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騎士団長殺し



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騎士団長殺しの評価: 3.46/5点 レビュー 721件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点3.46pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全721件 281~300 15/37ページ
No.441:
(3pt)

かつてあった切実さ、痛切さがない。  さらっと読めますがそんなんでいいのか。

かつてあった、切実さ、失われ損なわれてしまって二度と戻らないものたちへの痛切さ、が、本作品では全然認められない。

ノルウェイの森にはあったのにな~。年取ったから安定しちゃった?
あれは単なる通俗小説だと、ある評論家に切り捨てられていたが、この人の最良の作品は、自分の経験をベースに真摯に何者かと格闘した作品、ノルウェイの森なんじゃないだろうか。だめ?
本作はさらっと読めますが、うーん、私の読みが足りないの?

老画家の魂との痛くて厳しいやり取りが全然感じられなかった。そこが本作のキモなんじゃないの?
ウィーン1938年とか南京とか歴史への興味に逃げていて、真正面から魂と格闘していない感じ。
メタファーとかイデアとか、手垢のついた言葉には驚きがありません。謎の空間を通り抜けて穴に出るのも、ああまたかという感じです。

なんか、突き刺さるものがなかったな。切実さがなかったな。
さらっとしてて、まあ面白かったけど。グレートギャツビーのように読み直すかというと、どうかなあ。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.440:
(5pt)

ちゃんと読みました。

中身はちゃんとしていて、読ませると思います。母親のしていることははっきりわからないけども、嫌な感じ、というのは周りの人(特に子供)には、わからないけどわかる、という部分が好きです。自分なりに読むと、移り気な女性は内面に天秤をかけて、元に戻るために都合の良い嘘と託卵を試み、そして主人公は内面が成熟する、という気がしました。どの道苦い物を孕みつつも人は時代を限られた時間進み見ていくしかないのだ
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.439:
(1pt)

反日活動家の本

南京虐殺40万人日本がやったと書いた反日作家の本だ、中国でも30万としか公言していない、もちろん虐殺はなかったのだが、この作家は中国におもねり40万と書けば海外の評価が上がると思っている下劣な作家だ、アメリカのハリウッドにも中国の資金がかなり投入されており、あのリチャード・ギアでさえ中国批判をやったことで映画出演は無くなってしまい干されてしまった。村上春樹はその点で賢いが、反日活動をしてまで評価されたいのだろうか?以前より反日発言があった作家だが、いじめられ続けている日本をこれ以上窮地に立たせるような活動は謹んでいただきたい。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.438:
(2pt)

村上春樹

題名からしてどんな内容なのかドキドキしながら読み始めましが
読み進めて言っても全く面白くなく期待はずれ。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.437:
(3pt)

1部だけで十分楽しめる!2部は空想で楽しもう♪

小さい世界。少ない登場人物。名作だなぁと思って読んだ1部。2部を楽しみにして読んでいくと、途中からあれれ!?正直、残念な展開。独特の比喩など村上春樹の魅力が楽しめる作品になっているものの、2部はもう少しリアリティ寄りで描いて欲しかった!途中から、自分ならこういう展開にするのにとか、こういう結末になればいいな、というのをモチベーションに。個人的にはスバルフォレスターの男との絡み、主人公の贖罪的なものを描いて欲しかったな。1部は五つ星、2部は二つ星といったところかな。読んでない方は、1部にとどめ、2部は結末を空想するのも手!
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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No.436:
(4pt)

安心して村上ワールドを満喫

1Q84はあまり物語にはいりこめなかったのですが、今回は楽しめました。いつもの村上節ではあるのですが、安心して村上ワールドを楽しめる内容です。
新しい世界ではないですが、通い慣れたお店で寛ぐような、そんな感覚でした。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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No.435:
(4pt)

保守的

最近の村上春樹は色々あった挙句最後の方はあっさりハッピーエンドという感じで、今回も保守的な傾向を感じる。『1Q84』も3部のラストがそのような終わり方であった。
震災、日本全体の雰囲気、加齢による不安などが影響しているのだろうか。

ストーリーは、『ねじまき鳥クロニクル』を今の春樹氏の感覚で書き直したといったところ。
イデア出現までのホラー展開、二巻中盤以降の展開は一気に読んでしまえる面白さ。独自の文体、技巧は顕在。すっきり整合性のある小説でないのはいつものこと。
登場人物はそれぞれ魅力的だけれど良い人ばかりでいまいち。スバル・フォレスターの男にもいまいち恐怖感がない。
書く側・読む側にきついストレスがかかるような話は若くないと書けないのかもしれない。

私は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の文学的な終わり方が好きだったので、あのぐらいの危うい冒険をしてほしい。『ノルウェイの森』のように軸が比較的はっきりしている話も良かった。

村上春樹を初めて読む方には本作よりも、短編集『神の子どもたちはみな踊る』、長編『世界の終り…』、『1Q84』をお勧め。
読み慣れていれば、本作も楽しめると思います。

また自作を楽しみにしています。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.434:
(1pt)

村上春樹晩年の残念な作品

この作品を褒めることはかなり難しい。村上春樹は、今までとても楽しませてくれた作家なので、あからさまな悪口は言いたくないのだが、それにしても。

文学の読み方に正解はない。しかし優れた作品は、どんなアプローチで近づいてきた読者にも、何かしらのインパクトやヒント、感銘を残すものだ。この作品を読んで、心から救われたとは言わないまでも、多少なりとも気持ちの慰撫を感じた人はいただろうか。少し肩の荷が下りたとか、明日から少し頑張れる気がしたとか、何となく気が軽くなった程度のことでも。断言するが、そんな人でさえほぼいないはずだ。何故なら作者は読者を救おうなどと毛ほども考えていないから。読んだ者ならそれがわかる。

村上春樹は、明らかに小説を書く意味を見失っている。今作は惰性の中で書かれた中身のない抜け殻に過ぎない。願わくばもう一度読者に向かい合って、まったく新しい作品を書いて欲しいところだが、現状ではかなり厳しいだろう。残念と言うしかない。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.433:
(3pt)

弱々しい世界観。。。

作家を含め芸術家というのは生きている間に名声を得てしまうと芸術作品のクオリティーが下がってしまうというのはやむをえないのが現実で、村上春樹も残念ではあるが例外ではないのかもしれない。

画家の世界を描くという新しいフィールドに繰り出した村上氏の挑戦は評価したい。あくまでも村上ワールドの中での画家の物語であるが、個人的に私自身画家なので、画家が何をどう考え絵を描き、どういうプロセスで絵を完成させていくか、あるいはその生活様式など、かなり的を得ていると感じた。村上氏が実際に画家を職業とする人物とコンタクトを取り、事前調査的なことをしたということが想像できる。(村上ワールドでは画家でさえお金に困っている登場人物がいないというのは羨ましい限りだが。)

その他でいうと、はっきり言って残念でした。
今まである村上春樹の小説の中にある典型的な要素、例えば家で作る料理の描写やベッドシーン、変わった喋り方をする登場人物などなど、またかという感じで新鮮味がない。もし内容的に他の作品と決定的な雰囲気の違いなり、圧倒的な世界観があればそこまで気にならなかったかもしれない。しかしそうではないので村上要素の寄せ集めにしか過ぎないように思えてくる。内容的な繰り返しも多くダラダラと続くので、それが作品自体の深みや広がりを狭めているように感じた。

例えばノルウェイの森に見られたようなみずみずしい会話表現も少なく、登場人物のキャラクターもあまり魅力がない。ファンタジーの部分も中途半端。
「作家が設定した現実世界の中での偶然」というのはとても微妙なもので、とても慎重にならないとわざとらしく、シラけたものになってしまうのではないか。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.432:
(2pt)

デウス・エクス・マキナ

第1部を推理小説として読んだ。面白い、わくわくする。しかし読みながら、どう決着つけるの
だろうと心配になった。第2部を読んだ。決着がつかなかった。いわゆるギリシア悲劇のデウス
・エクス・マキナだ。下手な推理小説やテレビドラマによくあることだ。前半では波乱万丈、さ
てどのような解決、結末になるのだろうかと期待させる。結局、錯綜し過ぎて解決なんかできる
わけがない。言い換えれば竜頭蛇尾、尻切れトンボだ。私は、めったに小説は読まないが、あま
りに話題になっているので読んでみた。村上春樹ファンとは、どのような人物たちなのか、会っ
てみたい。私の周辺にはいないからだ。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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No.431:
(5pt)

村上春樹が何故ノーベル文学賞を獲れないかを考えてみた

2017年2月24日リリース。村上春樹の14作目の小説である。今までで最短、2日で読了してしまった。日曜日にぶっ続けで10時間くらい読み、昨日はそのせいもあってか体調を崩して、死んだように眠り、本日下巻の残り半分を読み上げた。

ここでは、この本を読んで、なぜ村上春樹が、ノーベル文学賞を獲れないかを考察してみた。

まず、今年のノーベル文学賞の受賞者はボブ・ディランだ。多くの人がこの選出に驚いたわけだが、逆を返せば、ボブ・ディランを評価するような人たちが、ノーベル文学賞の選者ということにもなると思う。

その視点から、この『騎士団長殺し』を見てみると、気になる点がぼくにはある。それは、小説の構成要素として使われている音楽が多く、レベルが落ちると言うことだ。これは特にロック・ミュージック、つまりディランの世界において顕著だと思う。

たとえば、

・ブルース・スプリングスティーンの『ザ・リバー』 - 主人公が小田原のレコード店で購入したレコード。「そのアルバムにおけるEストリート・バンドの演奏はほとんど完璧だった」と主人公は述べる・・・このアルバムのこの演奏をブルース・スプリングスティーンの作品群でこう評価するロック好きはほとんどいないと思う。

・ABCの「ルック・オブ・ラブ 」 - 雨田政彦の車のカセットテープに入っている曲・・・これも当時を代表しているつもりなんだろうがつまらない曲だ。

・デボラ・ハリーの「フレンチ・キッスイン・イン・ザ・USA」 - 雨田政彦の車のカセットテープに入っている曲・・・これもなんでデボラ・ハリーのソロになっちゃうんだろう。絶対にブロンディの曲でなくては不自然だ。

・ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」 - 東北のファミリー・レストランで弦楽器演奏のバージョンがかかる。主人公はこの曲を実際に作曲したのがジョン・レノンだったかポール・マッカートニーだったか思い出せないと言い、「たぶんレノンだろう」と当たりをつける。・・・この間違え方が不自然だ。この曲をポールの曲と知らないロック好きなどいないだろう。

などなど、あげればキリがない。つまりボブ・ディランを選出するであろう人々の共通認識としての音楽の『常識』とも言えそうな感覚をことごとく外してしまっているのだ。これでは、稀有なイマジネーションで構築された創造物に、間違った装飾品を着けているように感じられてしまうだろうと予想される。

村上春樹はロック・ミュージックを使うのはやめるべきなのだろう。選者たちは、ディランに文学賞を授けるような人たちなのだ。その人たちが、この作品の音楽の使い方をどう思っているかは推して知るべしだと思う。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.430:
(3pt)

じゃあ質問です。「味のしなくなったガムをいつまでもいつまでも噛み続けますか?」

第1部を読んで、第2部はもう読まなくていいかなと思ったけれど、乗りかかった船なので最後まで読むには読んだが、第2部の341ページ以降、「わたし」が「メタファー通路」に足を踏み入れていったあたりからはついていけなくなってかなり読みとばした。読むのも苦痛だったけれど書くのもかなり苦痛だったのではないだろうか。この人の作品は近年とみに自己模倣、自己耽溺の傾向が強くなっているが、これはいわば村上春樹の満漢全席。もうお腹いっぱいで食べられません。初めての人やマニアには喜ぶ人もいるかもしれないけれど、作品の面白さから村上春樹に入った人の一部はこの本を機に離れていってしまうのではないかと思う。

相変わらず主人公は「人生でおそらくいちばん素敵な年齢」であるところの36歳。その他の登場人物は、ギャッツビーみたいなとんでもなく金持ちでハンサムで謎めいた男。そしてちょっとトロくて金持ちで親切な都合のいい「友人」とちょっとエロくて子持ちで聡明で都合のいい「ガールフレンド」。さらに、コミュ障の美少女とセレブな叔母。で、昔ウィーンで体験した「戦争にまつわる何か」がトラウマになっている老齢の画家と彼の絵から出てきた小さいおじさん。いつかどこかで見たような人たちばかり。だったらいっそ同じ登場人物が永久に年をとらずにささやかな日常を演じ続けるサザエさんシリーズのようにしてしまったらどうか。

主人公は衣食住と女性関係にはまったく不自由しない生活を送りながら思う存分妄想にひたり、不思議体験をしたのちにまたぬるま湯のような現実に戻るという相変わらずの話を1000ページにわたって書いて何を伝えたかったのだろうか。ドン・ジョヴァンニも南京大虐殺の話もとってつけたようなセックスの話も(いまどきの30代が電話って)、車の宣伝のようなくだりもまったく必然性が感じられない。出てくる人物は他の小説の使い回しで、「誰でもいい」といわんばかり。もしかしたらほんとうに誰でもいいのかもしれない。そういう実験なのだろうか? 私たちは試されているのか? 小説というかたちをかりて、別のことをしようとしているのか? 登場人物は「記号」に過ぎないことにいい加減わたしたは気付くべきなのか? こうした謎解きやメタレベルの読書も村上作品の醍醐味でもあるのだろうが、それまでもパターン化してしまっている。

たとえば上橋菜穂子『鹿の王』。上下1000ページ以上でだいたい同じくらいの長さだったが、読み終るのが惜しくて下巻はスローダウンして読んだ。完全なファンタジーの世界なのにものすごいリアリティ。それに比べて『騎士団長…』の1000ページは退屈このうえなく、下巻はすっとばして読んだ。長編小説というからには多少なりとも世界観が変わる読書体験か、サーガ的な構成美のいずれかがなければ、読み通すのはかなりつらい。結局、いまの村上春樹に長編というスタイルは合わないんじゃないかと思う。浅田真央がおそらくは彼女に合っていなかったように思える重厚な曲に挑戦し続けたように、村上春樹もドストエフスキーを目指し続けているのかもしれないが、むしろ短編、中篇、エッセイのほうがよほど「よさ」が出ている気がする。ある人が「仕事は人のため、趣味は自分のため」と言っていたが、村上春樹にとって翻訳はまだ仕事かもしれないが、小説は完全に趣味になってしまっているような…。

『職業としての小説家』で、彼は生涯をかけて書き続けるテーマといったものがないことを認めている。「脈絡を欠いた断片的な記憶のコンビネーション」を有効に組み合わせたものが彼にとっての「正しい物語の動力」であり、その記憶を引き出し、小説という「ヴィークル」に乗せて人々に届けるのが自分の仕事であると。自己の出自や戦争といった重たいテーマを宿命ごとく背負っていない作家が小説を書き続けていくためには「自然再生エネルギー」を利用するしかないのだと。そのエネルギー再生が、このところあまりうまくいっていないのではないだろうか。

村上春樹は作家として大成功した結果、嫌な人と付き合わなくてすむ権利、嫌なものを見たり聞いたりしない権利を手に入れた。ようするにセレブな引きこもり。そういう人の書くものが、単純に読者の琴線に振れなくなっているのではないか。「村上さんに聞いてみよう」企画にしても、あれは閉じた村上ワールドの中でのファンとの集いであって、読者と対峙する場ではない。つまり彼は完全にコクーンの中に入っている。彼の小説の主人公たちのように。どう生きようと自由だが、書くものに精彩がなくなってきたことは確か。ブルゾンちえみじゃないけど、「味のしなくなったガムをいつまでもいつまでも噛んでいる」感じ。歳をとっていい具合に力が抜けるとか、逆に凄味を増すとか、新境地を拓くとか、本書にそうしたものは感じない。

この本で気になったところが一カ所だけある。「歳をとっていくのは怖くありませんか? 一人ぼっちで歳をとっていくことが?」という問い。村上春樹は主人公に齢をとらせない。今回も「老い」は友人の父親である雨田具彦が一手に引き受けている。1Q84では主人公の父親だった。何かを引き受けるのはいつも脇役。主人公は貴族的なメランコリに浸ってひたすら自分だけが気持ちよくなっている。あの有名な「35歳問題」から1歳すすんだだけの主人公。成長しないこと、変わらないこと、村上春樹がそれを捨て身で表現しているのだとしたら、この小説はある意味で成功している。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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No.429:
(5pt)

上巻の畳みかけるような感じが好き

上巻は、時間の許す限りページを開きました。人生に訪れる理不尽な仕打ち、非現実的な生活に逃避するほど襲い来る更に非現実的な出来事の数々。どれも意味ありげで、いつか回収されるべき伏線めいていて、その実ねじれたまま謎としてただ転がっているだけかもしれない。そして、芸術がモチーフになっている点が、今までになかった点。作者の芸術観が、少し見えた気がしました。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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No.428:
(5pt)

騎士団長はこう言うだろう。『諸君は、予習をあられるべきだ。』

2017年2月24日リリース。村上春樹の14作目の小説である。今までで最短、2日で読了してしまった。日曜日にぶっ続けで10時間くらい読み、昨日はそのせいもあってか体調を崩して、死んだように眠り、本日下巻の残り半分を読み上げた。

まず思ったこと。この作品は読み手を選ぶのかもしれない。もし、この作品に登場する音楽や小説や映画を全部聴き、読み、観ていて、この作品を読んでいれば、いや、読んでいなければ、少なくともこの作品の描こうしたものは解らないだろう、と思った。

最低でも、リヒャルト・シュトラウスがどんな人であるかということと、プラトンのイデア(プラトンは、イデアという言葉で、われわれの肉眼に見える形ではなく、言ってみれば「心の目」「魂の目」によって洞察される純粋な形、つまり「ものごとの真の姿」や「ものごとの原型」と言っていたこと。)とメタファー(メタファーは、言語においては、物事のある側面を より具体的なイメージを喚起する言葉で置き換え簡潔に表現すること。正に村上春樹がやっていることだ)。そして、ドストエフスキーの『悪霊』くらいは読了していることが必須だと思える。

目立たないカタチになっているが、特にリヒャルト・シュトラウスが効いていて、この人の指揮者としてウィーン・フィルを演奏していた時代と、オペラ『薔薇の騎士』を作曲し、それをサー・ゲオルグ・ショルティがLPに録音していることが、物語の起点になっている気がする。そして、モーツアルトの『ドン・ジョバンニ』。この2つのオペラをLPで聴きながら、この物語は創り上げられたのではないだろうか。

その創り上げ方こそが村上春樹の小説の面白さだろう。その世界は、不思議な繋がり方で読み進むぼくらの脳裏に、その世界を構築していくのだ。そこが凄い。

未読の方のために、詳細には触れないが、稀有なイマジネーションが創造する世界は村上春樹にしか創れないと思う。そして本作は大変な傑作でおそらくはのちのち最高傑作の一つにあげられるだろう。

繰り返すが、この作品は読者に予習を必要とさせる。しかしながら、もしきちんと予習してこの作品を読めば、その素晴らしさを何倍にも楽しめるだろう。騎士団長もこう言うだろう。『諸君は、予習をあられるべきだ。』

何しろこんなに楽しい読書の時間は久しぶりだった。中一日、頭が加熱しすぎて寝込んでしまったのも仕方ない気がする。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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No.427:
(1pt)

読み通すのがつらい

本文にも書かれているのですが、本当にわけが分からないストーリーと、人物設定も魅力がなく、やたら胸の話ばかり繰り返す不快感に、読み通すのが辛くなってきました。村上春樹でなければ、間違いなく途中で投げ出していました。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.426:
(2pt)

作風が激変する下巻

上巻はワクワクしたのになあ。スバルフォレスタの男なんか、なかなか良かったんだが。
 「顔長」は絵描きのメタファーじゃなかったのか。「顔長」が実在し始めたあたりからどうも雲行きがおかしくなり、非現実の道行きの章はどうにも作品の絵の具が生乾きな感じだった。狭い穴を潜り抜けて象徴的な場所へ「再生」するというのは、どうにも安っぽい芸術評論家の筋書きのまんまじゃないか。
 一方の時空を担う少女に関する真実が、これまたどうにも安っぽい。両者の落差は埋めがたく、いままで回していたろくろの上の壺がグニャグニャとつぶれていくような残念な読後感だった。輪が閉じるというより自壊した感じ。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.425:
(3pt)

伏線がどのように回収されるのか 続きが 読みたいです

私は 村上春樹さんの 独特の世界観が好きでいつも 新刊が出るたび 手にして読んでます。 今回も 楽しみながら ゆっくり読みました。相変わらず 文章の表現が素晴らしく 文章の表現で 頭の中で イメージが 絵になって浮かびます。騎士団長は 何かのメタファーなのか。。。2巻を読まないと わからないですね。はやく2巻を手にして 読みたいです。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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No.424:
(1pt)

残念な結果に終わってしまいました。

とうとう商品が届きませんでした。残念でたまりません。残念無念です。
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編より
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No.423:
(3pt)

難解な本

村上春樹の本は初めてですが、ちょっと難しいですねー
マニア向けなのでしょうか
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No.422:
(3pt)

シューベルト ロザムンデのような小説

「私」がシューベルトの弦楽四重奏ロザムンデを聴く場面があり、妙に心ひかれて久々にCD(残念ながらレコードではない)を引っくり返して再聴。そう言えばこの曲はシューベルトの他曲の主題が入り交じっていたり、ここでの主題がピアノ曲(即興曲)となっていたりする曲で、この小説が今迄の作者の作品のプロットや比喩、登場人物の造形が入り交じって構成されていることからして、この小説の表象として提示された曲なのだと確信した。加えて、題からしてオペラの引用であるが、この話そのものもまるで舞台を思わせるように画家の山の上の家を中心に話は展開されていく。
古くからの読者であれば、マンネリもまた美味であろうが、新規の読者には少々文章の分量の割に話の展開がなく退屈かもしれない。話は内へ内へと籠っていくのだから。実際、自分自身も、今迄の作者の長編の中では最も読了するのに期間を要した。次はどうなる!という期待性に乏しいのだ。性的な表現は読者を退屈させないためのプロ作家のサービスとも思える。(実際、自分はそれなりに楽しんでいる。)しかし、ひょっとしたら逆に新規の読者はそう思わないのかも知れないが。
批判すれば、ナチスがらみの伏線を提示しながらそれを消化できず、3.11については最後に付け加えるようになり、それだったらむしろ言及しなくてもと思われた。悪く言えば、カフカのような息をも切らさない展開、クロニカルの真摯に戦争と向き合った姿勢が懐かしい。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編Amazon書評・レビュー:騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編より
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