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1Q84
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1Q84の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.66pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全986件 521~540 27/50ページ
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以前の村上作品に登場したことのある、牛河さんが、このBooK3では準主役級の扱いになっていて、びっくりです。以前は牛河さんが嫌な奴だと思っていたのですが、この物語では彼のあまりの報われなさに、つい彼を応援していました。続編がでるなら、牛河さんに少しでも救いや希望があるように、期待しています。誰か、他にも牛河さんファンの方、いませんか?(いないか) | ||||
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冗長。退屈。大人向け童話。1,2は面白く読んだのに。 青豆が死んでなかったって? 牛河とNHKのお父さん、これじゃ、かわいそうだよ。 殺人鬼、青豆はかわいそうじゃないけど。 天吾の父親への冷たさには、ぞっとする。 もう謎解きする気力ないです。 ちゃんとした感想は最終巻が出てからにします。 ノーベル賞、遠のいたかな。 カズオ・イシグロの作品の完成度には遠く及ばない。 BOOK4を書かなくちゃいけない村上さん、 ちょっとかわいそうに思う。 あちこち謎ばっかりだし、テーマ大きいし。 がんばってください。 | ||||
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1Q84はBOOK1&BOOK2を読んだ感想は、村上春樹は旨くなった分、味が薄くなった。 分厚い単行本2冊をすいすい読めてしまうのは、10年前までは無かった。 しかし、BOOK2を読み終える頃に、グッと面白くなってきた。 この頃はBOOK3が出ることは決まってなかったのですが、続編は必要だとおもってました。 それだけに期待していたBOOK3 青豆と天吾、よかったと素直に感想 しかし、BOOK3完とあったのはBOOK4もあるかもってこと? ・発射されていない銃 ・青豆に宿った命 ・天吾が1984年に持ってきた原稿 ・1Q84年でリトルピープルが紡いだ空気さなぎ このようなものが放置されたままBOOK3は終わった やはり、このまま終わるわけにはいかないような そして、BOOK4もすぐ買うでしょうね 村上春樹の新作が出ることが、うれしい。 | ||||
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もしこの小説を村上春樹でなくて無名の作家が書いていたならば、こんなに売れただろうか?この小説の素晴らしさで売れたのではなくて、「村上春樹」という作家が書いたというだけで売れただけだと思う。実際に内容も知らされずに。村上春樹という名前だけに踊らされて買った人間は多い。村上春樹が描いたものを読まなければ、時流に取り残される。また理解したと思いこむことによって自分は文学が分かっている気になっていると勘違いする。これを私は「村上春樹症候群」と呼びたい。宮崎駿の映画というだけで見るという症候群と同質である。ここに大衆のヒステリー化さえ感じて、むしろそのほうが怖くなるくらいです。 私は何も村上春樹をすべて否定はしない。彼のエッセイは楽しく読ませてもらっている。しかしこの小説は内容が陳腐であり、共感も感動も覚えない。読者は冷静になってこの小説を読んでもらいたい。 | ||||
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待ちに待ったBOOK3。 一気に読み進めました。 ボリュームもさることながら、内容も充実している。 村上春樹の文章が大好きなので、すごく幸せな時間を長く味わうことができました。 何度も読み返す作品のひとつになりました。 | ||||
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人間存在における根本的苦悩、すなわち人間の世界に対する態度は ハイデガーの言葉を借用すれば「不安」であり、カミュを用いれば「不条理」となる かつて、多くの文学者や哲学者はこの人間における根本的な苦悩に対する解決を求めた しかしこの解決は、不確定(恣意性)を包含する言語という人間の思考における可能なる条件に束縛される 故に、人はこの根本的な問いに対する明確な解決を得ることは不可能であり それは永遠に「差異という大海」へと遅延されるのは、必然といわざるを得ない 村上春樹の場合、この絶望の中で彼なりの解決へ至る道を希求する態度にはある程度同感する しかしそれが、秩序―合理性、整合性―からの逸脱、すなわち虚構において実現せしめようとしたところに 彼の限界および最大の欠点があると言えよう もちろん村上自身それを自覚している 故に、現実から虚構へといたるプロセスにおいて、彼は最も技巧的であり奇術的であり そこにこそ村上春樹のレゾンデートルと定義しても相違はないだろう しかしこの「全てはゆるされる(ニーチェ)」時代において、村上的小説―アリストテレス的カタルシス―は如何程の価値があるか 真理はそれを獲得したとき、既にメタレベルで反駁されうる、この臨界点を迎えた時代において 果たして村上春樹の小説は何ができるであろうか いやむしろ何をなすべきであろうか、それことが正しい「問い」であるのかもしれない | ||||
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(一部ネタばれあり) この1Q84年において、青豆は二つの世界が存在する可能性があったことを知る。 ひとつは、お互いのことを強く求めていることに気づくことができるが、お互いが交わることのできない1Q84年。 そこでは、自分か相手のどちらかしか存在を許されない。 もうひとつは、お互いのことを強く求めていることの可能性にさえ気づかない、1984年。 book1/2で、青豆は1Q84年に迷い込み、そして死んだ(はずだった)。 しかし彼女が死ななかったということが描かれたbook3は、エピローグに近いと思う。 それは、さきがけのリーダーが語っていた、二人が手をとって1Q84年を脱出するという、もうひとつの結論として(猫の町から脱出するように)、 青豆の愛情の純粋さが生み出した答えであり、読者である僕らが望んだものなのだと思う。 いずれにしても、「愛がなければ安物芝居にすぎない」という言葉のとおりでは? book3を読み終えた後、改めてbook2のリーダーの言葉を読み返すと、より深い理解ができる。 | ||||
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今回も期待通り、とても読後感が良かったです。 いつも村上春樹さんの作品は、読んだ後の心の感じ(余韻)が、悪くない感じの不思議な感覚が残って好きです。 あと、時間を置いてまた読むと、その時によって、自分が笑ったり、涙が出たりする場面が全然違うのも好きな理由です。 | ||||
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10歳の頃の、子供から大人の性へ未分化の、そのあたりの体験をずっと忘れない人は、多いのか、少ないのか? 個人的な体感と重なる、そういう人が多いから売れているのかどうか? 人生は不条理だらけで、理屈では、生きる意味など見つからない。アナタが生きているこの世だから私も生きていよう。生きる意味はそれでいいのだと思う。 Book4以降も続くのかしらん? 原理主義的でも、規範的でもない温かさ。登場人物の体温を想像しつつ気配を楽しんでいる。 インターネットと携帯のない世界も好き。(とネットで投稿しているけれど。) | ||||
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BOOK 2の帯にも書かれている、教団のリーダーの言葉。 「心から一歩も外に出ないものごとは、この世界にはない。 心から出ないものごとは、そこに別の世界を作り上げていく」 この言葉が物語の本質を表している。 これは徹底した唯心論であり、宗教というものにも繋がり 信仰の<信>ということにも深くリンクしているように思う。 僕は村上さんのファンというほどではないが、いくつかの作品は読んでいる。 その中でもこの1Q84は、恋愛、ミステリー、なにより作者の思想が詰まった かなり個性的な作品だと感じた。まだ沢山の謎が残っているが、それはそれで明らかにならない ほうがいい。全部を説明すると興醒めしてしまう。そういうところをちゃんとわかっている のが村上春樹の良さでもある。 | ||||
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ここまでの解釈は人によって様々ですので、敢えてこの場で持論を展開する気はありません。 ただ一つ言えるのは、この小説は元々4部構成であり、ストーリーが完結していないということです。 BOOK1からBOOK3までだと3ヶ月×3=9ヶ月で中途半端ということも理由として挙げられますが、何よりも3巻までのストーリーで完結すると考えると、リトルピープルの持つ意味や、わざわざマザとドウタを一つの主軸としてここまで述べられてきた意味が失われるからです。 4巻では恐らく、青豆の身に起きたことの意味や、作者の意図するストーリーの主題そのものが見えるに違いありません。 少し気が早すぎるとは思いますが、4巻の発売がとても楽しみです。レビューを書くにあたり、ネタバレしないように頑張りました。 | ||||
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BOOK3は目次を見ず(先入観を排除)いきなり本文に入り、思わず「そういうふうに来るの・・・」と言っていた。私にとっては思いがけない冒頭。そのまま引きずり込まれ、家事・介護・仕事の中この本で2回は泣き2日で読了。読ませる力に驚く。私の心に潜む"揺れるもの"を自覚する。 牛河、タマル、ふかえり、天吾の父が何者であるかが、見えてくるBOOK3。新たな空気さなぎが何のドウタを見せるのか?予想される新たな登場人物の安否は?私はまだ1Q84年から出られず夜空に月の数を確認する。BOOK4が待たれます。 | ||||
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物語の射程距離が途方もなく長いことが、いよいよ明らかになってきたような気がする。 Book1と2を読んだ時点で「4巻まではいくかな」と思っていたけど、 これは4巻じゃ終わらないな、という気がしてきた。 埴谷雄高の『死霊』みたいに、村上春樹のライフワークになっていくんじゃないだろうか。 | ||||
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村上春樹さん作品のド素人ですが(だから?)自分なりのペースで読みやすい良い作品でした。 ただ前回までは2or4章毎のペースでしたが、今回は"牛河"さんのおかげ(?)で3章毎ペースになりました。。。 圧倒的で衝撃的で絶望的なBOOK1,2に対し、今回のBOOK3では馴染んだ登場人物達が自ら解毒剤的に物語を導き解決 していってくれた感じでした。同じ作品ですが1,2と3は"別モノ"的な読みごこちがまた良かったと思います。 好みはあると思いますが…やはり ”BOOK3 出てくれてありがとう”が素直な感想です。 程よい謎を残した心地よい"完結"的な雰囲気と更なるストーリー&謎解きへの"継続"をまだまだ期待させる感じは 海外ドラマ『LOST』シーズン3(作品全体的な世界観もなんとなく)に似た感じでした。 『LOST』ファンはこの作品に親近感を感じるのでは無いかと思います。逆もまた。 余談ですがエッソ看板の虎の向きの謎賭けは…翌年1985年の阪神"タイガース"優勝への予兆をパロったものでしょうか??? | ||||
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10年以上村上作品を読んできて、今回の1Q84は読んでいて初めから何か違和感を感じていました。村上作品では、ハードボイルド・ワンダーランドやねじまき鳥クロニクルが好きですが、その二つが井戸のかなり深い部分まで降りていくのに対し、1Q84はその半分も降りてない感じ。今までの長編は著者の荒い息遣いが耳元で聞こえそうなくらい搾り出された感があったのに。残念です。本当にこれは村上春樹本人が書いたの?BOOK3を読んでの感想は、村上春樹も更年期に入ったのかなという感じ。とにかく異質。 | ||||
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BOOK 1 2 ともに、 ねじまき鳥以来の面白さだと思ったのですが。 BOOK3は少しもどかしかったです。 村上さんの小説で、読んでて退屈してしまった作品は初めてかも・・。 会話のパートが少なかった為かリズム感が足りなく感じました。 読後は、I Love youを 月がキレイですね、と訳した夏目漱石の話を思い出しちゃいました。 次の作品も楽しみにしています。 | ||||
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単純には、Book1、2よりも面白かったです。 ミステリ好きとしては、牛河の推理が都合よすぎたり、 (まぁ、「孤独」な俊才というイメージなのかもしれません) Book1の初期の青豆と性格が違うのではと思ったりもしましたが。 (これも、体の「変化」によるものかもしれませんが)。 ご都合主義的な展開も、メタ的に考えれば、 「1Q84」という、青豆の「物語」に天吾が含まれ、 「空気さなぎ」の続編という天吾の「物語」に青豆が含まれている とすると、これでよいのかな、とも思えます。 (だから、それぞれの敵である、エネーチケーや牛河は排除される。) ただし、階段を上ることにより、お互いの物語から抜け出したあと、 つまり、現実世界との戦いの中のBook4が必要かなと個人的には思います。 主題は、うーん、別れですかね。 | ||||
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熱狂的なファンという訳ではないが村上氏の長編、短編、ノンフィクションとある程度の作品は読んでいます。 この作品は同氏の著である『アンダーグラウンド』と深い関わりが見えるのだが、『アンダーグラウンド』以来の村上氏は何をテーマにし、また読者には何を届けようとしてこの作品を書いたのかを思いながら読みました。作品の手法としては、前作『アフターダーク』のような各々の登場人物の時間の流れを表現し、またその人物達に対し、客観的且つ読み手が入り込み易いように三人称で書かれているのが印象的で、ストーリーこそBOOK3では意外性に欠けるが終始読者を引っ張って行く力がある。 純粋に文学を愉しむには事足りるが、そこに村上氏に対する過度の期待をしていた読者は物足りない読後になりうる可能性も無くはない。しかし、伝えるに当たり、文法的な表現力やストーリー性はあくまで手段でしかない。もちろんそれだけとってもこの作品は非凡でありとても素晴らしい物語だと思うが、この作品の核となっている部分(村上氏の狙い)は私たちの日常に対しての警鐘なのではないのかと思う。それは各々の読者が感じる部分だと思うのだが、私個人としては物事の本質に対しての無関心さへのではないのかと。よく咀嚼する事がこの本の味を引き出せるのではないかと思う。お金儲けやノーベル賞狙いでは無い事を信じたい。 | ||||
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村上春樹の長編作品は全て読んだことがあるハルキストによる感想。 結論から言えば、私にとっては見事に期待を裏切られた作品だった。帯に書いてある「更に深く、森の奥へ」というキャッチコピーを読んで胸が踊ったものだったが、実際にはこのフレーズは偽りに近い。村上春樹は観念の奥深くまで潜り込んだ物語を書くのを最も得意としていると私は認識していたのだが、今作にはそういったものが質・量ともに不足している。観念上の戦いが実際的な戦い(現実の暴力など)にシフトしてしまっており、これが村上春樹の作品なのか?と疑わずにはいられない。魂の奥底を揺さぶるあくまでも観念上の激しい戦いを期待していた私は、完全に肩透かしを食らう形となった。まあこれも村上春樹の変化(あるいは進化)だと言ってしまえばそれまでなのだが、私にとっては大変残念な変化である。 もう一つ残念なことは、とにかく莫大なその分量に物語の内容量がほとんど比例していないことだ。牛河の章一つを取り上げてみても、これがそもそもこの物語にとって必要だったのかを考えると、ほぼ必要なかったと言わざるを得ない。読者がほとんど分かっていることを改めて謎解きすることに一体どれほどの意味があるというのか? 村上春樹がしきりに発言していた「総合小説」を書くために天吾、青豆の視点に加えてさらにもう一つの視点を加えたのだろうが、その試みは完全に失敗に終わっているように思う。牛河は天吾と青豆の章にちらつかせるくらいが逆に不気味さが増してよかったのではないだろうか。 期待が大きかっただけに残念でならない。村上春樹の次回作を楽しみにしたい。 | ||||
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「風の歌を聴け」から村上春樹の小説は大体読んでいますが、ここ数年(といっても10年くらいですが)の作品は、あまり自分にはしっくりきませんでした。 自分か、彼のどちらかが変わってしまったのかもしれません。 きわめて個人的な感想で、参考にはならないと思いますが。 | ||||
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