでしょう。 みなさんはどう思いますか。 老いていく祖父と、成長していく孫・・・スクラップ・アンド・ビルド。面白かったです。 ※文学とは多くを語らず、読み手の想像に任せる部分が多い、答えのないものです。祖父は本当にボケていて、体が悪く、周囲を振り回し、孫への愛情なんて無く、私の感動は的外れかもしれません。羽田氏が私の感想を読めば、「何言ってんだこいつ?」と思われるかもしれません。 ただ、「こんな読み方をしている奴もいるんだ」と思っていただけたら幸いです。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!