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アルジャーノンに花束を
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アルジャーノンに花束をの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.48pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全504件 301~320 16/26ページ
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言わずと知れた名作です。 日本語訳(原作もそうらしいですが)が秀逸で、 発達が遅れているチャーリィーのときから、 天才になるときまでのグラデーションが見事に表現されています。 特に、逆のパターン、元のチャーリィーに戻って行く時には心が震えます。 天才だった自分を時折思い出しながらも、 必死で生きている、なんとか皆に迷惑をかけないようにするチャーリィーには 本当に「こんじょーがあるな」と自然と涙が出ました。 白痴であろうと、天才であろうと人に好かれる(天才の時は嫌われもしたが) チャーリィーには知能云々ではなく、そんな雰囲気をまとっているのでしょう。 一方で人間の本性のようなもので、「人を欺く」「人を見下す」といった 行為が生まれてくるのも事実。 チャーリィーでさえ知能を持てば、周りからはそのようにしていると思われ、疎まれました。 この問題をどうすればよいか。おそらく一生解決はできないでしょうが、 チャーリィーのように情感あふれる人は、少なからず周りを幸福に出来る、 ということがせめてもの救いでしょうか。 自分の子供や親しい友人にはぜひ薦めたい☆5つの本です。 | ||||
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愛らしい美貌があってお金があって 若さと健康があって 売ってるスリムな服が似合うような スタイルがあったら… きっと必ず幸せ そんな自分の常識がゆれました | ||||
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長編小説ですが面白く、すぐに読んでしまいました。 知能の高さ=幸せとは限らないことは分かりますが、 主人公チャーリーが同僚たちにバカにされても皆が笑っているから自分も嬉しいと感じていたとき、 知能が高くなるにつれて皆にバカにされていたんだと気づき憤慨する自然な反応。 人間のヒエラルキーの各階層をすべて経験していくチャーリーの苦悩が描かれています。 また、そういったものから一線を置いているアリス、やストラウスといった人物もいて 人生、人間といったものを考えさせられる作品でした。 | ||||
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障害者問題を深く考えるうえで、大変参考になりました。良い本です。 | ||||
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白痴である主人公はある日手術を受け、天才へと変貌を遂げる。利口になることで、世界がよりよく見えるはずだったのにそうはならない。白痴であった時の方が、人生が素晴らしく思えたのだ。馬鹿な彼は、誰でも友達だと思い、人に優しくし、誰からも好かれていた。しかし利口な彼は、傲慢で自己中心的な人間になり下がっていた。 この小説は、人の幸せが頭の良さとは関係がないと教えてくれる感動の一冊だと思う。私は読みにくいとされる始めと最後が好きだった。拙い文章で一生懸命に経過報告を書く彼の姿を思い浮かべると、目が熱くなる。そして天才になった後、日に日に衰えていく彼を見るのが辛かった。しかしあれで良かったのだと思う。最後の最後、アルジャーノンに花束を、というところを読んだ時、私の中で何かが変化した。これからは障害のある人を見ても、蔑むような視線を送ることはないだろう。頭が悪い人を馬鹿にすることもない。それよりも人に好かれる優しい人間の方が、よほど価値があると分かったから。 アルジャーノンに花束を。本の分厚さや序盤の読みにくさから敬遠している人がいたら、とにかく手に取って欲しい。百ページも読めばあとは止まらなくなる。そして最後の文を読んだ時、あなたの中で、何かが変わるだろう。人生の中でも特に大切な一冊になると保証する。 | ||||
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主人公の文章、内容の前にひと目で成長がわかる。 ひらがなだけで間違った言葉も含み、句読点もない文章から、 漢字が増えて一人称の書き方も変わる。 あまりストーリーには共感もしにくかった。 似たような話は過去にも知ってるだ気がするし。 と思ったら書かれたのは古いのですね。 退行していくのは成長よりスピードが早く、最後の一文で泣かせる。 | ||||
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私は思ったほど感動できなかった。 それはあるサイトで、この本が感動できる本堂々の一位になっていたことに起因する。 要するに期待値が高すぎた。 それでも彼の心情を思うと、最後の一文には感動という言葉でしか言い表せないだろう。 というか、最後の一文のためにこの本があると言っても過言ではない。 だから、最後の一文は絶対に何が何でも未読の状態で目に触れないようにしなくてはならない。 この本の九割以上が最後一文に結ぶための土台である。 それくらい最後の一文にはすごい鳥肌が立つほどだった。 | ||||
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途中から終わりまでの大筋はわかってしまうのですが、引き込まれるように没入していきます。 いわゆる感動したとか、泣けるといった感覚ではないこころに深く突き刺さる物語です。 ワタシは読後に数日間のリハビリ期間が必要でした。 | ||||
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最初のほうの、日記の部分は少し読みにくかったのですが そこを過ぎればあとは普通に読めました。 ストーリーのあらすじを知っていたためか あまり印象には残りませんでした。 | ||||
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この作品で涙する点は、最後の結末が悲劇的だからでしょうか。 しかし、そう思うのは「手術後」のチャーリィに大きく感情移入してしまっているからであり、どうなろうともチャーリィはそこにいるのです。悲しむ必要などないし、悲しむことはつまり「手術前」チャーリィであって欲しくないと願うことであり、それは障害者であるという理由に他なりません。 正直、私も感動しました。 「手術後」の愛人アリスも彼の変化に泣きました。 しかし、私はそこに包含される無意識の差別感情に気づいたとき愕然としました。 我々は呼吸をするように、ただ感情を表現するという行為が差別になりうる危険性を孕んでいるのです。 結果的にチャーリィは手術前と後と知能再後退後どれが幸せだったのでしょう。それはチャーリィにもわかりませんし、私にもわかりませんし、比べるべきではないものではないでしょうか。 この本が私に与えたものは、「幸福は他人の価値観では決定されない」というありきたりのことでした。 しかし、私はこれから先の人生で何度もこありきたりな事を与えてくれる本を何度も見直すでしょう。 | ||||
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人間として本当に大切なのはIQの高さや賢さなどではなく、心の在り方なのだと考えさせられました。 人間愛といった普遍的なテーマだと思いますが、この小説の面白さは心理描写の凄さだと思います。 読み進めるうちに主人公にシンクロしてしまうほど感情移入してしまいます。 翻訳が素晴らしいということもあるのだと思いますが、ダニエル・キイスの文才には感服してしまいます。 どうしてここまで人間の心理を見事に表現できるのか、リアリティある描写を描くことができるのか。 才能という言葉では言い表せないほど素晴らしい作品であると思っています。文書の素晴らしさ、小説の面白さを教えてくれる数少ない名書である。 と、僕は思います。 | ||||
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主人公とそれを取り巻く人々の心のありようが精密に表現してあるようで心を打たれる作品です | ||||
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とても良かった 梱包もしっかりしてありとても良かったです またお願いしたいです | ||||
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装丁及び印刷美麗、内容&翻訳素晴らしい。感動しました。有難うございました。 | ||||
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フィクションだということがわかってがっかり。フィクションにつきものの見え見えのストーリーで退屈だった。 最初と最後のひらがなばかりの文章は読みづらくすっとばした。 | ||||
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疑問に答えを与えてくれました。 私は感受性と知的好奇心が強い。 湧き出る疑問を本、美術、舞台、エッセイなどで答えを見つけ、繋ぎ合わせていく作業が好きです。 けれど、下垂体性甲状腺機能低下症、卵巣の病気になり、著しく知能、運動能力が低下し、容姿が衰えてしまった事があります。 ちょうど、高知能から低知能へ戻っていくチャーリーの様で、同様の葛藤、怒り、絶望、恐怖を感じました。 人生は、社会生活は、考えない方が楽なのではないか? とりわけ、私は笑顔で優しくしていたら、人が好意をもってくれて、求められるのは、容姿だから、知性なんていらないのではないか? そんな事を考えている時でした。 けれど、たとえ求められるのが容姿で、相手がそれで満足してくれるのであれば、求めるものを与え、 思考は私の頭の中だけの楽しみで良いのだと受け入れる事ができました。 知性と人間性の両立は難しいのかもしれない。けれど、両立してこそ、素晴らしい人間になれるのだと思います。 | ||||
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子供の頃読んだ一冊ですが、なぜか突然再び読みたくなりました。 改めて読むとそこまでの感動はありませんでしたが、 とはいえ名作ですね。 | ||||
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良い問題なし。良い問題なし。良い問題なし。良い問題なし。良い問題なし | ||||
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チャーリイ・ゴードンは手術を受ける前は何も「知らなかった」のだが、手術を受け天才と成ったことにより この世界のありとあらゆることを「知って」いった。 それは種々雑多な学問や、あるいは恋、あるいは悪意といったものだ。 「知る」ということが素晴らしいことであると同時に、とても重みのあることだというのに気付かされる。 天才と成る前のチャーリイはとにかく「無知」であった。それ故に、悪意を持って時分を嘲笑してくる人間のことを 「友人」であると思っていたし、彼らは自分を好いているのだと思っていた(ある意味では正しいが)。 そして恋を知らなかったチャーリイは、妹に対しての自分の行動がなぜ母を怒らせるのかが分からなかったのだ。 しかし、色んなことを「知った」チャーリイはその全てを理解してしまい、絶望と孤独に打ちひしがれる。 かつて白痴という特殊であった彼は、結局のところ天才という特殊になったにすぎなかったのだ。 では、彼は天才になどならずに、一生何も「知る」ことなく過ごしてゆくべきだったのだろうか? それについては、最後に天才から白痴へと戻ってしまったチャーリイ自身が答えている。 彼は、天才チャーリイであったほんの数ヶ月を後悔などしていなかった。 世界中の知らなかった色んなことを知ることができたし、かつていないも同然であった家族のことも知れた。 そして何よりも、彼自身のこと、白痴であった彼もまたまぎれもなく一人の人間であったことを知ることができたのだ。 そして、彼はかつての自分の競争相手で、まさに天才だったころの自分の象徴である「アルジャーノンに花束を」と言うのだ。 「知る」ということは、かくも重苦しいことだが、愛をもってすれば人間は「知る」ことを受け入れられるのだ。 | ||||
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精神遅滞のチャーリーは研究の被験者となることで常人をはるかに超える知能を手に入れるが。。。 ダニエル・キイスが亡くなったのを機に読了。 これは大変に恐怖と怒りを感じる小説だと思う。しかもその怒りは社会だけでなく自分自身にも感じ、とてもやるせない気持ちになる。 特に今の日本人に読んでほしい不朽の名作。 | ||||
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