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乳と卵
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乳と卵の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.35pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全153件 61~80 4/8ページ
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| 到着、早々あっという間に読み終えてしまいました。 母と娘の心のあり方をのぞき見したような感じです。 ありがとうございました。 | ||||
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| つまらない退屈な書き手でないことはすぐにわかる。 ただわざとらしすぎる。文体も、強いて露悪趣味的な暴きかたも大阪弁も、どれも。 何であれ独自の必然性とか価値とかが感じ取れるならいい。話の展開ぶりも殴り込みぶりも言葉回しも、そこらにゴロゴロの凡手ではなさそうだし。 だが、最後まで読んでみれば何かあるのかも知らんが、まずそこまで我慢して読む気になれない。 ダラダラ調文体自体は可でも不可でもない。 町田康の場合で言えば意識の流れをそのまま紙に移し置いたものだから違和感ないどころか、まさにあれでこその名品です。 だが本作はちがう。ただ無自覚無節操にダラダラだらしなくつなげてみました、えげつなく醜悪に書いてもみました、というだけだ。 蛇足ながら、今どきこの種の文体を“快諾する”くらいの下地なら読者にもじゅうぶんできている。つまり、またか、でしょう。 問題はその選択を必然とする作品かどうかだが、この点を問わず評価されていいのは最初にそれをやった人、1人に限るでしょう。三番煎じ四番煎じはそのぶんだけ自ら質を落とすことにしか作用しません。 ということで20頁までしか読んでおらず、その限りでの感想でしかないが、もっと品位のある筆運びでこの程度のものは表現できなければおかしい。それでもっと深みのある優れた物に仕上げるのも難しいことではないように思える。 一種ラップ崩れみたいな、頭を冷やしてよく見ればただ低俗なだけとわかるこの書き方を何のためにわざわざするのかと言えば、手っ取り早く芥川賞でも欲しかったか、それしか考えつきません。 大阪弁ときては、敢えてやっている割りには基準の定まらない中途半端な取り入れ方に爽やかさがなく、ますます魂胆を疑わせる。 結果として、ド素人読者がもう一人真似してみた当欄投稿例と区別のないことになってませんか。 安直なところで勝負を急がずもう少しじっくり構えれば、こんな芥川賞よりもっとましな賞が取れるかもしれない人のようなのに、今のところ、あるいはこの作品は、私には用がなi。 | ||||
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| レビュアラーのどなたかがおっしゃっていたけれど、関西芸人のテレビ進出がなかったらこの本は読み進むのに難儀しただろう。彼らのおかげでこの本に対処するリテラシーが自然に培われていたのだった。わざわざ入門書や文法などを学習しなくても本書を楽しめたことに感謝。芸人たちもそうだけれど、著者の語りも物凄いものがあった。さすが芥川賞受賞作品だ。津軽弁も物凄い語り力があるのだが、残念ながら日本人の多くがそれを学習していない。大阪弁が第二標準語に迫りつつある現状で本文学は成立した。 表題を見たときどうして「ミルク&エッグ」とか、今風な言葉づかいをしなかったのかと思ったのだが、冒頭からそのわけが分かった。 胸のことを大阪では乳といい、卵(らん)は卵子と卵(たまご)が掛けてあったのだ。 レトリックというのだろうか、大阪弁のリズムでヴァイタリティックにまくしたてているなかで、斬新な比喩が次々と連発し、豊胸手術をする女の心理を掛け合い(弁証法)で分析し、大阪の下町を全国的に紹介し、姉妹、母娘らの心理を描写し、最後の大乱闘へ山場を持って行く構成・・・お見事です。 作品の出来とは関係ないけど、賞味期限が切れたばかりの卵を捨てようというのは違いますからね。全然、食べられますからね。うちの娘も捨てようとするけど、おとーさんは食べておなか壊してませんからね。もったいないことしないでね。 | ||||
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| この本で、作者は明確でないものを表したいということだろうと思う。 改行のない文体、織り交ぜられる口語関西弁。うまく使って、 言葉にしにくいことを表現できているような気がする。 賛否両論あって、それだからこそ、この作品の良さだと思う。 | ||||
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| 表題作『乳と卵』 読みやすい関西弁が、素晴らしく効いています。 諸々の描写力に長けた著者の文章は、今時の文学にしても珠玉です。 舞台は東京三ノ輪。語り手のわたしを中において、胸の整形に拘る姉(巻子)と、 筆談しかしない彼女の娘(緑子)との数日が描かれています。 次々散りばめられる小説の設定が面白く、終盤まで期待しながら読み進めました。 巻子には胸、緑子のノートには卵子についての、そして母についてのコンプレックスが 語られてゆきながら、豊かな描写力にして主人公のわたしには、更なる背景がつらつらと 認められてゆきます。上記設定のあざとさはあるものの、巻子を見る私の視線は至極よく、 なにより鮮やかに彼女を描き出します。 冒頭、しばらく振りに見た巻子は、意外な位にやせて見えた。読みながら、当然その真相が 小説の芯になってゆくだろうと思いました。然しながら、結局それは仄めかしにまでも 到らなかった。その点にがっかりさせられました。これではこの話は報われない。 せめて語り手のわたしにだけは、巻子のその先の死が仄めかされて(半信半疑に)いてほしい。 すればそこに決定的な意味が生じ、クライマックスのタマゴ割りは至高のシーンになった筈です。 訳も分からぬ緑子にさんざをぶつけさせてもいい。そうしてドロドロになった巻子がボロボロの顔を して笑ってみせるならば、きっと心底に笑っているのでしょう。 それはもううんざりするほど書き連ねられた日常の漠たる不安やイロニーなどではなく、 なんとあれど生んだもんの勝ち、つないだもんの勝ち、オカンの大勝利な訳です。 なぜこの小説がバッチリとそう書かれなかったのか、今更に不思議でなりません。 なぜ、傑作の評価を回避したのか、否、させられたのか。 著者にはもっともっと素晴らしい小説が書ける筈です。 | ||||
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| こんな言語能力、表現力で取れる芥川賞って何? 文体以上に内容も陳腐。 | ||||
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| 3人の女性たちには、いずれも著者自身が投影されているのだと思いました。行き先に迷った哀しみは、人をこんなにも滑稽で饒舌にさせるのでしょうか。口語体調の関西弁による闊達な文体は、慣れるとリズムよく心地よく、そしていつしか慈悲深く体に染み入ってきます。 | ||||
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| 関西に住む姉が娘を連れて豊胸手術をするために東京に住む妹の家に滞在する 妹の子供は口がきけるのに会話をせずに何故か筆談・・・・ 物語を構成するのに面白うそうな感じはするが・・・ そこに読者の心を揺さぶる何かがあるようにはとうてい思えなかった 文章も女性の作家にしては興味をそそらせるようなものでもなかった・・ | ||||
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| 普通に考えたり思ったりする(した)ことがそのまま文字化されているという印象で、どこで何を思っていいものか・・これはどういう人向けの読み物なんだろう。 | ||||
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| 文学好きならば、「文体がすごい」とは思わないのではなかろうか。ありていに言えば「ありきたり」である。実際に「ありきたり」かどうかは、検証してみないとわからないが、少なくとも「走るような文章を読点なしで、口語調に滑らせていく」ような文章に、真新しさは感じない。 そもそも文章の修辞法で文学にチャレンジするのは、なかなか難しい。それは、すでにそういう類の小説が出揃っているという意味以上に、文学が新しい「言葉づかい」をけん引して作り出していくという役割から一抜けしてしまっているからである。衰退しつつある文学に、風俗的に言葉づかいを変えていくエネルギーはもはやない。そういう時代に、一風変わった文体で小説を書くのは、ハンディだ。 文体を選ぶ際、そういう時代的な見地から、この作者が無意識だったとは考えがたい。感覚頼りに「この文体意外あり得ない」という発想だった可能性は、否定できなくはないが、一部「若書き」な箇所は残しつつも、綿密に配置されたであろうプロットを追う限り、文章の自由奔放さは仮の装いに他ならず、よくよく耳を澄ませば、本作の文体は、抑制のきいたプロットと不可分であり、文体自体も充分に「抑制」が効いている。 あるいは「抑圧」と言ってもいいかもしれない。 妹に一方的に語られる姉「巻子」と、その娘「緑子」は、完膚なきまでに社会に抑圧されている。それは彼女たちの「母子家庭」という状況に起因した「抑圧」ではない。ひとことで言えば母巻子の「器量の悪さ」からくる抑圧だ。「格差社会における貧困」とか「生活保護受給者」であるとか、私たちが、テレビや新聞でよく見るあの種の抑圧である。 巻子は、その抑圧からの解放の道筋として、「豊胸手術」に活路を見出す。読者はもちろん、その活路にこそ抑圧の本質を観ることになる。「うわぁ、豊胸手術とか悲劇ぃ・・・」と、もはや痛々しい。でも、これが笑えない。笑わせない。これには、本当に綿密な主題選びが見て取れる。まだ、伏線や素描に未熟さは残るし、ラストの収まりがキレイ過ぎるところには、疑義を挟まぬでもないが、将来が楽しみな作家である。佳作。 | ||||
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| 2008年に第138回芥川賞を受賞した表題作「乳と卵」に加え、「あなた たちの恋愛は瀕死」を収録したものである。両作品とも、初出は「文學 界」(2007年〜2008年)であり、本書は2008年に刊行された単行本を文 庫化したものである。 主人公の姉である巻子は、大阪に一人娘の緑子と一緒に2人で暮らして いる。巻子は離婚をし、ホステスとして生計を立てていた。その巻子が、 緑子を連れて、東京で暮らす主人公のもとにやってくるところからスト ーリーが始まっている。 すっかり痩せてしまった印象のある巻子だったが、東京へやって来た 目的は、豊胸手術を受けることであった。さまざまな病院を調べ、銀座 の病院に目星をつけた巻子だったが、手術を受ける行為は、主人公にも 娘の緑子にも理解されるものではなかった。 緑子は、全く口を開かない。開けないのではなく、開こうとしない。母 の巻子とも主人公とも話をする際にはノートに書いて考えを伝えるので あった。初潮を迎え、自分の体の変化や性の働きを、関心と嫌悪感を併 せ持ち、母との距離感や、自己開示ができないことなど、多くの不安定 要素を抱えていた。また、そのような娘の姿に、巻子も少なからず複雑 な気持ちを抱えていた。 本書では、その緑子の思いが、ノートに記した内容が本文中に記される ことで明らかにされながら、銀座に向かったまま約束の時間に戻らない 巻子の場面で、母と娘の思いが互いに交錯する様子がえがかれている。 本書の特徴は、何といっても文体にある。いわゆる断続文が続き、一文 や一段落が非常に長い。関西弁で私的な思いがつづられる場面の多い本 書の内容だから可能になった文体で、ここに美点があるのだろうが、や はり、一般的には読みにくさを感じてしまうかもしれない。 | ||||
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| 私は国語の偏差値が47だったのでこの文章の良さを理解することが出来ず、きっと日本語を使いこなせる達人ならばこの文章が放つ魅力に気がついて新たな文学の楽しみを見つけることが出来るにちがいないので自分もその仲間入りをしなければと目に蒸気機関をつけたように休めること無く読み進めたけれども、ついに最後まで理解することは出来ずあーあ本当に無駄な時間を過ごしたなと後悔した。 これはセットで売られている『あなたたちの恋愛は瀕死』を読んだ感想である。一番はじめに短いほうから読んでみるかとと思って先に読んでみたら糞つまらなかった。このレビューにおいて最も評価されている人が「関西弁で無ければ成立しない」と書いたがまさにそれ。『あなたたちの恋愛は瀕死』は関西弁では無く標準語の作品でこれは本当に読み進めるのが困難なのだ。 では、『乳と卵』に関してはどうかと言えば、実際関西の女性にはこれと同じくらい思ってることをフィルター無しにこちらに伝えるような傾向があるようにおもえるし、この文章を読んでもまったく不思議には思わない。 それどころかまるで関西の女性の友人が一人で来て自分の近辺の話しを聞かせて貰っているような感覚を覚えて魅力的だと感じました | ||||
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| 2007年芥川賞受賞作。 主人公の女性とその姉と子の数日間を描く。筆者が冗談で曰く「夏の三日間、豊胸手術と初潮対決」らしい。 芥川賞受賞作だけあって、さすがに心象風景はよく描けているが、ストーリーでドライブしていく作品ではないため、さらりとした感じで読後はあまり印象に残らず。終盤がやや映画の「マグノリア」みたいな不条理な感じでそこは面白かった。表題作以外のもう一編は記憶になし。 | ||||
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| 乳と卵とは胸と子宮の関連であってつまりは女性だ。この短編には3人の登場人物がおり、3人がみな女性である。うち1人は語り手というか見手ともいうべきポジションで、あとふたりは親子。母は豊胸手術について考えていて、娘は生理について悩んでいる。 娘はうら若き小学生で、自身の卵細胞つまり生理と母の豊胸手術のことで頭がいっぱいで、現実との折り合いをうまくつけることができず、筆談という手段でコミュニケーションを図ろうとし、一切の言葉を口から発せずにいる。彼女が言葉を発するのは、母の豊胸手術を糾弾するときなのだが、そのためにはエキセントリックな儀式的媒介が必要で、彼女の場合それが、玉子を頭にぶつけてかち割るというものなのだった。行為それ自体は理解不能としても、その行為によりわだかまっていた本音がストレートに放出され、頑なに拒まれていた言葉が外に出たという因果は理解可能である。 ところで、彼女の処女小説である『わたくし率イン歯ー、または世界』は、今作における玉子割りに該当するカタストロフの場面がとても鮮やかで、小説全体の意味を変革してしまう大技ともなっていたのだが、それと比べるとこの芥川賞受賞作は少し弱いと思う。また身体的女性性というのがたぶん主題なのだろうが、その深くもエッセンシアルでもある主題が書かれたモチベーションも推し測りがたく、煮え切らないものが残る読後感である。 | ||||
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| 今更ながら,ああ,嬉しい。 自分好みの文体の作家を発見したときは本当に嬉しい。 町田康の「くっすん大黒」を初めて読んだときの喜びを思い出す。 大阪に住む姉「巻子」が,その娘「緑子」とともに,東京に住む「わたし」を訪ねてきて,そして帰って行く。 巻子は,豊胸手術を真剣に考え,そんな巻子に納得いかない緑子は,言葉を一切しゃべらずノートで筆談する。 ただそれだけの物語なのですが,関西弁の中に時々混じり込む「です。ます。」文がなんともおかしくて,にやにやしながら一気読み。 特に,緑子のノートに書かれる内容が抜群です。 たとえばこうだ。 「胸について書きます。あたしは,なかったものがふえてゆく,ふくらんでゆく,ここにふたつあたしには関係なくふくらんで,なんのためにふくらむん。どこからくるの,なんでこのままじゃおれんのか。」 レビュータイトルの文章「厭を練習。厭。厭。」は,冒頭の緑子の日記からの抜粋ですが,この一文立ち読み後,即レジへ。インパクト大。 傑作です。 | ||||
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| 川上未映子の作品はこれが初めてです。なんとなく図書館で目に留まりました。 他の人の書評にもありますが、最初の文体はとっつきにくさはありますが、 徐々に心地よくなります。 内容というか、話題も多分女性からすればどこか共感できる内容だと思います。 話題のせいか分かりませんが、人間を一言で言いきらない文体や安直に割り切ら ない表現に、彼女の人間に対するやさしさのようなものが感じられて私は好きです。 これから他の作品も読んでみたくなりました。 | ||||
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| 読み終えて、正直、何となく他の作品も読んでみたいと思った。終盤は少し駆け足で運ばれてしまった思いがあり、それが良かったのか、物足りないものなのか、判断できずにいる。消化不良のままなのである。もう一丁頼みます。しかしながら、魅力的な作家であるので、楽しんでみたい。最後の数行が、自分にとっても吉なのか、凶なのかは、時が答えてくれよう。 | ||||
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| 個人的には前作『わたくし率 イン 歯ー、または世界』の、ぶっ飛んでる女の怒濤の大阪弁語りで繰り出される狂気と哲学の入り交じった世界の方が好きだが、こちらも十分に読ませる。思春期の誰もが感じる自分の身体への違和感に苦しむ娘と、老いていく身体へ抗うように豊胸手術に拘る母、その親子が卵の黄身や白身にどろどろになりながら必死に答えを探す姿に圧巻の美しさを覚えざるを得ない。それを中立的な立場で見守る主人公の姿は、永遠に答えのでない謎にうち震える作者の姿だろう。この作者のものの見方は、凡人のそれとは遥かにずれたところにある天才肌の作家のそれだろう。後の長編『ヘウ゛ン』で、それはますます深化してゆく。余談だが、作者は最近同じく芥川賞作家の阿部和重と結婚なされた。こちらも一歩も二歩もものの見方のずれた天才肌の作家なので、この結婚がお互いの作風にどんな影響を与えることになるのか楽しみに見守っていたい。 | ||||
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| 緑子は大人になることを嫌い、人が生きていくことに疑問を持つ。 精神が体を脱け出して、人間の肉体の不可思議さに興味を持ち、悩む少女は決して暗くなく明るさを感じるところがよかった。 人間であることに疑問を持つ少女から人間らしさが溢れてくる、そうやって生きていくことを少しずつ学んでいくのかなと思いました。 | ||||
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| 前評判を全く知らずに読んだからでしょうか、私は読み終わった後、しばし読書の喜びにひたりました。 女性として生きることの苦しさと切なさ、その中に確固として存在する誇りを感じます。 悩みもがくすべての女性に幸あれ。 | ||||
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