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1Q84
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1Q84の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.66pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全986件 861~880 44/50ページ
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早速流行に遅れないように(?)全2巻を読んだ。 誰にも負けないように急いで頑張り読んだ。 しかし、「流行」という言葉が虚しいのと同義であるように 読了後も虚しかった・・ 正直僕は村上春樹に熱心な読者では無いし、この新作で初めて 彼の作品を読んだ・・ あの「エルサレム賞受賞」のスピーチを読んで 興味が湧いたからでもある。しかし・・ 内容は、オウム真理教がバックにあり、 男女の純粋な「愛」と教祖暗殺のスリリングさである。 簡単に書けば。 ("ふかえり”は、とても魅惑的だった) 「二つの月」の重要な意味や 作者が「本当」に読者に伝えたいメッセージは、 少なくともこの作品を読んだだけでは、 伝わって来なかった(「なんだ・・」というような読後感)・・ 新聞の彼の特集記事(インタヴュー)を読んでもピンと来なかった・・ 彼は「ノーベル賞」を本当に取る作家なのだろうか? その「好奇心」だけが、この作品を存在させているように 思えてならない。 ただ唯一の救いは、ストーリー自体ある種の「緊張感」は確かに存在した。 それだけが、最後までこの二重構造の長編を読ませてくれた。 (実はこの物語には、「続き=BOOK3」があるような終わり方を匂わせるが・・・) でももう僕は、今後彼の作品にいらぬ期待はしないだろう。 | ||||
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カフカで新しい方向に転換したのかと思っていましたが、今作はクロニクル以前に戻ったという印象です。前半は展開の面白さに惹かれましたが、後半は内面重視でちょっと重い感じがしました。世界の終わり〜のような展開を期待していたからかもしれません。もしかしてクロニクルのように3巻目が出たりして・・・ | ||||
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村上春樹さんの大ファンですが、この1Q84はどうしても解せないものがあります。それは、小説内の教団の指導者が実在のオウム真理教の旧指導者とダブって見えてしまうのは避けられず、それであるのに美化しているように思うからです。アンダーグランドという傑作まで書き上げた作家が、いくら小説のこととはいえ、これは看過できることではないと思います。どうしても実際の事件と重なるがゆえに、ただのインチキ人間がさもかし人間を超えた存在であるかのように描かれるのは怖いです。そのインチキは笑って済ませれるようなものではない、その人間によってどれだけ苦しめられた人がいることか・・・。話もBOOK1ではとてもスリリングで盛りだくさんの仕掛けで楽しませてくれたものが、BOOK2では、段々と興ざめしていって、世界もものすごく矮小な世界になってしまって、小説としても結果的に失敗だと思います。続きがあるならば期待しますが・・・。 | ||||
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「おもしろいよ〜」会社の人とかに、 どうだった? と聞かれたら、単純にそう答えると思う。 僕は大学時代に、羊をめぐる冒険あたりを初めて読んで、 春樹作品は7割くらいは読んでると思います。 たまたまオーウェルの「1984年」も、昔読んでました。 で、今回はどうか、というと、3日くらいで一気に読んだくらいなんで、 ストーリー展開はとてもおもしろいんだけど、 読んでる途中で、良くも悪くも村上春樹的だなぁ、と感じてました。 よく言えば、彼のいい味、というか、変わらない雰囲気やテーマ、 良くない解釈で言えば、ややワンパターン、ちょっとだけ飽きたかも、 という2つの印象が、自分の中でも錯綜していました。読後の今も。 なので、この作品が彼の過去の長編とくらべて、何番目に好きか、と言われると、 なかなか自分でも判断できない感じです。 おもしろいことは確かなんで、少なくとも5位以内、もしかしたら1位かも、 ぐらいの、なんとも言えない読後感です。 ただ、受け止める自分のせいなのかもしれないけど、 読後に残るものが、はっきりしないなぁ、とはちょっと思います。 読んでる最中はとてもおもしろくて、どんどん読みすすめたくなるんですが、 読後に何が残るか、というと、「おもしろかったなぁ」というイメージが大きくて、 ちょっとエンターテインメント的な要素を、強めに感じたのかもしれないです。 例えば「カラマーゾフの兄弟」のラストのエピローグを読んだ後の、 熱くて重くて強い、後にずっしりと残るような読後感が、 1度読んだ今はない、というイメージです。 もう一度読んだら、ちょっと変わるかもしれません。 なにか、あいまいな文になってしまいました。 さんざんアマゾンで買っていながら、初レビューです。 | ||||
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あと1時間半くらいでBOOK2を読み終わります、おそらく。 レビューを全部読めていないので既出かもしれませんが、実は「1Q84」 は 「アンダーグラウンド」のふりをした「4月のある晴れた朝に100% の 女の子に出会うことについて」(←長い、でも素敵なタイトル)では? 「アンダーグラウンド」なら☆4つなんですが、「100%の女の子」なら ☆5つです。 村上さんの物語って僕が高校生の時(白亜紀くらい前にリアルタイムで) に 読み始めたときから、ワンパターンだと思っている。 ワンパターンだけど深い、「深い井戸」のように。 時々光線の反射が違うだけ。 基本、ア・ボーイ・ミィーツ・ア・ガール。 あと1時間半楽しんで読みます。 ひっくり返るのかもしれないけど。 | ||||
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いまめちゃくちゃに話題の作品ですよね。これは抑えておかないといけないです | ||||
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「おもしろいよ〜」会社の人とかに、 どうだった? と聞かれたら、単純にそう答えると思う。 僕は大学時代に、羊をめぐる冒険あたりを初めて読んで、 春樹作品は7割くらいは読んでると思います。 たまたまオーウェルの「1984年」も、昔読んでました。 で、今回はどうか、というと、3日くらいで一気に読んだくらいなんで、 ストーリー展開はとてもおもしろいんだけど、 読んでる途中で、良くも悪くも村上春樹的だなぁ、と感じてました。 よく言えば、彼のいい味、というか、変わらない雰囲気やテーマ、 良くない解釈で言えば、ややワンパターン、ちょっとだけ飽きたかも、 という2つの印象が、自分の中でも錯綜していました。読後の今も。 なので、この作品が彼の過去の長編とくらべて、何番目に好きか、と言われると、 なかなか自分でも判断できない感じです。 おもしろいことは確かなんで、少なくとも5位以内、もしかしたら1位かも、 ぐらいの、なんとも言えない読後感です。 ただ、受け止める自分のせいなのかもしれないけど、 読後に残るものが、はっきりしないなぁ、とはちょっと思います。 読んでる最中はとてもおもしろくて、どんどん読みすすめたくなるんですが、 読後に何が残るか、というと、「おもしろかったなぁ」というイメージが大きくて、 ちょっとエンターテインメント的な要素を、強めに感じたのかもしれないです。 例えば「カラマーゾフの兄弟」のラストのエピローグを読んだ後の、 熱くて重くて強い、後にずっしりと残るような読後感が、 1度読んだ今はない、というイメージです。 もう一度読んだら、ちょっと変わるかもしれません。 なにか、あいまいな文になってしまいました。 さんざんアマゾンで買っていながら、初レビューです。 | ||||
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シュウキョウアレルギーの日本人にとって、この本は少し不気味で奇妙な物語。 でもそれは、不気味で奇妙なおとぎ話なんかじゃない。 その世界はほんとうに存在するのだと思う。 シュウキョウ。 ぶっちゃけ、よく分からないし、考えたくもありません。 でもそれは、人間にとって切っても切り離せない永遠のテーマ。 自分には関係ないと高をくくっていれば、きっとその代償にカレラのエジキになって自分に返ってくるかもしれない。 それは、もっと身近なもので「気持ち悪い」の一言で片付けるにはあまりにも簡単すぎる。 わたしたちはシュウキョウというものが持つ力の影の部分だけでなく、その影の「裏」にもっと目を向けるべきなのかもしれない。 テレビのニュースが言っていることなんて、あんなのはただ目に見えるの皮の部分だけ。 皮の内側には実があり、そのまた奥には種がある。 そこには、人間のこころがあります。 そしてことばでは説明しきれないほどの人間の感情が良くも悪くもそこに渦巻いています。 そこを見もせずに、ただシュウキョウってものをキモイの一言で終わらせる人がいるけど、それはどうかと思う。 とにかくわたしは、村上春樹ってひとが、今この時代にこういった本を出してくれてとても嬉しい。 BOOK3を読んでみたいとは思うけど、実際書けるのかなぁ?と思う。 書けたとしても、きっとそこにはなんの答えも書いてないと思うから。 だからべつにいりません。 | ||||
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全編読み終えましたが、メタファー(比喩)・社会風刺・自分伝・なにものでもないなにか、ふかえり、リトルピープル、二つの月、猫の町、30の意味するところ。 どれひとつ取って抜かすことの出来ない、すばらしい出来栄えですね。 まさに夢のような話です。 ちょっと感動しまくりました。 まだ余韻が・・・ これから何回も何回も情景描写とメタファーを、読み返してみます。 文句なしの作品の評価です。 ある意味、頭を真っ白にして読めば、「ノルウェイの森」を超えたかもしれないですね。 とにかく満足です^^ BOOK3・BOOK4などがもし出たら、今度は予約はずさないように、すぐに予約します。(今回は本屋で買えず、オークションで落としました・・(涙)でも、嬉! BOOK3・BOOK4が秋ごろにでも(もっと早く^^)で無いですかね〜 まだ続編を書いていないのかな? 青豆と天吾のラストからの絡みがどうなるのか、とても知りたいです。 | ||||
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量産型の登場人物が量産型の世界で量産型の言葉を喋り量産型の行動をする。チェーン店みたいな小説だと言う印象。少なくとも、過去のハルキ作品の登場人物には、きちんとした肉厚のようなものがあって、或いは徹底された希薄さに必然性があって、そこがハルキさんの味のひとつだったのに。紙媒体の上で紙人間が紙に書かれた指示に“渋々従って”動いている。この作品に登場する人物は、すべからく全員“どこか小説に登場する事に対して無理をしていて、非常にぎくしゃくして最後まで馴染まずに去った”(ハルキさんっぽいニュアンスで言うと)笑顔のひきつった過緊張で場違いな転校生のように。 | ||||
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毎回、どんな小説が影響としてあるのだろう?と考えて読むのも村上作品の愉しみの一つ さて、今回も読み進むうちに、どこかでこんな雰囲気の小説を読んだ事があるなあと。 なんだろう……あ、ディケンズの『二都物語』だ。 すると本作における二つの世界が『二都物語』のロンドンとパリに重なり、“青豆”の“天吾”への思いが二都の主人公と同化し、結果、(勝手に)ロマンチックな色合いが物語に施され、個人的には大変面白く読む事が出来ました!! ……こんな読み方も悪くないですよ、ね。 | ||||
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それぞれの苦い生い立ちを抱えながら、小学生の時に強く手を握った青豆と天吾。青豆は天吾との20年たっても変わらない愛情を確信するまで、天吾は父との葛藤を乗り越えて青豆を探そうと決意するまで、というのが物語の主筋ですね。離れ離れの2人の愛情がクロスするあたりは胸を締め付けられる思いで読みました。 そして2人の弱い人間を取り囲む世界、新興宗教の「リーダー」、傷ついた女性たちを匿う「老婦人」、正体不明の誘惑者「牛河」、そしてもちろん少女「ふかえり」と彼女の描く「空気さなぎ」の世界、、、小説は遠く深いところまで触手を伸ばしながら、弱い人間にとっての愛情の大切さをより強く打ち出しているようです。 さまざまな謎を謎のまま投げ出しながら、この作品は終わったのか、それとも続くのか。「リトル・ピープル」との最終決戦のようなものはあるのか。最終決戦はないかもしれません。戦いはあるとしても、決着のつくものではないでしょう。リトル・ピープルと人間たちとの関係は、ある均衡を保ちながらけっして終焉することはないと思えます。そしてそれを知っている数少ない人々は「1984」ならぬ「1Q84」の、二つの月が見える世界(想像力の世界と言ってもいいかもしれない)に入り込んで、その均衡を守るために孤独な戦いを続ける。孤独なだけにより純粋な愛情に支えられながら。 酔わせられ、勇気をも与えてくれる作品です。(ぶっちゃけ、やっぱり謎を残しすぎでは、という気もして星4つ)。 | ||||
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読みはじめると、「やっぱり村上春樹の作品だな」と思います。 しかし読み終わると、「もしカバーに別人の名前が書いてあったら、 信じてしまうかもしれない」と思いました。 面白いには面白く、読み進んでいくのですが、「普通の」作品なのです。 この2冊が序章に過ぎないのなら先を期待したいところですが、 これで終わりならばドストエフスキーにはあまりに遠く、 星を減らしたいところです。 | ||||
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村上春樹さんの本は「ノルウェイの森」しか読んでませんが、世界で活躍されてる作家さんなので読んでみました。1は様々な謎が出てきて、2でどう解き明かされるのが楽しみでした。文章も引き込まれました。車の名前など知らない言葉ばかり出てきすぎな気もしましたが。残念なのは、ほとんどの謎が投げっぱなしで、読者に解釈を任せすぎな気が。それから、人物描写で何度も同じ文が出てきて「もうわかったから」とうんざりしてくる。性的描写も口説い面白く読んだけど、最後に来てがっかりさせられる本だった。 | ||||
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村上春樹を同期軸で読んできたものにとっては、非常に懐かしいテイストに仕上がっている。「羊をめぐる冒険」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」など、謎をちりばめ伏線をいくつも張ったストーリーテレイングで、ぐいぐい引っ張っていく初期の春樹節復活と言ったところ。内容には触れないが、若い方にも、これぞ村上春樹の語り口、を体感して欲しい。まあ、しかし、今回も完結しきっていないので「ねじまき鳥」のときのように、時期をずらして「BOOK3」(完結編)を出すつもりかも。というか、完結させて欲しい。解決されていない 謎が多すぎる! | ||||
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中身に就いては、いろんなレビュアー、批評家が、ここアマゾンで、各紙誌で様々に論じている。 私見を少しだけ述べれば、冒頭のヤナーチェクの『シンフォニエッタ』の扱いが、物語の進行とマッチして見事と言わざるを得ないが、この小説で取り上げられただけで、ヤナーチェクのマイナーな楽曲(クラシックファンなら誰もが知る有名作品だが)のCDが7,000枚も「増刷」されるなどという事態には、気持ち悪いものを感じる。チェーホフの『サハリン島』も同様らしいな。お〜気持ち悪い。 ある具眼の士によると、『1Q84』はとうとう「ハリーポッター化」してしまったらしい。今回バカみたいに売れているのは、テレビが騒いだからであって、初めてムラカミ作品を買った人が3分の1以上は存在する。その人たちは、『1Q84』以外の本には見向きもしない。さらには、上下巻で4,000円近くの出費になるから、当分本に金をかけることはないだろう。何せ、「ハルキの話題の本を買うという(そして多分読むという)」イベントなのだから。以上が「ハリーポッター化」の意味だ(この事態は再帰的近現代社会の「マクドナルド化」する主体にも比すべきものかもしれない???)。 この影響は、図書館に出る。この作品をひとつの図書館で数百冊も買わなければならない羽目になる。その代替として、多くの本が図書館に購入されない。「民主的な」公共図書館は、多くの利用者の要望に応えなければならないからだ。 週刊誌、月刊誌はまたぞろ『1Q84』を具材に記事をでっち上げる。世の真面目なオトーサンは、そんなに売れてるのかと会社の帰りに手に取るかもしれない。これでマタ売れる。 結構なことだ!! 出版不況はどこ吹く風! しかし、こうした一連の動き自体が、出版崩壊の構造そのものという気もする。 昔、昔、流行歌は誰もが知る歌だった。『シクラメンのかほり』も『北の宿から』も『喝采』も『泳げタイヤキクン』も。いつしか、世代によって、あるいはメディアによって流行歌は分断される。300万枚メガヒットと言われても、人によっては「聴いたこともない」という歌が登場した。この傾向は評者の乏しい知見では、中森明菜くらいからか?? 『1Q84』という現代の流行歌は、崩壊せる<国民精神統合の歌(小説)>となったか?? | ||||
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読み手にとっていろんな読み方のできる小説である。近過去小説ならではの読み方のできる小説である。その方面の人にとってはNHK受信料回収テクニック本として重宝されるだらうし、古典音楽渉猟家にとっては、いまや稀有なるレア・ミュージックのデータ・ベース本としても利用されるだらう。はたまた大日本帝国傀儡国家たる満州国建国の経緯を知りたいアマチュア歴史家にとっても、それなりの情報は得られるやもしれぬ。恋愛小説として読む輩もいるだらう、ポルノ小説として読む輩もいるだらう、月旅行を計画しているヴェンチャー経営者にとっては月着陸船(lunar-module)の設計構造に重要な意思決定を迫られるやもしれぬ。月の横に新たな月が・・・・・。 しかし・・・・・ | ||||
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現時点でこの第一巻の三分の二まで読み進みました。 すっかりと軌道に乗って、次の展開が待ち遠しくなっています。 ばらばらのパズルが一部分だけ、組み合わさってきました。 文章は過去の春樹氏のものと比べればやはり枯れています。 以前のような活き活きとした躍動感は後退していますが、 だからといって劣化している訳ではなく、 華やかさが消えただけで筆力は健在です。 プロットは「世界の終わり」や「カフカ」を読んだ人達にはお馴染みのものです。 もちろん盛り込まれている内容に二番煎じはありません。 舞台を20年以上前の1984年にして、作者自身の60年代記憶も交えながらも、 最近の出来事が色濃く反映されていると思います。 星は4つにしておきます。 これから先の読後感で、5つにも3つにもなるでしょう。 | ||||
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今を去ること四半世紀前に、初期三部作である「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」を繰り返し読んだハルキファンです。 その後しばらく本は買うものの読まずに放置し本棚のインテリアと化していました。 初期作品は言いたいことをギュッと凝縮して生まれた作品という印象を持っていましたが、ある時から言いたいことを引き延ばして書いているなと感じ始め、魅力を失いました。 でも、何故か今回は発売と同時に購入してワクワクしながら夜ごとページをめくりました。 そこには昔と変わらぬスタイルの文章が並んでいて懐かしささえ感じました。 特に「羊をめぐる冒険」を読んだときと同じような気持ちになりました。 主人公とそれを取り巻く人たちに共通するのは「孤独」「自己完結」。 幸せとは言えない家庭を背負って幼少時を生きてきた人間はある限定した範囲内での幸せしか享受できず、次世代に幸せを渡すことは出来ない。どこでそれに妥協するか手探りする人生。 昔から彼の小説はこの空気が通奏低音となっています。 主人公が袂を分かって久しい年老いた父親と会話する場面があります。 「僕は自分を愛せない。他人を愛せないから自分を愛せない。」 いやいやハルキさん、それは逆ですよ。 「自分が愛されてこなかったから自分を愛せない、だから他人も愛せない。」 のです。 彼の小説が万人受けしてたくさん売れるのは不思議です。 今となってはノーベル賞候補にもなるくらいだから、世界中の人たちに受け入れられていることになりますね。 前述したように孤独を背負って生きていく人々が世界中にたくさんいることの証明かもしれません。 ハルキさんは一流のストーリー・テラーです。 山下達郎が「40歳過ぎた人たちが聞けるポップスを造りたい。」と言ったように、 ハルキさんは「40歳過ぎた人たちが夢中になれる物語を書きたい」のでしょう。 実際この小説も、体の衰えを感じ、性行為にも少し距離を置いて見ることが出来るようになる40歳代で初めて良さがわかると思います。 エネルギーに満ちあふれた20歳代の若者が読んでも今ひとつピンと来ないのではないでしょうか。 私にとっては望外のうれしい贈り物でした。ハルキさん、ありがとう。 | ||||
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「善」と「悪」、「正義」と「不正義」 それらが状況、環境、立場によっていかようにも入れ替わること。 境界線など引けず、善は悪の一部で、またその逆も正しいこと。 そのような、我々の生きる混沌とした現代のなかで 「愛」だけは普遍・不変であること。 それを、村上氏なりの物語で描ききった意欲作だと思う。 「アンダーグラウンド」「約束された場所で」の 2作のオウム・ノンフィクションを手掛けた経験が、 初めてはっきりとした形で反映されている。 「ねじまき鳥」で掘り下げた「根源悪」が、 ここではさらに日常に溶解し、特別なものではなくなっている。 難解で、正視困難なテーマをここまで追及した勇気は 素晴らしいと思う。 一方、文章はかなり説明的であり、 キャラクター設定、状況設定の素案をそのまま読まされている ような気さえした。 頻発する安易な例えにも、集中力を削がれた。 重厚で深遠なテーマなのに、その点については残念だった。 | ||||
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